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「新しい家族」

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 家族の一員に新たにロボットが加わった。とはいっても、外見上は人間と変わりない。体の中に流れているのは血液ではなくてオイルで、骨の代わりに金属や強化プラスチックが使われており、脳の代わりに電子頭脳が働いているが、それくらい、大怪我をして全身サイボーグ化した人間と大差ないといえるかもしれない。自我だって芽生えれば、感情だって発生する。人の手で作り出された新種の人間といっていいだろう。

 ただし高度発達した科学技術にも限界があり、ロボットたちの寿命は二年しか持たなかった。また、似姿として作れるのも、せいぜい少年少女と呼ばれる年齢までに限られていた。大人の骨格、考え方を持たせようとすると、ロボットたちは生きることを拒否するかのように自壊するのだった。どのような天才的プログラマーもこのバグを取り除くことは出来ず、科学者や宗教者たちは「神は子供だけを愛しておられる」派と、「神は大人たちに絶望しておられる」派とに分かれて争っていた。それはともかく、子供の姿をしたロボットたちは、子供たちの遊び相手として、幼い我が子を亡くした夫婦の慰み者や、望んでも子供の出来ない夫婦の生き甲斐として、アンダーグラウンド市場では異常性愛者の愛玩物として、世界中に流通していた。

 家に来たばかりのロボットはまだ純真無垢で、動きもどこかぎこちなかった。教育係の妹が家庭生活を送る術や、家族それぞれの好みなどを教え込んでいる。
「お父さんはよく『あれ、どこだっけ』『この中ではどれが一番あれっぽいかな』みたいなこと言うけど、あんまり真剣に答えないでいいからね」
「わかりました。お父さんとは適当に会話します」
「お母さんは料理の出来に自信がある日は『美味しいねえ』って自画自賛するからね。こっちも『美味しいよ!』って言うまで続くから、早く気付いてあげてね」
「わかりました。お母さんの料理はいつも美味しいです」
「私が好きな俳優は、時代劇の脇役でたまに出てる、ちょっと顎が長くて目付きの鋭い、今日は珍しく台詞を貰えてるなあ、と思ってもやっぱり最終的には斬られちゃうこの人だからね」
「わかりました。あまり趣味はよくありませんね」
「でもねでもね、一番好きなのはお兄ちゃんだから」
「わかりました。あまり趣味はよくありませんね」

 ロボットのプログラムが暴走して家族を皆殺しにしたり、父が変な気を起こしてロボットに手を出したり、母がヒステリーを爆発させて家を出て行く、というような事件は起こらず、つつがなく僕ら新しい家族は日々を過ごした。妹の熱心な教育の甲斐もあり、ロボットはもうロボットらしい喋り方や動き方をやめ、すっかり人間らしくなっている。僕らはまるで生まれた時からずっとこのような家族であったかのように思える時もあった。
 僕を起こしに来たロボットを妹と間違えたこともある。いや、寝ぼけた僕が、妹をロボットと見間違えたのだったかもしれない。どちらにしろ、彼女は笑っているようでもあり怒っているようでもある、思春期の少女がするような複雑怪奇な表情を僕に向けていた。

 ロボットが家に来てから二ヶ月が経ち、予定通り妹が死んだ。
 外見も性格も趣味性癖に至るまですっかり妹に成り代わっていたロボットは、その日から正式に僕のことを「お兄ちゃん」と呼ぶようになった。人数が一人減った食卓では相変わらず父が曖昧模糊とした一人語りをしたり、母が今日のシチューに加えた隠し味について蕩々と述べたりしていた。僕も回路を切り替え、ロボットを妹と認め、食後は以前妹としていたように、一緒に風呂に入り、関節を外した手足の洗いっこをした。
 妙なことに、少しばかり胸に痛みのようなものが走った。定期メンテナンスの時期にはまだ早いが、一度修理工場に運んでもらった方がいいのかもしれない。だけど僕は、はっきりとした理由はわからなかったが、この痛みをしばらくの間、胸の中に抱えていたい気がしていた。


(了)
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