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主要登場人物

ハミルトン船長
イギリス出身
航宙船『スサノウ』船長

寿美須 美果(すみす みか)
『スサノウ』副長
褐色の肌と亜麻色の髪が特徴の34歳
彼氏いない暦も34年  

加茂川 直美(かもがわ なおみ)
『スサノウ』航法士長

中田 和秀(なかた かずひで)
『スサノウ』戦闘オペレーター 

松田 康煕(まつだ こうき)
『スサノウ』戦術オペレーター

杉本 奈津美(すぎもと なつみ)
『スサノウ』通信オペレーター 

栗田 真澄(くりた ますみ)
『スサノウ』操舵士長

エドワード マクダネルズ
『スサノウ』副操舵士 

大御堂 加奈(おおみどう かな)
『スサノウ』総合オペレーター

百瀬 一輝(ももせ かずき)
『スサノウ』機関長 

佐藤 利治(さとう としはる)
『スサノウ』副機関長 主動力炉主任

藤森 奈々(ふじもり なな)
『スサノウ』副機関長 補助動力炉主任

ジョージ J コロネル 
『スサノウ』操舵士 主に艦載機等の操縦を担当

ライ
話の中で本人が説明するので割愛

ダニエル
アメリカから派遣された『科学者』

デビット
アメリカから派遣された『科学者』

伊東 ルナ(いとう るな) 
情報分析員

時津 光秀(ときつ みつひで)
情報分析員

ブライアン コネリー
天文物理学者

華岡 善樹 はなおか よしき
『スサノウ』船医

クリスティーナ
看護師 通称クリス

ボビー サンダース
地質学者 

ドクター マオ
中国系の惑星天文学者
太極拳の達人

塩崎 幸子(しおさき さちこ)
化学者

加々見 光幸(かがみ みつゆき)
レンジャー出身
船内の警備と上陸任務時の護衛をするために乗船 

吉田 康煕(よしだ こうき)
加々見の部下 

テレジア
生物学者

吉川
『スサノウ』機関部員

















プロローグ
西暦2051年。
後に『オックスフォードの狂人』と呼ばれる天文物理学者、ハッケンバッカー博士がまったく新しい宇宙航行理論を発表した。
その理論、“ハッケンバッカーの4大方程式”と呼ばれる事になるその理論は、ワームホールが実際に発生すると言う事を意味
すると言うのみにとどまらず、ワームホールがどこにいつ発生するかの確率を算出し、且つそのワームホールがどこに繋がって
いるかを導き出せる事を意味するものだった。
だが、そのあまりにも斬新な理論は、学会の猛烈な反発を受け、ハッケンバッカー博士は大学を追われる事となった。
しかし、大学を追われ失意の中に有ったハッケンバッカー博士に光明が射した。
アメリカのさる富豪が彼に救いの手を差し伸べたのだ。
富豪の資金援助により、ハッケンバッカー博士は、無人の実験船『イカロス1』を建造。わずか2週間での冥王星への往復を実現し、
自らの理論の確かさを実証して見せた。

人々が、冥王星の鮮明な画像に驚嘆したその日から、37年が過ぎた。
 
人類は遠く太陽系外への進出を実現したが、その道筋は未だたどたどしいものであった。

長期の航海を実現する大型船を建造するには多大な予算と、高度な技術が必要とされ、外洋型航宙船を建造することは、21世紀末の
今日でさえ容易な話では無かった。
その為、建造された大型船が外宇宙調査任務につく際、他国の技術者・科学者などを搭乗させる事が求められるのは、言わば国際社
会の中での自然の流れであった。













航宙船スサノウ

風を切る音は次第に小さくなり、やがて聞こえなくなった。
軌道エレベーターを上昇していくビークルのリニアモーターの音だけが車内に響き、彼女を宇宙の入り口へと誘っていった。
窓から地球の青い輪郭が見える。
地上は昼間からだんだん夜に変わっていき、陸上には街の明かりがきらめき始めた。
海の漆黒の闇に見える光は漁火の光だ。
真下の方を見れば、海に浮かぶ軌道エレベーターの洋上基地の所だけが、光に満たされ、他は夜の闇の中だ。
その夜の闇に光の帯が浮かび、絶え間なく色とりどりの映像を作り出している。
軌道エレベーターのビークルから発射されるレーザー光で大気を輝かして作り上げる光のエンターテイメントだ。それは同時に広告も兼
ねていて、輸送コストの削減に一躍買っている。
 彼女は、絶えず移り変わる映像を見飽きたと思いながらもぼんやりと見下ろしていた。
やがて映像は消え、地上の光景はだんだん小さくなっていき、地球の全体が見えてきた。
言われ尽くされた言葉だが、まさに宇宙に浮かぶ青い宝石のようだと彼女は思った。
「しばらく見納めね……」
 彼女は窓の外の景色を見たままつぶやいた。
地上を経ってから3日が過ぎた。
ビークルは軌道エレベーターの重心の中心、3万6千キロメートルにある静止軌道衛星に到着した。
ここで、高度10万キロメートルにある宇宙港へ向かうエレベーターに乗り換えれば、月やラングラジュ点に向かう宇宙船に乗る事が出来る。
しかし、自分の目的地はここだ。
ここで連絡艇に乗り、同じ3万6千キロメートルの静止軌道を周回している『スサノウ』に航法士長として乗り込む。
ふと、後ろで質問しているような声がしたので振り向いてみた。
2人の男女が、記者の質問を受けていた。
一人は体格のいい黒人の男性、もう一人は自分と同じ日本人の女性だ。
「あの顔には見覚えがある。確か、化学者の塩崎 幸子さんだわ」
彼女は、日本を発つ時の記者会見を思い出し、また質問攻めになるのはごめんとばかりに、足早に遠ざかろうとした。
「やぁ、あなたも『スサノウ』に乗る人ですよね?」
その声に、思わず振り向いた。
先ほどの記者がこちらにマイクを向けていた。あの二人もそのまま困惑した顔でこちらを見ている。
彼女は‘厄介な者に捕まってしまった’と思わず溜息をついた。

連絡艇を待つ時間は結局、記者の質問攻めに応対するために費やしてしまった。
記者があまりにも長く質問攻めにしてくれたおかげで、3人ともほとほと疲れてしまった。
連絡艇の中は沈黙が支配したかのように静かだ。
3人とも連絡艇の中でしばらくしゃべりたくないとばかり押し黙っていた。
しばらくして沈黙に耐え切れなくなったのか、最初に口を開いたのは黒人男性だった。
「それにしてもあんた、しれっとそのまま逃げようとしたじゃないか?」
黒人男性がぼやいた。
「加茂川 直美です。直美と呼んでください。いやぁ、本当にごめんなさい。もう記者会見は日本で散々受けたからもういいかなって思った
から。つぃ、ね」
直美はバツが悪そうに言った。
「俺はボブ サンダースだ。ボビーと呼んでくれ。地質学者をやってる。操船クルーのあんたと違って、いつ仕事が来るかわからんからこっ
ちは何て言って記者に答えたら良いんだかわかりゃしなかったんだぜ!」
憮然と言うボビーに、もう一人の女性が相槌を打った。
「ほんと、天文学者とかならいざ知らず、私たちなんかは、仕事が回ってくるまで、装置の調整とシミュレーションぐらいしかやる事が無い
のにどう答えれば良いのよ!!」
二人の剣幕に押されながらも、直美は反論しようとした。
「でも、しおざきさん・・」と言いかけたところで声をさえぎられた。
「しおさきです!し・お・さ・き!! まったくこれだからいやんなちゃう!あのぼんくら記者も何度こっちが“しおさき”だといってもか
まわず質問してくるしなんてずうずうしいったらありゃしない!!」
「ええっと。しおさきさん。」と直美が言いかけたところでまたさえぎられた。
「幸子でいいわよ。何か言いたそうだけど、もうすぐ着く時間だわ。どのみち5年はお互い顔を突き合せることになるから、またよろしくお願いね 」
そう言うと幸子はさっさと連絡艇から降りる支度を始めた。
直美は窓から外を見てみた。小さな“点”が見えてきた。
その“点”はだんだん大きくなっていき、そして全体が見渡せるようになった。
テーパーがかかった2つの円柱の間に球体が挟まった形をした船体がよく見える。
その重力居住区であるコア・ブロックを納めた球体を取り巻くリボンのようなものが三本見える。中央のリボンは、推進装置であるMHDドライブ
システムのコイルユニット、両端のリボンは排熱パネルの集合体だ。
テーパーがかかった円柱部には2つの構造物が有るのが判る。
ひとつは主砲であるプラズマレールキャノンの砲身。
もうひとつは調査航海のため、主砲を撤去して取り付けられた各種観測用のセンサーユニットだ。
直美は、始めて直に見る『スサノウ』の姿に「ちょっと小さいかな?」と思った。


ちょうどその頃、『スサノウ』の船長室では三人が対峙していた。
「納得いきません!!」
一人の男が いすに座る初老の男性を前にいきり立っていた。
初老の男が何かを言おうとしたが、言う前に続けて、
「そもそもアメリカに配分された研究員の数は三人だった筈です。それをぎりぎりになって二人増やせと言ってきたことは、まぁ良いでしょう。
まだ、余裕もあったことですし。しかしあんな大きな装置を持ち込んだ上に、こちらの確認調査をまるで受け付けないと言うのはどういう了見
なんですか!!」
そこまで言って、いったん口を止めた。興奮のあまり息を切らしていた。
「時津君」
初老の男性はそう言った後、続けて言った。
「君の言うことは事実なんだろうね」
「はい、船長。“装置”から規定を超える電磁波が発生することがあるのは間違いなく事実です。ですから、原因を突き止め、早めに対処しな
ければ、他の実験装置類に影響を及ぼす可能性があります 」
時津君と呼ばれた男がそう言った後、並んで立っていた女性がそれに続いて説明を続けた。
「電磁波にある種の規則性のようなものがあります。まるで一種の“メッセージ”のような感じです 」
「メッセージ……」
そうつぶやくと、船長は立ち上がった。
「はい。ですが一緒に乗り込んできた『ダニエル』と『デビット』という二人が航行コンピューターの試作品だからと言って、こちらの質問を
まるで受け付けてくれません」
 女性はそう言ってため息をついた。
「時津君、伊東君。君たちの言うことは理解できた。情報分析員の立場からすれば当然の判断だ。だがこの船は、国際プロジェクトの一環とし
て協調して活動することが求められている。だから、イギリス人の自分が船長としてこの船に乗船した訳だしな 」
“船長”は一息ついた。
腕組みして、少し思案を廻らせると口を開いた。
「だが、規定を外れた電磁波を出したままの“装置”をそのまま看過するわけにも行かない。したがって、現状では取れる対応はひとつしかない
だろうな。時津君、伊東君あくまでも極秘裏にこの件について調査してくれ。報告は適時、船長室で言ってくれれば良い。頼むぞ 」
「了解しました。ハミルトン船長。何か判り次第、随時報告します 」
二人は船長に敬礼すると、船長室から出て行った。

それからおよそ30分後、『スサノウ』に乗船するクルーを乗せてきた最後の連絡艇が船体から離れた。
船内に放送が入った。
「地球から乗船する全搭乗員の乗船を確認しました。私はオペレーターの加奈です。本船は、あと20分後に周回軌道を離れます 」
続けて、
「船長のハミルトンだ。当然、皆が知っているようにこの航海の成果を世界中が期待をしている。したがって諸君は、この重要なプロジェクトの
一端を担う重責を感じている事と思う。想定外のトラブルも一度や二度ではないことになると思う。だが、重責を跳ね除け、すばらしい成果を世
界にもたらしてくれる事と期待している」
「船長。船内全て異常ありません。いつでも出航できます 」
加奈がハミルトン船長に報告を入れた。
「では、行こうか」
 ハミルトン船長は息を大きく吸い込んだ。
「『スサノウ』発進!!」
 ハミルトン船長の号令と共に、船体の舷側をぐるりと取り囲むように付いているイオンジェネレーターが鈍い光を放ち始めた。
と、共に『スサノウ』は緩やかに加速し、地球の静止衛星軌道を離れ、フライ・バイへ向け、虚空へと乗り出した。


 中田と松田の二人は繰り返し戦闘シミュレーションをしている事に退屈していた。他のクルーが、操船任務をこなしている中、戦闘シミュレーショ
ンを繰り返しているのは、なんとなく気が引けていた。
そうでなくても科学調査が主要任務である以上、この船が戦闘行為に至るようなことはありえそうにはない。だが、戦闘士官として任務に就いた以
上は、任務には忠実であろうと設定を変更しながらシミュレーションを繰り返していた。
“夜時間”になり今日の任務も何事も無く終わった。一日中、キーボードを叩いていた肩が痛い。
通路が狭いので、首を左右に振りながら肩を揉みつつ食堂へ行った。
食堂は、『スサノウ』の重力居住区の中でも数少ない開けたスペースだ。長期航海でのストレスを少しでも軽減しようという配慮の為、特にスペー
スを採り、多目的スペースもかねている。食堂の一角の机が片付けられていて、太極拳をしている集団がいた。
一人が演舞をしているのを手本に、他のクルーがそれをまねて演舞をしていた。
その中に切れがいい動きをしている者が二人いる。記者会見では見かけなかった様な気がする。
「何をしているのですか?」
 中田はそれとなく訊ねてみた。
「何をしているって、見てのとおり太極拳を教えているね!」
他の者達と向かい合って演舞をしていた男が二人をチラッと見て言った。
続けて、
「私は、マオ。惑星天文学者ね!宇宙船の中の重力は低いから、絶えず運動を心がけないと、どんどん筋肉落ちていくね!その点、太極拳は全身運
動だからぴったりだよ!さぁ、あなたたちもやるね!」
そう言うと、つかつかと二人に近寄り、むんずとばかり二人の腕をつかんだ。
「ちょっ!ちょっと待ってください!!」
 松田は思わず言った。
「遠慮することはないぞ。護身術にもなるしな!」
 演舞をしていた一人が手を止めていった。
レンジャー出身の加々見少尉だ。
「ほかにも教えてもらっている連中もいるし、マオ先生が教える気満々だからいいじゃないですか 」
 加々見の部下の吉田がそう言って相槌を打つ。
「まだ自分たち、夕食まだなんですよ?」
 中田はとにかく早くメシにありつきたい一身で懇願した。
だが、中田のその声は、マオの「運動の後は、箸進むね!」の声と周りのにこやかな笑顔の前に負けてしまった。
…結局、そうでなくても腹が空いていた上に、さらに太極拳を一時間やる羽目になってしまった。
「はぁはぁはあぁー…。皆どこからその力が出てくるんですか?」
 松田は床に座り込みながら思わず言った。汗で服はびっしょりになってしまった。
「だから運動をしないと体がなまるし、筋肉落ちるね!太極拳一番良いよ!」
 マオは他のクルーたちと一緒に机を元通りにしながらはつらつと言った。
「でも、教えているマオ先生はいいとして、切れが良い人が二人いますね 」
 中田は、一緒に片づけをしながら、二人に目をやりながらいった。
「二人には、初めて見る顔だろうな。紹介しよう。『ダニエル』と『デビット』のご両人だ。航法システムの開発が専門だということだ。何でも、
アメリカの船がすべて出払っていて適当な船が無いんで、早く実地で開発を進めたいからと懇願してねじ込んでもらったそうだ 」
 加々見はそう言うと二人を紹介した。
「はじめまして。『ダニエル』です。こっちが『デビット』。二人とも空手を大学のときにサークルでしていたのでそれで他の人たちよりも上達
が早いのでしょう。今回無理を言って積んでもらった航法コンピューターはまだ試作品なので、いろいろと調整が必要なので、部屋からなかなか
出られないので会う機会はあまり無いとは思いますがよろしく 」
そう言うと『ダニエル』は中田に手を差し伸べた。
「こちらこそよろしく 」
 中田と松田は、二人と握手を交わした。
 ……たっぷり1時間の運動の後の食事は、すきっ腹のせいかいつもよりもおいしいと感じられた。
「続けてみるのも悪くないかも 」
 中田と松田は二人は顔を見合わせて笑った。


 『スサノウ』は地球をフライ・バイ後、月の重力を利用して再度フライ・バイをかけ角度を調整し、一路ワームホールへと向かっていた。予定では、
後3日で、冥王星軌道へと繋がるワームホールへ到達する。
 直美は、軌道演算に間違いがないか再度チェックしたが、問題は見つからなかった。このまま順調に行けば、4日後には冥王星の衛星カロンの周回
軌道に『スサノウ』は乗ることになる。そこで新たな乗組員、天文物理学者のブライアン コネリー博士を乗せれば、『スサノウ』は太陽系を離れ、
ケンタウリ・アルファへの航路を取ることになる。

 直美は、一日の仕事が終わった後、シャワーを浴びて自室に戻っていた。
「冥王星へのワームホールまでは、仕事がなくなっちゃったな 」
そう心の中でつぶやき、自室で持ち込んだノートパソコンを開いた。2畳しかないとはいえプライバシーを考慮し全乗組員に割り当てられた自分だけの
スペースだ。お気に入りの曲を聴きながら、今日の出来事を日記に書き込んでいった。
「……誰?」
 直美は、不意に人の気配を感じ後ろを振り向いた。2畳分の広さしかない自室にほかに人がいるはずがなかった。ただ、お気に入りの曲だけが聞こえ
ている。
「きっと、航海の初日だから、気が張っていて疲れているんだわ 」
 直美はそう思い、日記を早々に書き上げ、お気に入りの曲を聴きながら早めに寝ることにした。疲れがたまっているのか、うとうとしてきたなと思っ
ていると急に意識が遠のきそのまま眠ってしまった。


「……ライ……   私は、ライ……   私の声が聞こえたなら答えて……」
夢の中で直美に語りかける光る人影が見えた。
「誰?」
直美は夢の中で眠る前に言っていたことと同じことを繰り返し言った。そんなことより、繰り返し同じことを言っているということをはっきり自覚
している自分に戸惑いを感じていた。いや、その前に眠っているはずなのに、意識があまりにもはっきりしすぎている!
「これはいったいどういう事?」
そう思っている矢先、光る人影が消え、見たこともない光景が眼前に広がった。
それは、どこかは分からなかった。少なくとも今の地球ではない。高層建築が並び立つ都市を上空から見下ろしていた。都市の周りの地面から、何か
機械がいくつもせり上がってくる。
砲台だと直感ですぐに分かった。
砲台はいっせいに中央部が開き、光を溜め込み始めた。ビームを発射しようとしているらしい。
だが、発射するよりも早く、空から一条の光が落ちてきて、砲台と都市をなめるように包み込んでいった。すさまじい光で目が開けていられない。
夢の中のはずなのにそう思わずにはいられなかった。光はどんどん大きくなって大気圏を突き破っていく。

‘いったいこの先どうなるの?’
思ったとたん、場面が急に変わった。
空一面に宇宙船の姿があった。遥か宇宙空間にも巨大な船がいることがはっきり判る。
意識が、それらの宇宙船の内のひとつに入った。
ブリッジと思しき場所で人々が作業している様子が判る。いや、言っていることの意味すら明瞭に理解できてしまう。
本当に今、自分は眠っているのか?
パニックになりそうだった。
「全艦発進!」
男性の声が聞こえたと思うか否か、周囲の宇宙船が次々と光芒を放ち消えていった。
そうしているうちに、ブリッジの周囲が光に包まれたように見えた。
光はあっという間に消えた。
そこは宇宙空間だった。
光がこちらに向かって飛んでくる。
それは、ビームによる攻撃だった。周囲に被弾し、爆発する船の姿が見える。
「あっ!危ない!!」
とっさにそう思った。
自分が乗っている船にビームが向かってきた。
たちまち船の周囲に見える小さな球体が発光した。
次の瞬間、ビームは球体が作り出したシールドに妨げられると弾かれ、後方へと流されていった。
間違いなく、宇宙空間での艦隊戦をこの目で見ているのだった。それは、意識の中に流れ込んでくる、ブリッジのクルーの緊迫した声からもはっきりと判る。
「艦長!司令部からの通信です。モニターに出します!」
 他のクルーに怒鳴りながら指示していた艦長がモニターに目をやった。
「第三基幹艦隊に告ぐ。これは陽動作戦だ!敵の本体が既に衛星軌道に出現した。対地攻撃を受けている!至急戻り、第五艦隊と合流せよ!」
「クソッ!!」
 通信を聞いて艦長は思わず口走った。
艦隊の被害がどんどん大きくなっていく。
次々と周囲に展開していた艦が閃光を放ちながらその姿を消していった。
直美にはワナにかけられたように見えた。
「本艦はこれより、至急帰還する!」
 艦長の怒鳴るように命令する声が聞こえた瞬間、再びブリッジが光に包まれた。
光が消えた。
地球に戻ってきていた。
地上には攻撃によるものか?赤い光がいくつも見える。
「あの下でいったい何人死んでいるの?」
そう思ったとたん、衝撃が襲った。
艦が直撃を受けたためだった。
ブリッジに上から部品が落ちてくる。ブリッジのクルーは頭を手で覆い、その場をしのいでいた。
ものすごい煙で、周りの様子がよく見えない。
動力をやられたらしく、船は地球の重力場に捕まり、どんどん落ちていっているようだった。
「復旧を急げ!」
「だめです。浮力を回復できません!」
艦内に、何とか立て直そうと懸命に努力している人々の声が響く。
所々、映像が切れているスクリーン上には大気圏突入によるものと思われる赤い炎が映し出されていた。
雲が切れ、地上が迫ってきていた。
「ぶつかる!!」
 直美は思わずそう叫び、起き上がった。

ゴンッ!!

「痛ったぁー!」
ベットのすぐ上は私物用の棚になっていることをすっかり忘れていた。
思いっきりぶつけた頭がジンジンと痛い。
「いたたたたぁー!それにしてもあの夢はなんだったのかしら?」
 直美はたんこぶのできた頭を押さえながら、まるで実際に見ているかのような夢に戸惑いを覚えた。


「あなたでもう5人目ですよ 」
 看護師のクリスは、そう言ってたんこぶの消毒の用意をしていた。
「少ししみますけど、大丈夫ですよ」
 クリスはピンセットでつまんだ脱脂綿を直美のたんこぶに静かに押し当てた。
「くぅーッ!しみるー!」
あらかじめ‘しみる’と言われたせいか、普段のそれよりよりいっそうしみるように感じた。
「まったく、狭いとは思っていたが、5人も立て続けに頭をぶつけるようじゃ欠陥だよ!欠陥!」
 華岡船医はそういって、設計者をなじっていた。
「それにしても、結局よく眠れなかったようだね 」
 華岡は唐突に直美に言った。
「何故です?」
「目の周りにくまさんが出ている。なぁに大丈夫。特製の薬を処方してあげるから 」
そう言うと華岡は用意していた薬を持ってきた。
「どんな寝不足でもこれを飲めばたちまち、ねっ!」
そう言って水と薬を直美に差し出した。
「ほかの人にもひょっとして同じことを言ってません?」
直美は処方された薬を飲みながら疑り深そうな顔をして華岡に言った。
「ばればれですか。ははっ。でも必要ならどんな薬でも作って見せますよ!」
そう言うと華岡は、直美を笑顔で送り出した。

ブリッジでの仕事は、ほとんど無いと一緒だった。後、残っていることといえば、ワームホールを抜けたとき、冥王星からどれだけ離れているかが不明確
なので、いくつものシュミレーションパターンを検討して、パターンごとの最適なコースを検討することだった。
“検討”とは言っても、コンピューターが勝手に、適正値を出していくので、直美は見ているだけのようなものだった。正直、退屈した。眠くなり、うと
うとするのを必死にこらえているのは一種の苦行だ。
ふと、昨晩見た夢のことを思い出した。いったいあの夢は何だったのだろう?少なくとも今は、あの誰かが自分を見ているような感覚はしない。多くのク
ルーに囲まれているためだろうか?それとも・・・。

「航法士長、暇そうですね 」
その声に‘はっ!’となった。
 松田がこちらを見ていた。
「なぜ?」
「いや、眠そうな顔をしていますから 」
 松田が笑顔で自分を見ている。
「昨日の晩、頭をぶつけてよく眠れなかったのよ 」
 直美はそう言いながらこめかみを押さえた。
「ふーん、そうですか。ほかにもぶつけた人結構居たみたいですけど、自分はてっきり仕事が単調で眠くなったのかと 」
 松田はそう言った後、
「どうでしょう。眠気覚ましもかねて、戦術シミュレーションを私達とやるのは?」
 直美が見回すと中田もこちらを見ていた。
「でも、適正コースの確認を……」
「そんなのは、コンピューターがやったのの確認を後でやれば済む話でしょう。まあ、自分たちもまず必要は無いけど、連携しての確認はしておこうと思って。
いいですよね、船長 」
「ワームホールの開口点までまだ2日ある。その間に特に他の作業などに支障がないのならば、やってもかまわんが 」
 松田の投げかけにハミルトン船長はリラックスした様子で答えた。
「では、そういうことで」
 松田が言うや否や航法士長席のモニターに戦術データが表示された。
戦闘を想定した航法データを操ることは今まで訓練でも経験した試しがない。
 直美は‘冗談じゃないわ!’と心の中でぼやいた。


“夜時間”になり、一日の作業を終えた直美は、自室でノートパソコンを開き、日記をつけていた。

また、あの感じがした。
いないはずなのに誰かが自分を見ているかのような感覚。
新造船なのに幽霊が出るなんて洒落にならない。一瞬、そう思ったところで、昨日見た夢のことを思い出した。
「あの夢は何だったのかしら…?」
また、あの夢を見せられるのか?そもそも『ライ』とは何者なのか?
父の言葉が頭をよぎった。
神社の禰宜である父は、厳格だった。だが、その厳しさは、娘である自分への愛ゆえであることは、若いうちは判らず、父に反発ばかりしていた。
宇宙を目指したのも、そんな厳しい父から逃れたいという思いと、見返してやりたいという一身からだった。
だが、訓練の中で、宇宙では誰かが身勝手なことをすれば、全員が危機に陥る状況になることを身をもって知り、父の厳しさが道を誤ることが無い様にと娘を
思ってこそであることを理解した。
そう、隔壁一枚隔てた向こうは真空の宇宙。
ひとたび何かが起きれば周りには、助けるものはいない。
すべては、自分たちで協力して助け合わなければ、即、死。
『スサノウ』の航法士長に選ばれ、宇宙へ旅発つ前に、父のいる実家に帰った。
広い大広間に父と正座して向かい合った。
直美は、「今まで育ててくれて本当にありがとうございました 」と父に感謝の言葉を送ると深々と頭を下げた。
頭を下げたまま、直美は父の餞の言葉を聞いた。
「お前は、これから多くの人の期待を背負って、宇宙に旅発つ。これまで誰も経験したことのない危機や出来事に遭遇するだろう。だが、物事は表面だけで理解
したとは決して思うな。その背後に隠されている本質を理解しなければ理解したとはいえない 」
 直美は父の言葉を思い返していた。
「あれがもしただの夢じゃなかったとしたら・・・。必ず原因を突き止めてみせる 」
 直美は心の中で決意した。

その夜、また同じ夢を見た。
目の前に、光る人影が見える。
「あなたは、誰?何故、私にこんなものを見せるの?」
直美は、人影に向かって言った。
「私は、『ライ』。『ヒノムト』の戦闘打撃艦『ラミカムイサ』のセントラル・コア・インターフェイスユニット 」
人影は直美に向かってそう答えた。
「何?何のことを言っているのかそれだけじゃわからないわ!」
直美は人影に向かって言った。
「あなたは、私の過去の戦いを経験したでしょう。そう、あれはもう5万年も昔の話……。あなた方は忘れてしまったのですね……。ですが『地球』は過去、
幾度も危機を経験しているのです。あの“戦争”もその危機のうちのひとつ…。『ラミカムイサ』の名を冠した21番目の艦。その総合管制をするために生み
出されたシステムの人格ユニット。それがわたし……」
直美は、昨日見た夢の中でのことを思い出した。あれは『ライ』自身の経験を見せられたのか・・・。頭の中にある疑問がよぎった。
「でも、なぜ私なの?私にそれを見せてどうするつもりだというの?」
「あなただけが、私の声を聞き届けてくれたから…。あなただけに声をかけたわけじゃないわ。でも、ほかの人はそれをまるで受け止めない、あるいは正しく
受け取ってはくれなかったの。私には周りの人たちの声は聞こえていた。そう、眠りから覚めさせられたあの日から。でも、私の声は誰も聞き届けてはくれな
かった。ある人は、単に疲れているだけと思い込んだし、またある人は想像の産物だと頭から決め付け何も疑問に思わなかったの 」
ライの声はだんだん明瞭になってきた。
それに伴うかのように人影が女性の姿を現し始めた。
長い髪の女性だ。
年は多分、自分と同じくらいだろう。
 直美は、自分だけが声を聞き取れたことに少し心当たりがあった。
父が毎年、兄と一緒に滝行へと連れて行ったりしたことが思い出された。
多分、それでほかの人よりも精神の集中が出来るという事なのだろう。
“夢”は経験したことが頭の中で組み合わさって“見る”という話を聞いたことがあるので、“想像の産物”と思った人がいるのも当然だろう。
いや、そんなことより、何故『ライ』がここに存在するのか?何を目的にしているのか?新たな疑問が頭をもたげた。
ライは、その疑問を口にするよりも早く察知し、話を続けた。
「あなたの疑問は、もっともです。順を追って話しますね。私を乗せた艦は大破し、今のインドの山中深くに埋没しました。私は、そのまま眠り続けているはず
でした……。ですが、私の眠りを覚ますものたちが現れたのです 」
「誰?」
 直美は、乗船する前に変な“うわさ”があったことを思い出していた。
ぎりぎりになって、アメリカの乗員割り当てが増やされたのは、単に割り当て枠にまだ余裕が有ったからだという話は“うそ”で、何か策略があっての事ではない
かという“うわさ”だ。
「私は、“アメリカ軍”、そう、“アメリカ軍の特務部隊”によって発見されました。私だけではありません。ほかに無傷のものを含めて数隻の船が発掘された
と私は聞きました 」
 ライは続けた。
「発掘した船をよみがえらせようと、彼らは努力したようです。ですが、彼らは起動方法を見つける事ができなかったようです。ですから、確実に機能している
私を通じて、システムの理解をしようとするつもりのようです 」
「でも、なぜ『スサノウ』なの?」
 直美はさらに疑問をぶつけた。
「アメリカ軍は、私を単なるシステムの一部としてしか理解しようとしませんでした。だから私の“声”を聞こうとするものは現れなかったのです。“システム”
の解析が進まないことに業を煮やした彼らは、私を実際に船に乗せて、その反応を確認しようと考えました。それも可能な限り早く。他の国が同じように“古代船”
を発掘して、制御方法を見つけ出すよりも早く。そのためには、手っ取り早く今、使える船に乗せたい。調査船なら、“実験”と言って言い訳が付く、何かあれば
船ごと沈めてしまえばいい。少なくとも自国の船を沈めるリスクは省ける。そう、彼らは考えたのです 」
 ライの言葉に直美は言葉を呑んだ。
「でも、あなたはなぜ・・・?」
「彼らの脳波の変化を読み取って、思考を理解したのです。そこから判った事は、彼らは‘自分たちだけの利益’のことしか考えてはいません。ほかの‘自分たち
の将来’や‘地球の未来’と言ったもっと大切なことを少しも考えていません。彼らは危険です。」
「そうと分かっているなら……。」
 直美は思った。
『ライ』の言うことがすべて事実かどうかは分からない。
だが全て事実だとしたら……。しかし、それならもし、アメリカ軍がすべての“目標”を達成したときは、その時は……。
「分かっています。ですから、私の“声”を聞き届けてくれたあなたにすべてをお話したのです。彼らが実際に“行動”を起こすまでは、自分もあからさまに行動
するつもりは有りません。」
 ライは私の心の中をすべて見透かしているのだろうか?
 直美はそう思わずにはいられなかった。
「あなただからお話したのです。」
 ライは念を押すように言った。
「“その時”が来るまでお互いに秘密にしておいたほうが良いみたいね 」
 直美は、そう言ったと思ったところで目が覚めた。
夢の内容は尋常ではないが、夢の内容をそのまま話しても気が触れたと思われるだけだろう。
本当に‘その時’が来るまではこのことは胸の内にしまっておいた方がよさそうだ。
 直美はとりあえずしばらくは誰にも話さないでおくことにした。
 
地球を発ってから3日が過ぎた。
『スサノウ』の前には、暗黒の穴がまるですべてを飲み込もうとしているかのように控えていた。
冥王星の軌道へと繋がる『ワームホール』の開口点だ。
開口点とその周囲は時空にゆがみが生じているため、レーダーの表示も開口点の部分だけ‘穴’として表示されている。
「こうして真近に見ると気味が悪いな。」
 栗田操舵士長は、モニターの画面を見て思わず言った。
「向こう側の光が一切こちらには届いていないですからね 」
 副操舵士のマクダネルズが、栗田の言葉に相槌を打った。
「航法士、ワームホールの状況について報告せよ。」
 美果が直美に報告を求めた。
「はい、副長。現在の状況はきわめて安定しています。ハッケンバッカーポイント2.4、安定率98パーセント。すべて当初の予測値通りです。冥王星の軌道上空
120万キロ地点に冥王星側の開口点が開いているはずです 」
 直美は実測地と予測値を比較しながら報告した。
「順調か?」
ブリッジ背面にあるハッチが開きハミルトン船長が入ってきた。
「すべて、順調です。当初の予定通り標準時間14時00分にワームホールへ進入します 」
 美果は、ハミルトン船長に報告した。
ワームホールへ進入する予定時間が来た。
「時間だ、栗田操舵士。ワームホールへ進入せよ!」
船長の命令を受け、栗田は『スサノウ』をワームホールへと向かわせた。

『ワームホール』はあっけなく通り抜けた。
進入したと思った途端、『向こう側』が見え、そのまま抜けて冥王星の軌道上空に出た。
船尾モニターに先ほど抜けた『ワームホール』が映し出されている。
「状況報告!」
 美果は、すばやく指示を出した。
「現在、冥王星軌道面より121.4万キロメートル。現在『カロン』の周回軌道への航路を計算中 」
まず、報告したのは直美だ。
「艦内全システム異常報告無し。人的被害などの報告も一切ありません 」
 加奈がそれに続く。
「航路計算補正終了しました。『カロン』周回軌道への航路データを操舵士に送ります 」
 直美は報告した後、すぐにデータを操舵士席の端末に送った。
「データ受け取りました。いつでも『カロン』へ向えます 」
 栗田はハミルトン船長に報告した。
「では、『カロン』へ進路を取りたまえ 」
船長の指示を受け、栗田は航路データを実行に移した。

冥王星への旅はすべて順調に事が運んだ。
正直、何事もなく進みすぎて、調子抜けするほどだった。
『スサノウ』は予定通り『カロン』の周回軌道に入った。
『スサノウ』のブリッジのモニターはカロンとその向こうに控えている冥王星が写されていた。
質量は冥王星の7分の1。
直径は冥王星の半分。
共通重心が冥王星とカロンの間の宇宙空間にあるので、地球と月との間の関係と同じ2重惑星と言える。
だが、知識の上ではそうであっても、実際に見たときに特にカロンが大きいというような違和感は無かった。
ただ、冷たく暗い氷の星の姿が自分たちを冷たい氷の世界に誘うような感覚を覚えた。
『カロン』はギリシャ神話の冥府への『渡し守』の名前ということは広く知られた話だが、その渡し守の凍て付いた星の観測基地に、『スサノウ』のシャトル
は降り立った。

「地獄の渡し守などというべきじゃない!」
 ブライアン コネリー博士は、大声で怒鳴った。
『スサノウ』の最後の搭乗予定者だ。
「あれは、発見者のジェームズ クリスティー博士が妻のシャーロンから名前を取ったんだ!」
 コロネルは、うかつにこの話題を出したことを後悔していた。
「ですが、世間一般にはそんな話は知られてはいないでは無いですか 」
 コロネルはそう言って反論を試みようとした。
「そんなことを言って良いのか?そんなことを真に受けているようだと、お前たち全員“渡し守”に冥府送りにされてコチンコチンにされるかも知れんぞ!
俺は巻き込まれるのは御免だからな!」
 コロネルは圧倒されて黙りこくるしか無くなってしまった。

ケンタウリ・アルファへ通じるワームホールが開くまで3週間ある。
ワームホールが安定した状態まで時間が有るため、6日間カロンの軌道に留まり、15日間かけてワームホールに向かい、ケンタウリ・アルファへ行くのが、
当初の予定だ。
重力は小さいとはいえ、久しぶりの自然な重力だ。乗員たちは、狭い船内で遠心力に振り回されることのないカロン基地での休息を楽しんだ。

「しかし、見事なトマトねぇ 」
基地の菜園で、生物学者のテレジアは自分の頭ほどの大きさのあるトマトに思わずそういった。
「もともと大きくなる品種の上にこの低重力だからな 」
基地内を案内していたブライアン博士はそう答えた。
「地球から離れているから、新鮮な食料を手に入れたければ、自分たちで何とかするしかねぇ。さすがに肉とかは無理だがな。まぁ自分がいなくなる分、
食料に余裕はできると思うが 」
「けど良いのですか?一度船に乗ったら、新鮮なものにありつくのは至難の業ですよ 」
 テレジアは、トマトを手にブライアン博士に言った。
「まぁ、確かにメシはまずくなるだろうな。でが、俺はもっと“先”が見てぇ。そのためにも“道”を見つけてやらないとな。それにずーと航海している
わけでなないだろう。基地にでも寄ればまたうまいメシにありつけることにもなるだろうし 」
「でも、本当に見事に野菜を作ったわねぇ。種分けてもらっても良いかしら。一応、無重力区画で、作っているから。」
「俺はかまわんが、一応食料担当に聞いてみといてやる。やることがあるんで俺はいくがな!」
 ブライアン博士はぶっきらぼうにそう言うと、テレジアをおいて観測室へ歩いていった。

『スサノウ』がカロンの周回軌道に着いて6日が経った。
『スサノウ』は束の間の休息を終えたクルーを乗せたシャトルを収容すると、カロンの周回軌道を離れケンタウリ・アルファへのコースを取った。
予定では15日と8時間でワームホールへ到達して、いよいよ太陽系を抜け出し、ケンタウリ・アルファへと向かう。
「船長、カロン基地より通信です。」
通信オペレーターの奈津美がハミルトン船長に報告を入れた。
「回線を入れてくれ。」
 ハミルトン船長の指示を受けて奈津美が回線を繋いだ。
正面モニターにカロン基地のスタッフが写った。
「こちらはカロン基地のロイです。基地の全員、航海の無事をお祈りします。」
 ロイの後ろに、カロン基地のスタッフが映し出されていた。全員笑顔でこっちを見ている。
「お心遣い、感謝する。カロン基地のスタッフ全員の安全と成果をこちらも祈念する。」
 ハミルトン船長がそう言うと、ブリッジのクルーは全員で手を振って答えた。


「テレジア博士。ちょっと良いですか?」
ハッチ越しに声が聞こえた。
「良いですよ 」
 テレジアが答えると、ハッチが開いた。
 コロネルがちょっと申し訳なさそうに入ってきた。
ここは前部船体にある、無重力植物栽培区画だ。
水耕栽培で野菜を作り、新鮮な食料を供給すると共に光合成で酸素の供給をサポートし、かつ無重量が植物に与える影響を調べるための長距離航海に欠かせない
重要なセクションだ。
「テレジア博士…」
 コロネルがそう言いかけたところで、
「テレジアで良いわよ。それより、どうしました?」
 テレジアが訊ねた。
「ブライアン博士をどう思いますか?」
「『どう』って?」
 テレジアは聞き返した。
「いや、言っては何ですけど、結構気が短くて、口が汚いじゃないですか。船内をかき乱されては困ると思って。一緒に話していたのをチラッと見たからどうか
なぁと思いまして。」
 コロネルはそう言うと、壁に張り付くように水耕栽培されている野菜の苗を見た。
「それは、そのブライアン博士が『カロン基地』の食料担当に話をつけてくれてもらった種から芽を出したトマトの苗よ。確かにあの人の言葉遣いは荒っぽいけど、
地はいい人みたいよ。」
 テレジアは作業の手を止め、コロネルに言った。
「そうですかねぇ。そうだとしても余計な軋轢を作らなきゃ良いんですけど 」
 コロネルは心配そうな顔でため息をついた。

 コロネルの心配は、早くも的中した。
そのとき既に、『スサノウ』の研究室内では怒声が響いていた。
「それは違うよ!惑星の重力を無視しての変動誤差を修正なんてありえないよ!」
 ドクター マオの声が研究室に響いた。
「恒星間跳躍する際に、そんなちゃちな重力なんぞ焼け石にアリのションベンだ!」
 ブライアン博士の怒声が響く。
「大体、惑星と恒星の大きさの差をどんだけと思ってんだ!そんなの野球場にあるゴルフボールのようなもんだ!」そんなんでどうこうなる訳ねぇだろ!」
「大体において恒星系から恒星系へのワームホールの発生ならそれで良いよ!でも、それはまだ惑星軌道が確定していない時だけの話よ!実際、太陽系内での移動
だって惑星位置を正確に把握してからするでしょう?恒星の位置だけで計算して、とんでもない場所に出たら困るのはうちらね!惑星の位置だけで、200万キロメー
トルは余裕で船がワームホールを超えて出てくる場所は変わるよ!」
 ドクター マオも負けてはいなかった。
「おおい!うるさいぞ!喧嘩ならよそでやってくれ!大体あんた達の議論、噛み合っていないじゃないか!」
分光分析機を調整していた、ボビーがたまらず言った。
「喧嘩なんかしてないよ!ただ、このブライアンさんが無茶言うからね!」
 ドクター マオの答えにブライアン博士はますます大声を張り上げて言った。
「無茶とは何だ!無茶とは!そんな惑星ごときに執着しているからそんなたわけたことを抜かすんだ!200万キロメートル?そんなのは何とでもなる値だろうが!」
「うるさーい!!!」
黙って聞いていた幸子は、やかましさに痺れを切らした。
手に薬品のビンを手にし、ふりかざしていた。
「いい加減にして二人とも!喧嘩するなら、船外作業服を今すぐに着て外でやってくれない?でないとこのビンの中身あんたらにぶちまけてやるんだから!」
 幸子の剣幕に二人とも黙りこくってしまった。平謝りしながらすごすごと自分のデスクに戻っていった。
 幸子はそれを見届けてから、実験の準備を再開するためビンを机に置き、ぼやきながら自分の作業の続きを始めた。
ビンには“純水”と書かれていた。

航海そのものはきわめて順調に進んでいる。
そう、きわめて順調に。
たいていの機械の場合、初期故障は付き物だ。が、トラブルらしいトラブルはなく順調に航海を続けていた。

「今日も一日お疲れ様 」
通路で通り縋ったクルーに声をかけられ、直美もすかさず「お疲れ様、いい夢を。」と声をかけた。
ケンタウリ・アルファへのワームホールの開口点の場所は既に誤差修正を終えた。
後は実際にワームホールの予測開口点まで行った時、再度、調整をすれば良い。
自室に戻った直美は、ノートパソコンを開いた。
何件かメールが入っていた。
任務の時間には中々忙しくて話す機会が無い、他のクルーとの大事な接点だ。内容は大抵は愚痴か、趣味の話か、そのような取り留めの無い様な事だが、直美は
一つ一つ丁寧に読み、返信メールを送って行った。
一つ、始めて見る名前がある。
一瞬‘あれ?’と思ったが、すぐに何者からのメールかが理解できた。
が、‘まさか?’と思った。
送り主のところに有った名前は、『ライ』だった。
不安感が頭をよぎった。
以前、ライが話していた内容を思い出した。
この航海には、“アメリカの陰謀”が潜んでいる。そうライは言っていた。それと関わりがあるのだろうか・・・?
 直美は恐る恐るメールを開いてみた。
メールを開くとともにノートパソコン上にいっせいにウィンドウが開いたり閉じたりし初め、膨大な量の処理を始めた。
「うまく繋がったようね。」
一連の処理が終了すると共に、ノートパソコンから機械的な女性の声がした。いきなり声がしたので、直美は少し驚きキーボードから手を離した。
「驚かしてしまってごめんなさい。“夢”以外に話す方法を探していて見つけたの。聞こえたなら返事をしてくれない?」
「えっ?ええ。ちゃんと聞こえているわ。でも、どうやって?」
 ライの問いかけに直美は、少し上ずった声で返事をした。
「直美さんの脳波とこの“情報機械”の電気信号の変化の間の相関関係を調べて、情報機器のシステムを把握しました 」
ライがそう言うと、部屋の明かりが一瞬消えて、再び点灯した。
「ちょ!ちょっと!!どういうつもりなのよ!!私たちをどうにかするつもり!!」
突然のことで、直美は気が動転した。
電気が消えたり点いたりしたということが何を意味するかは容易に理解できた。
ライが船のシステムを完全に把握したという事に他ならない。
一体、何が目的でそうするのか?船を乗っ取って何かする目的でもあるのか?パニックになりそうだった。
「ごめんなさい。また驚かすようなつもりはなかったの。でも、私の予測が正しければ、私が直接船の制御を把握しなければならない事態が避けられないから試して
みたの 」
「ほんとなの?なぜ、そんなことが言えるの?」
ライの言葉に対して、直美は疑念の言葉をぶつけてみた。
すぐ船長に報告すべきだろうか?
いずれにせよ尋常な事態ではない。
“夢”で話すだけならまだしもコンピューターを介して話すのみならず、船のシステムを把握されては何が起きても不思議ではない。
「私は、単に船のクルーの安全を確保したいだけです。もう、船のクルーを助けられないなどということは経験したくはないの。それに……」
「それに?」
ライが言葉に詰まって黙るとすかさず直美は問いただした。
「この船は監視されています。私と同時に乗り込んだ『ダニエル』と『デビット』という二人の思考を読み取りました。何かあったら船を乗っ取る考えを持っています。
それに彼らの思考を読み取った所、『ヴォート』という船が撃沈も視野に入れてこの船を追跡しています 」
ライの言葉に直美は言葉を失った。
本当にそうならばいったい何ができるというのか?
ライは自らを古代船のインターフェイスユニットだと名乗った。
壊れたまま、『スサノウ』に積み込まれたのではないのか?
どっちにしても冗談ではない。
「私は、正常です。あなたが心配するのも当然です。私もできればこのようなことは話したくはありません。ですが、すべて事実です。彼らはこの船の行き先を既に知っ
ています。そこに何があるのかも知っています。そこで何が起きるかも 」
「何が起きるというの?」
ライの話を途中で遮って、直美は聞いた。
「この船は、他の知的生命体の惑星に向かうことになります。彼らはその惑星に向かって小惑星を落とす軌道に乗せました。その際の対応の中で、私の発する信号の変化
を読み取って、システムの制御方法を把握するつもりです。もしも計画が発覚した場合は、船を乗っ取るか、あるいは沈める考えでいます 」
「それ、全部本当なの?そこまで分かっているなら……」
 直美は、ライの話したことが信じられなかった。
そこまで詳細に計画が既に作られているのか?
それが本当ならば、回避するような方法は取れないのか?
もしそうならこの航海は何のためにしているというのだろうか…?
「この計画は、3年以上の年月をかけて練られた計画です。だから計画通りに物事は進んでいってしまうはずです。だからこそこうして話すの。だからあなた、直美さん
が知れば、彼らの計画を阻むことができる可能性があると信じたいの。もう‘沈む’事は経験したくない!だからお願い!私の言ったことを信じて!!」
ライの声は懇願するように聞こえた。
‘信じてみても良いかも’
その声に直美は思った。
だが、自分にできることは何があるのだろうか?
仮に、こんなことを話したとしても誰も信じたりはしないだろう。
途方にくれた。
「分かったけどライ、私に何ができる?」
直美はライに自分にできることがあるか訊ねた。
「こんなこと、誰に言っても急には信じてくれない事は私にだって判るわ。だけど‘その時’の前に布石を打っておかなくては皆、助からないことになりかねない。
だから私も考えてみたの。彼らの船の乗っ取りは恐らく成功するでしょう。そのために訓練も積んできているようですし 」
そう言うとライは一息ついた。
続けて、
「直美さんのような操船に関わるクルーは全員拘束されて、抵抗するような人たちも閉じ込められたりするでしょう。だからそこに‘隙’ができるわ 」
「隙?」
ライの言った‘隙’の意味がつかめず、直美は訊いた。
「彼らが閉じ込めそうな部屋に、今、私たちが話しているような“情報装置”をうまく隠すの。それとほかに使えそうな道具も。そうすれば閉じ込められた人たち
と私は話すことができるし、うまくすれば閉じ込められた人たちと船を取り戻せるかもしれないわ 」
「でも、それうまくいくの?」
「うまくいくかは、正直に言って私にも判らない。でも、何もしないよりも良いわ 」
直美は、ライの計画をどうすれば実現できるか考えていた。
船が乗っ取られたなら通路を使っての行き来は出来なくなる。
換気口を使うしか行き来する方法はなさそうだ。
換気口から行き来する事を考えれば、ドライバーは要るだろう。
端末は、自腹を切ることになるがケンタウリ・アルファの基地で調達すれば良い。
‘その時’に正しく使ってもらうためには、必要なことを書いたメモも必要だ。
でも、回避できればそれに越したことはない。
「残念だけど、彼らの“計画”は覆りそうにないわ 」
 ライは直美の揺れる心を察知し、つぶやくように言った。
合成音のはずだが、その声には諦めのような響きが有るように直美は感じた。

『スサノウ』は何事もなく航海を続け、ケンタウリ・アルファへのワームホールを抜けた。
明日には、ケンタウリ・アルファの公転軌道上にある調査基地へと接岸する。
「結構順調でしたね 」
ブリッジで、コンソールのモニター上に映し出された予定軌道を見ながらマグダネルズは栗田に言った。
「まぁ、ここまではすでに何隻も行き来しているからな 」
 栗田もリラックスした様子で答えた。
「まだ、気を抜くのは早いですよ。まだ、接岸してもいないんですから 」
基地との通信を終えた奈津美は、ヘッドホンの片方を手で支えて耳に当てた状態で、二人を嗜めた。
「おぉ、怖い怖い 」
 栗田は、冗談っぽく肩をすくめて見せた。
「まったく、船長や副長がいないとすぐ調子に乗るんだから。航法士長!何か言ってやってください!」
 奈津美は直美の方を向いて言った。
「えっ?えぇ。まだ、1日と2時間、接岸には時間があるわ。接岸には細心の注意が必要だから二人とも気をつけてね 」
 奈津美に言われて直美は少し戸惑ったかの様子でそう答えた。
「そうじゃなくって!」
 奈津美はまるで違うことを直美が言ったので語気を強めた。
「操舵の二人がもう着いたも同然に言うから、航法士長に振ったのにまるで他人事のようじゃないですか!いったいどうしたんですか?ここ最近‘心ここにあらず’
みたいに見えますけど何か心配事でもあるんじゃないんですか?」
 奈津美はこのところ様子がおかしい直美を心配していた。
「そうですよ、航法士長。自分たちで何かできることなら、相談に乗りますよ 」
 栗田もそう言って、奈津美の話に相槌を打った。
「大丈夫よ。きっと太陽系外への長距離航海は初めてだから気が張ってちょっと疲れているだけだと思うから。ごめんなさい。余計な心配をさせて 」
 直美はすまなそうに言うと「少し水を飲んでくるわ」と言ってブリッジから出て行った。
ブリッジから出ていくその様子を三人は心配そうな表情で見送った。


ケンタウリ・アルファの公転軌道上にある調査基地は将来の惑星移民なども想定に入れた大規模な基地だ。
大型船と基地との間の連絡艇での乗員の行き来は時間の大幅なロスになり、補給も手間取るということで、大型船用の大規模なポートを備えている。
その大型船の停泊用のポートにはすでに二隻の大型船が停泊していた。
大型船は万が一の事故に備えクランプでロックされている。
『スサノウ』の操船クルーたちは、慎重に微調整を繰り返しながら、てきぱきと作業を進め、予定作業時間よりも20分早く基地とのドッキングを完了した。
「さすがに訓練を潜り抜けて選抜されたクルーだ。見事な接岸だったよ 」
 基地指令はそう言って、『スサノウ』のクルーたちを出迎えた。
基地中央にある重力居住区は一万人を収容することを前提としているため、さすがに広々としている。
巨大であることの恩恵はまだある。
船内の居住区に比べ遠心力が強く働かないため、耳がおかしくなりめまいがすることもなく楽に過ごせる。
まだ、惑星移民を実施に移すのに適切な惑星を見つけ出していないため人の出入りもたかが知れているが、もし移民にGOサインが出たなら居住区はいっぱいになる
だろう。

「まだ、工場区画は建造中でたいしたものは用意できないが、今夜はささやかだが歓迎パーティーを用意している。任務についての詳しい話は明日だ。今日は仕事の
事は忘れて楽しもうじゃないか!わっはっはっはっ!」
 基地指令は豪快に笑いながら言った。
「自分は仕事がまだあるからすまないが失礼する 」
基地指令はそう言うと、クルーをゲストルームに案内するように部下に指示し去っていった。
「それでもうちらは船内に残ってなきゃならないんですけどね 」
 百瀬機関長は美果を見ながら諦めたかのようにうっすらと笑って見せた。


 人気のない船内はさすがに静かだ。
 ただ換気装置のファンの音だけが船内に響いている。
 美果は居住区内を異常が無いかを歩いて確認していた。
 もうすぐ基地の中での歓迎会も終わるはずだ。
‘そんな裏方のようなことばっかりしているからいつまでたっても良い人と巡り会ったりできないんだよ!’
 母のぼやきの声が脳裏に掠めた。
「次の寄航の時は参加させてもらおうかしら 」
 まだ諦めていない自分がおかしくて、くすっと小さく笑った。
 美果は気を取り直し、前を見回した。
 薄暗い通路が二手に分かれていた。
「……誰?」
 人の気配がした。
今、船内には必要最低限の乗員しかいないはずだ。
少なくとも居住区画には今、自分しかいないはずだ。
腕時計を見た。
奈津美と見回りを交代する時間にはまだ1時間以上ある。
 美果は気配のした通路の方へと歩いて行った。

ガンッ!!

いきなり後ろから頭を殴られ、美果の記憶はそこで途絶えた。

「貴様らは何をやっているんだ!」
『ダニエル』と『デビット』は、罵倒されていた。
「あれほど気づかれないようにしろと命令したにもかかわらず、見つかってしまうとは!」
基地内の一室でその初老の男は机に両手を置き、立ち上がって声を思わず張り上げていた。
「ですが、我々が盗み出した証拠は何一つ残してはいません。それにあの‘ユニット’の解析に関して重要な手がかりを見つけ出すことに成功しました 」
 『ダニエル』はそう言って目の前にいる人物に対して自分たちの功績を主張した。
「確認した。計画が発覚したときにはその『加茂川 直美』という人物を拘束する必要があるな。それと、」
 二人を罵倒していたその初老の男は一息着くと
「ブライアンを乗せることを許したのは我々の失態だ。計画を気付かれる可能性がある。必要とあらば貴様らでうまく始末しろ 」
机の下から出したアタッシュケースを手渡した。
「これまでの経過は、司令部に速やかに報告する。貴様らも計画に狂いが出ないように確実に任務を遂行しろ。以上だ 」
初老の男が言い終わると、二人は敬礼をしアタッシュケースを持って部屋から出て行った。
部屋の入り口のドアには『軌道調査主管』と書かれていた。

「気がついたぞ!!」
 美果は、その声には聞き覚えがあった。
確か、船医の華岡だ。
目がぼやけてよく見えないが複数の人たちに囲まれているのがわかる。
頭が、ガンガンに痛い。
「そうか。私は頭を殴られて気を失っていたのね 」
 美果は、自分に何が起こったのか理解した。
「そうだ!あいつは!!」
 美果は、そう言ってベットから飛び起きようとした。
「うぅ……!」
すさまじい頭の痛みに襲われ思わず苦痛の声を上げた。
「だめですよ美果副長。まだ安静にしていなくては 」
 華岡は、苦痛に顔を歪める美果に窘める様に言った。
「副長が倒れているところを奈津美さんが見つけたんです 」
 華岡の説明の直後、奈津美は心配そうに言った。
「副長が交代時間になっても戻ってこないから、心配で見に行ったら、血を流して副長が倒れていたんです 」
 奈津美の声は心配と安堵が混じった涙声になっていた。
 加々見が続けて報告を行った。
「今、基地の警備要員が犯人の捜査をしていますが、現時点で副長を殴るのに使用したスパナやその周辺にも指紋などは見つかっていません 」
 加々見が現状の報告をした。
「盗まれたものは?」
 美果は頭の痛みをこらえながら加々見に訊ねた。
「現状では、加茂川 直美航法士長の私有のノートパソコンだけです 」
「ノートだけ?」
意外な答えに美果は思わず確め直した。
「はい、そうです。他の情報端末などには手をかけず、直美航法士長のノートパソコンだけが盗まれています 」
「直美に覚えは?」
「恨みを買うなどと言う覚えは無いと言っています。今、そのことで船長たちと話をされているはずです。捜査の進展があり次第、報告します。副長は、
今は治すことだけを考えていてください 」
 加々見はそう言うと「まだ、ほかのクルーたちに聞き込みをしなくてはならないので。」と言って医務室から出て行った。

船長室は重苦しい空気に張り詰めていた。
「では、この航海を続ければ、全員が死亡するという可能性もあるということか?」
 ハミルトン船長は、信じがたいという表情で言った。
「はい。この航海は私をこの船に乗せたときから、結果は出ているも同然です 」
壁に備え付けられた端末から『ライ』はハミルトン船長の質問に答えた。
「直美航法士長、被害者が出るまでに話す事はできなかったのかね?」
「このようなことをいきなり話されても信じるような人がいると思いますか?」
ハミルトン船長の質問に直美は質問で返した。
「確かに、古代船の制御システムが積み込まれているなどと言ったら、普通はその人の精神状態を疑う事になるだろうな 」
 ハミルトン船長の答えを聞いた後で、時津が発言した。
「しかし、今現実の問題として実際に船に『ライ』が存在し、二人の工作員が乗船しているという問題があります。このまま何も対処しないということはできません 」
「確かにな。だがアメリカ政府が正式に“科学者”として送り込んでいる以上、こちらの判断で勝手に降ろすことはできない。降ろしたら降ろしたで計画が発覚した
と判断して何をされるか想像もできない事態になる可能性が大きいからな 」
 ハミルトン船長は、一息を入れて続けた。
「直美航法士長と『ライ』が計画した案を採用するしかないだろうな。われわれも自腹を切って端末などを用意して“その時”に備えるようにしよう。計画が発覚する
わけにはいかないのであくまでも内密にな。お互いどこに隠したかは秘密にしておく必要もあるだろう。拘束されたときに互いの隠した場所を明らかにしてしまうとい
う事態も避けておく必要があるからな。美果副長には後で私が話しておこう。それと、われわれ以外で信用できる人間がこのことを知っている必要がある。適切な人物
は誰か知っているか?」
「ブライアン博士はどうでしょうか?あの人は口は悪いですが誠実な人です。内偵の際、『あの二人』がほかのクルーとあまり接触しないことを不審がっていました。
自分たちの研究が何をやっているかもはぐらかすし、研究室に誰も入れないのは変だ、と。ただ、あの人はすぐ激昂するところがあるのでうまく話さないとすぐ二人に
食って掛かる可能性もありますが 」
 伊東 ルナは、そうハミルトン船長の質問に答えた。
「でもあの人は自分がそういう性格だと判っているから、女にはそうカッカとするようじゃないですよね 」
時津はルナの方を振り向くと言った。
「では、伊東情報分析員。君から彼に説明をしてくれないか。もちろん…」
「もちろん、極秘で“二人”に気づかれないように細心の注意を払います 」
「頼むぞ 」
 ハミルトン船長は、ルナにそう言った後、全員にあくまでも普段どおりの行動をして“二人”に気づかれないように念を押した。

『スサノウ』の主要なクルーが基地の司令官室に集められた。
「無人探査機による調査結果、2日後にこの座標に開くワームホールからイプシロン星系へとつながるルートが発見された 」
基地指令はホログラムモニターに映し出された赤い点を指して言った。
「現時点では機密事項だが、『イプシロン』を公転する惑星の一つに知的生命体が存在する可能性があるらしい。そこで我々はその惑星を暫定呼称として ALIAN・LI-
VING・PLANET略して『ALP-1』と呼称する事とした。」
ホログラムモニターには恒星とその周りを回る惑星が映し出されていた。そのひとつにフラグが立っている。
「君たちの任務だが、あくまでも無人探査機での調査結果だ。そのため、探査時の間違いなどという可能性もある。そこで、君たちにこの『イプシロン星系』を調査し
てもらいたい。アメリカから派遣された調査主任が新造船のクルーの処女航海に華を持たせたほうが良いって言うんでな!わっはっはっはっ!」
基地指令はそう言うと豪快に笑った。
「まぁ、無人探査機も何事も無く戻ってきたし、新造船の初任務としては、軽いジャブのようなもんだろう。まぁ、肩肘張らずに良い結果を持ってきてくれ。」
「ですが……」
あまりにも基地指令が豪快に笑うので百瀬機関長は思わず言った。
「美果副長のことか。確かに彼女には気の毒な思いをさせた。確かにまだ犯人は捕まっていない。目的が何かは知らんが。だが、ここはほかから隔絶された基地だ。
犯人に逃げ場は無い!いずれにせよ捕まるのは時間の問題だ。なぁに捕まったら、俺自らとことんとっちめてやるよ!」
基地指令は、そう言ってこぶしを振り上げて見せた。
「長距離のワームホールなので、安定している期間は長くありません。この1週間は比較的安定していますが、この期間を過ぎると2年は安定するのに時間がかかります。
我々はまだ、『イプシロン』に関する正確なデータは把握できていません。ですから皆さんには、正確な『我々の太陽系』からの位置、本当に知的生命体の住む惑星が
あるのか、その文明のレベルはどの程度か、個々の惑星の公転面などを調査してもらいたいと思います 」
基地の調査担当スタッフが一通り説明をした。
「本来なら、美果副長の回復と犯人の逮捕がなされてから送り出したいのだが、先ほどの説明のとおり、ワームホールの安定している時期が限られる。なので悪いが
そういうことで行ってきてくれ。基地指令の名にかけて、犯人は必ず捕まえといてみせる。『スサノウ』が任務から戻ってくるまでに犯人はきっちり油を絞り切っと
いてやるから 」
基地指令は、そう言うと指令文書をハミルトン船長に手渡した。

2日後、『スサノウ』はケンタウリ・アルファ基地から離れ、一路ワームホールへのコースを取った。
ワームホールが安定しているのは後5日のみだ。
それが過ぎれば2年は開くことは無い。
予定では基地を離れてから3日目にワームホールの開口点に突入することになる。
「副長!もう良いんですか?」
ブリッジの扉が開き、入ってきた人物に、加奈は驚いて言った。
入ってきたのは美果だった。
頭に包帯を巻いた姿で何事も無かったかのように自分の席に着いた。
「ありがとう。華岡には一日3時間にしておくように言われたけど、私がいない間に仕事が溜まっていたら困るから 」
美果はそう言うと端末に表示された内容を確認した。
「いつ副長が戻られても大丈夫なように、副長の仕事をみんなで手分けして進めておきました 」
松田は美果がモニターを見ている様子を見て、そう言うと
「やってくれたは良いけど、仕事が雑ねぇ。でもこれだけできれば自分の出番がなくなっちゃうんじゃないの?」
美果は、皆の気遣いをうれしく思いながら冗談めかしてすくんで見せた。


同じ頃、ブライアン博士は自室でこれから向かうイプシロン星系へのルートを確認するため、軌道計算を行っていた。

コン!コン!

ドアを叩く音がした。
「誰だ!用事があるなら今は忙しいからだめだ!それとインターホンがあるだろう?なぜ、それを使わん!!」
いつもと変わらぬ怒声でブライアン博士はドア越しに叫んだ。

プシュン!

ドアが開いた。
ブライアン博士の怒声にもかかわらず、その人物はドアを開き、入ってきた。
逆光で最初はよく見えなかったが、ドアが閉まると誰だかはっきりと判った。
「すみません。折り入っての大事な話があるものですから 」
ルナはそう言って軽く会釈をした。
「何だ?その大事な話と言うのは?あぁ、何いつまで間で突っ立っとる!いいからそこのベットにでも座れ!」
ブライアン博士はそう言いながら、ベットの上に散らばっていた専門書を片付けた。
「実は……」
ルナがそう言い掛けたところ、
「ったく!用件なら早く言ってくれ、今それどころじゃないんだ!イプシロン星系から繋がっているワームホールを調べてんだが、何なんだ!この複雑さは!こんな事
が有るようなら、このルートでもいけるんじゃねぇか?」
「このルート?」
ルナはブライアン博士の言葉に思わず反応した。
「あぁ!こんなんに気が付くのは、まぁ俺ぐらいだろうけどな! ったく!あのぼんくらどもが!!」
「声が大きすぎます!そう怒鳴らなくても十分に聞こえます。それと……」
ブライアン博士が次の一言を言おうとしたところで、ルナは言葉を制した。そして、
「多分、その事と関係がある話です。ゆっくり博士のお話は聞きますから、これから私が話すことをきちんと聞いてくださいませんか?とても重要な話なんです。」
そういった後、ルナはこれまでの経過を話した。
この航海に策略が潜んでいること、古代船の制御システムが極秘裏に積み込まれていること、工作員が二人乗り込んでいること、その一切をゆっくり丁寧に説明した。
その上で、
「ブライアン博士には、これをうまく隠しておいてほしいのです 」
そう言って、かばんを持ち出した。中には小型の端末とドライバーセットなどの工具類が入っていた。
「この船が本当に乗っ取られた場合にはこれらを使って奪い返す算段を進めてほしいのです。端末があれば『ライ』との接点を私たちにも持つことができます。後は、
船に残された人たちと一緒にうまく立ち回ってくださいませんか?博士だからこそこうして頼むことができるのです 」
ルナはそういった後、深々と一礼した。
「その話はすべて本当なのか?」
ブライアン博士は、さすがに信じがたいという表情でルナの顔を見た。
「すべて本当の話です。何ならば、今すぐ『ライ』とお話してみますか?」
そう言って、「すみません。」と一言断った上で、ブライアン博士が軌道計算に使っていたパソコンの通信リンクを開いた。ただ、特に相手側を指定していないことが
ブライアン博士には奇異に見えた。
「ライ?聞こえてる?聞こえていたら返事をして?」
「何やってんだ?パソコンが勝手にしゃべるわけ無いだろう?」
いきなりルナが自分のパソコンをいじったと思ったら、パソコンに向かってしゃべりだすのであきれてブライアン博士はため息混じりに言った。
少し間を置いて、パソコンが何か処理をし始めた。
「聞こえているわ。その声は伊東 ルナさんですね 」
パソコンから機械的な女性の声が響いた。
「今、ブライアン博士の部屋から話しかけているんだけど、自分が言っただけじゃあ博士を納得させることができないと思うの。何か良い方法は無いかしら?」
ルナがそう言い終わると同時に、パソコン上の軌道演算データが急激に変化し始めた。
ブライアン博士が集めたデータをライが再検討し、一気に軌道データが書き変わっていく。
刻一刻と変化していくデータの内容はルナには専門的過ぎて理解できなかったが、ブライアン博士の表情が見る間に脅威へと変わっていくことが見て取れた。
「何なんだ?これは!今までの俺の研究の成果が…!!」
ブライアン博士は思わず驚きの声を上げた。

「博士のデータが断片的とはいえ、正確だから可能なのです。博士の当初の計算よりもより確度は高いはずです 」
ライは演算を終了すると同時にそう博士に向かって言うと続けて、
「博士の予想通りです。そのルートを通っても太陽系への道は開きます 」
「二人とも何を言ってるの?」
ライの言った事が理解できず、ルナは訊いた。
「この船が、今向かっている太陽系、イプシロン星系からプロキオン星系へ繋がるワームホールルートがあります。そこから、私たちの太陽系へのルートがあるのですが、
極めて複雑に他の恒星の影響を受けやすいルートとなっています。より確度を高めるためには実際に行って確認する以外にありませんが、大規模ガス惑星の影響を考慮す
れば、この船が通過できるような安定した期間がある可能性があります。いずれにせよ、ブライアン博士が収集したデータではまだデータ不足です。ですが、そもそもこ
のルートの可能性を気づく人はそうはいないでしょう 」
ライはデータが意味することをルナに説明した。
「何なんだ?俺の言おうとしたことを全部言っちまいやがった!」
ブライアン博士は、驚きながらも結果の正確さを認めざるを得なかった。
「おい!古代船のコンピューターとか言ったな!俺の仕事を取るつもりか!」
自分の研究の成果を勝手により確度の高いものにされて、ブライアン博士は再び怒り始めた。
ルナはいきり立つブライアン博士を必死で大声を立てないようになだめた。
「落ち着いてください。先ほど説明した通り大事なことなんです。私が『ライ』に証拠を示すように言ったことが悪いなら、ここでお詫びをします。すみません!すみ
ません!」
ただ、ひたすらに平謝りを繰り返す、ルナの姿を見て、ブライアン博士はさすがにバツが悪いと思ったのか、しおらしくなった。
「いいや、あんたは別に悪くない。こっちこそすまなかった。すべてはこの『糞コンピューター』が悪いんだから、そういつまでも頭を下げて謝るな 」
まだ、息が荒いままだったが、それでもブライアン博士はパソコンのモニターを指差しながら、ルナに謝った。
「私も勝手にデータをいじったことを謝ります。すみませんでした。しかし、誰が悪いと言うならば、この船に私を乗せ、策略を企てている人たちに言うべきでしょう。
それと私は『糞コンピューター』ではありません。『ライ』です 」
ライは冷静にブライアン博士の言葉に答えた。
「うっくう……」
ブライアン博士は、ライに自分が怒るべき相手を誤っていると指摘されると反論できなかった。
「しかし、なぜ俺なんかに話を持ってきた?」
ブライアン博士は、改めてルナに聞いた。
「ブライアン博士が、信用できると思ったからです。この件について実は、時津情報分析員と二人でこの船が地球を出た時から内偵を進めていました。さすがにこのよう
な進展を見せるとは予想していませんでしたが 」
ルナは、一息ついた。
「内偵を進める中で、テレジア博士からブライアン博士にカロン基地で野菜の種を都合してもらったという話を聞きました。その話の経緯から、私達は博士を信用できる
と思ったんです。ですから、この話はあくまで内密にしていただいて‘その時’に力になっていただけませんでしょうか?」
ルナはじっとブライアン博士の目を見つめながら話した。
「糞っ!そこまで話を聞いておいて引き下がるわけにはいかねえじゃねえか!わかったよ!やりゃぁ良いんだろう!」
ブライアン博士はそう言って親指をルナに向かって立てた後、パソコンの方を向いた。
そして、
「おいっ!『糞コンピューター』!そん時ちゃんと役に立つんだろうな!」
ブライアン博士は『ライ』に向かって吼えた。
「もちろんです。その為にこうしてお話をしているのですから。それともう一度言いますが、私は『ライ』です 」
ライはブライアン博士に向かってあくまでも冷静に答えた。


『スサノウ』がケンタウリ・アルファの調査基地を発ってから3日が過ぎた。
何事も無く無事にワームホールを抜けた『スサノウ』はイプシロン星系に出現した。
「現在の速度で『ALP-1』へは、172時間、7日と4時間後に到達する予定です 」
直美は、軌道データを見ながらハミルトン船長に報告した。
「船長 」
奈津美はそう言うとハミルトン船長の方を向いた。
「何だ?」
「調査基地でのミーティングでの無人探査機での調査結果に関する報告でもありましたが『ALP-1』のある方向から電波を受信しています 」
「出せるか?」
「複数の信号を受信しています。ただ、どれも単純な2進信号です。ブリッジのスピーカーに出します 」
奈津美がそう言うと、ブリッジに複数のモールス信号のような音が鳴り渡った。
「これだけでは何もわからんな 」
ハミルトン船長は、つぶやいた。
「信号のパターンを分析する必要があるな。奈津美君、受信した内容は記録しているか?」
「はい。受信したときから、記録しています 」
奈津美は、ハミルトン船長の質問に即座に答えた。
「よろしい、情報分析員に内容を分析してもらう。その他各員、気が付いたことがあったらすぐに報告をせよ 」
「了解!」
ハミルトン船長の指示にブリッジのクルーは一同答えた。

同じ頃、研究室内。ブライアン博士とドクター マオもまた、船のセンサーが捕らえたデータの分析を進めていた。
モニター上に各惑星の公転軌道などに関する情報が次々と表示されていく。
「うーん。この小惑星の軌道は変ね?」
ドクター マオが口を開いた。
「あん?何を余計な口を叩いてんだ?」
ブライアン博士は集中していたところをドクター マオが余計なことを口にしたとばかりに睨めつけた。
「そんな風に言わなくても良いでしょう。それより何が変なんだ?」
ボビーは、内心ひょっとして自分に出番がやってくるかもしれないと思いつつ、ブライアン博士をたしなめ、ドクター マオに質問を向けた。
「いや、これを見るね。この小惑星が今の軌道を取っていたとすると、それ以前にこの惑星に落っこちていないとおかしいのね?」
モニター上には小惑星の軌道が表示されていた。ドクター マオが時間を遡って軌道を表示させていくと、ガス惑星の公転面でちょうどガス惑星と軌道が重なり、衝突
することが表示されていた。
「あんたの計算ミスは?」
ブライアン博士は、相も変わらずぶっきらぼうに言った。
「無いあるね。3回見直したから間違いないはずよ 」
ドクター マオは冷静に答えた。
「で?その石ころの行く先はどこなんだ?」
ボビーは、少し興奮した様子で、ドクター マオに問いかけた。
「ちょっと待つあるね 」
そう言って、ドクター マオはモニター上の時間を進めた。
3人ともその結果を見て黙りこくった。
画面には、主要調査対象である『ALP-1』への衝突コースが示されていた。


「軌道計算には間違いは?」
ハミルトン船長は、ドクター マオに確認を求めた。
「間違いないよ!ブライアンさんも同じ結果を出したね 」
ドクター マオは集められたクルーを見渡しながら、真剣な眼差しで答えた。
「大きさとかは分かっているの?」
美果は、表示された軌道データを見ながらこわばった声で聞いた。
「現時点で分かっている大きさはおよそ20キロメートル。スペクトル分析からは、鉄と岩石からなると思われます。落下した場合、間違いなくひとつの生物圏が消滅
します 」
ボビーの報告を聞いて、美果は頭を思わず掻き毟ろうとした。
手が包帯に触れ、怪我がまだ治っていないことを思い出し、手を止めた。
「だが、自然にそういう軌道を取ったのでしょう?急に軌道が変わったように見えるのはまだ、我々が検知していない惑星に軌道が撹乱されたための可能性もあるで
しょう。仮にひとつの生物圏が終わるとしても自然のサイクルのひとつとして、我々が干渉するべきではないと思いますが?」
ダニエルは周囲が暗い雰囲気に包まれている中、冷静に言った。
「問題はそこじゃねぇ!普通は軌道が変わるといってもそう急に変わるもんじゃねえからな!この石ころは本来なら、このガス惑星に落っこちているはずなんだよ!
だから厄介だということがわかんねぇのか?」
ブライアン博士はダニエルに向かってそう吼えるとダニエルをにらみつけた。ダニエルはその表情を見て少し後ろに後ずさりした。
「調査する必要がありそうだな。小惑星を追尾する軌道を採るとして、直美航法士長、どのくらい時間が必要か?」
「現在の巡航速度を維持したとして、83時間で追いつきます 」
ハミルトン船長の問いかけに直美は即答した。
「では、すぐに軌道変更し、小惑星へ向かうコースを取りたまえ 」
ハミルトン船長の指示に、栗田と直美は「了解!」と敬礼し部屋を出て行った。


「失礼します 」
入れ違いに情報分析員の時津とルナが入ってきた。
「ちょうど皆さんお集まりのところでしたね。例の『ALP-1』からの電波の解析ができたので、報告にあがりました 」
時津はそう言うと端末に表示されたファイルを開いた。
「やはり、人為的なメッセージでした。まだ宇宙へ飛び立つ技術力は無い様ですが、天文学の知識はかなりあるようです。彼らは助けを必要としています 」
時津がそう言っている間にファイルが開き、壁面のスクリーンに『0』と『1』がずらりと表示された。
「このままでは何のことか判らん!」
ブライアン博士が憮然として言った。
「説明しますから、お待ちください 」
冷静にルナがそう言うと時津が説明を始めた。
「最初は、自分たちも特殊な暗号の類かと思いました。ですが彼らは、もっと簡単に他の知性体に自分たちの置かれている状況を理解してほしいと考え電波を発信して
いることが判明しました。『ALP-1』から発信されている電波の内容は基本的に同じ内容のものです。近くに行けばおそらく彼ら自身は、より複雑な信号のやり取りをし
ていることが確認できるでしょう。まず、発信された信号の“ON・OFF”を“0・1”に分けてみました。すると信号に一定の周期で“0”と“1”が並ぶ部分があることが
分かります。この部分が言わば改行タグとして用意されたものでした。」
時津がそう言うとルナが端末を操作した。モニターに表示された“0”と“1”が周期的に並ぶ部分の数字の色が白から赤に変わるとその部分で改行されて表示が変わった。
するとモニターの“0”と“1”が絵を描くように直線や円を描いた。
「数字の色を変えます。」ルナがそう言って端末を操作するとそれはよりはっきりとした。
“1”の数字で描かれた人のような姿と、その下に明らかに『イプシロン』とその周りを回る惑星の姿が見える。
『イプシロン』から4番目にある惑星が『ALP-1』だ。そこから“1”で曲線が描かれたその先に
“1”で書かれた塊が描かれていた。
「彼らは、自分たちの星に小惑星が落下すると正確に予測しているようです 」
時津は今までの議論の内容を知らないはずだが、今までの議論の内容と同じことを口にした。その場にいるクルーの多くが顔を見合わせた後、時津をまじまじと見たので、
時津は何かまずいことを言ったかと思い、たじろいだ。


『スサノウ』は小惑星に到達した。
『ALP-1』に落下するまでに残された時間あと4日しかない。
『スサノウ』の後部艦載機ハッチが開き、作業ポッドがゆっくり『スサノウ』から発進した。
小惑星に向かって静かに近づいていく。
「まもなく地表です、博士 」
コロネルは横を向いてボビーに言った。
「コロネル少尉。まず、地表面をスキャンする。その上で何らかの調査すべきものがあれば、試料を採取することになるからその時は頼むよ 」
ボビーは、モニターに映し出された地表の姿を凝視しながら答えた。
作業ポッドは地表面をスキャンしながらあくまでゆっくりとなめるように移動していった。
大きなクレーターを過ぎた時、地表の様子が変化した。
クレーターだらけだった地表が、滑らかに変化している。
作業ポッドのライトに照らされた地表面は黒いガラスのようにきらめいた。
「何か、この辺一帯だけ変ですね?」
コロネルはボビーに率直に言った。
「“海”とかとは明らかに違うな。高温で焼かれたようだ。“核”かもしれん。注意してサンプルを回収して、ドクター幸子にも調べてもらおう。回収したサンプルは
厳重に隔離してくれないか 」
「“核”ですか・・・。もし本当にそうならば冗談ではすみませんね 」
ボビーの‘核’という言葉にコロネルは、寒いものを感じた。サンプルケースの設定を特殊隔離サンプルケースに設定し直し、降下操作に入った。
コロネルは放射能の危険を考え、慎重にマニュピレーターを操作し、資料サンプルを回収した。


「それで、結果はどうだったの?」
美果は、ボビーに聞いた。
「間違いなく核兵器です。あれだけの領域を高温にさらす要因は自然界ではありえません。太陽の高熱に直接さらすでもしたなら別でしょうが。ドクター幸子の分析も
補完するには十分すぎます 」
ボビーがそういった後、幸子は続けて、
「サンダース博士が収集したサンプルからは、核反応生成物が検出されました。まだ強い放射線を放射し続けているので、何者かが、極めて最近核兵器を使用して、軌
道を変更したと推測されます。」
そう言って、モニターに分析結果を表示した。モニターに核反応生成物の種類と放射線量の強度が表示されていた。明らかに放射線の量が極めて強いことをモニターの
表示は雄弁に語っていた。
「あなたたちは、大丈夫なの?」
テレジアがモニターに表示された、放射線量を見て、心配そうに言った。
「あの光景を見たら、俺は真っ先に“核”を疑うね。だから、初めから対放射能防爆型の容器にコロネル少尉に収納してもらったので、何も心配は無いから大丈夫!」
ボビーはそう言って親指を立てた。
ルナは、ブライアン博士と同じことをボビーがしたので、思わず‘クスッ’と笑った。
「笑っている場合じゃないわ 」
美果はルナをたしなめた。
「ハミルトン船長。この件が自然現象ではないとなると、対応もそれなりに考えなければならないと思いますが 」
直美の声には少し不安が混じっていた。
「後どれだけ余裕がある?」
ハミルトン船長は予測軌道の表示を見ながら言った。
「2日以内に何とか軌道を変えないと『ALP-1』に落ちるのは確実ね 」
ドクター マオが答えた。
ため息をこぼした後、ハミルトン船長は意見を求めた。
「さて、その意図はまだ判らないが、小惑星を『ALP-1』へ落とそうとした者がいて、それを我々は気が付いてしまった。気が付いてしまった以上、何らかの対応をとら
なければならないと思うが、どうすれば良いか意見を聞きたい 」
「調査計画を大幅に見直す必要がありますが、本船の対消滅炉の『ポジトロンカートリッジ』を半分ほど使えば小惑星の軌道を変えるのに十分な推力を発生させること
が可能です。起爆には対艦ミサイルの弾頭を使用すればすぐにでも取り掛かれます 」
百瀬は、小惑星の軌道に気がついたときにすでにブライアン博士とドクター マオがはじき出していたデータを下に、具体的な軌道変更に必要な推力を出すためのプラン
を作成していた。
「何らかの妨害は無いのでしょうか?」
戦術オペレーターの松田が当然に予測される事態であるため、対応について判断をハミルトン船長に求めた。
「その可能性は否定は出来ないな。今からすぐに監視体制を強化!戦闘要員は第二種警戒配備!ブライアン博士とドクターマオにはすぐに小惑星の軌道変更に最適な場所
と時間を割り出してもらいたい。百瀬機関長!『ポジトロンカートリッジ』の具体的に必要な量と配置の割り出しを再度行ってもらいたい。すべての割り出しが済んだら
すぐに設置作業を実行する!以上解散!」
ハミルトン船長がそう言うと、各員すぐに持ち場に戻った。


二艘の作業ポッドが『スサノウ』と小惑星の間を行き来していた。
『スサノウ』後部船体の上部には、『ポジトロンカートリッジ』の交換用ハッチが12個並んで配置されている。作業ポッドが『スサノウ』に戻るたびにハッチが開き、
『ポジトロンカートリッジ』が船体から押し出されている。作業ポッドはそこから慎重に『ポジトロンカートリッジ』を引き抜き、小惑星の指定された場所に運んでいった。
「これで、設置は最後になるな 」
コロネルは、設置計画図を確認しながら、もう一艘の作業ポッドを操縦している、マクダネルズに言った。
「こっちも弾頭の設置を予定通りに済ませた。後は最終確認とタイマーの設定だけ行えば、すぐ退避だ。いずれにせよ時間が無い。急ごう!」
マクダネルズがそう言うと2艘の作業ポッドは『スサノウ』に戻った。

「急いで推進剤の補給を済ませろ!後、予定時間まで2時間を切ったぞ!」
「コロネル少尉!マクダネルズ少尉!時間が無い!休憩は悪いが15分以内で済ませてくれ!すぐに最終調整に入る!」
百瀬は、作業ポッドから二人が降りるとすぐにそう話しかけてきた。
「はぁぁ・・・。もう眠いって言うのに……」
マクダネルズは思わずぼやいた。
「しかし、これで設置作業は終わりだ。後一回だから、何とか我慢してくれ 」
マクダネルズのぼやき声を聞いた、百瀬が、作業の進捗を確認する手を止め、二人を振り向いて言った。
「また、コーヒーとトイレだけの休憩になりそうだな 」
コロネルは、そう言って苦笑した。

二人は結局、ゆっくり休む暇も無く百瀬と時津を乗せ、小惑星に舞い戻る羽目になった。
「弾頭のところに行ってくれ 」
百瀬は、コロネルに指示を出した。
小惑星上空から俯瞰する形で作業ポッドは移動していく。
百瀬は下を見下ろしながら設置場所を確認した。
「今のところ問題はなさそうだな。時津君、時限設定はどうだ?」
作業ポッドから降りて、直接弾頭のコンピューターにデータ入力をしている時津に百瀬は無線で問いかけた。
「順調です。あと1時間と23分12秒で爆破できるようにセットしました 」
時津がそう答えると、
「よし。後は急いで離脱して、『スサノウ』を安全圏に移動させるのみだな 」
百瀬は時津が作業ポッドに戻っている様子を見ながら言った。

『スサノウ』は作業ポッドを収容すると、直ちに最大推力で安全圏への退避を開始した。
一刻も早く安全圏に離脱しなければ、爆発によって生じた破片の餌食になってしまう。
それでは、いくら『ALP-1』を助けても身も蓋も無い。
「計算上では、後23分で安全圏です 」
直美はモニターを注視しながら報告した。
「爆発までの時間は?」
「残り39分です 」
美果の質問に加奈が答えた。
栗田操舵士はMHDドライブのコイルユニットの極性を逆に切り替え、減速操作を行った。
『スサノウ』はゆっくり減速していく。
「安全圏に到達しました 」
直美が報告するとしばらくして船は停止した。
ブリッジのメインモニターには小惑星の今の姿が映し出されている。

次の瞬間、強烈な光が小惑星の背面から上がった。
映像を映し出しているカメラがそのあまりにも強い光のためダウンし、モニターはたちまち嵐になった。
「メインモニターカメラ破損!予備に切り替えます 」
加奈が報告すると共に、映像が復旧した。
まだ光が小惑星の背面から上がっている。
「小惑星、軌道を変化させました 」
直美がハミルトン船長の方を向いて報告した。
「軌道は予定通りか?」
ハミルトン船長は問いただした。
「現時点では、計画通りです。『ALP-1』を掠めて太陽へ落下するコースに突入しました 」
「よろしい 」
直美の報告を受けてハミルトン船長は肩をなでおろした。

突然、船内に警報が鳴り響いた。
「何事だ!!」
ハミルトン船長は松田に向かって大声で言った。
「小惑星の破片がこちらに向かって飛んできます。至急回避行動を!!」
松田がそう叫ぶとメインモニター上に『スサノウ』に向かって複数の破片が向かってきている様子が表示された。
「馬鹿な!密度計算はちゃんとしたぞ!ここまで脆弱な密度ではないはずだ!」
ブリッジに結果確認のため居合わせたボビーが思わず叫んだ。
「すでに核でよほど脆くなっていたんだろう。あんたが悪いわけじゃねぇ 」
同じく居合わせたブライアン博士が落ち着いた様子で言った。
普段、何かにつけて怒鳴り散らしているブライアン博士が落ち着いて話す様子を見て、ドクター マオはどうしたのかと思い、チラッとブライアン博士の顔を覗いた。
眉間に厳しいしわが刻まれ、その顔全体に怒りが現れていた。
「だめです。軌道演算間に合いません!衝突します!!」
直美がそう言った瞬間、『スサノウ』の姿勢制御スラスターとMHDドライブが突然稼動し、回避動作を開始した。
メインモニター画面に『スサノウ』に向かって飛んでくる複数の破片の軌道とそれを回避ための軌道のデータが表示された。
『スサノウ』がその軌道に沿って回避動作を行っていることがリアルタイムで表示されている。
本来、ありえないような機動を船が繰り返すため、クルーの全員が激しく揺すぶられた。
「遠心重力発生系に異常発生。居住区の回転止まります!」
揺すぶられながらも、加奈が必死で報告を入れた。
無重力になったブリッジで揺すぶられた体が宙に飛ばされそうになる。
皆、何かにつかまりながら揺れとそこから吐き気に耐えていた。


『スサノウ』はすべての破片をやり過ごした。
あれだけ激しかった振動と揺れがまるでうそのようだ。
揺れと振動がおさまった後のブリッジの中で回避動作中にはまるで気がつかなかった警報音がけたたましく鳴り響いている。
激しく揺すぶられた後のブリッジの中は引っ掻き回したように撒き散らされ、雑然としていた。
「各部署至急状況報告!!」
ハミルトン船長はすぐに確認の指示を出した。
「全システムに異常は認められません。遠心重力発生系のシステムセーフティーが作動しただけです。システム自動復旧します。負傷者は計4名。いずれも軽症です 」
加奈がモニター上に表示された各部署の報告を見ながら報告した。

パサッ!

重力が戻り、宙に浮いていた物が一斉に床に落ちた。
モニター上の異常表示が消えると共に警報が鳴り止んだ。
「ライ……」
直美がそう小さい声でつぶやいた。
「あの状況では、他に方法は有りませんでした。でしゃばりすぎたでしょうか?」
直美の席のコンソールから機械的な声がした。
「いや。判断は適切だった。ありがとう、ライ 」
ハミルトン船長が、ライの問いかけに答えた。
「ライ?誰です?それは?そんなクルーがいるとは聞いてませんが?」
マクダネルズが直美に聞いた。
「この船のクルー名簿に載っていないもう一人のクルーだ 」
ハミルトン船長は直美が答えるのを躊躇している間にマクダネルズの質問に答えた。
マクダネルズは想定していなかった答えをハミルトン船長が答えたのであっけにとらわれたような表情を見せた。

同じ頃、研究室内で、テレジアは一人立ち尽くしていた。
ブリッジ以外の他の部署もブリッジ同様激しく揺すぶられた為、雑然としていた。
研究室の中も激しく揺すられた為、研究用にキャビンから出してあった書類や研究資材などで足の踏み場もないような状況になっていた。
テレジアは、雑然とした研究室内で、どうすれば良いか判らず呆然としていた。
テレジアが呆然と立ち尽くす中、二人の男が悠然と歩いてきた。
『ダニエル』と『デビット』だ。
二人とも手にアタッシュケースを持っている。
床に落ちたままの書類などがまるでそこに無い様に踏みつけながら歩いていく。
「ちょっと待って!!」
テレジアは、思わずと呼び止めた。
その声を聞いて『ダニエル』が振り向いた。
その手には銃が握られていた。


マクダネルズは、ハミルトン船長の‘もう一人のクルー’という言葉の意味が飲み込めず、まだあっけに囚われているようだった。
ハミルトン船長が説明しようとしたその時、ブリッジの扉が開いた。
テレジアだった。
両手を挙げていた。
すぐ後ろに男の姿が見える。
『ダニエル』だ。
銃をテレジアの背中に押し付けている。
テレジアの顔は泣き出しそうだった。
「全員動かないで頂きたい 」
『ダニエル』はテレジアの首に手をかけ、銃を手に周りを見渡しながらブリッジに入ってきた。
「いったい何ですか?船の中に銃は持ち…」
マクダネルズが近寄ろうとしたその時、

プシュ!

サイレンサー付の銃特有のくぐもった音がした。
マクダネルズは、そのまま仰向けに副操舵士のコンソールに倒れこみ床に崩れ落ちた。
胸から流れる血が、床に血の海を作り出していく。
「キャァァッ!!」
テレジアは思わず悲鳴を上げた。
が、すぐに口を閉じた。
こめかみに押し付けられた銃口はまだ熱を持っていた。
「少し静かにして頂きたい。私としても女性に手荒なことはしたくはありませんから。彼の様にはなりたくはないでしょう?」
『ダニエル』は優しい声で、テレジアに話しかけながら床に倒れこんだマクダネルズの死体を見る様に銃口で無理やりテレジアの顔を向けさせた。
「ハミルトン船長。これからは私の指示に従って頂きたい。まずは私の指示する座標に進路をとって頂きます 」
『ダニエル』は丁寧にハミルトン船長に‘お願い’をした。
「指示に従わなかった場合は?」
「部下の『デビット』が主動力炉の所に居ります。彼は適切な対応をしてくれるはずです 」
ハミルトン船長の質問に『ダニエル』は落ち着いた様子で答えた。

主動力炉区画では、『デビット』が機関部員達を集めブリッジ同様に銃を向け自分たちの指示に従うように穏やかに話しかけていた。
「貴様たちだけでこの船を乗っ取ることが出来ると思っているのか!」
佐藤 利治主動力炉主任は、『デビット』に怒りを込め言い放った。
「我々だけ?そのようなことは決してありません。いずれお分かりに成るものと思います 」
『デビット』は、“ポジトロン供給ライン”の巨大なケーシングに銃口を向けながら顔に涼しげな笑みを浮かべ佐藤主任に答えた。
“ポジトロン供給ライン”を破壊されたら主動力炉である対消滅炉自体が大爆発を起こし、船そのものが跡形もなく消し飛んでしまう。
佐藤主任は、反撃の機会を奪う『デビット』を前に歯軋りしながら黙るしか無くなった。


『スサノウ』は『ALP-1』の周回軌道へ向かう予定を変更し、『ダニエル』の指定した座標へ軌道修正を行った。
フライバイによる十分な加速を得るため『ALP-1』を周回しながら『スサノウ』は加速をしていく。
「くそっ!あいつらのせいでまるでまともな調査が出来なかった!」
ボビーは研究室で怒りを露にしていた。
無人探査ポッドを『ALP-1』に投入することすら出来なかったことがボビーには学者として我慢できなかった。
「しぃ~!静かにしないと何されるかわからないわよ。それにしてもこんな所に閉じ込めておいて一体どうするつもりなのかしら?」
幸子は、壊されたポータブル端末を手にボビーをたしなめた。
ポータブル端末だけではない。
研究に必要な端末などもすべて壊されてしまい、今までの研究成果もすべてだめにされてしまった。
幸子には、操船に関係のないクルーを閉じ込めた『ダニエル』の意図が判らずと惑っていた。
端末をすべて壊され、外で何が起こっているか判らないのは不安を駆り立てるだけだ。
「二人で出来ることなんぞ高が知れている。おそらくどこかで仲間と合流する気なんだろう 」
ブライアン博士が普段の怒声とは違う落ち着いた様子で話すので、幸子はブライアン博士がすでに諦めているのではないかと不安になった。
「何か普段のあなたとは違うね?今日は、朝から変に落ち着いているね?何かあったんですか?」
ドクター マオもずっと様子を見ていていつもと違う様子を見せるブライアン博士を心配し訊ねた。
「今はまだ、話せない。話すことが出来ない。だが、ひとつだけいえる。俺達にはまだ‘手’がある。今はそれだけしか言えない 」
苦悶の表情を浮かべたままブライアン博士は黙りこくった。


『スサノウ』は『ダニエル』が指示したある座標に向かってひた進んでいた。
ブリッジでは銃を構えた『ダニエル』が見張る中、マクダネルズの死体がそのまま床に倒れこんだままだった。
「せめて、簡単でもいいから葬儀を行わせてください 」
美果は『ダニエル』に‘お願い’をした。
「私にはそういう権限は与えられておりません。死体を片付けるなら30分以内に死体を処分して戻って来てください。戻ってこられない場合はさらに一人殺すように指示
されています。ですから速やかに行動するようにお願いします。大丈夫です。後10時間もすればきちんとした対応が取れるようになると思いますから 」
『ダニエル』はそう涼しげに答えた。
「なぜ、10時間後なのかしら?」
小さい声で、加奈が奈津美に向かってささやいた。
「きっと船かなんか居るのよ。そうじゃなきゃいつまでも二人で何とかなるはずないじゃない 」
奈津美は『ダニエル』の様子を気にかけながら、小声で答えた。
「そこのお二人さん。少し静かにはしていただけませんか?」
『ダニエル』はゆっくり歩きながら、二人に近づいていった。
「静かにして頂け無いとその美しい顔が二度と見られないものになりますよ 」
にっこり笑いながら『ダニエル』は二人に銃を向け、引き金に手をかけた。
「やめてください。あなた方の目的は『私』のはずです。『私』さえ確保すれば十分なはずです。そうすればあなた方の任務は成功したといえるのでしょう。無益な殺戮
はやめてください」
ライが『ダニエル』に向かって懇願した。
「戦艦のコンピューターが何、口走っているのですか?すでに過去に膨大な数の命を奪っているはずなのに、いまさら善者ぶって見せても意味ないでしょう?まったく皆
さん方はすばらしい成果を上げられた。我々にはまったくコンタクトを取ることが出来なかったにもかかわらずこうして話させるまでにして見せたのですから。予想以上
ですよ。すばらしい!」
『ダニエル』は両手を挙げて賞賛して見せた。
「そして、用が済んだらどちらにせよ、私たちを全員殺すつもりなんでしょう?」
「そうとも限りません。あなたという『ライ』に直接アクセス出来る存在はきわめて興味深い調査対象です。どのようにすれば直接アクセスすることが出来たのかじっく
りお伺いいたしたいものです。ですから、少なくともあなたの命を奪うことは現時点では我々は考えてはおりません 」
『ダニエル』の丁寧なもの言いに直美は、‘絶対に皆殺しにするつもりだ’と確信した。
‘このような人達にはなんとしても絶対に好きなようにさせるわけには行かない’
直美は心の中で覚悟を決めた。
「すべては、計算ずくなのですね。ですがすべてあなた方の思惑通りに事が進むかしら?」
「コンピューターごときが何を言うかと思えばなんだ、そんなことですか。もう少し論理的に物事を考えられると思いましたが。それともやはり壊れているのですか?他
の皆さん方にも念のために申し上げますが、理解しておいて頂きたい。これ以上、“血”を見たくないのならば、余計なことは考えないほうが身のためです 」
ライの問いかけに対し、『ダニエル』は周りを見回しながらにこやかに話した。

やがて『スサノウ』は『ダニエル』が指定した座標に到達した。
正面モニターにはワームホールの開口点が映し出されている。
「ワームホール開口点を確認。状態は安定しています 」
直美は努めて冷静に報告した。
「どこにつながっているかは、ご存知ですか?」
『ダニエル』は丁寧だが少し優越感のこもったような口調で直美に問いかけた。
「いいえ。こんなところに開口点があるなんて聞いたとこがない……」
直美は正直に『ダニエル』に答えた。
「この開口点は『プロキオン星系』へ繋がるワームホールの入り口のはずです 」
「何だ?」
『ダニエル』は不意に声がした副操舵コンソールに向かって振り向いた。
声の主はライだった。
「どちらにせよ、あなた方はこの船の保有する情報をすべて調べつくすつもりなのでしょう?目的達成の為に、あなた方がクルーに何らかの暴力を用いて強引に情報を引
き出そうとすることが予測されます。ですから、それならばあらかじめ私が把握している情報を開示すればそれらを回避できる可能性があると判断致します 」
ライはそう言うと副操舵士コンソールのモニターに座標データを表示された。
「なかなか話が分かるではありませんか。壊れたコンピューターという前言は撤回いたしましょう。詳しいことは後ほどしっかり伺わせてもらうとしますか 」
『ダニエル』はそう言うと、にやっと笑った。
「その代わり、殺さないと約束していただけますか?」
「その判断に関して言えば、私に与えられた権限から逸脱した判断になります。約束は致しかねますね 」
ライの問いかけに『ダニエル』はあくまでも穏やかに言った。


『スサノウ』はワームホールの開口点を前にして停船したままだった。
『ダニエル』は開口点を前にして指示を出さずに時々腕時計に目をやっている。
「時間だ 」
『ダニエル』は腕時計で時間を確かめると誰と無くつぶやいた。
「ワームホールから何か出てきます。艦です!」
松田は戦術コンソールのモニターを見て叫んだ。
正面モニターに、ワームホールから出現した艦の姿が映し出されている。
「識別信号確認……!?『U.S.Sヴォート』です!ですが『ヴォート』は2年前に事故で失われたという事になっています!」
松田は、存在しないはずの艦が目の前にいることに驚きを隠せなかった。
「通信が入ってきています。回線を繋げますか?」
奈津美はそう言うとハミルトン船長の方へ振り向いた。
「そう言う判断は、私に聞くべき内容です。大丈夫、回線を繋いで下さい 」
『ダニエル』は奈津美に銃を向け、銃口を少し上に上げてから回線を繋げる様、促した。
「『NSS-304-JAスサノウ』に告げる。本艦に追随し、ワームホールに進入せよ。本艦の指示に従わない場合は即時撃沈する 」
音声のみで、一方的に話した後、航路データが送り込まれてきた。
「『ヴォート』全武装、状態アクティブです。いつでも本船に対し攻撃可能です 」
松田は、モニターに表示された、『ヴォート』に関するリアルライブデータを確認しながら報告した。
『ダニエル』はもうすぐ自分の任務が終わることを確信しているのか、余裕の笑みを浮かべていた。
「それでは、指示に従って『ヴォート』の後に従ってください。間違っても余計な考えは起こさないでくださいね 」
『ダニエル』はブリッジのクルーに対し、念を押した。

『スサノウ』は『ヴォート』の後に従い、ワームホールを抜けた。
抜けた先で、小さな星が2隻の船を出迎えた。白色矮星『プロキオンB』だ。
モニター上、かなたに明るい輝きがあるのは主星『プロキオンA』だ。
『ヴォート』はいつでも攻撃できる状態を維持しながら、『スサノウ』を導いてゆく。
ワームホールを抜けてから2日が経過した。
相変わらず『ヴォート』は『スサノウ』に標準を定めながら『スサノウ』を先導していく。
やがて、『プロキオンB』を周回する宇宙基地がその姿を現した。
基地の上部には大型船を固定するためのクランプが三セットあるのが見える。
基地から、小型の宇宙戦闘機『オービタルフライヤー』6機とタグボートが2隻発進し、『スサノウ』を取り囲んだ。
「『スサノウ』に告げる。主動力炉を停止し、停船せよ 」
基地から事務的に指示が発せられた。
「撃沈されたくなかったら、指示通りになさって下さい 」
『ダニエル』はブリッジのクルーに言うと、奈津美を退かせ無線機のマイクを手に取った。
そして、
「『ダニエル』です。任務は無事遂行致しました 」
任務を成し遂げた満足そうな表情で、『ダニエル』は基地に報告した。

『ヴォート』は攻撃態勢を維持したままだ。
『スサノウ』は主動力炉を停止し、基地の大型船用のポートより200m離れた所に停船した。
『オービタルフライヤー』のミサイルポッドが『スサノウ』を捕らえ、いつでも撃てる体制を取り続けているのをクルーはモニター越しに眺め続けていた。
タグボートが『スサノウ』に取り付くと、ゆっくり基地の大型船用のポートに『スサノウ』を押していった。

ゴーンッ!

『スサノウ』がポートにドッキングすると二つの固定クランプが『スサノウ』をがっちり固定した。
『スサノウ』が基地に接岸する様子を確認したからであろう。
それまでずっと『スサノウ』に向け攻撃態勢を維持していた『ヴォート』は攻撃態勢をやめ、自力でポートに移動し、基地に接岸した。


ハッチが開き、二十人あまりの兵士が銃を手に『スサノウ』に流れ込んできた。
あらかじめ指示を受けていたのであろう。
それぞれ三人に分かれて機敏な動きで船の主要エリアに向かっていった。
ブリッジの扉が開き4人入ってきた。
一人は指揮官らしい。
ほかの三人に手振りで指示を出した。
「全員、船から降りてもらう。余計なことはするな!命が縮むだけだからな!」
兵士を引き連れてきた指揮官は、ブリッジのクルーに対し、言い放った。
「連行してどうするつもりか?」
ハミルトン船長は努めて冷静に指揮官に訊ねた。
「貴様に質問をする権利は無い!だが答えてやっても良いだろう。貴様らの対応しだいで何とでもなる。少しでも反抗的な態度を取ったりでもした場合は…ふふっ。
宇宙には我々の想像を超えた危険に満ちている。不慮の事故で船が失われるということもまぁ、ありえる話だ 」
指揮官はそう言うと、部下にクルーを連れ出させた。


研究室内にも兵士達は流れ込んできた。
「全員、手を上げろ!一箇所に集まれ、ぐずぐずするな!!」
流れ込んで着た兵士のリーダー格と思われる者がそう言い放つと、研究室の科学者たちを研究室の中央に集めた。
「お前ら自分たちのやっていることがわかっているのか!」
ボビーが怒りを露にし、身を乗り出した。

ガンッ!!

兵士が、銃床で思いっきりボビーの頭を殴り、ボビーは吹っ飛ばされた。
「黒いのがわめくな!今すぐ地獄に送ってやろうか!!」
兵士は、そう怒鳴り銃口をボビーの頭に押し付けると引き金に手をかけた。
起き上がろうとしていたボビーの目には怒りが満ちていた。
歯が折れたのか、口から血が流れていた。
「待ってください。後で言い聞かせますから!それよりも医務室で治療をさせてください。お願いします!お願いします!!」
幸子は、とっさに機転を利かし、目に涙を浮かべボビーに後ろから抱きつくと兵士に懇願した。
兵士は、銃口をボビーの頭からゆっくり離した。
リーダー格の兵士が隣に居る兵士に
「付いていけ。変なことをしたらすぐ撃ち殺せ!」
と言うと二人に医務室に行くことを許可した。


「貴様はアメリカ軍人だな?我々の指揮下に入るというのなら、身柄を拘束しない。貴様の選択しだいだ 」
コロネル少尉の前に立ったその男は選択を迫っていた。
階級章は少佐を示していた。
コロネル以外のクルーは次々と後部格納庫から銃を手にした兵士達により連れ出されていく。
だが、コロネルの意思はすでに固まっていた。
「私は、アメリカ合衆国を代表する国際合同調査のメンバーの一員として恥ずかしくない行動を取る様、指導教官より教わりました 」
そう言うと、真正面から少佐を見つめ敬礼をした。
直立不動で敬礼するコロネルの強い意志を感じ取ると少佐は、
「こいつも連れて行け!」
そう兵士に指示し、今一度コロネルを一瞥した。
「自分の足で歩ける 」
両脇を抱え、コロネルを連れ出そうとする兵士達に対しコロネルは静かに言った。


「とりあえず止血はしておきました。自分は歯科医じゃないから、折れた歯を付け直すことは残念ながら出来ません。地球に帰ってから義歯か再生した歯を入れてもらう
しかないですね。化膿止めと痛み止めを一応出しておきましょう。こんな状況だから難しいとは思いますが、まぁ何かあったら言って来て下さい 」
華岡はそう言うと血のついた脱脂綿を受け皿に置いた。
受け皿とピンセットをクリスが受け取り、脱脂綿の処分と受け皿とピンセットの消毒に向かった。
華岡はその間に、薬の入った棚へ行き3種類の薬を選ぶとボビーに手渡そうとした。
「待て!」
様子を見ていた兵士が華岡の手を止めさせた。
華岡とクリスは兵士に振り向いた。
「何故です?医者として怪我人に適切な治療を行おうとするのは当然でしょうが?」
医務室も御多分にもれず、壊された機械の破片が床に散らばっている。
華岡は兵士を前に物怖じせずに言った。
「中身を確認させてもらう 」
兵士はそう言い、袋を華岡から奪い中身を確認した。
「まったく疑りぶかいねぇ。ただの医者に何か出来るわけが無いだろう?なぁ?」
華岡はそう言いながら、ボビーの左肩をぽんぽん叩いた。
「よし!ドクターとそこの女にはこのままここに居てもらう。変なことは考えるな!」
兵士は、薬の袋をボビーに渡すと、華岡とクリスに向かって言った。
「ただの医者と看護師に何か出来ると思っているのかねぇ?」
華岡はそう言うとクリスと顔を見合わせた。


『スサノウ』の船内は静かになった。
ただ、時折兵士たちが巡回する足音だけが静寂の中響いている。
「行ったな 」
靴の音が遠ざかると、ブライアン博士は研究室にある仮眠用のベットを壁から引き出した。
「何もやることが無いからと言ってもう寝るには早すぎません?」
幸子は自分の腕時計を見ながらあきれたようなそぶりを見せた。
「前に足音がしたのは1時間前だな。次に巡回して来る間にやっておかなくてはならないことがあるんでな 」
ブライアン博士はそう言うとベットと壁の隙間に手を入れ、なにやら探し出した。
ポータブル端末と工具類だった。
「何でそんなところに……?」
幸子の疑問の声などまるで聞いていないようにブライアン博士は通信ケーブルを繋ぎ、端末を起動させた。
「おいっ!『糞コンピューター』!とっとと答えろ!」
ブライアン博士は、端末のマイクに向かってしゃべりだした。
‘気が触れてしまったのか?'
いきなり端末に変な事をしゃべりだした様子を見て幸子は思った。
が、次の瞬間、端末から機械的な女性の声がした。
「何度も言わせないでください。私は『ライ』です 」
あっけにとらわれている幸子やテレジアを前にブライアン博士は
「小惑星をぶっ飛ばしたときに、船が急に動いただろう?それはこいつが船を操ったからさ。何か超古代の宇宙船のコンピューターみたいなもんだそうだ。こうなる事は、
地球を離れる前から判っていたんだとよ!だから‘その時’が来たら動くように言われとったんでな!」
ブライアン博士が簡単に説明すると、
「じゃぁ何故そうと早く言ってくれなかったのですか?」
ボビーは‘始めからそう言ってくれなければ怪我もしなくてすんだのに’と言いたげにブライアン博士を見つめた。
「そんなことをしてあんたの口からしゃべられたりしたらすべておじゃんじゃないか!だから船長にもこの『糞コンピューター』にも口止めされてたんだよ!」
「でも、それって信用できるの?」
幸子が不安そうに訊ねた。
「信用するも何も、船長が力を借りろと言ったらしいからな。信用するしかないだろう?」
ブライアン博士はぶっきらぼうに答えた。
ブライアン博士の‘船長に口止めされていた’その一言にボビーはあることをふと思い出した。
「ひょっとしたら華岡先生も知っているのかも?」
「はぁ?」
ボビーの一言にブライアン博士は上ずるような声を出しながら振り向いた。
ボビーが上着の左ポケットからなにやら取り出した。
注射器だった。3本右手に掴んでいた。
「その時は気付かなかったんだが、華岡先生に傷の手当てをしてもらった時に左のポケットにメモと一緒に入ってたんです。強力な睡眠薬だから護身用に使ってくれと 」
「他に話を知っていて端末を隠したりしているやつは居るらしいが、華岡はどうやら確実らしいな。」
ボビーの話を聞いて、ブライアン博士は換気口の金網を外し始めた。
「気をつけてください。私の居るあなたたちの隣の部屋に3人います。感付かれないように慎重に…」
「わかっとるわい!いちいち言うな『糞コンピューター』が!」
ライが心配するのを遮って、ブライアン博士は換気口の金網を外した。
「誰かは入れるやつはいないか?俺じゃあでかすぎるんでな!」
ブライアン博士は金網を外した換気口を前に、後ろで様子を見守っていたクルー達に訊いた。
「私が行きます。連中に好きにさせといたら碌な事になりそうに無いわ 」
幸子は上着を脱いで身軽になると換気口に上半身を入れた。
「いけそうか?」
ボビーが幸子に訊ねた。
「ちょっと狭いけど何とかなりそうよ 」
幸子は換気口から一旦出てから言うと再び入ろうとした。
「ちょっと待て!」
ブライアン博士が幸子を止めた。
「これをもってけ。金網を外すのに必要になるからな。」
そう言うとポケットサイズの工具セットを幸子に渡した。
「ありがとう。じゃぁ気付かれない様に慎重に行くわ。」
「ちょっと待って!これも。」
そう言いながらボビーは注射器を一本、幸子に手渡した。
「ありがとう。じゃぁ行ってくるわね 」
幸子はそう言って注射器を受け取るとズボンのポケットに注射器をねじ込み、研究室から姿を消した。


換気口に入ると、ダクトは上に伸びていた。
ケーブル用の金具に足を掛け、慎重に登っていく。
上に上がると横にダクトが伸びていっていた。幸子は、方向を確認すると
狭いダクトの中を慎重に這って行った。
研究室の隣の部屋、『ダニエル』と『デビット』が独占使用していた『航法システム実証室』を通りがかった。
アメリカ政府が話を捻じ込んで特に用意させた部屋だ。
下に三人の兵士が冷蔵庫くらいの大きさの機械を取り囲んで見張っているのが見える。
機械の扉は開いていた。開いた扉の向こうにケーブルが邪魔して見えないがなにやら異質な黒い円柱状のものが見える。
‘あれが『ライ』……?’
幸子は直感的に思った。
「明日には、撤去作業を始める。警戒を怠るな!」
その声に聞き覚えがあった。
『ダニエル』だ。
幸子には少し性急なのではないかと思われた。
「何か急ぐような理由があるのかしら……?」
幸子は聞き耳を立てたが、ダクトを流れる空気の騒音で声がよく聞き取れなかった。
不意に、一人の兵士がこちらを見た。
気が付かれたか?幸子は息を呑み、身を固めた。
時間が凍ったかのように長く感じられる。
一筋の汗が背中を伝っていくのがはっきり感じられた。
兵士がほかに視線を移すと、幸子はほっとした。
実際にはほんの十秒程度の話だったのだろう。
だが、幸子にはその時間が何十分にも感じられた。安心したせいか、一気に冷や汗が出た。
そんなことより、今は医務室に行くことが最優先課題だ。
都合よく騒音でこちらの這う音は聞こえていないみたいだ。
幸子は自分に言い聞かすと、医務室に急いだ。

医務室では、華岡とクリスがもち手無沙汰にしていた。
外は兵士が巡回していて自由に出入りは出来ない。
通信用の端末は壊されて手元には無いから他のクルー達とは連絡が出来ない。
華岡は、‘連絡’が来ないことに少し焦りを感じ始めていた。

カチッカチッ

換気口から音がしたのを華岡は聞き逃しはしなかった。
振り向くとほぼ同時に換気口が開いた。
金網が落ちそうになった。
「やばい!!」
華岡はそう思うととっさに手を出し、金網が床に落ちそうなのを受け止めた。
換気口から、擦り傷をあちこちに作り、女性が出てきた。
幸子だ。
「ありがとうございます 」
幸子は、埃を払いながら金網を受け止めてくれたことにまず、お礼を言った。
「音がしたら、ばれてしまいますからね 」
華岡はそういうと、金網をそっと床に置き、傷薬を取りに薬棚に歩いていった。
「で?あなたが来たということは、研究室の連中は承知したということで良いかな?」
傷薬を塗ろうとした華岡に、幸子は「また傷を作ることになるから」と断った上で、薬だけもらうと、ポケットに忍ばせておいた工具を取り出した。
「連絡できるようにしたいんだけど、いいかしら?」
「他もそうだろうが、通信端末の類はあいにく全部壊されたんでなぁ 」
幸子の問いに華岡はそう答えた。
幸子は周りを見回した。
医療用の機器が部屋の中にいくつもあるがこちらも研究室同様、あらゆる機械が破壊されていた。
だが、破壊の程度は装置によってさまざまだ。
医療用機械の中から一つを選び、後ろのパネルを外した。
パネルを外すと無数のコネクターとケーブルが見える。
その中から制御用のコンピューターを見つけ出した。
通信用のポートもしっかり備え付けられている。
幸子は制御用のコンピューターを取り外すと、ほかの機械を見回した。
モニターが壊されていない装置がひとつだけあった。
制御用コンピューターをモニターに接続し、通信ケーブルをつなぐとコンピューターを起動させた。
起動させると画面がきちんと表示された。
通信ラインは生きている。
幸子はほっとした。

しかし、通信のためのアドレスコードはどうすれば良いか……?
幸子は、ブライアン博士が言っていたことを思い出した。
『糞コンピューター』と何度も言っていたが彼女は信用できる相手なのだろうか・・・?
自分には『糞コンピューター』がどういう相手なのかはまだよく判らない。
そんな相手を頼りにすることは正直に言って不安だ。
しかし、少なくとも今、『スサノウ』とクルーは囚われの身だ。
それだけははっきりしている。
『糞コンピューター』が本当に信用できる相手なのかは判断つきかねる。
しかし今は彼女に託してみるしか方法が思いつかない。
そう思ったところで、幸子は重要な事に気がついた。
何度もブライアン博士が『糞コンピューター』と言っていたおかげで彼女の名前が記憶からすっ飛んでしまっていた。
彼女は何度も『糞コンピューター』と言われる事にご機嫌斜めらしかったが自分はなんて言えばいいんだろう…?
悩んでいても仕方が無いので、幸子はとにかくキーボードに向かい入力してみることにした。
[『糞コンピューター』さん もし回線が繋がっているなら至急連絡をください ]
何を入力しているんだろう?
幸子が入力している様子を脇から見ていた華岡は変なことを入力するので首をかしげていた。
しばらくして画面に通信リンクが設定されている様子が急に表示された。
[幸子さん。あなたまで私を『糞コンピューター』などと言わないでください。私には『ライ』という名前がきちんとあります!]
最初に表示された内容は幸子がある程度想像していたとおりだった。
『ライ』は内心相当お冠なのだろう。
[ごめんなさい。ブライアン博士があなたのことをいつもそう言っていたから本当の名前が覚えられなかったの。それより、ライさん。今医務室に居るけど私に何が
出来る?]
幸子は、ライに質問メールを送信した。
横で華岡とクリスは不思議そうな顔をしている。
「誰なんだい?その『ライ』と言うのは?」
華岡は、幸子に質問した。
「え?えぇ、この船にアメリカが秘密裏に持ち込んだ超古代の宇宙船のコンピューターって言うことらしんだけど、自分にもよく判らないわ。でも、なんか初めから
今の事態になることが判っていたから船長たちと相談して対策を考えていたみたいなの 」
幸子はボビーの話から『ライ』のことを既に華岡が知っているものと思っていたので少し驚いた。
幸子が華岡たちに簡単な説明をしている間にメールがライから送られてきた。
[ブライアン博士たちと相談していたのですが、ボビー博士に華岡さんが睡眠薬をお渡しいたしましたよね?ですからそこで強力な睡眠性のガスを発生させることが出
来れば船内の兵士たちを眠らせることが出来ないかという意見が出てきました。華岡さんに作れるかの確認を取っていただけませんか?]
後ろで見ていた華岡は、「作りたくてもあれじゃなぁ。」とつぶやくと後ろを振り向いた。
華岡の目の先には壊された薬品合成装置が静かに沈黙していた。
「動けば何とかなるんですか?」
幸子は、装置に近寄ると中を覗き込んだ。
正面扉が割れているが、運良く装置の中身は扉の破片が散らばっているだけであまり壊れていない様子だった。
端末は壊されているが汎用の規格品らしい。
確か研究室に同系の装置がある。あっちのバックアップソフトや部品を流用すればあるいは……。
幸子は医務室の資材棚から厚手のテープを見つけると割れた扉を貼り合わせてみた。
不恰好だが内部の気密は多分大丈夫だろう。
「バックアップソフトはあります?」
幸子がそう言って振り返るとすでに華岡は手にバックアップソフトを持って幸子の前に立っていた。
「端末はいまメールをやり取りしているやつを使えば何とかなるだろう。装置を無事に立ち上げ出来さえすれば作れん事はない 」
華岡はそう言うと装置内に落ちている扉の破片をかき集め、危険ごみのゴミ捨て場に入れた。
「じゃぁ、それさえ何とかなれば催眠ガスを作れるんですね!」
幸子の顔が明るくなった。幸子は華岡とのやり取りの内容をそのままメールにし、ライに送った。

返信が返ってきた。

[端末の件は大丈夫です。ブライアン博士も仰ってた通り、端末を用意していたのはブライアン博士だけではありません。そのうちの一人、伊東 ルナさんが今からそちら
に行きます。詳しくは彼女から聞いてください ]

少し経って換気口にロープで吊り下げた袋が降りてきた。
「それを取って!」
ルナの声だった。
言われるままに荷物を取るとダクトから降りてきた。
「私も話を聞いていたから用意しておいたの。時津さんも船長もそして直美さんも知っていたからそれぞれ別のところに必要になりそうなものを隠しておいたの。だから
端末とかは大丈夫!時津さんと手分けして探したんだけど船長や直美さんの隠しておいてある場所は探すのに苦労したけどね 」
ルナは体についた埃を払いながら言うと、袋を開けた。
「必要になりそうなものを一通り持ってきたわ。それと…」
ルナはそう言うと医務室の前のドアのノブに袋から取り出した鎖をぐるぐる巻きにした。
「万が一ばれた時に入り込まれないようにね 」
一仕事終えると、ルナは腰に手をやり「ふぅ 」と一息ついた。
「さて、早速見せてもらいますか 」
ルナは合成装置を確認し始めた。
「少し壊れているけど持ってきた部品で何とかなりそうね 」
袋から梱包された部品をいくつか持ち出すと、合成装置の修理を始めた。
「あなた、治せるの?」
幸子はマニュアルを確認しながらてきぱきと直していくルナに驚きながら言った。
「そりゃ、あんまり自信は無いけど、やるしかないでしょ。一応情報機械の調整ぐらいは情報分析員としては出来ないといけないから 」
そう言いながらもてきぱきと修理を済ませ携帯端末を繋ぐと、ルナは装置を起動させた。
「制御システム自体は大丈夫みたいね 」
ルナは、端末のモニターを確認しながらつぶやいた。
「あなたたちも連れ去られなかったんですね?」
幸子はルナに聞いた。
「連行されたのは操船に関るクルーとかだけだったみたいよ。操船クルーさえ居なければどこにも逃げられないと思ったんじゃない 」
ルナは、合成装置のマニュアルを確認しながら答えた。
「ちゃんと動きそうね。それより華岡さん、薬は大丈夫?」
ルナが振り向くと華岡は試薬の瓶を棚から笑顔で取り出して見せた。
「部品はどこから?」
華岡は装置内部を再度清掃すると、試薬を装置にセットしながらルナに聞いた。
「同系の装置が研究室にあるからそこから持ってきたんだけど。正面の扉がクッションになってくれたんでしょうね。致命傷になるような部分はなかったわ 」
華岡はルナの答えを聞きながら、合成の設定を行っていた。
「よし!これでいけるはずだ。じゃぁいくぞ!」
華岡がスタートボタンを押すと、合成装置の中のロボットが薬を調合し始めた。
「必要な量は確保できるのかしら?」
幸子は華岡に聞いた。
「医務室にある試薬を使い切ることになるが大丈夫だ。いける 」
華岡は腕組みしながら自信たっぷりに答えた。
幸子がライに今の状況を研究室に伝えるようメールで頼んだ。
[すぐ伝えます ]
ライは幸子に返答した。

同じころ研究室では、どこに睡眠ガスを散布するかを思案していた。
「兵士たちは3人一組で巡回しています。3時間に1回、兵士の交代があります。その時、基地と『スサノウ』の間のハッチが開きますからその時、基地内に潜入する事も
可能です 」
ライが兵士たちの船内の行動について説明をした。
「後、どの位で次の交代ある?」
ドクター マオはライに聞いた。
「およそ12分32秒前に交代が行われたので、次は2時間47分22秒後です 」
ライは話している時間も計算に入れて答えた。
「換気ユニットがある場所にセットするとなると……」
何とか狭いダクトを抜けてやってきた時津はモニターに表示された船内構造図を確認しながら、場所の特定をしていた。
「一つは、このコア・ブロックの第一燃料電池の横、もう一つは…うーんと…ここだ。前部船体の副動力炉区画にある。あと…とりあえずこの2箇所にばら撒けば気流に
乗って行ってくれるはずだ。気密隔壁は閉じていないから 」
「後部船体は?」
構造図を見ながらボビーが訊ねた。
「格納庫が有る分、居住区画がほかよりも狭いからいけるはずです 」
時津はボビーの問いかけに答えた。
「問題は、誰が行くかだ。俺やボビーじゃぁでかすぎるからな!」
ブライアン博士はぶっきらぼうに言うと、チラッと回りに目をやった。
「医務室の人たちにも意見を聞かないとだめでしょうね 」
ボビーはそう言うとライに早速訊ねてみた。
「ライ、医務室でどういう意見が出ているか聞いてみてくれないかい?」
「分かりました、すぐ訊ねてみますね。ボブ博士。」
ライはモニター上に訊ねるべき内容を表示するとメールを医務室に送った。
「何かすぐに信用するじゃないか?」
ブライアン博士はボビーにうっすら笑みを浮かべながら訊ねた。
「いや、多分信用できるんじゃないかと思って……」
ボビーは、何か言い難そうに言葉を濁した。
「何でだ。言ってみろよ!」
ブライアン博士は、そう言いながらボビーににじり寄った。
「言い難いんですけど……ブライアン博士が何度『糞コンピューター』って言っても辛抱強く答えているじゃぁ無いですか。これだけ我慢強いなら……」
ブライアン博士の額に血管が浮き上がった。
「我慢強い?俺のどこがいかんってんだ!!」
ブライアン博士が急にがなりたてたのでボビーはその口を思わず塞いだ。
「静かにしてください。目を付けられます!」
その一言に「はっ!!」と気付き、ブライアン博士はボビーの上着の襟を掴みかけた手を下に下ろした。
ブライアン博士は気勢をそがれた格好となり、急に力が萎えた。
「くそッ!!」
ブライアン博士は一瞥すると仮眠用ベットにどすん!と座り込んだ。

「医務室からの返事が来ました。今、話しても良いですか?ボブ博士 」
ライの声が端末から聞こえてきた。
「ボビーでいいぞ、ライ 」
ボビーはライに穏やかに言った。
「睡眠ガスですが、必要な量が出来ました。3つの容器に小分けしてあるそうです。散布している間は、非常用の空気呼吸器が各部屋に備え付けられているはずですから、
それでガスを吸わないようにしてくださいとのことです。ガスの散布時間を揃えないと空気呼吸器の使用可能時間を過ぎてもガスが残っているという事態になりかねませ
んから、予め散布時間を決めクルーに知らせておく必要があるとのことです。あっ!それと幸子さんとルナさんが研究室にこれから行くと言っていました。手分けして作
ったガスのボンベを持っていくとの事です 」
ライは一通りの説明を済ませた。
「なら、来るまで待ってから人選と時間を決めればいいね。まだ兵士の交代まで2時間15分あるから 」
ドクター マオは腕時計を見ながらつぶやいた。

最初に換気口から出てきたのはルナだった。
一旦、出たところですぐに上半身を換気口に入れると幸子から袋を受け取った。
ルナが、体についたほこりを取っている間に幸子がゆっくり下りてきた。
「ふぅ。疲れた 」
幸子は首を左右に振りながら肩を揉み解した。
「お疲れさん 」
ボビーはねぎらいの言葉をかけた。
「一仕事の後で悪いけど、誰がガスの散布に向かうか早く決めるね。後2時間の内にやらないと後でまた厄介になるね!」
ドクター マオはそう言って急かした。
「僕が行きます。女の人ばかりにやらせていたのでは甲斐性が無いですから 」
時津が声を上げた。
「なら、もう一人は自分ね。ほかに小柄な男は居ないからね。前部船体の方へ行くね 」
ドクター マオは背伸びをしながら言った。
「小柄といっても、170は有るだろ?」
ボビーが言うと、
「私を誰だと思っているの?」
と言いながらドクター マオは太極拳の演舞を少しだけして見せた。
「なら、一応これ持って行ってくれ 」
ボビーは上着の左ポケットから二つの注射器を取り出した。
「さっき言っていた睡眠剤ね。自分は良いけど……」
ドクター マオはそう言うと時津に目をやった。
「ドクターが自分の腕前に自身があるのは判りますが、相手もそうだったら?」
時津はそう言いながらボビーから注射器を受け取った。
「確かに、向こうも戦いのプロだね…」
ドクター マオは、時津の意見に同意し、注射器を受け取った。
「さて、じゃぁ1時間後に撒くという事で良いか?」
ブライアン博士が周りに意見を求めた。
「良いでしょう。それだけ時間が有れば余裕でセットできるはずです 」
時津が腕時計を見ながら答えた。
「よし!じゃぁ先に自分が行くね 」
ドクター マオが換気口に顔を入れようとした時、
「みんな本気で出来ると思っているの?」
テレジアが不安そうな顔をしていた。
「何でだ?」
ブライアン博士がしかめっ面をしていた。
「だって相手はプロの兵士よ。こっちがおとなしく従っていたら殺されたりしない……」
「あんたも見ただろう!マクダネルズがぶっ殺されるところを!!あいつはただ近づいただけで撃ち殺されただろうが!!しかも連中と同じアメリカ人だというのに!!
殺されない?ただ這いつくばって従っていろというのか?あんたは!!少なくとも俺はごめんだ!!」
テレジアの声を遮って興奮しながらブライアン博士は吼えた。
「でも……」
なおもテレジアは泣きながら何か言いたげにしていたが二の句が出てこなかった。
「あんたの気持ちはわかったよ。あんたは何もしなくていい。ただ俺たちの邪魔はしないどいてくれ 」
ボビーはそう静かに言うとテレジアの肩を軽くポンポンと叩いた。
今の大声で変に目を付けられたりはしないか?
心配になったボビーは‘チラッ’と通路の扉のほうを見た。
ボビーの静かな口調に少し落ち着いたのか、テレジアはよろよろと歩きながら自分のデスクのいすに座るとそのままうずくまってしまった。
床にしずくが数滴落ちた。
「こっちは大丈夫。それよりもうまいとこ頼むよ 」
ボビーは、テレジアの様子を‘チラッ’と見るとドクター マオに頷いて見せた。
「じゃぁ、いくね 」
ドクター マオはそう言ってうなづくと換気口の中に消えた。
それに続いて時津が換気口に入る。
「じゃあ、私たちも行かなきゃ 」
幸子はルナに向かって言った。
「何を?」
ルナが言い返すと、
「ほかのクルーに連絡しないと。私たち以外全部寝ちゃったら困るでしょ 」
幸子がそう言うとルナは納得し、首を縦に振った。
幸子とルナが研究室から姿を消すと、研究室は静寂に包まれた。


「ふぅ。これは厄介ね 」
ドクター マオは足止めを食らっていた。
コア・ブロックと主船体の接合部にある回転部のシャフト部で頭をひねっていた。
通常使用しているハッチ側には兵士が見張っている可能性があるので、反対側のメンテナンスハッチ側に来てみたがシャフトが回転している状態で人が行き来する
ことを前提で作られていないため、狭い上に機材が入り組んでいた。
人一人がかろうじて主船体側に飛び移ることが出来そうなのは一瞬だけだ。
タイミングを逃せば体を周辺の機械に叩きつけられ、非常停止がかかるだろう。
そうすれば計画が知られ、今までの努力が無駄になる。
ドクター マオは見栄を張ったことを少し後悔した。
ちょっと自分では大きすぎたようだが、時間も限られている。

ドクター マオは意を決した。
呼吸を止め、じっと主船体側のハッチをにらみながらその時を待っていた。

シャフトがゆっくり回転する中、ドクター マオは足に力を入れ、一気に飛び移った。
眼前をパイプが通り過ぎた。

ゴンッ!

「いたたっ!」
一瞬、パイプに気を取られドクター マオはハッチに頭をぶつけた。
が、しっかり主船体側のハッチの取っ手は掴んだ。
「冷や汗ものだったね 」
ドクター マオはつぶやくとハッチを開け、そのまま主船体の換気ダクトの中に入っていった。


システム維持のため補助動力炉であるヘリウム3核融合炉は、最低出力で稼動していた。
補助動力炉主任の藤森 奈々副機関長は監視の下、一人稼動させ続けていた。

カシャン!

補助動力炉の奥のほうで音がしたので思わずそちらに目を移した。
「動くな!貴様はそのまま動かし続けていろ!」
奈々を置いて、アメリカ兵が音のした方へ歩いていった。

「ウグッ!」

兵士の一瞬苦しむような声がしたかと思ったらすぐに聞こえなくなり、奈々は言い様の無い不安感に襲われた。

「よいしょっと!」
声の主が兵士が向かった方向から歩いてきた。
ドクター マオだった。
「あなた、誰?」
奈々は、いきなり現れた男に驚いて口を手で塞ぐようにしながら少し後ずさりした。
「私はマオね。最初に乗船したときに会っているね。惑星天文学者よ!それとあの兵士を縛るもの無いね?」
奈々は目を点にしながら倒れた兵士の上着の襟首を持つ男ををしげしげと見ていた。
確かに、言われれば一度見たことがあるような気がする……。
奈々は少し警戒を解いた。
「私はここの主任、藤森 奈々よ。いったい何をしようというの?」
「船を奪い返すために催眠ガスをばら撒くね。船長たちが計画していたことを実行に移すよ!縛るものと換気装置の場所はどこね?」
「船長たちが計画していた?」
半信半疑な様子で奈々は備品の中からケーブルを手渡した。
ケーブルを受け取ったドクター マオは、気絶している兵士の服を脱がせると、奈々が手渡したケーブルで縛り上げた。
「これで邪魔は入らないね!」
ドクター マオは、額の汗をぬぐうと奈々に案内されて、換気装置に向かった。
「船長が計画していたって言う話は本当なの?」
奈々は尚も半信半疑だった。換気装置の扉を開けながら再度、問い直した。
「‘船長も計画していた。’が一番間違っていない言い方ね。『ライ』って言う名前の古代船のコンピューターだか何だかが船が乗っ取られることを知っていて船長
に教えたりしたんだそうね!」
奈々は信じれないという様子で話を聞いていた。
「小惑星の破片が船にぶつかりそうになったとき急に船が動いたね?あれがそうよ!」
奈々の様子を察したドクター マオは、睡眠ガスのボンベをセットしながら説明を続けた。
「ところで、空気呼吸器あるね?」
セットし終えたドクター マオは奈々に訊いた。
奈々は、困惑した表情のまま、呼吸器の場所を指で指し示した。
「自分も最初は信じられなかったね。でももうすぐ奈々さんも分かるね。」
ドクター マオは、呼吸器を確認すると、自分が言ったら呼吸器を付けるように奈々に言い聞かせた。

時津は、困っていた。
ボンベはセットを済ませたが、呼吸器の場所が近くに見つからなかった。
兵士たちが巡回している足元で息を潜めながら、辺りを窺っていた。
計画していた時間が刻一刻と迫っている。
時津は、腹を決めた。
「時間だ 」
時津はつぶやくと深く深呼吸をして、息を止めバルブを開けた。
ガスがダクトの中を流れていく。
時津は必死で口と鼻を塞いだ。
周囲の兵士たちが倒れていく様子を確認すると、時津は渾身の力で換気口の金網を蹴破った。
口を塞ぎながら時津は呼吸器の場所を血眼になって探しながら走っていった。
角を曲がったところで赤い表示を見つけた。
呼吸器だ。
大急ぎで呼吸器の入った保管庫の扉を開けるとボンベのバルブを開き、呼吸器を口に当て深呼吸した。
「はぁぁ、助かった 」
時津の口から思わずこぼれた。

ごそ!

音がした方向に時津は目をやった。
一人の兵士が、倒れながらも目を見開きこっちに銃を向けようとしていた。
必死で銃を時津に撃とうとしている手が震えている。
時津は急いで銃口を避けながら兵士に走り寄ると、持ってきた睡眠剤の注射器の針を兵士の首筋に突き立てた。
兵士はそのまま‘パタッ!’と床に崩れ落ちた。
兵士が寝込むのを確認した時津は背中に冷たいものがどっとあふれるのを感じた。


ガスはものの10分程度で消えていった。
船内には眠りこけた兵士たちが倒れこんでいる。
船内に残されたクルーたちは、とりあえずの対策として身動きが取れないように一人一人縛り上げていった。

ボビーとブライアン博士は二人で廊下に倒れている兵士を縛り上げていった。
「最終的にはお帰り頂くのが一番確実だな 」
ボビーは、眠ったままの兵士の服を脱がせながらブライアン博士に同意を求めた。
「だがそれよりまず、基地の中に連れ去られた連中を取り戻さんといかんだろうが!」
ブライアン博士は兵士の装備を確認していた手を止め、じろりとボビーを見ながら言った。
「そうです。だから乗り込むときのために服を脱がせて……」
ボビーが言い掛けた時、
「キャァァ!!」
悲鳴が響き渡った。
テレジアの悲鳴だ。
急いで銃を持って研究室に駆けつけるとテレジアを盾に兵士が回りに銃をかざしていた。
「貴様ら!よくも嵌めてくれたな!」
その声にボビーは聞き覚えがあった。
自分のところを殴りつけた兵士だ。
床に空気呼吸器が落ちている。
咄嗟に付けたのだろう。
それよりもまずこの兵士からテレジアを引き離さなければならない。
「そこの黒いの!!今すぐ持っている銃を床に置け!!」
兵士はボビーに銃口を向け、怒鳴った。
ボビーは素直に銃を床に置いた。
走る音がしてきた。
「何事ね?」
ドクター マオだった。
少し遅れて息を切らせてブライアン博士も入ってきた。
入るや否や、状況を理解したドクター マオは思わず額に手をやった。
「無線機のあるところに俺を案内しろ!変な事はするな!」
兵士は銃を振りかざしながら興奮した様子で叫んだ。
ボビーは、ドクター マオの顔を見た。
ボビーの意図を察知したドクター マオは首を少しだけ縦に振った。
ボビーは、じっとテレジアを見た。
テレジアは泣き顔のまま少しだけ頷いた。
テレジアが頷いた次の瞬間、ボビーは床に置いてある銃を蹴り上げた。
兵士の視線が銃に向かったその時を逃さず、ドクター マオの強烈な一発が兵士に襲い掛かった。

ボコッ!!

ドクター マオに殴られた兵士は、壁に吹き飛ばされそのまま叩きつけられた。
兵士が吹き飛ばされると同時にテレジアは崩れ落ち、あわててブライアン博士が駆け寄りテレジアを抱きかかえた。
「くそッ!!」
兵士は顔を上げ、銃を探すように手探りをした。
口から血がにじみ出ていた。
銃は手元には無い。
不意に顔を上げた兵士の目の前には銃口が暗い穴を覗かせていた。
形勢が逆転したことを察した兵士はゆっくり手を上げた。
ボビーは銃の撃鉄を引いた。
「たっ 頼むから殺さないでくれ!なっ!俺はただ命令されてやっていただけなんだからっ!」
兵士は、今までの態度とは打って変わって命乞いをし始めた。
ボビーの顔が怒りに見る見る引きつっていく。
「だめよ!ボビーッ!殺さないで!!」
ブライアン博士に抱きかかえられていたテレジアは思わず叫んだ。
「だがっ!こいつは……こいつは!!」
ボビーは次の言葉が出てこなかった。
「こいつを殺しても何の益も無いね!ボビー、落ち着くよ!殺す価値も無いね!」
ドクター マオはそう言うとポケットから睡眠剤の注射器を取り出した。
その言葉にボビーは少し落ち着きを取り戻した。
しかし興奮がまだ収まらない。
ボビーは肩を上下させながら荒く息をしていた。
「ボビー。あんたが、眠らせるね 」
ドクター マオが注射器をボビーに手渡した。
ボビーは深く深呼吸すると、手渡された注射器の針のキャップをゆっくりと取り、兵士の首筋に針を深々と差し込んだ。
「それにしてもあんたも散々だね 」
ドクター マオは2度も人質に取られたテレジアに慰めの言葉を送った。
「わたしだって……わたしだって生きて帰りたい……」
両手で顔を覆い、泣きながらテレジアは答えた。


兵士が3人、交代のために『スサノウ』の船内に入ってきた。
入れ違いに兵士が3人、敬礼して基地に入っていく。

ガコンッ!!

音に思わず兵士たちは振り返った。
船内に入った兵士たちは、少し進んだところで急に後ろの隔壁が閉じたので何が起こったのか分からず戸惑っていた。

ガコンッ!!

今度は前にある隔壁が閉じた。
閉じ込められた事をようやく理解した兵士たちは狼狽し始めた。
閉じ込められたと思ったら今度は急に眠くなり始めた。
必死で起きていようとするが、強烈な眠気に襲われ気がどんどん遠くなっていった。
もう、立っていられない。
倒れこんだ兵士たちはそのまま深い眠りの中に入っていった。
「三つ作っておいて正解だったな 」
様子をモニターで見ていた華岡は、そう言うと横を向いた。
一緒にモニターを見ていたクリスは、少しこわばった笑顔で頷いて見せた。


基地の中を3人は、何食わぬ表情で通路を進んでいった。
ヘルメットのバイザーのおかげで顔が見えない事が幸いして行きかう兵士たちは気付く様子も無い。
人気の無い通路に差し掛かると、三人は小部屋を見つけ、その中に入った。
「ふぅ。緊張したな 」
時津はそう言うと、部屋を見回しネットワークのコネクタを探した。
見つけるや否や、持ってきた端末を繋ぎ検索を始めた。
端末には、船内の資材庫から見つけ出してきた拡張ユニットが取り付けられている。
絶えず、『スサノウ』船内のコンピューターとの無線通信リンクを確保するための研究調査用オプションユニットだ。
通信リンクが途切れることが無い限り、船内に残っているクルーも端末の情報を確認し、調べ上げる事が出来る。
モニターには、検索結果が表示された。
表示を開くと、基地内の設備の配置や内部通路がそれぞれどこに繋がっているかが表示された。
「あった。ここだ。ここに留置場がある 」
時津は表示された場所のひとつを指し示した。
「割とすぐ近くね 」
表意された場所も見て、ドクター マオは言った。
「でも、看守が居る可能性も視野に入れないと 」
幸子は、そう言うとポケットの中の注射器を確認した。

留置場があるフロアに三人は特に疑われる様子も無くたどり着く事が出来た。
幸子の予想通り、留置場の入り口には監視兵が一人銃を持って監視を行っている。
「連中の監視に一人では不十分だという理由で、三人で監視するようにと命令が出た。ここは我々に任せよ 」
兵士に近づくと時津は言った。
「は?そんな命令を受けたなら……」

ボコッ!!

ドクター マオの強烈な一撃が兵士を襲った。
殴られた兵士はそのまま床に崩れ落ちる。
「解除できる?」
時津が留置場の電子鍵にアクセスし、解除をしている脇からドクター マオは聞いた。
「大丈夫です。船のコンピューターの解析能力を持ってすれば……」
時津が言っているそばから、

P!P!P! カシャン!

鍵が解除された。
扉を開けると、『スサノウ』の連れ去られたクルーたちが一瞬何が起きたか分からないという表情でこちらを見ていた。
時津達3人はヘルメットのバイザーを上げた。
時津達だという事が分かるとクルーたちは、安堵の表情を浮かべた。
「ハミルトン船長、船は奪い返しました。クルーを全員船に連れ戻せば脱出できます 」
時津は、軍服を脱ぎながらハミルトン船長に報告した。
「問題はまだ有る。直美航法士長が別の場所に連行された。どこに連れ去られたかは不明だ。それに出来る限り、我々の被害を最小限に抑える必要がある 」
ハミルトン船長は、時津を見ながら続けた。
「取りうる方策としては、うまく混乱を作り出し、その隙を突いて基地から脱出するしかなかろう 」
「それなら案があるね!」
ドクター マオは、監視兵に幸子が睡眠剤を注射するのを見ながら言った。
「何人かで、直美さんのところを助けに行くね。基地内配置を確認したとき思ったんだけど多分他にあるとすれば、重力居住区の中よ。重力発生装置を壊せばパニック
になるね。その時を突けば、いけると思うね 」
「だがどこにいるか分かるのか?」
拘束されていた内の一人、加々見がドクター マオに問い質そうとした時、端末にメールが着信した。
ライからだった。
[話は集音マイクからこちらに聞こえています。直美さんの居る場所ですが、先ほど端末を基地のネットワークに接続した際のデータを分析しました ]
メールの内容に付随して、基地の内部マップが表示されていた。
重力居住区の内部、医務室に付随したラボの横にある小部屋に赤い点が明滅している。
[表示してあるところに居る人物がおそらく直美さんです。脳波が弱って来ているようです。何か重大な生命の危機に有る可能性があります。救出するなら躊躇している
時間はありません。急いでください。多分、このままでは死んでしまいます ]
ライのメール内容は自らを落ち着かせようとしているような感じが見受けられた。
「なら、直ちに救助班を!船長!」
加々見は、メールの内容を時津が話すや否や、ハミルトン船長の顔をまっすぐ見ながら言った。
「うむ。ではこうしよう加々見少尉。加々見少尉と吉田二曹、時津君そして自分が軍服に着替えて重力居住区に潜入する。重力発生装置を破壊して混乱を作り出し、その
中で直美航法士長を救出する。他のクルーは混乱に乗じて『スサノウ』に乗り込み、船を基地から離脱させる用意を急げ!不測の事態が起きたら我々にはかまわず船を離
脱させろ!」
「船長もですか?」
吉田は思わず言った。
「指揮官が一番最後だ!クルーを残して我先に逃げ出すわけにはいかん。美果副長!私が居ない間の指揮を頼むぞ!」
話している間にハミルトン船長は着替えを済ませ、銃の確認をした。
軍服の内側のポケットに予備の拳銃が入っている。
ハミルトン船長はその拳銃を美果に手渡した。
「了解しました、船長。時津情報分析員、その端末は絶えず船のコンピューターにリンクしているの?」
「今は、常時リンクしています 」
「なら、切らないでリンクしたままにしておいて。すぐに場所が分かるようにしておかないと。」
時津の答えに美果は言った。
「準備は完了です 」
そう言いながら加々見も拳銃を戦闘オペレーターの中田に手渡すと、吉田に向かって「行くぞ!こーちゃん!」と声をかけた。


「ここを右に曲がれば、重力区画の入り口に着きます 」
時津は、ハミルトン船長に言った。
四人は他の兵士に悟られないように平静を装いながら、重力区画の入り口にたどり着いた。
連絡通路の円筒の中で重力区画が回転しているのが見て取れる。
四人は連絡通路の横にある端末に近づいていった。
「こーちゃん 」
加々見が小声で吉田に言うと、吉田は拳銃を取り出した。
加々見はその拳銃を音が漏れないように布でぐるぐる巻きにすると、端末に向かって立て続けに3発打ち込んだ。

ビーッ!!ビーッ!!ビーッ!!

銃を撃つや否やたちまち警報が鳴り響き、重力区画の回転が急停止した。
連絡通路越しに重力区画で人や物が宙に浮かんでいるのが見える。
「行くぞ!」
ハミルトン船長がそう言うと、混乱の中四人は重力区画の内部へと入って行った。


警報は基地全体で鳴り響いていた。
「行くわよ!」
美果は、拳銃を手にクルーに言うと留置室の扉を開けた。
混乱の中、兵士たちが一斉に異常の発生した重力区画に急いで向かって行くのが見える。その合間を縫ってクルー達は『スサノウ』のいる大型船用のポートへ急いだ。
後もう直ぐ、この一区画を曲がれば『スサノウ』の接岸しているポートへのハッチがある。
通路を曲がろうとしたその時、
「貴様ら誰だ!!止まれ!止まらないと打つぞ!!」
クルー達に気が付いた兵士達が3人、こちらに銃を構えた。

パンッ!パンッ!パンッ!

中田は三人の兵士を見るや否やすぐさま拳銃を撃った。
兵士達の血が無重力の中、宙を舞う。
「急いで!!振り向かずに急ぐのよ!!」
美果が兵士たちを一瞥すると、兵士達が応援を頼んでいる声を背にしながら、クルー達は『スサノウ』へと急いだ。
『スサノウ』のエアロックが見える。あと20メートル足らずで『スサノウ』にたどり着ける。
「貴様ら、待て!!」
振り向くと応援に駆けつけた兵士達がこちらに銃を構えている。
‘まずい!’
美果が心の中でつぶやいたその時、『スサノウ』のエアロックが開いた。武装した四人がエアロック越しに銃を構えていた。
「伏せろ!!」
一人が大声で叫んだ。その声にクルー達は大急ぎで身を屈めた。
次の瞬間、4つの銃口が一斉に火を噴いた。クルー達の頭上を弾丸が兵士達に向かって飛んで行く。弾丸が当たった兵士達が傷口を握り、もだえながら後ろに崩れ落ちた。
クルー達はその隙を突いて、『スサノウ』の船内に逃げ込んだ。
エアロックが閉じると、武装していた四人の内の一人がヘルメットのバイザーを上げた。
ボビーだった。
「基地内部に混乱が起きているのが見えたので、そうじゃないかと。タイミングが良かったみたいですね 」
ボビーは少し安堵した様子だった。
「まだ中に五人いるわ。総員緊急離脱用意!甲板員はランチの発進用意急いで!」
美果は、ボビーの報告を受けると緊張した表情のまますぐさま指示を出し、他のクルーと共にブリッジへと急いだ。


いろいろな物が宙を舞う中、ハミルトン船長以下四人は、基地の重力区画を医務室へと急いでいた。
混乱の中、まだ自分達の事は気付かれていないようだ。
医務室に入るとハミルトン船長はそこに居合わせたスタッフに問い質した。
「緊急事態だ!『スサノウ』のクルーが逃走を図った!至急拘束した女を移送する必要がある!どこに居る?」
「正式な移送許可証を……」
「そんなものがこの緊急時にあるはずが無いだろう!!」
ハミルトン船長はスタッフに食って掛かった。
スタッフは不審そうな顔でこちらを見ている。
「時間が無い!!もう一度言う!どこだ?」
ハミルトン船長はスタッフの襟首を掴み、睨み付けた。
「あちらに……」
ハミルトン船長の気迫に押されたスタッフは電子錠を差し出しながら留置室を指し示した。
「ふんっ!!」
ハミルトン船長はスタッフの襟首から手を離すと電子錠を手にほかの三人と共に留置室に急いだ。

P!P!P! カシャン!

鍵が解除されると共に扉を勢い良く開けた。
加々見とハミルトン船長が留置室に入ると力なく横たわる人影があった。
直美航法士長だ。
何かの実験を受けたであろうその頭はきれいに剃り上げられ、所々かさぶたが出来ていた。
表情は無く、生気の無い目がただ虚空を見つめている。
加々見は顔を近づけてみた。微かだが息をしている音が聞こえる。
ひじで頭を支え、加々見は直美を抱き上げた。
「急ぐぞ!」
ハミルトン船長は加々見を促した。
4人は急いで重力区画から抜け出した。
「貴様ら!ここで何をしている!」
重力区画を出た途端、四人は呼び止められた。
不審に思った医務室のスタッフが通報したらしい。
兵士達が銃を構えていた。
「くっ!!」
加々見は思わず声を出した。
次の瞬間、

パンッ!!

吉田は軍服の上から拳銃を兵士たちの後ろに控えていた小隊長に向け発砲した。
小隊長が撃たれ、後ろに倒れた。
兵士達は思わず後ろを振り向いた。
その隙を逃さず、通路の脇にあるドアを開け、四人は別の通路に逃れた。
急いで大型船用のポートに行かなければならないが、これで確実に我々を逃さんとばかりに兵士達は一斉に掛かってくるだろう。
いざとなれば全員で死を覚悟しなければならない。
加々見は直美をせっかく助け出した事が無駄になりそうな事を悔やんだ。
四人は直美を抱えたまま、窓際の通路を急いだ。
他の抜け道が無いかと探すが見つかりそうに無い。
四人は足を止めた。
行き止まりだ。
周りを見渡しても他の抜け道は見つからない。
振り向くと銃を構えた兵士達がこちらにやってくる。
時津は絶望的な気持ちに襲われた。
加々見はゆっくり直美を下ろすと銃を構えた。
「銃を捨てろ!!」
そう言いながら、一人の士官が現れた。
銃を構える兵士達を割って、磁力ブーツ特有の足取りでゆっくりと歩いてくる。
力の差は歴然だとばかり余裕の表情を見せていた。
階級章は中佐を示している。
四人は銃を捨てるとゆっくり手を上げようとした。
「服の中の拳銃もだ。」
拳銃を捨てると兵士達は銃を構えたままゆっくり近づいてきた。

ゴゴォォーン!!

いきなり激しい振動が襲い四人は思わず近くにあった手すりに掴まった。
加々見が窓に目をやると『スサノウ』を固定していたクランプが引きちぎれていた。
クランプの破片が『スサノウ』から外れていく。
ゆっくり基地を離れた『スサノウ』は後部船体からミサイルを発射した。
ミサイルはまっすぐ『ヴォート』を目指して飛んで行く。

ズゴゴゴゴッンンン!!

再びすさまじい振動が基地を襲った。
スサノウが放ったミサイルは『ヴォート』の前部船体と前部船体を固定していたクランプに当たり、『ヴォート』前部船体下部にある2門のプラズマレールキャノンの
破片が宙を舞った。
そして前部船体を固定していたクランプが破壊された『ヴォート』はゆっくり後部船体を固定しているクランプを支点にして回転を始めた。

ゴゴーン!!バリバリバリ!!

『ヴォート』の後部船体が破片を撒き散らしながら基地に突き刺さった。

ハミルトン船長を初めとした『スサノウ』のクルー達はもちろんアメリカ兵を含む、居合わせた全員がその光景を唖然として見送るしかなかった。
「貴様ら!!」
我に返った中佐が怒り心頭といった表情でハミルトン船長以下、四人を睨み付けた。
右手を上げ、一斉射撃を命令しようとしたその時、
「うあぁ!!」
アメリカ兵達が驚きの声を上げた。
ふと吉田は窓を見た。
まっすぐこちらに向かって突っ込んでくる物がある。
『スサノウ』のランチだ。
加々見は急いで直美を抱き上げると、他の3人と共に通路の端へと逃れた。

ギャアアアァンン!!

ひどい金属音を立てながらランチは突っ込んできた。
そしてそのままの勢いで通路を完全に塞ぎ、停止した。
ランチと壁面との間に出来た裂け目からすさまじい勢いで空気が漏れていき、吸い込まれそうだ。
ランチのエアロックが開き、船外作業服を着た者が、急いで乗り込むように手招きをしていた。
四人は強烈な風に足を取られそうになりながら、ランチへ向かった。
手招きしていた者とは別の者がエアロックの後ろから出てきた。
そして船外作業服のヘルメットのバイザーを上げた。
ルナだった。
「時津さん!!急いで端末を!!端末をそこの壁のコネクタに繋いでくださぁい!!」
そう言うと、ルナはランチの外に出ようとした。
強烈な風にあおられ倒れそうになるとエアロックにいた一人が慌てて腕を取り、あんたには無理だと言いたげに首を横に振った。
時津は、手すりに掴まりながら、壁面にある端末用コネクタに向かった。
コネクタに接続されるとすぐさま、端末はなにやら処理を始めた。
処理がされ始めたことを確認した時津は、ランチに急いだ。
入り口にハミルトン船長が待っていた。
「船長!!先に入られなかったのですか?」
時津の質問に
「指揮官が最後だ!!」
ハミルトン船長は、きっぱりと言うと時津をランチに押し込んだ。
時津がランチに乗り込んだ事を確認したハミルトン船長が乗り込もうとしたその時、

パンッ!!

乾いた音がして、ハミルトン船長はぐったりとした。
ハミルトン船長の背中から流れ出た血がそのまま風に吹き飛ばされ、壁の裂け目から吸い込まれていく。
時津が上を見ると天井部分のメンテナンス用の扉が開いていた。
銃を構えたアメリカ兵が3人いる。
ランチに通路をふさがれたため、メンテナンス通路を通ってやってきたのだった。
兵士達が天井部のメンテナンス扉から一斉に通路に流れ込んできた。
風に飛ばされないように各々命綱をつけている。
通路に下りた兵士たちは銃を構えるとランチに向かって発砲してきた。

パッ!パッ!パッ!パッ!パッ!パァン!!

銃弾がランチに当たり、あちこちに銃痕が刻み込まれていく。
銃弾に削り取られた破片が顔を掠めていく中、時津たちは、必死でハミルトン船長の体を掴むとランチの中へ引っ張り込んだ。
エアロックが閉じたことを確認すると、パイロットはすぐさま逆噴射を始めた。
スラスターの逆噴射しながら船体を左右に揺すると、次第にランチは後ろに動いていき完全に壁から引き剥がされた。
基地を離れていく中、ランチが開けた大穴から吸い出された兵士達が命綱一本で虚空を舞っている姿が見える。
大型船用のポートに目をやると、周辺に破片が幾つも舞い、『ヴォート』の後部船体が基地に食い込んでいる様子が見えた。
ランチはだんだんと基地から離れていく。
基地全体を俯瞰するところまで来ると、基地の明かりが次々と消えていった。
その様子を何事が起きたのかと時津たちが釘付けになっていると、
「置き土産にウイルスを送ってあげたの。3日は稼げるはずよ 」
船外作業服のヘルメットを脱いだルナが、ハミルトン船長の手当てをしながら言った。
「これで全員だな。あんたらは無事か?」
同じくヘルメットを脱いだブライアン博士が、直美を壁際に座らせながら時津たちに言った。
「我々は無事です。ですが二人を急がないと。」
加々見が言うと、
「今、連絡しました。『スサノウ』で待機しているはずです 」
操縦していた、パイロットが振り向いてすぐさま答えた。
コロネルだった。
「コロネル、君はそれでいいのか?」
加々見がアメリカ軍人であるコロネルの身を案じて言った。
「軍人である前に、自分は人間です。‘人としての道を外す事はしてはならない。’そう指導教官に教わりました 」
コロネルはそれが当然のように加々見に答えた。

『スサノウ』の姿が肉眼でも見えるようになってきた。ランチは相対速度を調整しながら、船体後部にある発着口を目指す。
後部発着口から発せられた誘導電波を受けると、ランチは『スサノウ』に自動着艦した。
着艦と共に発着口のハッチが閉まり、内部が大気圧に緊急加圧された。
加圧された事を確認するとすぐに四人がランチに担架を持って駆けつけた。
「船長と航法士長は?」
ランチのエアロックを加々見が急いで開けると、二人が担架をセッティングしている間に後の二人がランチの中を覗き込んで訊ねた。
「二人とも息はあるわ。吉田さん、時津さん、手伝って!!」
ルナは、手当てをしていて赤く血に染まった手で、二人を手招きした。
ハミルトン船長を時津が抱え担架に乗せようとした時、ルナは突然手を掴まれた。
ハミルトン船長だった。顔に脂汗を浮かべながらルナに顔を向けて、
「地球に、地球に向かうように副長に伝えるんだ。真実を地球に伝え、明らかにしなければならない 」
時々息切れをしながらそう話す船長の顔には決意が見られた。
ルナはハミルトン船長の顔を見つめながらうなずいた。
ハミルトン船長は安心したのか、手を離し「行ってくれ 」と時津に言った。
ランチの外で待機していた四人は、二人を引き受けるとすぐさま医務室へと急いだ。
「大丈夫だろうか?」
加々見は担架を運ぶ後姿を見送りながらつぶやいた。
「後は、華岡さんの腕を信じるしか今は無いでしょう 」
吉田は自分に言い聞かせる様に言うと今降りたランチを見上げた。


「現在の状況は?」
美果は加奈に訊ねた。
「はい、副長。現在、補助核融合炉のみ最大出力で稼動中。主動力炉は再起動作業を継続しています。主動力炉が停止している為、秒速10km以上の加速は出来ません。
また、主砲を発射する為の電力供給も無理です。現在、米軍基地の周回軌道より離脱中です 」
加奈はモニターに表示された今の状況をありのままに報告した。
美果はこれからどうすれば良いか考え込んだ。
彼らはこのままみすみす見過ごす事は無いだろう。
船長は地球への帰還を指示したとルナから聞いたが、このまま帰還してありのままを報告すれば済む話なのだろうか?
帰還してありのままを話してもアメリカが圧力をかけて握りつぶされる可能性もある。
基地の司令官は、今頃激を飛ばして『ヴォート』を復旧させているだろう。
基地を破壊された以上、それこそ必死になって復旧させて意地でも追撃して来る事は目に見えて明らかだ。
『ヴォート』の復旧如何では応戦する必要に迫られるだろうが、主動力炉が稼動していようがいまいが、“科学調査船”である『スサノウ』の兵装など彼らからすれば
子供だましに過ぎない。
そもそも帰還するにしても、帰還コースをどう取ればいいかもまだ決めていない。
美果は、航法士席を見た。
誰も座っていない椅子を見て、‘航法担当が居ないままでは帰還ルートを定めることも出来ない’と思った。
「ライ、この星系のワームホールは?」
美果はライに訊ねてみた。
「現在、『プロキオンB星系』において存在が確認されているワームホールの開口点ですが5箇所あります。
まず、ひとつは太陽系へのルート、もう一つは『イプシロン星系』へのルートですが、太陽系へのルートは不安定期にあります。大型船が航行可能な安定度を確保する為
には最低20日は必要です。『イプシロン星系』へのルートは現在安定していますが、そこから先へのルートはいずれも不安定期にあります。それ以外の『プロキオンB星系』
のワームホール3箇所ですがそのいずれもが太陽系からより遠くに離れる事になります。それに『プロキオンB』自体が小さい上に『プロキオンA』の重力の影響を受けます
から安定期間が極めて限られることになります。」
ライが答えるとメインモニターにワームホールの場所が表示された。
定時報告の際に見たブライアン博士のデータよりもさらに詳細にデータが表示されている。
「前、見たものよりも詳しいんだけど?」
美果がライに訊ねた。
「基地のコンピューターに時津さんが端末をアクセスさせた際にダウンロードしました。」
ライは事も無げに答えた。
「20日か・・・。」
美果はつぶやいた。
太陽系へ向かうワームホールに行って、不安定なワームホールの開口点で足止めを食っている間に、追いつかれる可能性もある。
『イプシロン』へ行くとしてもその先の保証は無い。
やはり『ケンタウリ・アルファ』へ向かうワームホールの開口点の前で足止めを食っている間に攻撃される可能性はこっちのコースも抱えている。
どっちのコースを取るかを決めるにしても、船のより正確な状態と、ワームホールの状態をはっきりさせなければ判断はできない。
「ブライアン博士と百瀬機関長を呼んで 」
美果は加奈に指示を出した。

同じ頃、後部格納庫では加々見が最後の一人をランチに乗せた。
ランチの操縦席ではコロネルが最終確認をしている。
ランチの中には眠りこけたアメリカ兵が一分の隙も無い程に積み込まれていた。
ランチのエアロックが完全に閉じた事をコロネルと加々見は確認すると、格納庫の管制室へと向かった。
管制室の管制官は格納庫の内部に人がいない事を確認すると内部を減圧していった。
減圧が終わると共に格納庫のハッチが開き、ランチは自動で発進した。
「これでお客さんにはすべてお帰り頂いた訳だな 」
加々見は一息ついた様子でつぶやいた。
「これ以上離れると、ランチの推進剤が基地まで持ちませんから 」
コロネルは格納庫のハッチが再び閉じていく中、離れていくランチを見送りながら加々見に言った。


「百瀬機関長、主動力炉の再稼動にはどれくらいかかるの?」
美果は百瀬にそう切り出した。
「自分たちが戻る前に奈々補助動力炉主任が補助真空ポンプを再稼動しておいてくれたので作業を早めに進めることが出来たが、それでもメインゲッターポンプを動かす
にはあと最低3日はかかります。稼動に必要な真空度を確保できるのにさらに4日、再稼動するまでは1週間はどうしても必要となります。」
「ライ、今の加速でワームホールへ向かうとしての所要時間は分かる?」
「太陽系へつながるワームホールの開口点への所要時間はおよそ46日と18時間、イプシロン星系へのワームホールの開口点へは5日と2時間程かかります 」
美果の質問にライはモニターの表示にデータを表示させながら答えた。
「一週間後に主動力炉が再稼動するとして、太陽系へのワームホールに到達するのは最大加速だとどのくらい?」
美果は再び訪ねた。
「いつ主動力炉が再稼動できるかが正確に判らないので、誤差が生じますが14日はかかると考えられます 」
ライはすぐさま答えた。
百瀬の横でブライアン博士は苛付きながらそれを聞いている。
‘ちょっとまずいわ!’
美果はブライアン博士の様子を見て思った。
「ブライアン博士。『イプシロン』から『ケンタウリ・アルファ』へのワームホールが安定するのにどれだけかかるか正確に判りますか?」
「そんなことは『糞コンピューター』がすでにはじき出しているだろうよ!724日と18時間は開きはしねぇ!」
美果の質問にブライアン博士は“ブスッ”とした表情で答えた。
自分の得意分野の事をライに取られた事がよほど気に食わなかったのか、腕組した右手の人差し指で苛付きながら左腕の二の腕を叩いていた。
「そう言う答え方は無いと思います。仮にも今の船の指揮官は美果副長です。質問には冷静に答えないと……」
見かねたライがブライアン博士をたしなめた。
「フンッ!分かっとるわい!この『糞コンピューター』が!!」
ブライアン博士は仏頂面のままライに怒鳴った。
「ブライアン博士、私が博士のお仕事を盗ったとお感じになられていますね。確かにそのお考えには一理ありますが、私はただ単に計算されたデータの結果を言ってい
るに過ぎません。新たな航路を開拓すべく、観測データを分析し計算結果を導き出す。それが出来るのはこの船にはブライアン博士、博士以外には乗っておりません 」
ライは怒りのこもったブライアン博士の言葉をなだめるように話した。
おだてられてさすがにブライアン博士もこれ以上怒りをぶちまける事が出来ず、「フンッ!」と言うと当ても無く上を見た。

主動力炉が再稼動すれば太陽系へのワームホールまで14日。
6日待てば太陽系への道が開かれる。運がよければ『ヴォート』をアメリカ軍基地が復旧させる前にワームホールを通って地球に向かう事が出来るかもしれない。
「太陽系へのワームホールを目指すしかないようね 」
美果は航法士席に向かい
「直美航法…」
と言いかけた。
航法士席は空席のままであることを一瞬忘れていた。
「美果副長?」
ライが訊いてきた。
「何?」
美果はモニターに向かい問いかけた。
「私が直美航法士長の代理を務めてもよろしいでしょうか?至らぬところはブライアン博士の助力を得れば対応できると思います 」
ライはブライアン博士を持ち上げる事を忘れずに進言した。
「船を操って見せたあなたなら出来るわね、ライ。あなたを航法士代理に任命します。ブライアン博士。必要に応じ補佐してください 」
美果がライを任命するとライは早速航路を設定し始めた。
「ブライアン博士、お力が必要な時はお願いします。」
ライがそう言うと
「うるさい!分かったわ!この『糞コンピューター』が!!」
少しトーンが落ちたが、相変わらずの調子でブライアン博士はがなり立てた。
「よろしくお願いします。それと私の名前は『ライ』です。『糞コンピューター』と言う名前では有りません。お願いします 」
ライはブライアン博士が相変わらずブスッとしたままの態度であることに構わずに軌道演算を済ませ、栗田操舵士に航路データを送った。
ライから軌道データを受け取った栗田が進路設定を済ませると『スサノウ』は一路太陽系へ通じるワームホールの開口点へと航路を変えた。
じっと睨み付けるようにその様子を見ていたブライアン博士は航路を定めた事を確認すると「しばらく出番はなさそうだからな。」と言って“ブスッ”とした表情のまま
ブリッジから出て行った。
「やっていけるのかしら?」
二人のやり取りをずっと聞いていた美果は、内心心配になった。


その頃、医務室では華岡とクリスが格闘していた。
医療器械の多くが使い物にならない状態でハミルトン船長を何とかしなければならない。
直美航法士長も意識が戻らないまま宙の一点を見つめているだけだ。
「血だ!血をもっと集めなければ!」
華岡はクリスに指示し、緊急に輸血に必要な血を求め、献血者を募るように言った。
クリスが献血者の対応をしている中、応援に呼ばれて駆けつけた幸子とテレジアはそれぞれ華岡の指示に従い駆け回っていた。
医療の専門家ではないが、この際そんなことを言っている場合ではない。
幸子は、直美の血の入った試験管を受け取ると、研究室に急いだ。
本来の用途から外れるが、応急修理をした分析器にかけて直美が投与された薬を特定しなければならない。
試験管を持ったまま、医務室の扉を開けた。
「きゃぁ!」
扉を開けると入り口にいた人と鉢合わせし、思わず試験管を落としそうになった。
加々見だった。
「おっと!危ない!」
持っていた本を思わず落とし、試験管を落としかけた幸子の右手を掴んだ。
「ごめんなさい。急いでいたから 」
幸子は前を良く見ていなかったことを平謝りした。
「それよりも、献血に来たの?」
幸子が加々見に聞くと、
「いや、自分は船長とは血液型が違うから無理です。吉田は血液型が合うから後で行くと言っていましたが 」
加々見は落とした本を手に取り、本の表紙を払いながら答えた。
めくれたページに化学式が書かれているのが見て取れる。
「その本は?」
幸子は本の内容を訊ねた。
「直美航法士長が薬物中毒の疑いが有ると聞いたんで、使えるかと思って。毒ガスとか軍事用に使用する薬物と解毒剤の解説書です。」
加々見は本のページを見せながら答えた。
なんていう偶然だろう。
幸子はこんな都合の良い偶然があるものかと驚いた。
「なぜ、あなたがそんな本を持っているの?」
「自分はレンジャー出身ですから。いつ敵がどんな作戦を仕掛けてきてもいいように勉強のつもりで手に入れといたんです。まぁ、毒ガスとかは国際法違反だから使わ
れないとは思ったりはしましたが、一応 」
幸子にそう答えると、加々見は「すまないですが 」と言って医務室に入ろうとした。
「ちょっと待って!」
幸子が呼び止めると加々見は振り返った。
「ちょうど今、そのために直美さんの血液を分析しに行くところなの。私にその本を貸してくれる?」
「えっ?そうなの?なら……」
加々見がそう言って本を手渡すと、幸子は「ごめんなさい。必ず返しますから。」と一礼すると研究室に急いだ。
「ふぅ。」
加々見は自分が来た目的をあっけなく果たしてしまい、これからどうしようかと思った。
「加々見少尉。どうされました?」
いつの間にか来ていた吉田が、後ろから声をかけた。
「いや、自分が持ってきた軍用薬物の本を直美航法…」
加々見が吉田に向かって言いかけると、
「すみません。入り口を塞がないでください。献血に来た人たちの邪魔になってしまいます!」
クリスが二人に声をかけた。
「じゃぁ、続きは後で話すよ。」
加々見は吉田にそう言うと、吉田と一緒にクリスに何か手伝える事が無いかを聞きに言った。


『プロキオンB』の公転軌道上にある、アメリカ軍の基地は赤い非常灯が点いたままだった。
基地のメインシステムがウイルスに侵されたままの為、独立したシステムである生命維持系等の限られたシステムのみが稼動していた。ウイルス除去は遅々として進
まず、基地に『ヴォート』が食い込んだまま懸命の復旧作業が続けられていた。
損傷を間逃れた『ヴォート』に艦載されていた作業ポッドが基地のハッチをこじ開け、基地から小型艇が発進できる環境を作り上げると、すぐさま作業ポッドが3機、
『ヴォート』の作業ポッドと合流し、基地に食い込んだ『ヴォート』周辺のパネルを切り離し『ヴォート』を基地から引き剥がす作業を開始した。
「あれは何だ?」
作業ポッドのパイロットが一人、基地に近づいてくる物体に気が付いた。
『スサノウ』のランチだった。
船首部分が基地に突っ込んだときに破損した姿のままで基地に向かって近づいてきた。
“また、突っ込んでこられたりしたらたまらない。”
作業ポッドのパイロットがもう一人に指示し、2機の作業ポッドがランチをがっしりと掴み、基地の格納庫へ押し込んだ。
格納庫にランチが収納されるや否や、ランチ周辺を兵士達が取り囲んだ。
トラップが有る可能性があるので、慎重にエアロックを開ける。
ランチのエアロックが開くと、3人の兵士たちが中に入った。操縦席にはパイロットの姿は無かった。ただ、操縦席以外のすべてのスペースに後ろ手で縛られた兵士達が
ぎっしり詰め込まれて眠りこけていた。
「中にいるのは我々の兵士たちだけです!全員眠っています!」
ランチの確認を指揮していた指揮官は基地の司令官に報告した。
報告を聞いた司令官の顔は紅潮していた。
報告を受けるとすぐさま、
「すぐにたたき起こせ!!全員を尋問しろ!!『ヴォート』を復旧させ次第、すぐに『スサノウ』を追撃させる!!ぐずぐずするな!!!」
連絡官は司令官のあまりの怒りのすさまじさに顔を青褪めるとすぐさま司令室を飛び出して行った。


調査用の無人ポッドの発射口を前に操船など手が離せないクルー以外は全員集まっていた。
調査用のポッドを応急で改造した棺を前に、美果副長がハミルトン船長に替わり弔辞を述べていた。
「…志半ばで、倒れたマクダネルズ少尉の人生は無駄だったのか。いや違う!彼のおかげで我々は取るべき道を確実に認識できた。彼の肉体は滅んだが、彼の魂は我々と
共に旅を続け、我々と共に宇宙の新たなる未知と脅威の発見を経験する。」
美果副長が弔辞を読み終わると、棺が発射口の中に挿入された。
「エドワード マクダネルズ少尉に敬礼!」
その場にいた全員が敬礼する中、棺は『スサノウ』から虚空のかなたへと放たれた。
簡単だったが葬儀は終了した。
各クルーたちはそれぞれ任務に戻るかあるいは自室に戻るか三々五々散らばっていった。
「明日はわが身かも知れんな 」
棺が放たれた方向を見ながらぽつんとボビーはつぶやいた。
「そうならない為にも出来る限りの努力はしないと 」
たまたま通りがかり、つぶやく声を横で聞いた時津がボビーの方を向いて言った。
「運がよければ追撃に会わずに地球へ帰れるかもしれませんし 」
時津はすこしおどけた様子で言って、ボビーを安心させようとした。
「それはどうかな?連中のプライドをずいぶん傷つけたはずだしな 」
「いずれにせよ、望むと望まざるとにかかわらず、私たちはルビコンを渡った以上、ある程度覚悟はしておかないと 」
「そうだな 」
ボビーは真剣な表情で時津に答えると、黙りこくり虚空のかなたを見続けていた。


医務室のドアが開いた。
幸子だった。
徹夜だったのだろう。
目の下にくまを作り、少しふらつきながら入ってきた。
「大丈夫ですか?」
幸子の様子を心配したクリスはそう言って近寄った。
「ごめんなさい。大丈夫よ。この3日寝てないからちょっと眠くて 」
こめかみを押さえながら、幸子は華岡の下へ歩いて行った。
「直美さんに投与された薬物の分析結果が出ました。3種類の薬物を投与されています。加々見さんから借りた本に解毒剤に関する記述もありましたから、あわせて
書いておきました 」
幸子は華岡に携帯端末を手渡すと「ちょっとごめんなさい 」と言って、いすに腰掛けた。
華岡は端末のモニターに表示されたデータを見た。
薬物の種類と特徴、解毒剤などが事細かに書かれていた。
「幸子さん…」
華岡が幸子に分析のお礼を言おうと幸子が座っているいすを見た。
いすに腰掛けたまま、幸子は寝息をかいていた。

「あれ?幸子さ…」
クリスが起こそうと幸子に近づくのを華岡はそっと制止した。
そして、クリスに医務室の備品の毛布を用意させ、幸子の背中に静かにかけさせた。
「さて、早速解毒剤の用意をしなくちゃな 」
華岡は首を左右に振り手で肩こりをほぐしながら薬棚の薬品の確認を始めた。


主動力炉の復旧が遅れたため、『スサノウ』は太陽系へ繋がるワームホールの開口点への到達が一日以上ずれ込んだ。
今、目前には開口点が暗い穴を覗かせている。
「美果副長、ワームホールの安定度ですがハッケンバッカーポイント0.34、安定率12.3パーセント、大型艦船が通過するのは現状では不可能です 」
ライが美果に報告した。
「どうしても、あと5日は待たないとだめなの?」
美果は何よりも追撃を受ける可能性を危惧していた。
「どのように計算をし直しても結果は変わりません。5日は最低必要です 」
美果はコンソールに肘を当て、腕組みしながら考え始めた。
このままワームホールが安定するまで待機すべきか、それとも一旦ここから離れて『ヴォート』の目をくらまし、突入の機会を伺うか……。
「副長!」
戦術オペレーターのコンソールで松田が声を上げた。
「どうしたの?」
松田の緊迫した声に美果の声は思わず上ずった。
「高速で接近する物体を検知!…『ヴォート』です!!」
自分が思っていた以上に早く『ヴォート』が復旧した事に、美果は正直落胆した。
しかしいつまでも落胆していてもしょうがない。
報告を受け、美果の腹は決まった。
「総員戦闘配備!!各部署に通達!全員気密服を装着!体を拘束できるものは速やかに固定せよ!」
「各部署に連絡!これより本船は戦闘態勢に入ります。コア・ブロックの回転を停止するため、無重量対応を速やかに行ってください!!」
指令を受けて奈津美が船内放送を入れると、コア・ブロックの回転が停止し、固定されていない物が宙に浮いた。
「行けるものは今のうちに行っておきなさい!」
美果の指示に従い、ブリッジのクルーの何人かが大急ぎでトイレに向かった。
「結局、戦いは避けられませんか……」
中田は、気密服を装着しながら、ため息をついた。
この船の武装では『ヴォート』と張り合って勝てる見込みは無いのは明白だ。
「失礼ですが少尉、戦っても見ないうちから、結論を出すのは早計過ぎませんか?」
加奈が中田に意見した。
「そりゃ本来の兵装なら互角以上に張り合えるとは思うが、今のこの船の装備では勝てる要素が見つかりそうに無いんだ 」
中田はコンソールの表示を見ながら再びぼやいた。
「でも、機動力でならまだこの船のほうが勝っています。そこに勝機を見出すしかないでしょう 」
二人の会話を聞いていたライがそう言いながら二人の座っているコンソールにデータを表示した。
一瞬、加奈は怪訝な表情を見せた。
動力炉出力はほぼ同等だが、全体にシステムがコンパクトな為、機動力では『スサノウ』に軍配があがる。モニターに表示されたデータは雄弁に物語っていた。
「後、15分で『ヴォート』の射程に入ります!」
松田が現状報告をする声がブリッジに響いた。
「緊急回避コースを取って!本船はこれより応戦します!急いで!!」
美果の命令する声を後ろに聞きながら、中田は
「やるしかないか……」
とつぶやき、コンソールパネルに手を置いた。


直美はずっと走り続けていた。
真っ暗な闇の中、後ろから得体の知れない手がいくつも直美を捕らえようと追いかけてくる。
何度転んだかももう判らない。
だが、転ぶと足首といい、服といい、髪といい、闇から伸びてきた手が掴んで、より深い闇の底に引きずり込もうとする。
直美は自分を掴む手を必死で振り払うと、何とか走って逃れようとするが、もう足が棒のようになって走れない。
直美はただ、棒のようになった足を引きずるように前へ前へと、自分を呼ぶ声のするほうへ歩いていった。
自分を呼ぶ声のする方にかすかに光が見える。
‘あそこに行けば助かる’
直美は直感的にそう感じていた。
ただ、それだけを希望に前へ前へと向かっていった。
突然、足元が崩れ、暗い穴が顔を覗かせた。
穴の底から引き摺り下ろそうといくつもの手が伸びてくる。
直美は引き摺り下ろされまいと必死で踏ん張った。
足首を掴んだその手はぐいぐいと直美を引きずり込もうとする。
地面を掴んでいたその手は引き摺られる度に地面に5本の線を描いているのがはっきりと判った。
自分を呼んでいた声がだんだん近づいてくる。
「直美さん!!」
自分を呼ぶ声が大きくはっきりと聞こえた。
気が付くと自分の頭上に光が見える。
光の中に自分に差し出された手が見える。
直美はその差し出された手を必死で掴んだ。

気が付くと、頭上に強い光があった。
直美はあまりに強いその光に思わず目を閉じた。
誰かが離れた所で大声を上げているのが聞こえる。
直美は閉じたその目を再びうっすらと開けた。
明るい光だ。
最初のうちはぼやけていたが、目が慣れるにつれ、その姿がだんだん明瞭になってきた。
それは天井の照明だった。
頭がぼんやりとして気が遠のきそうだった。
それに体が鉛のように重たい。
大声がさっきから聞こえているがあの声には聞き覚えがある。
そう。あの声は船医の華岡さんだ。
直美は今の状況がだんだん分かってきた。
「ここは医務室……」
心の中でつぶやいた。
『スサノウ』の船内の医務室であることは確かだ。
だが、浮遊感覚がある。
遠心重力が働いていないようだ。
体が浮かない様にベルトでベットに固定されていた。
直美はなぜ今ここにいるかが判らず、記憶を思い出そうとした。
『スサノウ』の船内にアメリカ兵が流れ込んできた際、兵士たちによってほかのクルーたちと一緒に基地の中に連行された。
そこまでは思い出せる。
その後、ほかのクルーと引き離され、自分だけが重力区画に連行された。
その際、体を押さえつけられ何か注射を打たれた事までは思い出せたが、そこから先の記憶が無かった。
記憶が無い事に直美は言い知れぬ恐怖感を感じた。
体中に悪寒が走った。
直美は言い知れぬ不安感に襲われた。
「だから!!こっちは傷病者を二人抱えているのに気密服なんぞ着せるわけには行かないと何度も行っているじゃないか!!」
さっきから聞こえていた華岡の大声がさらに大きくなった。
自分が基地で何をされたかは覚えていないが、少なくとも今、自分がいるのは『スサノウ』の船内だ。基地の中じゃない。
その事が直美の不安感を幾分か和らげてくれた。
直美は華岡の言っている事に聞き耳を立てた。
「船長の傷はまだ塞がってないし、変に揺さぶられたら、傷が開いて生死にかかわるというのに気密服なんぞ着せれるわけが無いでしょうが!!直美航法士長だってまだ
意識が戻らないというのに。こっちだけぬくぬくと気密服を着ろと?何とか換気ラインをうまいとこやって出来ないんですか?」
華岡の声は緊迫感に満ちていた。
事情が良く飲み込めないが、船自体が危険な状況におかれつつあるみたいだ。
「そうだ!航法は今、誰が担当しているのだろう?」
直美は船が危機的な状況にあるなら、ブリッジに行かなきゃと体を起こそうとした。
体が鉛のように重い。そしてとても寒くて体中が震える。
でも、戦闘を想定した航法訓練をしたのは自分だけのはずだ。
直美は震える手で、体を固定しているベルトを外した。


華岡は少々苛立っていた。
医務室はコア・ブロックの中でも中央部に近く、幾重にもセーフティーが張り巡らされ、気密は他の区画よりも保ちやすいはずだ。
だが、ブリッジは戦闘になるという理由でそんな医務室にも緊急に気密服を着用するように言ってきた。
そりゃ患者がいなければ気密服を着用することにはやぶさかではない。
だが、重傷者に気密服を着せた場合、戦闘で船が揺すぶられ万が一傷が開いたら気密服を再び脱がした上で無ければ治療が出来ない。
治療が間に合わなくて生死にかかわったら冗談ではない。
それに意識が無い人間に着せるような真似は要求される時間内に到底出来はしない。
華岡はなおも食い下がろうとした。
「華岡君 」
華岡の背後から声がした。
華岡は驚いた。
そこには気密服を着込んだハミルトン船長が立っていた。
ハミルトン船長の傍らに不安そうなクリス看護師が立っていた。
「どうしてもと言って聞いてくれませんでしたから 」
クリスは少し震えるような声で華岡に言った。
「船長!!寝ていないと!」
華岡が気密服をクリスに脱がせるように言おうとしたところをハミルトン船長が制した。
「この緊急時においそれと寝ているわけにはいかん!私をブリッジに連れて行くんだ!」
ハミルトン船長の意思は固かった。
「私も行きます 」
もうひとつのベットのほうから声がした。
直美を固定していたベルトが宙に浮いていた。
ベットの脇にある手すりに掴まりながら、直美が立っていた。
体中が震え、脂汗で服がじっとりと濡れていた。
「二人とも何を言っているんですか!?自分が今どんな状態だかわかっているんですか?」
華岡は何とか二人に思いとどまらせたいと必死だった。
「私も、華岡さんに同意します。お二人の脳波には異常が見受けられます。任務に復帰する事は現状では極めて困難と判断します 」
不意に話を聞いていたライが端末から話しかけてきた。
「船の指揮は美果副長が行っておりますし、航法は私が引き受けています。ハミルトン船長と直美さんには安静にしていることをお勧めします 」
ライは、二人に思いとどまらせたい一身で語りかけた。
「ライ、戦闘を想定したシミュレーションはしたことがあるの?」
「有りませんが、“経験”なら直美さんよりもあります 」
「でもそれは5万年も前の話でしょ?それに・・・システムはまるで違うんじゃないの?」
直美は絞り出すような声で言いながら、クリスに助けられ気密服を着た。
クリスは内心無茶だと思いつつ、その決意に満ちた目を見ると断りきれなかった。
直美の強い意志を感じ取ったライはしばし沈黙するしかなかった。しばらく間をおいた後、
「…解りました。ですが何かあったら無理やりでもコントロールを渡してもらいます。」
ライはそう言って直美がブリッジに戻ることにとりあえず納得した。
「私も行かせてもらう事に異議は無いな?美果副長では緊急時対応ではまだ経験不足だ 」
ハミルトン船長はそう言うと気密服のヘルメットのバイザーを確認した。
「ライ 」
「はい?」
直美に不意に呼びかけられ、ライは思わず声が上ずってしまった。
「私に呼びかけ続けていたのはあなたでしょう?ありがとう。」
「私の声を聞いてくれたあなたへ自分が出来ることはほかに無かったから……」
ライは続けて
「でも、それと今の直美さんの容態は別です。直美さんには今は寝ていてほしいです 」
と尚も直美を思いとどまらせようとした。
「この状況で寝ているわけには行かないのよ 」
直美はそう言ってライの言葉を遮り、医務室の入り口に向かって歩き出した。
医務室のドアから出ようとした時、出し抜けに直美は足を踏み外し転びそうになった。
「おおっとっ!」
とっさに華岡が直美の体を支えた。
「華岡さん…」
直美は思わず華岡に振り返り、一言言いかけた。
「病人をそのまま黙って送り出すわけにはいかないでしょう。お二人を思いとどまらせるのは無理だと判りましたが、ブリッジまではお付き合いさせて頂きます!」
華岡はそう言うとクリスに直美を補助するように指示し、ハミルトン船長の肩を担いだ。


『ヴォート』の接近を確認直後『スサノウ』は緊急回避コースを取っていた。
『ヴォート』の船体下部にあるプラズマレールキャノンはすべて損傷している。
船体の下側に回りこむ事が出来れば直接砲撃を受けることは回避できるはずだ。
しかし『ヴォート』の戦術仕官はよほど優秀らしい。
ライは確かにコンピューターライブラリにあった回避パタ-ンの裏を読み回避コースを設定したはずだった。
『スサノウ』はワームホールの開口点の反対側に回ると最大戦速で降下軌道を取った。
ワームホールは周囲に時空のゆがみを持っているので、レーダーは有効に働くなるので目くらましになるはずだった。
だが、『スサノウ』の回避パターンはすでに予測済みなのか、『ヴォート』は先読みするかのように見事に回避コースをショートカットするかのような軌道を描き、
『スサノウ』との距離は少しずつ狭まってきた。
「そんなはずは無いはず?」
ライはまっすぐこちらに向かってくる『ヴォート』に思わず声を上げた。
「だめです!!もう射程内に入ります!!」
松田がモニターを見ながら緊迫した声で報告した。
『ヴォート』の前部艦体に搭載された4門のプラズマレールキャノンの内、破損を間逃れた2門の砲身内に輝きが満ちてきた。
松田が叫ぶように言った。
「高エネルギー反応検知!!攻撃来ます!!」
「緊急回避!!パターンδ!!」
美果の命令を受け、栗田はすぐさま実行した。
 『スサノウ』の下部姿勢制御スラスターが青い光を迸らせると同時に船体が急上昇した。
次の瞬間、『ヴォート』から放たれた超高密度プラズマ弾が『スサノウ』の直下を通り抜けていった。
「応戦するわ!迎撃用意!!」
美果が言うや否や、すぐさま中田は対艦ミサイルの設定と後部船体のプラズマレールキャノンのチャージを開始した。
プラズマレールキャノンのチャージコンデンサキャパシタの冷却ラインがうねりを上げる。
プラズマレールキャノンの砲身は静かに『ヴォート』の予測軌道に標準を定めた。
「撃―ッ!!」
美果の号令の下、プラズマレールキャノンが発射されると同時に後部船体側面に備えられたミサイル発射口からミサイルが一斉に『ヴォート』目指しては放たれた。

ゴゴーンッ!!

ミサイル発射時の轟音が船内に響く。
間髪をいれず、『ヴォート』はスラスターを点火し、降下を始めた。
『ヴォート』が降下しつつ迎撃ミサイルを発射する中、『スサノウ』の放った超高密度プラズマ弾が『ヴォート』の左上側面を通過していった。

少し間をおいて『スサノウ』の放った対艦ミサイルを『ヴォート』の迎撃ミサイルが捉え次々と爆発の光が2隻の間に煌めいた。
爆発による光と熱によりレーダー等の敵索システムが撹乱され、『スサノウ』は『ヴォート』を見失った。
「攻撃阻止されました!爆発により現在探知不能!」
松田は現状を報告した。
少し時間経ち、爆発による光が消えていき、元の宇宙の闇が二隻の間に広がった。
『スサノウ』のクルー達はその晴れ渡った虚空に、20隻余りの『ヴォート』がこちらに攻撃を仕掛けようとしている様子をそこに見た。
「副長!『ファントム』です!!『ヴォート』特定できません!!」
松田はコンソールのモニターを凝視しながら美果に報告した。

『ファントムシステム』 
それは宇宙空間における艦隊戦のために開発された撹乱システムの総称。
各ユニット自体は全長5m位の小型のユニットであり、通常複数機を同時に運用する。
任意にレーダー反射を設定し、敵艦のレーダーに実際にそこに艦船があるように表示させるのみならず、熱源も擬態し、プラズマホログラム技術により周囲に立体画
像を作り出し、艦船の姿を作り出すことにより光学探知も困難にする。
さらに、搭載された簡易AIにより、設定されたプログラムに基づき自己判断で行動し、搭載された6発のミサイルにより自己防衛・攻撃を行うことが出来る。

『スサノウ』の背後に展開した20隻余りの『ヴォート』は『スサノウ』の周囲を取り囲むかの様に移動を開始した。
「全レーザー砲、電路開いて!!対戦闘機防御!!」
美果の命令と同時に艦載されているレーザー砲門のハッチが開き、レーザー発射口のレンズが輝いた。
『スサノウ』から発射されたレーザーの複数の光の帯は次々と『ヴォート』を切り裂いた。
切り裂かれた傍から『ヴォート』が爆発していく。
そうした中、光の帯を掻い潜った『ヴォート』は次々とミサイルを発射していった。
「回避軌道!!急いで!!」
美果の命令を受け、ライはすぐさま軌道演算をし、栗田にデータを送る。
栗田がデータに従いミサイルの回避コースを取っているその間も『スサノウ』のレーザー砲門は立て続けにミサイルを打ち落としていった。

プシュン!!

ドアの開く音に美果は思わず後ろを振り向いた。
ハミルトン船長と直美航法士長が華岡とクリスに支えられてブリッジに入ってきた。
「船長!?」
美果をはじめとするブリッジのクルーが驚く中、ハミルトン船長は船長席に座るなり、
「現状を報告せよ!」
と命令を下した。
「現在『U.S.S.ヴォート』と交戦中。
『ヴォート』により射出された『ファントム』を個別撃破しています 」
ブリッジのクルーに少し動揺が見られる中、真っ先にライが簡潔に報告した。
「それで『ヴォート』自体は見つけたのか?」
「現時点で発見は出来ていません。捜索継続中です!」
松田がハミルトン船長に報告している中、直美はモニター上に映る『スサノウ』と『ファントム』の軌道を確認した。四方に展開した『ファントム』は『スサノウ』
に個別に攻撃を仕掛けているようで全体には『スサノウ』をより前へ向かわせるように攻撃を仕掛けているように見える。
直美は一瞥するなり
「これは罠よ!逆噴射急いで!!」
と大声で叫んだ。
その声を聞くなり、栗田は最大出力で逆噴射を開始した。
「うぁぁ!!」
まだブリッジにいた華岡とクリスは思わず前によろけて転びそうになった。
「直下に高エネルギー反応!!プラズ… 」
松田が次の一言を言う前にそれは起こった。


『ヴォート』と2機の『ファントム』は他の『ファントム』が『スサノウ』をひきつけている間に静かに移動していた。
『スサノウ』直下36kmに移動した『ヴォート』は前部船体2門、後部船体二門、計4門のプラズマレールキャノンの標準を『スサノウ』に定め、エネルギーのチャー
ジを始めた。
プラズマレールキャノンの砲身内部にサージ電流の稲妻がほとばしる。
次の瞬間、『ヴォート』から放たれた4つの光の帯は大きな一条の光の塊となり、『スサノウ』の前部船体の船首から3分の1の所を貫いた。

ズズーンッ!!!

『スサノウ』の船内に轟音が鳴り響いた。
プラズマの塊が貫いた船体は一瞬に気化し、漏出した推進剤と共に大爆発を誘発し、奇妙にねじれた船首は何処とも無く引きちぎれて飛んでいってしまった。
爆発により船首を引きちぎられた『スサノウ』はその反動のあおりでぐるぐると回転を始めた。
爆発とそれに続く回転により、『スサノウ』のクルー達は床と無く壁と無く叩きつけられた。
船内のあちこちでうめき声が聞こえる。
ブリッジ内部も例外ではなかった。
あちこちから血が宙に舞い、赤い玉となると換気口に吸い込まれていった。
空間基準座標系が狂った『スサノウ』から『ファントム』に対しての攻撃がやんだ。
すると『スサノウ』からの攻撃が止まった事を見届けるように『ファントム』は偽装を解除して一斉にミサイル攻撃を開始した。

ズズーンッ!!バリバリバリッ!!
ミサイルの爆発音が船内に響き渡る中、額から血を流しながら加奈は状況報告をし続けていた。
「前部船体大破!死傷者不明です!!補助動力炉緊急停止!!第二レーザー砲列機能停止!メイン推進コイル損傷!現在航行不能!!第二から第六放熱パネル損傷!」

「後部スラスター噴射!回転を止めろ!!」
コンソールに叩きつけられたハミルトン船長は口からおびただしい血を流しながら叫ぶように命令した。
「後部2番4番スラスター128秒噴射!急いで!!」
直美は朦朧とする中、必死で演算し、栗田に伝えた。
スラスターの噴射を始めると回転がゆっくりと収まってきた。
「反撃急げ!!後部主砲はまだ使えるか?」
「今の衝撃で、射爆標準設定が狂いました!急いで補正します!!」
松田はハミルトン船長の問いかけに応えると、急いで補正データを作成し始めた。
「船長!前部船体隔壁を閉鎖しても気密保持できません!急いで前部船体のクルーに退避を命じてください!」
加奈はモニターに映し出された損害状況を確認しながらハミルトン船長に退去命令を促した。
「前部船体のクルーに告げる!至急前部船体から退去せよ!急げこれは船長命令だ!!」
モニターで加奈の報告を確認するや、華岡がこれ以上指揮を執るのは無理だと制止するのを振り切ってハミルトン船長は退避命令を出した。
「補正終了!主砲まだ撃てます!」
松田がそう言うと中田はすぐさまチャージを開始した。
回転が納まりつつある中、後部プラズマレールキャノンの砲身の中に光が満ちていく。
そうした中、『ファントム』の放った一発のミサイルがプラズマレールキャノンの砲塔に命中した。

ズゴゴゴゴッ!!

いきなりエネルギーを解放されたプラズマレールキャノンは大規模な電気爆発を発生させ、後部船体内にあるチャージコンデンサキャパシタが吹き飛んだ。

ドゴーンッ!!

爆発の衝撃で後部船体の隔壁が吹き飛ぶ。
隔壁が吹き飛んだその穴から勢い良く空気が漏れ出し、その反動で『スサノウ』は再び操船不能になった。
「後部船体空気漏出!!軌道維持できません!!」
直美は必死で状況を報告した。
「主動力炉に異常発生!!全砲門への電力供給不能です!!」
加奈が言うと、衝撃が船体を襲った。

ズゴゴゴゴッ!!

ミサイルを打ちつくした『ファントム』が『ヴォート』に帰還すると同時に今度は『ヴォート』から出撃した10機の『オービタルフライヤー』が『スサノウ』に襲い
掛かってきた。
見ようによっては人の顔のように見える複合センサー部にレーザー標準器の赤いレーザーの光が見える。
10機の『オービタルフライヤー』の2本の‘腕’の先に取り付けられたミサイルポッドから一斉にミサイルが解き放たれた。
電力供給がおぼつかなくなった『スサノウ』にはもはや反撃の力は無く、いい様に弄られていくのみだった。

ズゴゴゴゴゴゴゴ……

爆発した先から空気が漏れていき、爆発の音は少しずつ小さくなって消えていく。
『スサノウ』の周囲には次第に無数のデブリが漂い始めていた。


『ヴォート』側の攻撃が続く中、前部船体ではコア・ブロックへの避難が進められていた。
爆発の轟音の中、奈々副機関長は避難の指揮を取っていた。
「急いで!!ここももう持たないわ!!」
クルー達が避難していく中、奈々は取り残された者がいないか確認していた。

ゴゴーンッ!!

船体が激しく揺れた。
「あっ!」
奈々はバランスを崩すと手すりを掴む間も無く、閉じかけた状態で周囲のものを吸い込んでいる気密隔壁に吸い寄せられていった。
ガンッ!!
激しく隔壁に体をぶつけた。
「ウッ!くうぅーッ」
口から苦痛の声が漏れた。
「主任!!大丈夫ですか!!」
気密服のバイザーを上げた部下の機関員たちが、周囲の空気が漏れている一方にもかかわらず大声で叫んだ。
「だっ、大丈夫よ。それよりも早くバイザーを下ろしなさい!ここもすぐに空気がなくなるわ!」
奈々は副動力炉主任として冷静に対応しなければならないと思いつつ、バイザーのマイク越しに答えた。
「何とか皆のいるあそこまで戻らなければ!」
奈々は自分に言い聞かせると体を起こそうとした。
相当激しく打ち付けたらしい。
体中が引き裂かれたかのように痛い。
しかし、奈々がいくら力を入れようとしても、打ち付けられた体は言うことを聞かなかった。
それに隔壁の隙間から吸い込まれる力は強烈で体が離れない。それどころか、破片が次々と体に当たってくる。
相変わらず、爆発の音が何回と無く船内に響き渡っていた。
奈々は覚悟を決めた。
「私のことはかまわずにあなたたちはすぐコア・ブロックに非難しなさい!」
「主任を置いては行けません!!」
機関部員たちは手すりに掴まりながら必死で叫んだ。
「ここにいつまでもいたらあなたたち死ぬわよ!私のことはかまわず早く!!」
奈々は自分自身のことより、機関部員たちが無事に脱出してくれることを思いながらマイク越しに叫んでいた。

ゴゴンッ!

機関部員たちのいる後ろにある気密隔壁が開いた。
3人の男たちが入ってきた。
ロープを手にしている。
気密服のバイザーを上げるとその内の一人が機関員たちに言った。
「俺たちに任せろ!早くコア・ブロックへ退避するんだ!」
加々見だった。
後の二人は吉田とドクター マオだ。
加々見と吉田が自分の体を手すりに固定すると、ドクター マオは腰にロープを結びつけた。
「奈々さんは私たちが助けるね!だから早く行くね!」
ドクター マオはそう言って機関部員に笑うと奈々のいる隔壁に向かった。
ドクター マオの体に破片が当たるたびにロープが激しく揺れる。
加々見と吉田はロープを強く握り締めながら、少しずつ繰り出していった。
「早く退避しろといったはずだ!」
機関部員たちに向かって加々見が怒鳴った。
「自分たちだけおめおめ逃げれません!!」
そういうと機関部員たちは命綱を手すりに結びつけ、ロープを握り締めた。
「どうなっても知りませんよ!」
吉田は振り向くと機関部員たちに言った。
少しずつ、少しずつドクター マオは奈々の下へ近づいていった。
奈々のいる隔壁にたどり着いた。、
奈々の体を抱えるように持ち、隔壁から引き剥がそうとした。
しかし、隔壁の隙間から吸い込もうとする力は強烈だ。
体はびくりともせず、ドクター マオは奈々を引き剥がせなかった。
隔壁の隙間を閉じなければ、引き剥がせそうも無い。
「くっそッ!!閉じるね!!」
ドクター マオは閉じかけた状態の隔壁を思いっきり何度も蹴り始めた。

ガンッ!!ガンッ!!ガンッ!!

ドクター マオの隔壁を蹴る音が空気を吸い込む音に混じって周囲に響いた。
「もういいわ。ドクター マオ。あなたも早く逃げて……」
奈々は必死で隔壁を蹴るマオの姿を横目に見ながら言いかけた。
「まだあきらめるのは早いね!少しずつだけど閉じ始めているよ!」
ドクター マオの言うとおり少しずつ隔壁は閉じていき吸い込む勢いは緩やかになり始めていた。

ガンッ!ゴゴンッ!

20回は蹴っただろうか。
隔壁は遂に閉じきり、空気の流出は止まった。
「よいしょっと 」
マオは奈々の体を抱えると、自分の体にロープで括り付けた。
「ドクター マオ 」
奈々がひび割れたバイザー越しに声をかけた。
マオは奈々の顔を見た。
「ありがとう 」
額から血を流しながら、奈々はうっすらとほほえんだ。
「まだ、安心は出来ないね!みんな早くここから逃げないと!」
マオはそう言うと引っ張るように加々見たちに合図をした。
船体が激しく揺れる中、加々見たちは全力でロープを手繰り寄せ二人を引き寄せた。
「みんなありがとう 」
奈々は何とか腕を持ち上げ皆の手を握ろうとしながら全員に礼を言った。目に涙が浮かんでいた。
「ほかにクルーは?」
加々見は奈々の手を握りながら奈々に聞いた。
「前部船体は私が最後のはずです 」
奈々はマオに抱えられたまま答えた。
「急ぎましょう!全乗員へのコア・ブロックへの退避命令が今、出ました 」
吉田がそう言いながら、後ろにある気密隔壁を開けた。
奈々たちが退避し、気密隔壁を閉じてから3分ほど経っただろうか、側面から大きな火柱が上がった。
爆発によって生じたその大きな穴から、ありとあらゆるものが吸い出されていった。


「前部船体クルーの収容、全員終了しました!」
加奈の声がブリッジに響いた。
「船長!!」
返答が無いので、美果は大声を上げながら振り返った。
「だっ、大丈夫だ!それよりも後部船体の退避と主船体の切り離し準備を急げ!」
ハミルトン船長はコンソールで体を支えるようにしながら答えた。
「船長!船医としてこれ以上指揮を執ることは認められません!」
爆発の衝撃で、叩きつけられた腕を押さえながら、華岡はハミルトン船長に言い放った。
「その意見は受け入れられん!私には全員を無事地球まで連れ帰る責務がある 」
ハミルトン船長は、華岡に目を向けながら、決然と言った。
「それに負傷者が相当数出ているはずだ。華岡君、医務室で負傷者の治療を急ぎたまえ。なぁに、帰りつくまで私は死ねんよ 」
ハミルトン船長は穏やかに言うと華岡とクリスにうなずいてみせた。
「…分かりました。後でまた窺わせてもらいます。」
ハミルトン船長の穏やかな口調だが、その強い意志の宿った目を前に華岡はそれ以上言えなかった。
クリスを引きつれ、華岡はすでに多くの負傷者が待っているであろう医務室に戻った。
華岡たちが出て行き、ブリッジのドアが閉まったことを確認すると、ハミルトン船長は周りを見渡した。
主船体構造が防護壁の役割を果たしてくれるおかげで、コア・ブロックの中は気密を保っている。
おかげでまだ息苦しい気密服のバイザーを下げずに済んでいるわけだが、クルーたちの様子も光の反射も無くはっきりと見て取れる。
非常灯が付いたブリッジでクルー達は懸命に自分の責務を果たそうとしている。
その様子をハミルトン船長は目に焼き付けようとするかのようにじっくりと見回した。
「美果副長 」
美果はハミルトン船長がこの状況下で落ち着いた様子で次にいったい何を言い出すのかと固唾を呑んだ。
「万が一、あくまでも万が一だが、私がいなくなったときは以後の指揮を頼んでおく 」
‘やっぱり華岡船医の言うとおりなんだ。’
美果は内心思った。
「ご冗談はおやめください。死ぬようなことを言うにはまだ早すぎます!」
美果のその一言にハミルトン船長は「フッ」と軽く笑うと気を取り直して、
「そうだな。まだまだやらねばならんことはたくさんある。まだ死ぬわけにいかん!」
と、自分に言い聞かせるように言った。


「直美航法士長!ワームホールの位置は見失っていないか?」
ハミルトン船長の問いかけに直美はすぐに答えようとした。
目の前にあるコンソールのモニターの表示がゆがんで見えてよく読み取れない。
「お待ちください 」
直美はそう言いながら何度も瞬きをした。
「現時点での…座標位置は…確定しています!」
直美はゆがんだ視界を何とか読めるように保ちながら答えた。
「直美さん。あとは離脱するだけでしょう。私がやりますから 」
ライが心配して声をかけてきた。
「大丈夫よ、ライ。私はまだやれる…… 」
言いかけた途中でこみ上げてきたものを吐き出してしまった。
口の中いっぱいにすっぱい味が広がる。
胃液だけしか出てこなかった。
吐出物はしばらく漂っていたが、まだ生きている換気装置の換気口に吸い込まれていった。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ…… 」
直美は荒く息をしていた。
吐いたおかげか少しだけ楽になったような気がした。
「直美さん!」
ライが思わず声をかける。
「大丈夫よ、ライ。心配しなくても今ので幾分楽になったから 」
まだ心配するライに直美は落ち着いた声で安心するように言った。
「ハミルトン船長!ワームホールは依然不安定なままです!このまま突入するのは…… 」
直美が言いかけたところをハミルトン船長は遮った。
「分っている。だが、ほかに手段は無かろう 」
眉間にしわを寄せ、ハミルトン船長は直美に言った。


「コア・ブロックの電源独立!」
スピーカー越しに百瀬機関長の声がブリッジに響いた。
コア・ブロックにある3つの非常用燃料電池が稼動を初め、補機群がうねりを上げる。
「空間座標系補正終了!いつでもいけます!」

「後部船体の退避状況報告!」
直美の報告を聞くや美果が指示を出した。
「主動力区画と後部格納庫エリアの通信回線が途絶しているため状況は不明です!他のエリアは退避確認しました 」
奈津美は壊れかけたヘッドホンを耳に押し当てたまま、状況を報告した。


「『ポジトロンカートリッジ』強制射出できません!」
コンソールのスイッチを何度も試した後、その機関部員は佐藤主動力炉主任に報告した。
「チッ!」
佐藤は思わず舌打ちをした。
すでに主動力炉は停止し、復旧の見込みは無い。
『ポジトロンカートリッジ』のポジトロンの遮蔽がいつまで維持できるかは判らない。
だがいずれにせよそう長くは無いだろう。
退避命令が出てはいるがこのまま『ポジトロンカートリッジ』を射出できなければ、遮蔽を維持できなくなったカートリッジが大爆発を引き起こす可能性がある。
そうなれば脱出も糞も無い。
決断を迫られていた。
「吉川!ブリッジとの連絡はまだ取れないか?」
佐藤は、通信回線の修復をしていた機関部員に聞いた。
「まだです!おそらく復旧はもう無理だと思われます!」
すでに何回線も試してみたがまるで繋がる見込みは無いことをその機関部員は報告した。
このまま『ポジトロンカートリッジ』の射出を諦め、コア・ブロックへ退避すべきか…。
「戸田達はもう退避はしたのか?」
佐藤は先ほどまで通信回線を試していた機関部員、吉川に訊ねた。
「はい!後、主任を含めて3名だけです!」
吉川は答えた。
「全員、コア・ブロックへ退避を急げ!私はもう一度だけ射出を試みてみる!」
「主任?」
「もう一度だけ試した後、自分も速やかにコア・ブロックに向かう!」
佐藤は機関部員たちにそう言うと『ポジトロンカートリッジ』の射出制御ユニットの手動操作を試みるため、『ポジトロンカートリッジ』の格納シリンダー部に有
るコントロールセンターユニットへ向かった。

「糞ッ!」
佐藤は思わず口走った。
そこには『ポジトロンカートリッジ』の格納容器の間に挟まる形でコントローラーがあるはずだった。
格納容器はまだ形を留めている。だが、その間にあるのは破壊され原型を留めない残骸だけだった。
残骸の向こうには漆黒の闇が広がっている。
これでは射出が出来るはずが無い。
佐藤はすぐに引き返すことにした。
急いでコア・ブロックに自分も退避しなければならない。
『ポジトロンカートリッジ』の遮蔽が維持出来なくなる前にコア・ブロックを主船体から切り離せなければ全員助からない。
そのためにもいつまでも自分を待たせるようなことになってならない。
佐藤は急いでいた。
気密隔壁を抜け、与圧があることを確認すると少しだけ気が楽になった。
次の瞬間、激しい衝撃と音が佐藤を包み込んだ。

ズズーンッ!!

爆風に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
のどに何かが詰まったので咳き込むと口から激しく吐血し、バイザーが血に染まった。
ミサイルがすぐ近くに直撃したらしい。右のわき腹に熱さを感じた。
わき腹に目をやると異質なものがそこには存在した。
金属片だった。
爆発によって引きちぎれた破片が体を貫通したらしい。吹き出る血が玉になって宙を漂う。
血を吐いたということは恐らく肋骨が折れ、肺に刺さったということだ。
「くっ!!」
佐藤は苦痛に思わず声が出た。
残された時間はそう長くは無いだろうということは医療の素人でも明らかだった。

……一呼吸置くと覚悟を決めた。


「後部船体避難ほぼ終了しました!あとは佐藤主動力炉主任がいまだ消息不明なままです!」
加奈の声がブリッジに響いた。
「奈津美曹長!連絡は無いままか?」
ハミルトン船長は身を乗り出すようにしながら聞いた。
「まだ連絡はありません!あっ?ちょっと待ってください!」
奈津美の持つヘッドホンから雑音交じりの音が聞こえてきた。
爆発の音に混じって、声が聞こえてくる。
佐藤主動力炉主任だった。
「……今、主船体の接合ボルトの所にいます。コア・ブロックのハッチを今すぐ閉めてください 」
奈津美は言っていることの意味がつかめなかった。
「何を言っているんですか。早くコア・ブロックに…… 」
奈津美が言いかけたところで佐藤は制した。
「わき腹に大穴が開いてしまっている。自分はどの道そんなに持たない。それに…… 」
声が途絶えた。
「佐藤主動力炉主任!!」
奈津美が叫んだ。
「…爆破シリンダーの作動電源のハーネスが切れている…。これを繋ぎ直さないと主船体が正常に分離できない…… 」
佐藤は、モニターを確認しながら震える手で線を結びなおしていた。
「これで終わりだ…… 」
佐藤がそう言って結びなおすと、モニター上の異常表示が消えた。
気密服のバイザーには外部気圧と内部気密のアラート表示が赤く点滅していた。
「…これでいいはずだ。早く脱出を… 」
「高エネルギー反応確認!!『ヴォート』の第二撃、来ます!! 」
松田はコンソールの表示を見ながら叫んだ。
ノイズだらけのメインモニターに『ヴォート』の姿が映っていた。
プラズマレールキャノンの砲身に強い光が満ちていく。
「…もっと…もっといろんなところに行ってみたかったなぁ…… 」
「佐藤主任!攻撃が来ます!!早くコア・ブロックへ!!」
奈津美の叫びはすでに佐藤の耳には届いていなかった。
佐藤の手がハーネスから離れた。
宙に浮いた体が爆発によって飛ばされ、壁に叩きつけられると、開いた穴から吸い出されていった。
ブリッジには重苦しい空気が立ち込めていた。
「大御堂君、ハッチは閉まっているか?」
「はっ!はい!」
ハミルトン船長の質問に加奈は慌てて確認し、答えた。
「全員、バイザーを下ろせ 」
ハミルトン船長は指示した。
「主船体分離!佐藤の死を無駄にするな!」
まだ、佐藤の死の余韻から抜け切れていないクルーを叱り飛ばすかのようにハミルトン船長の激が飛んだ。
次の瞬間、船体中央で爆発が起こった。

ドドドドドドッ!!

主船体の接合部に覆いかぶさるかのように設置されているMHDドライブのメインコイルが接合部で切り離され、船体から離れていった。
メインコイルが無くなった『スサノウ』の主船体は接合部が露になり、メインコイルが切り離されたことにより、軌道が変化し始めた。

少し間を置いて、『ヴォート』のプラズマレールキャノンからプラズマの弾体が一斉に放たれた。
『ヴォート』の攻撃は軌道がずれ始めた『スサノウ』をかすめ、放たれた光の帯は虚空を突き抜けていった。

ドドーンッ!!

メインコイルが無くなった『スサノウ』の主船体の接合部から再び爆発が起こった。
主船体が前後に離れていく中、接合部から球体が姿を現した。
コア・ブロックだ。
主船体が十分に離れることを待たず、コア・ブロックのキセノンスラスターが2・3回輝きを見せた。
同時にコア・ブロックのメインハッチ側に取り付けられた固体ロケットブースターのカバーが外れ、キセノンスラスターの光を受けキラキラ輝いた。
「座標設定確認!いけます!! 」
栗田がハミルトン船長に報告した。
「メインスラスター点火!ワームホール開口点へ発進!! 」
ハミルトン船長の号令の下、3基の固体ロケットブースターが火を噴いた。
ブースターが火を噴くと共にすさまじいGがかかり、クルー達は体を押さえつけられた。
事態に気が付いた『オービタルフライヤー』が3機、直ちに追撃を始めた。
後を追うように他の機体も追撃に加わり、『スサノウ』のコア・ブロックを追いかけ始めた。

ズズーンッ!! バリバリバリッ!!

『オービタルフライヤー』から放たれたミサイルは容赦なくコア・ブロックに突き刺さっていく。
「ううっ、みんなここで死ぬのよ!」
医務室で看護の手伝いをしていたテレジアはすさまじい加速と爆発の中、弱音を吐いた。
「グダグダ弱音吐いてんじゃねぇ!しゃべっとると舌を噛むぞ!!皆で生き残るんッ!!いてぇ! 」
同じく手伝いをしていたブライアン博士が怒鳴るように励ましていた。が、途中で自身が舌を噛んでしまい思わず涙目になった。
コア・ブロックが向かう先に漆黒の闇を抱いた穴が控えていた。
ワームホールの開口点だ。
『スサノウ』のコア・ブロックは破片を撒き散らしながら吸い込まれるように開口点へ突入した。

コア・ブロックを追撃していた『オービタルフライヤー』は開口点を前に追撃を中止し、一斉に急停止した。
不安定なワームホールに入り込めば、無事ですむ保障は無い。
無事にワームホールを抜けたとしても母艦である『ヴォート』から大きく引き離されることになる。
そうなれば、補給が絶たれ宇宙を彷徨いながら死を待つのみになる可能性がある。
切り離された『スサノウ』の主船体と残骸が漂う中、『オービタルフライヤー』は『ヴォート』への帰還の途に着いた。
次の瞬間、大爆発が周囲を包み込んだ。
『スサノウ』の対消滅炉の『ポジトロンカートリッジ』の遮蔽が限界に達し、遂にポジトロンがカートリッジ内壁と接触したためだった。
爆発によって生じた光が辺りを包み込んでいく。
『ヴォート』への帰還の途についていた『オービタルフライヤー』も逃れる間も無く光の中に包み込まれていった。

やがて光は小さくなっていき、宇宙の闇が戻ってきた。
そこには、無数のデブリと、破片がいくつも衝突し傷だらけになった『ヴォート』の姿があるのみだった。


太陽ははるかに遠く、その弱々しい光はいびつに歪んだ金属製の球体を照らし出していた。
『スサノウ』のコア・ブロックだ。
その外見からはもはやただの鉄屑の様にしか見受けられない。
だが、まだ生きていた。
ゆっくりと回転しながらコア・ブロックはある場所を目指していた。


少し時間を遡らなければならない。

「船長!ワームホールを抜けました!太陽系です!! 」
直美はコンソールのモニター上に表示されたデータを確認すると、すぐさま報告した。
モニターにはほかに船内状況のデータが表示されているがいくつかの区画に気密異常が見られる。
ブリッジを含む生活区画の多くは気密が保たれているようだ。
「船長?」
美果は返答が無いことを不審に思い後ろを向いた。
そこには船長の威厳を保ったまま、座り続けるハミルトン船長の姿があった。
バイザーに幾つもの血痕が付いている。
「ハミルトン船長!! 」
美果はシートベルトを外すと、重力が無いことを忘れハミルトン船長の下へ駆け寄ろうとした。
椅子から立ち上がると美果の体は立ち上がった勢いのまま宙に浮かび上がってしまった。
気ばかりが焦るが重力が無い中、思う様に前に進めない。
何とか船長席にたどり着くと、シートベルトを外しハミルトン船長に呼びかけながら体を揺すった。
揺するたびに体から血が飛び散り、球となって宙に舞った。
返事は無かった。

奈津美から連絡を受けた華岡が急いで駆けつける。
気密服の手袋を急いで外し、手を触れるとすぐさま首を横に振った。
「そんな……。船長……!」
奈津美は思わず両手を口に当て、口ごもった。


「各ブロックは至急被害報告!! 」
美果は努めて平静を保とうとしていた。
「3区画に渡って隔壁損傷、内部気密は完全に失われています。2区画4部屋に微少リークが発生。リークが発生した区画は現在応急処置中です。」
「死傷者累計、死者2名、重傷者12名、軽症34名です。」
加奈は各ブロックから集まってきた報告をまとめて美果副長に淡々と伝えながら、心の中では不安がいっぱいだった。
これから私たちはどうなるんだろう?
太陽系にたどり着いたといっても地球ははるか彼方でまるで見えはしない。
コア・ブロックの損傷の程度や死傷者の数を考えるとこの先に何が待っているかがあまりにも明らかだった。
「3つある燃料電池のうち、2つが機能停止しています。復旧を試みていますが可能性は…余りありません。…現状での…… 」
加奈は言葉が詰まってしまった。
「現状での?」
美果は加奈に報告を催促した。
「現状のまま、電力を消費した場合15日程度で電力が尽きてしまいます。…地球までは到底持ちません 」
このまま私たちはこの船を棺おけにして孤独に‘死’を迎えなければならないのか?
絶望と不安から加奈の目には涙が浮かんでいた。

「一ヶ月電力を持たせませんか?」
加奈のコンソールから声がした。
ライだ。
ライは二人の会話をじっと聞いていたらしい。
「なぜ一ヶ月なの?」
美果は思わず訊いた。
メインモニターに太陽系の惑星軌道図が映し出された。
小惑星帯に光る点が映し出されている。
「船の信号を受信しました。軌道修正が必要ですが現状の加速度を維持できれば一ヶ月程度で到達できる距離です 」
ライは説明を続けた。
「姿勢制御スラスターの内、稼動できるものは2つのみですので軌道修正は困難が予測されますが、不可能な話ではありません 」
メインモニターに別の画面が表示され、スラスターの噴射手順などが表示された。
「何も信号は検出されていませんが?」
松田はコンソールのモニターの表示を再度確認した上で、美果に報告した。
「表示はされないはずです。私自身が受信した‘古代船’の信号ですから。通信プロトコルは今の船のそれとは違います 」
ライはそれがまるで当然であるように話した。
「その信号に従って行って必ず助かるって言えるの!? 」
半泣きのまま加奈が叫ぶように言った。
「こちらの状況は送信してあります。無事にたどり着けたなら向こうの船内に居住環境が整えられている可能性があります。いずれにせよ、ここから地球までは4年
はかかります。到達前に確実に電力は切れます。進路を変更したほうが現実的と思いますが?」
ライは努めて冷静な話し方をした。
「美果副長、ライの意見に従いましょう。今の私たちには他に良い方法があるとは思えません 」
直美はライが指示した軌道データを確認しながら美果に進言した。
心なしか息が荒くなり始めていた。
「なぜ航法士長は信じれるんですか? 」
‘ライがこの船に存在しなければそもそも今の事態に陥ることも無かったのに!’
加奈は今の自分たちの置かれた境遇を思うと直美がライを信じられる事が理解できなかった。
「一度、この船はライに助けられている、それはあなたも知っているでしょ?…それに私自身も…ライに助けられているから…… 」
直美はそれだけ言うと気を失って力なく宙に浮いた。


メインハッチを前にして2つの有り合わせの物で作り上げた棺が横たわっていた。
しかし、実際に遺体が収められているのは1つのみだ。
メインハッチを前にした気密区画で船外作業服を着た四人が葬儀を執り行っていた。
美果副長改め、美果船長代理,百瀬機関長,時津情報分析員,それと科学者グループを代表してブライアン博士の四人だった。
厳粛な雰囲気の中で、佐藤主動力炉主任とハミルトン船長の宇宙葬が行われた。
やがて葬儀が終わると四人はゆっくり棺を持ち上げ、メインハッチを手動で開くと虚空に向かって押し出した。
コア・ブロックに用意されている船外作業服は始めから四着しかなかった。
葬儀に立ち会えない他のクルーたちは生命維持装置が最低限の出力で作動している船内で厚着をして身を寄せ合いながら、モニターで様子を見ている。
百瀬の努力にもかかわらず、機能停止した2つの燃料電池を復旧させることは結局出来なかった。
真っ暗な室内に葬儀の様子を映すモニターの明かりだけが色彩を放っている。
闇の中、モニターの明かりに照らされ白い息が煌めいていた。
モニターにはメインハッチを前にした四人が敬礼をしている様子が映し出されている。
敬礼しているその先にはまだ、小さく2つの棺が映し出されていた。

「これで少しは加速の足しになればいいんだが 」
百瀬は船外作業服を脱ぎながら誰ともなく呟いた。
棺を放ったことによる反動で少しは気休めになるかもしれない。そう自分に言い聞かせていた。
「もうこれ以上無駄にエネルギーを使えませんからね 」
呟きを聞いていた時津が相槌を打った。
最低限の電力しか使えない状況では余計なところにエネルギーは廻せない。
使用する電力を必要最低限とすることで何とか32日分の生命維持のあては出来た。
だが、船内はとにかく暗くて寒い。
「だが、このまま無事に済むはずはねぇだろ。地獄の渡し守に魅入られたと思っとるような連中がいるしな 」
ブライアン博士のその一言は船内の状況を端的に言い表していた。
コア・ブロックは美果の最終判断でライが指定した座標に向かっていた。
今回の基地からの脱出の一件で『ライ』の存在は全てのクルーに知れ渡っていた。
今までのトラブルの多くは『ライ』が存在する事によって起こったという事実を前に不信感を抱くものも少なくはない。
ライが言った、‘向こうの船’の話が本当だとして、たどり着くまでの間、永遠とも思えるような長い時間を暗くて寒い中、耐え切れる人間が果たしてどれだけいるか?
それにもし、ライの話が違ったとしたら?
疑りだしたらキリが無かった。
「3人ともいいかしら? 」
美果が3人を見渡しながら言った。
「今後について、検討会議を行います。ブライアン博士の言った通りこの先無事に乗り越えるために対策を考えないと。1時間後にブリッジで行うから遅れないようにして 」
「俺もか?」
一応民間人である自分も含むことにブライアン博士は少し戸惑いを見せた。
「今の状況をよく判っているでしょ?民間人クルーの代表として出てほしいの 」
美果はまっすぐブライアン博士の目を見つめながら答えた。

ブリッジには美果に呼ばれたクルー達が集まっていた。
コア・ブロックは一路、自動航行でライが指定した座標へ向かっている。
美果は、事実上監視だけが役目となっていたブリッジのクルーたちに一時的にブリッジから人払いをしてもらっていた。
「集まってもらった理由はもうわかっていると思うけど、一応説明するわね 」
美果はそう切り出した。
「ライ、聞いてる?」
ライが答えると、美果は話し始めた。
「今、この船はライが指定した座標に向かって航行を続けています。そのことは皆承知してるわね?到着するまで一ヶ月あるけど、その間に不測の事態が発生することが
懸念されるから予め対策を考えなくてはいけません。ですからここは階級やそういったものは抜きにして意見を聞きたいんだけど?」
そう言うと美果は集まったクルーを見廻した。
ブリッジの中も他の区画同様、暗くそして非常に寒い。
赤い非常灯に照らされたクルーたちの厚着した姿がシルエットのように浮かび上がっていた。
「このままの状態が続けばクルーたちのストレスがたまる一方です。何か発散させる手段を講じなければ…… 」
時津が切り出したのを、百瀬が遮った。
「今の電力状況では無理な注文だ。それに船内のどこにそれをするスペースがある?」
損傷した気密区画から退避したクルー達はそれ以外の区画に退避していた。どの部屋も厚着したクルーが寒さに震えている。
出航時に持ち込まれた各種娯楽設備も損傷するか、無事であっても電力状況がそれを許さない。
「まったく方法がないわけでもない 」
華岡が少し躊躇いがちに言った。
「どんな方法?」
美果は普段自信がありそうな華岡が躊躇することが気に掛かった。
「医務室に付随して人工冬眠設備がある事は知っていますね? 」
そのことなら、乗船する前から皆知っている。
長期航行する船ならたいてい装備されたありふれた設備だ。
冬眠することで人体の代謝を抑え、人間活動による余分なエネルギー消費を抑えることが出来る。
だが、それならアメリカ兵たちが乗り込んできた際にメインの監視システムが破壊されたはずだ。
それにシステムを使用するのに十分な電力があるかも疑わしい。
「熊とかの動物たちが冬眠する際に、別に冬眠装置に入るわけじゃない。人工冬眠といってもシステムは状況を監視しているだけだ。だから誰か他の人間が監視していた
としても状況は同じだ。一応はな 」
確かにそれはそうだろう。だが機械並みに細かい状況管理が出来る人間がいるか…?
それにほかのクルーたちが冬眠している間、孤独に耐えるとなるとよほど強い意志の持ち主でなければ勤まりはしないだろう。
「私が居る事を忘れていませんか? 」
コンソールから声がした。
ライだ。
「私ならモニターすることが出来るはずです。実際に緊急時に措置を取ることは今の自分にはかないませんが…… 」
確かにライなら監視することには適任かもしれない。もともと古代船のコンピューターシステムのインターフェイスなら正確な監視処理を行うことができるだろう。
が、ライに不信感を持つクルーは船内には複数いる。
うまく折り合いを付けることははたして出来るのか?
少しの間、沈黙が訪れた。
「華岡、冬眠誘発ホルモンの在庫はあるんか?」
「数そのものは出航時に必要数取り揃えられているから問題はない。一回の投与で25日は冬眠状態になるはずだが 」
ブライアン博士の質問に華岡は速やかに答えた。
「華岡船医の意見を採用したほうが良いと? 」
百瀬はブライアン博士に聞いた。
「糞コンピューターの厄介になるのは癪だがほかにいい手はねぇだろ? 」
ブライアン博士はそう言うと美果に同意を求めた。
「人工冬眠をしている間の冬眠しているクルーの生命活動の監視はライに一任します。実際に緊急に必要な措置を講じるために3人は冬眠せずに待機するということで
いいわね?一人は私、もう一人は華岡さんにお願いします。もう一人誰がいいと思います?」
きちんと人工冬眠装置に管理された状況ではなく、まだ良く正体が知れないライに自分たちの命を預けなければならないことに不安や反発を抱くクルーが出てくる事は
当然予想される。その中で出来るだけ中立の人物を立てなければならないと考えると単純には行かない話しだ。
「自分としては、直美航法士長には起きていてもらったほうが体内の毒素をより迅速に体外に排出出来るから良いんだけどな 」
華岡が何気ないように言った。

ビーッ!!ビーッ!!ビーッ!!

突然警報がブリッジに鳴り響いた。
「何事だ!! 」
百瀬はそう言うとコンソールに駆け寄ってシステムの状況を確認しようとした。
「私のところに急に人が!怪我人が出ています!! 」
ライの声が叫ぶように聞こえた。
「華岡さんは冬眠誘発ホルモンの用意を進めてください!研究室だわ!!ブライアン博士!私と一緒に!! 」
美果はそう言うと研究室に急いだ。
居住エリアは騒然としていた。
そうでなくても暗いというのに警報で飛び出してきたクルーが通路に何事かと出てきて研究室まで行くのに邪魔になる。
「急いでそこをどいて!! 」
美果とブライアン博士は人の波を掻き分けて研究室に急いだ。
研究室に入るとそこには2人が傷口を押えて痛みをこらえていた。
ボビーと幸子だ。
先に駆けつけたクリス看護師が傷の治療にあたっていた。
「何があったの? 」
美果は、ボビーに聞いた。
「こんな事になったのはみんな『ライ』のせいだといきり立った連中が……必死で止めたんだが…『ライ』を放り出すと言って、……まだ部屋に居る 」
頭に包帯をクリスに巻いてもらいながらボビーは答えた。
「私が話します 」
美果はそう言うとライの収められている『ダニエル』と『デビット』の部屋、『航法ステム実証室』前に向かった。
「私は美果船長代理です。船長代理として命じます。今すぐここを開けなさい!! 」
「『ライ』を投棄するといわない限り開けません!! 」
立てこもったクルーは答えた。
「開けなければ強硬手段を講じることもあります!! 」
美果の説得する声を後ろに聞きながら、治療を済ませたクリスに対してブライアン博士はなにやら言伝をした。
研究室に沈黙が訪れた。

ガコンッ!

『航法システム実証室』の扉が開いた。
そこにいたのは6人のクルーだった。
『航法コンピューターの試作品』を解体途中だった手を止めたのだろう。
周りにパネルやハーネスが散らばっていた。
内部に組み込まれていた三本のスリットが刻まれた黒い円柱がむき出しになっていた。
「あなたたち何をしているの!? 」
美果は思わず声を上げた。
「みすみす妙な機械のせいで死ぬのはごめんです!殺される前に私たちがやらなければ。副長!判らないんですか!? 」
6人の中の一人、加奈が進み出ると涙目で美果に訴えた。
「全員死ぬと誰が決めたと言うの?」
美果は落ち着いた声で問いかけた。
「加奈、ライが1ヶ月でライの呼びかけに応じた船にたどり着くと言った事は覚えているわね?私に一ヶ月預けてくれない?それで駄目というならあなたたちの好きに
すればいいわ 」
半ば冷静さを失ってしまっているのだろう。
美果の言葉は心に届いていない様子だった。
「副長!こんなのが載っていたから今のようになってしまったんじゃないですか!載っていなければハミルトン船長も佐藤主任も死なずに済んだ!そして、今自分達
自身が、明日の命も疑わしい状況におかれてしまっている。だったら今すぐこんなものは捨ててしまったほうが良いに決まっているじゃないですか!! 」
別の男が進み出て美果に訴えた。
‘船長代理として冷静に対処しなければならない。’
美果は自分に言い聞かせながら説得を続けた。
「あなたの名前は?」
「吉川です 」
美果の落ち着いた声での問いにその男は答えた。
「吉川、ライは大事なクルーの一員よ。これ以上クルーを失いたくはないの。そもそも実際問題として、ライの言うとおりに行き着いた先に船がいたとしましょう。
ライ以外に向こうの船にアクセスできる者はいないわ。ここでライをこの船から追い出したとして、向こうの船に行き着いたとき誰がアクセスすると言うの?」
美果の言うことは至極当然の話だ。
仮にライの言う向こうの船に行き着けたとしても自分たちにはアクセスする方法はもちろんシステム自体を満足には理解できない
可能性は極めて高い。その時、肝心のライがいなかったら…?
「直美航法士長も言っていたけど、この船は実際にライに助けられていることはあなたたちだって十分にわかっているはずよね?この船を危機に陥らせた本当の主犯
が誰かはあなたたちにだって判っているはずよ 」
美果の落ち着いた声は、いきり立っていたクルーの心を幾分か落ち着かせることが出来た。

反論することが出来ず、立てこもったクルーたちはしばし沈黙した。
「……ですが、船長代理。」
立てこもっていたクルーの中から声が上がった。
「話が本当だったとして、一ヶ月もの間耐えろと…?」
「先ほどの会議でそれに関しては対策案をすでに出してあるわ。必要な人員以外は人工冬眠で到着するまで眠ってもらいます。うまくいけば起きた時には暖かい世界
が待っているわよ 」
美果は明るい口調で言うと、後ろを向いてブライアン博士に同意を求めた。
ブライアン博士がうなずく。
「私たちを馬鹿にするつもりじゃないんですか?人工冬眠装置が壊れていることなんて誰もが知っていることじゃないですか!」
「それなら心配いらん!起きているクルーがきちんとケアする算段になっている 」
研究室に入ってきた華岡が会話に割り込んでいた。
後ろにブライアン博士の言伝で用意してきた注射道具一式を手にしたクリスが連れ添っていた。
「どのみち航行と冬眠中のクルーのケアに必要な人数以外はみんな眠ってもらうしかない。エネルギーの無駄使いをする余裕はないからな 」
華岡はそう言うと持ってきたアンプルと注射器の用意を始めた。
「それに起きているクルーのほうが何倍もしんどいぞ。寝てるのと違ってずっと寒さと暗さに耐えなきゃいかんからな 」
注射器を片手に華岡は見廻した。立てこもっていたクルーの中にまだ不振そうな表情のクルーが幾人かいる。
華岡は一息入れると問い質した。
「さて、誰から眠りたい?」
「そんなのに騙される様な俺たちじゃない!!そう言って殺して行って自分たちだけ助かろうって言うんだろう!! 」
立てこもっていたクルーの中から、反発の声が上がった。その中から2人が飛び出し華岡の持っている注射器を奪おうと迫った。
「何しているの!!馬鹿なことはやめなさい!! 」
幸子が思わず叫んだ。ブライアン博士とボビーは他のクルーと共に二人を止めに入った。
「ぐだぐだ騒いてんじゃねぇ!貴様ら!!手前らはそんなに華岡のやろうが信用できねぇのか!! 」
ブライアン博士は一喝した。
「そんなに信用できねぇってんだら俺が先に注射を打ってやる!!華岡それでいいか? 」
ブライアン博士は2人を抑えながら華岡に聞いた。
「私はかまわないが?そこの二人、不安なのはみな同じだ。少しは頭を冷やして考えたらどうだ? 」
二人は周りを見渡した。騒ぎを聞きつけたクルーがどんどん集まってきている。
仮にここで抵抗を示そうにも押さえつけられるのがオチだ。
「俺が死ななかったらてめぇらも納得しろ!いいな!! 」
ブライアン博士はそう言うと自分の腕を華岡の前に差し出した。
「これで死ななければ、あなたたちも納得してくださいよ。全員が生き残らなければ意味がないですから 」
華岡は注射をする前に消毒をクリスにさせると針を刺した。
「20分ぐらいで効果が出てくるはずです。今のうちに船外作業用のオムツと出来るだけの厚着をしてください 」
ブライアン博士は、指示に従いすぐさま着替えをするために自室に入った。
冬眠中は代謝が落ちるとはいえ尿が出なくなるなどという訳ではない。
‘オムツはぶかぶかして気持ち悪いのはいつまでたっても慣れない’内心思った。
‘だが、冬眠している間にお漏らしをしたなどと言ったらみっともない’そう思い直すと凍える寒さの中、着替えを済ませた。
「これで納得するか? 」
冬眠誘発ホルモンの効果で早くも眠くなり始めていた。
ぶかぶかに厚着をしたライアン博士は少しよろめきながら、立てこもっていたクルーに言った。
「俺はもう寝るからな!お前らもさっさと注射を打ってもらえ。おい!糞コンピューター!ちゃんと見とれよ! 」
ブライアン博士はそう言うと自室に戻ろうとした。
「大丈夫です、ブライアン博士。それとちゃんと名前で呼んでください。私は『ライ』です 」
『航法コンピューターの試作品』の中にある黒い円柱の3本のスリットが赤く輝くと同時にスピーカー越しにライが答えた。
とにかく眠い。ブライアン博士はぐらっとよろめいた。
「おおっと! 」
華岡が思わず支え、ボビーと一緒に部屋へ連れ込んだ。
「ったく。糞コンピューターがうるせい… 」
ブライアン博士はそこまで言いかけたところで意識を失った。


コンッ……

軽い振動がブライアン博士の体を揺さぶった気がした。
‘俺は今何してんだ……?’
今ひとつはっきりしない意識の中で軋む様な音が聞こえていた。

ゴゴーーン!

今度ははっきりと音が聞こえた。
振動がはっきりと判る。
ブライアン博士は尿意を覚えた。
あまりにも長く寝ていたせいか体の節々が痛い。
「クソッ!」
痛くてたまらないがこのままでは埒が明かない。
やっとのことで起き上がると、オムツをしているので最悪漏らしてもかまわないんだと気が付いた。
だが、いい大人がお漏らしなどとはみっともない。
何とかベットの固定ベルトを外すと無重力の船内をトイレに向かった。

「糞ッ!!」
冷静に考えれば分かりそうな話だった。
電源供給がおぼつかない状況でトイレに廻す電力などあるはずがない。
ブライアン博士は諦めて、オムツの中に用を足した。
「それにしても…… 」
通路には人の気配はまったく感じられない。
暗い通路の中に静寂が満ちていた。
何人かは起きたまま冬眠中のクルーのケアをしているはずだ。
居るとすればブリッジか医務室しかない。
音と振動の原因も気になる。
ブライアン博士はブリッジに向かった。

ガコンッ!

ブリッジの扉を手動で開くとそこには一つだけ作動しているモニターの薄明かりの中、四人のシルエットが浮かんでいた。
「あぁ、ブライアン博士。起きたのですね。と言うことは他のクルーももうすぐですね 」
華岡がブライアン博士の姿を見たとたん安堵したように言った。
「ほかの連中は? 」
ブライアン博士は周囲を見渡しながら訊ねた。
「私たち以外はすべて人工冬眠中です。結局、立て篭もったうちの三人が最後まで抵抗したので加々見さんや他のクルーに抑えて付けてもらって無理やり眠らせる
羽目になりましたが 」
華岡が答えた。
「あの六人にはしばらく謹慎してもらうつもりです。実際に怪我人を出したりした以上、任務から外れてもらうしかありませんから 」
美果船長代理の声が聞こえた。
「結局四人起きてたのか? 」
他に居ないことを確認したブライアン博士は言った。
「直美航法士長には起きていて毒素を出し切ってもらわなければならないし、かといって病人に冬眠中のケアをさせるわけにはいかないですから 」
華岡が答えた。
「おかげで、今はずっとお風呂に入れないことを除けば体調も良くなったわ 」
直美はそう言うと‘ふんっ!’とガッツポーズをして見せた。
少し髪が伸びて来たのがシルエットから分かった。
「髪、また生えてきたな 」
「生えてこないと困ります。それにこんなボーイッシュなヘアスタイルは好みじゃありません! 」
ブライアン博士に直美はおどけるように答えた。
‘芯の強い女だ’
ブライアン博士は内心感心した。
それにしても……
「それはそうとさっきの音は何だ? 」
「今、最終の減速をするために固体ブースターを切り離したところです 」
ブライアン博士の問いかけに美果が答えた。
「減速したということは…? 」
「えぇ、ライが指定した座標にもうすぐ到達します。見てみます? 」
美果はそう言うとブライアン博士をモニターの所に連れて行った。
ノイズだらけの画面にいびつな小惑星が映し出されている。
「おいっ!これが船だとでも言うんじゃないんだろうな! 」
思わずブライアン博士は言った。
「いいえ、これは船です。この中から信号は発せられています。『第24自立移動型ドック』。航行はもはや出来ませんが内部システムは健在です 」
コンソールからライが答えた。
「糞コンピューター!馬鹿言ってんじゃねぇ!動かんものに乗り込んでどうするってんだ! 」
「ちょっと待って、ブライアン博士はライの説明をまだ聞いてはいませんよね?中に建造途中だった船があるそうです。建造は再開させたからもうすぐ飛ばせると言
う話よ 」
美果はブライアン博士に簡単に説明した。
「それは本当なのか?」
モニターの薄明かりでも判る、美果の垢で薄汚れた顔を見ながらブライアン博士は聞いた。
「えぇ、そうよ。ライ、確かよね? 」
「はい。ドック内部に建造途中だった“恒星間連絡船”があります。内装はともかく船そのものの機能としてはすでにメインシステムのチャックは終了しています。
後は内部艤装と兵装系のチェック、実際に航行しての確認を残すだけです。補助動力システムはすでに稼動させています 」
ライはそう言うと、モニター上に船の図面を映し出した。
銀杏のような姿の船体が映し出されている。
「おいっ!こんな船を飛ばせって言うのか? 」
明らかに現代の科学によるそれとは異なる異質な姿にブライアン博士は思わず言った。
「それなら大丈夫だ。この一ヶ月にみっちり自分たちはレクチャーをライから受けたし、向こうにそれ用の教育システムを作らせたって言うから。おかげで退屈する
どころか大変だったけどな 」
百瀬が答えた。
「それだけじゃないでしょ。ライが気を利かせて昔話をしてくれたから気を紛らわせたし 」
直美は百瀬の言葉に口を挟んだ。
ブライアン博士は『昔話』に興味を覚えた。
その話について聞こうと思い、口を開こうとしたところで、ライがドック内部環境について簡単に説明を始めた。
「向こうのコンピューターに可能な限り必要な用意はすべてさせました。クルーの人工冬眠後のケアをする環境も整えられているはずです。食料についてはちょっと
…ですが 」
ライは言葉を濁した。
「ちょっと…何だ?」
「食料に関してはちゃんとしたデータが送られてきません。一応居住区にあてがありそうですが、向こうのコンピューターがあまりにも低性能で納得いく答えが返っ
てきませんでした 」
ライは呆れたかのような口調で言った。
「糞コンピューター!お前だってコンピューターだろうが? 」
「あんな低レベルの言われたことしか出来ない計算機械と同じとは言わないでください。それと私には『ライ』というちゃんとした名前があります! 」
ブライアン博士とライのやり取りを聞いていた直美は‘もはやこれは恒例行事だわ’と思わず苦笑した。

『小惑星』の表面にはいくつものクレーターが存在する。
その中にひときわ大きなクレーターがあった。
行く筋もの亀裂が広がるそのクレーターの底には闇が広がっていた。
『スサノウ』のコア・ブロックはその闇に向かってまるでゆっくり落ちていくかのように進んで行く。

突然、闇の底から2条のビームがコア・ブロックに襲い掛かった。
ゴゴーン!!
船体が激しく揺れた。
それと同時に、船内のシステムが一斉に再稼動を始めた。
一斉に照明が付くと同時に船内の温度が少しずつ適正温度まで上がっていく。
「何だ? 」
百瀬はすぐさま、コンソールを確認した。
船内の電力は使われていない。
外部からのエネルギーの流入を表示は示していた。
ブリッジの中央通路に揺らぎを持った光の塊が作り出されていく。
その光の塊は人の姿を形作っていった。
その姿に、直美は見覚えがあった。
「ライ…!?」
髪の長い女性の姿が通路に現れた。
「本船は、ドックのエネルギーフィールド内に入りました。ドックのホログラムエミッターの有効範囲内に入ったので、やっとこうして面と向かってお話できるように
なりました 」
ライは嬉しそうににこっと笑った。
ブリッジのドアが開いた。
眠りから覚めたクルーたちが入ってきた。
皆、すごい格好だ。
ブライアン博士は、ふと鼻を突く酸っぱい様な臭いに気が付いた。
最初、誰が臭いを持ち込んだかと思ったがそれは自分自身の匂いだった。
船内の温度が上がったので汗が出て来た為だろう。
臭いはだんだんきつくなり始めた。
あまりの臭いで鼻が曲がりそうだ。
「皆さん、着いたらまずお風呂ですね 」
ライはその様子を見て思わず苦笑いをした。

2条のビームは少しずつコア・ブロックをクレーターの闇の中に引き込んでいく。
穴の中は溶けた岩隗のような姿を晒していた。
奥に行くほどにそれは人工的な様相を呈し始め、そしてはっきりと区画されたブロック状の様相を見せた。
差し渡し、1kmはあろうか。
巨大な扉が眼前に迫ってきた。
コア・ブロックが近づくにつれ、その扉はゆっくりと開いていった。
開いた隙間から強烈な光があふれてきた。
そこは光に満ちた巨大な空間だった。
いくつものブームが中空に伸びている。
船の係留用の物らしい。
右手に目をやると赤い金属で出来た、銀杏のような姿の船が係留されていた。
周辺には建造用なのだろう。巨大な機械類の姿が見えた。
その機械類のため、船の全体像は伺うことは出来ない。
だが、コア・ブロックはもちろん、『スサノウ』の主船体よりもはるかに巨大なのは一目瞭然だった。
その船から500mは離れているだろうか、コア・ブロックはいくつも伸びているブームのひとつに固定された。

コーン!

軽い衝撃が船体を揺らした。
「艦隊登録コード:277-27153NA 『ラミカムイサ』入渠完了しました。お疲れ様でした。しばらくは安心して休めると思います 」
ライはクルーたちを向いて報告を済ませると、安心したように背伸びをした。
 

厚く垂れ込める雲を切り裂いて、そのシャトルは現れた。
全体が黒くコーティングされたそのシャトルには所属や登録ナンバーを示すようなものは外観からは伺えなかった。
周囲に山脈を控えた乾燥したその大地に一本の滑走路が見える。
シャトルはランディング・ギアを降ろすと、砂塵を巻き上げながら着陸した。
シャトルが停止するや、山脈のふもとにあるトンネルから出てきた複数の車両がシャトルを取り囲む。
シャトルのハッチが開くとアタッシュケースを持った二人の男が出てきた。
『ダニエル』と『デビット』だ。
シャトルの周囲を取り囲んでいた車両の中から複数の軍服を着た男たちが出てきた。
その内の一台、軽装甲車から降りてきた三人が二人を出迎えた。
その中の一人、少将の肩章をつけた男が二人に言った。
「『コスミファルス』のコアを失ったそうだな 」
少将は二人をたしなめた。
「大丈夫です。必要なデータはすべてここにあります 」
アタッシュケースを持ち上げながら『ダニエル』は言った。
アタッシュケースを積み込むと五人を乗せた軽装甲車は発進した。
もと来た道を山腹にあるトンネルへと向かう。
滑走路からはその大きさは把握できなかったが近づいてみるとそれは余裕で8車線はあろうかという巨大なトンネルだった。
内部はコンクリートで補強され明るい照明で照らし出されている。
20分ぐらいは走ったであろうか、巨大なエレベーターに突き当たった。
軽装甲車が乗り込んだことを確認すると、担当オペレーターはエレベーターを下降させた。
エレベーターは暗闇の中どんどん地下深くへと降りていく。
やがて下から光が見えてきた。
ぱっと眼前に広がったそこは巨大な空間だった。
巨大な支柱が幾つも聳え、支えるそこにはいくつもの巨大な黒い金属製の円柱状の物体が傾いたり突き出たような姿で岩塊に埋もれていた。
その周囲で岩を砕きその黒い円柱状の物体を掘り出している機械類も巨大なはずだがまるで子供のおもちゃのように小さく見えた。
作業している人間の姿がまるで芥子粒のように小さく見える。
エレベーターが下降し終わると、軽装甲車はそのまま走り始めた。
走っていくその先には発掘を済ませ、全体が露になった黒い金属製の円柱状の物体があった。
両端部分はゆるくテーパーがかかっていて表面には幾つものこぶ状のものがついている。
近づいていくと、その側面には幾つものハッチが開いている事が分かる。
ハッチには内部照明などに用いるためにケーブルが幾つも送り込まれていた。
軽装甲車はそのハッチの内のひとつの脇に止まった。
ハッチの入り口に警備兵が2人立っている。
五人は兵士の敬礼に見送られその黒い金属製の円柱の中に入った。
「この任務の重要性は判っているな 」
少将は『ダニエル』と『デビット』に内部通路を歩きながら言った。
「先の大戦後、我が国アメリカの地位は地に落ちたも同然だ。かつての圧倒的な経済力ももはや我々には無い。他を圧倒する力を得なければさらに新興国に足元をすく
われかねん。凋落した我がアメリカのかつての栄光を取り戻すためには一日も早く他に先んじなければならない 」
少将の言葉に二人は頷いた。
太い幾つものケーブルが這い回る暗い通路を五人は歩いていった。
巨大な円筒状の機械が横向きに控える空間に五人はたどり着いた。
円筒状のその機械には外部から引き込まれたケーブルが幾つも繋がっている。
二人はその内の一つの傍らに行くと操作パネルを開き内部の確認を行った。
二人の手にはアタッシュケースから取り出した情報端末が握られている。
二人は確認を済ませ頷くと、そこで作業をしている作業員の手を止めさせた。
作業員たちに別個に指示を出していく。
二人は自分たちの目でケーブルの接続状況を確認すると、操作パネルを慎重に操作し始めた。

ヒュイイイ~ン

20数分は経っただろうか、円筒形の機械にぐるりとスリット状に刻まれた穴から青白い光が漏れ始めた。
同時に高周波音が空間に響き渡る。
操作パネルを確認していた二人は後ろを振り向き敬礼をした。
「すべて調査した通りです。補助動力システムのひとつをご覧のとおり無事稼動させることが出来ました。引き続き動力の復旧と制御システムの立ち上げを進めます。
2ヶ月もすればすばらしい光景をお見せできるものと確信しています 」
報告を聞いた少将の顔には満足感が満ちていた。


加奈たち六人は唖然とした表情で立ちすくんでいた。
1万年以上放置されたせいだろう、目の前にあるのは一面のジャングルに覆われた巨大な空間だった。
むしむしと暑く、湿気がすごい。
汗が玉のように吹き出てきた。
「言うまでもない事とは思うけど 」
美果はそう切り出した。
「怪我人を出したりした以上、それなりに懲罰は受けてもらいます。この中に食用になるものがあるか見つけ出してもらうまで他の任務には就かせません。いいわね? 」
「見つけられなかった場合はどうするんです? 」
加奈は訊ねた。
「一つだけはっきりしていることは、見つけられなかった場合、地球にたどり着くまでの間、ずっとあの‘がんばれ’と書かれた紙が付いているぱさついた非常食を食べ
続けなければならない事だけは確かね 」
美果はそう言うと後ろを向いた。
加々見と吉田の二人が小銃を手に持って立っていた。
「暑い中悪いけど監視をお願いね 」
美果の言葉に二人は「了解!」と言いながら敬礼をした。
「あっ!そうそう 」
そう言うと美果は振り向いた。
「あなたたちにもライが用意しておいてくれた教育プログラムは受講してもらいます。時間に遅れないようにして頂戴! 」
それだけ言うと美果は居住区から出て行った。
あれだけの騒ぎをしてライをコア・ブロックから放り出せといったにもかかわらず、結果として六人ともライがこのドックにコア・ブロックを導いてくれたおかげで今
こうして生きている。
実際に生き残っている以上、反論する余地は無かった。
後ろで加々見と吉田は催促するように手を振っている。
六人は諦めたかのように溜息を付くと深い森の中に入っていった。


「それにしても未だに信じられんな 」
百瀬はその広い通路を歩きながら言った。
「私の時は戦後の混乱の中で忘れ去られてしまいましたが、この船は1万2千年前の破局の時、もはや人類が地球から外に出るための手段そのものが失われた為に飛び
立つ機会が失われ、やがて忘れ去られたのだとドックのコンピューターに記録されていました 」
ライは百瀬に答えた。
壁全体が光り輝き、ちょうど肩位の高さに緑色の光を放つマーカーが組み込まれている。
重力が働いているが回転による遠心力によって作られるそれとは違って気持ち悪くなる様な事はない。
ドックと言いこの船と言い、ごく自然に当たり前のように重力があり、普通に歩くことが出来る。
レクチャーを受けたので判ってはいたつもりだがそれにしてもすごい技術だ。
百瀬はいまさらながら驚きを隠せなかった。
百瀬と直美の二人はライにコア・ブロックから「どうしても」とクルーに言われた装置類の移植が済んだと言われたので確認のため他のクルーよりも早く、ライに案内
されながら本来なら『ブルウ』と名付けられる筈だったというその船体に乗り込んでいた。
船内の案内をライに頼みつつ、こうして今歩いているがちょっと後悔もしていた。
全長561メートル。船内の移動手段はまだ内部偽装が途中ということもあり、歩くしかない。
3つに区分けされている補助動力区画の内のひとつだけを取っても余裕で隣の隔壁までの距離が100メートルはある。
すでに稼動している補助動力の高周波音を聞きながらこうして歩いているが、補助動力システム全体を見通す事は到底出来なかった。
居住区画はまだ偽装工事を行っている途中だ。巨大な空洞の中心を貫くのは主動力システムの一部、3本のクリスタルを納めた『トリリトン』のケーシングだ。
そのケーシングに向かって居住区の床と天井との中間点から4本のフレームが橋のように架かっている。
そのフレーム自体の長さも1本で軽く150メートルはありそうだ。
床面には工事のために持ち込まれた資材が埋め尽くされている。
壁面はまだ工事が終了していないため、パネルを貼ってある所と貼っていない所がまだらに存在した。
足の変わりに円筒状の浮遊ユニットで浮いている人型のロボットが何体も動き回っている。
浮遊ユニットの下部から赤い光を放っているそれらのロボットは居住区画の偽装工事を進めるべく、居住区内を動き回っていた。
全体を見回すがまだ何も入っていないと同じ状態なのでがらんとした空虚な空間だ。
ロボット達はきちんと3人のことを認識しているようだ。近くを通りがかっても邪魔にならない様に3人を避けて資材を運んでいる。
3人はロボット達が作業している様子を横目に見ながら、船の制御区画へと向かった。
クルーのために新たに設けられた個室が並ぶ脇を抜けて、上へ向かう通路を歩いていく。
いずれの部屋も工事は終わっていない。
入り口の扉は開かれたままだった。
中の様子を覗いてみると広さは十分すぎるほどあるが、まだ何も入ってはいない。
パネルむき出しのまま工事の順番を待っている様子だった。
ブリッジの後ろにコア・ブロックから丸々移植されたシステムのひとつ、トイレが据え付けられている。
きちんと男女に分けられたトイレはすでにいつでも使える状態だった。
「これでも使用している電力の条件が違いすぎますから、合わせこむのに苦労したんですよ 」
ライはそう言うとにこっと笑った。
「まるっきり同じトイレじゃない?もっとなんか違う感じになるのかと思ったんだけど 」
直美は移植されたとは言っても、もっと異世界から来たかの様なエキゾチックな感じになるんじゃないかと思っていたらしい。
何度見てもそれは普通の宇宙船用の吸引式のトイレだった。
ただ、違うといえば併設して2つランドリーが移植されていることだけだ。
「使い慣れた物のほうが良いという声があったのでそのまま移植しました。なんかすごいトイレを想像していたみたいですね? 」
直美の少し落胆した顔を見ながらライは言った。
「この船にトイレは現在21箇所あります。もっとも今使えるトイレはここを含め3箇所だけですが 」
ライがそう言うと、ホログラム映像で別のトイレの姿が映し出された。
ドック内のトイレもそうだが、少し風変わりだが地球上にあってもおかしくないデザインをしている。
「ちょっと訊くが、重力が無くなったらどうするつもりなんだ? 」
百瀬は目の前にあるトイレのホログラム映像を見ながら聞いた。トイレの格好はどう見ても地球上にある洋式同様、無重力に対応しているようには見えなかった。
「重力がもし無くなったとすれば、それはこの船が沈む時です。その様な事が無い限り大丈夫です 」
ライがそう答えるとホログラム映像が消え、元の吸引式のトイレの姿が再び現れた。

ブリッジは船の大きさに違わず、余裕の広さがあった。
壁面全体が巨大なモニターとして機能し、外の様子を映し出している。
その映像に切れ目のようなものは目を凝らしてもまったく見えなかった。
左手にはブームに係留されているコア・シップの姿が見える。
そのブリッジの中央、映像の中に浮かぶ‘島’の中にコンソールが12個備えられていた。
コンソールにスイッチの類は見られない。
そのかわり中央には1つの大きな透明な球体。そしてその両脇には2つの小さな球体が備わっている。
直美は、そのコンソールの内のひとつの前へ行くと、備え付けられているいすに座った。
「きゃぁ! 」
直美の口から思わず驚きの声が出た。
座るや否や、いすはぐにゃりとその形を変えた。
一番その人に負担に成らない座り方が出来るように自動的に調整する機構が備わっているらしい。
いすは直美の体型に合わせしっかりとではあるがやさしく包み込んだ。
2つの小さい球体に手を添える。
すると大きな球体が光を放ち、立体画像を出力し始めた。
船の全体像と内部システムの現在の状況が表示された。
画面の表示はすでに言語変換システムが組み込み済みとなっているため、日本語でデータの内容が表示されている。
正直ありがたい話だ。
古代文字のままだと途方にくれる心配があったがこれなら何とかなる。
本来ならどういう風に表示されるのだろうと直美はふと思った。
するとコンソールの端面が青い光を放ち、大きな球体より奥まったところに長方形のスクリーンが映し出された。
球体に表示された内容がそっくりそのまま古代文字での表記で示された。
直美は、思ったとおりに動いてくれる思念制御システムの即応性の早さに舌を巻いた。
コンソールの脇に小さなポケットが用意されている。
航行安全祈願のために『スサノウ』の自室に持ち込んだお札を入れるためにライに頼んでおいたお札入れだ。
直美は立ち上がるとそのお札入れに持ってきたお札を入れた。

パンッ! パンッ!

直美がお札を入れると、三人は一緒に拍手を打った。


テレジアは、目の前に置かれた果実の山を前にポータブル端末とにらめっこしていた。
周りでは九人の目がじっと様子を伺っている。
騒ぎを起こした事への懲罰として採取に向かわせられた6人と監視役の加々見と吉田、そして美果船長代理だ。
しばらく果実と端末の表示を見比べていたが、やがて下を向いたまま押し黙ってしまった。
肩がわなわなと震えている。
「どうしたんです? 」
そう言いながら美果はテレジアの顔を覗き込もうとした。
「すばらしいわ!ここは新種と絶滅種の宝庫よ!! 」
テレジアは急に顔を上げるとうれしそうに叫んだ。
「なぜ、一緒に連れて行かせてくれなかったんですか?」
うるうると目に涙を浮かべ、今にも泣き出しそうな顔でテレジアは美果を見つめた。
「な、なぜってあなたは凍傷の治療のためにずっと華岡のところにいたじゃない。それに‘懲罰’のためにさせたのにあなたを連れて行ったんじゃ意味が無くなっちゃ
うじゃない 」
美果は見つめられ、言葉に詰まりそうになりながらテレジアの質問に答えた。
「せっかく私がここに居るというのにそんな話無いんじゃないですか?こんなすごい話ほかに無いというのに! 」
テレジアの頭の中は新種の発見という事でいっぱいのようだ。
「どこで見つけたの?ねぇ!どこで!? 」
テレジアは机に並べてあった果実のいくつかを掴むとすくっと立ち上がり、自分を取り囲んでいるクルーに詰め寄るかのように訊いて廻った。
「ちょっと博士!落ち着いてください!別に逃げたりする物じゃないんですから 」
加々見は言いながら聞いて廻るテレジアを追いかけ、その腕を掴んだ。
不意に腕を掴まれ、はっとしたテレジアは我に還った。
「それよりもまず、この中に食べられるものがあるかを教えて頂けませんか 」
加々見は机に置かれた果実のひとつを手に持つとテレジアに訊ねた。
「そうね。そのために呼ばれたんだし…。ええっと、これはパンの実ね。そしてこれは… 」
テレジアは机の上に座ると並べられた果実を選り分け始めた。
「ところでどこに実ってたのか場所は判っているの? 」
美果はテレジアが判別をしている様子を見ながら採集に向かわせたクルー達に聞いた。
「はい、船長代理。場所はこちらに記録してあります 」
クルーの一人が携帯端末を美果に手渡した。
端末の表示はどこでどのような形の果実を採取したかを写真込みで、すでに整理された状態で表示していた。
表示されたマップデータを美果は真剣な眼差しで確認した。
「ちゃんと命じたとおりの仕事は一通り果たしたようね 」
果実をより分けていた手を止め、テレジアが覗き込んだ。
「ちょっと待ってください!後でちゃんと見せますから 」
美果は覗き込むテレジアに降り向きざまに行った。
「見つけた場所への道筋は大丈夫? 」
美果は端末に表示されている果実の場所を示す光点がまばらに点在しているのを見ながら問い質した。
「大丈夫です。道筋になるところは一通り踏みしめておきました 」
「ちょっと!貴重種がだめになっちゃうじゃない! 」
テレジアは‘踏みしめた’という言葉に少しうろたえた。
「あそこの広さなら、ちょっとやそっとで全滅なんて言うことは無いと思うわ。それより選り分けがまだ終わっていないじゃないんですか?テレジア博士 」
美果は選り分けられていない果実がまだ机に山になっている様子を見ながらテレジアをたしなめた。
しぶしぶながらテレジアは机の上に置かれた果実の山に再び向かった。
10分位経っただろうか、机の上にあった果実は4つの山に区分けされた。
「これはそのまま食べることができるグループ。そしてこれは要加工。そしてこれは残念ながら外れ、食べる事は出来ないわね。そしてこれは新種の植物達だから
食べれるかは即断できないわね 」
テレジアはそう言うと新種の果実を愛おしそうに手に取り眺めた。
「さて、実際に結果を出して見せた以上、判断しなくちゃいけないわね。結論から言うわ。六人とも職務に復帰してもらいます。だけどその前に、いくつかやっても
らわないと。まずまだ見つけていない食べれるものがあるかもしれないから、テレジア博士を案内して場所を明確にしてもらいます 」
六人は‘職務復帰’という言葉に少し安堵したようだ。
美果は六人にそう言うとテレジアに顔を向け、
「まず、クルー全員が食べていける量を確保しなくてはいけませんから。テレジア博士、新種発見に色めき立つ気持ちは分かりますがまずは食糧確保が最優先です。
お願いしますね 」
続けて採取に行かせたクルーの方を向くと、
「職務復帰してもらうのはいいけど今の段階で船内の仕事が特別あるわけじゃないから、引き続き食料確保のためにがんばってもらわないと。ここにある分だけでは
2日と持たないから、テレジア博士にどれが食べられるかを明確にしてもらったら、あなた達には他のクルーを案内してもらいます。他のクルーにも交代で採取に向
かわせる考えでいるから、責任は重大よ 」
また、いやこれから先しばらく、あの蒸し暑い中に何度も入って行かなければならないというのか?
必要な事は判るが、あのジャングルに何度も分け入っていかなければならないと言うのは懲罰がずーと続いているのとそう大差は無い。
不満げな表情を浮かべる六人を前に、
「私も採集に行きます。そうしないとみんなずーとあの非常食よ 」
美果はそう言うとテレジアと一緒にこれから案内するように六人に言った。

テレジアが判別し食用植物が明確になって以降、クルーには“食料採取”が新たに日課に加わった。
薬用植物もいくらか見つかった為、華岡には更に“薬用植物の採取”が仕事に加わった。
そのまま、当日の食卓に並ぶものがある中、船への詰め込み作業も同時に進められていく。
加熱が必要な物など調理が必要なものは調理後保存容器に入れると、新たな船体に設けられた食料保存庫にその他の生鮮果実などと種類ごとに区分けして詰め込み作業
が進められて行った。
毎日、交代制でクルー全員、『居住区』に食料採取に向かうが、帰ってきた時にはみな玉のような汗をかいている。
暑さにみな参り、『居住区』から出て来る度にへたっと座りこんでしまったりする者がいる中、交代制も関係なく嬉々として入って行き、ライが用意した学習プログラム
を受講する時間になっても帰ってこないクルーが二人いた。
テレジアと華岡だ。
共に新種の発見と薬草の採取の為、一度入ったら我こそとばかりジャングルを歩き回っていた。

「そろそろ時間が来るんですけど… 」
『第24自立移動型ドック』は過去の損傷により航行出来なくなっているとはいえとはいえ、内部システムは健在だ。
航行デッキのシステム自体は健在なのでシミュレーションをするのには最適の環境といえる。
なので、航行デッキのシステムを使ってクルーに新しい船体のレクチャーを進めていく。
既にコア・ブロック内でレクチャーを受けた4人は学習プログラムを受講する他のクルーをサポートする手はずのはず…だった。
だが、いつものように華岡とテレジアの姿が見えない。
クルーが学習プログラム受講の為に集まっている中、ライはいつもの様に途方に暮れていた。
「どうせ、二人共ジャングルの中をほっつき廻ってんだろう 」
ブライアン博士は何を今更という風にぼやいた。
「間に合わなかったら各自しばらく復習をしていて下さい。私はちょっと行ってきます 」
ライはそう言うと、クルーの視界の前から消えた。
「テレジア博士、とっくに時間は来ているのですけど 」
テレジアの前にライは姿を現した。
「ちょっとそこ踏まないで!そこに新種が居るんだから!! 」
ライの足元の左脇を指差して、植木鉢に土を入れていたテレジアは言った。
「他の人を待たしているんですけど… 」
テレジアの足元には採取した植物を入れた植木鉢が10個くらい置かれていた。
「うふふふふ…良い子ねぇ。私と一緒に行きましょう… 」
テレジアにはライの声は聞こえてはいない様子だった。
何度か話しかけるが完全に自分の世界に入り込んでしまっている。
ライはため息をつくと諦めて毎度のことだと思いながらも先に華岡のほうに知らせに行くことにした。
毎度毎度の事とはいえ、こう何度も他のクルーを待たせていたのでは洒落にならない。
テレジアと華岡の違いといえばテレジアが完全に自分の世界に入り込んでいるのに対し、華岡は単に時間を忘れているだけと言う事だ。
だからまず華岡に時間が来た事を知らせた後、華岡にテレジアを一緒に連れてきてもらうパターンが半ば定着してしまっていたが、たまには違うパターンも試してみよ
うと思った事をライは後悔した。
華岡はちょうどバックに薬草を植えた植木鉢を積め終わり、肩に担いだところだった。
「華岡さん 」
ライが話しかけると華岡は
「あぁ、すまない。来たということはもうみんな待たしてしまっているということだな 」
華岡はバツが悪そうに言った。
「えぇ、もう12分も過ぎてしまっています。ですから急いで… 」
「‘急いで採取を済ませて、テレジア博士を連れて航行デッキに来るように’ですね 」
ライの言葉を途中で遮り、華岡はすでに何度も聞いたセリフを少し冗談めかして言った。
「他の人たちを待たしていますからふざけている時間はありません。急いでください 」
ライの言葉には焦りが見え始めていた。
「いつもなら講義開始10分前には来たのに今日はいつもより遅いのはどうしたんだい? 」
華岡はライと一緒にテレジアのいる場所に向かい歩き始めた。
「いつも華岡さんにテレジア博士を連れてきてもらうのは悪いと思って、先にテレジア博士の所に行ってみたんです。けれどまるでこっちの声が聞こえてなくて諦めて
またこっちに来てしまいました 」
「そんなことはもう分かりきっていることじゃないか。なにを今更 」
華岡は笑いながら携帯端末に目をやった。
テレジアのいる場所までもう少しだ。
テレジアは木の上に登っていた。
慎重に木の洞に生えた木をスコップで掘り出している最中だった。
「テレジア博士!とっくに時間は来ているそうですよ!! 」
華岡は大声で叫んだ。
「先に行ってて!これだけは採っておきたいの! 」
木の上から声が帰ってきた。
テレジアの採取の手は休まる様子が無かった。
「もう20分もオーバーしているわ!あまり他の人を待たせてはおけないから早くしてください! 」
ライが急かしている間にテレジアの手は植木鉢に木を植え直し終わった。
植木鉢を袋に入れ担ぐととそのままもっと上にある宿り木を取りに行こうとテレジアは更に木を上り始めた。
「おぉーい!待たしていると言ったのに聞こえてないんですか~!! 」
華岡が呼び止める。テレジアは下を向いた。
「別に木は逃げたりしませんから!! 」
テレジアの手が止まった。
そのままじっとしている。目に困惑の色が見えた。
「早く降りてきてください!いつまでも待たせていると他の人たちに迷惑になってしまいますから! 」
華岡が早く降りてくることを促す。
「……降りれないの…… 」
足をがくがくさせながらテレジアは弱々しく答えた。
「降りれないって、登ったのと逆にすればいいじゃないか!」
テレジアの言葉に華岡は呆れた表情を見せた。
「だって、どうやって登ったのかなんて覚えていないもの…… 」
腰が引けたまま、テレジアは木の枝別れをしている所で途方に暮れていた。
「はぁ~ 」
その様子を見ていた、華岡とライの口から思わず溜息がこぼれる。
結局、その日の教育プログラムの開始は1時間半遅れる事となった。

ドックにコア・ブロックがたどり着いてからはや3週間が経った。
今日は珍しく教育プログラムの開始は8分遅れに留まった。
ライは手ほどきのため、クルーの間を行ったりきたりしている。
だが、最初のころに比べ皆、要領がつかめてきたのでライの手を煩わす回数は減ってきていた。
「ライ、このパラメーターの設定だけど少し大き過ぎない? 」
ルナはさすがに情報分析に長けている。
モニターに表示された数値の異常に気がついたようだ。
「どこがおかしいというの? 」
ライはルナの傍らに立って話を聞く。
「このままだとフィールド強度バランスが右舷側だけ強くなりすぎるから、特定した空間座標に留まりきれないことになるんじゃないかと思うんだけど 」
「一応正解。でもなぜそうなったと思います? 」
ライはにこやかに訊ねた。
「フィールド・グリッドのコントロールアセンブリのメーザーパワーコンジットの左舷側ユニットに過負荷が掛かっているんじゃないかと思うんだけど 」
「さすがね。この部分に関しては後は実地で覚えるだけね 」
ライは希望したとおりの答えに満足した。
「きゃぁ!! 」
ライが急に叫び声を上げたので、ルナはビクッとした。
何事かと他のクルーたちの目が一斉に二人に注がれた。
「どうしたって言うの? 」
驚いた顔のまま、ルナは訊ねた。
「誰かが…私のお尻に触った…… 」
訴えるような涙目でルナを見ながらライは答えた。
「ったく。自意識過剰なコンピューターだ。ホログラムを触れるやつなんか居る訳無いだろ!! 」
ブライアン博士が呆れ顔で言う。
「ここに居るクルーじゃありません。もっとこう…… 」
ライはそう言うと何かに気付いた様だった。
「ちょっとごめんなさい 」
ライはそう言いながらデッキの中央に歩いて行った。
不審そうに見る周りの目をよそに、ライは指を‘パチン’と鳴らした。
するとたちまちライを中心としてホログラムの太陽系映像が映し出された。
所々光る光点が映し出されている。
「その光は何です? 」
時津は訊ねた。
「まだ生きている設備がある場所です。このアステロイドエリアだけでもここ以外に後6箇所あります 」
ライは真剣な表情で答えた。
その間にも映像は太陽系中央部に向かって拡大をした。
やがて地球が大写しで表示された。
北アメリカ大陸が映し出されたところでライの表情はより厳しくなった。
ロッキー山中に幾つかの光点が表示されているのが見える。
他にもまばらにではあるが光点が表示されている。
それとは別に大陸中央部の砂漠地帯に光点が一つ。
「やっぱり 」
ライはつぶやいた。
「何がやっぱりなんです? 」
映像を見上げながら時津は訊ねた。
「ここからサーチ信号が出されています。“彼ら”は発掘した船のシステムを掌握したと推測されます 」
ライは顔を時津に向けることなく真剣な表情のままで質問に答えた。

「船はいつ飛びたてるの? 」
美果はライに訊ねた。
「船そのものはいつでも出航可能です。内部偽装の終了にはまだ時間が必要ですが 」
ライはホログラム画像を映し出すとその内容を確認しながら答えた。
「どれだけ終わっていないの? 」
美果は引き続き訊ねた。
「船内の移動リニアリフトは稼動を始めています。居住区の工事は全体の64パーセントまで終了。新たに設けた個室、600室の内120室までは要請のあった
キッチンユニットとユニットバスの設置は終了して居住可能になっていますがあとの部屋は引き続き工事中です 」
「ライ、クルー全員で何人いると思っているの? 」
美果は思わず苦笑いした。
「他に問題に成りそうな事はどんなことがあるの? 」
美果は引き続き聞いた。
「教育プログラムを全員が受講し終わるまで後14日かかります。教育プログラムが終了するまでは安心して船を任せることは出来ません 」
美果は真剣な表情でライの回答を聞いた。
「どうしても14日? 」
「順序良く確実に習得することを考えればどんなに短くともそれだけの期間は必要になります。内部偽装は航行中でも引き続き行えますし、必要な補修資材などの搬入
も一週間もあれば終了しますが、教育プログラムだけは短縮は出来ません 」
ライは美果の質問に答えた。
美果はチラッと目をブライアン博士に向けた。
「ブライアン博士、もしこっちに船が地球から来るとすればどれだけ係ります? 」
ポケットから携帯端末を取り出すと、ブライアン博士は計算を始めた。
「もし、今船が地球を出たとしてワームホールをくぐってきたとしたらという話だな?今安定しているルートはここと…ここは不安定だな…普通の船が出たとして少し
大回りを距離的にはすることにはなるが…大体16日で到達する話になるな。って言うかそこのへぼいホログラムを作っている糞コンピューターが既に
はじき出してるだろうに 」
ブライアン博士はやや不満げな表情で答えた。
ライはさすがに免疫が出来たのか聞こえていない振りをしていた。
その様子にブライアン博士はますます不満げな様子を見せていた。
「まだサーチ信号を受信しただけで向こうが船を復活させたという話では無いんですよね。だったらそんなにあせる必要も無いんじゃないでしょうか 」
幸子が意見を出した。
「だが、もし古代船を復活させていたならすぐさまこっちへ向かって来るという可能性もある。油断は禁物だよ 」
ボビーの意見に中田や栗田がうなずいた。
「そうなると早期警戒システムなどの用意がこっちに出来れば比較的安心できるという話になると思うが…何かいい方法は誰か持っていないですか? 」
松田はやはり戦術オペレーターだ。警戒システムを構築して敵襲の早期発見が出来ないか模索を始めた。
「ドックの外部環境センサーは機能を全て失っています。スペアパーツの在庫も確認できません 」
ライは目の前にホログラム映像を映し出し、内容を確認しながら答えた。
「ライ、コア・ブロックのシステムを合わせこむ事は無理ではなかったよね? 」
百瀬はライに訊いた。
「いろいろ面倒ですが無理な話ではないですね 」
ライは百瀬の言いたいことがすぐに分かったようだ。
ホログラム画像に大量の図面が重なって表示された。
「確かモニターカメラの内、2つがまだ生きていたはずだ。レーダーユニットもひとつ生き残っていたはずだから、全体をカバーするのは酷だがやれない話ではない
とは思うが? 」
百瀬の話を聞きながらライは表示内容を見直していた。
目の前に映し出したホログラム映像を逐次確認していく。
少し間を置いてライは百瀬の顔を見ながら答えた。
「ひとつ問題がありますが不可能ではありません。改造すれば航行デッキのモニターに映像を出力することは出来ます。今すぐに掛かれば3日で何とかなると思います 」
「‘問題’というのは何? 」
美果が訊ねた。
「誰かが一旦、ドックの外に出て船外作業をする必要があります。出来るだけ広範囲をカバーできるところに設置して帰ってきてもらうことになりますが、結構距離が
ある場所に設置してもらわなければならないところがどうしても出てきます。ひとつでも作業が遅れたら戻ってくるまでに酸素が尽きるリスクがどうしても除けません 」
ライはドックの立体画面を映し出すと設置すべき場所とハッチの場所に光点を示して美果に答えた。
一箇所はハッチから250メートル位の距離だ。
だが、もう一箇所はハッチから設置場所まで最長3キロメートルはありそうだった。
「だが、誰かがやらなければならないんだろう? 」
ずっと黙って様子を見ていた加々見が言った。

空気ボンベに入っている空気は一時間は持つ。
そう説明を受けた後、加々見は吉田と共にヘルメットのバイザーを下ろした。
二人はそれぞれ改造されたカメラユニットとレーダーユニットを手にしていた。
気密区画を抜けハッチを開くとそこは闇の中だった。
ヘルメットに付けられたランプのスイッチを入れる。
距離が相当あるということだろう。
ランプの明かりは通路の先まで届かず、闇がどこまでも続いているようだった。
ドックの船体外壁まではまだしばらく歩かなくてはならない。
ヘルメットの明かりを頼りに歩みだした。
壁面が高熱で溶けた為か歪み始めていた。
壁面だけではない。床も同様にゆがみ始めている。
床の凹凸に足を捕らえないように注意しながら進んでいった。
1キロメートル程歩いたろうか、光が見えてきた。
壁面は溶けてガラス状に変質している。
ゆがんで洞窟のようになった通路を出たその先は巨大なクレーターの底だった。
よく見ると溶けた側面にいくつもの段差が見える。
本来の船体外郭の階層構造が溶けた状態ながらもかろうじて保たれていた。
高さにしてビルの5階分ほどはあるだろうか。
ここを上っていかなければならないのか?
加々見は溜息をついた。
しかしいつまでもこうして立っていてもしょうがない。
二人はその溶けたクレーターの壁面を登り始めた。
その溶けたクレーターの壁面を登っていくが、風化が思いのほか進んでいる。
所々踏みしめるそばから崩れ落ち、足をすくわれそうになった。
思いのほか時間が掛かる。
二人はクレーターを登りきると足早に歩を進めた。
端末に表示された条件を確認し、慎重に設置していく。
「こっちは設置を済ませた。そっちはどうだ 」
加々見は吉田の方を振り向いた。
「傾斜角の補正にてこずってます。もう少し待ってください 」
レーダーユニットの固定用の足のストッパーがうまく機能しないらしい。
吉田は慎重に調整ねじを回していた。
「落ち着いてやれよ。何か手伝う事はあるか? 」
「大丈夫です。ちょうど今終わりました 」
設置を済ませた事を確認すると二人は酸素の残りを確認した。
3分の1を切っている。あまり時間は残されていなかった。
急いで戻ろうとするが劣化した外壁は思うように歩を進めさせてはくれない。
クレーターに出た。
「時間が無い。滑り降りるぞ! 」
吉田が返答する前に加々見はクレーターの内壁を一気に滑り降りた。
あわてて吉田もそれに続く。
「あっ! 」
クレーターの側面に出来たくぼみに足を引っ掛けてしまった吉田はそのままバウンドしてクレーターの底に落ちていった。
加々見が駆けつける。
「こーちゃん!大丈夫か! 」
「腕を折ったみたいです 」
加々見の問いかけに吉田は苦痛の表情で答えた。
酸素が残り少ないためだろう。息苦しくなってきた。
クレーターの底にはいくつもの穴が開いている。
吉田に気を取られすぎたせいかも知れない。
どの穴から出てきたのか加々見には分からなくなってしまった。
何度も息苦しい中、周囲を見渡してみる。
ふと、穴のひとつから光がこぼれた。
無線に声が入ってきた。
「加々見さん、こっちです。予備の酸素も用意してあります 」
コロネルの声だった。
もう一箇所のほうはボビーとコロネルの二人が既に設置をし終えていた。
コロネル達の方は加々見と吉田が設置した場所と比べ、移動距離が短く、カメラの設置だけだったのですんなり作業を済ませることが出来た。
加々見と吉田の二人が時間がかかることは既に織り込み済みのことだ。
作業を済ませ、内部に戻った二人は、ボンベの補給を済ませると加々見と吉田を迎えに来ていたのだった。
「ありがたい。吉田が怪我をした。手伝ってくれないか? 」
加々見は無線に応えながら手を振った。

吉田が捻挫した事を除けばおおよそ予定通り、設置は終了した。
ドックの航行デッキのモニターには外部の様子が映し出されている。
クルーには交代で常時モニターを監視するという任務が新たに加わった。
船に必要な資材・食料の詰め込みはほぼ終了している。
多少のトラブルが発生しても対応する用意は、資材の面では解消していた。
後は、全員がそれぞれの担当セクションでの任務に必要な知識を吸収しきるのを待つだけだ。


コア・ブロックが『第24自立移動型ドック』にたどり着いてから一ヶ月が経過していた。
クルー全員、教育プログラムの習得は一通り終わった。
後は、各々習得した成果を実地で生かせるかどうかだ。
明日にはドックから新たな船を駆って地球に帰還する旅が再び始まる。
攻撃を受けるリスクがあるなら早めに出航したほうが良いという美果船長代理の判断だった。
これまでの間、特にドックの航行デッキのモニターには異常は見受けられなかった。
「明日には出航ですね 」
ライはそう美果に切り出した。
一仕事終わったことへの安堵感からか美果はリラックスしていた。
「何か問題でも? 」
ライは何か考えていることがありそうだ。
「出航を前に、明日でこのドックとはさよならという事でパーティーをやりたいという声が出て来ています 」
「確かに、皆ずっと手空きが出ることなんてほとんど無かったわね。良いでしょう。わたしもちょっと疲れちゃったし 」
美果はそう言うと軽くあくびをした。
「ですが、地球からの‘サーチ信号’の件が解決されていません。ですから監視の手を緩めるわけには行かないのですが、パーティーの間の監視要員の人選をしておく
必要がありそうです 」
「本来の予定通りの順送りでは駄目なの? 」
ライの言いたいことはうっすらと見当が付くが美果は聞いてみた。
「『実行委員会』の人たちが抜け駆けは許さないといってやる気満々なのは良いんですが…… 」

プシュン!

ライが話している途中で部屋の後ろのドアが開いた。
「お話中失礼します 」
そう言って入ってきたのは『パーティー実行委員会』の幸子とクリスだ。
「ちょっとライ、どいてくれる? 」
二人の間を割ってやってくると、美果に携帯端末を差し出した。
「船長代理、カラオケパーティーを行いたいので許可をお願いします! 」
「ライから聞いたんだけど 」
美果はそう切り出した。
「パーティーをやるのはかまわないんだけど、敵襲への備えを一応しておく必要があることはあなたたちも分かってはいるわね?監視任務のための人数は割くことは
出来ないわ。そこのところはどうなってるの? 」
美果は計画案に目を通しながら訊ねた。
「酒は飲まないと時津さんと栗田さんが言って来ました。地球に帰り着くまでは禁酒を決めたとボビーが。松田さんは戦術オペレーターなので可能性の有る内は飲め
ないと。ほかには機関部員の上野さんと甲板員のゴフィマさんが監視任務に手を上げてくれたので前半に監視をしてくれるように頼んでおきました。なので、上野さ
んとゴフィマさんにパーティー前半、時津さんと栗田さんに後半、ボビーと松田さんにはパーティー後にほかのクルーの酔いが醒めるまでの間、監視をしてもらいます。
でも、ずっとモニターを監視しているだけでは退屈すると思いますから、航行デッキにライブ中継を実施して、時々差し入れをするということで行こうかと思っています 」
幸子はそう言うとライの方を向いた。
「ライも当然出るよね? 」
幸子がそう言う事はあらかた予測はしていた。
「でも…… 」
ライの目は何かを訴えるかのように美果に向けられた。
「船長代理も二人ともケンタウリの基地でのパーティーに出ていない以上、参加してもらいます! 」
クリスは反論は許さないといわんばかりに断言した。
美果は、自分に目を向けるライに諦めた様に首を振った。
「それでは二人とも参加ということで 」
クリスは携帯端末の参加者名簿に入力すると、
「ライ、ところで物は相談だけど? 」
と切り出した。


急ごしらえのステージだがそのような様子は微塵も無かった。
ホログラム映像を重ねることによってステージは本格的な野外ステージのような様相を呈していた。
居住区の内部は相変わらず蒸し暑いが、これからカラオケパーティーをする事を考えれば、かえって雰囲気が出ると言うものだ。
テーブルの上には残念ながら肉類は無い。
長期航海の為に冷凍保存していた肉・野菜類は、コア・シップを分離した際に主船体ごと失われてしまった。
その代わりでは無いがテーブルの上に果物だけは大量に用意されていた。
その中にはテレジア博士が新種と確認した、パパイヤに似ているまだ名前の無い果実も含まれていた。
熟すにつれて発酵して果肉がアルコールを含むようになり、ねっとりとした甘さに油断しているとしたたかに酔ってしまう。
肉は無くてもアルコールがあれば多くのクルーが楽しんでくれるだろう。
幸子は少しほっとしていた。

クリスが壇上に上がりマイクを手に取った。
「えぇっと。今回司会をさせて頂くクリスです。さて、皆さん!今日でこのドックともさよならです。今日までいろいろありましたが…… 」
「能書きはいいから、早く酒を飲ませろ!! 」
冗談めかして、テーブルからヤジが飛ぶ。
クリスは苦笑しながら、司会を進めて行った。
「それでは、ドックにお別れさよならカラオケパーティーを開催します!かんぱーい!! 」
乾杯の音頭と共に、コップの中身を一気に飲み干すとテレジアは高々とコップを揚げた。
果実のままのものをかぶりつく者、果汁を搾り取って作った『ジュース』をコップに注ぐ者、皆好きな様にテーブルの上に有る物を楽しんでいる。

「1番、伊東ルナ!いきまーす!! 」
クリスがライに相談したことは他にもあった。
マイク越しにルナが大声で叫ぶと、船内着の上からドレスが姿を現した。
体の動きと同期してホログラム映像で作り出したステージ衣装を映し出そうというという魂胆だ。
「それにしても自然に動くなぁ 」
ボビーはルナが歌っている様子を見ながら映像を重ねているとは思えない自然な動きに感嘆した。
「歌う曲に合わせてサブルーチンを構築してありますから。あっ!それとステージ自体も歌のイメージにあわせて変えられるように設定させときましたから 」
ライはボビーの言葉に答えた。
「ふーん。あの時、時津が訊いてきたのはそのせいだったんだな 」
ボビーは自分の番が来たときにどんな格好にされるのか、興味半分、不安半分だった。
「ところで話は変わるが…… 」
ボビーはコップの中身をぐいっと飲み干した。
「何です? 」
ボビーの顔が真剣になったことにライは身構えた。
「連中は謝ってきたかい? 」
「連中って? 」
「ライ。君の事を放り出そうとした連中のことだよ。俺たちのところには昨日来たんだけどな 」
まだライには謝りに来ていないことを察したボビーの眉間には皴が寄った。
ここにたどり着き、今こうして生きているのはライがここまで自分たちを連れてきてくれたお陰だ。
そのことは彼らも分かっているはずだ。
だが彼らは、教育プログラムを受けている時も最初の説明を受けているときこそライの話に耳を貸していたが、その後のシミュレーション訓練の時、周りの人間に訊
く事はあっても決して質問をライに向けるような事はしなかった。
少なくともボビーはライに質問する場面を一度足りとも見てはいなかった。
ボビーに言われた事に思うところが有ったのだろう。
ライは周囲を見回した。
ボビーは、ライと目が合ったとたん目を逸らした者達がいることを見逃さなかった。
「あいつ…… 」
ボビーはつぶやいた。
「何やら難しそうな顔をして話しているけど、今はそんなこと無しで楽しまなきゃ!ライ、あなたの歌う番よ 」
ボビーがライに話しかけているところに割って入ってきたのはルナだった。
いつの間に時間が経ってしまったんだろう。
いつまでも真剣な顔で話を続けている二人を見かねて出番が来たことを教えに来てくれたのだった。
マイクをライに向けて差し出している。
「私? 」
ライは少し戸惑った。
「時津と一緒にサブルーチンを作った仲じゃないの?断るつもりは無いわよね? 」
そう言われたのでは仕方が無い。
ライはボビーにチラッと目を向けた。
ボビーは軽く笑顔でうなずいた。
「私、マイクは無くても大丈夫だから 」
ライは軽く手を振りながらルナに言うとステージに上がった。
光に包まれ、上からコスチュームが形作られていく。
「それじゃぁ、僭越ながら…… 」
「口上はいいからさっさと歌え!」
テーブルからぐでんぐでんに出来上がったブライアン博士の怒声が響いた。
「それでは、歌わせてもらいます 」
ライが軽く会釈して手を振ると、カラオケ装置の前にいる担当がスイッチを入れ、伴奏が流れ始めた。
伴奏に直美やボビーが手拍子で答えてくれている。
「♪歴史の断絶を超えて、私は来たんだよ~ 彼氏はまだいないけど出来れば欲しいな~ 」
(ikaさんごめんなさい)
「誰?こんな変な懐メロをライに教えたのは? 」
美果は思わず笑った。
「どうせ作者の趣味でしょう?ったくこれだからヲタクはキモくてやなのよねー 」
横に座って一緒に聴いていた幸子はいかにも見てはいけないものを見たような顔をすると、皿に盛られた果物を手に取りかじり付いた。

「ったく!何で肉がまるで無いのよ!? 」
いきなり言われたコロネルは面食らった。
そもそも何で自分のところに食って掛かってくるのだろう?
凄んで来たのはクリスだった。顔を真っ赤にしてすっかり酔っている。
「ふぅ!暑い暑い!! 」
クリスは、服の胸のボタンを外すと襟でパタパタと胸に風を送っていた。
パーティーもすでに中盤だ。
すっかり出来上がっている者も少なからずいる。
「肉は無いかですって?そんな事言ったって、主船体ごと無くなっちゃじゃないですか! 」
コロネルは少し引き気味に答えた。
クリスはとろんとした目でコロネルを見つめている。
手がコロネルのあごに伸びてきた。
「あら?あんたよく見たら結構いけそうな顔じゃないの?ぷはぁ~ 」
甘い果実のにおいが混じったアルコールのにおいが顔に迫ってきた。
「はぁ、いいかげん酒のつまみが果物ばかりって言うのも飽きたわぁ~ 」
クリスはじわりじわりとコロネルににじり寄ってきた。
「はぁ~暑いわ。ねぇあんた今晩暇でしょ?良かったらあんたに私の体の火照りを冷ましてもらっても良いんだけど… 」
そう言いながらゆっくりコロネルの服のボタンを外していく。
コロネルの顔には困惑の色がありありと見えた。
「ちょ!ちょっと困りますこんなところで…! 」
「こんなところじゃなきゃいいの?それじゃぁ…… 」
クリスはコロネルの二の腕を掴むと引っ張っていこうとした。
腰に力が入らない。
クリスはそのまま地面に‘ペタン!’っと座り込んでしまった。
「はぁ~ちょうど良いわ。あなたの息子に…… 」
「何やってんの!この酔っ払いが!! 」
コロネルの大事なところに手を伸ばそうとしたクリスの頭に‘ぺシャン!’と平手打ちをしたのは幸子だった。
「いつの間にか実行委員の仕事をしてないと思ったらこんなところで… 」
「いいじゃないのぉ~。せっかくキモチイイことして楽しもうとしてたのにぃ~」
クリスはそう言いながら幸子の服の胸のところを掴もうとした。
視線が定まらないクリスの腕は幸子を捕らえようと宙をさまよっている。
「誰かこの酔っ払いを何とかするのを手伝って!! 」
幸子の声がパーティー会場に響いた。
「あ~ぁ、すっかり出来上がってしまって 」
華岡は顔こそ赤くしていたがまだ足取りはしっかりしていた。
「じゃぁ自分が足を持ちますね 」
松田がジュースを飲み干したコップをテーブルに置くとクリスの両足首を掴んだ。
「さてと、さぁさぁ酔いを醒ましに行きましょうねっと 」
華岡がクリスの肩に腕を廻すと幸子の先導のもと、扉のあるほうに向かって歩き始めた。
「なによ~!アタシがキモチイイことしようとしてたのに~!この鬼~ッ!! 」
足をバタつかせながらクリスは罵声を3人に浴びせかけていた。
クリスのその大きな声に周囲の注目が集まる。
華岡はすまなそうに何度も周りに頭を下げた。

プシュン!

「なによ~!!もっとのませなさいよ~!! 」
通路に出てからもクリスはなお暴れ続けていた。
罵声がだんだん遠ざかっていく
声が聞こえなくなるとコロネルは付き物が落ちたか様にほっとした。


航行デッキのモニター画面にパーティー会場から様子が中継されているが、喧騒から離れた場所ならではの静けさがあった。
「お疲れ様。変わったところは無い? 」
ライはモニターを監視している時津と栗田に声をかけた。
「今のところ大丈夫ですね。このまま無事にいってくれるんじゃぁ無いでしょうか? 」
栗田はリラックスした様子で答えた。
「確かに、後2日は大丈夫なはずだしなぁ 」
時津は大きく背伸びをしながら言った。
確かにブライアン博士が計算したとおりならば、アメリカ軍が地球からこのドックに向けて攻撃部隊を向かわせていたとしても2日は猶予期間が残っているはずだ。
いや、今頃全速力でこちらに向かっているのだろう。
その前に自分たちはここからさようならだ。
「ごめんなさいね。あなたたちだって楽しみたいところなんでしょうに 」
監視しているだけでは単調で退屈するだろう。
パーティーのさなか他の監視任務に名乗りを上げてくれたクルーもそうだが、楽しみを奪うような格好になってしまったことをライは申し訳ない気持ちになっていた。
「どの道、医者にアルコール耐性が無いから飲むなと自分は言われてますし、酔ってないのが何人かはいないとやっぱりまずいでしょう? 」
時津はライに言った。
「そうなの?わたしはてっきりクリスさんみたいになっちゃたりするんじゃないかと 」
ライは冗談交じりに言った。
「でも、単に酔っ払うだけなら良いですけど、あそこまで行っちゃったりすると…裸になって走り回ったのを見たこともあったしなぁ… 」
栗田は遠い目で呟いた。

プシュン!

扉を開いて入ってきたのは、2人だった。
ひとりは加奈。
そしてもう一人はパーティー会場でライと目が合った時、目をそらせた機関部員の吉川だった。
加奈の足取りはかなりおぼつかなくなっていた。
「何こっちじろじろ見てるのよ! 」
モニターを見ていた3人の視線が一斉に加奈に向いた。
「加奈さん。かなり酔っているじゃないですか?ここは… 」
「何よ!あんたなんて大ッ嫌いよ!!大体、いつもそうやって高みから見下すようなその言い方が気に食わないのよ!! 」
加奈は千鳥足のまま、ライに食って掛かろうとした。胸ぐらを掴もうとした手がホログラムの姿を突き抜けてるとそのまま前に倒れこんだ。
「逃げるんじゃないわよ!!ちょっとあんたも手伝ってよ!! 」
加奈は立ち上がるとふらふらしながら、吉川に歩み寄っていった。
倒れないように吉川の服の胸下を掴んだ。
「加奈さん!そんなことのために来たんじゃないでしょう?謝りに行こうって言ったのは加奈さんじゃないですか?あぁ、すみません監視の邪魔をして 」
吉川は加奈を抱き、支えながら栗田と時津に頭を下げた。
「謝りに行く? 」
時津は訊ねた。
「一応、ライのおかげで今生き残っているのは事実だから、謝りに行こうと。気兼ねするし、まだ信用しきった訳じゃないからと酒をあおるだけあおって 」
吉川は答えた。
「それが謝りに来る者の態度じゃないだろう? 」
栗田は眉間にしわを寄せて加奈の醜態に溜息を付いた。
そのまま、眠ってしまったようだ。目を閉じて体をすっかり吉川に預けてしまっている。
「ここまで生きてたどり着けたことは事実だから、ライのところを認めても良いと言ってたんですが 」
吉川はそう言うとライに目をやった。
「言っとくがな、まだあんたの事を完全には信用したわけじゃない。だが実際こうして今生きているしな。それだけは認めてやる。ほかの連中もそう言ってたしな 」
吉川はライに言うだけ言うと、いすに加奈を座らせた。
いすに身を預け、眠り続ける加奈の肩に時津が毛布をかけた。
「いろんなことがあったから、認めたくない気持ちも分かるわ。でも、いつかは私のことを信用してほしい。お願い、吉川さん 」
吉川はライの言葉が聞こえなかったかのようにモニターに映し出された外の様子に目をやっていた。
放り出すといった手前、バツが悪いということだろう。ボビーにひょっとしたら言われたのかもしれない。
でも、そうであっても謝りに来ようとした気持ちは大切にしてあげたい。
ライはそう思いながら、まぶたを閉じた。
「あれ?今ちょっと光りませんでした? 」
モニターに映された外の様子を何気に見ていた吉川は、ひょんと口に出した。
「どの辺だ? 」
栗田が訊ねた。
「いや、そこのところ 」
吉川が指差すところを拡大してみた。
3つの光が見える。
こっちに近づいて来ているらしい。
「画像補正かけます! 」
時津は早速画像を修正し始めた。
人の顔のように見える複合センサー部が映し出されている。
『オービタルフライヤー』だ。
栗田はすぐさま警報のスイッチを入れた。
「敵襲!緊急警報発令!! 」
接近してくる『オービタルフライヤー』の数は3、いや光が増えていく……9機だ。
2本の‘腕’の先にはミサイルポッドの代わりに2本の白い大きな筒状の物が搭載されていた。

ドック内に警報が響き渡ると、パーティー会場のホログラム画像はかき消すようにその姿を消した。
同時に会場のあちこちにホログラムの警告表示が映し出される。
急に現実に振り戻され、何が起こったのか理解できないでいる者達も一人や二人ではない。
パーティー会場に現われたホログラムの警告画面に『オービタルフライヤー』の姿がはっきりと映し出された。
増槽と巡航ブースターを追加装備した、長距離侵攻型だ。
‘腕’に搭載されているものは恐らく大型の核反応型ミサイルだろう。
「何事? 」
美果はすぐさま航行デッキに駆け込んできた。
「船長代理!『オービタルフライヤー』です!9機こっちに向かってきます!母艦の所在は現在確認中です! 」
栗田は状況を報告した。
「全員の乗船を急いで!ライは船の出港準備を! 」
「全補助動力最大出力!主動力起動シーケンスに入りました。現在主動力起動電源チャージ中です!私は一足先に船に戻ります! 」
美果に答えるとライは航行デッキからかき消すようにその姿を消した。
ドックの至る所に、乗船を促すホログラム映像が映し出されている。
ホログラム表示の指示に従って、クルー達は通路を急いだ。
だが、したたかに酔った者が少なくないため、なかなか思うように事は運ばない。
時間だけが無駄に過ぎていく。
「何でこんなに早く来れるんだ? 」
ブライアン博士は、頭を抱えながらぼやいた。
「何か、別の方法か何かあったんでしょう。それよりも急いで!! 」
幸子は、呆然とした様子のブライアン博士の腕を引っ張った。

9機の『オービタルフライヤー』から一斉に切り離されると、ミサイルは真っ直ぐドックへ向かって突き進んだ。

ズゴゴォ~ンッ!!

すさまじい振動と衝撃が船へと急ぐクルーたちを襲った。
「うぁぁ~! 」
衝撃に足元がぐらつく。
重力制御装置が壊れたのだろう。
急に体が軽くなり、足が宙に浮いた。
航行デッキではすさまじい閃光と共にレーダーと外部映像がダウンした。
衝撃で外れた壁面パネルがクルー達を襲う。
「ぎゃぁぁ!! 」
通路内に悲鳴が響き、血の玉が宙を舞った。
「何よこんなかすり傷!急ぐのよ!こんな所で死んでたまりますか! 」
怪我をしたクルーを励ます声が通路内に響く。
「あなたたちも急ぐのよ!! 」
外部監視モニターがダウンした以上、航行デッキに残っている意味は無い。
美果は、吉川と一緒に加奈を抱えながら、栗田と時津に言った。
「了解!取り残された者がいないか確認したら自分たちも行きます! 」
栗田は宙に浮いた上着を手に取り、着ながら答えた。


巡洋戦艦『U.S.S.アラバマ』の艦長、マシューは苛立っていた。
2年に渡る長期の航海演習を終え、2隻のフリゲート共々本来ならば、当の昔に地球に帰還し、クルーに休暇を取らせているはずだった。
だが、急に司令部から新たな『演習』の命が下り、今こうして『小惑星』を標的に『攻撃演習』を行っている。
航海が終了し、クルーの多くがこのまま帰れると思っていた途端、出し抜けに『演習』を命じてきた司令部に不信感を持たずにはいられなかった。
クルーの中に不満が水面下の淀みの如く溜まってきている事はよほど鈍感な人間でもない限り明らかなことだ。
マシューは司令部の思惑を図りかねていた。
艦の格納庫では、一次攻撃から戻ってきた『オービタルフライヤー』が補給を受けていた。
二次攻撃用に推進剤の補給と、対消滅反応弾頭ミサイルの積載が進められている。
「艦長。CICから連絡が入っています。」
「繋いでくれ 」
オペレーターの声にマシューは応えた。
「艦長!この『小惑星』は変です! 」
モニターに映された情報士官の表情には驚きと困惑が見えていた。
コンソールの別のモニターには分析された『小惑星』のデータが表示されている。
「『オービタルフライヤー』からのデータを分析しましたが、絶対に自然に出来た物ではありません!特にこのような規則正しい構造は自然現象では絶対にありえません!
それに内部に不自然なエネルギー反応があります。このような小惑星が自然界でエネルギーを持ち続けるということはありえません! 」
モニターには左側に成分分析結果、右側に構造スキャン結果が表示されている。
内部はいくらか崩壊しているとはいえ、きっちりと格子状の構造を持っている。その構造の中にエネルギー反応のものと思われる熱反応が幾つも見て取れた。
マシューは困惑した。司令部は何を目的でこのような『演習』を命じたのだろうか?
この『小惑星』の本当の正体をひょっとしたら知っているのではないか……?
まさかとは思うが、異星人など手による物だったりした場合、異星人との交戦等と言う事態になりはしないか……?
マシューは無線担当士官の方を向いた。
「キャサリン、司令部への回線を開いてくれ 」
「艦長? 」
すぐ近くならともかく、ここは地球から遠く離れたアステロイド帯だ。司令部との通信となると、即時のやり取りは不可能だ。それでも繋ぐとなると……
キャサリンはマシューの顔を覗きこむように見た。
「収集したデータを送って、司令部の判断を仰ぎたい。このまま攻撃を続行して良いか、自分には判断をしかねる 」
「今回の『演習』にはクラスμの暗号通信が指定されています。地球との距離と暗号解析に要する時間を考え合わせると、最短で往復20分は必要になりますが? 」
「かまわん。それまで攻撃部隊には待機をしてもらう 」
マシューは必要な指示を出すだけ出すと、モニターに表示されたデータを前に沈黙した。


「おーい!残っているやつはいないか?いたら返事しろ!! 」
破片が漂う中、栗田と時津はドック内を確認して廻っていた。
「栗田中尉、先に船に行ってた方が良かったんじゃないんですか? 」
時津は万が一、操舵を担当する者に何かあったら船を出せないのではと心配していた。
「それなら大丈夫だ。コロネルが居る 」
時津の不安を察したのだろう。栗田は笑みを浮かべながら答えた。
「そんな風に言わないでくださいよ。それじゃぁ自分達が死ぬ様じゃないですか? 」
時津は首をすくめながら言った。
「はははっ。そうだな。なぁにそんなに簡単に人は死ぬ様には出来とらんよ 」
栗田は冗談めかしながら答えた。
攻撃を仕掛けてきた艦が今、何を考えているかは判らない。
だが今は攻撃が止んでいる。
攻撃がいつ再開されるかは判らないが、速やかに残存者が居ないかを確認し、船に急がなければならない。
重力が断ち切られたドックの中を移動するのはなかなか思うように行かない。
二人はまどろっこしい思いに駆られながら、通路を進んでいった。
突然、眼前にホログラム映像が現れた。
「栗田中尉、テレジア博士がまだ乗船していません!急いで連れて来て下さい! 」
立体映像で現れたのは奈津美だった。
まだ、通信ラインは生きているらしい。だが相応のダメージがあるためか、時々映像と音声が乱れた。
「テレジア博士だけか? 」
栗田は訊ねた。
「はい。ドックのコンピューターからのデータによると居住区の内部にまだ居るようです。今、マップに出します! 」
奈津美のホログラム映像の前に居住区のマップデータが映し出された。
かなり奥まった所に居る。
マップデータを前に時津は思わず舌打ちをした。
「船の出港準備は順調に進んでいます。後はテレジア博士を連れてきてくれれば全員の乗船が終了します 」
いつ攻撃が再開されるか判らない事も有るのだろう。奈津美の声は緊張のためか少し上ずっていた。
「分かった。テレジア博士を見つけ次第、連絡する。大丈夫だ。すぐに連れて行く 」
栗田が返答すると、奈津美は少し安心したように小さく溜息をついた。
「栗田中尉、時津さん、二人とも急いでお願いします 」
立体映像で映し出された奈津美が軽く会釈すると同時に映像は二人の眼前から消えた。

居住区の中は、雑然とした様相を呈していた。
重力が無くなった為か、何本もの木が根こそぎ宙に浮かんでいる。
その宙に浮いた木々の中にパーティーの為に用意したステージや机の破片が飛び散っていた。
本当にこの中にテレジア博士が居残っているのか?
不安になった時津は栗田の顔を思わず見た。
「いろいろ考えてみたところでしょうがないだろう?行ってみるしかない 」
時津の心配そうな顔をよそに栗田はそう言うと、木々の中を慎重に潜って行った。
栗田の姿がすぐに茂みの中で見えなくなるとあわてて時津もそれに続いた。
無重力の中で動き辛かったのが、木を支点にする事で幾分か楽になったのは時津には予想外だったがありがたかった。
どれだけ進んだだろうか、一瞬動くものが見えた。
「栗田中尉!あそこ! 」
栗田は時津が指差すところに顔を向けた。
少し遠いが確かに動く人影が見える。
テレジア博士だ。
まだこっちには気が付いていないようだった。
二人は急いで木々を縫うように向かった。
「きゃぁ!! 」
不意に時津に二の腕を握られたテレジアは思わず叫んだ。
「テレジア博士!こんなところで何をしているんですか?急いで船に乗らないと! 」
時津はテレジアに顔を向けながら、叫ぶように言うと、急ぐように腕を引っ張った。
「いやよ!ここは貴重な新種の宝庫よ!それなのに離れるなんて……!この子達がこのままだと全部死んじゃう!死んじゃう! 」
酔いが廻ったままなのだろう。真っ赤な顔で泣きながらテレジアは時津の腕を振り解こうとした。
振り解こうとするテレジアの腕を時津はしっかりと離さないように両手で掴んだ。
「ここはもうそんなに持ちません!このまま博士まで死んでしまったら誰がここでの成果を伝えるというのですか?それにライが他に同じ様な施設が後6箇所はアステロ
イドエリアに有ると言ってたのは博士も聞いてたでしょう?他の場所は誰が調査するというんです? 」
時津はまっすぐテレジアの目を見ながら説得した。
時津の腕を振り解こうとしていたテレジアの手が止まった。
じっと時津の目を見続けている。
テレジアは小さくうなずいた。
「急ごう!もうそんなに時間は残されていないはずだ 」
栗田がそう言うと時津はテレジアの手を取り、栗田に続き通路へと向かった。


「司令部からの返信来ました。命令に変更はありません。‘『標的』を完全に粉砕せよ’とあります 」
暗号を解読したキャサリンはマシュー艦長へ伝えた。
マシューの眉間に皴が寄った。
司令部は何か隠している。
マシューの心の中にあった疑念が確信に変わった。
あれは間違いなく『小惑星』ではない。
ただの『小惑星』なら‘完全に粉砕’等と言う指令が出るはずが無い。恐らくあれが何か司令部は把握済みなのだろう。
何かは判らないが、司令部にとってあっては非常に都合が悪い『何か』だ。
‘完全に粉砕’という指令を出したと言う事は、粉砕して宇宙環境を汚したと国際社会に非難されたとしても非難をかわす言い訳もすでに用意しているのだろう。
アメリカ軍人として自分が成すべき事は……?
「艦長!第二攻撃部隊の発艦許可を! 」
その声にマシューは我に返った。
軍人として上官の命令は絶対だ。内心、不審感は拭えないが今は職務を遂行するだけだ。
「第二次攻撃隊を出撃させろ!攻撃隊帰還後、全艦射程距離まで『小惑星』に接近!艦砲射撃訓練に移る! 」
マシューは必要な指示を出すだけ出すと、もたれかかるようにいすに身を委ねた。


「テレジア博士を確保したそうです。今こちらに三人とも向かっています 」
奈津美は美果に報告した。
「ハッチに人を行かせて!三人の収容を確認次第主動力起動!ここから出るわよ! 」
美果の指示を受け、奈津美は早速コンソールの操作を始めた。

ドドーンッ!!!!

突然、激しい振動と共に船体が揺れた。
ブリッジのスクリーン越しに見えていた、コア・ブロックが支えていたブームごと大量に降り注ぐ破片に飲み込まれ姿を消したところを直美は唖然として見ているしか
なかった。

ズズーンッ!バリバリバリッ!!

さらに大きな衝撃と振動がブリッジのクルーを揺さぶった。
立て続けに攻撃を受け、耐え切れなくなったのだろう。
激しい煙を巻き上げながら船体を支えていたブームが引きちぎれた。
スクリーンに映っていた周囲の光景が少しずつ左に傾き、上に流れていく。
それと同時にドック内部に満ちていた光が失われていった。
非常電源なのだろうか。
それでもうっすらと何かがある程度にはまだ見えるだけの光源は確保されていた。
船体にも容赦なく無数の破片が降り注いでくる。
破片が邪魔になり、スクリーンの表示に映らない部分がどんどん増えていった。
「固定ブーム全壊!船体28m降下、16度右舷側に傾斜しました! 」
ライがすぐさま状況報告を入れた。
「被害報告! 」
美果の声がブリッジに響き渡った。
「各部損傷の報告無し!負傷者ありません! 」
奈津美はすぐさま報告を入れた。
「船長代理!このままでは三人の収容が……! 」
直美の声を遮って、美果はすぐさま新たな指示を出した。
「左舷側の全ハッチに手空きの者を行かせて!それ以外のクルーはシステムの再チェックを! 」
奈津美はすぐさま、船内の至る所にホログラムで指示の内容を表示させた。
手の空いた者たちがハッチに急いで駆けていく音が通路にこだました。
「俺たちも急ごう! 」
ボビーがドクター マオに向かって言った。
「ちょっと待ってね!これを持っていくね? 」
がさごそと自分のかばんの中から取り出したのはロープの束だった。
「何でそんなの持ってんだ? 」
ボビーは思わず言った。
「前に一度使ったね。攻撃が有るかも知れないと言われた時に念のため、コア・ブロックから持ってきたね 」
‘用意周到なことだ’
ボビーは思わず苦笑いした。


三人は唖然として立ち止まっていた。
眼前にはへし折れたブームが立ちはだかっていた。
眼下には破片漂う中、これから乗り込むはずの赤い金属光沢を放つ船体が側面をさらしていた。
側面のハッチはすべて開かれている。
こっちに気が付いたのだろう。
ハッチの内のひとつに、手を振る人影が見えてた。
「時津 」
栗田は時津に話しかけた。
「跳ぶしかないだろう。二人で博士を支えて行くぞ! 」
時津は少しうつむいてほかにいいアイデアがあるか思案した。
ほかにいい考えは浮かびそうに無かった。
理由はよく判らないが、今は攻撃が止んでいる。
「そうですね、攻撃が止んでいる今のうちに何とかしないと 」
少し間を置いて時津は首を縦に振った。
「ちょっと!あんなところにトンで行くの? 」
テレジアは思わず取り乱した。
それはそうだろう。
船体との間の距離はどう見ても100メートルは離れている。
しかも破片が幾つも宙に浮いている。そこを飛んでいこうというのだ。
もし破片がぶつかったりしたら無事では済むはずが無い。
「急ぎましょう。そんなに時間に余裕があるわけではないでしょうから 」
時津はテレジアの肩に腕を廻した。
「ちょッ!いや待って!まだ心の準備……!! 」
テレジアは眼下に広がる光景を前に竦んでいた。
「大丈夫です。二人でしっかり支えていますから。怖かったら目をつぶっていてください 」
栗田が落ち着いた声で話しかけるとテレジアは‘ギュッ’と何も見たくは無いと言うほどに強く目をつぶった。
栗田がテレジアの肩に腕を廻すと栗田の顔を見た。
漂っている破片を出来る限りかわさなければならない。
飛び出すタイミングを二人で計っていた。
テレジアは、なかなか飛び出そうとせずにいる二人の様子にじれったい思いがした。
‘チラッ’とちょっとだけ片目だけ開けてみた。
真剣な表情でタイミングを推し量っている二人の姿が目に映った。
「行こう! 」
栗田が言ったと思った途端、テレジアの体は宙に浮いた。
「キャアァ~ッ!!! 」
テレジアの悲鳴がドック内にこだました。
破片が目の前を掠めて飛んでいく。
二人に支えられながら、テレジアは恐怖で目を見開きながら声も出せずにいた。
足もとには何も無い。
いや、足元には幾つもの破片が宙に浮かび、赤い金属光沢の船体に破片が大量に降り注いだ姿が見えている。
その距離はテレジアには100メートルは離れているかのように感じられた。
船体に近づくにつれ、ハッチに居るクルーの姿が明瞭になってきた。
加々見が三人の体を捕まえようと身を構えている。
後、5メートル位か。
加々見は腰のロープのフックを再確認した。

ドドーンッ!!

轟音と共に光の束がドック内部を強烈に照らし出した。
度重なる攻撃で、内部の気密が保てなくなったのだろう。
光の束がドック内を照らし出すと同時に猛烈な嵐がドック内に吹き荒れ始めた。
加々見が飛び出し、三人を捕まえようとしたその刹那、三人は加々見の視界からその姿を消した。
「しまっ!! 」
加々見が身をハッチから乗り出した瞬間、別のハッチから勢いよく誰かが飛び出した。
ドクター マオだ。
「クッ!! 」
必死の形相で伸ばしたその手は時津のズボンのすそを掴んでいた。
力に任せて手繰り寄せると、時津のズボンのベルトにしっかりと手を掛けた。
「早く引っ張るね!時間が無いよ!! 」
ドクター マオはハッチでロープを支えるボビーに怒鳴った。
ボビーも必死で引っ張ろうとするが、あまりにも吸い出される力が強すぎる。
支えているのが精一杯だった。
その様子を見た加々見は走り出した。吉田もそれに続く。
加々見と吉田だけではない。
三人を捕まえた様子を見ていたクルー全員が、急いでボビーとドクター マオが三人を引っ張り込もうとしているハッチに向かった。
「ウグッ! 」
声にならない声が聞こえた。
ふと、自分の肩に廻っていた腕に力が無くなり、テレジアは横を見た。
栗田が口から血を吐き、のぞけると体が自分から離れようとしていた。
「栗田さん!! 」
テレジアは慌てて、栗田の腕を掴んだ。
栗田は完全に気を失っている。破片の直撃を受けたらしい。
必死で栗田が吸い出されないように腕を掴むが、吸い出そうとする力の前に自分の力では余りにも無力だ。
「絶対には離すな~!! 」
時津が自分に向かって怒鳴るように叫ぶ声が強烈な吸い込む音の中でかすれながら聞こえる。
「くくううぅー! 」
だめだ。自分の力ではもう支えきれない。
ドクター マオは時津の体を、時津はテレジアの体を支えるのが精一杯だ。
そこに更に栗田の体を支えるのは不可能な話だ。
手がしびれてくる。
「あぁ、神様!! 」
心の中でテレジアは思わず祈った。
このまま自分を助けようとした栗田を自分は見捨てなければならないのか?
「大丈夫だ!もう手を離してもいい 」
ふいに落ち着いた声が聞こえた。
必死で栗田の腕を掴んでいて気が付かなかったのか、加々見が静かに笑みを浮かべて目の前にいた。
ふとハッチのほうを見ると何人ものクルーがロープを引っ張っている様子が見えた。
良かった。
これで助かる。
テレジアは安心すると、急に気が遠くなり気を失ってしまった。


「三人の収容を確認!ハッチ閉鎖しました! 」
奈津美は美果に三人を無事収容したことを報告した。
「全ハッチ閉鎖確認!船内気密異常ありません!全主動力ライン、システム異常有りません! 」
美果はライの報告を受けるとモニターを見ていた顔を上げた。
「主動力全セキュリティーロック解除!主動力起動! 」
「了解!全セキュリティー解除!プラズマジェネレーター、フィールドグリットスタンバイ!フィールドブースターオンライン! 」
美果の指示を受けた百瀬が次々にシステムを立ち上げていく。
船体上部側面に窓のように備えられた12個のプラズマジェネレーターが鈍い赤銅色を帯び始めた。そして側面を縁取るフィールドグリットが青白い光を持ち始める……。
「主動力起動電源、波動同調機接続!主動力起動!! 」
百瀬の声がブリッジに響いた。
主動力の起動スイッチが入れられると、船体を貫く3本のトリリトンの周囲に青白い光の玉が幾つも浮かんだ次の瞬間、トリリトン自体が青白い光に包まれた。
船体の頂部、尖塔のように突き出たカソード電極部から光がほとばしる。
一瞬、ドック内部に暗黒の闇が訪れた。
その闇が瞬く間にその姿を消すと、ドック内には青白い光が満ち溢れた。
ブリッジのスクリーン上には船体に覆いかぶさっていた破片がみるみる内に引き剥がされていく様が映し出されている。
「トリリトン励起!主動力現在出力17パーセント!転換効率128パーセント!主動力作用臨界点突破!プラズマリークディティクター、リーク検出無し! 」
「船体傾斜復元!天蓋部砲撃用意!天蓋破砕と同時にドックより離脱する! 」
百瀬の報告を受けた美果は矢継ぎ早に命令を発する。
主動力が起動した船体はゆっくりと目覚めるかのようにその身を起こすと浮上を開始した。
船体を包み込むディフレクターフィールドの青白い光が少しずつ強くなっていく。
「了解!副砲一門発砲用意!出力設定14.7パーセント、ゼロ距離全自動射爆!砲撃準備完了!いつでも撃てます! 」
設定を済ませた中田の美果に報告する。
「基準空間座標系確立!離脱軌道コース確認!いつでも行けます! 」
コロネルは直美から受け取った軌道データを確認すると、美果に報告した。
「撃ーッ!! 」
美果の号令と共に一条の光が天蓋を穿った。
同時に、船体下部をぐるりと取り囲むフィールドブースターから強いプラズマの瞬きが放たれ、船体は一気にドックの外に飛び出した。


「あれは何だ!! 」
ブリッジに驚きの声が上がった。
『小惑星』から一条の光が放たれると共に無数の破片が飛び散り、その破片が漂う中、『小惑星』の中から青白い光の塊がその姿を現した。
マシューは一瞬、判断に迷った。
あれは一体何だ?
自分はどうするべきなのだ……どうすべきだったのか……?
「艦長! 」
「判っている。」
副長の声にマシューは我に返った。
今、我々に与えられている任務は、『小惑星』を標的として砲撃演習を行い、‘完全に粉砕’することだ。
‘あれ’の正体は判らないが『小惑星』から現れた以上、‘粉砕’の対象のひとつなのだろう。
「全艦、砲撃対象を前方発光体へ変更!第二砲撃用意! 」
マシューは冷静に命令を発した。
3隻のプラズマレールキャノンの砲身に光が漲っていく。
「撃ーッ!! 」
マシューの号令がブリッジに響くと共に一斉に3隻の砲門から光の束が放たれた。


「前方、艦隊3隻確認!砲撃体制にあります! 」
松田が言うまでも無く、スクリーン上に映し出された3隻の艦は攻撃態勢にあることは明らかだ。
「船長代理!酩酊者が多くいる現状での迎撃は避けるべきです! 」
中田の進言を受けると美果はチラッと空席になっている総合オペレーターの席を見た。
加奈はとてもではないが今現在、任務につける状態ではない。
加奈だけではない、船内にはいまだ酔いが醒めないままの者を多く抱えている。
「アクティブグリッド展開!ディフェンスモード! 」
美果の指示を受け、中田はすぐさまコンソールを操作した。
船体の周囲に閃光と共に幾つもの球体が姿を現す。
「敵艦隊発砲!攻撃来ま…ッ! 」
松田が言い切る前に砲撃の光の束がこちらを目指して突き進んできた。
展開されたディフェンスシールドに阻まれたプラズマ弾が船体を眼前にしてはじかれ、次々とドックに突き刺さる。

カッッ!!

次々と光の束が突き刺さったドックは巨大な光の塊となって砕け散った。
ブリッジのスクリーンに強烈な閃光があふれる。
直美は思わず手で光を遮った。
「ドックが…… 」
松田はその巨大な構造物が見事なまでに砕け散ったその様子に恐怖と感嘆が混じったような声を上げた。
美果は、次の一手をどうすべきか悩んだ。
中田が言うとおり酩酊者が多くいる現状では直接戦闘は避けたい。
いつまでもここに留まっていることは賢明とはいえない。
この船のディフェンス能力はこの程度の攻撃にはビクともしないだろうが、我々にはハミルトン船長に言い渡された‘地球に戻って真実を明らかにする’という任務
を果たさねばならない責務がある。
かといって、直接地球に向かうのは酩酊者が居る現状では避けたほうが無難だ。
火星に向かっても良いかもしれないが、アメリカ軍が何らかの手を打っている可能性がある……。
「直美航法士長!火星公転軌道への空間転移軌道演算を急いで!火星の点対称エリアへ転移するわよ! 」
「火星の点対称エリアですか? 」
‘そんな所に行っても何も無いのに?’直美はそう思いながら上ずった声で美果に訊ねた。
「とにかく今は安全なところに退避しないと!急いで! 」
「了解! 」
美果の指示を受けた直美が早速データ検索を始める。
「軌道演算終了!行けます! 」
「主動力空間転移出力まで出力上昇!タキオン粒子密度規定値まで上昇確認!行けます! 」
百瀬の報告する声と共に船体は赤い光を纏い始めた。
その赤い輝きは出力が上昇するにつれますます強くなっていく。
「『スサノウ』、発進!! 」
美果の号令の下、コロネルがコンソールを操作すると、『スサノウ』は強い光を放ち一条の光の矢となり虚空を突き抜けた。

「うあぁ!! 」
『アラバマ』のブリッジに恐怖と驚きが入り混じった叫び声が上がった。
艦隊の砲撃がすべて弾かれ、『小惑星』に突き刺さり巨大な光の塊となって砕け散ったその直後、青白い光を放っていた『発光体』が赤い光の矢となり、『アラバマ』
の眼前を突き抜けていった。
「全員取り乱すな!各部署現状を報告せよ! 」
マシューは努めて冷静に命令を発した。
「各部署異常有りません。『発光体』ロストしました 」
CICからの報告を受けると、緊張が解けたのか背中にどっと汗が吹き出てきた。
司令部はこうなる事が判っていたのだろうか?
‘あれ’が何かは判らないがこちらの攻撃に一切反撃をしては来なかった。
だが、次は?
マシューはこれから何が起こるのかを想像すると‘ブルッ’と身震いがした。


ここからは『火星』はもちろん『地球』の姿も今は見えない。
だがその代わり攻撃される可能性も無い。
今の所は。
「痛タタッ! 」
目が覚めて起き上がろうとすると、背中に何かが突き刺さったかのような強烈な痛みを栗田は感じた。
「だめですよ、ちゃんと寝てなくちゃ! 」
栗田が起きた事に気が付いたテレジアが急いで駆けてくると、右肩を持ち再び寝かせようとした。
「ぎゃぁ!! 」
激烈な痛みに栗田は思わず叫び声を上げた。
テレジアは、‘しまった!’とばかりに思わず両手で口を塞いだ。
「ごめんなさい!本当にごめんなさい!助けてもらったのにこんな痛い思いまでさせてしまって…… 」
テレジアは平謝りしていた。
「何しているんですか?右の肩甲骨が折れているから気をつけろと華岡先生が言ってたじゃないですか? 」
声の主はクリスだった。
ドクター マオの肩に湿布を貼っていた手を止めこちらを振り向いていた。
何故か、テレジアはそそくさと引き下がっていく。
「そんなこと言っても急だったからしょうがないね!とにかくみんな無事に乗れたことだし、後はみんなで地球に帰ることだけ考えれば良いよ! 」
ドクター マオは肩を揉みながら明るく言った。
「ドクター マオ、肩は大丈夫ですか? 」
栗田はドックの中でのことを思い出していた。
空気が吸い出される嵐が吹き荒れる中、ドクター マオが必死で時津のズボンのベルトに手を掛けていた事が思い出された。
肩の脱臼ぐらいしていてもおかしくは無い。
栗田が思いを巡らしている間に、クリスはドクター マオの肩の湿布を貼り終えた。
クリスに礼を言うと、
「ちょっとひねっただけね!すぐ良くなるよ! 」
ドクター マオは軽く右腕を振りまわしながら医務室から出て行った。
なんとなしにそそくさと急いでいるような感じだった。
その様子を見て、クリスは“ズイッ!”と近づくと栗田に訊ねた。
「ねぇ?それにしても、そりゃ酔ってた時の事を何も覚えてはいないけど、何でみんな私を見ると避けるようなことをするわけ? 」
……真剣に悩む表情を見せるクリスを前に、栗田は本当のことを話すべきかそれとも知らないままの方が良いか思い悩んだ。


美果はブリッジに怪我人などを除くクルーを全員集めていた。
どうしてもブリッジに来られないクルーは映像で様子を確認しているはずだ。
「みんな集まったわね?これからどうすべきかここで決めたいんだけど? 」
美果は周りを一瞥すると、話し出した。
「ハミルトン船長は地球に帰還して、全ての真実を明らかにするように仰ったけれど、地球に戻ったらまず間違いなく戦いは避けられないわ。それでも帰りたいかどうか
聞きたいの。今の内ならこのまま地球に帰らず、もっと違うどこかに行くことも出来るわ 」
「そんな事言ったってどこへ行こうってんだ!! 」
ブライアン博士が真っ先に吼えた。
「行くあてなんぞどっかにあるわけじゃねぇだろうが!!それに俺たちが何か悪いことしたっていうわけじゃねぇのになんでこそこそ逃げるようなまねをせにゃいかんっ
て言うんだ!! 」
よほど胸に据えかねるものがあったのだろう。ブライアン博士の怒号がブリッジに響いた。
少し間を置いて幸子が口を開いた。
「確かにブライアン博士の言うとおり、移民に適合した惑星を見つけたって言う話はまだ聞いた事が無いし、見つけたら見つけたで色々大変なんでしょ? 」
幸子は、そう言いながらテレジアに目配せをした。
「仮に、移民に適合した惑星を見つけたとしても、防疫を始めとした様々な調査が必要になります。もし、私が調査隊に加わったとして、防疫、生態系調査だけで5年は
ほしいわね 」
テレジアは、頭の中で何が必要か思いを巡らしているのだろう。宙を見つめながら幸子に応えた。
「他に意見は?」
美果は周囲に改めて問い正した。
「どの道、帰るしか無いでしょう。仮に移住先に成りそうな惑星を見つけたとして我々だけでは移民に適合するかを調査しきるのは無理な話しだし、知っておいて連中を
そのまま野放しにしておくのも気分の良い話じゃないですからね 」
中田は腕を組みながら応えた。
「絶対に戦いになるって言う話でも無いでしょう?一気に国連ビルの真上にでも行けばいくら鈍感な人間でも話を聞こうって話になるんじゃない? 」
周囲をリラックスさせようとしたのだろう。奈津美がおどけた様子で言った。
「繰り返し言うけど、多分戦いは避けられないわよ。皆、覚悟は大丈夫? 」
美果は周囲を見回した。
「コロネル、君は良いのか? 」
ボビーは隣で美果の話を聞いていたコロネルに訊ねた。
「同じアメリカ軍人と戦うことになるぞ? 」
「それはボブ博士も同じでしょう?自分は堂々と帰ってうまい酒が飲みたいですしね 」
コロネルは落ち着いた様子で答えた。
「……帰ったら一緒に飲もう。」
ボビーはそう言うとコロネルの肩を叩いた。
…地球に帰還することに反論する声は、結局聞かれなかった。
「じゃぁ、戦闘に備えてそれぞれ何をすべきか予め役割を決めておきましょう。皆、良いわね? 」
美果はそう言うと周囲を見回した。


「軌道演算終了! 」
直美が美果に報告する船体は赤い輝きを纏い始めた。
「主動力空間転移出力まで出力上昇!タキオン粒子密度規定値まで上昇確認! 」
百瀬の声がブリッジに響く。
「『スサノウ』、発進!! 」
美果の号令とともに『スサノウ』は赤い光の矢となり、虚空を突き抜けていった。
この船の空間転移能力をもってすれば、火星軌道から地球までの距離はあっという間だ。
地球の高度600キロメートル上空に突然、赤い光が出現した。
『スサノウ』だ。
『スサノウ』のブリッジのスクリーンには地球の姿が映し出されている。
そう、我々は地球に戻ってきたんだ。
時津はスクリーンいっぱいに映し出された地球の姿を感慨深く見つめた。
上を見上げればモルディブ軌道エレベーターの静止衛星の姿が見える。
突然の『スサノウ』の出現に今頃大騒ぎに成っているのかもしれない。
『スサノウ』のブリッジでは当初の予定通り、地球への降下コースを設定し始めた。

突然、地球の青い輝きを背景にして閃光が走ると、青白い光を発した円柱状の物体が姿を現した。
円柱の先端部にぐるりと円を描いたオレンジ色の光が見える。
その“円柱状の物体”の周囲に光る小さな球体がいくつも出現した。
それと同時に“円柱状の物体”の輝きが強くなり少しずつ赤みを帯び始める……。
「未確認物体出現!エネルギー反応急速に上昇!! 」
ブリッジに松田の声が響いた。、
直美はその姿をどこかで見たことがあるように感じた。
そう、夢の中で見た戦闘打撃艦『ラミカムイサ』に良く似た艦型だ。
「ライ!? 」
「シャーン・キア級戦闘打撃艦です!!この船の装備では直接戦闘は無理です!! 」
直美の問いかけるような声にライはすぐに応えた。
「アクティブグリット展開!ディフェンスモード!! 」
美果が命令を下すと共に『スサノウ』の周囲に光る球体が出現した。
その直後、“円柱状の物体”の周囲に展開していた“球体”からビームが放たれた。
幾すじものビームが『スサノウ』目指して突き進んでいく。
放たれたビームは『スサノウ』のディフェンスエリアに阻まれ、弾かれると、地球めがけてその向きを変えた。
地球表面、ビームが落ちた先の洋上にいくつもの光の塊が出現した。
その光の塊はどんどん巨大化し、あるものは互いにくっつき更に巨大な光の塊になり、大気を突き破って行った。
「うあぁぁッ!!! 」
そのあまりの光景にブリッジに叫び声が上がった。
‘こんなところではとても戦えないわ! ’
美果は眼下に広がる光景に思った。出来るだけ地球から離れないと地上に被害が広がるだけだ。
“円柱状の物体”は第二撃を撃とうとしているのだろう。既に赤い輝きを纏い始めていた。
「コロネル!空間転移急いで! 」
「船長代理!座標設定がされていません!! 」
「どこでも良いわ!地球に被害が及ばなければいい!! 」
『スサノウ』が空間転移するとその直後、“円柱状の物体”から放たれたビームが『スサノウ』がいた空間めがけて突き進んでいった。

『スサノウ』は高度1万2千キロメートルの衛星軌道上に空間転移した。
「船長代理!以後、あの“未確認飛翔体”を『敵艦』と呼称します! 」
松田は美果に報告した。
「急激な転移のためシステムに過負荷が掛かっています!システム安定までしばらく時間が必要です! 」
ライの報告に美果は思わず舌打ちをした。
『敵艦』と異なりこの船は本来“恒星間連絡船”だ。本格的な戦闘などは始めから想定して作られてなどいない。
システムが不安定なままの今の状況下で攻撃を受けるわけには行かない。
美果は次の一手をどうすべきか思案した。
「『敵艦』出現!! 」
松田の声に、美果は現実に引き戻された。
ブリッジのスクリーンには空間転移した『敵艦』の姿が映し出されていた。
『敵艦』は周囲に球体を展開し、赤い輝きを纏って攻撃態勢にある。
「ディフェンスシールド展開!急いで!! 」
美果はすぐさま松田に命令を発した。
「シールド安定しません! 」
松田の悲鳴にも似た声がブリッジに響く。
『敵艦』の艦首、円柱の先端にぐるりと円を描くようにオレンジ色の光を発していた艦首フィールドブースター部の青白い輝きが赤く変化し始めた。
『敵艦』は完全にこちらを撃破するつもりなのだろう。
『敵艦』の周囲に展開している球体のみならず、艦首フィールドブースター部からも一斉にビームが解き放たれた。
『敵艦』から放たれたビームが『ディフェンスエリア』に到達すると、激しい閃光を上げながら弾かれていく……。

ズズーンッ!!!

『スサノウ』の船体が激しく揺れた。
ビームの一撃がディフェンスシールドを食い破り、主船体右舷を直撃した。
右側面のフィールドグリットから赤い火柱が上がる。
「右舷損傷!第24区画から第39区画にプラズマリーク確認!負傷者が出ています! 」
加奈の状況報告する声がブリッジに響く。
「メーザーパワーコンジット損傷!!16から24ユニット機能停止!バックアップ切り替えます!! 」
百瀬の動力区画からの声がブリッジに響く。
「船長代理!アクティブグリット制御できません! 」
中田の報告に美果は愕然とした。
アクティブグリットが制御できなければ防御はもちろん攻撃能力も大幅に削がれる事になる。
アクティブグリットを構成する球体は制御を失うと輝きを失い、あてども無く漂い始めた。
「百瀬機関長!アクティブグリットの復旧にどれだけ掛かる? 」
「推定ですが、一旦主動力を停止して最低3日は掛かると思われます!! 」
美果の問いに百瀬は答えた。
百瀬の報告は更にこの状況が絶望的なことを補強するのに十分だった。
ディフェンスシールドを展開できなければ、ほぼ直接、攻撃を受けることと同じだ。
いずれにせよ先ほどのような攻撃を受ければひとたまりも無いだろう。
赤い炎を上げているその姿に勝利を確信したのだろう。『敵艦』はゆっくりと『スサノウ』に近づいてきた。
「百瀬機関長、もう一度転移できる? 」
美果は百瀬に訊ねた。
「現在、出力24パーセント。とてもじゃないが無理です! 」
美果の眼前に煤だらけの姿の百瀬がホログラム映像で映し出されていた。
「一瞬でいいの! 」
百瀬の考え込む姿が映し出された。
「…ライはなんて言ってますか? 」
美果はライの方を向いた。
ライは損傷に対する対応で目いっぱいの様子だ。ホログラムで映し出されたデータの山とさっきからずっと格闘している。
「ライ… 」
「0.3秒です!それ以上は物理的に無理です!!空間転移をするなら損傷区画の被災者の収容を急いでください!!確実にプラズマの嵐が直撃します!! 」
美果と百瀬のやり取りを聞いていたのだろう。
ライはすぐに答えた。
0.3秒では長距離の空間転移は無理だ。すぐに追いつかれてしまう。
美果は中田の方を見た。
「船の兵装はどれだけ使える? 」
「アクティブグリット無しでは長距離攻撃は無理です!!主砲・副砲共に健在ですが主砲を撃つには出力が足りません!! 」
向こうは『スサノウ』と異なり本格的な“戦闘艦”だ。
副砲ではカスリもしないだろう。
いや、主砲でも『敵艦』に有効な一撃を与えられるかは分からない。
しかし、その主砲を撃つにも損傷した今の状況では出力が足りない……。
美果はふと思った。
主動力を起動するために、起動電源をチャージしてその電力で主動力を起動している。
起動電源にありったけ電源チャージをしてそれを主砲に廻せばいいのでは……。
「ライ!補助動力から起動電源に電力を溜め込んで主砲に廻すことは出来ない? 」
「船長代理、主動力起動電源システムはそのような使い方は想定されて作られていません!バックラッシュを起こしてシステム全体の損傷は避けられません!! 」
「このままじゃどの道全員、ここで死ぬことになるわ。少しでも可能性があればそれに賭けてみないと! 」
美果も何とか活路を見出せないかと必死だ。
ライの作業の手が止まった。
「副長!『敵艦』再攻撃態勢に入りました 」
緊張した松田の声がブリッジに響く。
『敵艦』の纏っている赤い輝きが次第に強くなり始めた。
それまでライがずっと抑えていたのだろう。
船体全体に異常な振動が起き始めた。
ライはシステムの設定の再確認を始めた。
「…主砲を撃つ直前に起動電源への動力ラインを強制的にカットすれば、被害を最小限に抑えられるかもしれません 」
ならば、空間転移して『敵艦』に近接して主砲を撃てば活路を見出せるかもしれない・・・。
「コロネル!何とかこの攻撃をかわして! 」
「ですが……! 」
美果にコロネルは戸惑いの言葉を投げかけた。
「『敵艦』のクルーはまだ船のシステムになれていません!チャージ終了から発射まで0.26秒のブランクがあります!その隙を突けば回避可能です! 」
『敵艦』の攻撃パターンを分析していた時津が二人の会話に割って入った。
「タイミングは取れるの? 」
美果は時津に質した。
「取って見せます! 」
時津は刻々とデータが更新されていくモニター画面を睨んだまま答えた。

「急げ!早くしないとここも閉鎖されるぞ!! 」
ブライアン博士の怒声が響いた。
電気火災特有の臭いと肉が焼けるような焦げ臭さが満ちた中、懸命に救出作業が続けられている。
爆発で吹き飛んだメーザーパワーコンジットの破片が機関部員の体を挟み込んでいた。
ボビーとブライアン博士は破片を機関部員から引き剥がすべく破片を引っ張っていた。
「糞ッ!外れねぇ!」
ボビーは思わずぼやいた。
「誰か力を貸してくれ!! 」
ボビーの声に呼応して先に救助を済ませた三人が集まってきた。
「いくぞ!せーのッ! 」
機関部員を挟み込んでいた破片がきしむ音を立てながらゆっくりと外れていく。

ズゴゴーンッ!!

突然激しい振動がボビーたちを襲った。
「ぎゃぁァ! 」
衝撃で破片が傷に更に食い込みでもしたのだろう。
悲鳴とともに機関部員が気絶した。
股間が濡れている。
ボビーは気絶した機関部員の頬を引っ叩いた。
「このやろう!くたばんじゃねぇぞ!!全員生きて帰るんだよ!! 」
機関部員の頭がかすかに動いた。
「よし!もう一度いくぞ!!せーのッ!! 」
ブライアン博士の掛け声とともに五人は再び破片の引き剥がしにかかった。
ギギ~ッ!カコンッ!!
機関部員を挟み込んでいた破片が外れ、機関部員が床に崩れ落ちた。
思ったより出血がひどい。
五人は機関部員を抱き上げると急いでその場を離れた。
「そっちの救助は終わったのか? 」
加々見が他の負傷者を抱えたまま、五人に訊ねた。
「全員救助終了しました。死者はいません 」
ボビーが答えると同時に隔壁が閉じた。

「現状報告! 」
『敵艦』の攻撃直後、美果は指示を出した。
「第3センサーユニット損傷!航行システム自体には更なる被害はありません 」
百瀬の声がブリッジに響いた。
時津の言った通り、『敵艦』の攻撃タイミングにわずかにブランクがあった。
『スサノウ』は攻撃の直前、『敵艦』に対し急降下して攻撃をかわしていた。
「損傷区画の負傷者の救助、全員終了しました! 」
加奈が美果船長代理に報告した。
攻撃がすんでの所でかわされたためだろう。
『敵艦』はアクティブグリットをより広範囲に広げた。
艦体が再び赤い輝きを纏い始めている。
「直美航法士長!『敵艦』の空間座標は確定している? 」
美果は直美に訊ねた。
「随時把握しています! 」
直美の答えを聞いて、美果はうなずいた。
「それじゃあ、作戦通りにいくわよ!! 」
美果の声にブリッジの全員がコンソールに改めて向き直った。
『敵艦』の輝きが更に強くなっていく。
「今だ!! 」
時津の声とともに『スサノウ』は空間転移した。
『敵艦』は『スサノウ』の目と鼻の先だ。
2隻のプラズマフィールドが互いに干渉しあい、強烈な閃光が虚空にほとばしる。
‘これなら絶対外さない!! ’
美果は心の中でつぶやいた。
「撃―――ッ!!! 」
美果の号令とともに『スサノウ』のフィールドブースター部の輝きが一点に収束して、『敵艦』めがけて放たれた。
そして次の瞬間、もうひとつの太陽が生まれたかのような強烈な光が虚空を満たした。
『スサノウ』の放った一撃は、『敵艦』の艦首を突き破ると艦体の外装を溶かしつつ引きちぎりながら艦体の三分の一あたりの所から突き抜けていった。
反動で『敵艦』が吹き飛ばされていく。
「…終わった… 」
その様子を見ていた奈津美は思わずつぶやいた。
「各部損害報告! 」
美果は早速指示を出した。
「フィールドブースターおよび主砲損傷!現在主動力出力12パーセントで稼動中!これ以上上がりません!第1補機および第3補機システムダウン!第2補機は供給ライン
損傷のため出力32パーセントで運転中! 」
動力区画から早速報告が挙がった。
「船内新たな負傷者の発生はありません!第4生命維持装置への電力供給ラインがシステムダウン! 」
加奈が各部署から上がってきた報告を読み上げる。
「船長代理! 」
ライが美果に緊張した声で言った。
「何? 」
美果は訊ねた。
「至急、第2補機と第3補機の復旧を急がせてください。『敵艦』が地上に落ちます!!その前に何とかしないと大惨事になります!! 」
正面スクリーンに『敵艦』の予測軌道が映し出された。
大気圏突入角度がきつい。
予測軌道の先に『敵艦』が落ちていく先が表示された。
そこにはアメリカ合衆国南西部ラスベガス近郊が表示されていた。
「落ちた場合は? 」
内心判ってはいるが、あえて中田は訊ねた。
「間違いなくラスベガス一帯は焦土となります 」
ライは少し上ずった声で答えた。

「直美!あの艦を先回りする軌道を算出急いで! 」
「演算済みです!操舵士にデータ送ります! 」
美果の問いかけに直美はすぐに答えた。
「コロネル! 」
「すぐに追いかけます!! 」
美果に指示されるやすぐさまコロネルは『敵艦』を先回りする軌道に『スサノウ』を乗せた。
艦首が破壊され艦体に引き剥がされたかのような大穴が開いている姿がスクリーンに映し出されている。
「あの艦の中の状態は判る? 」
美果は松田に訊ねた。
「今スキャンしています。……補助動力生きています!艦内に生命反応を確認!少なくとも20人は中にいます! 」
松田は美果に答えた。
「墜落まで後どれだけ時間がある? 」
「残り21分です! 」
美果の問いに『敵艦』の落下軌道を分析していた、ルナが答えた。
「美果船長代理!時間を多少稼げるかもしれません! 」
ライが美果に言った。
「どう言う事? 」
「補助動力が生きているならあの艦の航行システムを組み替えて、MHD推進を可能にすれば多少は浮力が出るはずです!その間に『スサノウ』のシステムの復旧を急いで
行ってトラクタービームで引き上げれば墜落は回避できるかもしれません! 」
美果にライは答えた。
すでに二隻とも地球の重力圏の中だ。いずれにせよ時間が躊躇している間を許さない。
「なら急いでやるわよ! 」
美果が言うとライは早速準備操作を始めた。


主動力が停止した艦内は薄暗く煙が立ち込めていた。
「だめです!推力確保できません! 」
コンソールを操作していた士官が艦長に報告した。
「クソッ! 」
艦長は握りこぶしをコンソールに叩き付けた。
このままではこの艦はアメリカ本土に墜落する。
だが推力が確保できなければ、どうしようもない。
艦長の心の中に絶望感が芽生え始めていた。
「何だ!? 」
ブリッジに驚きの声が上がり、艦長は思わず顔を上げた。
ブリッジに光の塊がいくつも形成されていく。
別の船のブリッジの姿が自艦のブリッジの姿に重なって作り出されていった。
「時間がありません!急いで用件だけ言います! 」
指揮官と思しき女が口を開いた。
「私は科学調査船『スサノウ』船長代理、寿美須 美果です。こちらで貴艦のシステムを組み替えて推力を確保します。コントロールを渡してください! 」
「貴様ら助けなど誰が要るか!! 」
美果のホログラム映像に向かって怒鳴り声を上げた士官を艦長が制した。
「『イオカステ』艦長、ブラッドリーだ。貴官の申し出を感謝する 」
「なぜです?我々には… 」
「もはや我々にできうる手段が無い。それとも地上を巻き込みながら我がアメリカの大地に生きながら骨をうずめる気かね? 」
反論を制し、ブラッドリー艦長は落ち着いた声で諭すように言った。

「時津さん!ルナさん!私が『イオカステ』のシステムを組み替えている間の制御をお願い! 」
ライはそう言うと、時津とルナのいるコンソールにデータを表示させた。
数値が刻々と変化している。
「左側の数値に右側の数値を合わせるだけで良いの!じゃぁ始めるわよ! 」
ライはそれだけ言うとすぐさま『イオカステ』のシステム組み換え作業に入った。
「うわあぁ!! 」
『スサノウ』の船内に叫び声とも悲鳴とも着かない声が上がった。
ライが『スサノウ』のシステム制御の手を離すと同時に激しい振動と共に船体が急降下し、右舷に30度余り傾斜した。
時津とルナは必死で船体を安定させようとしているが不慣れな操作に船体は激しく揺れた。
激しい揺れの中、直美はライの様子を見た。
ライの前に映し出された、『イオカステ』のシステムの表示をすさまじいスピードで組み替えている。
「くうぅ~! 」
激しく揺れる中、コロネルは何とか軌道を保とうとしていた。
「手伝う! 」
横で声がした。
コロネルはチラッと横を見た。
栗田だった。
「だめですよ!まだ安静にしてないと! 」
「この状況でおちおち休んでなんぞ居れるか! 」
痛みに耐えるように眉間にしわを寄せながら、栗田はコロネルに答えた。
コロネルの手が回らないところを栗田はサポートするように操作をして行った。
軌道を何とか保つことができる……。
後は『イオカステ』を墜落前に引き上げるだけだ。

「これで、いいはずです。やってみてください 」
ライが言うと、早速『イオカステ』の操舵士はコンソールを操作した。
『イオカステ』の艦首フィールドブースターの下部に大気圏突入による熱によるものとは異なる赤い輝きがかすかに灯った。
わずかだが、艦首が持ち上がる。
「まだだ…もっと推力がないと…… 」
誰とも無く声がこぼれた。
『スサノウ』のスクリーンには刻々と変化していく『イオカステ』の落下軌道が表示されている。
ラスベガスに落ちることは無くなったが、その代わり場所が変わっただけだ。
「船長代理!現状ではシエラ・ネヴァタ山脈に落ちます! 」
ルナが美果に報告する。
「分かってるわ!百瀬機関長、現在の復旧状況は? 」
「第2補機の供給ラインは復旧完了!今は全力で第3補機の復旧に当たっています! 」
騒音の中、百瀬は怒鳴るようにコンソール越しに答えた。
「ブラッドリー艦長、現在全力で貴艦の引き上げ対策を講じております。ですが御覧の通り戦闘による損傷が激しいため、対応に時間が掛かっています 」
美果はありのままに現状をブラッドリー艦長に伝えた。
「引き上げられるなら早くしてくれ…… 」
『イオカステ』のブリッジの士官の一人が泣きながら崩れ落ちた。
「復旧が間に合うかは、今のところ“賭け”と言うしかありません…… 」
美果は唇を噛み締めながら答えた。

『スサノウ』の動力区画では全力で第3補機の復旧が進められていた。
第1補機はバックラッシュの直撃を受け、もはや使い物にはならない。
損傷を間逃れた第1補機のパーツを第3補機の損傷パーツと交換する作業が急ピッチで進められていた……。
「機関長!全損傷ユニットの交換が終了しました! 」
第3補機の上から奈々が百瀬に報告した。
「よし!第3補助動力再起動! 」

キュヒュイイイインン~

百瀬の声と共に機関部員が起動操作を行うと、第3補機は高周波音と共に光を放ち始めた。
「船長代理!第3補機起動!トラクターいけます!! 」
「中田!すぐにトラクターを!! 」
百瀬の報告を受けるとすぐに美果は中田にトラクタービームの発射を命じた。
「だめです!!ビーム出ません!! 」
中田が何度操作してもトラクタービーム発射システムは稼動しなかった。
「急いで調べます!…プラズマリレーが切り替わりきっていません!! 」
ブリッジからの報告を受けて調べた百瀬機関長が状況報告した。
「復旧は! 」
「リレー内部にある切り替えスイッチを制御するラインに損傷があります!内部はプラズマの嵐になっているはずですから動力を止めない限り無理です!! 」
美果の問いに百瀬は答えた。
「何とかならないの!! 」
美果は悲鳴を上げるかのように言った。
「プラズマの直撃を受ければひとたまりもありません!危険すぎます!今は誰も内部に入れません! 」
ライはモニター上に表示されているデータを再度確認しながら答えた。
ブリッジに沈黙が訪れた。
「…防護服を着れば絶対に無理という話でもないでしょう? 」
不意に聞こえた声に美果は‘はっ’とした。
ホログラム映像で五人の防護服に身を固めた者たちの姿が映し出されていた。
そう、主船体を失い、『第24自立移動型ドック』へ向かう際、コア・ブロックからライを放り出そうとした吉川たちだった。
「危険すぎます!その程度の防護服ではプラズマの一撃にも耐え切れません!! 」
「そんなことは分ってる!だがほかに手段は無いのだろう?それとな!やってみる前から全部分かっているように言うんじゃねぇ!だから俺はあんたが嫌いなんだ!! 」
吉川は少しうつむき加減に防護服のバイザーを下ろしながらライに言った。
バイザーを下ろしているので表情は分からない。
吉川のホログラム映像は加奈の座っているコンソールにその向きを変えた。
「大御堂二曹、申し訳ありませんが、ブリッジでライと共にサポートをお願いします 」
吉川のホログラム映像は、加奈に敬礼しながら言うとブリッジから姿を消した。

「いいですか?それじゃぁ開けます! 」
放電の音はリレーユニットの外側からでもけたたましく響いているのが聞こえた。
四人が後ろで控えている中、自ら名乗りを上げた戸田が慎重にメンテナンスハッチを開ける……。

バチンッ!!

ハッチを開けた途端、稲妻の一撃が襲い、吹き飛ばされた。
「戸田ッ!! 」
控えていた一人が名前を呼びながら近づこうとするのを吉川は止めた。
戸田の防護服の継ぎ目から煙が立ち上っている……
「あうぁ…おぉうえッ…… 」
言葉にならない声を上げながら、戸田は手足を痙攣させていた。
まだ生きてはいる。
その様子を見て吉川は大きく深呼吸した。
そしてハッチの向こう、リレー内部に目を向けた。
確かに内部は放電の嵐だ。
だが、放電はむやみやたらに起きているのではなさそうだ。
あくまでも切り離されかかっている電極間で放電が起きている。
リレー内部上と下に放電が起きてない部分がある。
上は無理だが、下を這っていけば、内部に入ることは出来るかもしれない。
「高度1万メートルを切りました。時間あと5分しか有りません!! 」
ブリッジからは加奈が刻々と変わる外の状況を報告してくる。
まごまごしている時間は無いのは明らかだった。
「行こう!這っていくぞ!戸田ッ!!いいか!絶対にそこを動くな!! 」
吉川は身を伏せると、リレー内部に体をねじ込んだ。

「トラクターが間に合わなかったら、この船を下にもぐりこませて強引にでも押し上げることは? 」
美果はライに訊ねた。
「フィールドが干渉します。無理に近づけようとしたところで『イオカステ』が弾かれるだけです 」
ライは‘冷静に’答えた。
スクリーン上に地上の姿が映されている。
眼下には、川の流れ,山並み,道,そして町の広がりがはっきりと判る。
もう時間が無い。
美果はのどの奥からこみ上げてくる何かをはっきりと感じていた。

四人は、バーベルほどの大きさの有る巨大なレバーが3つ並んでいるのを見上げた。
本来は動作確認用なのだろう。
リレーの最奥部、手動用切り替えレバーが3つ、途中で止まっていた。
下まで完全にひき下ろせばリレーは切り替わり、トラクタービームが出せるはずだ。
四人は壁にぴったり身を寄せながらレバーに手を掛けた。
「いくぞ!せーの!! 」
次の瞬間、リレー内部を強烈な光が包み込んだ。
『スサノウ』船体下部、窪んだ形になっているアノード電極部から一条の光が『イオカステ』に向かって放たれる。
「トラクター起動確認!! 」
「引き上げるわよ!もっと高度を上げて!! 」
中田の報告を受けた美果がコロネルに命じた。
2隻の前にシエラ・ネヴァタの山並みが迫る。
『スサノウ』のトラクタービームで引き上げられた『イオカステ』は少しずつその高度を上げていった。
「だめです!出力が足りません!! 」

ズカーンッ!!

コロネルが報告するよりも早く『イオカステ』の艦尾がシエラ・ネヴァタの稜線を抉った。
「損害報告!! 」
「『イオカステ』健在です!山の稜線が抉られただけです! 」
加奈は美果に速やかに状況報告をした。
雲の切れ間から青い広がりが見える。
太平洋だ。
主動力が停止した『イオカステ』はプラズマフィールドを形成できない。
プラズマフィールドが周囲の空気の流れをコントロールすることの出来ない『イオカステ』が通過した後には、凄まじい音と衝撃波が地上を襲った。
巨大な青白い光の玉と黒い棒が通過したと思った瞬間、轟音と共に窓ガラスが一斉に割れ木々が薙ぎ倒されていく。
巻き込まれた人々は世の終わりが来たかと、恐怖におびえた。
3分ほど経っただろうか。
『スサノウ』のブリッジのスクリーンの眼下に広がっていた町々の姿が消えた。
2隻の行く先にはどこまでも続く青い海が広がっている。
『スサノウ』はゆっくりとその高度を下げていった。
『イオカステ』が長大な水しぶきを上げていく。
陸から20キロメートルは離れたであろうか、『イオカステ』は無事着水した。
その様子を見届けると、『スサノウ』はトラクタービームを切り、静かに着水した。


「はッ、はははッ、生きてる!! 」
吉川の口から思わず声がこぼれた。
周囲は真っ暗だ。
吉川は周りの様子を見回した。
リレーユニットの入り口、ハッチの向こうに明かりが見える。
吉川は他の3人と一緒にリレーユニットの外に出た。
防護服はもはや不要だ。
吉川たちはヘルメットを脱ぎ捨てた。
戸田はハッチの前でぐったりしている。
吉川は戸田の体を起こすと急いでヘルメットを外した。
「戸田ッ!おい戸田ッ!しっかりしろッ!着いたんだぞ!地球だ!! 」
吉川は戸田の頬を叩いた。
「うあぁ……あ? 」
気が付いた。
「大丈夫か? 」
吉川は訊ねた。
「だ、大丈夫です。でも足がしびれて… 」
「担いでやる!外へ行こう! 」
吉川は戸田の肩を担ぐと、他の三人と共に船の舷側へと向かった。
舷側にあるハッチから強い日差しが降り注いでいる。
その中にすでにハッチに来ていたクルーたちのシルエットが浮かび上がっていた。
ハッチの外はどこまでも青い海と澄んだ青空が広がっていた。
間違いない、地球だ。
五人はほかのクルーたちと共にその光景を見続けていた。

「状況報告! 」
美果は落ち着いた声で船の各部署へ指示を出した。
「現在、第2補助動力のみ稼動中。現在損傷ブロックの自動修復に入っています。負傷者12名。死者はありません 」
加奈は上がってきた報告を読み上げた。
死者が出ていないことに皆安堵の表情を浮かべた。
「今度こそ本当に終わったのね? 」
奈津美が感慨深げに言った。
「どうでしょう?本当に大変なのはこれからかもしれませんよ? 」
スクリーンに映る、外の様子を見ながら中田は肩をすくめながら言った。
ブリッジのスクリーンには陸から駆けつけてきた無数の航空機と船の姿が映っていた。







エピローグ

空は晴れ渡っていた。
穏やかな海原をその地面効果翼艇はすべるように疾って行った。
直美はどこまでも続く海原をぼうっと見ながら物思いにふけっていた。
地球に帰ってきてからの3年の間にいろいろなことがあった。
『スサノウ』と『イオカステ』の事はすぐさま世界中にニュースとなって発信された。
アメリカ政府からの妨害工作も有るのではないかと心配されたが、現実に2隻の船が存在し、『イオカステ』のクルーが生き残っている事実は妨害を妨げることに十分な
事実だった。
『スサノウ』のクルーには健康診断,事情聴取の後、航宙審判が待っていた。
審判は非常に長かった。
だが、審判の中で『スサノウ』が持ち帰った、アメリカが秘匿していた“ワームホール航路図”を提示することなどを行ったため、『スサノウ』のクルーたちに有利に
審判は運んだ。
審判の中で、アメリカ合衆国大統領でさえタッチできない特務機関“ユピテル”の全貌が明らかにされていった。
アメリカ合衆国は今まで調べ上げた“古代船”に関するすべての情報を公開し、『イオカステ』を手放すことを迫られた。
結局、『スサノウ』のクルーは“陰謀”に巻き込まれたということで全員不起訴になった。
審判が終わってもなお安心は出来なかった。
世界中から一気に取材攻勢が来たからだ。
最初の一年は息が休まる暇は無かった。
さすがに一年を過きると取材攻勢は下火になって行き、多少本来のやるべきことが出来る余裕が出来た。
もっとも、航海で得られた知識を広く伝えていくことは容易な話ではない。
自叙伝を書き記した者もいたが、取材の話などもある中、多くのクルーが多忙な日々を過ごした。
『スサノウ』の今後の帰属先が問題になったが、ライが日本の情報公開法に基づく自らの今後の扱いについて情報の公開を求めたりしたおかげですったもんだの挙句、
日本船籍ということに落ち着いた。
そして『スサノウ』はすべての修復を終え、今は次の航海の時を待っている……。

「お久しぶり、お元気でしたか? 」
その声に直美は振り向いた。
百瀬だった。
「あぁ、百瀬さん。お久しぶりです。直に会うのは一年半ぶりですね? 」
直美は顔にかかった前髪を振り払った。
「どうしました?何か‘心ここにあらず’っていう風に見えましたが? 」
百瀬は言った。
「あの航海は何だったのかしらと思って…… 」
直美はそう言うと再び窓の外の景色を見た。
「その答えがほしいからまた乗り込むんでしょう? 」
百瀬はそう言うと肩を並べて一緒に外に広がる海原に目をやった。
やがて遠くに巨大な構造物が見えてきた。
第二軌道エレベーターの地上側基地『ガラパゴスステーション』のメガフロート群だ。
艦が停泊しているのが見える。
『イオカステ』だ。
今は名を改め国連直轄の調査船『ユートピア』を名乗り修復が進められている。
外観上は戦闘で出来た損傷は見事に修復されている。
「二週間後には再起動試験をするそうだ 」
百瀬がそれと無く言った。
地面効果翼艇はぐるっと『ガラパゴスステーション』を旋回した。
赤い金属光沢の船体が停泊しているのが見える。
『スサノウ』だ。
地面効果翼艇は静かに着水すると、『スサノウ』の傍らに停泊した。
内部に戦闘の痕跡は一切見られない。
偽装中で殺風景だった居住区は見事にその姿を変えていた。
小川が流れる傍らを小径が続いている。
水車小屋の水車が廻る音を聞きながら花咲く小径を行くと小さな祠があった。
見渡すとはるか向こうに東屋があるのが見える。
居住区全体に田舎の風景を再現したような庭園が広がっていた。
「二人共遅いですよ 」
二人がブリッジに到着するなり、松田が言った。
ブリッジには既に見知った顔が顔をそろえている。
「…そう、みんな考えることは一緒だったのね 」
直美は思わずつぶやいた。
「直美さん、おひさしぶりです。すべてのシステムは正常に稼動しています。出航許可が出ればすぐにでも飛び立てます 」
ライは直美の顔を見るなりウインクしながら言った。
ホログラムではない。
ライの姿は実体を持っていた。
「よく出来たマペットでしょう?やっぱり人と話すときは面と向かって話したいじゃないですか 」
ライの変化に直美が気付くと、ライは直美に近づき手を握った。
「すごーい!ちゃんとぬくもりもあるんだ 」
直美は思わず言った。
「ふんッ!自意識過剰な糞コンピューターが! 」
傍らで見ていたブライアン博士がぼやいた。
次の瞬間、ブライアン博士の眼前にホログラム映像が現れた。
書類だ。
表題は“戸籍謄本(写し)”と書いてあった。
「クソッ!分かったよ!名前で呼べって言うんだろう!名前で!! 」
ブライアン博士がライに向かって怒鳴った。
何が起きたのかとブリッジに居るクルーの視線が一斉にブライアン博士に注がれる。
「どうしたんです? 」
中田がブライアン博士に訊ねた。
「いや、この…… 」
ブライアン博士が指差した先には既にホログラム映像は無かった。
「ッたく!クソッ!! 」
ブライアン博士の少し戸惑いが混じった怒鳴り声がブリッジに響いた。


「艦長、管制室から出航許可が出ました 」
奈津美が美果に報告を入れた。
「全員配置について!出航準備! 」
美果は早速クルーに指示を出した。
直美は航法士官用のコンソールに座った。
居住区に祠が出来たためだろう。
お札入れが撤去されたコンソールはすっきりしていた。
「全搭乗予定者の搭乗を確認!全ハッチ閉鎖! 」
加奈が美果に報告した。
「機関長!主動力起動電源チャージ、100%終了しています。いつでも行けます! 」
百瀬のコンソールから動力区画に居る吉川の報告する声が聞こえた。
「百瀬機関長、主動力起動! 」
美果の指示を受け、百瀬がコンソールを操作した。
次の瞬間、『スサノウ』の周囲に暗闇が訪れた。
暗闇が消えると共に『スサノウ』の船体は青白い光に包まれる。
『スサノウ』の周囲の海水が艦体から引き剥がされると共に、『スサノウ』はゆっくりと浮上を開始した。
「艦長、航路を指定していませんが? 」
直美が美果に訊ねた。
「大丈夫よ 」
美果はそう言うとライの方を見た。
ライは静かに笑みを浮かべながらうなずいた。
美果は静かに息を吐くと深く息を吸い込んだ。
「『スサノウ』!未知の世界に向かって発進!! 」

次の瞬間、『スサノウ』は赤い光の矢となり天高く駆け上がっていった。


















主要設定

ハッケンバッカーワームホールドライブ理論:あまりに突飛な理論のため、当初相手にはされず、アメリカのとある資産家のみがその理論を認め、実験船の建造を支援し
始めて理論の証明がなされた。極めて高度な演算により天体の動きによりどの位置・どの時点でどこに繋がるワームホールが形成されるか、またその安定性はどの程度か
を算出することができる。

スサノウ:日本の最新型外洋航宙船。
本来は雷型巡洋駆逐艦の4番艦として就役するはずだった。
全長およそ170メートル。
乗員総数は60名。
新たなワームホールの調査と天体調査を目的として5年間は補給なしで航海をすることができる(人手が多く取れないのはこれが原因でもある)。
主機はポジトロンとディーテリウムを対消滅させる対消滅炉。補機はボロンイオンとヘリウム3を衝突させるミグマ系核融合炉を搭載。
後部船体上面に『ポジトロンカートリッジ』の交換用ハッチが12個、下面に『ディーテリウムカートリッジ』交換用ハッチが12個。 
主兵装は2基のプラズマレールキャノン。
本来の設計ではプラズマレールキャノンは4門だが、観測機器の取り付けのため2門に減らされている。その他4門のレーザー砲をパッケージングした砲列を6セット。ミサ
イル発射システムを4つ備える(敵性知性体との遭遇などの緊急事態に対応するため)。
推進機関はイオンジェネレーターから供給されるイオンを電磁誘導してその結果生ずる反発力で推進するMHDドライブ。
ソレノイドコイルに変調を加えればイオンの推進方向成分が変わるので通常巡航時に姿勢制御スラスターは使用しない。
巡洋駆逐艦からの船種変更に伴い、兵装を大幅に削減したため、原型と比べ戦闘能力は1/8に低下している。
兵装の削減に伴い発生したスペースは、CIC用のエリアを研究室に転用するなど調査船に必要な装備に転用されている。
コア・ブロック
艦内の球体状の重力居住区コア・ブロックは非常時、主船体の接合部を強制的に爆破分離し、独立した脱出艇として使用可能。
大きさは50メートルくらいの球体。
3基の燃料電池を電源とし、最低水準の生命維持機能を維持して6ヶ月は電源を供給できる。
推進動力は、脱出時は固体燃料ロケットを使用(とにかく早く安全圏に離脱するため。多少は姿勢制御可能だが30秒で燃え尽きる。燃え尽きたロケットは安全圏に到達した
際切り離し、その反動とイオンエンジンで減速する)。
その他通常推力はキセノンを用いたイオンエンジンを使用。
巡洋駆逐艦から科学調査船への船種変更の際、何らかの圧力がかかったという事は・・・無い。

新船体スサノウ:アステロイドエリア内に 1万2千年前の『破局』により大破し、航行不能になった『第24自立移動型ドック』の内部に『破局』の際の混乱により航行可能
な状態まで建造が終了していながら忘れ去られていた、船体が眠っていた。
推進方式は‘こっち’の時空と‘あっち’の時空との空間の間にあるエネルギーの差を利用するため(時空間を構成する時空間粒子の波動性がこっち(右回り)とあっち
(左回り)とで異なり、‘本当の’宇宙ではイーブンとなっている)、‘あっち’の宇宙の粒子特性を持つ波動を3本のクリスタルで発生させ、その固有波動を有した脈流
を艦上部のフィールドカソードより放出、3相×4極の計12個のプラズマジェネレーターによりその固有波動を有したプラズマフィールドを形成、艦側面にあるフィールド
グリッドによりフィールドを変調させ(この作用により推進の方向成分が変わる)、フィールドブースターによりフィールドを強化、プラズマフィールドはフィールドア
ノードに到るフィールドドライブシステム。‘あっち’の宇宙の波動を持つプラズマフィールドにより外界と物理的に遮断し、‘本当の’宇宙へ引っ張られることにより
推力を得、かつ時空間のエネルギー差を利用する。システムを起動させると船を包みこむプラズマフィールドにより属性は‘本当の’宇宙のものへと変化するため、通常
の火器は使用不可能になる上、‘本当の’宇宙へと転移することにより、長距離恒星間航行も可能。

非常食
萬○栄養製
高カロリーの“ビスケット”とミネラルなどを豊富に含んだ“ゼリー”のセットとなっている。
水色の金属ケースに収められコア・ブロック内に6か月分が備蓄されている。
『スサノウ』の船種変更が急だったのか、金属ケースの表面には巡洋駆逐艦として建造されていた際の艦隊コード“SCD-304”がそのまま表記されている。

U.S.S ヴォート
アメリカ軍の保有する大型駆逐艦
全長およそ220メートル。
2年前航海演習の際、消息を絶ち事故による喪失と発表された。
とってもNICEな艦です。


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