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第一章

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 物心ついた頃、世界は既に吹雪に閉ざされた世界だった。廃墟となった
過去の文明を語る建物、それらを痛めつけるかのように吹き荒れる冷たい
風。地上へ初めて出てそんな光景を眺めた時の事を思い出す。
地上の世界のえもいわれぬ恐ろしさを感じ、泣きながら階段を駆け下りた事を。

 そんな昔の自分を今になって何故思い出したのかと苦笑し、小さく呟く。
「馬鹿馬鹿しい。」
キョウジ・タチバナ、彼は今、吹雪の中で物陰に隠れて何かをやり過ごそう
としていた。
「こっちへ逃げた筈だ!」
「足跡は残っていないのか?」
防寒服を身に纏い、武器を構えた複数の人間の足音が聞こえる。

かつて、新宿と呼ばれた土地。そこには巨大な建物、の廃墟が無数に存在
した。その『遺跡』の地下には、迷路の様な地下通路まで存在した。
その地下通路こそが、彼らの根城だった。
キョウジの住処は、かつて霞ヶ関と呼ばれた土地の地下だった。霞ヶ関の
地下に広がる地下通路。かつて、日本と呼ばれた土地の主要な遺跡の地下
には、必ずと言って良い程、この様な地下通路が広がっていた。
 30年前、L5コロニーと隕石が地球に落下し、地球は太陽の光の届かない
星へと変貌した。その災厄の中生き延びた人々は、現在では『遺跡』と呼
ばれる過去の大都市の地下通路へと寒さを避ける為に逃げ込んだ。
 それから30年余り、人々は『遺跡』の地下通路で共同生活を送るように
なっていた。ダンボールで仕切りを作り、その内側を『縄張り』又は『家』
と呼んでいた。
 キョウジがまだおさなかった頃、霞ヶ関遺跡の地下通路ではす向かいに
『縄張り』を持っていた老人が言っていた。
「かつて、浮浪者と呼ばれた『人間の中でも最低の者達』がおった。あの
 隕石が落ちて以来、この世界には浮浪者しか存在せんようになってもうた。
 こうして生きながらえるぐらいならあの隕石が落ちてきた時に死んでおけば
 良かったと思うよ。」

 霞ヶ関遺跡の地下通路では、最近食糧不足が激化していた。このままでは、
食料が尽きるまで後1ヶ月ともたないだろう。そんな窮状に喘ぐ霞ヶ関遺跡の
人々の元に、一人の老人が転がり込んで来た。
 渋谷遺跡の食糧不足が激しく、老い先短い老人を渋谷遺跡に住む若者達が、
力尽くで追い出し始めたため、命からがら霞ヶ関遺跡に転がり込んできたらしい。

老人の受け入れに、二の足を踏む霞が関遺跡の人々に対して、その老人は
言い放った。
「新宿遺跡の地下通路に住む人々は、食料を大量に貯蔵しているらしい。」
 真実か否か解らない。けれど真実なら、新宿遺跡の貯蓄している食料を奪え
ば霞が関遺跡の人々は生き長らえる事ができる。いや、老人一人ぐらい増え
ても何ともないだろう。

 そこで、新宿遺跡の調査の為にキョウジ達数名が志願した。しかし、新宿遺跡
付近は警備が厳しくかった為、キョウジ達は見つかってしまい散開して各個に
警備している人間を撒く事になった。そして、今に至っているのだ。
 もし捕まって拷問されて、自分達が霞ヶ関遺跡の人間である事をばらして
しまえば、霞ヶ関遺跡と新宿遺跡の間で抗争が起きるのは、火を見るより明らかだ。
「捕まるわけにはいかない…が、逃げるのも難しそうだ。」
腰に差した刀に手をかける。見つかってしまえば、斬るしかない。
 足音が近付いてくる。見落としてくれよ…キョウジの祈りは虚しく、建物の
影に隠れていたキョウジは見つかってしまった。
 防寒服を着た男が、此方に武器を構えながら仲間を呼ぼうとする。
「おー」
そこでその男の声は途切れた。
「恨みは無いが、俺達も生きたいんだ。」
キョウジの右手に握られた刀の刃から、白い雪の上に赤い血の雫が零れる。

 その男は、新宿遺跡の端にある、二本の角の生えた高い建物の下に居た。
かつて、『トチョウ』と呼ばれた建物らしい。
「ここのデータベースになら、残っているかも知れないな。」
『トチョウ』と呼ばれた建物の入り口のガラスは、その全てが割れている。
そこから建物の中に入る。
「プロジェクト『ラピュタ』…、奴等の所へ行く為の手段が。」
防寒具を着込んだ男、背中には身の丈程の大剣を背負っていた。

 男は、壁に取り付けられたスイッチを押すが、反応がない。
「やはり、死んでいるか。」
忌々しげに呟くと、周囲の様子を探る。
 その時だった、男の背後から声がしたのは。
「そこの男…貴様、新宿遺跡の者ではないな?」
声の主は、防寒具を着込み手にマシンガンの様な物を持った男だった。
「だったら何だ?」
相手の方を振り向きもせずに、両手を頭の上に上げながら大剣の男は答える。
「物わかりが良い様だな、そのままこちらを向いてもらおうか。」
マシンガンの男は、大剣の男にマシンガンを突きつけながらそう要求する。
 大剣の男は、言われた通りにマシンガンの男の方を振り向く。
「そ、そのまま…ついてきてもらおうか。」
マシンガンの男の声が震えている。それも当然だろう。何故なら…振り向いた
大剣の男が放つ威圧感が、その場の空気を支配していたからだ。
「断る。」
言うが早いか、大剣の男は背中の大剣を抜き、マシンガンの男に向かって
突進する。
「うわ、わわわわわあ!」
巨大な猛牛の様に突進してくる男に向かって、マシンガンを乱射する。しかし、
乱射したマシンガンは全て男の大剣によって防がれ、マシンガンの男が正気に
戻った時には、大剣の男はマシンガンの男の目の前に、今にも大剣を振り下ろ
さんとばかりの姿で立っていた。
「ひぃっ、やめっ」
それがマシンガンの男の最期の言葉だった。
 マシンガンの男が立っていた場所には、大剣で縦に真っ二つにされたマシン
ガンの男の死体が転がっていた。

 キョウジは、吹雪の中をトチョウに向かって真っ直ぐに歩いていた。恐らく
食料倉庫があるとすれば、地下通路と繋がる遺跡の何処かだろう。そして、新
宿遺跡の中で一番目立つ建物は、トチョウだ。
 トチョウの麓から地下通路に入り込み、地下通路から食糧倉庫を探す…。
警備の人間に見つかりやすいだけでなく、地下通路に住む人々に見つかる可能性
もあるしかし、食料倉庫を手っ取り早く見つけるには最良の手段だろう。
 前方にトチョウ前の広場が見えてくる。広場には、マシンガンを構え防寒具に
身を包んだ、数人の男が新宿遺跡に忍び込もうとする外敵を警戒している。
迷っている暇はない…。キョウジは刀を抜くと、構えながらマシンガンを構えた
男達目がけて突進していく。
 男達がマシンガンの照準をキョウジに向ける。キョウジは、突進していた足を
止め、足下につもった雪を蹴り上げる。白い雪が、キョウジとマシンガンを持っ
た男達の間に分厚い壁の様に巻き上がる。
 雪の壁で目標を見失い狼狽するマシンガンの男達、次の瞬間、その内の一人が
雪の上に倒れる。
「峰打ちだ、勘弁しろよ。」
 雪の上に倒れたマシンガンの男の背後には、キョウジが立っていた。仲間が倒
された上に、至近距離に敵が居る事に動揺する、もう一人のマシンガンを構えた
男に、刀の切っ先を突きつける。
「うわ、わわわゎぁああ」
マシンガンを足下に落とし、雪の上に尻餅をつく男に、キョウジは切っ先を突き
つけたまま、呟く。
「暫く、気絶していてもらおうか。」
次の瞬間、その男の首筋に鈍い衝撃が走り、男は雪の上に倒れた。
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