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第十話 不正

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 紙切れにはたくさんの数字が書き込まれているようだった。それは何かの数値表のようだった。が、これが何を意味するかを浜田には全くわからなかった。しょうがなく浜田は言った。
「この紙は一体なんなんだ」
 篠崎は笑みを浮かべながら言った。
「もうちょっと考えてみたらどうだ。木島は分かったか」
 木島は少し間を空けて言った。
「これは会社の帳簿か何かだな。俺は経理をやっているからな」
 篠崎がうなずきながら言った。
「ああ、そうだ。でもお前もう経理はやっていないだろ」
 木島は苦笑いしながらごまかした。
「あ、ああそうだったな。最近ぼけてきたのかな。はは」
 木島は二人にまだ再就職したことを告げていなかったのをすっかり忘れていた。が、篠崎はそのことには深く突っ込む気はなかったらしい。すぐに話題を戻した。
「これは俺がつとめていた会社の帳簿の一部だ。十数年前のな。本当はこの帳簿は持ち帰っちゃいけないんだ」
 浜田が不思議そうに言った。
「なんで持ち帰っちゃいけないんだよ。家で仕事するときもあるだろう」
 篠崎は真剣な顔をして木島の方を向いて言った。
「その理由はお前には分かるな。木島」
 木島はすぐにピンときた。木島はすぐ答えた。
「裏帳簿で脱税か。古典的だな」
「そう思うだろう。だが、ちょっと違うんだなこれは」
 
 その時、それまで黙っていた浜田が耐えきれずに声を上げた。
「お前たち一体何のことを話してるんだ。意味が分からん。お前たちは専門家だからいいが素人の俺にも分かるように教えてくれ」
 篠崎は頭を掻きながら言った。
「そうだったな。裏帳簿って言うのはな脱税のための帳簿だ。企業に対する税金には何があるか分かるか」
 浜田は自信なさげに言った。
「固定資産税とかか……」
 篠崎はうなずきながら言った。
「それもあるな。でも裏帳簿で脱税するのは法人税だ。法人税は主に企業の収益にかけられる。つまり税金を払わないようにするにはどうすればいいか分かるか」
 浜田はしばらく頭を精一杯働かせていたがやがてあきらめたように言った。
「分からんけど、まあいいや。話を続けてくれ」
 篠崎は少し、がっかりしながら言った。
「収益を減らせばいいんだ。帳簿上でな。収益は収入引く支出だ。つまり収入を減らすか支出を増やせばいいんだ」
 ここまで説明しても浜田はピンとこないようだった。なので木島はもっと分かりやすく説明しようとした。
「つまり帳簿上で一億利益を減らしたとする。すると法人税は原則三割だから三千万も金が浮くという算段だ」
 浜田は三千万と聞いてすごく食いついた。
「三千万。それはすごい。家が買える」
 木島は注意するように言った。
「そんな甘いもんじゃないんだどこかでボロが出る。で、篠崎の会社は一体いくら帳簿を改ざんしたんだ。」
「俺が勤めていた会社は大手ゼネコンだった。売上高は一兆以上だ。当然改ざん額は大きくなる。年に数億円と言ったところらしい」
 その言葉を聞いて浜田は呆然としていた。

 が、木島は違った。木島は問うた。篠崎に。
「脱税じゃないって言っただろ。さっき」
 その言葉を聞いて篠崎は思い出したようだ。言うべきことを。
「ああ、そうだ。ただの脱税じゃないんだ。これが。実は収益自体は自体は実際と変わらない。だが、支出の内容が違う。数億円の支出が別の内容になっている」
 木島はしばらく考えこんで言った。
「それはつまり表には出せない金ってことだな」
 篠崎はうなずいた。木島がその考えに至ったのは当然と言えば当然だった。収益が変わらないのだからわざわざ帳簿改ざんなどをして支出の内容を変える必要はそれしかない。帳簿には出せない金なのだ。が、それ以上は木島にも分からない。推論にしかならない。なので質問した。
「うーん。それ以上は分からない。もしかして社長や経営陣の個人的支出とかか。そんなもんは帳簿に書くわけには行かないからな」
「それぐらいならお前らを呼んだりはしないさ。これはとんでもない話なのさ。この国を揺るがすような。なんだと思う」
 しばらく考えたあと遂に木島は降参した。
「うーん。分からん。いったいなんなんだ」
 篠崎は真剣な顔をしていった。
「それは……」

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