俺がこの「ループ」に気づいたのは、だいぶ昔の話だ。
いや、「昔」じゃなく「今」か……。
俺がそれに気づいてから100回ループした時間、それが今だ。
なんともややこしいことだ。
毎日同じことの繰り返しでだいぶ俺も脳が麻痺してきたらしい。
今じゃあ、何をする気力も出ない。
しかし、それじゃあいけないことも分かってる。
このままループが続けば、確実に俺の精神が壊れるだろうし、何より、この「ループ」は、法律によって禁じられた行為である。
「ループ」は、今から五年程前、突如現れたツールである。
出どころ、どうやって作られたのかなど一切分からず、正体不明のものだった。
今でさえ、「ループ」の解析は済んでおらず、依然と未知の物体であり続けている。
「ループ」は、文字通り、時間を逆流させ、過去へのタイムスリップを可能とさせるツールである。
勿論、使ったとしても、本人以外は、その時間がループしていることに気づかない。
それは、世界がループしてるわけではなく、個人がループしているからだ。
しかし、それはつい、二年前の出来事により覆された。
二年前、ある少年がループしたさい、その場にいた5人もの子供が一緒にタイムスリップされてしまったのだ。
ループは、個人から場へと干渉を広げ始めたのだ。
それに気づかない少年は、何度もループした結果、5人の内、一人が精神に異常をきたし、病院へと送られた。
それから、病人を出したこともあり、ループは禁止された。
なにより、このままループを使用し続けることにより、場から世界……いずれは次元さえもループさせることになるかもしれない。
そして、何かの拍子にループが壊れ、1日が無限に繰り返されることになどなったら……考えるだけで精神が狂ってしまいそうだ。
そんなこともあり、一年前、正式的にループは禁止されることになった。
しかし、未だに政府はループを保管することができないでいる。
それは……ループは、どこからともなく現れ、いつの間にか消えてしまうからだ。
実体はあるのに、影みたいに掴めない、するするとどこかへ消えてしまうのだ。
未だにループは、みんなの下に存在しているのだ。
俺は今、屋上にいる。
俺はついに前のループ時にその手掛かりを発見した。
そいつの手掛かりとは、安藤奈津。
俺のクラスメートだった。
俺がその発見、確信に至った経緯は、簡単なことだった。
ループするには、それ相応の出来事……つまりループする必要が出てくるような悲劇や失敗が必要となる。
そして、今日という1日の中で何らかのアクションを起こしていたのは安藤奈津だけだった。
安藤奈津の起こしたアクションは……自殺だった。
何が理由かなんかは知らないが、自殺するには相当な理由がある。
つまり、ループさせたのは……。
安藤奈津が自殺を後悔し、ループを起こしたってのはナンセンスな答えだ。
よって、ループさせたのは……。
「あなただよね?垣根くん」
そう犯人は垣根くんだ。
垣根くんは、安藤奈津の唯一の友達だ。
いや、もしかしたら恋人だったのかもしれない。
いつも、安藤奈津の側には垣根くんがいた。
「ハハ……バレちゃったか」
垣根くんは、ゲッソリとした表情で笑った。
教室にいるときは、いつも俯いて、孤立していたから分からなかったけど、目の下には隈が出来ており、頬はこけていた。
垣根くんは、そのまま今にも飛び降りそうな安藤奈津を一目見て、薄く笑った。
「これで丁度、100回目だ。これも何かの節目なのかもしれないね」
ループを100回も垣根くんは起こしていた。
100回も同じ日を経験するなんて正気の沙汰じゃない。
それ程、ループに執着していたのか……いや、安藤奈津に……か。
「そうだよ、僕がループを起こしていたんだ……安藤奈津を自殺させないために」
そして、垣根くんは語り始めた。
僕と、安藤奈津は似ていた。
顔とか、性格とかそんなものじゃない。
在り方が似ていたんだ。
何にも頼らず、期待せず、ましてや他人との関わりなんてせず……ずっと一人で生きてきた。
同じ人間だから一目で分かった。
彼女は、死にたがっていると……。
奇跡だと思った。
こんな世界に比べたら小さな場所、部屋、席で僕と安藤奈津は隣合った。
思わずうれしくなった。
僕と似ている人がいたことに。
だから、彼女に話しかけた。
初めて自分から思った。
"友達になろうと"
それからは、毎日が楽しかった。
決して、会話が弾んだわけではなかった。
だけど、彼女がそこにいるだけで楽しかった。
僕は、そう思っていた。
もちろん、彼女もそう思っていると思った。
こんな日々が毎日続くと思っていた。
でも、違った……今日という日、7月23日、夏休みまであと少し、夏祭りに行こうと言った、海に、山に川に、どこへでも行こうと約束した。
でも……彼女は自殺した。
理由なんて分からない、ループするたびに彼女に聞いたさ。
でも、彼女は曖昧に笑うだけ。
その度に、僕の胸は締め付けられる。
僕たちは、最高のパートナーじゃなかったのか、友達、親友じゃなかったのかと。
でも、彼女は答えなかった。
落ちるときまで笑っていた。
「僕はもう疲れたんだ、こんな救いのないループに」
そう言って、垣根くんは、柵を乗り越えて安藤奈津と並んだ。
俺はそれをただ見つめている。
垣根くんはそんな俺に微笑んだ。
それは、疲れた笑みではなかった。
そして、飛び降りる直前に、垣根くんは何かを思い出したようにいった。
「そっか、最初から彼女は死にたがっていたんだっけ……馬鹿だなぁ僕、全部一人相撲じゃんか……」
そして、アスファルトを冷たい雨が濡らした。
もう直ぐ、警察がくる。
やっと、学校の時間が動き始めたのだ。