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◇プロローグ◇

 シンオウ地方の西、白銀の草原を越えたところにある運河で2つに分断された異国情緒溢れる港町、ミオシティ。
 その町の北西にとても大きな図書館が建っていた。その名もミオ図書館。シンオウ神話をはじめ、数多くの文献や資料を多く取りそろえているこの図書館のすみっこに彼はいた。
 私は彼を見ることのできる位置まで近づいてから考える。

――この気持ちは恋なのだろうか……?――

 彼を見ていると胸がドキドキしてくるのはどうしてだろう。
 確かに彼は負け知らずだった私が初めて負けた相手だ。それは紛れもない事実だし、私自身も負けを認めている……くやしいけど。
 そんな相手に私は惹かれているとでもいうのだろうか?
 い、いやそんな事はない。断じてない。視聴者的に有り得ない。
 私は一度、拳を固く握って背中に付けているモンスターボールを手に取った。今持っているボールは1つ、トレーナーは6個まで携帯が許されてるけど彼にはそんなもの意味がない。6匹いようが1匹いようが彼のムックルには通用しない。
 だから私は旅を始めてからずっと一緒にやってきたフカマルだけで彼に立ち向かう。それが正しいのかわからない。たぶん6匹のポケモンを用意して、立ち向かった方がよっぽど勝てるんじゃないだろうか、なんて事もわかっている。でも、それは私のプライドが許さなかった。
 最初の闘いでの完敗。あちらはムックル一匹だけ、こちらは様々なバトルに適応できる最強チーム。だが、その結果は目も当てられなかった。こちらの攻撃はわずか数撃しか当たらず、向こうの攻撃はそのどれもが致命傷を与える程強力だった。
今でも胸に残る敗北の傷。
 でも私はモンスターボールを額に当てた。

「フカマル、行くよ……ッ!!」

 祈るように私は静かにモンスターボールに入っているフカマルに囁く。
 そして一歩を踏み出した。

 カツカツカツ……――

 徐々に近いづいていくと、ムックルが私達に気づき、こちらに顔を向けた。私達が部屋に入った時から私達が居ることくらいわかっていただろうに……。若干ムックルがうんざりしてるように見えるのはきっと錯覚ではないだろう。
 今回で5度目の挑戦。毎週決まった時間に彼の所に押しかけてバトルを行う。始めは少し油断があったと思い、2度目は信じられないものをみているかのようにムックルと彼を見て、3度目からは意地で張り合っている。我ながらちょっと情けないかも知れない。

 コッ、コッ、コッ

 ムックルは主人の頭をつついて、私達が来たことを伝える。だが彼は全く気づかず目の前に広げられた本に没頭していた。
 いつもそうだ。いつも私が声をかけるまで、相棒のムックルが知らせても知らんぷり。わかってはいたけど、やはり胸がチクリとする。 
 …あ、いやいやいや。これは良心の呵責。やりたくもない勝負につきあわせてる彼に、わるいなぁって思っている私の心優しい性根がそう思わせているだけだ。
 断じて、だんじて! そうだ!!
 そう思ってみると、逆に今の彼の態度に腹が立つ。強いのはわかったからさっさと負けろ、と心の中で叫ぶ。そんなことで手を抜くヤツじゃ無いことくらいわかってるけれど……。
 私は静かに深呼吸をして心の武装をした。もちろんこれから行う定例行事の為だ。
 そして彼の目の前につくといつも通り、手加減なく机を叩いて直後に彼を睨む。

「アウト、私達と勝負しなさい!!」

 彼――アウトはそうなって初めて私をみるのだ。それも色素の薄いやる気のない目で。
彼は眼鏡をクイッと直し、そして一言、

「あぁ、お前か………」

 ぼぅっとしたように呟く。これもやっぱりいつもどおりで、私は気に入らず今日も彼を睨むのだった。
 彼の名はアウト。相棒のムックルと共にこの図書館で、ある『伝説ポケモン』について調べているポケモントレーナー。
私、シロナのライバル的存在――
◇アウトVSシロナ◇


 俺が初心者の子供トレーナーに連れられて向かった先はミオシティに程近い雪原だった。天候は雪がちらつく程度。いつもに比べれば、風が強くないぶん寒さは和らいでいるかもしれない。
 いや、それでも寒い事には変わりないし、俺だってマフラーと手袋完備でここにいるわけだが……

「なぁ、毎度毎度おもうんだが……」

「なんです?」

「フカァッ!?」

 対戦相手とパートナーのフカマルが同時に聞き返した。ちょっと気圧されながら俺は続ける。

「……それ寒くないか?」

「アイスは私のアイデンティティなのです。なのでレディーファーストを忘れない紳士は言われなくても食べ終わるまで待ってるのが礼儀なのです」

 ふん、というようにまたアイスを舐め始める。いつ聴いても意味不明な答えだ。

「いつも思うが食べ終わってから勝負挑んでこいよ……」

 頭を抱えてため息。実はあのアイスオレが無理矢理買わされたものだった。
 なんでも、

「バトルの前の糖分補給は必要なプロセスです。さぁ、私にアイスを奢ってください」

 と、これまた訳のわからない感じで奢らされたのだがいつもなぜ奢らねばならないのか疑問をぶつけているはずなのに、いつの間にか論点がすり替わり、いつの間にかアイスを奢らされているという、なんとも思い返すと自分のおバカ加減に呆れてしまう惨劇だ。
 仕方ないので暇つぶしに相棒のムックルも少し遊ばせる事にした。相棒は嬉しそうに空へと飛び立ち、辺りを旋回する。
 俺はやることもなく雪の上に腰を下ろす事にした。この辺りは木と雪ばっかりで目を向ける所もないため、自然と目が対戦者へと向かう。
 彼女の名前はシロナ。美少女かどうかはわからないけど、それなりに顔が整っており、黒を基調にした服装に身を包む一見、クールガール。その中身はぶっちゃけ単なるわがままなお子様である。なんでもカンナギタウンあたりの出身で新鋭の中では(オレはまるっきり信じてないのだが)もっともポケモンマスターになる可能性を秘めた一人らしい。
 らしいというのはこれら全てが彼女から直接聞いた事だからだ。元々他のポケモントレーナーなんて眼中にないから、そんな情報を知らないのも俺としては当然のことだった。
 そういえば、『ポケモンマスター』という言葉も久々に聞いた。
 トレーナー達は『ポケモンマスター』という頂点に立ちたくて日々努力を重ねている。出身の町から旅費を出してもらい、トレーナーを目指すのだ。ポケモンマスターにならなくてもリーグ優勝すれば、莫大な資金がトレーナーの出身地にリターンされる。簡単に言ってしまったが、チャンピオンになることもまた難しく、だいたいのトレーナーが期間内にチャンピオンになることができず、挫折の道を味わう事になる。
 彼女が少し眩しく見えるのは多分昔の自分を重ねているからだろう。チャンピオンを目指しジムバッチを集めていたあの頃。世界中のポケモンをゲットするために奔走していた日々――その何もかもが遠すぎて今の俺には手が届かない。
 上着の裏につけている5年前の八つのバッチも現在ではどれほどの価値があるのだろう。5年も経てばリーダーだって代替わりしている。やはり俺にとってはなにもかも、世界の全てが遠かった。
 その代わり、といえるかどうかは不安だが今ではたった1つだけ成し遂げなければいけないけないものができた。それは……――

「食べ終わりました。さ、さっさと始めましょ」

 シロナの言葉に俺は現実に連れ戻される。俺は立ち上がり、濡れてしまった尻を少し気にしながらムックルを呼び戻す。

 ピーィ!!

 澄んだ空気によく通る指笛。程なくムックルが帰って来ると俺の肩に留まり頭を撫でろと要求してきた。

「お前はいつまでたっても子供だな……」

 苦笑しながら撫でてやると嬉しそうに体をくねらす。五年も一緒にいる相棒。逆に言えば、ただ『1匹』だけ残った相棒。
 一度目を閉じ、あの日のことを思い出す。そう、あの日から俺たちに敗北は許されない。例えどんな相手にでもだ。

「……いくぞ、ムックル」

 言い放ち、相棒は肩から降りて俺とシロナの真ん中に降り立った。同時にそれまで雪だるまを作っていたフカマルも前にでる。

「フフフ……アウト、今日が貴様達のさいごだッ!」

「シロナ、セリフのチョイスは慎重にな。それじゃあ悪役だ」

「う、うるさいです! とりあえず今日こそあなたに勝ちます! 行きますよ、フカマル!!」

「さっさと終わらせるぞ、ムックル!!」

 かくしてポケモンバトルは始まった。
 ポケモンバトルをするにあたり、気をつける事は2つある。

 1つは弱点。
 相手のポケモンの弱点を即座に見抜き、そこを突いて攻撃する。同時に自分の弱点も把握しなければならない。相性が悪ければすぐに劣勢に立たされる。その場合は巧い立ち回りを要求される。
 もう1つは攻撃回数だ。強力な技はそれだけで魅力だが命中率やポケモンが使用出来る回数に不安点がある。もしポケモンが回数を超えて技を使った場合、ポケモンは限界を超え、気を失ってしまう。
 これらに気を配りながらトレーナーはポケモンを育てていく。技は1ポケモンに対して四つまで。技の組み合わせ次第では属性特化、オールマイティー、トリッキーと同種ながらも様々なタイプに枝分かれしていく。俺はムックルしかいないが、トレーナーがバトルで使えるポケモン数は6匹までOK。本当はその組み合わせで相手に合わせて戦法を変えていく。
 あとは経験(レベル)の問題があるが……これはゲームではない。そんなもの運と発想、地の利でどうとでも変わる。だから……

「ポケモントレーナーはいつでも本気で闘わなくてはならない……」

 俺はそうつぶやくとムックルに指示を飛ばす。

「ムックル、電光石火!!」

 ムックルは指示に素早く対応し高速で移動を開始する。
 《ノーマル》タイプの技である電光石火は高速移動による連続体当たりを差す技だが移動手段としても活用する事が出来る。

「フカマル、防御!!」

 シロナの指示がとぶ。
《じめん+ドラゴン》タイプのフカマルなら電光石火はさほど痛手にはならないだろう。だが、

「ムックル、シフトインファイト!!」

 ムックルの電光石火がフカマルにあたる瞬間、体勢をインファイトに変え、電光石火の勢いを殺す。ムックルはフカマルの頭に翼を置き、そこを中心に弧を描きながら着地した。
 続けざまに《かくとう》タイプの超接近格闘技のインファイトを繰り出す。相手が《いわ》タイプならほぼこれで勝負は決するのだが、フカマル相手ではさすがにそこまでの効果は期待できない。
 だが、そこでフカマル――いやシロナは予想外の作戦をとり始めた。

「フカマル、後方突進!!」

 そう指示されたフカマルは前ガードの態勢から背中側に向かい、《ノーマル》タイプの技、突進を繰り出した。
 俺はシロナの発想のすごさに驚いた。普通、突進とはその名のとおりスピードをつけて前方へ放つ技だがこれは全く性質が異なる。
 対戦相手のスピードが速く、容易に背後へと回り込まれる場合、相手の勢いを逆に利用するカウンター技だ。突進自体の攻撃力はさほど高くないが、こちらの技の反動のダメージが付加されてしまう。
 ましてインファイトは自分の防御を度外視した技。直撃はこちらのピンチを招く。
 ここでの俺の選択肢は2つ、電光石火を使い回避するか、このままインファイトをしかけるか……――

「ムックル、右サイド集中!!」

「えっ!?」

 シロナから驚きの声が上がる。彼女はどうやら電光石火で回避すると読んでいたようだ。

――だが、そうはしないしする必要もない

 インファイトの性質は超接近による乱れ撃ち。ムックルは俺の指示で攻撃範囲をフカマルの右側だけに絞った。こんなこと特殊な訓練を積まなければ容易にできることではない。だが、あのムックル――相棒にはそれができる……ッ!!
 その結果どうなるか……突進の効力はムックル方向からみて左へとそれる。当然、相棒は突進のダメージを最小限に回避することが出来た。
 だがこれだけでは終わらない。突進の推進力が続いているフカマルは、雪原という滑りやすいフィールドにおいて態勢を崩してしまった。

「ふかぁ!?」

 フカマルの鳴き声が木霊する。

「フカマル?!」

 地の利を忘れてしまったシロナのミス。叫ぶシロナの声が耳に響く。間髪入れずに俺は最後の言葉を発した。

「ムックル、ブレイブバード!!」

 《ひこう》タイプ最大の攻撃力を誇る必殺技を放つ。反動が強く、命中率も低い技だが、このチャンスで外す道理はない。
 読み通り、フカマルはブレイブバードの直撃を食らう。それは無視できないダメージであり、致命的な決定打となった。

「そんなああああああああああぁぁぁぁッ!?」

 シロナの声がむなしく木霊する。
 こうして、何度目かになるシロナとのバトルは今回も彼女の敗北で幕を下ろした。


続く
2, 1

  

◇彼女の理由◇


 毎回の事と言えばそうなのだが俺とシロナはバトルが終わった後、ポケモンセンターへと直行していた。
 もちろん彼女の相棒であるフカマルを治療する為なのだが、なんで俺まで……と当然の事ながら思う訳だが、まぁついでなので俺の相棒も治療させる事にしている。ほぼ無傷とはいえ、ムックルの身体のメンテナンスは必要だ。
 そして必然的に2匹の治療が完了するまでしばしの間ができる。俺はこの間が大嫌いだった。
 なぜなら……

「グス……グス……」

 必ず隣でシロナが泣くからである。
 涙の方はやっととまったようだが、これじゃあ俺が泣かしているみ……いや、その通りなのだがあくまでアレはポケモンバトル、真剣勝負の場だ。何もその相手の前で泣かなくても良いだろうに……。
 シロナはこのミオシティ、もっと言えば俺に出会うまでは無敗を誇っていたらしくやたらと負けず嫌いでわがままで気位が高い。
 簡単な話、俺がこの街を離れればこんな煩わしい生活ともおさらば出来る訳だが、俺もここには用事があって滞在しているのでそうもいかない。
 また、俺が彼女に対してそう感じている事が当の本人にも感じ取れるらしく、

「例えあなたが街を出たところで、無駄ですよ。当然のようにおいかけますので」

 と癪にさわるくらいしとやかに言いやがった。曰く、一つの黒星も彼女にとっては汚点。汚点は実力で排除するという信条を持っているらしい。
 ……はた迷惑だ。

「ほら……」

 ある程度泣きやんだところで俺はハンカチを渡した。前はもっと早くハンカチを渡していたのだが、決まってこちらに八つ当たりをしてくるので、時間を取るようにしてる。

「グス……慰めなんていらないです……」

 ……時間をおいてもこうだ。だったら俺の目の前で泣くなと言いたい。

「はいはい、そうですか」

 俺はハンカチを引っ込めようとする。だがその手を掴まれ、むんず、とハンカチを取られた。

「でも……グスッ、人の好意は受け取らなきゃいけません。おばあちゃんが言ってました」

「さいですか」

 俺は背もたれによしかかって天井を見上げる。お約束のようにブーーーッと鼻をかむ音が聞こえた。全く……。

「それより、なんでアウトはこんな所にいるんです? 貴方ほどの実力ならさっさとチャンピオンにでも何でもなれるはずです」

 またその質問か……。

「……何度も応えたが、その気はない。第一、俺はそこまで強くない」

「何度も言いますが、貴方は強いです。それも相棒のムックル一匹だけでジムリーダーなんてサクッと倒せるくらい強いです。私がジムバッチ七つ持ってる事も知ってるでしょ?」

「あぁ……あとミオだけって言ってたか。お前こそ、さっさと倒してチャンピオンロードに挑戦すれば良いだろう?」

「…………あなたは鈍感なのですか?」

「あん?」

「あなた程度に勝てない私が挑んだところでチャンピオンになれたとして、途中で倒され、挫折してしまうに決まってます。全く……」

「あそ」

 面倒になって適当に返事を返す。
 実際のところ、彼女の言い分もわからなくない。確かに俺に負ける程度ならチャンピオンロードに向かったところで途中リタイアしてしまうかもしれない。あそこで問われるのは『持久力』と『団結力』。もちろん、ポケモンをムックルしか所持していない俺が向かったところでスタミナ切れで引き返すハメになってしまうだろう。

「アウト」

 呼ばれてシロナへ顔を向ける。

「私はあなたに勝たないまま次へ行くなんて事はしません。あなたに勝つまでここに留まりますッ!!」

 そこにはさっきまでの泣き虫の姿はなかった。トップを目指すポケモントレーナーとしての威厳に満ちた凛々しい目が真っ直ぐ俺を見ている。まったく、この子供は……。
 なんとなく目を合わせずらくなった俺はうなだれた。
 俺はこいつのこういう目が苦手だ。きらきらしていて、挫折なんて知らなくてまっすぐ夢に向かって突き進む目。嫌でも俺に昔を思い出させる。
 天の助けかここでムックル達が帰ってきた。相棒は膝に乗り、早速頭を撫でろ、とねだってきた。仕方なしに撫でてやるとか細い声を出して喜んでいる。

「あとで良いエサでも買ってやるか」

 不意に笑みがこぼれる。そう言えばここ最近、笑うことが多くなったような気がする。原因としてはやはり、シロナだろうか?
 今彼女は隣で治療の終わったフカマルに抱きつきながら頬ずりしている。フカマルも幸せなのか、

「ふかぁ♪」

 ととろけるような顔をしている。確かにこいつらを見ていると少しずつ心の中に暖かいものが生まれていくのを感じていた。それはたぶん、昔の自分が持っていたもの……今の自分には持てないもの……。

『悪い……お前達、俺はやることができたんだ……』

 幻聴が聞こえた。それも『あのとき』自分で言った言葉が。
 ここではない街の外れ、どこまでも草原が広がる平野の真ん中で無数のポケモン達が俺を取り囲んでいる情景。そのとき俺は涙を流し、みんなの顔を見ることすらしなかった。いや、見れなかった。見てはいけないとさえ思った。

「……ト、アウト」

「……なんだ?」

 怪訝な顔のシロナ。俺はうつむきながら聞き返す。

「どうしたのです?」

「いや……なんでもない」

「なんでもないって……」

「ホントだ。ちょっとお前にかまって疲れただけだ」

「ちょ、ヒドイです! ひどすぎです! これはアイスをおごってもらわなければ許す事など到底不可能です!」

「またアイスを奢らにゃならんのかッ! てかどんだけアイス好きなんだよ!? それに別に俺はお前に恨まれたままでも良いんですけど?」

「何を言ってやがりますかッ!! 私を怒らせた者は私にアイスを奢る、これは世界が定めた法、すなわち大自然の摂理です!!」

「時々おもうんだが……お前、小さいのに難しい言葉知ってるな……」

「小さいとは失礼な……私は天才ですから何でも知っているんです。ささ、行きましょう! アイスが私を待っています♪」

 そう言うなり無理矢理立たせられる。強引だと思うが俺はそれほど逆らわずに引っ張られている。ありがたい、心の中でそうつぶやいていた。
 ふと、我に帰る。有り難い……そう思うほど、オレはこいつ、シロナに心を許し始めているのか……?
 だとしたら、お笑い草だ。シロナの強引さをオレは褒めなきゃいけなくなる。まぁそんなこと絶対言わないのだが。

「シロナ、俺がこの街を出たらどうするんだ?」

 そう遠くない昔にした質問をまた尋ねてみる。

「いわずもがな、です」

 ついてくる気だ。残念、気は変わっていないようだ。 女心は秋の空のように変わりやすいと言うがこいつは例外らしい。
 いや、女心は言い過ぎか。いいとこ、子供心だな。

「なぜだか、失礼な事を言われた気がするので追加でアイスを5つほど奢ってください」

「それは気のせいだから奢らない」
◇来訪者◇


 ポケモンセンターを出てみるとすでに、雪は晴れ、気持ちいい日差しが差し込んでいた。
 俺は隣で顔をほころばせているシロナに言う。

「ムックルのエサが先だぞ。アイスはその後だ」

「もちろんです♪」

「フカァッ♪」

 なんでかフカマルまで喜びの声を上げた。十中八九俺が買ったエサが目当てだろう。

「仕方ない、か」

 隣を飛ぶムックルに苦笑する。ムックルも笑って良いやら怒って良いやらすごく複雑な顔をしていた。
 本当にこいつらといると暖かい。俺はここ五年の間で一番安らげる時間にいる。そう実感していた。

 ――だが、そのような時間が俺に許されるわけがなかった。

 ポケモントレーナーの中には時として勝利を掴むため、『殺気』を漂わせている者がいる。
 勝利への確固たる執着心。それが人が持つ残虐性と結びついた結果、たどり着くのが殺意――敵を完膚無きまでに叩き潰し、時には殺めてしまうこともある。カッコ良く言えば『修羅道』だが、嗜虐心の塊といった方が俺はしっくりくる。
 俺たちトレーナーは第六感に近い感覚でそれを察知してしまう。1人旅が多い俺たちにとっては防衛本能に近いものだ。殺意に目覚めた者が強盗をすることだって少なくない。
 街のただ中で鉢合わせしたその男はそんな雰囲気を纏っていた。

「へぇ~……ホントにかの有名なシロナちゃんがいたよ。ギギッ、こんな片田舎でなにやってんだ? 未来のポケモンマスターさん」

 シロナを見つけたその怪しげな人間は奇妙な笑い方で彼女を嘲笑する。
 薄汚いマントを羽織り、長い黒髪が頭全体を覆っている。そのせいで素顔を見ることは不可能に近いが、口調や声のトーンからおそらくは男だろう……。
 誰が見ても明らかな挑発にシロナは身構える。そこに俺と話している時の気軽さはない。

「何か用ですか?」

 臆することもなくそう尋ねる彼女。対峙する男がそれをおもしろがった。

「ギッギッギッ、お子ちゃまなんかに用はねぇよ。無敗伝説だってその様子だとそこの野郎に負けて崩れちまったんだろ?」

 その言葉で彼女は押し黙った。俺は彼の言葉に引っかかりを覚える。

「俺が用があるのはそっちのヤツさ。なぁ、アウトさん?」

 指を刺され俺は1歩前に出る。フカマルも相棒も戦闘態勢を取っているがココは街中だ。ここで闘う訳にはいかない。

「俺の名前を知っているとは驚きだな」

「あぁ……確かに落ちぶれたトレーナーの名前なんて普通のヤツは知らないさ。だが俺はちょっと『わけあり』でね」

「わけあり?」

「クク、出ろピカチュウ!! てめぇの『元』ご主人に顔を見せてやれ!!!」

 男は腰からモンスターボールを取り出して放った。
 カッとした閃光と共に出でる、ピカチュウ。その目は凶暴にこちらを睨みつける。トレーナーに負けず劣らない殺意を秘めた目線。
 それはきっと、誰にでも向ける視線ではない。俺は気づいた。

 この闘いは避けては通れない。

 可能性としてはずっとあった事だ。遠い記憶。草原の情景。澄んだ空に響く自分から離れていく無数の足音。
 その中にいた、自分を差す強い光を目に宿すポケモン。
 唐突に響く、罪と罰の鐘の音。
 ただ一つわかっていたのは、この戦いが終わる時、勝敗に関わらず隣の小うるさくて賑やかで、俺に安らぎを与えてくれた子供は俺の許から去るだろうということだけだった。

 戻れない道、自分が選んだ道。

 俺に選択肢はない……。



続く
4, 3

  

◇夕闇のアウト◇


 三人はミオのジムにきていた。
 もちろんシロナがジムリーダーへ挑戦しにきたわけではない。俺とピカチュウ有するトレーナー、バッハがポケモン勝負を行うためだった。
 何故公式戦のようにジムで闘うかと言えば、彼のようなトレーナー、『ブラックカード』との草試合は基本的に禁じられているからだ。
 ブラックカード、彼のように強さを得るためには何事も厭わない者達の通称。ポケモン図鑑に内蔵されている政府への登録カードが普通のトレーナーのものと違い、黒いからその通称で呼ばれるようになったのだが、彼らと野良試合をすることは禁止されていた。
 ブラックカードからすればライセンスを剥奪され、普通のトレーナーからすれば大事な相棒を失う結果をもたらさないとも限らない。
 また、公式戦のように審判と医療班を準備しておけばどちらにとっても最悪の結果は免れることが出来る。
 逆を言えばそれさえ守れば、薬による能力の上昇や相手を再起不能になるまでたたきのめす育て方は容認されているのだ。ブラックカードは野良試合以外はジム戦や公式戦、チャンピオンロードへの進出権だって持っている。ほとんど普通のものと大差がないのだ。
 だがそのカードは時に無法を働く者の印ととられる場合が多い。強盗などの犯罪を犯す者はたいていブラックカードを持つ者達。カントーエリアでは最近、『ロケット団』なる組織がポケモン強奪などの事件を起こしているようでブラックカード所持者はロケット団とつながっている場合が多いと警察が公式見解を出したばかりである。
 では、今目の前にいる彼はどうだろうか? 決闘と称し殺意を秘めて俺に勝負を挑んできたバッハなるトレーナー。それも『あの』ピカチュウを連れている……――
 あのことを知ってるとしたら……いやそんなことありえない。事実はあの場所にいたオレとムックル達しか知らない。あの場所には確かに他の人間はいなかった。
 それ以外であの事を知っているのは俺の出身地の市長だが市長もあんな事周囲に漏らす訳がない。漏らせばせっかくの獲物を逃す事になるだろう……。
 どうとでも解釈出来てしまう。オレは考えるべき事を絞る。バッハの事だ。少なくとも彼は……

「悪いヤツじゃないってことか……いや、この場合は俺が悪役かもな……」

 口から自然とこぼれる言葉。ブラックカード所持者であるがまんざら悪役(ルード)というわけでもないのかもしれない。
 相棒は心配そうな顔をしている。相手が相手。元戦友と戦わなければいけない相棒の方がつらいはずなのに俺ってヤツは……

「おいッ、バッハとか言ったなッ!?」

 俺は真正面にかまえる対戦相手に向かって呼びかける。

「なんだ? 今更やめようとか言うんじゃないだろうなぁ?」

 人を小馬鹿にした態度を取るピカチュウをつれた少年、バッハ。おどけた口調とは裏腹に明かな殺意が見て取れた。

「試合を始める前に1つ、聞きたい事がある」

「ククッ、なんだよ、先輩?」

「お前は、俺とそのピカチュウの間に何があったか知ってる。経緯はわからないがそう解釈して良いのか?」

 シロナが俺の言葉にビクッと身体を震わせる。今は審判を務めるジムリーダーである男の隣で控えている彼女にチラッと目を向けた。若干顔が青ざめている。やはり連れてくるべきじゃなかったかもれいない。だが、力づくでも来ようとしていたあいつを止める事な果たして出来ただろうか……まぁ、考えるだけ無駄だな。

「あぁ、知ってるさ。そうじゃなきゃお前みたいな3流トレーナーの相手なんてするかよッ!!」

 知っている。理由はどうあれその理由を……。相変わらず口は悪いが、それでも理由を知っていてかつピカチュウをつれている事実。
 俺は確信を持って言ってやる。

「どうやら、お前口は悪いけど良いヤツみたいだな」

「はぁッ!? 何言ってんだ、おっさん? トレーナー任期をとうに過ぎたはずなのに未だトレーナーのまま街の資金を食いつぶしている穀潰しがッ!!」

 口調が徐々に荒くなるバッハ。確かに今のは嫌みに聞こえてしまったかもしれないな。
 トレーナー任期とはトレーナーに選ばれてからの5年間を差す。それを過ぎるとバックアップをしていた街からの資金がカットされる。バックアップのおかげで1人旅をしながら何不自由なくポケモンマスターへの道を邁進できるトレーナーとしてはそこが1つのターニングポイントになるのだ。

 ようするに、『トレーナーであり続ける』か『普通の就職につくか』。

 普通の職につく場合はそこから職業訓練校に編入され、技術をつけ、様々な職につくことになる。
 逆にトレーナーであり続けるにはジムトレーナーになるか、チャンピオンロードを踏破し、チャンピオン、もしくは四天王になるかということになる。チャンピオンになれば莫大な賞金が入るし、四天王になると一定の実力を認められた事になり、定額で金が入ってくる。ジムトレーナーもしかりだ。
 だが特例として俺は任期が過ぎている俺はそのどれもに当てはまっていない……――それが何を意味するか、

「確かにな……俺は穀潰しだ。街の為にトレーナーになって、今じゃこの有様だ……お前がそんなに殺気だってるのも判る。だがな……」

 俺は開始線に立つ。ムックルもフィールド上にスタンバイする。

「俺たちは負ける訳にはいかない……。何があっても、誰を犠牲にしても、だ」

 俺はそう言い放つ。まるでブラックカード所持者のような言動。だがそうなることが出来なかった俺自身はいったいどちらなのだろうか? 誰にも負けない強さを得ようとしながらも冷徹に残忍になりきることが出来ない自分。それを決定づけた過去に犯した罪は罪悪感となり心の中に渦巻いている。手や足が麻痺し、動きたくないと拒否している。だが……それでも闘う心に迷いはない。
 バッハも俺の言葉で腹をくくったのだろう。ピカチュウをフィールドに繰り出す。ピカチュウの頬袋が放電し、怒っていると俺に伝えてくる。

(ごめんな、相棒……)

 俺は心の中で謝る。謝る事以外は本気で闘う事でしか応えられない。
 手は抜かない。例え、過去にあのピカチュウが相棒の1人だったとしても……。

「無駄話は終わりだ。バッハ、始めよう」

「望むところだぁッ!! ピカチュウ、仇をぶちのめせぇッ!! 」
◇アウトVSバッハ◇


 ピカチュウとの思い出は腐るほどある。平凡な出会いからジムトレーナー戦まで。ムックルの次に長い年月を過ごしたポケモンだ。その経緯についてこの場で話すことはたぶん無駄だろう。どちらにしろ今は失われた絆だ。その絆は敵意という形でこちらに向いている。そしてそれに対して、オレが出す答えは1つだった。
 濃い言葉も薄い言葉も必要ない。必要なのはこの戦いで勝利すること。

「ピカチュウ、10万ボルトッ!!」

 18番(オハコ)であるピカチュウの10万ボルト。

「ムックル、電光石火ッ!!」

 それをムックルは電光石火でかわす。だが、10万ボルトの発射速度は軽々しくよけられるモノではなかった。ムックルの左翼をかすめ、短い悲鳴がこだまする。
 それもそうだろう、飛行タイプ対電気タイプ。経験差もあるわけがない。
 ムックルはすぐ体勢を立て直すが、そこにピカチュウは追い打ちをかけてくる。

「ピカチュウ、アイアンテイルッ」

 バッハのかけ声と共に左翼を狙いアイアンテイルが繰り出される。

「クッ、インファイト、しっぽを狙え!!」

 オレは叫び声に近い声を上げながらムックルに指示を出す。アイアンテイルをカウンターで撃ち落とす……ッ。
 だが、オレの読みは見事に外れた。

「かかったな……ピカチュウ、ほうでんッ!!」

 アイアンテイルの体勢のままピカチュウの頬袋が光り輝く。まずい、そう思ったところでよける指示を出している時間は無い。インファイトは元々よけるなどという仮定がない。相打ち覚悟で敵の懐に飛び込んでいく技なのだ。 

「ぴか~~~~~~ッ!!」

 手当たり次第に電気をまき散らし、超接近戦に徹していたムックルを直撃する。

「ピィッ!!」

 効果は抜群だ。ほうでんを喰らい、短い悲鳴を上げるムックル。威力は半減しているものの、そのまま連撃でアイアンテイルでダウンさせられたムックルは地面にたたきつける瞬間体内の空気を抜くようにうなる。

「ハッハハハハハハッ!!! これがあの、あのアウトなのかッ!? えぇ、まるで弱い……弱すぎるッ!!」

 バッハはあざ笑う。その目はオレを見下し、そしてムックルを罵倒する。
 だが……。
 ムックルは立ち上がった。よろよろと、ではあるが確実に地面を踏みしめて。

「その鳥もかわいそうになぁ、そんなポケモンを簡単に捨てるご主人に仕えることになってしまったなんて、この世界にこれ以上に愚かで、哀れな話があるだろうかッ?」

 バッハは饒舌だった。ムックルは立ち上がったというのにその隙に攻撃しようとしない。きっと……、

「余裕なんだな……それもそうか……相性はあちらが有利経験差もない。トレーナーの力量も大差などない、いやオレよりも勝っていると判断したんだろう」

 確かにそれは当たっている。シロナとのバトル以外でも訓練を続けていたとはいえ、それは基礎トレーニングの域を出ない。腕が落ちたのか、周りのレベルが上がったのか。たぶん、後者が正解だろう。世界はいつでも進化し続けている。
 だが……それでも俺たちは、

「倒れる訳にはいかない……」

 勝機はある。そう勝機はあるのだ。あきらめない限り、俺たちは負けない……ッ!!

「ムックルッ!!」

 オレの声に答えるようにムックルは雄叫びを上げる。ピカチュウがムックルの効果威嚇で少し足を止めたが、それでも効果は充分に発揮されていない。その通りだ。向こうに臆する要素は一つもない……。
 絶望的状況……それは変わらなかった。

「負け惜しみを……良いだろう。土下座して謝るなら許してもいいかと考えていたが、そんな考えは今吹き飛んだぜッ。ピカチュウッ!! もう一度アイアンテイルを喰らわせてやれッ!!」

 ムックルに向かってピカチュウがアイアンテイルを繰り出してくる。同一の作戦だがその効果は絶大だ。何せ、こちらには返す手だてが無い。当たり前だが向こうはそう考えている。
 だからトリッキーに動くこともない。動きは単調。読みやすい。問題なのはアイアンテイルの有効範囲と、ピカチュウの持つ電気属性技の速射性。
 そう、考えるべきことはその二点だけだ。

「翻弄するぞッ! ムックル、電光石火ッ!!」

 電光石火でピカチュウの周りを高速旋回する。鳥ポケモンならではのフィールドを空を含め、3次元に使い相手を翻弄する。アイアンテイルは所詮ピカチュウの周囲1mといったところだ。
 高速で移動するムックルを捕らえることなど出来ない。
 ここで思い出したいのはこの翻弄を相手が先ほどどう返したか、ということだ。そう、

「甘いッ、さっきと同じことの繰り返しだッ!! ピカチュウ10万ボルトッ!!」

 バッハの命令。そう電気属性だ。ならオレはどうする? 相手の攻撃パターンを読み切れたオレはムックルに指示を飛ばす。

「ムックル、シフトブレイブバードッ!!!!」

 電光石火の移動を解除しブレイブバードで敵に特攻するムックル。ブレイブバードは反動を受ける技だが、10万ボルトの攻撃を打ち消すことが可能だ。なぜなら、対象はピカチュウではない。
 10万ボルトの電撃だ。
 ムックルのブレイブバードが10万ボルトに衝突する。激しい火花が飛び散り、光の中でバッハがほくそ笑んでいる姿が見えた。そうだ、確かに直撃を受けたなら勝負は決まっていたかもしれない。
 だが……、
 閃光の中をムックルはピカチュウに向かい突進していく。

「な、何ッ!!?」

 バッハもピカチュウも驚愕している。そうだ、わかる訳がない。
 ブレイブバードが10万ボルトにダメージを与え、相殺したなどわかるわけがない。
 元々の標的が10万ボルトの電撃だったのだ。その電撃につっこみ、ブレイブバードと相殺させる事により、ダメージを軽減させる。
 だがムックルにもダメージは加算される。無茶な使い方をしたブレイブバードの代償と10万ボルトの残ダメージ。
 満身創痍には違いない状況だ。

「ムックルッ!! ツバメ返しだッ!!」

 だがオレはチャンスを逃さずにツバメ返しを指示する。
 ムックルの体を気遣う余裕などないし本当に気遣うなら、戦いを早く終わらせる事が先決だ。
 ツバメ返しは威力は低いが、必中の技だ。そして、この局面、必中させることが重要なのだ。

「ピカァッ!!!?」

 初めてのダメージ、そして自らの技が効かなかったことへの焦り。それはトレーナーであるバッハも同様だった。
 彼は目に見えて奢っていたのだ。その奢りは隙を生む。それも取り返しのつかない隙を……。

「ムックル、シフト電光石火ッ!!」

 ピカチュウに向けて電光石火が炸裂。今度は移動ではなく高速攻撃だ。ダメージは確かに少ないが、それでも相手に攻撃の隙を与えない。
 形勢が逆転していく。バッハはもちろん防御を指示するがそれも一歩遅い。
 電光石火は止まらない。
 防御の上からの電光石火。普通なら完璧に防御できるであろうピカチュウ、そしてそれを読んだバッハだったが、

「甘い、練度が違う……ムックル、ガードブレイクッ!!」

 オレはさらなる指示を飛ばす。電光石火の高速移動は確かに制御が難しく、狙い通りに攻撃を与えることができないでいる。そのために相手に与えるダメージは小さいのだ。それを考慮してもスピード面のメリットは捨てきれない。
 だから俺たちは特訓を重ねた。スピードを殺さずに、的確に相手に狙った攻撃が出来るように……。
 ピカチュウのガードの下に入り、突き上げる。電光石火の攻撃はガードの弱点を的確に突き、ガードを崩す。

「確かに……俺たちはピカチュウを……そしてほかの多くの仲間を棄てた……だが、だからといってそれを後悔はしていないッ!!」

 ピカチュウは両腕、そしてガードがはじかれ、解かれたことで俺たちに恐怖を抱き始めた。バッハはそれでもあきらめず、指示を飛ばした。

「怯むなピカチュウ、かみなりだッ!!!」

 天候に左右されるが、電気属性中高位の威力であるかみなり。その技は相手の頭上に雷を落とすというシンプルかつ強力な技。ピカチュウも直撃してしまう距離であるが属性的観点からそのダメージは無視できるほどである。しかも練度によっては自らの頬袋に帯電することも可能だ。要するに次弾の威力が増す。
 それでも俺たちは臆さない。

「ムックル、ツバメ返しからシフト、インファイトッ! 吹っ飛ばせッ!!!」

 ツバメ返しとインファイトのコンビネーション。かみなりは大技であるため、ほかのわざと比べて若干スピードで劣る。その隙に必中ツバメ返しを繰り出し、よろめいたところを超接近戦に持ち込むのだ。

ピィッ!!

 ムックルが叫ぶ。ツバメ返しは忠実に相手にヒット、体勢を崩すことに成功するも、かみなりはムックルの頭上に迫っている。
 ムックルは狙いの定まっていない雷が放たれるフィールドをジグザグ移動でうまい具合にかみなりをよけながらインファイトを行う。インファイトは体勢を崩しているピカチュウにクリーンヒット。最初に食らった10万ボルトの影響で左翼が麻痺し威力は半減しているが、それでもガードが固められる前にダメージを与え、吹き飛ばす。

「シフト、ブレイブバードッ!!」

 大技、これで決める。よける術は無い、例え相性が悪くともこのダメージは相手にとって致命傷になる。
 だが、対戦者バッハもまた、俺同様あきらめてはいなかったのだ。

「ピカチュウ、電磁波から10万ボルトッ!!」

 電磁波がムックルに襲う。ブレイブバードがよろめきを覚える。今度は右翼が麻痺したか……ッ!!

「ムックルッ!!」

 オレはたまらず叫んだ。だが、ムックルの目はまっすぐピカチュウをそして、目前にまで迫った10万ボルトを見据えている。空中での邂逅。
 相棒は体をくねらせ、うまく攻撃をよける。だが、翼をかすり苦痛を訴える。
 しかしそれも短い間の出来事。ムックルは今の自分に出来る精一杯の攻撃を繰り出す。それは以心伝心のようにオレの胸に届いた。

「いけ、電光石火 シフト……ブレイブバードッ!!」

 電光石火からブレイブバードにつなげる技。先ほどまで発動していたブレイブバードは相手の攻撃を受けただの突進と化していた。このままでは相手へのダメージも期待出来ない上、しのがれては絶好の隙を生んでしまう。
 起死回生といっても良いだろう。命名するならライトニングフェニックス。不死鳥を冠する俺たちの新必殺技だ。両の翼が麻痺していてもこの特攻を止めることはできない。

「畜生……チクショオオォォォォォォォォォッ!!!!」

 ピカチュウがはじけ飛ぶ。昔の仲間がオレの、俺たちの手で敗北していく……。
 あいつは俺たちを決して許しはしないだろう。それでも良い、と俺たちは思う。
 なぜなら、それが俺たちが選択した道だ。
 それ以外選択することが出来なかった、俺たちが選んだ……道だ。
6, 5

  

◇勝利の報酬◇


 オレはムックルのそばに駆け寄り、傷の様子を見る。やはりというか、かなり無理をしたバトルだったため、満身創痍といったかんじだ。

「わるいな、ムックル。お前ばかりこんな目に遭って」

 自分のふがいなさを呪いながらポケットから傷薬を取り出し、簡単な応急処置を行う。しっかりとした治療はポケモンセンターに行かなければ無理だし、すまないが今はこれで我慢してもらわなければ……。
 モンスターボールの中に入るか? と促してみたりもしたが、やはり拒否されてしまう。ムックルは狭いところがどうしても苦手なのだ。
 そしてあらかたの処置がすむと、オレは倒れたままになっているピカチュウのそばへ行く。

「……何か言葉をかけるつもりじゃないだろうなぁ、先輩?」

 止めたのはバッハの低い声だった。

「先輩は一度そいつを棄てたんだぞ? オレとのポケモンバトルに勝ったってその溝が深まる訳がねぇよ」

「別にそうじゃない……言葉はかけない……」

 オレが言い終わるとバッハもフィールド内に入り、ピカチュウにモンスターボールを投げつけ回収する。
 荒っぽいやり方だったが、なぜか不快では無かった。

「今回は負けど、次は勝つからな」

 すれ違いざまにそう短く吐き捨てるようにバッハは言った。

「……わかったよ」

 オレも短く返す。それだけで充分だった。ジムの入り口にさしかかりバッハがこちらを振り返る。

「一つだけおめぇに、耳よりな情報をやるよ。オレに勝った報酬とでも思え」

「なんだ?」

「マサゴタウンのナナカマド博士を訪ねてみな」

 ナナカマド博士、ポケモン研究の第一人者でかの有名なオーキド博士の大学時代の先輩。彼の研究によるとポケモンの90%は進化に関係するとこの前公表していたあの……。

「忙しい奴だが、オレの名前を言えばきっと力になってくれるはずだ。目的が例え復讐でも、な……」

 復讐という言葉にオレは奥歯をかみしめた。

「……バッハ……お前はどこまで知ってるんだ……?」

「ハッ、どこまでもはしらないさ、最低限ってところだ……」

 肩をすくめて返すバッハ。彼は最後をこんな言葉で締めくくる。

「今度戦うまで負けるんじゃねぇぞ。お前たちに勝つの俺様のピカチュウだ……」

 ジムの扉が閉まる。つくづくブラックカードを持つにはふさわしくない人間だった。少なくともオレには、だけど。

「マサゴタウン……か」

 俺たちの事情を知っているバッハ。確かにここでこのまま自力で調べていてもらちがあか無くなってきたところだ。オレはバッハの言葉を信じて行くしかなさそうだった。


続く
◇シロナの奇行◇


「バッハに関してなんですが、彼はブラックカード所持者リストにはいなかったようです」

 ジムでバッハと戦った次の日、偶然図書館で出くわしたシロナはいきなりそんなことを言い出した。
 俺はマサゴタウンへ向かうと決まったため、図書館から借りていた本を返しに来ただけなのだが、それにしても図書館に寄っている数分のうちに顔を合わせてしまうとはなんとも間が悪い。
 正直、今俺は彼女とあまり会いたくなかったのだ。昨日の戦いからお互い口もきかずに別れてしまっていたし、正直ポケモンを棄てた薄情者と責められるとわかっているのに近づきたくはなかったからだ。
 身に覚えのある非難なだけにわかっていても少しは俺の心も傷ついてしまう。
 だが、会ってそうそうに話題にのぼったのはバッハのこと。
 俺は釈然としないまま素直に答える。

「別に気にしてなかったんだが……」

「私が気にしたんです。だってブラックカード所持者なのになんですか、あれ? まるであなたに助言しにきたような感じだったじゃないですか!」

 助言しにきたかどうかはともかく、今シロナが怒り心頭気味だということは何となく理解できた。

「まぁ、それならそれで良いじゃないか。オレも明日にはこの町を出ようと思っている訳だし」

「……やっぱりこの街を出て行くのですか……私との勝負がついていないのに」

 不満垂れながしのシロナだが、勝負が付いていないとは……いささか言い返さなければいけない。

「試合数は覚えてないけど、お前……間違いなく俺に20回以上は負けてるはずだぞ?」

「昨日までの私と今日までの私は全く別物です、赤の他人ですッ。だから私たちはまだ戦っていないのですッ!!」

 んな、むちゃくちゃな。

「それよりも、本当に出て行くんですか? 私をおいて?」

「なんだ? そのなぜだか背中がむずがゆくなるような物言いは……元々俺はミオシティ出身のトレーナーじゃ無いわけだし、特に問題ないだろ?」

「そ、そうですけど……そうですけどッ!! あ、あのバッハという男を信じない方が良いのですッ、だから……ナナカマド博士なるヤミカラスみたいな外見をしてそうな人には会いに行かない方が良いです!」

 いつも以上に絡んでくるシロナに対して俺は少なからず驚いてはいたし、反面最初に危惧していたポケモンを棄てた事を責められなくて安堵してもいた。
 だが、それでも彼女の引き留めは俺に対して不快感を与えていたのは間違いない。

「……なんで?」

 気づいた時には、俺は自分でも信じられないほど低い声でそう言っていた。本当に無意識だった。
 今まで必死に各地を回って有益な情報を探し、この街で図書館で伝承や言い伝えを探し、それでも手がかり一つ見つけられなかった短くはない時間。
 その、どこを探しても手がかり一つ見つけられなかったものが今目の前にあるのだ。
 どれほどそれが信じるに値しないものでも、それにすがるしか今の俺に選択肢はないのだ。
 それをシロナは邪魔をする、目の前に立ちふさがる。
 目の前にいる少女は萎縮していた。

「だ、だから…………」

 青ざめた顔を見てやっと俺は自我を取り戻す。子供相手に俺は何をやっていたのだろう……。

「歯切れが悪いな、お前らしくもない」

 頭をかき、軽口をたたく。ため息が混ざっていたかもしれないがそれを気にするほど俺は心が強くはない。
 出来るだけ……彼女を傷つけないように平静を装う事だけで精一杯だった。

「お、お前……ッ!? お前と言いやがりましたかッ!? 熟年夫婦のようにお前呼ばわりですかッ!? 遠回しのセクハラですかッ!?」

「ほとんど幼女と変わらないお前に欲情などするかッ!?」

 こっちがこれほど気に病んでいるというのにこの物言いだ。正直、ため息が止まらない。
 このあとはおきまりのパターンだ。
 なんだかんだで俺たち二人ともヒートアップしていき、この後10数分にも及ぶ口先の戦いを披露してしまうこととなる。なぜそれだけの時間で終戦したかと言えば、館長さんに怒られたからだった。

 図書館を追い出され、外の冷気でクールダウンした俺たちは近くの公園にあったベンチに腰を下ろし、一息つく。

「……先ほどの話に戻りますが」

「バッハのことか?」

 混ぜっ返すつもりか、と訝しみ自然と眉間にしわが寄る。

「はい、彼……ブラックカード保持者では無かったのですが、同時にトレーナーカードも持ってはいませんでした」

「トレーナーカードを持っていない?」

 トレーナーカードとはまぁポケモントレーナーの身分証みたいなものだ。ブラックカードもそうだが、どちらもカードと読んではいるモノのその実態はポケモン図鑑内の身分証の事を指している。そしてトレーナーカードを持っていないということはすなわち、ポケモン図鑑を受け取っていないということだ。

「じゃあトレーナーじゃないってことか?」

「はい……嘘つきの話に乗ってまで行く必要はないと思います」

 シロナはまっすぐとこちらを見据える。

「確かに嘘つきだけど……別にたいした嘘じゃないだろ? それにあいつの力は本物だった。逆にトレーナーでもないのにあそこまで強い奴なんてそうそういるモノじゃない」

「ちが……」

 シロナはまた否定しようとして、口をつぐんでしまった。どうにも今日のシロナは変だ。

「具合でもわるいのかよ? らしくもなくあせったり感情的になったりして」

「別に焦ってなんてッ!?」

「ほら」

 ちなみに顔も真っ赤である。本格的に具合が悪いのかもしれない。

「……いいです、もういいです」

「フカァ……」

 落ち込むシロナをフカマルが慰める。しかもムックルも俺の頭をつついてお前が悪いと言わんばかりだ。
 全く、どう考えてもこの状況は俺が被害者だろうに。

「お、おいおい……何も落ち込まなくても……」

「落ち込みました。しっかりとはっきりと撃沈されました」

 自分が落ち込んだなんていう人間は正直信用ならんが、うなだれている彼女を見ているとどうしても罪悪感が芽生えてしまうから困る。
 だが、次の一言でそのなけなしの罪悪感も吹き飛んでしまった。

「ですので、私はあなたについて行こうと思います」

「はぁッ!?」

 それは俺が予想だにしていない言葉だった。

「とりあえず、十分ほど待っていてください。ここから動かないでください。トイレも我慢してください」

「な、なにする気だよ……」

「単純な事をする気です。ちなみにここからいなくなっていた場合、ジュンサーさんに行方不明者として全国に指名手配させていただきます。」

 有無を言わさない物言いに俺は気圧されてしまった。まったく、

「むちゃくちゃだ……」
8, 7

  

◇わがままシロナ◇


「戻ってきました」

 きっかり十分後、シロナは走って戻ってきた。ちなみに何度か逃げようかとも思ったが、それはそれで気が引けた。
 なぜなのかは自分自身わからない。

「ほんとに時間きっかりだな? ん? ……フカマル」

 俺はシロナの隣にいるフカマルを見る。

「フカァ?」

「お前ボロボロになってないか? いや、正確にはかなりダメージ受けてないか? ライフがレッドゾーン突入しちゃってるくらい」

 しかも結構ダラダラと血が出てる気がする。所々に擦り傷やらも多い。だが、

「フカフカ」

 フカマルはさも大丈夫と言わんばかりに、格好をつけて指を振った。続いてシロナが隣で無い胸を張る。

「大丈夫です。ちょっとジムリーダーをひねってきただけですから。これからポケモンセンターに行って旅に出発しましょう♪」

「え……? こんな短時間でバッチとってきたのか?」

 勘違いしてもらいたくないが、正直ジム戦というのはこんな簡単にしかも短時間で勝負が付く者ではないと先に説明しておこう。
 俺(今はシロナもかもしれないが)はポケモンを一匹しか釣れていないがジムリーダーは六匹フルで持っているのだ。
 それをのしてきたというのか、この子供は?

「はい、ダッシュで行ってきたのでちょっと汗をかいてしまいました。シャワーを浴びたいところです」

 しかもこの軽口である。ついでにバッチも見せてきた。確かにこのミオジムのバッチがそろい八つのバッチが彼女の手元にある。

「ま、マジだ……マジだよ……てことは何か? ものの数分で倒しちゃったのか?」

 移動距離を考えるとジムリーダーのポケモンをほんとに瞬殺状態だった計算になる。

「はい。意外と手こずりました。まさかここまで押されるとは思わなかったです。フカマルだけで本当にギリギリでしたよ」

 やはりフカマル一匹だけで挑んだらしい。
 本気でこの子供は何を考えているんだ……?
 そこで俺はふと彼女の言葉を思い出す。

――ですので、私はあなたについて行こうと思います――

 ……どういうことだ? 本当にそういうことなのか?
 俺について行くためにこの街でやらなければいけないことを先に終わらせてきたのか?
 それも俺の気持ちが考える暇も与えないほどすぐに終わらせて、フカマルに無茶させてまで。
 無茶な戦いをしたフカマル本人もそんなつらい状況であったにも関わらず笑っている。まるでシロナが喜んでいるのが心底幸せなように……。

――反芻

――――反芻

――――――反芻

 泣かなかった自分を褒めてやりたかった。
 心の中で俺は図書館での態度を謝った。何度も何度も何度も……。
 そして俺は告げなきゃいけない事を言おうとした。

「……ありがとう……だが……旅には……んぐッ!!」

「言わなくてもわかります。ですが私はついて行きます。いえ、ついて行かなければいけないのです」

 口を押さえられ、シロナの顔が間近に迫る。その顔はいつになく真剣だったがなぜだか俺以上に泣いてしまいそうな表情のように俺の目に映った。
 そして彼女は目を瞑り、静かにそして自然に声を震わせる。

「きっとあなたは不思議に思っているでしょう、『俺たちの過去が気にならないのか』、と。ジムでの一戦であなたがやった事の概要は知れました。ですがそれに対して追求するつもりなんかありません。確かに気にならないと言えば嘘になりますが……でもここで私は格好をつけます。私は気にしません。これが答えです。あと、私はあくまであなたに勝てるまで一緒にくっついていくだけですから。それ以上でも以下でも無いと肝に命じておていください」

 そう言い終わるとシロナは俺の口から手を離した。
 シロナはこれ以上に無いほど顔を真っ赤にしている。
 だが、たぶん俺自身確認は出来ないが俺の顔も真っ赤なことだろう。
 涙を浮かべていない事を祈りたい。

「ここでもう一度確認をとろうなんてしないでください。慣れない事をして恥ずかしさでいっぱいですから」

 それはお互い様だ。

「……わかったよ。それにしてもお前は強引だな」

「それが私の長所ですから」
◇マサゴタウンへ◇


 次の日、俺達は荷物を整えてミオシティを後にした。
 携帯食料など必要雑貨鞄はかなりの大きさだがそれも少し懐かしさを感じる。
 ミオシティにいた時間は思いのほか長かったからか……。

「しかしシロナよぉ……」

 横目で隣を歩く彼女を見る。

「なんですか?」

「……なぜにお前はボストンバッグ一つで済んでるんだ?」

「荷物持ちはアウトの仕事ですから、この中に入っているのは私の着替えだけです」

「…………」

「あなたみたいな甲斐性なしに何の関係もない最強美少女トレーナーが無償でついていくんです。これくらいはサービスしていただかないと罰があたります」

 しれっとむかつく事を言いやがった。

「かわいくねぇ、子供(ガキ)だ」



第一話:旅立ち編_完
10, 9

かみの零汰 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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