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親愛なるギョニソさん

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 日本には、他国の食文化を日本式に解釈し、独自の食文化としてしまった例が多い。
 天ぷら。ラーメン。カレーライス。とんかつ。エビチリもそうだったっけな。あとはえーと、今は思いつかないのでとりあえずこれだけです。
 それぞれ、本国のものとは似ても似つかぬ独自解釈の食物となっている。
 そうした外国由来ながら日本独自となった食品の中で、いささか地味ながら、我々庶民の心をとらえてはなさないある物がある。
 その名は魚肉ソーセージ。
 ちぢめてギョニソ。
 戻してギョッとするほどニーソックス。
 すみません、一行前の発言、なかったことにしてください。
 そういうわけで、魚肉ソーセージ。
 スト2のリュウクラスに貧乏なわたしとしては、ギョニソさんは貴重な蛋白源である。
 いつでも安売りをしている。
 四本で百八十九円。
 給料日前などは、三食魚肉ソーセージという日も、ままある。
 お酒のアテにもいい。
 というより、最近、世間ではそちらの方面での出番が主である。
 居酒屋に行くと、やや頭のハゲかけたおとうさんが、大ジョッキ片手に、
「この味がね、懐かしいんだよネ」
 なんて言いながらたった一本の魚肉ソーセージに二百円も払って食ってたりする。
 家で食えよ。

 というわけで近所のビッグAというスーパーで、四本百八十九円の魚肉ソーセージを買ってきた。
 机の上に安置し、その前に座る。
 心を落ち着けて、じっくりと観察してみる。
 赤い。
 つくづく、赤い。
 この赤はフィルムの赤である。
 すらりとした赤一色の肢体。
 なにかエロチックにすら思える。
 ムダのない美しさというのだろうか。
 禅味、というのだろうか。
 ただ、上下の留め具が金属でなくなって、全面的に赤一色になってしまったのは残念なことである。
 あの銀色のアクセントが、魚肉ソーセージの形態美をより引き立てていたことは、美術界では常識である。
 ――それは魚肉のソオセエジだった。彼はこの留具のついたソオセエジにいつか「形」の美を教えられていた。――と芥川竜之介も書いた。(ような気がする)

 さて、魚肉ソーセージには、上部のあたりに取っ掛かりとなるべき切れ目が入っていて、そこに赤いテープが張られている場合が多い。
 そのテープはまるで目隠しのように見える。
 親しい魚肉ソーセージさんが拘束されている。
 監禁されている。
 そうなると、突然義侠心が湧いてくる。
 救助してあげねばならない。
 救出してあげねばならない。
 わたしの調査によると、こういった義侠心の増減は、腹の減り具合と密接に関係しているようだ。
 早く出してあげねばならない。
 こんな風にいささか焦りながらフィルムを剥ごうとすると、これがまず上手くいかないんですネ。
 急いでいるときほど、簡単には出てきてくれない。
 急いでないときでもあんまり出てきてくれないけど、急いでいる時はかなり確実に失敗する。
 とるもとりあえず、目隠しテープをはがして出来たあの裂け目を取っ掛かりにして、フィルム背中の継ぎ目まで裂いていって、そこから縦へ一気にぺろんと剥ごうとする。
 しかし、途中で裂け目が横に逃げる。
「ンモー」とか言いながら、それでも縦へ剥ごうとすると、裂け目はあらぬところへ進んでいって、哀れ魚肉ソーセージさん上下真っ二つの泣き別れ。
 こうなると、もう後は爪を魚肉だらけにしながら、フィルムを剥くハメになる。
 しかしこの、フィルムがうまく剥がれなくて真っ二つに折れてしまうところも、魚肉ソーセージ食いの醍醐味なんですよネ。
 一種のアトラクション。遊戯性。娯楽性。
 けっして包丁で切ってからフィルムを剥いたりしてはいけません。
 ちゃんと手でフィルムを剥がしてから頂く。それが正式な作法である。(ような気がする)
 フィルムから顔を出したソーセージは、ほんのり赤い。
 赤ん坊のほっぺたくらいの色だ。
 ということは、赤身の魚が使われているのに違いないと、原材料を見てみると、ほっけたらたちうお等の表示。
 不思議だ。全部白身魚ではないか。
 「等」に入る魚が異常に真っ赤だったりするのか?
 不思議だ。
 不思議なので、本人に聞いてみることにした。

「ギョニソよギョニソよギョニソさん。ほっけもたらもたちうおも白いのに、どうしてあなたはほんのり赤いの?」
「それはね」
「うわっ、喋った」
 へーちょちゃん驚いた。ギョニソが喋った。
「コチニール色素が入ってるからだよ」
「コチニール色素?」
「虫から作る着色料だよ」
「虫!? ぅげ……」
「あぁん!? お前今、ぅげって言った? ぅげって言った!? アレか、虫が気持ち悪いってか? じゃあお前もうイナゴの佃煮食べるなよ! 蟹とか海老とかロブスターも食うなよ? あれ分類上は蜘蛛の仲間だかんな? わかったか!?」
「ギョニソさん短気だな! カルシウムとった方がいいよ」
「そう、僕にはカルシウムが豊富に含まれているんだ!」
「え、えぇーっ……誰もそんなこと言ってない……」
 その時、隣の家からなんだかいい匂い。
 ちょっと窓から顔を出して覗いてみると、幸せそうな一家がロースターをウッドデッキに並べて、バーベキューをしているところだった。
 ロースターの上には、今しもじゅうじゅう焼けていく、太くてでっかい、見るからにジューシーそうな大きいソーセージ。
 対するこちらは、四本百八十九円の魚肉ソーセージ。
 ウィンナーソーセージ。
 ウィーン風のソーセージという意味だ。
 対して魚肉ソーセージ。
 魚肉、と本来地名を冠すべき名前に原料を冠してまでわざわざ断っているあたり、製作者の後ろめたさすら感じる。
 すみません、これは普通のとは違って魚の肉ですんでね、代用って奴ですんでね、あしからず。と言っているようにすら思える。
 魚肉ソーセージが急速に色あせて見えた。
 背後で、ギョニソさんが、ゆっくりと口を開いた。
「へーちょちゃん、今の気持ちを一言で表すと?」
「くやしい……」
 ギョニソさんはゆっくりと首を振った。
「もっと大きく!」
「くやしい!」
「だめだめそんなんじゃもう全然気持ち伝わってこない! もっと東海林さだおの漫画みたいな口調で!」
「……グヤジイッ!(頭の上に湯気、手足バタバタ)」
「良く言った! じゃあ僕が今からお肉のソーセージに負けない……」
「魚肉ソーセージの食べ方を教えてくれるの?」
「人肉ソーセージをあの一家で作ってあげよう!」
「なんでだよ! なんで『地獄のモーテル』的な解決法なんだよ!」
「へーちょちゃん、チェーンソーはないの?」
「ねえよ! 林業じゃねえんだよ!」
「子供の腸は柔らかくて、ソーセージに最適なんだ」
「その包丁を置け! 人肉ソーセージはやめろ!」
「そうだね、あのおばさんはハムにしたほうがおいしそうだもんね!」
「そういう話じゃねえよ! なんだよその佐川くんばりの食人欲求!」
「へーちょちゃん」
「な、何、急に真面目な顔して」
「魚肉ソーセージはね、バーベキューにするとみすぼらしくて仕方ないんだ」
「はぁ、まあそうだろうね……ってそんなことでバーベキューを憎んでるのかよ!」
「今からちょっと多摩川行ってくる」
「やめろ! 包丁を置け! 河川敷に血の雨降らせる気か!」
「じゃあどうしたらいいってんだよ!」
「逆ギレかよ! とりあえず落ち着けよ!」
「落ち着く? 落ち着くといえばカルシウム。そう、魚肉ソーセージにはカルシウムが豊富に含まれているんだ!」
「だからそういうことは聞いてねえよ!」
「へーちょちゃん、落ち着いて。カルシウムを取ったほうがいいよ。そう、僕にはカルシウムが豊富に含まれているんだ!」
「自分から無理矢理カルシウムの話に持ち込むなよ! どんだけカルシウムの話したいんだよ!」
「魚肉ソーセージにはね、他にもビタミン、ミネラル、DHAなど豊富なんだ! だからこれからも、仲良くしていかないといけないね!」
「綺麗にまとめた!」
「さあさあというわけでどうぞ好きな魚肉ソーセージをお食べ」
「じゃあお前食べるわ。喋る魚肉ソーセージとかうるさいし」
「え、そんな! 食べられちゃったら僕、死んじゃうじゃない!」
「いや、すでに死んでるよ!」
「死んでる……だと?」
「死んでるどころか粉砕されて味付けされて練られて成型されてすでに商品だよ。もはや死体というもおこがましいよ」
「……(呆然)」
「そんなにショックなのか」
「青褪めるほどだよ」
「うわ、カビてるみたい」
「よし、わかった。僕も男だ」
「魚肉ソーセージにも男とか女とかあんの?」
「さあ、僕の顔をお食べ! 顔と言わず身体中舐め回しておくれ!」
「舐め回しはしないよ……」
 もふもふと、魚肉ソーセージをかじるのでした。
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