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レシピNo.5 図書カード

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~クルスの日記~

 今日、彼に会えた――

 今まで一体、何をしてたんだ。
 事務課に通知もせずに転居したりして。その上ろくにアカデミーに顔を出さないから、アルマンド先生の退官パーティーの招待状だって、送れなかったじゃないか。
 噂では錬金術師としての依頼もあまりなく、ただのフリーターみたいな生活をしてるという。だから言ったのに――研究生として残るのでなければ、もっと企業受けのいい、安い論文を書いておけと。
 全く、全く、貴方は……

 言いたいコトバは一杯あった。けれど、一言も言えなかった。それどころか、またしても、またしてもイヤミを言ってしまった。
 悔しかった。本当に悔しかった。これじゃ同じじゃないか。
 いつも貴方を眩しく見ていながら、その姿を追いつづけながら、一度も握手の手を差し出せなかった、あの四年間と。

 だから貴方が図書カードを忘れて行ったとき、思わずそれをポケットに入れずにはいられなかった……


レシピNo.5 図書カード

 アカデミーの図書館に入るためのカード。
 貸し出しカードの役も果たす。
 再発行は有料。割と高いので、落とすと泣ける。

 ――王立アカデミー非公式ガイドより


 手順1.怪しいカードとイヤミな眼鏡。

 部屋を出る直前、オリバーは意味ありげなコトを言っていた。
「その図書カード、はやめに試しておくといいよ。もしドアが開かなかったり、貸し出しができないようだったら交換するからね」
 オレが睨むに、コイツは貸し出しの限定解除がなされてない。それは、小僧を図書館カウンターから、オリバーの部屋までの間のどこかに誘導する目的で、だ――しかし確証はない。そしてそうであったとしても、別段実害はないだろう(いざとなったらラサがいる)。オレは別段ツッコむこともなく奴らを行かせた。
 だがすぐにそれを軽く後悔することになった。
 アカデミー時代のオレの定位置。そこにいたのは、にくったらしい眼鏡のイヤミ男だったからだ。

「おや、これは珍しい。
 今日は青い雪でも降るんですかねえ」
 銀縁眼鏡に手をやって、勝ち誇ったよーに笑いくさる銀髪は、オレの代の学年首席にしてオレ様殴りたい奴リストNo2(いま編集。)に輝く男、その名も。
「あ~、あんた? クラルス=イストルム=セージって」
「………誰ですか、あなたは?」
 ラサが割って入ると、クルスは面食らった様子でヤツを見、ついでいぶかしげに問い掛ける。
「スペア=ラヴァンサラ=ウォータム。タイムの後見人ってトコだな。
 あんたのことは聞いてるぜ、寝物語でいろいろと。まっよろしくさん、クラルスさんよ」
「ね…………」
 するとクルスは硬直、かつ絶句した。よし、よくやったラサ。これは帰ってきたら素直にほめてやろう。
「え? ぼくラサにクルスのこと言いましたっけ??」
「ああ、五年後の方からだ。何て言ってたか聞きたい?」
「クルスのこと? …ううん、いいです。五年後のぼくならきっと、今と同じだもん」
「…………」
 聞きたそうだ。すっごい聞きたそうだよクルスのヤツ(笑)!!
 あのむっつり眼鏡がそわそわしてる様は、初めて拝む見せモノだ――うんうん、これは快挙だ。クルスいぢりという点では、こいつら天才コンビだ絶対。
 面白いから、コイツは今後、探して構うよう命令しよっと。殴りたいリストからは晴れて除外だ。
「まあいいでしょう。今日は一体何の用です?
 アカデミーなんかにはもう関わらない人生を選択なさったと思ってたのですがね、あなたは?」
 しかし楽しみもつかの間(さすがは自他ともに認める沈着野郎というべきか)クルスは体勢を立て直した――意味もなく眼鏡に手をやってイヤミ一発。
「…… それ、イヤミ?」
「さて、どうですかね?」
 さしもの小僧もむ、と眉を寄せた。そうイヤミだよ。明らかにイヤミなんだよ小僧。ああコイツやっぱちょっぴし殴りたいかも。
「いいよもう。行こうラサ。こうみえてぼくも忙しいんだからね!」
 小僧はクルスにムカついたためか、ラサへの敬語が抜けた。かつ、いつになく性急な仕草できびすを返した。

 そのとき何となく、クルスが何かを言おうとしているようにも見えた、が、オレたちは全員それをスルーしていた……
 それが、小僧とクルスの運命を大きく変えることになることになろうとは、よもや思いもせずに。

手順2.イヤミな眼鏡と怖いアニキと。

「つかタイム、よかったのか? 本借りなくて」
 図書館から本館への渡り廊下を一気に抜けると、ようやく小僧の足どりが緩んだ。
「……今日はいい。今戻ったらまた顔あわせて、そしたらきっとケンカしちゃいそうだもの」
 ラサの問いに小僧は、淋しげに俯いた。
「クルスはね、ほんとはいいやつなんだ。優しいやつなんだよ。
 でもぼくにはいつもああなんだ。せっかく同じ期に入学した仲間なんだ、仲良くしたいって、いつも思ってるのに……」
 え、そうだったっけオレ。あの眼鏡のコトそんな風に考えたかなあ。
 ――ひょっとしたら考えたかも知れない。記憶というのはいいかげんなモノだ。それにオレはこの当時のコトを、かなり忘れているみたいだし。
 いやよそう。仮にそうだとしても、そいつはオレのキャラじゃない。
「あ! ごめんなさいラサ。今ぼく、つい……」
 その時、小僧が小さく声をあげた。同時に両手で口元を押さえる。敬語ヌキでしゃべってたことに気づいたようだ。
 対してラサは。
「いいってコトよ」
 小僧のアタマに手を置くと、優しく撫でた。
「その程度じゃオレは怒ったりしない。
 お前が、そういう心がけのあるヤツである限り。怒ったりしねーよ、敬語の一個二個ふっとんだってさ」
「ラサ…!」
 小僧の顔が驚きに、ついで喜びに満たされる。
 間違いない、今のでラサは小僧の敬意を勝ち取りくさった。結構結構、やり方は忘れちゃいないということだ。
「大荷物ないのは好都合だ、メシでも食いに行こうぜ。C&Nの担当者紹介してやるよ。
 なに心配ない、そいつはこの時点のオレだから怖いオッサンとかじゃない。初対面のオレが一匹増えたと思って話せばいいからな」
 どの口がいうのやら。いたいけな若者をイカサマファンドでハメたアニキは、こあいオッサンじゃないのかね。
「ああ金とかも気にするな。全面あっちもちだから。あの会社は未来のお前の所有なんだし」
「え」
 小僧はあんぐりと口を開けた――そのキモチはよくわかる。到底普通じゃありえないからな。ぶっちゃけありえないオニイサンのせいでありえない人生を送らされた結果なんだけど。
「あの、聞いてもいいですか? 未来のぼくさんは、どうやってそんな、すごいひとになったんですか?」
「……ああ、それはまた改めてな。
 これから会うオレはそのこと知らねーし、混乱さすのもアレだから。
 過去のオレがいて、未来のオレがいる。そういう状況にもう少し慣れたら教えてやるよ」
「はい、わかりました。楽しみにしてますね!」
「………ああ」
 ラサはお茶を濁す。賢明な判断だ――うっかり話せたモンじゃないからな、オレとお前が見た“過去”は。
 もっとも、今の小僧に話したところで、ひとつも理解できないんだろうが。

 魔族は成人後、老化が非常にゆっくりになる。そのためラサはオレと出会ってから全く容姿が変わっていない。
 ――と思ったらそうでもなかった。当時のラサは、今のラサと並べてみると、やっぱりちょっと若かった。
 当時のヤツは、すでに事情を知っているため同情のこもった様子(そのことについて弁解はしない、100%オレのせいだ)だが、小僧のほうは無邪気なもので……
「わあっ魔族の方でもやっぱり変わるんですね! ぼくも五年したらもう少し背が伸びてるかな? あっ言わないで下さいっ。もしも違ってたら悲しいからっ」
 …などとのたまっている。
「ああそれは大丈夫だろ。見せてやれよあの写真。驚くぜ」
「おうよ、ほれ」
「わ~!!」

26, 25

  

手順3.銀縁眼鏡に積もる雪。

 ……そんなこんなで顔合わせは盛況のうちに終わった。
 三人で盛況もないかもしれないが、ラサはノリがよく盛り上げるのがうまい。それが二人いたんだからいやでも盛況ってノリになるってものだ。
 そのため顔見せメシ会は盛り上がり、解散した頃には大分夜もふけていた。
 いつの間にやら道には白く雪が積もり、吐く息もうっとうしいほど白い。
「さぶい…さぶい…さぶすぎるぞゴルア…」
 ラサは怒って寒さを紛らわそうとしているが、あまりの寒さにマフラーから顔を出すことすらできず形無しだ。
「大丈夫ですか? 帰ったらあったかいココア作りますからもうちょっと頑張って下さい。ほら、こっちですよ」
 小僧はくすっと笑って大きな肩掛けかばんをぽんと叩き、ラサの腕をとる。
「ぼくが誘導しますから、ラサはムリせずついて来て下さいね」
「おおおお前平気なの雪~」
「慣れましたから。
 一時は家のなかで凍死するかもって思ったりもしたけど、意外となんとかなるものみたいです。
 でもラサがつらいなら、明日にでもあったかい帽子とか買いに行きましょう。お金、少しだけ使わせて頂いて。ね」
 そういいながら小僧は自分のマフラーを外して広げ、ラサの頭からかけて結ぶ。
「スマン…かたじけない……(涙)」
 まったくラサのヤツめ、情けないぞコラ。
 まあ無理もないか。今オレたちが住んでいるのはずっと南のマドリア、一年を通じ温暖な土地だ。ここからあの冬の寒さのど真ん中に戻るハメになったのは、さすがに少々気の毒だったかも知れない。

 ――まだあの街で一緒に暮らしていたころ。
 冬の朝のあいつはいっつも、みゃーみゃーダダこねて起きようとしなくって。
 それに負けて何度も、会社サボったっけ。
 起こすのあきらめて隣に入ってやると、ホントにうれしそうにくっついてきて――

「あっ!!」
 その時小僧の声が耳を打った。
 スペキュラムに目を戻すと、予想だにしていなかったものが見えた。
 眼鏡だ。
 いや、もちろん本体もちゃんとある。
 ただしそれには雪が積もっていた。
 そいつが抱えたかばん、どんだけ本が入ってるのやら、恐ろしく重そうなそれにも。
 アトリエの前でオレたちがみたもの、それは、雪まみれで立ち尽くすクルスの姿だった。

 小僧は有無を言わさずクルスを風呂に入れ、買ってきたばかりのココアをホットで飲ませた。
 ぶかぶかのバスローブ(ラサのを借りた)と毛布のなかでヤツが落ち着くと事情聴取を開始する。
「一体どうしたのクルス。
 こんな雪のなか待ってるなんて…。」
「待ってなんかないですよ。僕の計算は完璧ですからね。タイミングを合わせてあの時ちょうど来たばかりです」
「だったら眼鏡に雪をのっける演出はなんのため?」
「っ………」
 クルスは絶句し、ため息とともに白旗を上げた。
「全く、貴方はどうしてこういうところは鋭いんでしょうね。
 ……降参です。
 待ってましたよ、確かに。
 この本と、図書カードを届けたくて」
 クルスが取り出したのは10冊近くの本、そして小僧の図書カードだった。
「これ…?」
「図書館で、…貴方はこの本と、図書カードを置いていってしまった。僕が貴方を、怒らせてしまったから……
 だから、僕は届けようと思ったんです――だって貴方にはこれが必要だった。企業と契約したんでしょう? だったらのんびりなんてしてられない。
 だから、とりあえず僕のカードでこの本を借りて。届けにきたんです。そしたら降られて……ああなってしまったというわけです」
「クルス……
 きみ、自分の本返してまで……」
「い、いえそんな」
「わかるよ。冊数でわかるって」
「………………」
 するとクルスはなんと、泣き出しそうなカオで俯いた。
「どうしたのクルス。どこか痛いの?」
「……なにやってんだろうと思って。
 ここまで夢中でしてしまったけど……冷静になってみるとお節介でした。貴方にも気を遣わせて、……」
 ここでクルスはまたしても絶句した――小僧がクルスを抱きしめたからだ。

 かくしてこの日から、奴らは大の親友になったのだった。
 二人で一緒に図書カード(やっぱり貸し出し機能が封印されてた)を交換してくれと行くと、オリバーはうれしそうににこにこ笑って、仲良くするんだよ、とのたまった。
 ――なるほどこういうワケだったのか。コイツは別の意味で要注意人物だ。
 まあ、おかげでクルスいぢりがカンタンになったのはありがたいが、今後はむしろクルスの動向に気をつけなければならないだろう。
 ――オレの一番そばにいるのは、あくまでもラサだ。
 それだけは絶対、妥協することができないのだから。

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