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レシピNo.7 携帯型遠話機

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~プリムとカレンデュラのおふぃす☆とーく~

「ねーねーカレ~。あまーいホットミルク、飲みたくな~い?」
「お前が飲みたいんだろ? 入れてやるからそこで待ってろ」
「は~い♪」

 ***

「そら、できた」
「ありがと♪ カレもここ座っていっしょに飲も? 報告書だったらプリムさんがちゃちゃっとでっち上げといてあげたから♪」
「…オイ(笑)」
「タイムはおっもい報告書なんか求めてねーよ。
 自分で何かしなくちゃなのか。それとも放置しといていーのか。いまあいつが求めてる情報はそれだけだ。
 見たろ、あのナナメ読みっぷり。いくら速読マスターたってアレすぎだ。あいつがマトモに読んだとこ、最初にオレが入れてやったレジメだけだぜ。カケてもいい」
「…………だろうな」
「あいつがキョーミあんのはラサだけさ。今も昔もずーっとな」
「淋しいのか?」
「そりゃちょっとはね。
 だってオレ、夢魔なんだよ。可愛いげ担当いろじかけ担当。ちょっとくらいはキョーミ示してもらえなきゃさあ、職業上の説得力なくなるじゃん。
 ラサなんか、そりゃ確かに血、入ってるけどさ、あいつせいぜいハーフだろ? だってのにあんな夢中になって…なんかもうアレだよマジ」
「『刷り込み』だろう。
 初めて見た相手には愛着も強まる。夢魔もそうだろう?」
「………そっかあ!
 なるほど~。カレってばいーこと言うなあ♪ さっすが、プリム様の初めてのご友人♪♪
 ちょーどいーや、今日はこのまま飲み明かそ! もちろんここに泊まっていいよ。ベッドもちゃんと貸したげるv」
「………ここ、俺の部屋なんだが。」
「でっかいイケメンが細かいコト言わない!
 ほら早くカルーアミルク出して。そこの棚にしまってあるの、ちゃーんと知ってるんだからさ♪♪」


レシピNo.7 携帯型遠話機

 空中遠話ネットワークを利用し、無線での会話を可能にした遠話機。愛称はケータイ。
 音声と文字を振動パターンとして変換する技術により、電子手紙通信(メール)も可能となった。
 初期の理論を確立し、開発を行ったのは錬金術師クラルス=I=セージ氏である。

 ――『錬金術技術における通信の歴史』より


 手順1.不便と不満。

 ラサがいなくなって数日。
 オレは早くも不満を感じていた。
 ラサはいつもオレの隣にいて、あらゆる世話を焼いていたのだ。
 それこそ、朝起きてメシ食って風呂入って寝るまでずーっと一緒。離れてるのは菓子作ってる時とトイレだけ、くらいのイキオイだった。
 一言命令すれば、場合によっちゃ秘書室に一報いれて、あらゆる便宜をはかってくれた。ちょっと手を出せばちゃんと察して、飲み物のグラスを手渡してくれたりもした。
 とりあえず臨時に、秘書二人を侍らせてはみたものの――奴らは奴らで見目もいいし、話しても面白い奴らなのだが、なんというかその――何かが違う、そんな感じがして結局、不自由はあるものの、日暮れには退出させてしまった。

 そんなわけで一人風呂に入って出たオレは、テーブルの上でケータイ(最近普及し始めた、携帯型の遠話。面白そうだから買ったのだ)が光っているのに気がついた。
 見てみると、メール着信。クルスからだ。
 ――過去のオレがクルスと友人になったことで、オレの方にも変化が起きた。
 クルスの番号が、アドレス帳に出現したのだ。
 履歴をみると、月に一、二回の頻度で連絡をしあっているらしい。ほっとしたことに、仲はいいが、あくまで友人の間柄であるようだ――
 はたしてメールの文面は、ごくごくフツーのたわいないものだった。
 友人の域を踏み越えた単語が決して並んでないのを確認し、オレも返事を送る。
 幸いに、というべきかクルスは今、遠く離れた西の地、フォークランドにいるらしい。
 写真を見るかぎりだが、知的な感じはそのままに、険がとれて大人びて、なかなかのいい男になっている。
 そっちのイミでは決してないが、興味は大いにかきたてられる。
 クルスは、話が面白いのだ。
 今度はどんなハナシをしてくれるのか。この事態が一段落したら、ぜひとも一杯やりたいものだ。
 そんなことを考えながらシャンパンのボトルをクーラーから取り出そうとしたオレは、手を滑らせかけて(心ならずも)大いに慌てた。
 ラサが見てたら笑うだろう、いや、こういうことはヤツの役目だったっけ。
 ――あいつはいつも、ほれぼれするような優雅な手つきでシャンパンを注いでくれた――
 早く、帰って来ないかな。そんな声が自分のなかから聞こえる気がして、オレはひとつアタマを振った。
 月末まではまだ間がある。仕事で過去に派遣した、ヤツを呼び付ける合理的な理由がない。
 会いたい、ただそれだけで呼んだりしたら、あいつはさぞかしオレを笑うだろう。だから呼べない。呼ぶことはできないのだ。
 オレはグラスからシャンパンを一気に飲み干すと、広すぎるベッドにどさりと身を投げた。
手順2.モラトリアム

 ――ラサを派遣してから二週間ほどが経った。
 向こうの様子は順調だった。
 ラサはヤツの知る未来の情報と、占術師としてのウデを活かしてどんどん金を増やしている。
 手作りの菓子をやったり、研究材料の採取を通じて、小僧の信頼も揺るぎないものにした。

 研究も予想以上のペースだ。
 オリバー教授の的確な指南。当時のラサは立場を利用して、C&Nの傘下や関連の施設をいくらでも使わせてくれる(ついでにコイツも餌付けに余念がない――たまに今のラサと仕事代わって小僧に付き合い、信頼を得ている)。

 驚いたのは、シプレとクルスだ。
 シプレは小僧を小間使いにする、なぞとのたまった割には、むしろ自分が世話を焼いている。
 週二日程度の“勤務日”には教会内部の図書館に入れてやったり、茶を入れてハナシを聞いてやったり、みやげに落ち着くインセンスを持たせてやったりと。
 まあ、こいつらは子供の頃、同じ神父さんに世話になってた仲だ。気持ちはわかる。
 本当に驚いたのはクルスだ。
 材料採取行にはもちろん参加。色々言い訳はつけてるものの、ときに自腹を切って資料を探して持ってくる。連日アトリエに顔出しちゃ実験を手伝い、夜更けまで仮説を議論し、先日などはうれしはずかし朝帰り(違)。
 まったく、本当にこれがあのイヤミばっかの眼鏡野郎か? と思えるくらいの協力っぷりだ。
 そのことをラサに確かめさせると……
「僕も錬金術師ですからね。時間移動という、世界の枠組に挑むプロジェクトには、興味がかきたてられて止まらないんですよ。
 あなたこそそんなことを聞いてくるなんて怪しいですね。ひょっとして、何かやましい目でタイムさんをみているんじゃないですか?」
「そ、そんなじゃねーよ!!! オレは、オレはあくまでな……」
 逆にえらい鋭い反撃が返ってきた。ラサは真っ赤になってたじたじだ。
 ったくあいつは。『そーだよオレは小僧らぶらぶなんデス邪魔するヤツはぶっ飛ばすv』ぐらい言えっての。
 しかしそう考える一方で、それを聞かずに済んでほっとしているオレがいるのもまた確かだった。
 馬鹿なことだ。小僧はイコールオレなのだ。小僧とあいつをくっつけなければ、今のオレたちだってないのだから。
 まあクルスに下心がないというなら、急がなくてもいいだろう。
 小僧はあのとおりののほほんだ。多分、真っ正面から愛の告白されたって何のことだかわかりゃしない。
 とりあえずは、このままにしておこう。“跳躍時計”の開発を進めるには、今の環境は申し分のないものなのだ。
 時計の開発がひと段落し、トレードを教わるようになれば、小僧とラサの距離はいやでも詰まっていく。
 それまでに危ないやつが現れるならプリムを派遣し、そいつを魅了してしまえばいいだけのことだ。

 しかしまあ、うまくやったもんだ――今の小僧ときたら、逆ハ状態もいいとこだ。昨日など、なんとあの大家までが差し入れを持ってきた。
 あの頃のオレには、何もなかった。誰もいなかった――ラサの他には。

 まあいい。昔のことは。確かに始めた当初はしんどかったが、一度ブチ切れちまえば楽しくなった。
 オレは金貸しになったことも、ラサだけを見て暮らしてきたことも、後悔なんかしていない。
 スペキュラムの向こうでは、小僧とクルスの議論が延々続いている。今のうちメールチェックでもするか。またクルスがメールをくれているかも知れない。
 オレはテーブルに手を伸ばし、ケータイを取った、つもりが届かない。
 なんだ、テーブル微妙に遠いぞゴルア。ひょっとしてプリムの野郎か。
(あいつは一応秘書のくせに、たまにやくたいもないイタズラを仕掛けてきやがる。まあ、たいてい被害者はラサで、結果も愉快なんで容認しているが。)
 起き上がるのもしゃくなので、ソファに下半身のっけたまま、うーんと上半身を乗り出した――ら、どさり。
 オレは絨毯に墜落していた。

「何もしてないってば~。だいたいオレはずっとカレと遊んでたんだよ。それともお誘い?」
「いやマジに」
 内線電話をかけるとプリムはいつも通りの軽口で答えてきた。
「あっそ。
 マジでなんにもしてないよ。
 なんかあったの、タイム」
「いや、……
 医者を手配してくれねーか」
「はあ?!!」

32, 31

  

手順3.小さな、異変

 おかしい。
 ここのところ何かがおかしい。
 つまづいたり、ものを落とす事が増えた。
 以前のオレにこんなことはほとんどなかったはずなのに。
 しかし診断の結果、オレはまったくの健康体ということだった。
 スペキュラムにばかりかまけてるからか?
 あんまり長時間見ているせいで、小僧のドジがうつったのかもしれない。
 てのは冗談としても、確かに視力は微妙に落ちていた――だが体重は、むしろ減った。
 そうか筋肉が落ちたのだ。つまりこれは、太る直前一歩前だったのだ。
 危ない危ない。オレはさっそくラサに命じて、あ、ヤツはいなかった。プリムに自分でインターフォンをかけ、ジムとトレーナーを手配させた。
 ここんとこちょっとサボってたが、また通おう。
 ラサが帰ってきた時に、カッコ悪いところは見せられない。
 明日はオレの誕生日。ラサは今年もオレだけに、でっかいバースデーケーキを焼いてくれるだろう。
 心置きなくそれを満喫するためにも、ちゃんとジムに通おう。
 ラサがいないので、ボディーガードにカレンデュラを連れ、オレはジムまで自家用機を出した。

「大丈夫です、相変わらずいいカンジですよ」
「そうか?」
 トレーナーは笑顔で言った。そして測定データのプリントアウトをくれた。
 それを見てオレは異変に気付いた。
「……おい、ちょっとおかしくないか?
 オレの身長、170あったはずだが。それに体重……」
 プリントアウトでは、168。誤差といえばそれまでだが体重は、昨日医者で計ったときよりまた減っている。
「? とくにお変わりじゃないですよ?」
 トレーナーがそう言って出してきたのは一年分の累積データ。
 そいつによると、一年前から、オレの身長はほぼ変化しておらず、なおかつ一度も、170をこえたことはないというのだ。

「おかしいと思ってますか、ボス?」
 帰りの機内で、カレンデュラが話しかけてきた。
「ああ」
 ヤツはプリムとは対照的だ。寡黙で常に落ち着いている。
 だが、深みのある美声で紡ぐコトバはいつも的確だ。
「……俺もです」
「お前もか!」
「ええ。
 データや理屈でなく、カラダの感覚がそう訴えるんです。
 例えば、俺がこうあなたをかばったとする」
 カレンデュラの大きな手が、オレの肩を掴んで引き寄せる。
 オレの身体はすっぽりとカレンデュラの腕のなかにはまり込む。
 何度も取ったことのある体勢。高めの体温も、控えめなコロンの香りも記憶のまま。しかしどことなく、違和感がある。
「……すると、あなたの頭はここに当たるはずだった」
 その正体は間もなく明らかにされた。暖かい手が、丁重にオレのアタマを掴み、位置を微調整する――そうだそうだ、こんなカンジ。しかしそうすると、他がズレてしまい微妙な感じだ。
「こうするとはっきりわかります――筋肉のつきぐあい、骨格。すべて微妙にだが違う」
 失礼しました、そう詫びてカレンデュラはオレを解放した。
「こんなのでわかるのか?」
「ええ。――ボディーガードですからね。自分だけでなく、護るべきひとの身体も、把握しています」
 ほんのりと微笑んでヤツは、そっとオレの髪を直す。まったくいい男だ。悔しくなる以前に見とれてしまう。
 だけどコイツでも違うのだ。ラサじゃなければ眠れない。
 そのとき、オレは気付いた。
 こうしてオレが微妙にだが変わってしまっているのだ。ラサが帰ってきて、オレの隣に寄り添ったとして、違和感は感じないだろうか。いつものように、安心して深く、眠ることができるんだろうか?
「大丈夫ですよ」
 と、カレンデュラの柔らかい声が響いた。
「アイツは、過去のあなたのそばにいるんでしょう?
 でしたら大丈夫です。
 あなたの身体は、過去の環境にあわせて変化している。そこにはアイツとの関係も折り込まれている。だから、たとえば少し違和感があってもそれは誤差の範囲です。
 むしろ、新鮮な刺激と楽しみながら、誤差を埋めていけばいい。あなたがたならそれができるから」
「……そうかな」
「ええ。
 その間不安をまぎらわせたいなら、プリムを訪ねるといいでしょう。
 してほしいこと、してほしくないことをきちんと伝えておけば、その範囲内であなたをもてなし、楽しませてくれるはずです」
 アイツもあなたと遊びたいと言ってましたしね、と付け加えるのを聞き、オレはなんとなくこそばゆいような、暖かいような気持ちになった。
 同時によかったと思った――
 こいつらは仕事でなく、個人として――ても、株やってた関係で、だが――知り合った間柄だ。
 だからオレが、C&Nの金貸しだった過去を抹消しても、こいつらにはここにいてもらえる。
 帰ったらすぐプリムに会おう。そして言おう。
「…スマンな」
「いいえ」

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