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レシピNo.11 ココロ写し薬

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~元・某社社長の証言~

 あとにもさきにもあんなに恐ろしい想いをしたのははじめてだ……
 あの野郎、一瞬でウチの若いモンを全員なぎ倒しやがった。オレたちゃあのへんじゃ負け知らずだったんだ。それを、呪文の詠唱もなしにだ。しかもそんなとんでもねえ魔法を、建物のなかでだぞ、ちっとの躊躇もなしにぶっぱなしやがった。
 若いモンはそれ一発でブルっちまってよ、すっかりあいつのいいなりさ。
 あれは人間じゃねえな。魔王だ。
 うちのモンも、あれからすっかり腰砕けになっちまってよ――
 俺か? 俺はだから出家したんだよ。もう二度とあいつとかかわらないですむったら、俗世を離れるしかねえだろ。もう二度とあいつのツラだけはみたくねえ。絶っ対にだ。


レシピNo.11 ココロ写し薬

 使用者は最低十秒間、これに指(など、身体の一部)を浸す。すると使用者の頭脳、知能、性格が転写される。長く浸せば浸すほど転写の度合いは大きくなる。
 そしてこの液体を飲めば、飲んだものにそれが転写される。

 ――アウルフガルフの秘伝書より


手順1.運命に抗うならば。

「これを使え」
 その翌日。仕事帰りのオレを、シプレが待っていた。
 あのカフェの席で、やつがとりだしたのは、見覚えのあるクスリのびん。
「これは…『ココロ写し薬』?」
「そうだ。
 これにいまのお前を転写しておけばいい。
 そうすればどれほど変化してもお前に立ち戻れるだろう」
「シプレ……」
「わたしは思っている――お前は馬鹿者だ。致し方ない事情はあるが、それでも道を踏み誤った。お前がラサにしたことは、控えめに言っても外道に他ならん。
 それでも、自らが崩れ行く恐怖が耐え難いならば。
 これを使え。わたしがそれを持っていよう。そして折々にお前に飲ませ、“お前”を蘇らせてやる」
「オレが、納得できるまで…か?」
「そうだ」
「いらねえよ」
 オレは、もちろん断った。なぜなら。
「オレは負けない。だから、そんな保険はいらねえんだ。
 キモチだけもらっとく。そいつはテキトーにうっぱらえ」
「負けたらどうする」
「負けるわけない」
「万一があったらどうする! とりかえしがつかないんだぞ!!」
 するとシプレは声を荒げた。おかしなやつだ。オレは言ってやった。
「つかないほうが、いいんじゃないのか?
 だってオレは外道の馬鹿者だろう。ラサのためには、オレが壊れたほうがいい」
「……そうだな。
 決めるのはお前だ」
 シプレはすると、いきなり鎮火した。そのまますっと立ち上がる。
「え、おい」
 そして何も言わずに店を出て行った。
 まるっきりこちらをみることすらもなく。
 オレの手元には小さな薬ビンだけが残された。
「なんなんだよ……オイ……」


手順2.そしてその日はやってきた。

 小僧は着々と善行を重ねているらしい。
 指先がぱりぱりとし、チカラがぬける。そんなときスペキュラムをのぞくと小僧が映る。
 小僧は笑顔で、こちらまで腑抜けになりそうな笑顔でいる。
 ラサどもに手製の菓子で餌付けされているときは、すっ飛んでいって半分食った。
 知らない誰かに礼を言われているときは、酒をあおって悪態をついた。
 そして一日何件もシゴトを入れ、コワモテ相手に暴れまくった。
 まもなくオレの名前は裏社会に、恐怖とともに広まった。
 しかしオレの悪名が高まれば高まるほど、発作の具合はひどくなっていった。
 今では、一瞬指先が透き通るほどだ。
 ラサのピアスはまだ耳にある。けれどときどき、それさえ透き通るような気がして、その瞬間は本当に怖くて。
 しかし小瓶のフタを開ける気にはなれなかった。
 なぜって、この状態のオレを保存するなど。
 気づくと指先が透き通る今のオレを再現するなど、とてもじゃないが耐えられない。
 小僧がチカラへの渇望に侵される日を、いまのラサにしがみつくようにしてオレはひたすら、祈り待ち続けた。
 シプレは、何も言わずただ陰にひなたにオレを見ていた。

 それでも、その日は、やってきた。

 それはいつも通りのシゴトの日。
「カネだ? しらねえな。みょうな言いがかりつけてくっと承知しねーぞクソガキ。
 てめえらやっちまえ! このイカレ野郎をつまみ出せ!!」
 なぜこんなに悪役ヅラよ、というカンジの悪徳社長が、若い衆をけしかけてきた。
 殺す気満々の連中に向けオレは、さくっとフレアバーストをお見舞いした。
 一瞬で連中はぼろくた。建物はいいものだったので壊れてないが、室内の調度はほぼ再起不能だ。
 死屍累々(いや、殺しちゃないが)のなかから、社長を引っ張り出して念を押す。
「これで思い出したか?」
「ま、まさかてめえ…“爆炎の”バルサムか?!」
「オレのことはいーんだよ。
 おまえが半年前、C&Nと交わした契約。そいつをとっとと思い出せ。
 契約書まで出せたぁ言わねえ。どーせ始末しくさったんだろうからな?
 なんだったらこの場で新しい契約書、てめえのツラに焼き付けたっていいんだぜ?」
 指先に灼熱の光を宿して見せ付けてやると、ヤツはひっ、と息を呑む。
「き…金庫だ。カネならそこの金庫にあるっ。だからやめろ!!」
「素直で大変結構だ」
 オレはそのまま右手に炎をまとわせ、金庫の扉を引きちぎる。
 後ろで奇声が聞こえるがもちろんシカトだ。
「よし、これだけあれば足りるだろう。
 オラてめえらマグロってねぇで運べ!! タタキにされてぇか!!」
 床に転がる若い衆をにらみまわして一喝すると、あるものは必死でクルマにカネを運び始め、あるものは白目をむき、あるものは泣いて謝りはじめる。
 一方持っていかれすぎてはたまらないと、社長はみずからカネをカウントし、オレに報告してきた。
「それで正しいか? 過不足があったらまた来るからな?」
 必死でアタマを下げるやつらに念を押し、オレはクルマに乗り込んだ。
 よし、いつもどおりだ。
 キーをひねり発進させようとして、オレは小僧が見ているのに気がついた。


手順3.小僧の挑戦。

「あなたのこと、調べさせてもらいました」
 クルマの中、小僧は小さく震えながら、それでもきっと目を見開いて、言ってきた。
「それで、あなたに、お話が、あります」
「ムダな時間つかってんじゃねーや。送金ができなきゃ破滅だっつーに」
「ムダなんかじゃないです!!
 あなたは、ぼくの未来でしょう?! あなたをほっといたら、ぼくの未来だって大変なことになるんです!!」
「大変なこと?」
「ぼくは、…そんなことはしたくないです」
「そんなこと?」
 オレは笑い飛ばしてやった。
「そんなことってどんなことだ? 取り立て屋のシゴトか? ラサと関係もつことか?
 残念だな、オレはどっちも気に入ってるよ。お前がなにいってもやめる気はないな!」
「ちがいますっ!
 取り立て屋だってちゃんとしたお仕事です。ラサとのその、それも……」
 そこまで言って小僧はぽっ、と頬を染める――可憐だ、ムダに可憐だ。つまりあんたらまだ清い仲(笑)だってことね。ああまったく何してるんだかラサどもめ。
 まあいい、そいつもこの場じゃ都合がいい。テレにつけこんでこのままうやむやにしてやろう、そう思ったら、一瞬先にヤツはのたまった。
「あの、ぼくはその、いいと思いますっ。
 でも、あなたのやり方はひどいと思います!!
 なんで事務所に入って一分足らずで攻撃魔法なんですかっ。それじゃ強盗もいいところでしょうっ。ちゃんと話をすれば、債務者の方だって……」
 きた。きやがった。あの頃のオレと同じ言い草だ。
 だからオレは言った、ラサと同じように。
「殺し方を考えてくれるってか? それとも身体で払ってくれるってのか?
 冗談じゃない、どっちもお断りだ。
 お前は安全な遠くから上っ面だけ見てそれらしいこと言ってるようだがな、だったらついて来てみろ、そこがどういう現場か。ヤツらは事務所入って一分足らずでオレを消そうとしてくるような連中だ。それ相手にほかにどういう説得がある?!」
「それは困ってるからでしょう?!
 ちゃんとお金返せる状況なら、それして困らない状況なら。ちゃんとお金払ってくれます。だってのにムリヤリ取り上げて…あんな暴力までふるって。ひどすぎます!」
「じゃあどうするってんだ?
 ヤツらは困ってなんかいない。いつ金庫ブチあけたって何倍ものカネがうなってる、それでもカネを借りたことを忘れたフリでばっくれようとしている連中ばかり。今日だってそうだったよ。
 じゃあお前やってみるか? お前のその甘ったるい御託がどこまで通用するか。明日オレのぶんのノルマひとつでもこなしてみるか?!」
「……やります」
 小僧は断言した。
「ぜったい、やってみせます」
 オレは思った――ムリだ。
 同時に思った――好都合だ。
「そうしたら、ぼくのお願いを聞いてください。
 ちゃんと、債務者のひとたちと、話し合ってお金を返してもらうようにしてください!!」
「おう、いいぜ」
 目の前の小僧は、にくったらしいが愛らしい。これなら充分いけるはず。
 明日最初の債務者に手を回そう。ころあいを見てラサを呼ぶ――そうすればあの日を再現できる。
 あの日。オレが覚醒した、あの日を。

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