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レシピNo.13 アマツリカ茶

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~ラサ、飲み物について語る~

 やっぱ、朝はコーヒーだろ。飲むと気持ちよく目が覚めるからな。仕事中もやっぱコーヒー。アマツリカ茶はのほほんとしたいときだな。だから平日にはほとんど飲まねーんだ。
 ホットミルクはな…飲むと眠っちまうから、人前じゃ飲まない。アレ飲んで寝るなってぶっちゃけムリだろ、うん。ココアはまだ大丈夫だけどな。


レシピNo.13 アマツリカ茶

 アマツリカの葉とつるを乾燥させ、焙煎して風味をだした甘いお茶。
 朝露をまとったアマツリカの花をもみこむようにして、香り付けをすると絶品。
 ホットでもアイスでもおいしいし、ミルクや甘味料を入れてもよし。
 スイーツにも料理にも合い、カクテルの素材としても優秀な万能茶として広く親しまれている。ほっとしたいときに是非。
★注意:お茶なので、クスリを飲むのに使わないように!

 ――『ファーイースト・レシピ』第十三刷より


手順1.全員集合!

 オレはティールームに移動し、ラサが入れてくれるアマツリカ茶に混ぜてクスリを飲むことにした。
 その頃には、関係者が続々とここに集まってきていた。

 まず、シプレ。
「本当に大丈夫か。あの薬は、かなり苦いそうだぞ」
「どういう心配だよ!」
 やつは望んでいた教会組織の改革を過去のオレたちとともに終え、枢機卿の座を後継者に譲り、隠居したのだという。
 ずいぶん苦労もあったろうに、そんなん微塵も感じさせないカオで(いや、それはちょっと年上になってるけど)いる。
 ていうかこいつは一体いつの間にここにいたのかがナゾだ(まあどうせ聞くと“兄貴分だからトーゼン”てのたまうに決まっているので聞かないが)。

 次に教授と助手オットー、そして大家。
「ここは本当に温かくていい土地だね。一度来てみたかったんだよ。呼んでくれてありがとう、タイム君」
「果物もおいしいですしね~。お茶の時間が楽しみです」
「お前の家は全くいい作りだな。さすが私が手がけただけある。来たついでなので手ずから診断してやったが、礼などはいらないからそのつもりで。」
「ど、どうも…」
 教授はちょっと渋さが加わり、オットーは魔族だからほっとんど変わんない、それはいいんだが大家が全く変わってないのがナゾだ。
 この三人は五年前のシゴトを今もつづけているらしい。
 よってプリムたちが跳躍時計で(一秒後のここに移動することで…)つれてきたという。
 どうもいまオレが住んでいる家は、大家が設計し、建設業者も手配して作ったものになったらしい。
 まあヤツのセンスはいいのだ、それに家主となるオレも一緒だったはず、信頼できるけど。

「たっだいまタイム~。さっさとクスリ飲んであそぼーぜ♪」
「こら。性格が変わるクスリなんだ。それなりに覚悟もいるだろう」
「だからリラックスさせちゃろーってしてるの~。えーいヘッドロックだ~」
「な、お前ずる、じゃなくてええと」
「プリム! それマジぐるじいから! 離れろよコラ!! 遊ぶから!!」
 プリムとカレンデュラはあの日からオレの世話役を買って出て、おしかけ秘書として五年前からなにかとサポートしてくれていたらしい(もちろんこいつらはてんで変わってない)。

 そして。
「ごめんなさい遅くなりました! 飛空艇の着陸が遅れてしまって!!」
 クルスは――写真どおりの、いやそれ以上のいい男になっている――旅行かばんを手に駆け込んできた。そしてプリム顔負けの勢いでオレに抱きついた。
「フォークランドになんか行くんじゃありませんでした。ずっと寂しかったです!
 もうどんなオファーが来てもあなたがすすめてくれても二度とここから離れません。絶対です!!」
「わかった、わかったから今は離れて苦じい苦じいから」
 ――どうやらクルスの現状はオレが知っているのと変わっていないらしい。
 まあ、そうであるなら、詳しいことは後から聞けるだろう。


手順2.苦っ!

「お、全員そろったな。『チーム・タイム君補完計画』」
 そしてクルスが席に着くと、ラサがお盆を手に入ってきた。つか、どういうネーミングだソレ。
「なにダメ? いいと思ったんだけどな~。
 まいっか。ホレ、茶。とクスリ。とシロップ。」
 ラサはてきぱきとそれらをテーブルに並べた。
 わざわざシロップが来るとは、シプレのヤツがいってたことはどうもホントらしい。
「……。そんな苦いの?」「大丈夫、苦くないから。」
 ヤツは即座に断言した。ウソだ。絶対にウソだ。だって即座すぎる。
「タイム、消えたくないんだろ。こうしている間にも、同化作用でどんどんおまえ変わってるんだぞ。おまえのホームグラウンドにいるから、発作こそないけど。
 わかったらいい子でクスリ飲みなさい。お返事は?」
「……ういっす」
 オレたちのやりとりを見て、ほかのやつらはそれぞれの流儀でウケている。くそう、お前はおふくろか。これじゃ“養育費”発言つっこめないじゃんよ。
 それはともかく。
「はい、みなさんお立会い。
 タイムは両方のクスリを飲むことを了承してくれました。
 ので、両方入れます」
 ラサは手を打って宣言した。
 そしてあの、惚れ惚れするような手つきで、優雅にカップにクスリを入れた。
 まるでそれは、カフェオレを作るときのように、両手でふたつの薬ビンを傾けて。
 透き通った液体がカップの1/3ほどを占める。とラサは薬ビンを置き、温かいポットを手に取った。
「で、お茶で割りま………」

 ラサはそして絶句した。

 ティーカップに入れたクスリにアマツリカ茶を注ぐと、はっきり言ってものすごっく苦げな香りがたちこめた。その強烈さ、もはや目がしぱしぱする。
 ティーテーブルはなんともいえない沈黙に包まれた――

 オレの背中を冷や汗が伝っていく。
「おい、マジ? これほんっとに人間が飲める液体? 魔族でもいいけど。ねえ、わざとじゃない? 正直に言ってラサさん。言ってくれればオレ考えるから。なにをってそれは聞いてから考えるけど」
「いや……やってみたことなかったから……でも飲み合わせは発生しないはずだし成分的に、てオレ教授たちから聞いたし……」
 ラサもポットを持ったまま冷や汗を流している。
「ごめん、タイム君。ホットで苦くなるとは思わなかったんだ。
 でも本当に飲み合わせはないはずだから……」
「そうだ、シロップいれましょうよ。糖分も大丈夫なはずですから」
「………………………………………いや、いいス」
 教授と助手の言葉は善意と思いやりにあふれていた、あふれてはいたんだがちっともオレを救いはしなかった。万一これ以上なんかヤバいことになるかもしれないと考えたら、水であってもいれたくねーわ。
「ごめんねタイム~。苦くなければオレが飲ませてあげるんだけど~」
「苦い以前に口にしたらまずいだろコレは。」
 プリムはニコニコと馬鹿を言ってカレンデュラにつっこまれている。
「えーでもタイムのココロだったらオレ飲んでもいいな~。ちょっと飲んでみようかな♪」
「ば、馬鹿! やめろ!! タイム、早くっ。俺がこいつを食い止めているうちに!!」
「そもそも貴様らテーブルから離れんか! 茶がこぼれるだろうが!!」
 そしてやつらはもみ合いを始め、シプレによって部屋の隅に連行されていく。
「……………………………。」
 大家が深く深くタメイキをつく。
「氷を入れてみればどうだ?」
 クルスが言う。
「ミルクでも大丈夫なはずですよ。ココアでも」
 ってどんだけ(ムダに)実験したのよお前ら。
「いやいい。もういい。飲む。頑張って飲む。昔のオレコーヒーもろくに飲めなかったから、そうなる前になんとか片付ける」
 立ちのぼる苦味で目がかすむ。でもやるしかない。
 ティーカップをつかむ。目を閉じる。
 そして一気に………

 気がつくとラサが大の字になって倒れていた。
 しかし口の中はまだ苦かったのでオレは言った。
「苦ひ。シロップ。」
「おまえがふっ飛ばしたんだろうがオレごと!! ガマンしなさい五分くらい!!!」

手順3.確かめたいこと!

 あの液体には苦い以外の副作用はなく、主観的にはとくになにも変化はないようだった。
 クスリがきちんときいて人格が安定してくるまで、少し休んではどうだとすすめられたが、その前にオレにはいくつか知りたいことがあった。
 さっきラサのハナシを、寝起きでハイハイと聞いたはいいが、よく考えるとわからないことがいくつかあるのだ。

 まずひとつ。
「シプレさ、クスリに入れるのにオレの髪の毛取ったってきいたけど、一体いつの間に?」
「ああ…。
 あれは、あのパーティーの翌日。お前が“過去”を話してくれたときだった」
 遠い目をしてシプレがいう。そうか、こいつにとっては五年まえなんだな。
 シプレは虚空に目をすえて、記憶をたどるようゆっくりと話し出す。
「わたしは確かに神の信徒として活動していたが、錬金術についても少しは学んでいたのだ――お前が研究している分野だからな。
 当時の…わたしの知っていたお前と、タイムパラドックス込みの危険な金を貸し付けたお前は、あまりにも違っているように思えた。だからわたしは人格や記憶にかかわるアーティファクトについていろいろと調べた。なにやら悪い薬でも飲まされたのではないかと――」
 シプレはそこで一口コーヒーを飲んだ。
「結局、破滅的なタイムパラドックスを仕掛けたのはラサで、お前はそれを甘く見ていただけの……いや、別の方向に悪ではあったがな」
「…………………。」
 やっぱり、クスリは効果あったみたいだ。オレは何だってラサを呪って、あまつさえ色々とひどいことをしてしまったんだろう。今思うと恥ずかしいし情けない――なにより申し訳ない。
「だがお前は必死だった」
 そのときシプレの手がオレのアタマを引き寄せた。
「確かに道を踏み外し、愚かではあったが、それも孤独ゆえだろう。
 秘めた悩みをほかに打ち明けられず、苦しみあがいてきたお前をみたとき、わたしはお前がまぎれもなくお前なのだとわかった。
 あのときのお前の顔は、じい様の葬式で泣いていたときの顔と同じだった。
 助けなければ、こんどこそ。そう思ったのだ」
 そしてわしゃわしゃと撫でた。
 オレは不覚にもまた泣きそうになった。

 オレが錬金術師になったのは、子供のころ大好きだった童話で読んだアイテムを、実際に作るためだった。
“跳躍時計”で未来に行き、じい様――幼いオレたちの世話をしてくれた神父様の、病気をなおすクスリを得るためだ。
 しかし、じい様はその理論の完成直後に、天に召されてしまった。
 そしてその葬式の席でオレは知ってしまったのだ。
 ――じい様の生命力を吸い取っていたのは、時間そのものだということ。
 年々元気をなくしていくじい様は、病気だったのではない。老いていたのだ。オレたちの手ではその運命をとめることができなかった。オレたちのしていたことは徒労だった。
 失意のあまり、オレはともに列席していたはずのシプレのことも覚えていない。
 そのときは卒論に着手する時期だったがもちろん、新たにほかの研究など出来るわけもなく、クルスの善意の言葉を振り切るようにしてオレは、企業受けなんか全くしない跳躍時計の理論を論文にして提出し、卒業というカタチでアカデミーを去り、誰にも連絡しないまま少し離れたアトリエに転居したのだった。
 新しい場所で、新しい生活を。そして忙しくしていればこの失意も忘れられる。ただそれだけを念じてひとりで。

「わたしの知らないところで、お前はああしてひとり苦しんでいたのだ。そんなお前をもう一人にしてはいけない。何があってもこの手で守らなければ。そう思ったのだ」
「だから味方に……。」
 シプレは優しくうなずき、オレのアタマから手を離した。
 そして、話を先にすすめる。
「さきほどわたしは、人格や記憶にかかわるアーティファクトについていろいろと調べた、と言ったな。
 わたしはその過程で『ココロ写し薬』の存在を知っていた。アタマの中味の予備を作れる薬だ、と。
 まさにそれを使えば、お前を消させないですむと思った。しかしあの状況でのお前はそれを負けと感じ、素直に応じることはないだろうと予測した。だからわたしはお前の髪を取ったのだ。
 衝動的に、お前を抱きしめて――そのときにクスリを使うことを思いついた。そして、髪をむしった」
「むしった?!」
 思わずオレはアタマに手をやった。なんてことをしてくれたのだ。せっかくのいい男に。
「おま、お前どこからだ、どっからむしった!!」
「いや一本だが」
「脅かすなよ!!」
「いや本当につかんで引き抜いたのだからむしったことに間違いは」
「………もういいわ(泣)」
 よく考えたらそんな、10円ハゲになるほどの量引っこ抜かれたら嫌でもわかるわ。
 まったく、こいつの用語はたまに語弊がありすぎる。プリムのヤツも真っ青だ。しかも真面目に言うもんだからたまんない。
「もしその髪が惜しいなら責任は取ろう。毛生え薬くらいならわたしも作れる」
「いやいいですだいじょうぶですハイっ」
 別段禿げてもいないこの状態で毛生え薬など使ったらどうなるか。間違いなくあの、モップに似た室内用小型犬のような状態になる。かけてもいい。オレは全力で断った。

 軽く確かめるつもりがなんだか長い話になってしまった。
 だがあともうひとつ。これだけはどうしても聞いておきたい。
「わかった。それはわかった。ありがとうシプレ。
 あともうひとつ聞きたい。
 クルス。あの晩オレからメール受け取ったって聞いたけど、どういうことだ?
 ケータイは時間を超えて通信なんてできないよな…?」
 するとクルスはなんということもないカオで答えた。
「ああ、僕は五年前からずっと同じ番号を使ってますから、それででしょう」
「え?! クルスケータイなんか持ってたのか?!
 だってあの当時ケータイ持ってるのって……」
「一部の研究者だけ、ですよね。
 でも、僕はその“一部”だったんですよ――
 僕の卒論のタイトル、覚えてます?
『無線型遠話機の理論と実用化への展望』です」
 それを聞いて、マジにオレの顎は落ちた。

「あのメールは今でも取ってありますよ。
 あれを見たときに――あのあなたもきっと、自分の世界で僕と絆を結んでいたに違いない。僕とあなたと同じように。そう直感したんです。
 そうしたらもう……。
 これはもうホントに、時の神様のめぐりあわせですよね。
 僕とあなたが絆を結んでいたから、本当に困っているときにあなたのコトバが僕に届いた。
 もともと、あなたに気持ちを伝えたくてでもできなくて、はじめた遠話の研究ですが、それがこんなカタチで僕たちを助けてくれるなんて。錬金術師になって、本当によかったです」
 そういって微笑むクルスは、本当に本当に嬉しそうで、オレまで(照れる前に)嬉しくなってしまった。
「つかさ、オレ…でもいいのか? クスリのんだしオレ、あの嫌げなオレでもあるんだけど……」
「もちろんですよ。そのあなたも僕と絆を結んでいたひとなんです、嫌なわけがないじゃありませんか。“あなた”こそ、僕に違和感を感じやしないかと心配です」
「もし感じたら感じたで楽しむさ。新鮮な刺激と思って誤差を埋めてきゃいい。あんだけ通信記録残ってるつきあいなんだ、きっとできるさ」
 そう、それはあの日、カレンデュラが言ってくれたコトバ。
 カレンデュラは微笑んでうなずいている――それを見てオレは直感した。道は違えどオレは、彼に同じことを相談したのだと。
 そうだ。道は違えどきっと、あっちのオレの人生も、大切なとこはちゃんと一緒なのだ。だったら大丈夫。オレたちは、ちゃんとなじんでやっていける。
「そうですね! 改めてこれからもよろしくお願いします、タイム」
 握手をしつつオレは思った。さんがなくなって呼び捨てになっている。さっそくひとつめのサプライズがやってきたぞ、と。

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