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土曜の夜と日曜の朝、そして、閉じた日曜日

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  土曜の夜と日曜の朝 1


/土曜の夜

 何の気なしに夜のお散歩。寮は騒がしく、ここそこに文化祭の準備のため大声張り上げて
いる馬鹿どもがいる。コースケはそいつらをカメラに収めている。

「踊る阿呆に見る阿呆~」

 どこかからそんな声が聞こえる。まさに同じ阿呆ならってヤツだ。このイベントを下品で
野蛮なものだと静観する輩は確かにいる。だがそんなのは阿呆のケツでも舐めてればいい。
卑屈な連中は損をするだけだ。
「これぞ、青春、か」
 コースケはカメラを止めて、周りを見渡す。
「うむ、悪くない」
「俺達もここにいるんだな」
「何か寂しいこと言ってるな」
「感傷ってやつかもしれない」
「なんだそりゃ」
「気にするな。ただの独り言だ」
 ブラブラ歩いていると、カクイチに遭遇。1年生のクラスが大掛かりな芝居をやるという
ことで、その取材らしい。なにやらトンカチでベニヤを打っている1年坊主どもにマイクを
向けている。
「精がでるな」
 コースケがカメラを向けて話しかけると、カクイチはマイクを持っていない方の手で顔を
隠す。
「肖像権侵害で訴えるぞ」
「まぁそう言うな、これも青春の一ページだ」
 カクイチは一年坊主どもに、ありがとうまた取材させてね、と愛想を言って、マイクを持
ってきていたバッグに放り込んだ。
「なんか、面白いことないか?」
 コースケの顔はまるで笑顔で脅迫しているヤクザのよう。カクイチはため息をつく。
「幾つか面白そうな情報はきてる」
「どんな?」
「柴崎に内緒で、野球部員達が平木に復讐しようって計画練っているって話しとか、どこぞ
の馬鹿がオカ研に女帝への呪いを頼んだとか、近々執行部が科学部に攻め込むとかなんとか
……これくらいだな、今情報があるのは」
「なるほど、盗み聞きしているとそんな情報まで入ってくるんだな」
 そうやってしばらくカクイチとお喋り。
 それでもやっぱり、コースケや俺の関心は女帝に向いている。野球部も執行部も気になる
話題ではあるが、女帝には一歩譲る。
「夢にも見るよ」
 寮の部屋に戻る途中、コースケはそう言った。
「俺も夢に見たいよ」
 そう言って俺は別れた。

 翌朝目を覚ますと、俺は生徒会室の棚の中にいた。 





  土曜の夜と日曜の朝 2


/日曜の朝

 幽霊という存在、ましてそういった非常識な存在が眠りにつくかどうかは別として、彼女
はもはや自らの半身とも言える椅子の上で目を覚ました。

 眠っていたのね。

 そう彼女は思った。

 私は眠っていて、今起きたのね。 

 それでも半分透けている体は眠りに落ちる前と同じ。彼女が思う悪夢からは覚めていない。
自分が幽霊と呼ばれる存在であり――彼女はその中でも特に際立った存在である地縛霊であ
ることを誇っていた――あの頃の日曜の朝ではないのだということに気付き、ため息をつく。

 そして今日は日曜日なのね。

 彼女の考えたとおり、今日は日曜日。生徒会のメンバーがやってくるにはまだ時間がある、
と思う彼女の視界の中には机に突っ伏して眠っている彼らがいた。そして、彼女はまた思案
する。

 幽霊も夢を見るのだろうか、と。

 ◎

 と、いうわけで、どういうわけか、コースケのヤツと一緒に棚の中でオネンネしているわ
けだ。野郎、しっかりとビデオカメラを握っているから、俺の背中にごつごつとした機械が
あたって痛い。

 ――非常識だな。

 うん、そうだ。そう俺は思う。ちょっと体を動かして、棚の戸を少しだけ開ける。すると
お馴染みの面子を目の前にうんうんと唸っている半透明の少女が見えた。

 ――非常識にも程がある。

 とにかく、と俺は戸を開ける。半透明の少女がこっちを見る。戸を開けた音が大きすぎた
のか、連中がそれぞれに、う~ん、と言いながら目を覚ました。ありゃりゃ、これは荒れる
な。

「おはよう、みなさん」

 なんとも間抜けな一言に、場は凍りつき、背中の方で眠っていたコースケが寝惚けたまん
まで、こう言う。

「カメラはどこだ?」

 お前の手の中だ、馬鹿たれ。


14, 13

  


  閉じた日曜日/思考開始


 とにかく状況が分からないというので、女帝の命令によってみんな揃って席についている。
円形に席が作られていて、黒板を背にした、席の中央――円状の線に中心があるとは思えな
いのだが――に彼女は腕組みして座っている。
 我々に与えられた情報を多くない。窓や扉はまったく開かないということ。窓や扉は破壊
できないということ。窓の外は恐ろしいほど静かないつもの風景であること。そして、誰も
がみな、眠っている間にここに連れてこられたらしいこと。
「非常事態ね」
 女帝が呟く。
「いえ、会長。この場合は異常事態と呼ぶべきでしょう」
 副会長の安達が眼鏡をくいっと持ち上げながら言う。
「ふむ」
 女帝はそれを受けて考え込む。

 時計は動いている。合っているかどうかは別として。俺は呑気に動く針を見ながら欠伸を
する。コースケはカメラを動かしている。俺達だけが部外者なので、ちょっと居心地が悪い。
 なあ、とコースケに声をかける。この状況をどう思う?
「そうだな。そもそもこれが現実世界なのかどうかが問題になるな」
「どういうこと?」
 コースケはカメラを止める。
「もしこれが現実の世界で起こっている出来事ならば、物理法則が一晩にしてまったく新し
いものになったことになる。そういった奇跡的な事象が起こる確率は冗談みたいなもんだろ
うがな。ただ、もし、それが現実に起こったなら、俺達にはどうしようもないな」
「手詰まりってこと?」
「そうだな、ただし……」
 コースケの次の言葉を止めたのは女帝だった。

「ここが現実世界ではなければ、こういうことも起こりうるってことよね。そう言いたいん
でしょ?」

 女帝は立ち上がって腕組みをして笑っていた。いや、勝ち誇っているように見えた。

「選択肢をしぼっていく。それが重要ということ! こんな変態的なことが起こるのは異世
界か、夢や妄想の中だけ。いいこと? ここが昨日と変わらず現実の世界なら、打つ手はな
い。ここが異世界なら出て行くことも――入ってくる事ができたわけだから――可能だし、
夢や妄想の世界なら覚めることができる。現実世界なら出て行くことも覚めることもできな
いわよね。ならば、ここが現実世界だという思考の選択肢を捨てる。最初からこの世界は異
世界か夢や妄想の二通りに限定して考えることにすればいいのよ」
「は~い、質問!」
 へにゃへにゃ笑っていた清水が挙手。
「異世界と夢や妄想というのはどうして二通りって分け方なの~?」
「異世界は極めて現実世界に近い具体的な世界、一方夢や妄想の世界は個人、あるいは集団
の持つ精神世界だから、抽象的な世界。考え得るのはこの二つというわけなの」
「なるほど」と眼鏡の安達がくいっとやる。「わかりました。それで、どうやって見分ける
のですか?」
「問題はそこなの! だからこれから取調べを行います。この場にいる全員にね」
「取調べ?」
 みんな不思議そうな顔。
「そう、まずここが誰かの妄想、夢である可能性について徹底的に追求するわよ! そのた
めの取調べ。時計回りに始めましょう。公平を期すために、そうね、質問者は右隣りの人に
しましょう。最初に質問者は私。解答するのは安達くんね」
「わかりました」
 安達は澄ました顔で答えた。
「それでは、まず、安達くん。昨日一日何をしていたか簡単に話してちょうだい」

 こんな感じで閉じた日曜日は始まった。 




  閉じた日曜日/告白 1


 ・女帝→安達

 A 昨日はここにいるみなさんならご存知の通り、朝から生徒会室で作業をしていました。
   会長から頼まれていた、校則の点検と――イシイリョウコさんの件です――文化祭に
   関わる許認可の書類をチェックしていました。

 Q 許認可の書類どの部から提出されていたかしら?

 A はい、昨日目を通したのは、家裁部のミシン貸借、科学部の実験許可、相撲愛好会と
   プロレス研究会の興行許可、それと執行部からの保安の意見書です。
   まぁ、夕方までそうやって書類のチェックをしていました。家に帰り、夕食をとり、
   読書をして寝ました。これぐらいでいいですか?

 Q 夢は見た?

 A いえ、見ていないと思います。あまり夢は見ないほうなので……

 Q 初恋の相手は?

 A ……それと今度の件とどんな関係が?

 Q 堅いわね。恥ずかしいのかしら?

 A ……幼稚園の先生でしたね。おそらく。それを恋と呼ぶのなら。

 Q いいわ、ありがとう。それじゃ次に安達くんが清水さんに質問をして。

 A わかりました。何でもいいんですね?

 Q 任せるわ。

 ・安達→清水

 Q それでは、清水さん、昨日は何をしていたか教えてください。

 A はいは~い。あだっちゃんと同じように日中は生徒会の仕事して、夕方にアンマンを
   コンビニまで買いに走って、寮に戻ってノンノを読みながらいつの間にか寝てました。

 Q ノンノとは?

 A え~あだっちゃん知らないのぉ? ファッション雑誌だよっ! 冬物の可愛いコート
   が欲しいです。あだっちゃん買って!

 Q ゴホン。なるほど、ありがとうございます。雑誌で目を引いたのはどんな記事ですか?

 A そうねぇ。冬物のアウター特集と、新作コスメの記事かな。あとは白黒ページをつら
   つらと読み流したって感じ。

 Q アンマンは好物?

 A 大好き! いいよね、アンマン。あぁアンマン食べたいなぁ。

 Q それで、清水さん。あなたはこの状況をどう考えますか?

 A なんか、楽しいよね。さすが文化祭期間。何が起こるかわからないねっ!

 Q ありがとうざいました。

 A あら、もう終わり? そんじゃ次は私がリョーコちんに尋ねる番だねっ!

 ・ 清水→イシイリョウコ

 Q リョーコちん、リョーコちんの名前の漢字ってどういうの?

 A え~と、普通の「石」に井戸の「井」、そして優良可の「良」に子供の「子」です。

 Q ふむふむ。ねぇ、幽霊って眠ったりするの?

 A これまでは眠ったことはなかったんだけれど、昨日は寝ちゃいましたね。

 Q 寝ちゃったんだ。

 A はい。

 Q 私達が帰ってから寝るまで何してたの?

 A まぁこんな状態が長いので、暇つぶしは得意なんです。いつも、昔のことを思い出して
   ます。

 Q 好きだった人のこととか……って聞いちゃまずいかな

 A はい。好きだった人のことも思い出しますよ。たぶんもういい歳になってるでしょうね。

 Q そか……幽霊って寂しい?

 A そうですね……寂しいのもあるけれど、切ないって感じですかね。

 Q でも、大丈夫よっ! 今は私達が一緒にいるんだからね!

 A はい! おかげで楽しいです。

 Q うん、うん。それじゃ最後の質問。この状況をどう思いますか?

 A みなさんと一緒にいられて楽しいです。そりゃあ早く出たいとは思いますけど……。

 Q うん、うん。それじゃ、次はリョーコちんが真島君に質問する番だよっ!

 A はい!
16, 15

  


  閉じた日曜日/告白 2


 ・イシイリョウコ→ヒロ

 Q 真島さん、昨日のことを話してください。

 A コースケと一緒に一日中映画の撮影してたな。

 Q 映画部なんですか?

 A 一応映画研究会だな。部員は俺とコースケの二人だけど。

 Q すご~い。格好良いなぁ。映画これまでどのくらい撮ったんですか?

 A 0本。今回が初めての撮影。

 Q どんな映画なんです?

 A 文化祭期間のドキュメンタリー。

 Q 真島さんが監督?

 A いや、俺は助手。監督はコースケ。

 Q いいなぁ、私も出たいな。幽霊は駄目ですか?

 A いや、ばっちり撮ってあるよ。

 Q やった! ……と、話しがずれましたね。どうして自分が棚の中にいたかわかります
   か? 想像出来る?

 A う~ん、わかんないな。たぶん、そっちの椅子が満席だったからじゃないかな?

 Q あ~なるほど。よく考えれば生徒会のみなさんはそれぞれの定位置で寝てましたもん
   ね。

 A でもなんで、棚の中なのかはわからない。

 Q 何か規則性があるのかもしれないですね。

 A だな。

 Q それじゃ最後の質問。この状況は楽しいですか?

 A う~ん、暇な日曜よりはいいかも。

 Q ありがとうございました。映画完成したら観せてくださいね。それじゃ次、沢田くん
   へ質問お願いします。

 ・ヒロ→コースケ

 Q 昨日何食った?

 A 知ってるだろ? コンビニ弁当だよ。高菜弁当だ。

 Q 俺は海苔弁だったな。

 A くだらねえ質問すると、怒られるぞ。

 Q はいはい。それじゃ昨日一日を教えてください。

 A 映画を撮ってた。そして、寝た。

 Q なるほど。夢は見た?

 A たぶん、見たと思う。俺はけっこう夢を見るタイプなんだ。

 Q 初耳だな。てか、それって眠りが浅いって事だろ。

 A そうかもしれないな。

 Q ずっとカメラ回してるな。

 A ああ、興味深いからな。

 Q どんなところが?

 A 昨日バッテリー充電するの忘れてたのに、今では満タンになってる。おかしなもん
   だ。寝る前に明日は必ず充電しなきゃって思ってたのに。

 Q こんな世界だからな。それもアリだろう。

 A だな。

 Q それで、この状況に対するお前の考察は?

 A 誰かの夢の中だろうが、異世界だろうが、撮るものがあればそれでいい。

 Q そりゃ感想だな。

 A 楽しいよ。すごく。

 Q お疲れさん。そんじゃ、書記さんに質問してくれ。

 ・ コースケ→川越

 Q 川越くんと話すのは初めてだよね。

 A うっす。

 Q 好きな女性のタイプは?

 A え、それ答えなきゃ駄目ですか?

 Q そういう場だろう?

 A え、え~と、大和撫子みたいな感じ出がいいです。

 Q 分かりづらいよ。

 A あ、すんませんっす。

 Q 昨日何してた?

 A イシイさんの事件の報告書をまとめてました。

 Q 完成したの?

 A いや、それがまだ八分ってとこっす。おかげで安達先輩に怒られました。ハハハ…
   …すんません。

 Q 報告書はこの部屋の中にあるの?

 A はい、たしかこの机の中に……ありました。

 Q 見せて。

 A どうぞ。

 Q ふむふむ……まぁ、先に質問を終わらせよう。川越くんの苦手なタイプは?

 A ちゃきちゃきしてる人です。僕自身がトロいもんで。

 Q そう? そうは見えないけど。

 A いつも、先輩方に怒られてます。

 Q なるほど、それは怖いな。で、この状況はどう?

 A よくわかんないっす。でも、怖くは無いです。

 Q わかった。ありがとう。それじゃ次、会長に質問してくれ。

 A う……自信ないけど、頑張ります。会長、お手柔らかに。


  閉じた日曜日/告白 3


 ・川越→女帝

 Q よ、よろしくお願いします。

 A よろしくお願いします。質問をどうぞ。

 Q は、はい。あの、昨日のことを話してください。

 A はい。部室で許認可の書類に判子を押していました。家に帰って、本を読んで寝まし
   た。

 Q あ、会長って通い組みですもんね。

 A ええ。

 Q 読んだ本ってなんですか?

 A ドストエフスキー『地下室の手記』

 Q 罪と罰の人ですよね。聞いたことない本です。どんな本ですか?

 A まだ読み終えてないけど、ひきこもりの話しよ。

 Q な、なるほど。それで、あの、夢は見ましたか?

 A 見たわ。鳥になった夢ね。南国を飛んでいたわ。

 Q そうですか。それで……あ、あの、初恋の人は誰ですか?

 (よくやった、川越! と俺やコースケは心の中でガッツポーズ)

 A ……答えなきゃ駄目よね。

 Q 差し支えなければ……

 A 叔父よ。

 Q お、叔父さんですか。

 A そうよ。

 Q ど、どんな人ですか?

 A 聡明でユーモアのある人よ。少しばかりユーモアがありすぎるところがあるけど。

 Q は、はあ。

 A あなたちょっとおどおどしすぎよ、なおしなさい。

 Q は、はぁ。あ、あの、会長はこの状況を楽しんでいますか?

 A なんとも思ってない。他に質問は?

 Q ない、です。ありがとうございました……



 これで全員質問と回答をしたわけだが、それぞれの頭の上にはハテナマークが浮いていた。  
だけど何がわかったんだろう、と。我々にとっての僅かな――いや大きな――収穫は、女帝
の初恋相手の情報ぐらいのものだろう。
「さて、これまでの質問を振り返って幾つかわかったことがあるわ」
 女帝は腕組みをして言う。肩から垂れる長い黒髪が胸と腕の間に挟まれている。男たるも
の、誰でもそこに挟まれたいと願うだろう。
「この状況を恐れているものはこの場に誰もいない、むしろ楽しんでいる方が多いというこ
と。それと、誰も怪しくないということ」
 誰も怪しくない? 
「質問の内容をよく吟味する必要があったのでは?」
 安達がそう言うと女帝は不敵に笑った。
「それも一理ある、けど、どれだけやっても同じだと思うわ」
「どうして?」
 コースケが絡む。
「あなたと真島くん。棚の中で寝ていたのはどういう理由が考えられると思う?」
 女帝はコースケの質問に答えない。コースケはカメラをまわしながら言う。
「わからんね」
「ここの棚に入ったことはある?」
「知らないな」
 いや、ある。盗撮のためだ。だがそんなことは言えないだろう。口が裂けても。ばれたら
口を裂かれる可能性があるからだ。
「それより、俺の質問には答えてもらえないのかな?」
「いいでしょう」
 女帝はまた不敵に笑った。

 
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