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 俺は地面に手を突き、必死で呼吸をする。肺が壊れてしまいそうだった。後ろには、きっと金色の人狼が、動かなくなって倒れている。振り向かない。振り向くと、多分、もう前を見れなくなってしまう。俺の口には、恐らくあいつの心臓であるモノを噛み砕いた感触が残っている。心臓を噛み砕かれて生きていられる奴はいない。いないはずだ。
 だから、振り向く必要はない。
 だから、俺は振り向かずに立つ。
「しおりん・きぃぃぃぃぃっく!」
 しかし立った瞬間、頭に思いっきり蹴りを食らって、俺は前のべりに崩れる事になった。
「腹がたったから蹴らせてもらうわよ」
 俺を蹴り飛ばしたそいつは、人の頭をげしげしと踏みながら怒りにまかせた声で怒鳴る。振り向くまでもなくこんな物凄い真似をしてくれる奴が誰かは想像がついた。
「うるせぇ! 誰がこんな事好きでやるかよ! 俺だって死ぬ思いでだな――」
「そんなのわかってるわよっ! あんたが好きでやってないのくらい見ててわかったわよ! あんたが泣きそうな顔して戦ってるんだもん! でもわかってても許せない事があるのよ! この馬鹿! 鬼! 鬼畜! 変態人狼!」
 掴みかかろうとした俺は、詩織に容赦ないクロスカウンターを叩き込まれて血反吐を吐いて地面に崩れる事になった。
「うがぁぁぁぁ! 怪我人相手に鬼かおまえはぁぁぁぁ!」
「馬鹿ね。まだ終わってないからこれぐらいで許してあげんのよ。感謝してもらいたいぐらいだわ」
 と、詩織が空を見上げる。
 ぶぅん。
 何の前触れもなく。唐突に、大気が、震える。止まらない。いや、違う。とっくに大気の震えは止まっていた。
 止まらないのは体の震えだ――!
「な、何んだコレ……?」
「魔王の鼓動です。すべての魔の者の上に君臨し、すべてを破壊する者。その絶大な力が開放される前兆ですよ。彼の目覚めは近いようですね」
 恭平さんが、帽子を被りなおしつつこっちに歩いて来る。どうやら、ちょうど他の魔物達も全部片付いたようだ。ちらっと見るが、玲菜さんも倉岡さんも、相当へばってはいるみたいだが、一応五体満足でいる。詩織――は、人の頭をあれだけげしげし踏む余裕があるくらい元気みたいだし。恭平さんに至っては、怪我らしい怪我さえ負っていない。俺はほっと一息ついた。これ以上、知り合いに死なれるのはごめんだ。
「金狼くんの心臓の鼓動が止まっても、歌がまだ止まっていないところを見ると、やはり彼が言っていた様に歌の触媒は二つあるようですね。つまり彼だけを倒しても、歌は止まらない」
 〝心臓の鼓動が止まっても〟ね――俺は苦笑いして恭平さんに向き直った。
「……要は、あの白蛇だとか何とかっていう、白いのもやっつけなきゃいけないって事でしょう? 元々あいつはぶっ殺すつもりだったから、たいして問題はないですよ」
 俺はごきごきと指をならす。大樹と戦っている時に俺の意識に混ざってきた、あいつの記憶。あんなものを見せられて、全部の元凶であるあの白い野郎を許せるほど、俺は人間ができちゃいない。
「問題はない、か。不思議ですね。君が言うと、本当に大丈夫に思えますよ。歌がいつ終わってしまうかもわからない、そして便りである君が戦いでほとんどの力を使い果たしてしまっているという何とも絶望的な状態で、あの魔王につぐ魔力を持つ白蛇くんに戦いを挑まなければいけないというのに、ね」
 恭平さんがいつもの様に帽子を被りなおして苦笑いする。
「ふん、頼もしいことよ。口に負けぬ働きを期待しておるぞ、正――人狼どの」
「よくはわかりませんけど、私も頑張りますから!」
「わんわんっ(面倒くせぇーもうおめぇ一人でやれよ)」
 そうだ。頑張らないといけない。玲菜さんと倉岡さんは俺が無理矢理巻き込んだようなものなのに、これ程ぼろぼろになりつつも頑張ってくれたのだ。
 でも玲菜さん、お願いだから名前呼びそうになるのやめて下さい。あとバディ君もぶちぶち俺の足元で嫌味言うのやめて。
「大丈夫よ。あたしが居るんだもの」
 ぎんっ、と。
 詩織の目が光って、ぼんやりと空で揺れていた城の輪郭がはっきりと浮かび上がる。詩織が何かしたらしい。相変わらず、訳のわからん力を使う女だ。便利だからいいが。
「今は、あの変な白いのをぶっ倒して、魔王とやらの封印が解けるのが先決だわ。うだうだ面倒なのは、それからにする。あいつを倒してからこの変態最低狼男をどつき回して、――それから思いっきり泣くっ!」
 ばさっと詩織が羽を広げる。俺はへっと笑って言ってやった。
「ああ、その意見には俺も賛成だ。人を変態プラス最低呼ばわりした馬鹿女をとっちめるのは、全部終わるまでとっとく事にする」
「言ってくれるわね。そんだけ元気あれば大丈夫ね。とっととあの城に行って、むかつく白親父ぶっちめて終わらせるわよ」
 と詩織がふんといった感じで空を見上げる。しかしタフな女だ。みんな結構ぼろぼろだってのに、こいつ一人だけ元気満々だもんな。
 俺が悪態の一つでもついてやろうと口を開いたその時。俺は思わず言葉を忘れた。
 突然に。唐突に、何の前触れも無く。

 隣りの恭平さんの胸から腕が生えていた。

〝来訪には及ばん。私から出向いた〟
 恭平さんの後ろには白い男が立っていた。そしてその白い男の腕は、恭平さんの胸を貫いて、赤く染まっていた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 蔵岡さんの悲鳴でようやく事態に追いついた俺は、白い男に向けて爪を繰り出す。しかしその爪が届く前に男は掻き消えていた。
〝それに本音を言えば、貴様らの様な下な者どもを王が城に入れたくは無い〟
 頭上から声。見上げたそこでは、右腕だけを赤く染めた白い男が、月明かりの下で揺れていた。
「これは……少し油断してしまいましたね。城内で儀式をされているとばかり――」
 と、恭平さんが胸を抑えて倒れこむ。
「恭平さんっ!」
「大丈夫じゃ! まだ助かる! 下手に触るでない! わらわにまかせろ!」
 思わず駆け寄ろうとした俺を腕で制し、玲菜さんが恭平さんに駆け寄る。呪文の様なものを唱えると、恭平さんの傷口から流れる血が止まり始め、血の気が戻り始めた。
〝咄嗟に致命傷だけは避けたか。さすがだ。素直に称えよう〟
 白い男が、白い唇を歪めて、嫌らしく笑う。
 嫌らしい、嫌らしい笑顔。
 大樹の記憶から流れてきた、大樹を無理矢理目覚めさせた時の、あの笑顔だ。
〝しかしその傷では儀式の行使を止められまい。戦えまい。同胞は素晴らしい仕事をした。この男が、これ程隙を見せる事態などかつて無かった。これで唯一の懸念材料が消えた〟
 男はゆっくりと白い腕と赤い腕を両側に広げ、宣言した。
〝称えよ。我らが王が、蘇る〟
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