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BGの遺産

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 第一章

BGの遺産



 ラスベガス。

 勝負師たちの聖地。生きる場所。

 ここには人の栄光が形を成す。

 決して見えるはずのないそれを具現化した街は人になにを与えるのか。

 栄光が挫折か

 名誉が堕落か。

 それは、各々違うだろう。

 所詮、人は誰もが同じ行き方は出来ないのだから。



「リンク。こっちだ」

 メインストリートの脇に白いギャデラックが止まり、運転手が声をかける。

 歩道を歩いていた男が足を止め、振り返った。

 朱に近い金髪。やや下がり気味の瞳は金の泉に一滴の朱を落としたようだ。高い鼻。その意志の強さを物語るような口元。

 同年代の若者よりも細身の体は、まるで若木のようにしなやかで、安易に触れれば切れる鋭利なナイフのようだ。

「すまん。遅れた」

 助手席に少年が乗り込むと共に男はキャデラックを発進させた。タイヤがきしむ音がして、白い車体はスピードを上げてゆく。

「久しぶりだな」

 ちらりと、助手席の男を見て、運転手は笑った。

「俺は別に会いたくもなかったがね」

 赤毛の男は警戒を露わにして、口元に笑みを刻んだ。

 リンク。そうもうお分かりだろう。

 彼、サイボーグナンバー002ことジェット・リンク。飛行能力、加速装置を有する斥候・上空攻撃を目的として作り上げられた人工戦闘兵士。



 ブラック・ゴーストとの長きに渡る戦いも、彼ら仲間の勝利で幕を閉じることが出来た。

 最終決戦で命にかかわる傷を負ったジェットだったが仲間と彼らの製作者、アイザック・ギルモアの尽力があって、奇跡的に一命を取りとめ、ようやく故郷のニューヨークに戻ることが出来た。

 故郷でジェットが選んだ職業が探偵業。

いつ戦いの場に赴かなければならないか分からない身なら単独で動ける仕事のほうがいいと思ったからだ。

 個人経営で収入も安定しない職種だが、短い期間でジェットはその業界でも一目おかれるまでの腕になっていた。

 もっとも、世界各国を飛び回り、世界規模の組織と対等に渡り合ったうちの一人である彼にしてみればニューヨークで起こる事件などほんの些細な物事でしかないかもしれない。

 その彼の元に送られてきた一通の手紙。

 それが総ての始まりだった。

 一般のギャラを有に超える金額が記載されている小切手と飛行機のチケット。

手紙には、落ち合う時刻と場所が簡潔に書きなぐってあった。最後の署名にあった名前がジェットを動かした。

 それが今、ジェットの横にいる男だ。

名前をショーティ・スレンダーという。以前ジェットが警察の依頼を受けて捕らえた男だった。

 ショーティ・スレンダー。これも本名かは怪しいが、彼はそう名乗っている。ユダヤ系アメリカ国籍。年齢不明。住所不定。家族構成、過去経歴一切が不明の男はある世界では伝説となっている。

 ハッカー。

 世紀末を無事に乗り越えた我々人類だが、いまだ災害、殺人、紛争という暗い話題は尽きない。世界は疑心暗鬼に満ち、どの国もその手に勝利を収めようとやっきになっている。人々は思いやりの心を忘れ、時に暴力と破壊衝動にその身をゆだねる。ある意味、これこそ今の時代こそが世紀末の入り口かもしれない。

 そして、人々は新たなる世界での争いを見出す。

 情報革命。

 パソコンはもちろんあらゆる情報機器を使いこなし操りインターネットの世界をマイブームにしなければこの世代を生き残ることはできないとまで言われている。

 そもそも情報革命とはなんだろうか。携帯電話、テレビ、ラジオ、FAX、パソコンなどの情報伝達手段の革命を差すのだろうか。あるいは、情報を武器に被支配階級が支配階級を打ち倒すことを言うのだろうか。

 恐らく、その両者を「情報革命」と差すのだろう。

 そもそも革命とは場面の転換すなわち舞台の暗転である。とすれば、情報革命とは電脳世界をベースとした個人、国家、企業の「ステージの転換」をいうのではないだろうか。それはGDP(国内総生産)の上昇や企業の売り上げアップ、安定した収入の確保、肩書き、名誉などあらゆる欲望の達成を意味している。

 つまり情報革命の本質を一言で説明すれば、「コンピューターを使った欲望達成の競争」といえるだろう。

 そして、どの世界でも舞台でも現れるのが、混乱を生み出す存在だろう。いや、それこそが「革命」の立役者ともいえるかもしれない。

 「情報世界の革命」の混乱を司り、さらなる飛躍を与える。それがハッカーたちだ。

 彼らはどの国にも企業にも属さない。ゆえに混乱をまねく。

 ショーティ・スレンダーもその1人だ。

 彼の経歴は先に述べたようにまったくの不明だ。いかに人工密度が多いアメリカでも、彼のような一般階級の人間がまったく過去の歴史の記録がない人間は珍しい。

 彼が自ら、己のデーターを消したのだ。

 アメリカのみならず世界各国、企業から指名手配されているこの電脳犯罪者はまず手始めにニューヨーク州の戸籍情報に入り込み、己に関する総ての情報を消去してみせた。この男の真実はただ一つ。世界を脅かす電脳世界での犯罪、いや伝説の数々だ。

 アメリカ、ホワイトハウスのシークレット・データーへの侵入。NATO最高機密情報バンクの改ざん。モサド、20年計画戦略データーバンクの凍結。スイス銀行ウィルス対策本部メインコンピューターの暴走。KGB現活動職員の名簿奪取。挙げ始めたらきりがない彼の犯罪歴は文字通り世界を網羅していた。日本でも世間を騒がせたイギリス王室のスキャンダラスも、彼の作り上げた擬似映像が発端だったといわれている。

 その彼を初めて捕らえることに成功した唯一の人間が、ジェット・リンクだ。

 きっかけになった依頼は他愛ないものだった。支局のコンピューターに外部から無断でアクセスしている。市民登録のデーターバンクだから、なにかに悪用されては叶わない。見つけ出して捕らえてくれ。

 まさか、それが世界を脅かす世界最高ハッカーの仕業とは誰も気付かなかっただろう。

 ジェットが彼を捕らえた方法。それは今は語らずにおこう。専門知識のない作者には文章に表せる力がないと諦めてくださると嬉しい。

 ただ、言えるのは、彼がショーティを捕らえたのは全くの偶然でも幸運でもないということだ。



「いつ、出てきたんだ?」

 ジェットは警戒を怠らず、運転する男を睨んだ。ショーティは肩をゆすって笑った。

「出るもなにも・・・。刑務所なんざ、はなっから入っちゃいないさ」

「なに?」

 驚いて自分を見つめるジェットを可笑しそうに見つめてショーティは種明かしを始める。

「お前が俺を捕まえた方法は完全に違法行為だ。裁判では証拠には使えんよ。文字通り無罪放免、ということさ」

 彼の言うことは半分当たっている。ジェットが彼を追った方法も手段も違法行為ギリギリのところだ。違法ということではないが、弁護しだいでは総て法廷に出せないものばかりだった。

もちろん、揃っているそれらを跳ね返すことが出来る有能弁護士の手腕はあったろうが。

「ま、もっとも?こちらも無事では済まなかったがね」

 高額な弁護費用。それに付け加えて、彼の逮捕を知った国家が動いた。

 電脳世界に混乱を生み出す彼は同時に繁栄をもたらせる者でもあった。

 留置場から開放される前に、彼の前に国家代表と名乗る人物が現れた。かりにも相手は国を代表する人物だ。いくらシャーティ・スレンダーが自分の犯罪を裏付けるものを残さなかったとしても、彼らには何の支障はない。

 どんな犠牲を払っても、目的達成すれば胸を張るようなタイプだ。

 彼らはショーティの過去の犯罪歴(アメリカ国内に限られるが)を一切不問に帰す代わりにある条件を提示した。

「逮捕から3ヶ月か・・・」

 その間、彼はアメリカ国防総省のメインコンピューターのシステム改善に携わった。 

 彼はその間、芸術品とも言えるシステムを立ち上げた。

通称「ゼウスの杖」と呼ばれるメインホストを守るのは「アトラスの肩」というファイヤーウォール。これにはレベル6までの関門がありひとつひとつに何回なパスワードが仕掛けられており、一度でも間違えればたちまち排除され、二度と同じルートからは進入できないようになっている。

 よしんば、うまくレベル6までの関門を突破しても、まだ次がある。

 「ゼウスの手」

 「ゼウスの杖」と類似したダミープログラムだ。万が一、ハッカーが「アトラスの肩」を突破したとしよう。その瞬間、「ゼウスの手」は総ての侵入経路を遮断する。代わりに現れるのは「ゼウスの杖」だ。パスワードはレベル6まで突破したものをOKとする。ハッカーたちはそれを最終ステージだと思い込むだろう。彼らは「ゼウスの杖」のサイバーの中で適当なありもしない情報を嬉々として持ち帰るのだ。

 おそらく、彼が作り上げた罠を見破り、システム突破する人間は現時点ではいないだろう。アメリカ情報局は文字通り最強のシステムを手に入れたと言って、過言ではない。

「よく、自由になれたもんだ」

 至上最高ハッカーを国家がよくも手放したものだ。彼ら、いや人間の欲望には際限はない。最高システムを作り上げれば解放すると彼らはショーティにもちかけただろうが、そんな口約束が通用する相手ではない。

 国家の正義と平和のため。

 その言葉だけで、無意識のうちに人間の尊厳と命を踏みにじる。それが支配階級の人間のやることだ。

 己すら駒のひとつ。

 そう豪語した男をジェットは知っている。人間ですらなくなってしまったあの男とはずいぶん長いこと刃を交え、命を削って戦ってきた。

 宇宙の塵となった。裏社会を総ていた男。

 今、あの男に対する感情は哀れみでしかない。

 ジェットは興味なさそうに呟きにショーティは同意するように笑った。彼らを乗せたキャデラックはメインストリートを抜け、人通りの少ない路地を曲がった。

「自由になった。とは言ってないさ」

「なに?」

 ショーティは車を路地裏に止めた。エンジンを切り、ハンドルにかけた両手に額を当てる。

 苦悩に歪んだ顔がのろのろとジェットを見つめる。

「リンク。お前を呼んだのは、そのためだ」

「どういう意味だ」

 不気味な予感を感じて、ジェット・リンクは眉をしかめた。









時をほぼ同じにして、場所はドイツ。

「お隣、よろしいかな?」

 薄暗い、場末の酒場。アルコールのよどんだ空気と気だるい音楽。男たちの口から吐き出される紫煙がさらに室内の明かりをおぼろげなものに変えてゆく。

 カウンターで1人、スコッチを飲んでいる男。

 どこか生活に疲れているような、あてもない道を何かを捜して彷徨っているような、うつろな瞳。薄い唇にはさんである短くなっているタバコから煙る紫煙がその瞳の影をさらに色濃くする。

 両手の手袋が、何故か痛々しく見える。

 人の視線から逃れるように丸められた背中。

 アルベルト・ハインリヒに声をかけたのは、いかにも落ちぶれたという形容詞が似合う小柄な男だった。アルベルトとは面識はない。

「悪いな。他に行ってくれ」

 彼は男の顔も見ずに呟いた。声さえ生気がない。

「そうつれない事をいいなさんなって」

 なぁ、004.

「――!?」

 その一瞬、彼は弾かれたように、顔を上げた。

 誰も、数え切れないほどの人間しか知らない彼のもう1つの呼称。それを何故、こんな酔いつぶれた中年男性が知っているというのか。

 アルベルトの瞳に、殺気が宿る。彼の右手が、そろそろと用心深く男に向けられた。

 男は、テーブルの上に何気なくおかれた彼の右手を見ている。白い、絹の手袋に包まれたそれが、ただの手でないことを知っているようだ。

 自分に向けられている右手を見て、男は片眉を器用に跳ね上げた。

「我輩だよ。アルベルト」

「・・・・グレート?」

 アルベルトは眉を寄せて、隣に座った男を見つめた。

 そう、そうだ。彼だ。

00ナンバーサイボーグの1人、グレート・ブリテンだ。細胞変換能力を持つ彼は有機物無機物関係なく完璧に変体してみせる。しかし、何故。仲間であるアルベルトの前にこんな姿で現れるのか。

「久しぶりだな」

「どうしたんだ?」

 椅子を回転させて親友に向き直る。先ほどの殺気派紫煙の空気の中に霧散して消えている。

グレートはバーテンにウイスキーを注文すると、にやりと笑った。擬態しているのが、酔っ払いだから不気味な笑みに見える。

「ちょいと事情があってな。しばらくヨーロッパじゃ素顔を出したくないんだよ」

「何かあったのか?」

 途端にアルベルトの瞳が険しくなる。バーテンが無造作においたグラスを持ち上げて、グレートは苦笑いを浮かべた。

「なにか、あった・・・か。そうだ、我々はいつもそうだった・・・」

「グレート?」

 いつになく、暗い表情の親友に、アルベルトはかける言葉を持たず、ただ彼の名を呼んだだけだった。

「我々の戦いはいつも、敵が動きだしてから始まる。多くの犠牲と破壊の後に我々が動く。それが常であった。しかし、それはあまりにも後手すぎたのではないだろうか」

 グレートは誰に語るのでもなく、続ける。

「もっと・・・俺たちが早く動いていれば・・・。救える命もあったのかもしれない・・・」

 失う命はあまりにも多かった。

 悔やまれてならないのだ。

 目の前で散っていったそれらを思い出すと、いたたまれないのだ。

 もっと、そう、日常という世界をもっと早く切り離せていたら・・・。

 人らしい生活を、諦めていれば・・・。

「それでも・・・」

 捨てることは出来なかった。

 人で、いたかったから。

 戦闘兵器として作られた体。それでも、心は人間だから。

「グレート・・・・」

「すまん・・・」

 埒もないことを言った。

 グレートは片手を上げて詫びた。隣で、自分をひたと見つめる親友を見ることは、出来なかった。

 自分は、今、彼の日常を取り上げようとしている。

 覚悟はしていたはすなのに、このごに及んで、ためらっている。

 誰よりも、この、目の前にいる親友を案じている。

 彼は・・・・。

 タバコ2本と、グラスに注がれたアルコールが二回空になって、ようやく彼は口を開いた。

「“BGの遺産”・・・」

「なに?」

「今、ヨーロッパでは・・・いや恐らく世界各国の情報機関が動き出しているんだ。ブラック・ゴーストの遺産を求めて、な」

「なんだと・・・?」





 ブラック・ゴースト。

世界を闇から支配をしていた暗黒組織。その存在は知られているものの、中枢は誰も知らないまさに暗黒の幽鬼。

 これだけ、世界に名を馳せた組織でありながら、その全貌は要として知れていない。

 表向きは世界をまたにかける武器商人ということになっているが、彼らの科学と知識は世界のどの国よりも抜きん出ていた。世界の発展は彼らがもたらせたと言っても過言ではない。

その知られざる秘密を手に入れるべく各諜報機関はもちろん調査に乗り出した。しかし、その総ての人間が無事に戻ることはなかった。あるものは行方不明になり、ある者は無残な遺体で発見された。知力衰退して一般社会に復帰出来ない者もいるらしい。

裏社会のブラック・ホール。

「それが、ブラック・ゴーストだ」

 聞いたこと、あるか?

 ショーティ・スレンダーは運転席から隣のジェットを横目で見つめた。

 知ってるも、なにも・・・・。

 ジェットは胸の中で呟く。

 俺はそこで改造されたサイボーグで、奴らを壊滅させた張本人の1人でもあるんですけど・・・・。

 とは、まさか口が裂けても言えるものではない。ジェットは内心の動揺を顔で出さず、「それで?」と話の続きを促す。

「その、ブラックなんたらがどうしたって?」

 まるで三文映画のような話だと言いたげなジェットの様子にも、ショーティは気分を害した様子はなかった。彼の反応はある程度予想できたものだ。

「その組織に最近、異変が起こったらしい」

「異変?」

「システムに混乱が見える」

 今まで外部からのアクセスは鉄壁の防御で拒絶していたデーターバンクに混乱していて、外部からの侵入を阻止できなくなっている。おそらく内部の、しかも上層部でなにかあったのだろう。

 今まで長きにわたる間、沈黙をもって密とされていた未知の組織。その情報が手に入る絶好の機会。

 世界各国がそれを見逃すはずがない。

 ショーティ・スレンダーのような人間も然りだ。

 長年、ハッカーとしてのプライドを砕かれていた組織に対して報復するチャンスなのだ。

「もちろん、あれだけの組織だ。おいそれとアクセスできるわけではないが・・・」

「おい?」

「俺はある一つのデーターバンクのアクセスに成功した」

「なんだと?」

 ジェットはつい、我を忘れて隣に座っている男に振り返った。

 ショーティ・スレンダー。はニヤリと口元を引き上げた。会心の笑みだった。

「“BGの遺産”は・・・」

「まて、スレンダー」

 男の得意そうな声を、ジェットは強い、静かな声でさえぎった。朱金の瞳を闇夜にすべらせる。人工の強化皮膚がざわざわと闇夜にまぎれて四方八方から迫る殺気を感じ取る。体のほとんどを大幅に再構築したジェットの体は以前に比べ、触覚も敏感になっている。

 数十年の戦いの経験が、衰えることない肉体に伝える神経。危険だと、それらはジェットに伝える。

「どうした?」

 抜き身の刃を突きつけられたような緊張感が隣にいる赤毛の少年から噴出している。ショーティ・スレンダーは初めて、この少年のような姿をしている男が見たとおりの人間ではないと、理解した。

「運転を代われ」

 低い、かすかに届くジェットの指示に、男は黙って従った。ゆっくりと闇夜に潜むそれらを刺激しないように、席を交代する。

 闇の中で、小さな金属音がした。

「伏せろ!」

 運転席に座ったジェットは、空気音を聞き取って助手席の男の胸倉をつかんで引き倒す。

「うわ!」

 ダッシュボードに額を打ちうけて、ショーティの目の前に火花が散った。ジェットの素早い反応が、彼の命を救ったのだと、今は理解できないだろう。彼の頭部があった位置の壁には一発の弾丸がめり込んでいたと、気付く暇がない。

「伏せていろ!!」

 ジェットは叫ぶと同時にアクセルを踏みつけた。白いキャデラックはタイヤから白煙を上げて路地から飛び出した。

 メインストリートに片輪を上げて入り込む。ぎりぎりで衝突しそこねた車からクラクションが鳴らされたが、かまっている場合じゃない。

「い、一体・・・」

 なにが起こったんだ!

「スレンダー。お前、尾けられたな」

 バックミラーに写る後方から迫る黒い車の集団を睨みながら、ジェットは呟いた。

「まさか・・・」

 ショーティ・スレンダーは背後を振り返った。

「伏せていろ!」

 その彼の肩を無理矢理掴んで、シートに押し付ける。まずは、このうっとおしい尾行をまかなくてはならない。

 さて、どうするか・・・

 思案しているジェットの横を、弾丸が掠めた。フロントガラスにヒビが入る。

「なにぃ!?」

 思わず背後を振り返る。

 こんな人目がつく大通りでまさか銃を抜くとは思わなかった。

 何考えてやがる!

 いくら、“BGの遺産”が関わっているからってそこまでするか?

 いや、するんだろうな。

 面白ぇ!

「ちょいと、荒っぽくいくぜぇ!」

 ジェットは上唇をぺろりとなめるとハンドルを切った。ギアを入れ替えてさらにアクセルを踏みつける。

 フロントガラスに弾丸のヒビを入れたキャデラックはネオンの彩られたラスベガスのメインストリートを疾走した。

「ど、どうするんだ!」

 リンク!

 助手席のシートに体を沈めたまま、ショーティが叫ぶ。

 まずは人が少ない場所に移動しなくてはならない。ジェットは腰からCZ75を取り出した。素早くスライドさせて安全装置を解除する。

「リ、リンク」

「お前も銃を出せ」

 チャンスがきたら、反撃する。とっ捕まえて、二度と悪さができないようにしてやる!ついでに黒幕の居場所も吐いてもらおう。

「もっていない」

「なにぃ!?」

「お、俺は血生臭いことは嫌いなんだ」

 なに言ってやがる。この諸悪の根源が!テメェのおかげでこんな街中でカーチェイスやらかすはめになってんだぞ!これだから、頭脳労働者って奴ぁ・・・

 怒鳴る暇もなく、背後から銃弾が彼らに迫る。

「こんちくしょー!!」

 ジェットは誰にでもなく叫ぶと、車を人気のない道へと向ける。他人を巻き添えにすることなんかできない。

 白いキャデラックは、銃弾の雨をかいくぐって、なんとか薄暗い路地に入り込むことに成功した。見た目は華やかである反面、少し裏に行けば人気も明かりも少ない路地はいくらでもあるのだ。

 ジェットはバックミラーに視線を走らせて追っ手との距離を掴む。

「おい、スレンダー」

 隣で小さくなって震えている男に声をかける。右手に持ったCZ75を握りなおす。

「3でサイドブレーキを引いて、5で戻せ」

 いいな。それくらいはやってみせろ。でないと二人とも蜂の巣だぞ!

「わ、わかった・・・・」

 男は弱々しく頷くと、サイドブレーキに手をかけた。

「いくぜ!1、2・・・」

 迫る黒い車体。銃弾が彼らの体を掠める。

「3!」 

 ショーティ・スレンダーがサイドブレーキを引く。同時にジェットがハンドルを切った。

 こまのように反転するキャデラック。

 4

「5!」

 ダンッ!思い切りサイドブレーキを戻す。アクセル全開。

 白い車体が制動を解除されて加速する。追っ手に向かって。

 すれ違う黒と白。

 ジェットのCZ75が火を噴いた。

 7発の銃弾に打ち抜かれた黒いボディ。コントロールを失ったそれは通りのビルに激突して炎上した。

「な、なんだったんだ」

 今のは・・・。

 一瞬の命を分けた攻防。なにが起こったのかわからない。

「スピンターンだよ」

 ぶっぱなしながらだったから、ちょっと忙しかったけどな。

 ジェットはようやく車を止めて、一息ついた。炎を上げている黒い車に振り返る。外して撃つ余裕はなかった。あれでは誰も生きていなだろう。なにか身元を特定できるものを捜したかったが、それもできない。

「敵・・・というか、相手はあんたの命を狙ったらしいぜ」

 FBIかCIA。それかどこかの国の諜報部員かも知れないが、最初の銃弾からして、どう見ても彼を生かして捉えようとしたわけではないらしい。

「ばかな!」

 ショーティは叫んだ。

「確かに俺は“BGの遺産”に一番近い場所にある。もう少し・・・あと少しでデーターバンクごと手に入れることが出来るんだ!」

 彼はそのデーターを各国に売りつけるつもりなのだ。もちろんアメリカ母国でなくてもいい。一番高い買値を提示すれば、敵国だろうがかまわない。

 未だデーターバンクをインストールしないのは取引相手がまだ決まっていないことと、自分の身の安全を考えてのことだろう。データーを渡した途端、ズドンでは笑えない。

 今回だけは1人では危険な取引だ。

 彼がジェットを呼び出したのも、自分を捕らえることに成功した唯一の男として見込んで、仕事の相棒に選んだのだ。

万が一を考えて・・・。

 しかし、まさか取引が行われる前に命を狙われるとは、考えもしなかった。

「俺を今殺したら、“BGの遺産”は永遠に手に入らないんだぞ!」

「それが、問題らしいな」

 ジェットは大げさにため息をついた。

「データーが他に渡るくらいなら・・・」

 総てを消し去ってしまったほうがいい。

 そう考える組織もいるということだ。



 “BGの遺産”

 どうやら、眉唾の話ではないようだ。

 ジェットは燃える車をにらみつけた。

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