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ドラえもんが未来の世界に帰ってからちょうど10年経った。
のび太が小学校六年の夏休み、それはあまりにも急な別れだった。
朝のび太が起きると押入れの中にはいつもいた友人の姿はなく、あの引き出しの中も
ただ使われていない筆記用具と、初めの三ページ、それも上三行しか書かれていない記憶にも残っていない
日記帳がしまってあるだけだった。
いきなりの出来事に戸惑うのび太だったが、やがて慣れた。
衝撃的なイベントの後に都合よく自分が変わるわけもなく、ただドラえもんがいないだけのいつも通りの日常を続け、だらだらと過ごし気がつけば
のび太は大学最後の夏を迎えていた。
来年…あと半年もすれば社会に出て、働いて、結婚して、子供をもうけて、退職して、余生を過ごして、死ぬ。
のび太はその現実から来る奇妙な圧迫感のせいか、最近よく子供だった頃を思い出すようになっていた。

あのドラえもんがいた小学生時代を。



「ドラえもーん! スネ夫がハワイ旅行に行くんだって!! 僕も行きたい」
「はい、どこでもドアー! これでハワイに遊びに行こう!」

「ドラえもーん! きっと地底人はいると思うんだ!」
「はい、もぐら手袋ー! これで地下を探検しよう!」

「ドラえもーん! 魔法が使えたらどうなるのかな?」
「はい、もしもBOXー! これで魔法が使える世界にしちゃおう!」

「ドラえもーん! カップラーメン三分も待てないよ!」
「はい、タイム風呂敷ー! これで時間をすすめちゃおう!」

「ドラえもーん…」



「ドラえもん、か…」
大人になりめっきり泣くことは少なくなった。けれど、笑うことも少なくなった。

かつての学び舎の裏山で木陰からゆっくりと流れる積乱雲を眺めながら、あの時よりも格段に低くなった声でつぶやく。
変わったのは声だけではない。のび太たちが通った小学校も少子化の影響で都心に近いのにもかかわらず廃校となり
その高い地価のために買い手も管理者もおらず、荒れた廃墟になっていた。
かつてこの学び舎でともに学んだ仲間たち。ジャイアン、スネ夫、そしてしずか。
彼らもそれぞれの道を歩んでいる。
ジャイアンは卒業後家業を継いだ。ガキ大将だった彼らしく、高校三年でできちゃった結婚。しかしうまくいかず去年離婚して、現在法廷で養育権と慰謝料を争っている。
スネ夫は金持ちだったが、それほどが良くなかったので郊外の私立大学に進学した。初めは田舎での一人暮らしは嫌だと愚痴をこぼしていたがサークル活動に熱心になったのか
帰ってくることはおろか、連絡すらほとんどない。
しずかはなんだかんだでのび太と付き合っている。しかし不況の中就職活動でいまだ走り回っていて、ストレスに悩まされている。

しずか「百貨店で働きたかった。でも今はやりたいこともわからなくなった」

左手でグラスを傾け細長い煙草を吸いながらのび太によりかかる姿に優秀だった幼き日の面影はない。
後ろで二つくくりにしていた髪も、色こそは同じだが就職活動中の今だというのにきつめのパーマがかかっている。

まっすぐな瞳で『くものおうこく』を作っていたあの日は白昼夢だったのか、のび太は荒廃した後者を見ながらぼんやりとそう思った。


のび太はゆっくりと立ち上がると、家路についた。
ジージーとゆっくり鳴くセミの鳴き声に包まれながら自分のことを考えていた。

のび太はドラえもんがいなくなったあともあのままの日常を送った。
特に努力をしたわけでもない、ただなんとなくその時々に自分にできるだけのことをやり続けた。
中学校では野球部に入部した。小学校の頃は貧弱だったが、体が成長するにつれそんな個性もなくなり、二年からレギュラーでライトを守っていた。
高校も普通の偏差値が高いでも低いでもない高校に入学。野球は続けた。甲子園に行きたい、なんてことも考えたが結局都大会二回戦で敗退。涙をのんだ。
大学受験の時は少しがんばった。一番家から近い大学に通いたかったがギリギリ難関大学に入る程度のレベルだった。嫌々ながらも塾に通い見事現役合格した。
大学では野球をやめて、文芸サークルに入った。小学生の頃はマンガしか読まなかったが中学の終わりごろから普通の小説も読むようになり、今では週に三冊は本を読む。
文芸サークルではSF小説を書いていた。思いのほかそれは好評で、一度だけだが文芸雑誌にも載った。
リアリティがあるね、と読んだ人はみんな言った。

のび太(そりゃそうさ、だってそれは実際にあった『はず』なんだから)

サークルの後輩が書いた、空気ピストルを構えるめがねの少年の挿絵を見ながら当時ののび太はそう思った。


いつの間にか携帯電話をかざせば買えるようになった自動販売機でコーラを買った。
僕たちの今は一歩ずつドラえもんの明日へと向かっている。
のび太は暑さでカラカラになった喉にコーラを一気に流し込んだ。
『あき缶はリサイクル』と未来を嘆く文章を載せたコーラの空き缶を川に投げ捨てた。

もちろんのび太だって変わっていた。
しずかが苦戦している就職活動も、思いのほかつまづくこともなく大手電気メーカーに内定をもらった。

「御社で地球の未来のため、子供たちに夢を与えるような製品の普及に尽力したいです」

誰でも思いつくような中身のない抽象論。個性なんてない、口にするのはただのテンプレート。
ドラえもんに夢を与えられた物語の主人公の少年は今やただの『その他大勢』の一人になっていた。


そんな自分にいらだつこともないままただダラダラと、淡々と一日一日を過ごしている。
ただ、このままありきたりの人生を送ることに焦りを感じているのは事実だった。
できるなら、もう一度、いや一度じゃ物足りない、何度もいつまでも、あの銀河を駆けた冒険のような
心躍る出来事に出会いたい。
思ってはいるが、だがただぼんやりと思っているだけだ。願っているわけでもなければ悲観しているわけでもない。
そうなったらいいな。スケールの小さいタラレバだ。
信号待ちをしながら考えていたが、信号が青に変わったので考えるのをやめて、道路の白い部分だけを歩くことに集中した。

(ああそういえば小学生の頃はこういったことにまじないをかけたなぁ)
(白い部分だけを渡りきったら願いがかなう…。)
(渡りきったら…、渡りきったら…)


(ドラえもんに会える!!)

のび太は最後の白線の一つ手前で、必死に走る小学生にぶつかり、白線を踏み損ねた。


「ただいまーー」

そのまま何事もなく家に着いた。
昔なら「手を洗いなさい」と口うるさかった母親も、白髪交じりになりどこか弱弱しくなった。

「のびちゃんお帰り。ちょうどお向かいさんからこれ、もらったんだけど食べる?」

ママが差し出したのは、あの大きなドラ焼き。ドラえもんが大好きだったドラ焼きだ。

「いや、いいよ。暑いしあんまり食欲ない」
「あらそう、残念ねぇ」
「ドラえもんがいたら、喜んだだろうね」
「めずらしい。のびちゃんがドラちゃんのことを言うなんて」
「本当だ。最近じゃちょっと忘れちゃってるのかもね」
「いやだ、ママより先にボケないでよ」
「そんな親不孝なまねはしないさ」

階段を上がって自分の部屋へと向かう。
あの頃から変わらない。あの部屋はずっとのび太の部屋だ。
そう、あの頃から変わらないのだ。学校から帰ったのび太が部屋のふすまをあけるとそこにはドラえもんが……。


「ただいま」



ドラえもんは、いない。


カバンを机の上に置き、畳に寝転びながら本を読む。
あの頃はマンガばかり読んでいたが、今読んでいるのは推理小説だ。
パラ、パラとページをめくる音がクーラーのモーター音に混じって部屋の中に広がる。
小説の中で意味のわからない単語が出てきたので、電子辞書で調べようと机の引き出しを開ける。
昔はタイムマシンがあったその場所からタイムマシンには程遠い電子辞書をとりだして『アセチルアミド』という言葉を調べた。

「…ドラえもんがいたら言うんだろうなぁ」
「君が勉強なんてめずらしい。この世の終わりだって」
「………!」
「久しぶりだね、のび太くん」

のび太の後ろに
ドラえもんは、いた。


「久しぶりだね、のび太くん」
「ドラえもん…っ」

のび太は後ろにドラえもんがいることはわかっていても、振り向くことができなかった。
うつむいて肩を震わせている。大人になって今まで流せなかった涙はこの日のためにのび太の涙腺にたまっていたのだ。
涙を止めることをあきらめたのび太は、あの、ジャイアンにいじめられて泣いていた少年時代そのままに
ドラえもんに泣きついた。

「ドラえもん! ドラえもーーーん!!」
「どうしたんだい、のび太くん。そんな泣いて…、もう大人じゃないか。
      またジャイアンにいじめられたのかい?」
「ドラえもん! ドラえもん!! ドラえもん!!!」
「うん、そうだよ、僕だ、僕、ドラえもん」
「急にいなくなってどうしたんだよ! 戻ってくるのも急なんだよ!!」
「ごめんね、のび太くん」
「いいよ、全然いいよ! そうだ、ドラえもんの好きなドラ焼きいっぱいあるんだよ!!」
「そうなの? 嬉しい、本当にうれしいよ」

二人はずっと抱き合ったまま泣き続けた。


二人はドラ焼きを食べながら話をしている。
ドラ焼きを取りに行く時にママにドラえもんが帰ってきたことを伝えると
ママもドラえもんに会いに行き、やはり泣いた。
のび太は今までどんな人生を歩んできたのか、みんなはどうなったのかドラえもんに伝えた。
みんなの変貌っぷりにドラえもんは、へぇ、とか、ええぇっとか表情をコロコロ変えた。そして二人は笑った。

ひとしきりのび太の話が終わった。

「ねぇ、ドラえもん。ドラえもんは今までどうしてたんだい?
    やっぱりタイムマシンに乗って移動してきたから、君にとってはあっという間だったの?」
「いや、全然あっという間じゃなかったよ」
「そうなんだ。一体どれくらいの間僕と離れ離れになってたんだい?」
「そうだなぁ、うーん、大体…」


「200年くらいだよ」

ドラえもんの顔から笑顔が消えた。


「に、200年!?」
「うん、200年」
「一体、そんなに長い間どうしてたんだよ!? それに、200年ってことはせわしくんも…」
「そう、僕は、せわしくんの最期をみとったよ」
「ドラえもん…」
「せわしくんだけじゃない。せわしくんの子供も、その子供も、そのまた子供の最期も…」
「そんな、そうか…。ロボットっていうのも、つらいものだね」
「………」
「でも、そんな200年も向こうにいて、なんで急にこっちに来たんだい?
    まさか、僕の子孫はみんな死んじゃったのかい!?」
「……君はたまにもの凄い想像力を働かせるよね。僕が道具を出した時だってそうだ、思いもつかなかった使い方をする…。
      大丈夫、生きているよ。……少なくとも僕がタイムワープをした時点では」
「!!? いったいどういうことさ!!?」



「戦争がおきそうなんだ」


「戦争だって!?」
「ああ、そうさ」
「詳しく話してくれないか」
「…そうだね。長い話になるよ。

22世紀の世界は、いまの21世紀なりたての世界よりもずっと科学が進歩している。
それは僕や道具をみたらわかるよね? その進歩は君たちが想像できるレベルをはるかに超えている。
それは、武器だってそうだ。
鈍器だった武器は刃物に変わり、刃物は銃に変わり、銃はミサイルに、ミサイルは核に…。
君たちの歴史でもドンドンと武器は進化している。
未来では、さらに核から進化した兵器になった。
しかし人間は捨てたもんじゃない。兵器を無力化する機械が発明された。
それによって核はおろかミサイルだって使えない世界になった。
もちろんアナログな銃や刃物やらは武器として使えるけどね。
そして平和な世の中が訪れた。
夢や希望に溢れる機械…、僕が持っているひみつ道具が一般にも浸透した。
タイムパトロールを初めとする様々な自治組織が目を光らせていたからそれを悪用して戦争をしようって連中は
奇跡的にも現れなかった。みんな人の良心が表れたのが22世紀なんだって口々にした。
けれど、23世紀も終わりになるとそれも変わってきた。
22世紀の静けさを誰かが不審に思うべきだったのかもしれないが、おこってしまったことは仕方がない。
ある日、ある小さな国が戦争を始めた。……ひみつ道具の技術を使ってね。
でもその戦争は一瞬で終わった」
「なんで一瞬で終わったんだい?」


「僕がその国を滅ぼしたからさ」


「なんだって!!? 君が!!?」
「いや、正確には僕たち、ドラえもんズが滅ぼした」
「そんな、なんで、君が人殺しなんて…」
「…あれは正当防衛だ。あの国が僕たちの住む国に先制攻撃をしかけてきたから国は防衛策にでたんだ…。
      けれど、僕たちの力は強すぎた」
「ドラ、えもん…」
「ただ、これだけは言っておく、僕は人を殺してはいない」
「なんだって?」
「その国は、ロボットの国なんだ。もちろん人間はいるけれど、たった一人だけ」
「たった、一人…」
「その一人は、天才だった。たった一人でロボットの兵団を作り上げ、建国し戦争を始めた。
      まあ、ロボットっていっても僕みたいな人工知能はもっていない、ただの機械なんだけどね」
「でも、戦争はできないようになっているんじゃないの?」
「そう、そのはずだった。だが、その一人の人間はどういうわけか戦争ができる兵器ロボットを作り上げたんだ」
「だから、危険視されて滅ぼした?」
「いや、滅ぼす気なんてさらさらなかったさ! けれど、僕たちの力が、強すぎたんだ…」
「…ごめん。そうだよね、君がそんなことするわけ、ないもんな!」
「…ありがとう、のび太くん。でも話はこれで終わりじゃない」
「どういうこと?」
「そのロボットの国のたった一人の人間は、数体のロボットを連れて、僕たちの国に紛れ込んだ」
「…!」

「そして、そいつは僕たちの力を奪おうといている」


「その力っていうのが、これさ」
「友情テレカ…」
「そうさ、友情テレカ。こいつが全部そろった時に、とてつもないエネルギーを発生させることができる」
「そのエネルギーがロボットの国を滅ぼした」
「そして、この力を逆に利用しようとしている」
「じゃあ君は、狙われているのか!!」
「そうだ。すでに僕の持っているテレカ以外はすべて奪われてしまった…。
      だからなんとしてもやつらは僕のテレカを奪いに来る」
「それから逃げるために僕の元へ来たのかい?」
「いや、違う」
「え?」
「ここへ来たのは、事故みたいなものだ」
「事故?」
「僕は、ほんの数時間前に奴らに襲われた」
「なんだって!?」
「命からがらなんとかタイムマシンにたどり着いた僕は無我夢中でタイムマシンを操作した。
      …一番タイムホールをつなげたのはこの世界だから、無意識でここに来てしまったんだ」
「そうなのか…。なんで来たのか、よくわかったよ。未来のせかいがそういう風になってしまって驚いたけど
    またドラえもんに会えて嬉しいよ!」
「…いや、実は喜んでる場合じゃないんだ」
「……まさか!!」
「そう、やつらはじきにこの世界にやってくる!!」


「なんだって!?」
「タイムホールが開いたのをやつらも観測しているはず。
      僕がこの時代に来たことがばれるのは時間の問題だ」
「そんな…」
「大丈夫、僕が何とかする」
「え…?」
「さっきはいきなりだったから太刀打ちできなかったけど、今度は準備ができる。
      ……急だったからあまりポケットに道具は入っていないけど策を練れば戦える」
「ぼ、僕も一緒に行くよ」
「のび太くん…。ありがとう、でも君を危険にさらすわけには…」
「ドラえもん、僕はね、君がいなくなっても何も変わらなかったんだ」
「……」
「だから一緒に行くよ。だって僕らはいつも一緒だったじゃないか」
「のび太くん…でも…」

ドラえもんが言葉を終わるより前に大きな爆発音がした。
二人が驚き窓から外をのぞくと裏山の方から煙が上がっていた。


---10分前、某所

「この時代で間違いないな?」
「はい」
「……我々の残存兵力は?」
「人と機械合わせまして4です」
「少ないな…まぁほとんど向こう側で倒されてしまったが」
「これで…巻き返せるでしょうか?」
「そのためにこの時代にきたんだ。友情テレカかえあればたとえ一人だろうと世界と戦える」
「はい…」
「やつの居場所はだいたいわかるが…。人目につくのもまずかろう。……ちょうど廃校があるな。あそこにおびき出せ」
「はい、かしこまりました」
「お前には期待しているぞ」
「はっ…」


「骨も皮も残さず処理する殺しのスペシャリスト…。果たしてロボット相手に通用するのかな」


「裏山が!!」
「やつらがやってきたんだ!!」
「行こう! ドラえもん」
「……わかった! 一緒に戦おうのび太くん!!」

二人は走って裏山を目指した。近所の人たちは何が起こったのかわからず、裏山から遠ざかっていく。
その中にのび太は知った顔を見つけた。

「スネ夫!!」
「のび太じゃないか!! それに…ドラえもん!!? ど、ど、ドラえもん!!」
「スネ夫、久しぶり」
「ドラえもん…、なんだよ、久しぶりに実家に帰ってきたら、君も帰ってきたなんて…、こんな偶然!」
「喜んでくれるのは嬉しいんだけど、爆発が…」
「そうだ! どうも学校で爆発があったみたいなんだ! それで怖くなって逃げてるんだけど…。
    ……もしかして、君がこの時代に帰ってきたのと関係あるのか?」
「……そうなんだ、実は…」


「そんな…そんなことが……」
「うん。なんとか僕とのび太くんとで止めてみせるけど、万が一があるからできるだけ遠くに」
「……なに言ってるんだよ」
「スネ夫…」
「僕も協力するよ! 人では多いほうがいいだろ?」
「でも…」
「反対意見は聞かない! 先に行くよ!」
「あっ! 待って!!」

悩むドラえもんをおいて二人が先に駆け出した。

「なぁ、のび太」
「なんだい?」
「なんだか、久しぶりだな、こういうの」
「ああ、久しぶりだ。こうやって一生懸命走ることもね」
「確かに。ジャイアンとしずかちゃんもいたね、いつも」
「ドラえもんがやってきた、君も帰ってきた。きっとあの二人も一緒に来てくれる。
    僕はそんな気がするんだ」

ドラえもんもなんとか二人に合流した。


「もうすぐだ!」
「ごめんね、スネ夫、君まで巻き込んで」
「いいよ! こんなの慣れっこじゃないか」
「着いた! ……あれは!!?」

校舎から煙がもうもうと出ている。どうやら校舎がなんらかの攻撃を受けたようだ。

「…そうか、校舎の中か?」
「いや、煙の位置から見て、裏山から攻撃したのかもしれない」
「どっちにいるんだ…?」
「わからない…」
「…二手に分かれよう」
「のび太…」
「それがいいのかもね。…校舎のことは僕とのび太が詳しい、ドラえもんは裏山に行ってくれないか」
「わかった。
      あと、のび太くん、これを渡しておくよ」
「…これは、スペアポケット」
「数は少ないけどいくつか道具が入っている。襲われたら上手く使って」
「わかった!」
「よしじゃあ行くぞのび太!!」

二人は校舎に向かった。

「さて、僕は裏山か…」


校舎にドキドキしながら入ったのび太とスネ夫。
玄関を入ると懐かしい下駄箱や公衆電話、行事予定の黒板。
「……懐かしいな。いろんなことを思い出すよ」
「うん、そうだね。できればこんな形でここに来たくなかった」
「ほら、みろよのび太、緑の公衆電話なんて最近じゃあほとんど見なくなった」
「そうだね、みんな携帯電話を持ってるから、使わなくなってどんどん撤去されていった」
「あの頃、テレホンカードを集めるのはやったよね」
「うん、はやった。みんなアイドルのテレカ持ってたね」
「のび太、いまテレカ持ってるか?」
「持ってないよ、携帯があれば使うこともないしね」
「…そっちの話じゃない」
「えっ…??」


「友情テレカさ」


「…スネ夫? いったい!!?」
「……そうか、君が持っているんじゃないのか。ならドラえもんだな」
「スネ夫!!? まさか!!?」
「……君が人質になってくれたら、ドラえもんはテレカを素直にさしだすかなぁ?」
「…!!」

スネ夫の不気味な雰囲気にのび太は校庭へと逃げ出した。ドラえもんに助けを求めるために。
しかし校門に目をやってもドラえもんはいない、既に裏山へむかったようだ。
あせりから足取りもおぼつかず、のび太は転んでしまった。
スネ夫はすでにのび太の後ろにいた。

「…!! いつの間に!?」
「悪いな、のび太…人質になってもらう!」

スネ夫の指には空気ピストルが装着されており、その指はのび太を狙っている。

「大丈夫、空気ピストルじゃあ死なない。気絶する程度だよ」
「……くっ」

のび太はまだ倒れたままで、いきなりの友の裏切りに混乱した頭ではこの後どうすればいいのか考えることができていなかった。
しかしその空気ピストルをみて、ハッとした。

のび太(そうだ! スペアポケット!!)

「眠れ! バンッ!!」



空気ピストルから放たれた空気はのび太にあたらず地面を打ち抜いた。

「なにっ!!?」
「はぁ、はぁ」

間一髪のび太はスペアポケットからタケコプターを取り出して空中へと逃げていた。

「そうだった、スペアポケットがあったんだったな…」
「はぁ、はぁ…。スネ夫…君はやつらの仲間だったのか!」
「そうだよ。骨も皮も残さず処理する、殺しのスペシャリスト…。骨皮…いや骨川スネ夫さ」
「…なんだって、殺し…!?」
「……大学でね、僕は新しい世界をみたんだよ」
「!!?」
「……まあその話はいいだろ? つまりそこで接触したんだよ、未来の組織に」
「嘘だっ!」
「さあ、どうだろうね。でも今から僕が君を倒すことに違いなんてない!」

スネ夫もタケコプターを取り出し空中へとやってきた。

「さあのび太、次は逃げられないよ!」


スネ夫が迫ってくる、のび太はまだ現実を飲み込めていない。

(戦うしか…、戦うしかないのか!!?)

空気ピストルの射程距離は10メートル。スネ夫に近づかれまいと、のび太は上へ上へと逃げた。

(どうする!? どうしたらいい!?)

「のび太! 逃げてばかりでいいのか!? タケコプターでいける距離には限界があるぜ!」
「スネ夫!!」
「バンッ!」
「うっ!」

のび太の足に空気の塊が命中する。幸い距離が離れていたので物理的なダメージはほとんどないが
友に打たれたという事実にのび太は精神的なダメージを受ける。

(まさか、まさか本当に当ててくるなんて! )
(…友達と戦いたくはない、戦いたくはないけど)

「スネ夫! 君が友情テレカを手に入れたらたくさんの人が犠牲になる!
    だったら僕は君を倒すよ!! 友達に悪事の片棒は担がせない!」

のび太は空気砲を腕に装着した。


「…! そうか! 戦う気になったな!!」
「ああ、悪いけど痛い目を見てもらうよ」
「ふん、お前にそんなことができるもんか!」

スネ夫とのび太の距離は大体6メートルにまで近づいていた。地上ははるか彼方に見える。
お互い必殺の距離。この距離で命中すると確実に気絶する。
しかし…。

「空気砲か…、打ち合いになれば空気ピストルじゃあ押し負ける」

その上スネ夫はのび太の下方にいる。のび太は太陽を背にしているので上手く照準が合わない。
スネはのび太に背を向けてポケットをまさぐった。

「フフフ、これを使うか」
「!!? 何を出した!?」
「とても、強力な武器さ」


「…! どういうつもりかは知らないけど、先に仕掛ける! ドカン!!」
「ふん! 空気砲なんて軌道が見え見えなんだよ!」

圧縮された空気はスネ夫に難なくかわされてしまう。
空気砲は速度こそはやいものの、音声入力なので口の動きでタイミングがわかってしまう。

「くそッ…! ドカン! ドカン、ドカン!!」

これから襲いうる未知の攻撃におびえるのび太は正確な照準があわせられない。
あせりのあまり空気砲を連発するも、すべてスネ夫にかわされてしまう。

「無駄だって! それに、そんなに攻撃していいのかい?」
「…なに? なんのこと…!!?」

のび太の背中に大きな衝撃が走った。のび太は謎の攻撃を受けた。


「うぐぁっ…! なん、だ?」
「ウフフ、どうしたんだぁ? のび太?」

いきなりの攻撃にのび太は理解ができていなかった。
スネ夫は何かを取り出した、しかし、何かをした様子はまったくなかった。
攻撃動作がまったく見えなかった。

「君は、一体…なにをしたんだ!!?」
「さあね。手の内をさらすわけないだろ?」
「くそっ!」
「おっと、そう何度も攻撃させないよ。
    それに、既にこちらの攻撃は終了している!」
「何だって!?」

その言葉に後ろを振り向いたのび太。しかし太陽のまぶしさに目を閉じてしまう。
そしてまた、今度は左手に衝撃が走った。

「うあぁっ!」
「惜しいなぁ、頭を狙ったつもりなんだけど」


(…今、一瞬だけど、攻撃が見えた。おそらく、攻撃方法は…)
「さあ、次ははずさないよ!」
「どうかな!! ドカン、ドカン、ドカンドカンドカンドカンドカン!!」
「やけになったか!! のび太ぁ!!」

スネ夫はすべての攻撃をかわした。

「これなら!!」

のび太は高速でスネ夫に接近する。
いきなりの突撃にスネ夫は反応が少し遅れた。

「くっ! 近づけば当たると思ってるのか!? のび太ぁ!!」
「いいや、違うね!」
「!!?」

スネ夫が回避の姿勢をとる前にのび太は向きを変えて急上昇した。
そしてスネ夫が驚きのあまり硬直していると、衝撃がスネ夫の顔面を襲った。

「うぐぁ…! しまっ…!!」
「…よく考えた攻撃だったよ。だけど目に見えてちゃ効果はないね」

スネ夫のはるか下方にはどこでもドアが浮いていた。


どこでもドアは空間と空間をつなげる。
その機能を利用して、スネ夫が避けた空気砲をのび太の後方へつなげ、のび太を攻撃する。
これがスネ夫の攻撃の正体だった。

「のび太ぁぁっ…」
「君の影で僕からは君が設置したドアは見えなかった。
    敵に背中を見せないのが定石だとしても、後ろに小細工をしなかったのが失敗だったね」
「よくも…よくも…」
「…もう君の攻撃は通用しないよ。
    スネ夫、もう、あきらめてくれないか?」
「許さないぞ!!」

スネ夫が顔を隠していた手をどけると、剥がれた皮膚の下に機械の顔が覗いていた。

「スネ夫…じゃ、ない!!!?」


「お前、スネ夫のフリをしたロボットだったのか!」
「許さない! 許さない!」
「…そうか、よかった、スネ夫は敵じゃなかった」
「のび太ァァァァァッ!!」

スネ夫ロボットは全速力でのび太めがけて突進する。
ギリギリのところでスネ夫ロボットを回避するも、今度はのび太が下方になってしまった。

「うっ…、太陽がまぶしくて、よく見えない…!」
「食らえ! バン、バンバンバンバンバンバンっ!!!!」
「うわぁああああ!」

太陽がまぶしくて上手に回避できず、のび太はスネ夫の放つ圧縮空気を全身に受ける。

「どうだ…どうだ…? 僕の痛み、もっとわかれよ!」
「くっ…ロボットが知ったことを!」
「高性能化されたロボットと人間の間に違いなんてないさ!
    それを理解できない連中はいなくなればいい!!」
「……そうか、それが戦争の理由か」


「…しゃべり過ぎたな、これで終わりだ。バンッ!」
「っ!!」

「何…避けた、だと…?」

(助かった、たまたまだけど、雲で太陽が隠れてくれた)
(このチャンスは逃せない)

「これで終わりだ、ドカン!」

のび太の空気砲がスネ夫ロボットの顔面に直撃する。


「やったか!?」
ロボットの皮は完全に剥がれ、ロボットそのものの顔になった。
しかし、ダメージは与えられていないようだった。

「……!? なに!?」
「たかが、気体の塊だ…。この鋼のボディにたいしたダメージは与えられん!」
「だったら!」

のび太はポケットの中から手探りで高硬度のものを取り出し、空気砲にセットした。

「これなら!! ドカン!」

圧縮された空気に押し出され、即席の弾丸がスネ夫ロボットに迫る。

「なるほど! 弾丸なら効果があると思ったか!! だがな!」
「…!?」
「速度が落ちるんだよ…、弾丸の質量のぶんな…。それだと避けるのは容易い!」

スネ夫にかわされた弾丸ははるか後方、雲の中へと吸い込まれた。

「終わりだな、のび太…。バン!」
「……え!?」

スネ夫ロボットはのび太のタケコプターを破壊した。


「うわぁああああっ!!」

タケコプターを壊されたのび太はゆっくりと落下を始めた。

「フフフ! これで終わりだなのび太!!
    お前を人質に交渉をしようと思ったが、もうそれも面白くない。
    ドラえもんを倒して堂々とテレカを奪い取ってやるさ!」
「残念だよ、本当に」
「フフフ、どうした? 辞世の句か?」
「…あの弾丸を避けたのは、君にとってとても残念なことだ」
「なんだって!?」
「あの弾丸に当たっていれば、戦闘不能くらいですんだだろう…。
    でも弾丸を君は避けてしまった。もう、君は終わりだ」
「何を言っている、どういうことだ!!」
「ふふふ、もういいかな、後ろを見てみなよ」
「!! こ、これは!!?」
「雲さ! 僕が撃ったのは「雲かためガス」!!
    気圧差で破裂したガス缶が固めた巨大な雲の塊ッ!!
    お前にかわせるかぁっ!!」    


スネ夫ロボットにその雲の塊を避ける暇などなかった。
いや、時間ならある程度はあったが浮力を失ったその雲は回避できるレベルの大きさではなかった。

「のび太! お前!!」
「これで終わったな…」

タケコプターが完全に壊れたようで、のび太の落下速度は自由落下のそれに変わった。

「これを食らうのは、これを食らうのはまずい…。
    どうする!? 空気ピストルじゃあどうしようもない!
    どうするどうするどうするどうするどうするどうs」

スネ夫ロボットのCPUは暴走を始めたのかスネ夫ロボットは人語を話してはいなかった。
スネ夫ロボットは雲の塊を前に、動くことができていないようだった。

そしてスネ夫ロボットは雲の中へと吸い込まれた。

「……吸い込まれた? まさか!?」
「フハハ! 残念だったなのび太ァッ!
    固まっていなければただの水蒸気だもんなぁ?
    痛くもなんともないぞ!」

スネ夫ロボットはいつの間にか両手にタイムふろしきを握っていた。


「タイム風呂敷で雲の塊を固まる前の状態に戻した!
    一瞬だが、ヒヤッとしたぞ! ゾッとしたぞ!
    だが万策尽きたな!
    一方のお前はタケコプターを失い地面にお熱いキッスだ!
    残念だったな! 俺の勝ちだ!!」
「お前、しゃべり方変わったなぁ」
「何!?」
「油断して、スネ夫の振りをするのもやめたのかい?」
「油断、だと?」
「残念だけど、君はもう、負けている。
    その雲は、夏の風物詩…積乱雲だ!
    雲の中では無数の氷が衝突しあい静電気を蓄積している!
    その電圧は数億ボルトッ!! 機械の体のお前に耐えられるものか!!」
「なん…お前、そこまで…!?」
「終わりだ!! 贋作野郎ッ!!」
「うおおぉおぉぉぉぉぉぉおおおぉッ!!!!」


スネ夫ロボットの周りでバチ、バチと電流の流れる音がする。
そして直後大電流がスネ夫ロボットを襲う。

「のび太アァァァァァァァァァァァッ!!」

ドォォォオォンという轟音とともに、スネ夫ロボットは爆発した。

「なんとか、勝てた…。けれど、さて、うまく行くかな?」

のび太は地面に向けて落下を続けている。
タケコプターは壊れ、制御はできない。
しかしのび太は何も考えていないわけではなかった。
のび太の真下にはスネ夫が設置したどこでもドアがある。
やがてのび太はどこでもドアに吸い込まれた。
が、ギリギリのところでドアの淵にしがみついた。

「うっ…! 予想以上の衝撃…!!」

のび太はドアの淵にしがみつき、ドアものび太と一緒に落下をする。
だがドアは空中にとどまれる性質があり、やがて、緩やかに静止した。

「ふぅ、なんとかうまくいったな…」

そのままドアを潜り抜け、無事校庭へと降り立った。

「さて、なんとか切り抜けれた…。
    ドラえもんと合流しよう」

のび太は校庭を去り、ドラえもんと合流すべく、裏山へ向かった。




第一部完   
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