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「無題」作:橘圭郎(1/21)

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 『無題』 作:橘圭郎

「捕まえましたよ。先輩、今日こそは原稿出来上がっているんでしょうね? 一枚絵文章化企画、上げていないのはもう先輩だけですよ」
 伝承文学の授業を寝て過ごし、さてパチンコでも打って帰ろうかと立ち上がった男は、不意に後ろから肩を掴まれた。振り向くとそこには、同じ部の女子生徒が威圧的な瞳を向けていた。ちなみに彼女は彼を「先輩」と呼んでいるが、彼の不真面目さによる単位不足で、今や同学年である。
「ああ、ごめんごめん。一応ね、書き上がってはいるんだ」
 男はのらくらと笑いながら、リュックから厚みある紙封筒をひっぱり出した。
「あるなら早く渡してくださいよ。それに、またこんなものに書いてるし……。ちゃんとデータ出力してくださいって、私、口酸っぱく言ってますよね!」
 女は言葉少なに、火を吹かんばかりの剣幕を見せる。
「こんなものって、由緒正しい400字詰め原稿用紙だよ? いいじゃないか。卒論だってこれに書くんだよ?」
「そういう問題じゃないです。後でこの汚い字と格闘しながら、いちいち打ち直す私の身にもなってください。はっきり言って面倒なんです」
 ぶつくさ不満をこぼしつつも、女は封筒を受け取るなり男の隣席に腰掛ける。そして胸ポケットから赤ペンを抜き、原稿用紙束を抱えた。
「……あれ、先輩。この話、まだ題名は決めてないんですか?」
「まあ、ちょっとね」
 女が目を落とした原稿の一枚目には『無題』とだけ書かれてあった。女はそれに若干の違和感を覚える。男は小説を書くとき、タイトル先行で話を後から膨らませていくのが常だったからだ。今回は題材となっているイラストが、彼にとってのタイトル代わりになっているのかもしれない。
「それより、ここで校正するの?」
「この教室、今日は五限まで授業無いでしょう? 時間が惜しいんです」
「それはいいけど、部誌作るときはそんな丁寧なことしてたっけ?」
「先輩、これは漫研との合同企画なんですよ。クオリティ低いものを出したら文藝の沽券に関わるんです。今までみたいに皆が好き勝手に書いて、部員だけで楽しむようなオナニー冊子とは訳が違うんですよ」
「俺としちゃ、もっと気ままに楽しんでやりたいんだけどな。……っていうか、うら若き乙女がオナニーとか口に出して言っちゃいかんよ」
「放っておいてください。今回は厳しくいきますから、逃げないでくださいね」
 そして女は原稿をめくり始めた。


 魔獣がはびこる世界。家族を目の前で食い殺された青年は、復讐のため、封印されし古の技術を求めた。魔獣の血を動力源とする機械――魔技(マギ)を体内に埋め込み、人の限界を超えた力を以て戦いに明け暮れる。
 マギと一体化した青年の身体は、定期的に新鮮な魔獣の血を補充しなければ生命を保つことが出来ない。彼が望み通りに全ての魔獣を狩り尽くしたとき、その肉体は半月も経たずして腐り果てるだろう。行く末は破滅のみ。
「生きるために殺すんじゃない。殺すために生きてるんだ。だから……これでいいんだ」
 青年はそれを口癖に、自分と他人を納得させながら剣を振るい続ける。
 旅の途中で指摘された疑問。マギが先か魔獣が先か。魔獣に対抗し得る唯一と言ってもよい手段が、どうして封印されなければならなかった? 青年にマギを与えた謎の組織は、何故その技術を今も扱えた?
 彼を裏で操ろうとする組織の思惑と、彼をマギの束縛から解放しようとする仲間の想いとが交錯し、物語は加速する。


 女は最初こそ誤字脱字や削るべき不要な描写のチェックを念頭に置いていたが、途中から夢中になって読み込んでいた。
 原稿をめくる手が止まらない。ただ純粋に、続きを読みたくなる。
 話の設定そのものは、ファンタジー物として抜きん出ているわけではない。読み手によっては厨臭いと評するかもしれないし、女もどちらかと言えばその向きだ。それでも読ませるというのは、男に圧倒的な筆力と構成力が具わっていることの証明であった。
 なんだかんだ言っても彼女は、先輩の作家としての実力だけは信頼している。やれば出来る男なのだと。
「……んっ?」
 しかし原稿用紙の残りも薄くなり、ストーリーも佳境を迎えたところで、女は眉をひそめた。


「魔女っ子エミリーちゃん、参っ上ぅ! みんな、ケンカはダメだぞっ☆ ボクの魔法で仲良くなるのだ~」
 決戦の場に突如降って湧いた女の子が、ステッキを振り回しながら呪文を唱え、不思議な力で無理やり事態を収拾させにかかる。


「…………」
 余りの超展開に女は頭を抱える。他人が書いたものが紛れたのかと思い見返したが、その他の登場人物は一応合っているし、この汚い筆跡はどう考えても先輩当人のものであった。
 露骨に不機嫌な顔をし、明らかに読む速度を落とし、それでもどうにか最後まで目を通した。
「……なんですか、これ?」
「面白かっただろ?」
「面白かったですよ。一応はね。……で、なんですか、これ?」
 そして原稿を乱暴に机の上へ投げ、女は虫けらに向けるような凍てつく視線で男を貫く。
「なんだって、読んだ通りだよ」
「おかしいじゃないですか。どうしてそれまで影も名前も出てこなかった新キャラが、何の脈絡も無く大事な場面にしゃしゃり出てくるんですか」
「可愛いだろ、エミリーちゃん。俺の一押しキャラなんだよ」
「可愛いだろ、じゃありません。こんなキャラ、お題イラストのどこにも描かれてないじゃないですか」
「イラストに無い部分を膨らませてもいいって言ったのは後輩ちゃんだろ?」
「言いましたよ。ええ、言いました。だから謎の組織とかそういうのは別に構わないんです。でも獣耳ロリ魔女っ子は……さすがに無いです。意味が分かりません」
 怒りと呆れ半々の感情をむき出しにして女は続けた。
「それより何より、展開があり得ません。百歩譲って、魔女っ子が出てくるまでは良しとしましょう。だけどピーヒャラドンドン変な呪文を唱えたら、みんな毒気が抜けて、敵も味方も賢者モードってどういうことですか。主人公が戦ってきた理由とか組織の陰謀とか、光年の彼方に放り投げちゃってるじゃないですか。誰得ですか。頭がおかしいんですか? それまで積み上げてきた重厚でストイックな雰囲気が……」
 その続きを言おうとして口を止めた。いくらなんでも先輩ほどの実力者が、ここまでの超展開を本気で書くはずがない。何かを狙っていた。そして、その意図に気付いてしまったからだ。
「先輩、まさか……」
 原稿用紙の一枚目に目をやる。そう、全ての答えはそこにあったのだ。
「うん。これが本当の『だいなし』ってやつだね」
「それがやりたかっただけですか。ぶっ飛ばすぞてめえ!」
 とりあえず女は、得意げな男の眉間に赤ペンを投げつけた。


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