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4話「ラストアライアンス」

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 1

 あれだけブランコと戯れた翌日の数学の授業も、その次の日の授業もまたその次の
授業も恐ろしいほどの早さで過ぎていった。それに呼応して草木の色も変わっていた。
また、それに呼応してか俺の心も恐ろしいほどに変化していった。

一、モッチーに不安感を抱かなくなった。何回も話しているうちにモッチーは俺を
貶めるような奴じゃないという根拠のない考えをもつようになった。
二、あの日の教室の男女のことを思い出しても悲しくならなくなった。多分これは
俺の人生が最近妙に上手くいってるからだろう。成績も割と上昇したしね。

 知らぬ間に、モッチーと男友達と話すより気兼ねなく話せることに生きがいをみいだして
いたのだった。

 しかし心の変化は恐ろしいもので、最近麻田が学校に来ていないのに気付いた。
モッチーにそのことを聞くと、どうやら二週間近く来ていないらしく今度麻田の家に
様子を伺いにいこうという話になった。流石に自分の洞察力のなさに嫌気が差した。

 
 2

 次の日の放課後、俺はモッチーと一緒に麻田の家に行くことになった。
モッチーに「俺もそんなの行っていいの?」と念を押して聞くと、モッチーはただただ、
「大丈夫だよ。佐瀬君なら大丈夫だよ」と言うだけだった。
 モッチーと麻田の家に行くまでの道のりは有意義だった。俺が車道よりを通り、
その内側をモッチーが通る。二人とも自転車に乗っていたから、結構周りの人には
迷惑だったと思う。そして時々後ろのほうから聞こえる同学年の男子の「チッ」という
声が耳に入った。俺はその時、少しだけ優越感に浸っていた。散々俺を馬鹿にしてた
おまえざまぁ!
 モッチーとの会話の内容は本当に多種に渡っていた。携帯電話の電池の話、空気に
ついての話、モッチーが昨日読んだ本の話、お互いの晩御飯の話……。また普通に
昨日のテレビ番組の話なんてものもした。モッチーは本当におしゃべりだった。
一通り話したあと、沈黙が生まれた。その沈黙は心地よかった。その沈黙がしばらく
続いた後、麻田の家に着いた。夕日がモッチーの肌をオレンジに染めあげる。
「随分長くかかったね」と俺が聞くとモッチーは「いつものスピードの三分の一で
こいでたからね。ごめん、話してたらつい楽しくなっちゃって……」と言う。
しかしそんなことは俺にとってはどうでも良かったので「そういう日もあるよね」と
俺が言うと、モッチーは「ごめん」と言って自転車を麻田の家のまわりにとめた。
俺が自転車をとめるのを見計らって、モッチーは俺のほうを振りかえった。
モッチーの顔はなんだか不満そうだった。
「いくよ」
モッチーの声がいやに静かな麻田の家の前で響く。妙な緊張感が走る。
俺はうなずく。モッチーがインターホンを押す。緊張感が高まる。


 3

 ドアの向こうから麻田が姿を現す。目は黒くどろどろしていて、とても暗く怖かった。
「何の用?」
麻田がモッチーに話しかける。麻田の声はいつになく低い。
「出席日数大丈夫かなーって思って」
「そう」
麻田は周りを見回した。麻田の横顔は今日はいつになく儚げだ。オレンジ色の光が
余計にその儚さを増させる。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫、大丈夫、大丈夫だから…」
「なら良かった、良かったぁ」
麻田の目が俺のほうへ向いた。何かを訴えかけているような目だった。
「佐瀬君も来てくれたんだね。どうもありがとう」
「どういたしまして」
 しばらくして、麻田はポケットから飴を二つ取り出した。
「今日はありがとう。これはお礼」
モッチーに飴を二つ渡すと、麻田は背を向けて手を横にふった。
「今日はありがとう」と言って。

 麻田の家からの帰り道、モッチーとの会話は専ら「麻田について」だった。
「蓬絶対あれなんか悩んでるよ」
「俺もそう思う」
「でもこういうことってさ、結構あるんだ。蓬は結構ネガティブだし、悩みがあれば
誰にも相談しないで塞ぎこんじゃうタイプだから……」
「そうなのか……」
「うん……。でも大丈夫、多分明後日くらいになったら学校来るよ」
「へぇ。ならよかった」
 オレンジ色の道をモッチーと自転車で行く。麻田からもらった飴を口に含むと
ものすごく酸っぱかった。モッチーに飴の味を聞くとただ、甘いというばかりだった。
くそう麻田め……。あいつは本当に何を考えているんだ……。
 来た道の横断歩道でモッチーが叫ぶように言う。
「また明日学校でね!」
「わかった。ばいばい」
 自転車をこぐモッチーの後ろ姿はあまりにも綺麗だった。しばらく見つめていると
まるでほほをつんざくような風が俺に襲いかかる。手袋をしていない冷たい手が
俺に哀愁を誘う。そして俺は再びあの日、麻田と初めて話したことを思い出す。
麻田の声と言葉を思い出す。
「今が最高なんて、いつか言いたいわ」
「ああ」
「でもそんな日は絶対来ない。私は幸福な人が不幸になるのを喜ぶような人間だし」

 俺はほほに手をあてる。しかしあの時とは違い、涙は流れていない。そのことに
気付いた俺は「今が最高!」と叫んで家まで全速力で駆け抜けた。
楽しかった。やっとのどにつまっていた魚の骨がとれたようだった。
しかしその楽しさも刹那的な楽しさであると気付くには、そう時間はかからなかった。
あの鬱鬱とした日々から、ようやく抜け出せたと思っていた矢先の出来事だった。
 翌日、麻田の机には花瓶が置いてあった。机に落書きもなされていた。
俺がああいう風に、毎日を楽しく過ごせたのだから麻田もきっと、きっと楽しく過ごせる
と思っていた。みんな幸せになれると思っていた。なのに現実は残酷だった。
 翌日、麻田は学校に登校した。そして机を見る。麻田の顔の憂鬱が余計に増したように
感じた。俺は麻田に話しかけようと思ったが、勇気がなかった。俺はただただ、
前の席のモッチーと話すことしかできなかった。いくじなしだった。結局その日、
麻田に話しかける者は誰もいなかった。落ち込んでいるのか、と思ってふと麻田の
ほうを向くと、麻田はただただ一点を見つめて泣き笑いのような表情を浮かべているだけ
だった。目は狂気に満ちていた……。


 4

 ある日の午後八時の出来事だった。その日の俺はいつもの通りにモッチーと日課の
ごとくめるめるしていた。しばらくめるめるしていると、モッチーから麻田に関する
メールが来た。モッチーからのメールによると、どうやら麻田は「自分がはさみ女という
殺人鬼になるかもしれない」ということだった。俺は声を出して笑った。麻田は元気に
なったのだと思った。モッチーもそう思っていたらしかった。でも現実は違った。
そのメールのあと、しばらくしてからモッチーが電話をしようと言いだした。そして
電話をした。すると、しばらくするとモッチーが「外が変」と言った。俺は耳を
澄ませた。すると、かすかだが奇声が聞こえた。あきらかにそれは女の声だった。
まさか、と俺は思った俺は急いで家を飛び出して自転車で走り出した。半分は好奇心で
不測の事態に対する備えだった。もし、奇声を発している女が暴走すれば、おそらく
暴走を止められるのは俺とモッチーくらいしかない。……そうならならないことを祈るが。
 暗闇を切り裂く妄想をしながらモッチーの家まで自転車を進めた俺は耳を澄ました。
すると、あの電話から聞こえた奇声が聞こえた。奇声の方向へ目を向けると、そこには
そこには泣き笑いのような表情をした麻田がいた。目はどろどろと黒く、狂気に満ちて
いるかと思ったが、予想は外れ彼女の目はとても輝いていた。その輝きは半ば奇声を
発している人物とは思えないくらいのもので、その輝きはまるで青春を謳歌している者が
見せる目の輝きのようであった。そんな恐ろしさと輝く目を持った麻田が俺のほうへと
近づいてくる。俺は叫喚した。しかし麻田は歩を進めるのを止めない。麻田が近くへ
来ると、麻田の手に持っているものに気付いてしまった。はさみだ!はさみだ!
駄目だ、俺は殺されてしまう、どうしようどうしよう!俺は叫喚した!
麻田が俺の目を見た瞬間、つまり俺が己の生をあきらめた瞬間、俺の叫喚に気付いた
モッチーがかけつけた!モッチーは麻田がはさみを握りしめているほうの手にむかって
携帯を投げつけた。「いたっ」と言って麻田の手のはさみは暗い地面へと転げ落ちた。
モッチーの携帯も暗い地面へ転げ落ちて何かパーツがとれた音がした。
 すると麻田は泣きだした。半ば放心状態の俺の手をモッチーが引っ張った。モッチーの
手は冷たかった。そして俺は手に導かれるようにモッチーの家にお邪魔した。
モッチーの母親が出てきたので会釈すると、「早く行くよ」とモッチーは俺をモッチーの
部屋へと導いた。展開の早さについていけなくなった俺は、ここでも放心状態だった。
 しばらくするとココアが入れられた。モッチーに両手を握りしめられた。女の子に
こういうことをされるのは正直初めてだったので、とてもどきどきした。しかしどうにも
麻田のことしか考えられなかった。そして麻田のことを考えているとものすごく苦しくて
泣きそうになった。耐えきれなくなった俺は涙をこぼした。それに気付いたモッチーは
俺のほほにティッシュをあてがう。しかし女の子にそんなことをされてるにも関わらず、
俺はモッチーのことを考えられない。麻田のことばかり考えられる。そしてやりきれない
感情と少し冷たい秋風を思い出す。そして俺は再び涙ぐむ。麻田の心情を思い、涙する。
 性別や生い立ちが違うにせよ、麻田とはあの日あの場所でやりきれない青春を語り
あったのだから友であった。それもかけがえのない友。俺の嫌悪があったせいで、麻田と
ああいう風に語り合うことはあの一度しかなかったが、本当はもっと語り合いたかった。
そして共にこれからを戦うと誓いあいたかった。だがしかし、その機会は運悪く失われて
しまった。そして運悪く麻田に不幸が襲った。反対に俺には希望のある明日が訪れた。
もし運が良ければ、麻田がきっとああいうことにならなかったのは事実だった。麻田は
運が悪すぎた。だから俺は悔やんでいた。そして深く、麻田が学校に来た日に勇気がない
せいで麻田に話しかけられなかった自分を恨んでいた。あの日に麻田に話しかけて
放課後にあの日と同じように語り合ったりなんかすれば、きっとあんな風にはなることは
なかったであろに……。ジーパンのポケットに入っていたはさみを握りしめながら、
俺は悔やんでいた。しばらくすると、モッチーが携帯を取りに行って、麻田をこの部屋に
連れてきた。
 泣きじゃくってぐしゃぐしゃになった麻田の顔を見るのは、あまりに辛かった。


 5

 あれ以降、学校でも何処でもモッチーが俺の手を握りしめたがるのに気付いた。
その度にやりきれなさを思い出して、俺は憂鬱に襲われた。しかしそんな憂鬱も、
モッチーと話していればすぐに吹き飛んだ。だがしかし、俺はそこに疑問を感じていた。
 クリスマスが過ぎた。モッチーから年賀状が届いた。年賀状を出すのを忘れたことに
気付いた俺は、急いで年賀状を買いに郵便局へと自転車を走らせた。
 あんなに風が冷たかった季節は過ぎ、春になった。無事に進級できたモッチーと俺は、
高校生活最後の学年記念ということで、モッチーの家の近くの桜を背にして写真を撮った。
俺は幸せだった。勉強だって、対人関係だって、全部が全部完璧ではないけれども
絶好調だった。
 ある日は、あの日の山西さんと高崎のように、放課後の教室で二人、モッチーと二人で
談笑なんかもした。夢にまで見たシチュエーションに俺は狂喜した。その狂喜を見た
モッチーは笑いだした。そんな喜ぶほどのことじゃないのに、と。それを聞いて俺は
余計に嬉しくなった。
 またある日は、家を抜け出して一緒に午前四時の景色をみたりなんかもした。
午前四時の外の景色は、街頭がきれいで、とてももの静かだった。夜が明けていく音が
聞こえてくるような感覚にさえ陥ったりもした。
 あの日と比べれば、随分と幸せな日々を送っていた。だがしかし、俺は恐れていた。
この幸せはすぐに崩れるのではないかと、恐れていた。でもそれが杞憂であることは
根拠はないけれど、わかっていた。きっとこの幸せは崩れない。崩れたとしても、また
新たな幸せが来るだろう。
 俺をとりまく人間関係も、少しずつ良い方向へと変わっていった。モッチーを介して、
そのおかげで同学年で話せる女子が増えた。多くはないけれど増えた。
以前は俺をさげすもうと躍起になっていた男友達も、知らぬ間に会わなくなった。
そのかわり以前から一緒にいた友達との仲は余計によくなった。
しかしそのとりまく人間関係の中に、麻田は入っていなかった。
 そして知らぬ間に、麻田よりモッチーのことを考える時間が増えた。そのせいで麻田が
最近学校に来ていないのに気付くのに、随分と時間がかかってしまっていた。
それに気付いた俺は、形容できないようなやりきれなさに襲われた。頬を伝う涙に
気付く。ああ、どうしてこんなにも、人は差がつくのだろう?
俺は心から悔やんだ。人生は残酷だ。でも俺の今はとても楽しい。麻田といれば楽しさが
半減するのはわかっている。だがしかし、教室の隅で机に突っ伏して寝ている「ふり」を
している、そんな麻田に話しかけられるのは俺しかいなかった。
麻田は、花瓶が机に置かれて以降、あきらかに周りから避けられていた。俺も麻田を
避けていた。理由は簡単だ。怖かったのだ、麻田が。
 高校三年生の夏頃、物理的にも麻田に危機が迫っているのにわかった。麻田は担任から
頻繁に呼び出されていた。「出席日数が危ういです」と。
麻田は自暴自棄になっていた。髪型もぐしゃぐしゃだった。今にも泣きそうな顔をして、
一点を見つめている麻田は、誰が見ても話しかけたり、助けたいとは思わないだろう。
誰だってあんな人物のサーチライトになって、面倒事を引き受けたいとは思わない。
俺だって思わない。だからこそ、俺は麻田のサーチライトになるべきだった。
いや、ならなければならなかった。俺の場合はどうしてこんな良い状況になったかは
わからない。だがしかし、だがしかし、過去を悔んで生き抜けば、必ず幸福になれると
いう証明を、俺は麻田にしなければならなかった。でないと、麻田は本当に死んでしまう
と思うから。それだけは余りに理不尽だ。だからこそ俺は麻田のサーチライトになるべき
なのだ。
 その日の放課後、モッチーに一緒に帰るのを断って、麻田が席を立つ前に俺は麻田に
声をかけた。およそ半年ぶりに声をかけた。
「麻田、最近大丈夫?」
「大丈夫じゃない」
「じゃあさ、あのさびれた体育館倉庫の近くでさ、あの日と同じみたいにさ、話そうぜ」
「でもあなたにはモッチーが……」
「水臭いこというなよ。俺と麻田の仲じゃないか」
そんな青い台詞を言うのはとても恥ずかしかった。でも恥ずかしがる余裕なんてどこにも
なかった。俺は、サーチライトになるんだ。サーチライトに、麻田の。
7, 6

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