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王女と蛇

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 満月の夜のこと、王女さまはただひとり、御殿の広庭にたたずんでおりました。月の光をあびた王女さまのお姿は、かのアルテミス女神とみまごうばかりで、お庭に咲く薔薇の美しさもかすんでしまうほどでした。

 ところが、王女さまは自分がどのような姿をしているのか、ご存知ありません。なぜなら、王女さまは生まれつき目がお見えにならなかったからです。国中の人びとが王女さまのことを気の毒に思っていましたが、王女さまご自身はちっとも自分のことを気の毒には思っていませんでした。風のささやきや水のせせらぎ、太陽のぬくもりや甘い花の香りをとおして、王女さまは心の目で世界を見ることができたからです。

 王女さまがいつものようにお庭で花の香りを楽しんでいると、どこからか一ぴきの蛇があらわれて、王女さまの右足にしゅるしゅると巻きつきました。王女さまは蛇がどんな生き物だかご存知ないので、怖いとも思いません。

 「こんばんは、王女さま。こんな時間におひとりで、いったい何をしているの」

 と、蛇は王女さまにたずねました。

 「お花の香りに包まれて、わたし、夢をみているの」

 と、王女さまは答えました。

 「おやまあ、変な王女さま。どうしてその目を開いて、そこに咲くきれいなお花を見ないんだい?空にあるお月さまも、今夜はとくべつ大きくて立派な姿をしているのに」

 「わたし、目が見えないの。けれども、きれいなお花のことも、立派なお月さまのことも、わたしはよく知っているのよ」

 蛇は、舌をちろちろ出しながら、

 「でもねえ、王女さま。見えるより見えないほうがいいってことはないでしょう。王女さまが望むなら、おいらが王女さまの目を見えるようにしてさしあげるのになあ」

 王女さまは、蛇のこの言葉を聞くと、

 「わたしの目が見えるようになれば、お父様もお母様も、きっとお喜びになるわ」

 と、思いました。そして蛇に、

 「わたしの目を見えるようにしてください」

 と、頼みました。すると蛇は、大きな口を開けて王女さまを咬み、小声でこうささやきました。

 「次に夢から覚めたとき、あなたの目は開いているでしょう。望めばどんなことだって、この世のあらゆる事象がお見えになるでしょうよ」


 * * *


 あくる朝、お庭で目覚めた王女さまは、自分の目が開いていることに気づきました。はじめは遠くにある明るい点を見るようなぐあいでしたが、点が徐々に大きくなり、ついには多彩色のモザイクが霧のように溶け、その形を織り上げました。王女さまが夢見ていた世界が、いよいよ美しく、愛しく、そこに存在していたのです。王女さまの両目からは、涙が溢れ出しました。

 「なんてすばらしいのでしょう」

 と、王女さまはつぶやきました。

 「花は笑い声をあげているし、土はわたしを抱き締めているわ。それに、雲の踊りの優雅なことといったら、うっとりして、いつまでも見ていられそうよ」


(続きます)
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