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第十一話 虚構

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 僕は質問の方向を変えた。
「その病院はいつ設立されたんですか」
 それが分かればその病院が回顧録に書かれていたものかどうかが分かるのだ。彼は言った。
「たぶん明治の終わりだったと思います。」
「えっ。本当ですか」
「そうだったはずです。たしかそれが分かる本があったはずです。ちょっと待っててください」
 石橋さんはそう言って立ち上がり部屋から出て行った。僕は当てが外れ、がっかりして叔父に愚痴を言った。
「たしかあの回顧録によると大正十年くらいにあの病院は建ったはずですよね。すると外れというわけですか」
「いや、そういうことではないだろう。年代が違うのは彼の記憶違いという事もあるだろう。なにしろ大昔の話だからな」

 やがて石橋さんが本を手に戻ってきた。その本は大学の精神学科の歴史を書いた本だそうだ。本の中には在籍者の数が書かれているページもあった。石橋さんはそのページを開いて言った。
「ほら、明治四十五年の在籍者数が急激に減ってますよね。これは大量に大学から人が去ったという事です。少数派とはいえ二、三割はいたそうですから。大学を去って病院を作った人たちは」
 僕は遠慮がちに言った。
「さらに詳しい話は分からないのでしょうか」
 石橋さんは答えた。
「いえ、なにしろ昔の話ですし……。この病院については大学が関係しているわけではないので、正式な文書は大学には残っていません。でもたしか福島県だったと思いますが。病院があったのは」
 叔父が礼を言った。
「そうですか。ありがとうございます。お手数をおかけしました」
 僕たちは帰りの車の中で今後のことを話し合った。
「これからどうすればいいんでしょうか。叔父さん」
「まあ、道筋が見えてきたな。たぶんその病院だろう。年代がちがうのはおそらく源田さんの記憶違いだ。だって尋ねてきたというのだからな」
 僕はそのとき嫌な予感がした。ひょっとしてこれはやはり源田さんの虚構の話ではないかと言う予感だ。が、そのことについてそれ以上考えるのはやめた。
 
 数日後僕は駅にいた。叔父と源田さんと三人でだ。
 あのあと叔父はいろいろ調べた。結果病院が建てられた詳しい位置も分かった。そこは小説に書いてあった通りの深い山奥だった。
 少しばかり小説と違うのはそこにはもう村がないという事実だった。村は戦前火災によって大量の死者が出た。また、その事件のことが恐ろしくなって別の所に移り住んだ人たちもいたという。さらに戦争による徴兵、高度経済成長期の若者の流出などが追い討ちをかけた。結果村は二十一世紀に入る頃に誰も人がいなくなってしまったらしい。
 
 ここまでで僕は大分驚いた。が、さらに驚いた。なぜなら今その村には変な新興宗教団体の大きな拠点があるというのだ。何故こんな山奥に建てるんだろうかと僕は思った。が、しかし新興宗教団体の考える事など分かったものではない。
 そういえば僕が生まれた頃にもとある新興宗教団体がとんでもない事件を起こしていた。
 が、しかしどちらかといえばこの新興宗教団体は穏健派というべきだろう。国会にも数人の議員を送り込む党を事実上保有している。それに設立は古く、明治十八年らしい。だからもう新興宗教とも言えないかもしれない。
 それに会員数も半端ではない。会員数は公称数百万人。新興宗教団体の会員数発表は水増しが多い。だが国会議員を数人選出している事を考慮すると相当な数の会員を擁する日本有数の宗教団体だと言えるだろう。

 短期間でここまで調べられたのはおそるべき叔父の調査力の高さというものだろう。さすが探偵なだけはある。
 しかし、現地で調べなくては分からない事もある。だから僕たちはこうして現地に向かっているというわけである。
 源田さんが来る予定は本来なかったが調査の過程を報告したところ是非同行したいと言ってきたので、一緒に行く事になった。

 やがて電車がやってきた。僕たちはそれに乗る。
 栃木から福島までは近い。なので時間はあまりかからない。しかし僕はあの本の続きが気になった。
 僕は回顧録を開いた。
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