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『第五章 小さい頃はかみさまがいて』

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「今度は何おしゃべりしよっか?」
アヤがのばした足をパタパタと動かす。
制服からのびた脚は白く、いくつかある青痣が目立って見えた。
「そうだな、音楽の話は?」
「難しい話?」
「オンガクカ、だからね。」
「やだ、難しい話は無し。」
「そっか…」
「『そっか』も禁止。」
「む…」

ざ………ざ………

「『小さい頃はかみさまがいて~』って歌知ってる?」
「ああ、知ってるよ。」
「あるじゃない。」
「え?」
「記憶。」
「…ないさ。」
「うそ。」
「嘘じゃないさ。昔の事なんて、全然…」
「ふうん。」
「で、その歌がどうしたの?」
「あ、うん。あのね、あたし、小さい頃ほんとにかみさまがいた気がするんだ。」
「…そっか。」
「『そっか』は禁止でしょ!別に不思議な話とかじゃなくって、何ていうか、感覚的な話。」
「難しい話は禁止だろ?」
「もう。難しい話じゃないの。だから、感覚的な話。何となく、いた気がするって。」
「何となくねえ。」
「何となくだけど、すごく確信的な、何となくよ。」
「でも、何となくっていうならわかる気もするなあ。」
「でしょ?子供の頃って、色んな不思議があったわ。けど、大人になってく内に、だんだんその不思議の正体に気づいちゃうのね。そうすると、かみさまは見えなくなっちゃう。」
「うん、わかる気がするよ。」
「サンタさんの正体がお父さんだったり。」
「僕のうちは母親がサンタ役だった。父は、帰りが遅かったから。」
「えっ?」

ざ………ざ………

「…どうしたの?」
「記憶、戻ったんじゃない!?」
「あ…ああ。」
男は別段嬉しくもなさそうに答えた。
実のところ、何がさっきまで思い出せなくて、何が今思い出した記憶なのか、まったく区別がつかないのだ。
「名前は?歳は?ううん、そんなことより、どうして海に落ちたのか思い出した?」
「いや…ごめん、それはまだ思い出せないや。」
「そっか…」
「…『そっか』は、禁止だろ?」
「…ばか。」

ざ………ざ………

「髪、乾いたみたいだ。」
「あ、ほんとね。寒くない?」
「ちょっと、寒いかも。」
「あたりまえよ。」
言ってアヤは男にくっつくように座りなおした。
「特別ね。」
「何が?」
「…もう。」

ざ………ざ………

「もうひとつ、思い出した。」
空を見あげて男は言う。
「え?何、教えて。」
「カレーライス座。」
「…カレーライス、座?」
「そう、カレーライス座。僕のオリジナルの星座。カレーが好きでさ、寒いときなんか美味しいだろう?だから、冬の空に星座を作ったんだ。小さい頃だけどね。ほら、あそことあそこの星を、こうやって繋いで…って、どうしたの?」
男が視線を落とすと、アヤがお腹を抱えて笑っていた。
「ごめんね、せっかく思い出したんだから話の邪魔しちゃ悪いと思って、我慢したんだけど…可笑しくって。」
アヤは涙を拭きながら言う。
「そんなに、可笑しいかなあ。」
「話の内容も可笑しいけど、やっと思い出したのがそれってのが可笑しいのよ。」
「そうかなあ…」
「そうよ。」
アヤはそう言ってまた笑いだした。
男はまた夜空を見上げている。

ざ………ざ………

「はあ…可笑しかった。」
「それはどうも。」
「やっぱり、かみさまはいるのね。」
「どうして?」
「だって、こんなに楽しい!」

アヤの笑顔に、男は何も言えなかった。
ただ、照れくさいような嬉しいような気持ちで、顔がゆるんでるのがわかった。

「どうしたの?にやにやしちゃって。」
「あ、ううん。笑われたのが、恥ずかしかっただけさ。」
「傷ついちゃった?ごめんね。」
「いや、大丈夫、大丈夫。」
「ほんと?なら、いいけど。」
「うん。」

ざ………ざ………

「ねえ。」
「うん?」
「カレーライス座。どれだかちゃんと教えて。」
「さっき言ったろ?」
「途中だったもん。」
「誰のせいだ?」
「もう一回だけ。今度は笑わないから。」
「よし、もう一回だけだからな。まず、あの星と、あの星を繋いで…」

男がひとつひとつ星を指差すたびに、アヤがうんうんと頷く。
かなり複雑な形のカレーライス座が、ゆっくりと冬の夜空に浮かび上がっていく。
(お腹すいたな…)
アヤは男の顔をちらっと見た。
男はまるで子供のように無邪気な顔で星座をなぞっている。
それが何だか嬉しくて、アヤはまた笑ってしまった。
もちろん、声は出さずに。
7

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