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第二章第一話「マイクテスト前奏曲」



 叔父の浪費癖は執筆を進めるための手段かもしれないと思う時がある。
 長引く不況が常態となった現代でもギャンブルは盛んで、むしろ人々はなけなしの金をむざむざ奪われるため、人生に幕を引くきっかけを作るために、望んでのめり込んでいく節がある。競馬も競輪も競艇も、パチンコもパチスロもその他の博打も、純粋に打ち手同士で争うものを除けば、胴元が客から金を巻き上げるための手段に他ならないのに、ごく一部の強運の持ち主に憧れ、また自分がそうであった時の記憶に引きずられ、廃人たちが死人へと変わろうともがき、あがいている。
 里崎を見送ったあの日、突貫作業で原稿を仕上げた叔父は翌日出版社から原稿料を前借りし、すぐに場外馬券売り場へと赴いたのだという。「パドックでいい尻を見せていた牝馬」「名前の気にいった馬」「戦績を見る限りどう頑張っても勝てそうにない馬」などの馬券を買い、帰りにはインスタントくじを十万円分買い、それから家に帰るまではパチンコ屋でひたすらパチスロを打ち、閉店後は近所で開かれていた賭場に顔を出して手本引きをしていたのだそうだ。
 そしてそれら全てに勝って帰ってきた。
「どうしよう浩介君どうしよう」前借りした原稿料の金額を二桁増やして帰ってきた叔父は喜ばずに惑乱していた。そんな日々が一週間続いた後、外国の文学賞受賞の報せが舞い込んできた。

 叔父の英訳版短編連作集『何も特別なことなどなく日々は過ぎゆく』がフラナリー・オコナー賞を受賞した、と報じている新聞の片隅には、「両親の死後行方不明となっていた女子中学生、死体で発見」という記事がひっそりと掲載されていた。被害者である両親の名前は載っていても、里崎若菜という彼女の名は伏せられていた。里崎の写真も生い立ちもなければ、彼女の死を悲しむクラスメイトの声も載ってはいなかった。
「もう大丈夫だよ浩介君。僕らはお金に困ることなんてないんだ。どうしよう、使っても使っても増えてしまう」
 これまで黙殺されてきた日本の文壇からも賞賛の声が聞こえ始め、ようやくこの国においても、叔父は作家と呼ばれる人種になれたのかもしれなかったが、軽いインタビューなど以外、書き物の仕事は全くはかどらないようだった。気晴らしに行き着けの風俗店へ行っても、どこもご祝儀だといって無料でプレイさせてもらえるのだと嘆いていた。

 その反動かどうかは知らないし、実際関係はないのだが、僕のアルバイト先「コンビニ細山田」は店を閉めてしまった。裏物商売が落ち目になり、すっかり老け込んでしまった細山田店長は、店と土地を処分し、インドネシアに移住すると僕に告げた。「あっちで暮らしてる娘夫婦に子供が生まれてな。『一緒に暮らしませんか、お義父さん、子守、手伝ってくれませんか』って、何百回練習したのか、そこだけ流暢な日本語で婿が頼むんだ」だから仕方ねえ、と言う店長の顔は綻んでいた。
 店に残っている商品は持ち帰ってくれて構わないというので、生活に役立ちそうなものを谷繁先輩と山分けしたのだが、缶詰類はほとんど持っていかれてしまった。紙おむつの類だけは残しておいた。
 最後の荷を運ぶ頃、いつものように店にやってきたラブラドール・レトリバーの銀次郎も、店が無くなる気配に気付いたのか、僕の後に付いて谷繁先輩のハイエースに乗り込んできた。「もう驚かねえぞ」と何故か得意げな先輩は、土足でシートに上がった銀次郎を叱ったのだが、反対に吠えられて泣きそうな顔になっていた。
 いきなり家計が豊かになったからといって、我が家を改築する予定は今のところない。しばらく前から風呂に湯を張っても、ぬるすぎるか熱すぎるかのどちらかになってしまう、そんな家まで先輩に荷を運んでもらった。降り際に一つくすねたツナ缶を、いつも店でしていたように銀次郎にやると素直に食べた。「一緒に暮らすか?」と声をかけてみたが、食べ終えるとすぐに銀次郎はまた夜の中に消えていった。しかし次の日からは、自分が晩飯時と決めているらしい時間帯になるとぶらりとやってきて戸を叩いた。

 誰が死のうが生きようが学園生活は続く。里崎を含め、僕らの学年における自殺・転校・不登校・行方不明、といった生徒の数が一定数を超えたため、クラス数を減らして再編成することになった。せっかく正式に教職を得ることが出来そうだった日高は、担任が一人いらなくなるせいで、学校を追い出されるかもしれない瀬戸際に立たされている。幸い、担任教師の一人がインフルエンザで数日休むことになっていたので、彼女は新しいクラスの仮担任としてまだ学校に残ってはいたが、明らかに様子はおかしくなっていた。新顔の生徒たちを一人ずつ、生徒たちではなく何故か彼女が気味悪いくらい詳細に紹介していき、僕のところでは「彼の叔父様である作家の城島蓮司先生は、先頃外国の著名な文学賞を受賞しました」といらぬことを言い足した。さらに賞の名を冠されているフラナリー・オコナーの凄烈で短い生涯を語り始める段になると、クラスの皆は日高を無視し、近くの席のものと交流を始めた。隣の列に座っていた天然パーマの男がこちらを向き、「お前、すごいんだな」と声をかけてきた。
「すごいのは僕じゃなくて叔父さんだから」
「いや、偉い叔父さんを身内に持ってるってことは誇っていいと思うぞ。賞金ってどれくらい出たんだ?」
 よく見ると彼は中学三年生だというのに、唇と鼻と舌とにピアスをつけており、食生活が面倒そうだな、と僕は思った。だけど僕が彼の顔を見つめる以上に、日高の紹介では確か鶴岡といったその生徒は、僕の顔を覗き込んでいた。
「お前さあ、先週だったか、里崎と一緒に車に乗ってなかった?」
 チャイムが鳴ると同時に、日高は一仕事終えた感のある満面の笑みを浮かべ、騒がしい教室から去っていった。

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