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泣ける話

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 「さて、あとはこいつをどうやって泣かせるかだ」
 首根っこを乱暴に掴まれ持ち上げられながらも、その娘に表情らしいものは現れなかった。
 白髪交じりのくすんだ玉虫色が特徴的な、伏し目がちの少女である。歳は、十代半ば程。
 「殴って泣いてくれるんなら楽なんだが……なっ!」
 そこそこ強めの拳を、鳩尾に一発。
 うげ、と苦しそうに言うが、顔を見れば眉をほんの少し八の字に近づけた程度だった。
 「……いいパンチです。痛いのは慣れてるけど好きではないので早めに満足して下さい」
 「これじゃ泣けないって? 爪を剥がしたら泣いてくれるのか?
 それとも、あのうずくまってる両親を生皮剥いで殺せば泣いてくれるか? 答えろよお嬢ちゃん」
 下卑た微笑みを近づけながら、男は一組の男女を指さす。
 邪魔だったので三発づつ顔面にパンチをくれてやったら見事に静かになった。
 その脅しに対し、少女は尚も平静を保ったままだった。
 「私の爪は手も足もとっくに剥がれてますし、あの二方は私との血縁関係はありません。多少恨みがあるので彼らに対する暴行は止める気はありません。内心大爆笑レベルです」
 と言って余った袖から両手を差し出す。
 指先が赤黒くなった痛々しい姿に、男の方が顔をしかめた。
 「なるほど。その二人『も』お嬢ちゃんを拉致監禁してたわけか」
 「はい。それであなたも私の涙目当てにこれから拉致監禁するわけですね」
 「そうだ。一粒に云千万も出す金持ちがいるからな。宝石の涙を流す少女、手に入れば一生どころじゃなく遊んで暮らせるぜ」
 その台詞に、『またか』と言わんばかりに少女は大きくため息を吐く。
 「……もう説明するのも疲れました。確かに私はその噂の人物です。過去に沢山固形の涙を流しました。でも」
 「でも?」
 「ここ数年、涙を流した事はありません。余りにも泣きすぎて、身体が変になってしまったようです。泣けたとしても、以前のように宝石を出すことができるかどうか」  
 「……本当か? にわかには信じがたいが」
 「無論、みんな嘘をつくなと疑って私をよってたかって虐めました。涙目当ての人達に次から次へと流される最中にドサクサに紛れて拷問フェチの人が混じってたりして、それはもう酷い目に。
 殴る蹴る折る剥がす焼くで済めばまだ良い方です。虫だらけの黒々しい風呂に放り込まれた時は流石に泡吹いて失神しました。それでも涙は出ませんでしたが……結構前に両親が目の前で殺されたんですけど、それが最後ですかね」
 さらっととんでもない過去をいくつもぶっこんでくる少女に、男もちょっと同情しかける。
 「人間って醜いな」
 女の子相手に会って10秒で腹パンかました人物の台詞とはとても思えない。
 「少女相手に会って10秒で腹パンかました人物の台詞とはとても思えませんね」
 「何で今地の文と同じこと言ったの?」
 「そんなわけで、どんなに虐げようとも私は泣くことが不可能です。あしからず」
 「とは言っても、はるばる遠くまでやってきてはいそうですかと帰るわけにはいかん。とっとと来い」
 腕を強引に引っ張る男に対し、少女は足早についていく。いとも簡単に服従の道を選んだ。
 「えっちな事するんですね。やぶさかではないですよ」
 「俺をどんな奴だと思ってるんだ……」
 犯罪者であることは間違いない。

 アジトに帰るなり、毛抜きを取り出し座らせた少女の鼻毛をぶちんと抜いてみる。
 鼻を押さえて、
 「いたいです」
 とは言うが、目は潤む気配すら見せない。
 「ダメみたいだな」
 涙腺の神経にもつながっている鼻毛を抜いても出ないと言うことは、本当に体質がおかしくなってしまっているようだ。
 「苦痛方面の事はあらかたやり尽くされた感じはあります。今度は感動路線で攻めてみてはいかがでしょう」
 「単にお前が楽したいだけだよな?」
 「少女と一緒に過ごしていく内に愛情が芽生え始めいつしか二人はかけがえの無い家族へとなり子供に囲まれて幸せに過ごし寿命が尽きる寸前に『今までありがとう』って言えば涙の一つくらい出るかもしれません」
 「スパンがなげぇよ! 今泣け!」
 少女は勝手に冷蔵庫のビール缶を開けてぐびっとあおり始めた。
 散々拉致され虐げられてまた拉致されを繰り返していく内に、彼女の神経はそれはもう太くなっていったのである。
 そこそこ盛った過去話に対するリアクションからこの男はマシな方だと判断し、たかれるだけたかる事を決めていた。
 「映画とか観たら泣くかもしれません。あれ借りてきて下さい、グリーンマイル」
 借りてきて一月経った猫のようにふてぶてしい少女に、男は舌打ちし渋々ながら出かける準備を始める。
 扉を開けて出て行くその背中に、少女が付け足した。
 「あとポップコーンとかあったら大泣きするかもしれません」


 そうして一ヶ月が経過した。
 結論から言うと、
 「ダメみたいだな」
 「ダメみたいですね」
 ダメみたいだった。
 「フォレスト・ガンプもニュー・シネマ・パラダイスも泣かない! アルプスの少女ハイジもフランダースの犬も母をたずねて三千里もダメ! ガングレイヴのDVD-BOXも買ってやった! ダメだった!」
 えらく出費がかさんだが、少女は面白がりながらも泣く素振りすら見せなかった。
 「あれで泣けない奴は人間じゃないです」
 「お前泣かなかったよね?」
 「私は涙を流しません。ロボットだから。マシーンだから。だだっだー」
 「だだっだーじゃねぇよ! 仕方ねぇ、売るか」
 「え、売らないでくださいよ。また見るんですから」
 「いやDVDじゃなくてお前を」
 「私?」
 きょとんと首をかしげる少女。
 「ぶっちゃけ涙流せないなら置いといても仕方ないし。ロリコンに売ればそこそこ金になるだろ」
 少女はここに居着く気MAXだったので、冷や汗を流して男の腕に縋り付いた。
 「待って下さい。養ってくれるって言ったじゃないですか」
 「言ってないぞ」
 「私の中ではそう言う事になってるんです。貴方はこれまで私を拉致した中でトップ3に入る程のまともな人間。この生活を棒に振るわけにはいきません」
 「会って10秒で腹パンかまされた上にロリコンに売ろうとしてる相手がえらい好評価だな」
 「そろそろ本気で泣く感覚を取り戻してきた感じはするんですよ。もうちょっと頑張らせて下さい」
 「そう言ってもな……」
 「宝石の涙を流せるのは私だけなんですから。手放してからきっと後悔しますよ」
 ちょうどその時、つけっ放しだったテレビから音声が聞こえてきた。
 「次のニュースです。宝石の涙を流す少女がついに発見されました」
 「へ?」
 「へ?」
 同時に画面を見る二人。そこには少女と同じく玉虫色の髪をした女の子がカメラに向かって喋っていた。
 『お姉ちゃんと離れ離れになってから、髪の毛の色が変わって……涙が、塊になるようになったんです……』
 ぐすん、と鼻をすする彼女の目元から、大粒の宝石がからんと落ちる。
 
 「あれは……?」
 「……妹、です……私の宝石より明らかにでかい……」
 目を見開いて驚く少女。どうやら元々はそんな体質ではなかったらしい。
 
 『悲しい時には黒い宝石が出て、嬉しくて泣いた時は透明な宝石が出るんです』
 彼女の手元の小皿には、黒色に煌めく水晶のようなものが混じっている。

 「私一種類しか出ないのに……」

 『お姉ちゃん、どこにいるんですか? 私は優しい人に拾われて元気にしています……見ていたら、どうか連絡をして下さい……!』
 震えた声で言いながら宝石をぼろぼろ落とす妹の姿を、姉は放心したように眺める他なかった。


 
 「……………上位互換だな」
 「わたしの……わたしのあいでんてぃてぃーが……」
 
 いかに虐げようと決して泣かなかった少女は、悔しさと世の無常さに打ちひしがれる。
 今となっては大きく価値の減った宝石が、からんと床に落ちた。
8

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