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5.「君は」

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 あいつ、那須野が死んで、1年が経った。どんな病気かは、とうの昔に忘れてしまったが、
最後の姿は今でも覚えている。
 口から、あそこまで、太いチューブで繋げられた姿は滑稽だった。眠ったような顔で、蝋人
形のように肌が白かった。その数ヶ月前まで、元気に外を駆け回っていた姿は嘘のようで、
それは僕だけの妄想のようで、この世のいじましさをひしに感じた。
「甲子園に行こう」
 その約束が叶うことはない。

 よく、親しい人をなくした人が言う。「一度たりとも忘れたことがない」と。それは思い入れ
の深さと比例しているのだろう。しかし、一緒に甲子園という夢に向かって、毎日毎日辛い練習
をしてきた仲だというのに、昨日までまったくといっていいほど思い出せなかった。那須野の
お父さんから、一回忌に来ないか? という誘いがあって、ようやく、那須野のことを久しぶり
に思い出したのだ。
 
 …

 厚く張ったセカンドバックを肩に掛け、長い階段を下っていく。もうすぐ、夏だ。今年は、
なんとか、3年最後の年で、最初のベンチ入りを果たすことができた。今は3塁側で、ランナー
に合図する、サードコーチャの役目だが、チャンスがあれば長年鍛えたこの足で、アピールし
ていくつもりだ。
 甲子園予選大会のシード枠もとって、士気高揚としていく。おっと、その前に那須野の焼香
へ行かなきゃならないんだった。一緒によく練習したよな。浜辺で走ったりとか。
 あいつと、たまに帰ったこの道も、一年前と変わらないな。そう、あいつはまだ死んではいない
のかと思ってしまうのだ。火葬もした、しかし、なぜだか、そう思ってしまう。非現実的だな、
と笑い飛ばされてしまうかもしれないけど、今もこのあたりを…あっ。

「S県H市…町…。ここらへんのはずなんだけど…」

 目の前にいたのは、なすびのような顔をした、あまり上品とはいえない顔をした、女にも
持てそうにない、とにかく、何度も何度も顔を見たことのある男だった。
「な、那須野…だろ?…おっ、おい!」
 大声でけん制するも、あっちの方も度肝を抜かれたような顔をして、あくせくした表情を浮かべ
逃げ始めた。
「なんで逃げるんだよ!」
 今となってはただの重りとなった、セカンドバックを路上に投げ捨てる。階段を勢いをつけて
駆け下り、今にも火花が出そうなほど、トレッシュで地面を強く蹴り出し、炎天下に差し掛かった
地面を、とにかく踏み潰した。相手はそれほど早くはない、いや、並より以下といった感じで、
「あああっ、たっ、たすけてくれええ」
 気づいたら、地面に押さえ込んでいた。
「おい、顔を見せ…、見せろよ!」
「なんです…」
「やっぱり…、お前、那須野だろ!」
 俺はぽかーんと、呆気に取られてしまった。それ見たかと、逃げようとする那須野。そうは
させるか、と強引に腕を逆側に持っていく。チキンアームなんとか、だ。
「おい、お前、那須野だろ? わけわかんねえよ」
「僕だってわけわかんな…痛いっ」
 何度、問答したか分からないが、結局結論はこれだった。


「と、とにかく俺の家にこい!」


 …


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