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第二話 アホの子なんです

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「柊さんっ! 私もう我慢できませんっ!」
 柊さんの机に思いっきり手を振り下ろす。
「ん? どうしたんだ? あたしに逆らうなんさいい度胸じゃねぇか。ええ? おい」
 口調は乱暴だが、ケタケタと陽気に笑う。
 太ももまで届く長い赤髪でサングラスを掛けている柊さんは私の上司。
 見た目がまんまレディーズの総長だが、これでも一応、日本ヒロイン協会の会長を務めている。
「大体、なんでブルマなんですかっ! もっとこう……そう、まともな服装は無かったんですか!?」
「しょうがねぇだろ。ブルマイダーなんだから、ブルマが無きゃイダーになっちまうんだぞ。黒いタイツを着た雑魚キャラっぽくなっちまうんだぞぉ?」
「そういう問題じゃありません!」
「ああ、わかったわかった! なら、転職でもするか?」
「ほぇ……転職?」
「朱里はブルマが嫌いなんだろ。じゃあ他のヒロインになればいいじゃあねえか」
「べ、別にブルマが嫌いなわけじゃあ……ただ、もうちょっとふさわしい格好を……」
 私がしどろもどろしていると、柊さんが机の下をごそごそと漁り、それを机の上に置く。
 ……布が二枚書かれた紋章のブレスレット?
「朱里、これからお前はブルマイダーではなく、サラフンダーだ!!」
「さ、サラフンダー?」
「そう、サラシとフンドシで……」
「嫌ですっ!! なんでそんな格好で街中を練り歩かなきゃいけないんですか!? そんなの不潔ですっ!」
「ああ? お前、あれか? トイレ行くにも、私、服全部脱がなきゃ出来ないんですぅってぐらいの潔癖症なのか? うわ、きもっ」
「だから、そういう問題じゃありませんでしょうがぁぁ! ああ、腹立つ!」
 バンバンと思いっきり手のひらで机を何度も叩く。
「ウェイト! オーケイ! わかった。ならば朱里はあれがお似合いだ。ある意味、究極の進化を遂げた服装とも言えるだろう!」
「……えっ、本当にそんなものがあるんですか? あ……自分で言っておいてなんですけれど、私なんかでいいんですか……?そんな究極の服装なんて……」
 私がそう呟くと、柊さんは急に優しい笑みを浮かべる。
 その笑顔はまるで、この世で一番大切なものを愛おしそうに眺める――そんな優しさで溢れていた。
「朱里、あたしはね、お前のことを妹のように思っているんだ。迷惑かもしれないが……」
「あ……い、いえっ! そんなことないです! 迷惑だなんて……! むしろ、そう思ってもらえてとっても嬉しいです」
「ふふっ、ありがとう。だからこそ、お前に託したいんだ。お前はあたしの希望であり、夢なんだよ」
「柊さん……ふぇぇ……ん……ありがとうございまぁす……ふぇ……」
 その言葉を聞いて、胸にこみあげるものを感じ、思わず泣いてしまった。
 私……正義の味方になってよかったです。
「ああ……ほら、泣くなって。お前に涙は似合わないんだ。さあ、笑ってこれを受け取ってくれ」
「……はいっ!」
 柊さんが、机の引き出しからそれを取り出し、私に差し出す。
 ……絆創膏が三枚書かれた紋章のブレスレット。
「朱里、お前は今からバンサイダーとして――!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 泣きながら、柊さんの部屋を飛び出した。
 もう涙は涸れ果てたと思っていたのにぃぃぃぃ!!


 その夜、私は幼い頃からの親友である一美ちゃんの家でグラスを傾けていた。
 一美ちゃんは幼い頃に両親を無くして、それからずっと一人で生活している。
「うぃ~一美ちゃん! もう一杯!」
 机の向こう側で座っている一美ちゃんに向けて、空になったコップを差し出す。
 机の上にはお茶のペットボトルで一杯になっていた。
 いつも水ばかり飲んでいる私にとってお茶は高級な飲み物だ。
 ジュース? あれって中流家庭以上の人しか飲めないんでしょ?
 お酒? なにそれ、鳥の種類なの?
「……朱里ちゃん……飲みすぎ」
「いいのっ!」
「……でも……お茶飲みすぎると……」
 一美ちゃんがそこまで言いかけると、急にへその下のほうに何かがせりあがってくる感覚に襲われる。
「うっ……ち、ちょっとトイレー!」
「……だから言ったのに」

「危ないところだった……ん? 一美ちゃん何しているんだろう」
 トイレから戻ると、一美ちゃんがベランダに出て空を見上げていた。
 私も一美ちゃんの後を追って、ベランダに出た。
「うう~寒いよぉ~……あ」
 夜の冬の風に当たり、寒さに両腕を抱えながら一緒に夜空を見上げる。
 夜空に輝く満天の星。それはとても幻想的な光景で、ずっと見ていたい。そんな気持ちにさせられる。
「あ……朱里ちゃん」
 私のほうに向けた一美ちゃんの顔は不安そうな顔をしていた。
「どうしたの?」
「……見て、あそこ」
 一美ちゃんが指差した方向へ見上げる。
 そこには小さな星がたくさんあった。
「あそこがどうしたの? 小さな星以外何も無いじゃない」
「……うん。無いの」
「えっ?」
 一美ちゃんの言葉の意図がわからず、思わず聞き返す。
「牡牛座が消えているの。ううん、正確に言うと牡牛座の中心にある星、アルデバランが無いの」
「あるでばらん?」
 ああ、そういえば一美ちゃんは星座が好きなんだっけ。
 もう一度空を見上げる。しかし、星座に疎い私にとっては何の変哲も無い星空に見えた。
「えっと、私にはわからないけれど、見逃したんじゃないの?」
「……そんなことない……だって、私の……ううん、なんでもない」
 一美ちゃんが再び夜空を見上げ、アルデバランの消えた牡牛座を見つめる。
「……でも……いくらなんでも早すぎる……誰なの?」
 そう呟く一美ちゃんはまるで小さな占星術士のように見えた。


 太平洋の中心に一つの物体が浮かんでいる。
 それは球形で、半球が海の下に、もう半球が海の上に顔を出していた。
 この奇妙な物体が夜空から消えたアルデバランの一部であった。
 海上にある表面の一部が開かれ、その中から怪人が現れた。
 色違いではあったが、朱里もといブルマイダーが遊園地で戦ったあの怪人に酷似している。
「…………」
 怪人はゆっくりとした動作で周りを見渡すと、もう一体の怪人に肩を叩かれる。
 その怪人は目に傷を負っていた。
「どうだ?」
「ん、ここは確かに地球のようだ」
「そうか、ここまで来るのに六十五年か……長かったな」
「ああ、もう俺たちの故郷も見えなくなった。インビジブル状態に入った光景がようやく届いたか」
「しかし……女王様は何を考えていらっしゃるのだろう。エレクトラ様を殺せとの命令とは」
「例え、この場に俺しか居なくてもそれは口にするな。エレクトラは、女王の命令に逆らい、星から脱走した凶悪な犯罪者だ。それ以外にない」
「……そうだな。悪かった。それはそうと、マイア様がお呼びだ。すぐに集合せよとのことだ」
「わかった。では行こう」
 そう言うと、怪人達は球体に入り、すぐに扉が閉じられた。

 アルデバランの内部にある大広間、そこに千体は軽く超える怪人達がひしめいていた。
 そのどれもが、大広間の中心にある高台の頂点に集中している。
 大広間のスポットライトがそこに集中する。
 ライトに浮かび上がったのは椅子に座っている一人の少女。
 俯いていて、その表情は窺い知れない。
 少女の側に立つ、側近らしき怪人が怪人達に向かって叫ぶ。
「このお方はアルデバラン星を治めるプレアデス七人姉妹が末女、マイア様であせられる。跪け!」
 その重々しい声に皆が一斉に膝を付いて頭を垂れる。
「マイア様、ご挨拶を」
「……カチッ。皆の者、この六十五年間……大儀であったぞ」
 どこか、機械的なその声を響かせて、下に居る怪人に向かって語りかける。
「この度、アルデバラン星の歴史において最も凶悪な犯罪者、エレクトラの粛清に向かうにあたり、長く苦しい旅になると知って、なお付いて来てくれた勇者達に敬意を表したい」
「ありがたき言葉に御座います」
「本来ならメロペ女王がこの場に居るべきだろうだが、女王の立場ゆえ星を離れるわけにはいかないゆえ、代理として私が指揮を行う。みな、頼むぞ。……そうそう、ところで、パイナップルをどう思うんだ?」
 全員が顔を上げる。今の問いにどう答えればいいのかわからなく、困惑の表情が浮かんでいた。
「ああ、何故、あんなに赤いのだろうか。ひょっとしたらパイナップルも人間で、血が通っていて、それでも緑の液体が溢れて、中から摩訶不思議な蝶々が這い出て涙を流しながら『ママーごめんね!』と叫ぶのだろう
 その蝶々の胸にぴかぴかと光る宝石が――とんでもない!あれは宝石ではない。いや、宝石なのかも。だって動いて転がって飛んで体にめり込むんだから。「お母様、お母様、意識のりんごをめりこませて」
 ――は、はっ! これで一糸纏わぬ姿となってしまったぞ。くすんだ太い首に飛び出た鎖骨。その鎖骨を元に戻そうとしてぐいぐいと押し付けるのですが、かえって飛び出てしまい血が飛び散るのだ
 Aは黒、Eは白、Iは赤、Uは緑、Oは青。Aは痛ましき悪臭に舞い銀蠅を飛ばしてあげる。Oは天界のラッパなり、天界と下界を繋ぐ沈黙であり、Ωにもなりえるかもしれないということを私達は知らなければならない
 かもしれない。「ママーごめごめごめんねー!」「お母様ーおかおか母様ーりんりんりご好き?嫌い?きっききらぁ――!?」ちょっと待て! 銀と赤の船団がやってきたぞ!」
 狂ったように叫ぶマイアに、その場に居る全員が恐怖の表情を浮かべていた。
 何をするわけでもなく、何かを言うわけでもなく、ただ呆然とマイアの狂った声を聞いていた。
「マイア様!? どうなされました!?」
 側にいる側近がマイアの肩を揺する。
 首がごろり。その首が高台から落ちて怪人の群れに落ち、一度、二度跳ねてようやく止まる。
 怪人がマイアの首から逃げるように後ずさる。
「こ、これは……はっ!」
 なおも声が聞こえてくる。それはマイアの首から発せられていて。
「ああ! 船団の帆に刻まれた刻印は誰のものなのか、野蛮な川に溺れ死んだ哀れな旅人か? 大きなパイプから煙をプカプカ浮かべている手足の無いバッタか? 天地の果てで子供を連れて謎みたいに満ち足りた悪魔か?
 それとも――――悩み悩んで、迷い迷ってぽっくりと音を立てて頭が弾け飛ぶお前か? ギギギギギギギギギギガッガッガギガギガッピ――」
 それっきり、マイアの首から声が出なくなり、近くに居た怪人が恐る恐る首を持ち上げる。
「に、人形だ……発声装置が付いている……」

 アルデバランから少し離れた所に小さな船が浮かんでいた。
 その上に立つものは一人の少女、マイア。
「おーほっほほ!! 私の特性の人形はいかがかしら! いい声で鳴いたでしょうー!」
 アルデバランに向かって、高笑いをしていた。
 笑い終えた後、くるりとアルデバランに背を向けて、遥かに広がる海の向こう側を見据えて。
「エレクトラ姉さま、あたしが守ってみせますから。たとえ、嵐が来ようとも隕石が降ってこようとも、姉さまに対する思いをかき消すことは――!」
 その時、遥か向こうから何かが水が押し寄せてくる音が聞こえてくる。
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
「え? え、何ですの? この音?」
 マイアが慌てふためきながら水平線を凝視する。
 海が盛り上がり、そのままこっちに向かってやってくる。
「つ、津波? ちょ、ちょっと困りますわぁぁ!」
 揺れる船を踏ん張り、迫り来る津波に向かって、指を突きつける。
「津波よ! アルデバラン七姉妹が末女、マイアが命じます! 直ちに止まりなさい!」 
 大自然がちっぽけな人間のたわ言に止まるわけも無く、無慈悲に船との距離が段々と狭まってくる。
「止まりなさい!――って言っておりますのよ! ええい、無礼者! 止ま――きゃぁぁぁぁ!!」
 船が津波にさらわれ、マイアごと海の中へ飲み込んでいった。
 大自然は人間も異星人も愛してなどいない。まったくもってこれっぽちも。
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シモネッタ 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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