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第五話 泣きべそなんてさようならね

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「……私は、孤独だった。見知らぬ地で、何のかかわりも無い地球人の為に戦いに明け暮れ、いつしか気づいたら私の心は脆弱になっていった」
「そんなとき、朱里ちゃん出会った。朱里ちゃんは私を認めてくれた。笑顔を向けてくれた。そんなとき、私の中の悪魔が囁いた」
「もっと親密な関係になりたい。その声に私は屈し、笑顔を向けてくれる朱里ちゃんに、私は、煉獄では到底浄化されぬ罪を…犯してしまった。」
「そして、その罪に押しつぶされ、戦うことすら朱里ちゃんに押し付けてしまい――私は、最低な女に成り下がった」
「……しかし、今、朱里ちゃんに赦され、私にはもう怖いものはない。これより、私はもはや、畜生な女ではない」
「我が名はブルマイオー!! 全ての悪を打ち滅ぼす者だっ!!」
 ブルマイオーとなった一美ちゃんはとても凛々しく、あの常に不安そうな表情を浮かべていた一美ちゃんとは思えなかった。
「……そうか、お前だったのか。ブルマイオーの腕輪を盗んだのは」
「今まで気づかなかったのか? おめでたい頭しているのだな」
「ブルマイオーにブルマイダー……ここは不利か。いったん引く」
「ち、ちょっと! 待ちなさいよ!」
 マイアを抱えて逃げようとする怪人を追いかけようとすると、柊さんが私の手を掴んできた。
「馬鹿野郎! この町中で戦争をおっぱじめる気か!」
「で、でも! マイアちゃんが!!」
「あたしがチャンスを作る。信じろ!」
 柊さんが真剣な瞳で睨んでくる。
 柊さんのその瞳を見るのは初めてだった。――だから、信じられる。
「……わかりました」
 握り締めた拳を下ろす。
「……朱里ちゃん」
「うん……一美ちゃん」
 巨大な球体に戻っていく怪物を私は只見つめるしか出来なかった。


 あの戦いから数日後。
 あたしはワシソトンにあるホワノトハウスに来ている。
 正直、こんな早くに来るとは思わなかったのだが。
『久しぶりですね。ボッシュ大統領』
 目の前に居るのは、アメリカ大統領。ああ……長いこと離れていると母語を喋るのも億劫になるもんだな。
『何をしにきた? 前に言った、ニューヨークにヒーロー協会を設立する件か?』
『いえ、それはまたの機会に。それよりも大事なことがあるんです』
『……あの空に浮かんでいる馬鹿でかい物体のことかね。すでに世界中でパニックになっているよ』
『流石、大統領。あのままほうっておけば、全世界の脅威となりますよ?』
『フン、あれは君のせいだと聞いたのだが。何故私が小さな島国の薄汚れた日本人に協力しなければならないのだ』
『おや、大統領選挙での演説では人類皆兄弟とか大層なことをおっしゃっていませんでしたか?』
『と、とにかく! 協力するにしても、すぐに決められるようなものではない!!』
 大統領が慌てふためいている。まったく、さぞや地獄に居る政治家はみんな舌が無いんだろうな。
『それは通りません。すぐに決めてください』
『この……ジャップめが!! 小さい頃から今までにしてやった恩を忘れたのか!!』
『……大統領。失礼します』
 机越しに大統領の髪を鷲づかみにして机から引き摺り下ろし、床に叩きつける。
 部屋の中に居た黒服の男達が一斉にあたしに向かって銃を突きつける。
 大統領の目の前に指を突きつけて、けん制する。
『動くんじゃねぇ! こいつの目玉くり抜くぜ?』
 大統領に向き直って、睨みつけてやる。
 まったく! 馬鹿は死ななけりゃ分からねぇのか!
『てめぇこそ忘れるんじゃねぇよ。あたしの体、好き勝手に弄り回しやがって』
『いいか! 今は私達を目標としているが、いずれ地球全体を標的にするかもしれねえんだぞ!
 地球が狙われているんだ! てめぇの国も危機に晒されるんだぞ!』
『だ、だが……今はまだその確証は……』
『確証? 確証が欲しいのなら、今すぐあたしを撃ち殺し、その高級椅子に座ってロマネコンティでも傾けてろ! 嫌でも分かるだろうぜ!』
 大統領が青い顔をして怯えている。ようやく理解したのか、または只あたしにびびっているだけなのか。
『てめぇなら聞こえているはずだ! 人々の叫び声が! 苦境の中に助けを求める声が! それを見捨てるってのか!?』
『……』
『いいか! てめぇやあたしみたいな力を持った人はなぁ、無条件で人を助けなきゃならねぇんだよ! それが――正義なんだよ!!』
『ひっ……わ、わかった。私はどうすればいい?』
『よぉーし、とりあえず、あれを用意しろ』


 お兄ちゃん。寒い日が続きますが、風邪は引いていませんか? あったかい布団で寝ていますか?
 暖房は体に悪いので止めてくださいね。でもそっちでは一日中暖かそうですけれど。ちなみに私はとても寒いです。死にそうです。
 それも、夜中、いきなり柊さんに蹴り起こされて、一美ちゃんと一緒に無理やり船に乗せられ、どこかの島へ連れて行かれたからです。
 冬の夜の風がびゅうびゅう吹いていてとても寒いです。泣きそうです。というかすでに涙がこぼれそうです。
 では、お元気で。こっちは元気じゃありませんですけれど、心配しないでください。いえ、本当に。

 私達は今、航空施設の滑走路にぽつんと立っている。
「あの、柊さん」
「ん? なんだぁ?」
「目の前にある物体はなんですか?」
「偵察機」
「はい?」
「だから、偵察機」
「……えっと、それって、あれですよね。ゴゴゴゴゴゴゴギューンってやつ」
「ああ、ゴゴゴゴゴゴゴギューンってやつだ」
「……なんで?」
「あの球体に真っ向からいったら、途中で無数の怪人に阻まれるからな。どうせなら一気に行ってしまえとね、SR-71という偵察機を持って来させた。速いぞぉ」
「えっと、どのぐらいですか?」
「マッハ三を軽く超えるな」
「……それって速いんですか?」
「時速に直すと三十五万キロだな」
「どうやって用意したんですか?」
「大統領を脅し……げふんげふん、もとい、頼み込んで持ってきてもらった」
「……それに誰が乗るんですか」
 柊さんが私と一美ちゃんを指差す。
「朱里ぃ、後ろには誰もいねぇぞ。お前らだよお前ら」
 私はおそるおそる自分を指差し、首をかしげる。
 頷く柊さん。
「えええええええええええええええええ!!!! 無理ですって! 私、何の訓練も受けていない普通の女子高生ですよ!?」
「大丈夫だ。ブルマイダーなら耐え切れるはずだ! あたしは信じているぞ! 頑張れ! 応援するぞ! レッツ、ファイトぉ!」
「うわぁぁぁぁん! 完全に他人事だよぉ!」
「……というか、一美はどうかしたのか? やけにお前にべったりなんだが」
 柊さんが呆れたように呟きながら、私の腕に絡み付いて抱きついている一美ちゃんを見る。
「いえ……あれから、何故かやけに懐かれてしまいまして……」
 ふと、一美ちゃんの方を見ると、目が合ってしまった。もしかしてずっと私の顔を眺めていたのだろうか。
 私を見ると、一美ちゃんははにかんだように頬を赤らめて、
「……うにゃ☆」
「おい、こいつ星飛ばしたぞ」
「柊さ~ん、何とかしてくださいよぉ!」
「あーあたしゃ人の恋沙汰には手出ししない主義でね。黒王に踏み潰されちまうからなぁ」
「そんなぁ~。か、一美ちゃん。ちょっと離れてくれると嬉しいかなぁ……なんて」
「……あう」
 ぎゅう
 あうう、一美ちゃん。余計に抱きついてきちゃった……
「あ、え、えっと、別に一美ちゃんが嫌いなわけじゃないからね? でも、ちょっと動きにくいかなぁって……」
「……」
「だ、だからぁ……そんな潤んだ瞳で見つめられてもぉ……ふぇぇ……」
「にやにや」
「口で言わないでくださいっ!! というか、助けてくださいよぉ!!」
「あ、一美。マイアの件だが、本当にお前に任せてもいいんだな? せっかく迎えを用意しようと思ったんだが」
「……ううん、大丈夫。あそこには小型の宇宙船があると思うから……そこに乗せて帰すわ」
「そうか。それならいい。マイアを頼むぞ。あの子はなかなか弄くりがいがありそうだからな」
「うわぁぁぁん! 華麗にスルーされた!」
「……あ、私はちゃんと見ているからね。ほら、こんなに近くに……」
 すりすり
「ひゃぁん! だ、だから胸を擦り合わせようとしないでぇ!」

「準備は出来たかぁ?」
「心の準備の方が出来ていません! 戦闘機の翼に乗るなんて聞いていませんよ!」
 そう、私と一美ちゃんはそれぞれの戦闘機の翼に乗っている。
 コクピットには機械が乗せられていて遠隔操作で動かすらしい。
「だって、お前ら戦闘機乗れねぇんだろ。これしか方法が無かったんだよ」
「……朱里ちゃん。一緒に頑張ろうね」
「で、でも!」
「でももヘチマもねぇ! とっとと行ってきやがれぇ!」
 柊さんが、拳を握り、親指を立てる。
 そしてそれをぐるんと下に向けた。
 戦闘機のブースターが唸り声を上げて炎を吹き出す。
「グッドラック!」
 柊さんの声が段々と遠くなる。
「ち、ちょっとぁ――――!!」
 突風。
 次の瞬間、私達は鉄の鳥に乗って大空に舞い上がっていた。

 球体が目の前に迫ってくる。視界にはもう既に宇宙船と怪人の群れしか写っていない。
「ああ、もう! こうなりゃ、やってやろうじゃない! 一美ちゃん!」「うん!」
 私達は構えを取って、唱える。
「正義とは信条を超えるもの 塵をも 身を焦がす欲をも 超えるもの 希望は夢のみにあり」
「苦しみ戦う精神を持ちて われは涙し 哀しみ 嘆く 気が付けばわれは正しき姿なり」
「正義 それは人生の基盤 小さきものを全き者にする 来たれ 勇気にて戦いを止めさせよ 世界にその魂を戻させよ」
「苦しみのとき すくむなかれ 日再びと待つなかれ 進め たとえ空しく終わろうとも よろいをつけ争いを止めよ」
 怪人の群れの中を切り裂きながら加速する戦闘機の両翼に光と炎が集う。二つの輝きが満ちていく。
『われを導くは運命にあらず! 成るまで止むことなき 強靭なる勇気ありて 唯一の正義示し賜えり!』
「閃光招来!」
「煉獄爆来!」
 光と炎が爆散する。
 その中から現れるは全世界の明日を背負った二人の英雄。
「ブルッッッッッッマイィィィィィダァァァァァァァァァァァァァァ!!!」
「ブルッッッッッッマイィィィィィオォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 朱里と一美を乗せて飛び去った戦闘機を眺めながら、あたしは懐からタバコを取り出しそれに火をつける。
「ふぅーっ。ん、なんだ? ……おお、ようやく乗り込めたか。ご苦労だった。もう行っていいぞ」
 戦闘機から二つの影が降りていくのが確認されたと報告があった。
 紫煙がゆらゆらと揺れ、微かな風によってかき消されていく。
「まったく。朱里のやつ手間かけさせっぱなしだな。一美も浮かれちゃってまぁ……」
「……今は誰も聞いてねぇから、言っちゃうけれどさ。あたしはな、お前らのことを本当の妹のように思っているんだ」
「お前らは、あたしの夢を叶えてくれた。正義の味方になって悪人共をバッタバッタと倒す、今頃の餓鬼さえも見ねぇくだらねぇ夢をな」
「だから、あたしはお前らのためになるのなら何だってしてやる。この命を捧げても構わない」
 もう一度空を見上げる。
 満天の星空。
 あたしは信じる。
 闇が去り、光が満ちていく夜明けこそが、この世で何よりも美しい光景なのだと。
「朱里、一美、そしてマイア。あたし達はまだ魚鍋パーティもしていねぇんだ」
「だから……早く帰っておいで。みんなでご飯にしようよ」
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