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「ステレオタイプ」

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 高二の夏、僕に初めて彼女ができた。僕の方から告白し、つい先日OKをもらったのだった。今なら天に昇れる気がする。どれほど嬉しいかというと「さて問題、幸せってなんだろう? 正解は今の僕です!」そんな感じ。

 キーンコーンカーンコーン。
 何の変哲もないチャイムが鳴る。しかし今日最後の授業の終わりを知らせるそれは生徒みんなにとって待ち焦がれた音。待ってましたとバタバタ帰宅の準備をしだす。
「んじゃあ帰ろっか」
 ホームルームを終えると、如月がカバンを持って僕の方へ寄って来る。ついでに長くしている髪が揺れる。すると僕の向かいの席にいる幸島も重そうなカバンを持ってこっちに来た。
「俺も一緒に帰るよ」
 僕らは小学校からの付き合いで家が近い。だから帰る時はいつも一緒。ただ高校になってからは特に幸島が部活に精を出し始めたため、専ら如月と二人で帰ることが多くなっていた。今日は久々に三人一緒だ。
 教室を出ると、珍しいものでも見るように視線が集まる。その視線の先にいるのは僕ではなく、如月と幸島だ。当然といえば当然。なんせこの学校のミスとミスターが揃っているのだから。
 ミス・ミスターは文化祭で行われる恒例行事で、参加者誰でも投票できる。まどろっこしいので男はミスを、女はミスターを選ぶといった風にはせず、男女とも両方選ぶ形式だ。めんどくさがりだなぁ。ちなみに僕はミスター平凡と呼ばれるほどの一般人である。
「きゃー、如月様と幸島様だわ!」
「如月様ってやっぱりかわいい~!」
「幸島様は流石のカッコ良さよね!」
 こっち見てー。サインくださいー。
 黄色い声がまったくもってうるさい。
 はん、愚民ども。今は僕など眼中にないようだが――あの秘密を知ってしまったら君たちは果たして僕を見ずにいられるかな? ミスターなんて目じゃないぜ。僕は心の中で呟いた。話したい。けれど、絶対に話せない秘密だ。
 え? 秘密って何かって? しょうがないなぁ。教えてあげよう。実は、実はね……僕はそのミスと付き合っているんです! ふはははは。幼馴染万歳! 本やアニメだけの話じゃなかったんだなぁ。……って、言いたい、言いたい、言いたいなぁ。
 口に出したいのを何とか心の中で抑えてただフフフと怪しい笑いを浮かべていた。ともすれば怪しい人、いやともしなくてもそうかな。だとしてもどうでもいい。僕は今、輝いている!

「正直、あんなに騒がれると恥ずかしいね」
 校門を抜けてしばらく、僕ら以外にうちの高校の制服を見かけないところまで来て、如月が言った。
「だな。部活でもああだから困る。大会前だっていうのに……。まぁ、もうすぐ文化祭だ。次期ミス・ミスターが決まれば落ち着くだろう」
「なら、いいんだけど」
 二人にとっても意外に迷惑らしい。僕はそんな称号じみたもの持っていないからよくわからないし、むしろうらやましいくらいなんだけどな。まぁ、無いからこそ有る良さを知るように、有るからこそ無い良さがわかるのだろう。

「あ、じゃあここで」
 十字路に差し掛かったところで如月が右へ足を進める。僕と幸島の帰り道は如月とは逆方向に行かねばならない。つまり左折だ。とはいえお互い別れてから三、四分で家に着くから近所なことには変わりない。じゃあねと僕と幸島は如月に手を振る。如月も手を振り返す。にこやかに返してくる笑顔は非常にやさしいものだった。

 さて、と。僕は幸島の方に目をやった。
「なぁ、ミスとかミスターってそんなに面倒なのか?」
「そうだな。せめて部活のときくらいはしっかりしてくれるといいのだが」
「大会前だって言ってたしな」
「そう、先輩方の迷惑とならぬよう頑張らないと」
 ふん、と気合を入れる幸島。陸上ってそんなに楽しいのだろうか。
 そこで僕は意地悪を思いついた。にやり。
「ふーん。で、僕の彼女とばれたら更に一大事と」
「ああ、これ以上火種を増やしてもしかたないしな……って何言ってんだお前!」
 急に幸島の顔が真っ赤になる。僕はここぞとばかりに調子に乗る。
「えー、何って本当のことじゃん」
「うるさい!」
「じゃあ違うの?」
「それは……違わない、けども!」 
 ぎゃあぎゃあと騒ぐ幸島に対し、ぴーぴーと口笛をふいてみる。
 真っ赤になって反論してくる幸島を、素直にかわいいと思った。持ち前の運動神経やルックス、言葉遣いその他諸々によるかっこよさで女の子から圧倒的支持を受けてミスとなった彼女。しかし、実は誰よりも女らしいことを、僕は知っている。
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