トップに戻る

<< 前

終章

単ページ   最大化   


 終章

 六回の裏、0‐2.
 押されていた。
 ツーアウト一・二塁。マウンドには二年の吉崎先輩。
 僕は、ファウルエリアで投球練習の最中だった。
「宇田川ぁ!」
 ちょうど投球を終えたタイミングで、監督の野太い声が背中に刺さる。
「はい」
「出すぞ、準備しろ」
 キャッチャーの先輩に頭を下げて、ベンチへと移動する。
「ボール! フォアっ」
 ああっ! とベンチからの声。
 満塁。
「タイームっ!」
 監督、これ言うのが好きなんだ。

 五日が経った。
 あれからやっぱり監督にはこっぴどく叱られた。チームメイトにも散々謝り倒させられて、その上この数日はピッチャーとしては練習に参加させてもらえなかった。まぁ、当然と言えば当然だけど。
 だから、正直今日の僕は滾(たぎ)ってる。
 練習試合といえ、手を抜く気なんてさらさらない。
「宇田川くん」
 ジャージ姿の美陽が両手を握りしめて僕を見上げていた。
 あれから、やっぱり美陽は大人気になった。今までの男子評価の八割はひっくり返したんじゃないだろうか。
 とはいえ、ヤンクジの名前を返上することはなかった。誰かが「やんなるくらい可愛いな久慈」なんてくだらないことを言い出したせいだ。
 僕は後ろ向きに手を上げて応じ、ピッチャーマウンドに向かう。途中、吉崎先輩とすれ違う。
「あと、頼むな」
 グローブを打ちつけて返答にし、僕はマウンドに立った。
 四方からの視線。
 久しぶりの緊張感。
「上等」
 そうさ、これくらいの場面を乗り越えられるようじゃないと、とてもヒデローには届かない。
 それどころか、あいつにも。
「ハルーーっ! あたし以外のやつに打たれんじゃないわよーっ!!」
 三塁側内野席。メガホンまで持参していやがった。
 やかましいんだよ恥ずかしいヤツめ。ほら、みんなベンチから出てきてる。
「お前にだって打たせてやるつもりはねーよ」
 呟いてワインドアップ。バッターはわずかに目を細めた。
 まさかスクイズなんてしないだろ? 四番バッターさん。
 この五日間でさらに一キロ、マックススピードの上がった直球。
 眼を見開くバッター。
 振られたバットは――空を切る。
「ストラーーーックっ!!」
 間違いなく最高速度で放たれた球は、キャッチャーミットの中央に深く突き刺さる。
 遥か彼方まで晴れ渡る空へと、快音を響かせた。


                                       
   完
20

ローソン先生 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

<< 前

トップに戻る