8. やっと、やっと
8. やっと、やっと
院長先生は、立ち上がってぼくを迎え、両手で握手してくれた。
「カノンさん、ミヤの件は本当にありがとうございました。
わたしも妻も、もちろんミヤも、心より感謝しております」
「い、いえ……」
僕はうれしくてはずかしくて、顔全体が熱くなってしまった。
父さんと母さんが驚いたように見てるのが視界の端に映った。
「さ、どうかかけてください。
今日はあなたとご両親に、ぜひともお聞き願いたい大切な話があるのです」
「あ、はい」
サクラダさんは紳士的にぼくをソファに導いた。
そして、サクラダさんもソファに戻ると、お父さんが言った。
「院長先生……本当なんですか?
カノンが、例のあれで、お嬢さんをたすけた、というのは」
「ええ。本当です。
わたしも最初は疑っていたのですが……
その場で考えたはずの思いつきをさえ、ご子息様は一言一句正確に再現された。
これを疑ったら、わたしは今後この世の何一つとして信じることはできなくなります」
「…………」
「ご子息様がお持ちの不思議なチカラの、詳しいメカニズムは未だにわかりません。
ですが、これが確かに存在していること。それは事実なのです。
ヒトが、心と心を直接触れ合わせることは、太古の昔からの人類の夢のひとつです。
いまこの瞬間にも、世界のあちこちでその研究がされている。
もっと愛し合い、触れ合うため。これはそのためのチカラです。
ご子息様のチカラは、現にわたしと娘の心の扉を開いてくれました。
そこで、ひとつご提案が……。
実はNASAにいる友人にこのことを話したところ、ぜひともご子息様のチカラを詳しく研究させてもらいたい、ついてはご本人とご家族の方に、ぜひお話を、と頼まれたのです……」
サクラダさんが去ったあと、応接室は僕たち親子だけになった。
「……カノン」
「なに、……父さん」
「本当なのか」
「うん」
「本当に心の声が、聞こえるのか」
「……うん」
「……………………すまん」
父さんはテーブルに手をついた。
「『他人であるあの方だって、現実と向かい合ってお前を信じたのに、俺たちはたった一人の息子を信じられなかった。真偽を確かめようともしなかった』……」
「ああ、その通りだ。
本当にすまなかった」
「大丈夫だよ、父さん、母さん。
サクラダさん……院長先生も、同じ風に疑ってた。
だから、きっと……ちょっとサクラダさんの方が早かった、それだけだよ」
「カノン!」
母さんがぎゅっと僕を抱きしめた。
なつかしい香り、なつかしいぬくもり。
そのとき、なにかがぽろり、落ちてきた。
ほっぺたがぬれていた。
両目が、じんと熱い。
「お…母……さん……」
声がうまく出ない。
「泣いていいのよ。
泣いていいの。
ごめんね、カノン。
ごめんね、……」
みると母さんは泣いていた。
そして母さんの声も僕と同じように詰まった。
どれくらいぶりだろう。
僕は思いっきり、声を上げて泣いた。
僕たち親子は、抱き合って、たくさんたくさん泣いた。
父さんと母さんは、僕の心のことを心配してくれた。
院長先生も言ってくれたとおり、心が回復する時間が必要じゃないか、と。
でもぼくは、やってみたい、と思った。
だから僕は、伝えた――
「ミヤちゃんたちと遊んでると、心の声で話をするのが当たり前だから、なんだか慣れちゃったかもしれない。
次に言われる言葉がダブって聞こえるのは、もうほとんど気にならないし。
そりゃたまには、そのときたまたまひどいこと考えちゃってるひとも確かにいるよ。
でも、それにも慣れてきた。
ぼくはもう、このチカラを抱えてちゃんと生きていける。
わかってくれるヒトが、いるんだもの。
それどころか、このチカラが誰かの役に立つなら。
僕はやってみたいんだ。
僕や、ミヤちゃんみたいなヒトがひとりでも、僕みたいに救われるように。
動物たちとももっと心が通じるように」
――と。