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11.夏、浴衣、祭りにて

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 異性と一緒に祭りとなると、小学生の時にまで遡らなければならない。
 確か四年生の時、町内会の盆祭りだった。
 付き合いの長い異性といえば幼馴染みの杏子がいの一番に思い浮かぶけど、同時に他の顔も浮かんでくる。
 小さな頃から人見知りな俺だが、生きてきた十年のうち半分近い長い間、クラスは変われど同じ学校に通っているとなれば、嫌でも顔馴染みは出来る。
 そんな男女数人で少ない小遣いを持ち、盆祭りに行った事があった。
 あの時どうしても浴衣を着たかった俺は、流兄の御下がりの、ちょっと大きな浴衣を着ていったんだ。
 全員集まった時、浴衣姿はニ人だけ。
 時代劇で見た遊び人の様に袖に手が隠れてる俺と、少し遅れてきた杏子。
 当時杏子が好きだった俺は、杏子の浴衣姿を見れたのが嬉しかったんだ。
 ……さっき見た杏子も浴衣を着ていた。
 それを隣に居る誰かに見せる為に着ていると思うと、胸が痛い。
 初恋の相手がどこの誰とも分からない人間と付き合っているのを目の当たりにした。そんな心境。
 ナイーブな年頃。それがいつからいつまでなんて俺は知らないが、そう呼んでもいい歳だったはずだ。
 その時諦めたはずのそれは消化される事なくそこにあって、まだあると気付いてしまったのは、きっとあんな姿を目にしてしまったからだ。
 思いもしなかった。怖がったり、自分から遠ざけたくせに、……今だに未練があったのかもしれない。
「――どうしたの?」
 もう暗くなっている祭り会場を薄っすらと照らす提灯の一つをぼんやりと眺めてしまっていた俺へ飛んできた部長の声で、我に返った。
「……いや、大人数で祭りに来るのも久しぶりだなぁ、って」
「前は俺とのデートだったからな」
 陽介は口の周りを青海苔で汚しながらこっちを見ている。
 お前はデートのつもりで俺と祭りに行ってたのか?
「まぁ、男性同士でデートなんて不潔ですわ」
 男同士はデートにカウントされません。ってか、不潔、って何がっ!?
「そういえばBLゲームで面白いのがあるんだけど、今度貸してあげようか?」
 さすがゲームの申し子。ボブゲまでも守備範囲ですか。
「咎犬とかには少し興味ありますけど、眼鏡かけたら性格が変わるヤツとかは遠慮しますよ?」
「いやいや、武史なら炎多――」
「それはない」
 あれはない。


 大きな綿菓子の袋を持つ部長と同情で貰った金魚が入った袋を持った先輩を駅まで送った後、三叉路でアシュラマンのままの陽介と別れ、家までのわずかな一人歩き。
 月明かりと等間隔で並んだ街灯に照らされてコントラストが付いた影が左右から伸びている車の少ない道で、さっきの祭りを思い返す。
 古いフォークソングで、祭りの後は寂しい、という歌があったけど、それとは違う感傷をまだ引き摺っていた。
 初っ端からあんなのを目にしなければもうちょっと楽しめたんだろうけどな。
 そんな事を考えながら家の着くと、諸悪の元凶……というのは言いすぎだが、小さな傷を作る元となった杏子が着替えを済ませて待っていた。
「こんな所で何してるんだ?」
「おかえり」
「……ただいま」
「遅かったね」
「こんなもんだろ。小学生でもないんだし」
 なんなんだ、このやり取りは。
 ほんの少しの沈黙の後、杏子がよく分からない事を口にする。
「……八代さんの次は、部活の先輩?」
「何の話だ?」
「祭りに来てたでしょ。二人で居るとこ見たよ」
 二人で居た、という事は部長か。
「二人じゃなくて、あれは部の皆で行ったんだよ」
 少なくとも俺の中ではそれ以上でもそれ以下でも無い。 
「でも……家にも来てたじゃない。上田のおばさんとも仲良いみたいだったし」
 部長は何日も家に居たんだから、近所に住む杏子に見られてても不思議じゃないが、見られていたからといって、あの時の事は人に言い触らすような事じゃない。
 それに――
「お前には、関係ないだろ」
 そう、関係ないんだ。
 俺と杏子には小さな頃からお互いを知っている『幼馴染み』。そんな肩書きがあるだけ。
 もし俺が部長や八代さんと付き合ったとしても杏子には関係ない。
 それは俺にも言える事で、杏子が誰と付き合っていても……関係はない。
「なんでいきなりそんな事言い出したのか知らないけど……お前も男連れで祭りに来てたじゃないか」
「それは……」
 祭りの会場で俺を見たというのに、自分が見られてるとは思わなかったのだろうか。杏子が見せたのは前に夢で見たような反応だった。
 杏子が俺の前でこうも口篭るのは初めての事だと思う。
 二年という時間が人を変えたのか、それとも俺の記憶がどうかしてるのか……恋人が出来たら変わるのか。
 そんな幼馴染みをこのまま放って置いてして家に入るのはどうかと思うし、かといって、さっさと家に帰れと促すのも気が引ける。
「浴衣、似合ってたぞ」
 場繋ぎのつもりでそんな事を口にしたのは……間違いだったみたいだ。
 伏せらた長い睫毛を月が照らして小さな光を乱射している。
 それが化粧のせいなのか、他の何かなのか、俺には分からなかった。


「ここ分かるか?」
「ん? そこはな――」
 俺が陽介に聞いたのはゲームの攻略法じゃない。
「だからこのXを――」
 数学の問題だ。
 何故そんなモノがあるのだろうと毎回思わずにはいられない、テスト。
 中間はまだよかったんだ。一年の一学期の中間なんて中学までの復習問題だし。
 けれど、さすがに期末テストで赤点を頂くのはキツイ。 
 何故かと言われれば、補習がある訳で。夏休みに部活以外でも登下校をする羽目になるからだ。
 だから真面目ぶって勉強なんてしてるんだけど……。
「なんでお前は俺より成績が良いんだ?」
「さぁな」
「エロゲで勉強できるのってなんかあったか? 保健体育の成績は上がりそうだが」
「武史……勉強しなさい」
「あい」
 普段はグランドから聴こえてくる音も声もない。
 部活が休みだというのだからグラウンドだけではなく、部室棟の一階以外は伽藍としてるだろう。
 そんな中、俺達は教室に残って勉強会。
 二人ならどっちかの家でやればいいと思われるかもしれないが、そんな所で勉強をしようとしたところでパソコンを起動させて道を踏み外すに違いない。
「数理ってなんであるんだろうな。 中学で習うぐらいので良くないか? こんな式、将来どころか今も使わねぇよ」
「いいですか、武史君。将来使うかどうかは知りませんが、来週からのテストで使います。ほぼナウです」
「はぁ……勉強中のお前はつまらん」
「何をっ!? ……グダってきたし休憩にするか」
「飲み物買って来る」
「俺午後ティー。今日はレモンで」
「あいよ」
 財布の所在を確認して、気分転換も兼ねて教室から食堂へ廊下を歩く。
 学生がほとんど居ない教室棟の中は普段の喧騒がまるで嘘のようで、建物の中に自分しか居ないのでは無いかという錯覚に陥る。
 実際はそんな事なくて、教室には陽介が居るし、二階にある職員室では先生達がテストの準備に追われているはずだ。
 部室棟一階にある図書室でも多くの人が自習しているはずだし、上の階では余裕の有る人達が部活に勤しんでいる事だろう。
 誰も居ないグラウンドを流し見しながら、教室棟と部室棟、食堂を繋ぐ短い渡り廊下を渡っていると、図書室から杏子が出てきた。
 その杏子は、目があったはずなのに小走りに教室棟の廊下へ消えていく。
 昔は杏子の事なら手に取るように分かったのに、しばらく口を利かなかっただけで、今は何を言いたいのか、何を考えているのか、どうしたいのか……まるで分からない。
 祭りの日の夜から……今は俺が避けられるようになっていた。

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