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【四】13.違う道

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 部活が終わってから下駄箱前で少し待ち、目的の人を誘って駅に向かう前に、少し寄り道。並んで歩く道は、犬を連れてすれ違う人ぐらいのもので、言葉少なに歩く俺達をオレンジ色の光が照らしている。
 確認して確信した過去。それを伝えられるのが、『運命の人』と思われていた俺だというのは、存在を信じている訳ではないが、神様の悪戯ってやつなのかもしれない。
 これから話す事を、彼女はどういう思いで聞くのだろう。聞き終わったらどんな事を考えるのだろう。
 その出来事が小さい頃の彼女にとってどれ程大きな出来事だったか知らないが、きっと本当の事を知りたいと望んでいるはずだ。
 途切れ途切れだった会話もついには無くなり、隣を歩いていた八代さんが少し不安そうな表情で目的について切り出した。
「あの……話ってなんですか?」
「前に話してくれた、迷子になった時の話なんだけど――」
 頭の中では、どう言おうか、本当に言うべきなのか、と、自問を続けている。
「あれが覚えてる全てなんだよね?」
「はい」
 確認への肯定。それが返って来たという事は……これから彼女の思い出を否定する事になる。
「思い出したんだ」
「え?」
 不安を貼り付けていた顔は、驚きへと変わっていた。
「その迷子になってた時、俺と八代さんは会ってたんだ」
 状況を飲み込めていないであろう八代さんを置いて、俺は独白を始めた――


 思いつくまま口にした整理されていない言葉が終わり八代さんを見ると、顔を伏せて、何かを考えているような、何かを我慢しているような……昔のように泣いているような佇まいのまま動かない。
 固く閉じられた小さな口が開いた時、彼女は何を言うのだろう。
「ご迷惑おかけしました」「今までありがとう」「騙された」
 脳内で再生される彼女の声は、どれも別れを感じさせるような言葉ばかり。
 彼女がそんな人間だとは思っている訳じゃないけど、言葉無く過ぎる時間が俺をネガティブにさせている。
 またこんな状況になってしまった。……どうすればいいのなんて分からない。
 こんな時、周りに誰か居れば――例えば陽介が居たなら、何かが違ったんだろうか。
 『1:この場を去る。2:フォロー!』
 ふと、陽介の事を考えて思い浮かんだのは、八代さんと『再会』した入学式の日にあいつが書き殴った選択肢。
 『選ぶ』という事には慣れている。
 それは、選ぶ事で違う道に行ける魔法。
 そんな魔法のような行為も、もう何百回と左クリックを繰り返しているのだから慣れもする。
 けれど、選択肢や、消去法でなんて……今は選んではいけない気がする。
「……そろそろ帰ろうか」
 フォローでも、この場を去る事でもなく、最も在り来たりな逃げ道を選んで駅に向かって歩き出すと、八代さんは少し離れて着いてくる。
 それでも不安に思うのは、構内に消えていく彼女がずっと黙ったままだったからだ。


 重い体を引き摺りながら部室まで辿り着いた俺の顔を見て、パソコンに向かって作業をしていた部長が驚いた顔して一言。
「凄い顔」
 さもありなん。今朝鏡を見て自分でも驚いた。色の悪くなった肌に隈がくっきりと浮き出ていて、唇がかさかさに荒れている。
 そんな事になっている原因は分かっている。陽介に「またいつものか?」と、まるで邪気眼的な発作のように言われた自分の性質が恨めしい。
「何か悩み事?」
 八代さんに話した日からずっと――いや、その前から悩んでいた。
 杏子の事を考えていたというのに、あの時の事で悩みの種は増え、解決の糸口さえ見えない思考の堂々巡りは、何度振り出しに戻っただろう。
 部長にはどう言えばいいのかと、迷っていたら、
「私で良ければ……言ってみて?」
 と、助け舟を出してくれた。
 誰かに相談する。それは考えた事もあった。けれど、誰に相談するか、という最初の疑問点で思索は行き止まり、すぐにその案は却下していた。
 でも、部長に話しても――他の誰かに相談しても、八代さんや杏子との問題が根本的に解決する訳ではないような気がする。
 少し迷った挙句、
「……いや、ただの寝不足です」
 結局誤魔化す事にした。
「――のね」
「え?」
 部長は少しの間俯いてから「いいえ、なんでもないわ」と、不自然に会話を切り上げ、またパソコンに向かう。
 ディスプレイの明かりにも照らされた部長の顔を見て浮かんだのは、レベルを上げ尽くしたRPGのエンディングを迎えた時のような喪失感。
 靄のかかったその感覚の意味を知っているはずなのに、はっきりとは思い出せない。
 何もかもを有耶無耶にしたまま、季節は更に暑さを増し、長い休みが始まっていく。
 その長く暑い日々は、俺に考える事を強いるんだ。

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