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プロローグ

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 スミレの話をしよう。
 スミレはなんとも形容しがたい美しさを持った女だった。
 肩まで伸びた髪はいつもクシャクシャにしていて淡い栗色をしているのだが、それでも夜になって家を出るときは長い時間をかけてセットしてサラサラにしていた。でも俺はどっちかと言うとクシャクシャなほうが好きだったりする。化粧っ気はまったくなくて家でいるときはいつもノーメイクでいることが多かったけど、夜になって家を出るときはこれまた長い時間をかけてメイクをして出て行くことが多かった。(俺から言わせればあれはメイクじゃなくて仮面を被っているみたいな印象だった。そしてこれまた俺はやっぱりノーメイクの彼女のほうが好きだ)
 そしてめちゃくちゃ無口だった。必要なことしか話さないし、俺が何かを問いかけても(とは言っても俺も同じくらい無口で、話しかけることは希なのだが)イエスかノーかでしか答えない女だ。それでも時々ポロッと関西弁で話し、俺と同郷であることを初めてそこで知り得た。それでも基本的には喋らないし、無表情である。顔のパーツは見事に整っているし、きっと笑顔を振りまけば誰もが彼女にお近づきになりたいと考えるはずなのに俺としてはそこが少し不思議に思う。一年近く一緒にいる俺でも、スミレの笑顔を数えるほどしか見たことがない。
 ちなみに俺はスミレのことを何も知らない。どこで生まれたかとか育ったのかとか、毎日のように夜、家を出かけるのは一体なんのためなのかとか、月末に家賃や光熱費を払ってもお釣りが来るようなお金をどこで工面しているのかも知らない。当然スミレも俺のことをよく知らないはずだ。しかしスミレはきっと育ちがいいのだろう。それは彼女と初めて会った(会ったという言い方には少し語弊があるかもしれない。「見つかった」と言っておこう)雨の日は、どこぞの上流階級の娘が迷い込んだのかと驚いたくらいだ。
 あの日以来スミレは俺の家に住み着き、毎晩仮面で自分のことを隠し家を出て明け方に帰ってきて俺の隣に潜り込んでくる。帰ってきてシャワーも入らずにねだってくることもあれば、布団に入らずボーッと俺のタバコを盗み吸いすることもある。
 そんな自由なのか不自由なのかわからないスミレだが、俺とスミレは本質的には似ているんだと思う。きっと二人とも集団の中での孤独を嫌い、お互い孤独を共有しているんだろう。たしかに家にいるときはずっと二人ぼっちだった。
 それでも、俺とスミレは結局のところ同居人でしかなかった。重なり合ったのは脱ぎ捨てた服と身体だけで、心は一度だって重なったこともふれ合ったこともなかった。

 ただ、俺はスミレが好きなんだと思う。まだ少し先の話になるが、俺とスミレの間にある事件が起きて、それ以来俺はその気持ちに気づくことになった。くどいようだが、それはまだ先の話なんだが。
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