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お題③/愛ゆえの過ち/ミツミサトリ

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 放課後の進路指導室。西日が差しこみ、教室全体がオレンジ色に染まる中、一人の教師と二人の生徒が向かい合って座っている。言うまでも無く、この学校の生徒が二人しかいないわけではない。他の生徒が部活動や恋愛に汗やら汁やらを流している最中、この二人はある理由で放課後まで残されていた。
「連続パン蹂躙事件」
「無差別花弁切断事件」
 どちらも同じ校舎で同時期に発生した事件である。いや、事件では無いのかもしれない。何故ならその犯人は二人とも初めから分かっていたのだから。何を隠そう、怒り心頭の教師を前にして悪びれる様子も無く座っている二人こそが今回の事件の首謀者であり、実行者でもあった。
「お前ら……どうしてこんなことをしたんだ!」
 押し黙る二人。しかし、悪いことをしたという顔ではなく、何故叱られているのかわからず、萎縮しているだけと言った方が適切だろう。二人の生徒はどちらも品行方正で成績も良く、褒められることはあっても叱られた経験などほとんどないのだから、当然と言えば当然のことだ。
「米山。お前が購買部で暴れていると聞いて、先生は耳を疑ったぞ」
「……別に暴れたわけじゃありません」
 連続パン蹂躙事件の犯人、米山は淡々と答える。突然の暴走……購買部にずらっと陳列されたパンを根こそぎ床に散らしたあげく、親の仇のように散々踏みつけ、各クラスで楽しい昼休みを満喫しているところに乱入、生徒が手にしていたパンを強奪した後、一つ一つ念入りに上履きの底に食わせたのだ。
 結局、連続殺パン事件の犯人は自分の昼食をゴミにされた生徒の手によって取り押さえられたが、その後も彼はパンを見る度にそれを殺害しようとしたため、数時間もの間、進路指導室で事情聴取まがいの説教を受ける羽目になっていた。
「水葉。どうして、あんな凶器を持ちだしたんだ? 校庭でお前を見た時には冷や汗が出たぞ」
「……許せなかったんです。あの自己中心的な奴らが」
 無差別花弁切断事件の犯人、水葉は感情を押し殺した声で呟く。突然の凶行……昼休み、花壇に降り立った彼女の手には大振りのハサミが握られていた。
 鈍く光る刃先が向けられたのは色彩豊かなチューリップたち。彼女はそれを見るや否や、罪の無い花たちの首を次々に落としていった。チューリップを全滅させると、次はパンジー、果ては校庭の隅に健気に咲く雑草までも切り裂いた。それはもう鬼気迫る表情で、発見した生徒も背筋が凍ったという。
 彼女を取り押さえたのは園芸部の生徒だったのだが、大事な我が子を惨殺されたことに酷いショックを受けて早退してしまった。彼女は取り押さえられた後も、教室に飾られていた生花やコンクールで受賞したデッサンの花の部分まで切り取ろうとしたため、連続殺パン犯と共に拘留されることになったのだ。
 教師は深いため息をつき、頭を抱える。どうして家の子が非行に走ってしまったのだろうと苦悩する両親にも似たその表情。彼らの取った行動が行動だけに、どう接していいのかわからないというのが本音だった。
「先生。僕は自分のやったことが間違ってるとは思いません」
「私もです。むしろ、やって良かったとさえ思ってます」
 迷いの無い表情がますます教師を悩ませる。二人が何を思ってそのような行動を起こしたのか、全くもって見当がつかなかったのだ。そもそも、二人はクラスも学年も違い、共通点と呼べるものはほとんどない。
 教師は無言の重圧に耐えかねて一度席を立ち、給湯室からインスタントコーヒーを持ってきて二人の前に置いた。勧めると二人は素直にそれを受け取り、各々ミルクや砂糖を好きなように入れて口を付ける。
「さっきはきつく言って悪かったよ。良かったら、どうしてあんなことをしたのか理由だけでも教えてくれないだろうか。優等生のお前らが事件を起こしたなんて今でも信じられないんだ」
 二人は先生の真摯な態度、辛そうな姿を見て多少は後ろめたさを感じたのか、今まで硬く閉ざしていた口をほんの少しだけ緩める。先に口を開いたのは米山の方だった。
「僕はパンが嫌いなんです。というよりも、お米が好きなんです。それはもう狂おしいほどに米を愛してるんです。弥生時代から始まり日本の主食として愛されてきた米の文化。あの味、粘り気、色、ツヤ、香り……全てが完璧な存在じゃないですか。僕は米に対する愛だけでご飯三杯はイケます。お昼はもちろん弁当箱いっぱいに白米。おかずなんて必要ありません。お米最高。ラブ米です。なのにあいつらと来たら!」
 熱弁をふるったと思えば、怒りに震え奥歯を噛みしめる米山。その姿を見て、おとなしい水葉も小さな声で語り出す。
「私は花が好きです。でも、花の部分が好きなのではなく、一身に太陽光を集める葉っぱの部分が好きなんです。あの色、曲線、構造上最高の形体、儚さ、頑張り屋さんなところ……全てが私の心を捕えて離しません。ですが、あの目に付く飾りのせいで!」
 小さな拳を握りしめる水葉。教師は二人の言葉を注意深く聞き終えた後、一つの言葉を投げかける。
「それでお前ら。反省してるのか」
「チッ、うっせーな」と米山が舌打ちし、
「反省してまーす」と水葉が抑揚のない声で言った。
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