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ガラじゃないが、心から願った

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例えば、人は死ぬ。








______________________Ghost______________________________












いやまあ、例えも何も俺が死んだ訳なんだけどね。うんそう、俺死んだ。
真夏日、蝉吟の煩わしさに眉を顰めて肌を焼く熱気に唇を歪め。けれどもこれが日常サ、みたいな感じで考え無しに阿呆面下げて帰宅の途についていた矢先。

車に撥ねられて視界暗転。気づいたらナチュラルミート(魂無き肉塊)というね、うん。

いやはや世間先輩は昔から厳しかったけれど、これはいくらなんでも頑張りすぎでしょ? そんな唐突にさぁ。
はい、死にました。まあ、それはそれで良い、死んだものは死んだのだから良い。いや、良くはないんだよ? 全然良くない、正直今すぐ暴れまわって訳の分らない奇声を発して街をねぶり歩きたい。ねぶり歩きたい! あ、なんかこれっていいアイデアじゃないっすか? 折角死んだのだから、せめてこの状況を最大限楽しまないと俺、報われないような気がするし。
よし決まり! 今から裸で奇声を発して街中をねぶり歩きます。
ヨシ、と気合を入れてズボンを脱ごうとしたら自分裸でした。っていうか死んだ筈なのに向こうが透けて見える体があるとか新感覚過ぎるのですが神様。
生前無神論者であった自分的に、誰にケチをつけていいものか皆目見当がつかない。無難にキリスト先輩でいいのか?
「キリストせんぱーい、話が違うっすよぉ」
取り敢えず様子見で小声の抗議。反応はない。
「腐れマゾがお高くとまりやがって」
毒づいて抗議先を変更。ここはやっぱブッタ師匠っしょ。

「ししょぉ~、話が違うんすけどぉ~」

みんみん、みんみん、油蝉が大音声を上げている。自分の言葉はそんな雑音にも負けていた。生命が、亡いからだ。
何者も、己の言葉に応えやしない。
だって自分は死んでいて。
死んだ己が発する言葉はそう、発する前から死んでいる。それが生きとし生ける雑音に敵う道理など、残念ながら皆無でありまして。
ああ、死んでしまったのだなあ、と。
一抹の悲しさ、寂しさ。
そして無念。
無念無念の大津波。だってだって花も恥じらう思春期真っただ中。あんなことやこんなことやハイハイそうですよ下半身主体ですよ畜生な欲望妄執妄念が澱と積もってもう・・・・・・。

「愛を知らずに死ねるものかっ!!」 大喝。

そして、吹っ切れた。折角死して亡霊となり現世を彷徨っている感じな身の上なのだ。この状況を今からでも最大限活用して最高の死後ライフをエンジョイしてやるんだ!
そして、まずまっ先に己の頭に浮かんだアイデアは、そう。


覗き(犯罪です)。



肉体の束縛から解き放たれ、結果的に煩わしい世間との付き合いとも解き放たれ死の恐怖からすらも解き放たれた俺は、法的拘束力からも解き放たれている(重要)。
更に亡霊なわけだから余人から視認される恐れもない訳っしょ? 断然勝ち組じゃないか。あれ、ならなんで皆早く死なないんだろう?
死んだって俺ラッキィィィィ!!!!!
そうしてまずは生前気になっていた女の子の家へひとっ飛び。幽霊だから飛べるのです。すげーよ幽霊。生きてた時に出来なかったことが、死んでからできる。
「生きてるとか損、損! 時代の最先端はこの俺、そう亡霊! やっべ、超クールぅぅぅぅ!」
ぐるんぐるん旋回しながら風を切らずに高速移動。
亡霊というか、煩霊だなこりゃ。




______hanzai_____________________________





「きゃあぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」





「なんで見えるんだよぉぉぉ!!! これでもう明日から学校行けないよ! 変態覗き魔野郎のレッテル貼られちゃったよ! ド畜生! あ、でも死んでいるから学校に行く必要はないのか、そうなのか。って、問題はそこじゃねぇ! だまされた! 世に数多反乱する各種書物映像作品に騙された! 何が幽霊は生きている人には見えないとか尤もらしい理屈並べ立てちゃってんの? 根拠も糞もねぇじゃねぇか! そんな妄言を信じて勇気ある覗きを敢行したらガチバレしちゃったよ!」
最低な気分でした。勇気凛々下ギンギンで古の作法に則り浴槽の小窓から顔を覗かせたら一発で目が合いました。一瞬のことなので、俺が誰か特定できたかどうかは不明だが、顔見知りという観点からもそれは望み薄でありまして。
チッキショォォォ!
「せめてオッパイの一つでも見れていればこの苛立ちも和らぐというのに、湯気の馬鹿が良い仕事しやがって・・・・・」
ションボリしながら帰途についた。まあ、失敗しちゃったものは仕方がない。なあに、生きていれば明日がある。今日一個ペケがついた、だから明日二つマルをつけるんだ。
前向きに生きていこう! あ、死んでた俺。
ううん、でも厳然とした意識があって、思考して行動して落ち込んで喜んで。体が無い以外割と生きていた時風味なテンションでして。
するとどうだろう、死んでいるからといって意気消沈する必要なくない? そうだよそうさ、肉体がないだけ、それだけで俺は変わらぬ俺でありまして。
「よしそうだ、楽しんで行こう。なあに死んだだけ死んだだけ、楽しく穏やかに、けれども時には落ち込んで、塞ぎ込んで。しかし結局笑顔で笑って明日に繋げるいつもどおりの、いつもをやっていこう」
そうだ。とことん前向きにいきましょう。


「よし、何か上向いてきた。しからば幽霊・伊藤樹 前向きに生きてい・・・死んでるんだった。ええっと、あれ、あれだ。前向きに幽霊していっきまーす!」





_______________home___________________________________________






「ただいまぁ」
愛しき我が家に帰りつく。ドアはすり抜けた。幽霊超便利。
「おーい、お母さん? 息子が死んでから帰ってきましたよぉ?」
反応はない。というか、何か陰鬱な雰囲気だなおい、廊下の奥が真っ暗でジメジメしていて、なんというかそう、照明分が足りていない。
こんな時は勿論、蛍光灯のスイッチをカチリと一発、それだけで光に包まれる現代社会万歳。
「しからばパチリと、パチリ、と? あれ、出来ねぇ」
なんで? あ、俺幽霊だった(笑)。へぇ、やっぱ肉体ないから物体には触れないんだ。ひゅんひゅんすり抜けていく。
「超ウケる(笑) やっば久しぶりにツボだわこれ、俺電灯のスイッチ触れてねぇってあっはっはっは・・・・・何がおかしいの? ねぇなにがおかしいの?」
一瞬にして沈む。おれ、こんなことも出来なくなってやんの。ダッサ。
「いやいやいや、まあまあまあまあ、そこはほら、幽霊だから? 仕方ないっしょ? 沈むのやめやめ、さあ愛しい家族に帰宅の挨拶だ!」
頭を切り替えて、冷たく粘着質な寒い考えを振り払おうと努める。
そうして、家族の団欒が展開されているはずの居間へ足を運べば、そこには、まあ。
まあ、何?
お通夜?
ああ、まあ、おれ死んだし。これが正しき作法ゆえ仕方がない的な? でも俺、ここにいるんだけどなぁ。
母、泣いているよ。父は隅で、ああ、煙草吸ってやがる。なんだよ禁煙したっつたっじゃねぇの。意志弱いねぇ。
妹は、いないな。
あとは何か、お正月の時にしか見ないような顔がゾロゾロと。そして、沈痛な面持ちばかりの観客に囲まれたメインステージには白無垢北枕の最強装備で、ああ。
うん。


「ごっめーん! めんごめんご、油断してたら車に轢かれちった! でも俺はこうして元気に幽霊としてリニューアル! ちょっと肉体とかないけど、まあ皆さん、そんな暗い顔していないでサ、死んじゃったものは死んじゃったものでそりゃあ悲しいけれども俺はここにいる感じだからまあ、悲しみ半分喜び半分、これからも変わらぬご愛顧をよろしくお願いしたい的なアレですけれども、ええ、なんすけれども、ちょっと?」

あれ?

誰も何も答えない。場は、静謐な絵画の如く、動きがない。誰かがしわぶきを上げた。それも潜むように窮々としている。
「ねぇ、誰か?」

誰も何も、応えない。否、気づく。おれは、ここには、いないのだ。なんで?


死んだから。


「へぇ、そういう展開? いいよいいよ、全然構わないよド畜生。でもな、おい、俺はここにいるぞ。誰が何と言おうと、お宅らが俺に反応しなくたって、俺は、ここにいるからな!」
どくりどくり。血流などないはずの体に、熱い流れ。これは何? 生前の感覚をフィードバックしている感じなのだろうか? 馬鹿はいうな、これは俺の血潮の音だ。
紛い物なんかじゃない。ありえない。だって俺は、ここに、いる。
「もういい、お宅らがそういう態度なら俺にだって考えがある。ちょっと待ってろよ、ほんの少しだ。おい聞いているのか、なあ、泣くなよ母さん」
母はさめざめと泣く。ちらりと横目で見た父も、焦点の合わぬ眼で手元から上がる煙を茫と眺め、目尻を潤わせていた。
妹の美月はいない。恐らく自室で、兄の突然の事故死を嘆いているのだろう。


勝手にやっていろ。でもな、俺はここにいるからな。だから、必ず、必ずだ。
必ず俺を気づかせてやる。ここにいるって、思い知らさせてやる。だから待っていろ。
だから泣くな、泣かないでよ。頼む、お願いだ。
でも、そんな願いは決して伝わらない。だから一刻も早く。この家にこんな暗い雰囲気はまったく似合わない。だから迅速に。
今。
今だ。即刻、動け。留まりたいなどと思うな。欠片も思うな。
行け。行け。




行け。今、行け。




「少しの辛抱だ、だからちょっと待ってろ。俺は、帰ってくるからな。リニューアルして」

後ろ髪なんざ切り捨てて刈上げて坊主になっちまえ。迷い逡巡の類は纏めて丸めて粗大ゴミ。勿論透明なゴミ袋でエコロジー。
そうして、切れ。この場からの未練を断ち切れ。真っ直ぐに鋭角に。奇麗さっぱり、断ち切って立ち上がれ。

OK、俺?



OK!


腸を粉微塵にする思いで、実家を後にした。
行く当てはある。解決の当ても、ないことはない。
そう、あの彼女。
己が一時の煩悩に支配されて覗きを敢行した、あの彼女は俺を視認した。悲鳴を上げた。
霊感云々というエセ講釈が頭を過るが、エセは似非。頭から信じるなど愚の骨頂。
誰かじゃない、俺が確認して俺が判断する。それだけの話だ。
だから願う。
家族に、せめて一瞬でも己が元気である姿を見せられる方法が見つかりますように、と。




ガラじゃないが、心から願った。







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