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キャットショック

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新たに出会った霊能者な下級生は、名を加納夕子と名乗った。勿論礼節を何よりも重んじる幽霊であるところの俺は名乗り返したが「そんなことは知っている」とすげない反応。
ハハッ。
あんま舐めたことばっか抜かすと穴という穴にいろんなものを突っ込んでガタガタ言わすぞこのスケがとか思いつつ、そこは笑顔でぐっとこらえて紳士的対応は続く。

「ハハッ。加納さんは気が強いんだネ。うん、いいと思うよ、すごくいい。僕は好きだな、そんな子。まあ何事にも従順で俺の言うことには基本YESな女の子が一番ベストだがな。うふふっ、まあそんなことはさておいて、こうして限りなく奇跡的な出会いを果たした僕たちにはなにかこう、果たさなくちゃいけない使命とか運命があると思わない?」

霊とか見えるんなら、どうせアレだろ結構人格破たんしてるんじゃない? という先入観からのフライング的言動である。つまり思春期の男女たるものの嗜みとして、俗に流布する厨二病なる病に罹患していなくば生理的におかしいわけであり、そんな痛々しい年代まっさかりでなおかつ実際に幽霊とか見えちゃっているわけだからその病の進行具合は目も覆わんばかりだろう、と。そんな女の子に突如現れたイケメン幽霊先輩が、ミステリアスかつ意味ありげに使命とか運命とか耳元で囁いちゃったらどうなるか?
これはもう、ペニスに唐辛子を塗りたくったらどうなるか、という分りきった事実をわざわざ質問形式にしている遠回りに他ならぬ。つまり無駄、つまりエコじゃない。しかし僕は今回こうして無駄に二酸化炭素を排出して地球を汚すに到った。それはどうしてか?
それを、人は優しさというからなのさ。ホラ、誰にだってプライドとか自尊心とかあるからさ。それをいたずらに傷つけてただ事実を事実と突き付けるのもまあ、手だろう。最終的には同じ場所へ収束する。真実は何よりも強い。真実はいつもひとつなのだから、目指すべき場所が同じならば辿る道筋に差異はあれどたどり着く答えはおんなじさ。でもね、道筋が違えばそこは人間というナマモノ、受ける傷の多寡はある。だから、母なる地球を痛めつけてだって踏まなきゃいけない順序があるのさ。そして己は紳士。
踏みましょう、その道筋を。君を傷つけない優しい道を、歩きませう。

「悪霊退散?」

ガン見で聞かれた。勿論、彼女の言う悪霊とはこの己か。
あー、あー、そうか俺ってば死んでるからもうすでにエコだったんだ。どんなにしゃべり倒したって地球は痛まねぇわ。じゃあまあここはそんな方針で。
「いやちげーですよ? ってかさ、空気読まない? あの、あの君アレでしょ? クラスの子とかと上手いこといってないっしょ? 私生活に、主に学校生活に頭打ちな絶望感とか抱いているでしょ? 流行とか廃りとか醒めた目で斜に眺めて馬鹿にして、でも本当は混ざりたいからこそのそういう態度なんだって、心の底では気付いているっしょ? 友達欲しいでしょ? でも自分から頭下げて輪に入り込むには色んなものが邪魔するっしょ? だってホラ、君はホラ、下手に幽霊とか見えるから他の誰かとは違うって自負があるっしょ? たかだか他の誰かに見えない何かが見えたからって何が変わるわけでもない事実に気がつきつつも、いままでそれで生きてきたから今更変えられないっしょ? それでこの先どうなんのって不安になるっしょ? そこに俺だよ? 意味ありげなイケメん幽霊先輩だよ? もう恋に落ちましょうよ正直に」

お願いします、と頭まで下げた。

「ぷっ」

するとどうしたことだろうか、なぜか彼女の顔色が、己が求めていた方向性とはかなり違った様相を呈し始めた(ちなみに己が予想していたこの後の展開は、簡単に言うと彼女が求めてやまなかった非日常的存在が頭を下げてまで歩み寄ってきたことにより彼女の防波堤が陥落、この胸に飛び込んできて俺も君もハッピィ的な? もちろんすでに手は広げてスタンバってたけれど、まあ、俺の頭も相当パピってきたかな)。
けれど、俺の頭の具合がどうであれ、だ。
彼女は笑んだ。それはそれで正規というか、適切といういか、そういうボーダーの上にない反応だと思う。

「っ・・・・ッッハッハ! ああ、ああ、ッハ、ヒッ、ハハッ! ああ、ああ、うん。ああ、なるほど、うん、わかった。ああ、OKだ。いいね、お前。名前なんだっけ? いい感じになんかアレだわ、馬鹿だけどさ、うん、かなり馬鹿だけど、頭が弱いって感じの馬鹿で、いいよ。普通そうはならねぇよな、うん。普通は死ねばホントの馬鹿になるもん。でもお前は、ちゃんと弁えている感じがするよ、死んでもお前であろうと四苦八苦している感じがするよ。そういうの、いいな。格好悪いけど潔いよ。死んだ奴は自分を出すことに遠慮しないから、下手に勘ぐる必要もなくそいつを知れるから、わかりやすくていい。
ああ、お前は良い部類だよ。すごく、面白いよ。お前は死んでも、かつて生きたお前を手放せないやつなんだな。中途半端で思い切りに欠けていて、覚悟も信念もなくて、でもさ、だからこそ硬くないよ。感じが、お前から受ける感触が、柔らかくて。そして私は、そういう幽霊は、初めてだ」

彼女はなにやらひとしきり、満足げに笑って転げて、突如顔をキリリと引き締めて。それは相対する己が表情を引き締めざるを得ない程の真剣味を帯びていて。

「交換条件だ、お前が私に要求するように、私もお前に要求する。これで差し引きゼロ、後腐れも糞もない。それでいいか?」

貴様のもくろみなど全て了解しているとの確固たる語調にて、通達。
成程人間とは奥深い。巷間蔓延る純愛物語なぞではとても把握に足りぬ、なにやら真っ暗い深淵を抱えているのか、もしくは己が浅いのか。
いずれにせよ、斯様な煩悶は墓の下で繰り返せば良い。
今はやるべきことを、やれ。
そういう心地で、むしろ先刻よりも清々しい気持ちになれて己、頷いた。

「中々頑固な霊感少女だな。まあ、いいですよ。あと、死に腐っても上級生なのですから、僕のことは先輩と呼びましょうね」








「で、先輩さんの望みって何なのさ?」
予想以上に話が上手くいきすぎていて逆に薄ら寒い事もないが、そこは伊藤樹的スキル”無闇に元気!”を発動してスルー。回避成功。
「そこはまあ、長くなるので後でいいですよ。まずは前払いです、君の要求を達成しましょう」
下手に話して折角の機会を潰すのも得策じゃないし、ここはまず恩を売って彼女より上の立場になってから話を進めまショ、という打算。
「ハン、前払いとか、気前がいいじゃんか。いいの? 私、踏み倒すかもよ?」
「ええ、そんなことはさせませんのでご安心を」
「させないって、たかだか幽霊に何ができるのさ? お前と私の口約束には、法的拘束力なんか皆無だし、そもそもお前には私の不正を訴えるべき手段が私への直訴しかないじゃないか」
「ハハッ。元気の良い口調ですね、好ましい。大変好ましいです。しかし、もっとこう、先輩への敬意を表した言葉使い、まあ敬語っていうんだけどな、を活用すれば更なる心証の向上に繋がるかとアドバイスしますが?」
「どうして死人なんぞを敬わなくちゃならねぇんだよ、めんどくせぇ。それをいうなら死人は死人らしく、おとなしく墓の下で丸まって神様から転生のお呼びがかかるまで待機してろよ、うざったい」
「ははっ、ビィィィッチ。まあいいです、僕は寛容ですから、君の粗暴な言葉使いは黙認致しましょう。でも、リアルで先輩にタメ口とかやめなよ?」
「しねてぇよ、くだらねぇことで話脱線させんなばかばかしい」
ああ神様、このスケをいてこましたいです。
「はいはい、失礼しました。それで? 君の要求は?」
「アホか、まだ話終わってねぇだろが。先輩が、どうして分の悪い前払いをするのかって聞いているんスけど?」
どうしてって、そんなのは簡単だ。
「僕は何もできない幽霊だけれども、君に直訴はできるんでしょ? だから、徹底的にそれをやるだけですよ」
「・・・・・・それって、なにも考えていないに等しくねぇか?」
「そうは言われましてもね、ええ。人を貶めることに知恵を巡らせる行為は当分ごめんな気分なんですよ」
「へぇ、なんか心境の変化とかあったん? 幽霊風情が?」
「はい、せめてまともな幽霊風情でありたいんですよね、今のところは」
「今更綺麗に生きたって何もかも無意味なのに? だって死んでるんだよ?」
「僕は綺麗じゃありません。でも、汚くはなりたくないんですよ。もういいですか? こんな十代しゃべり場チックな応酬は尻がむず痒くなって仕方がない」
「まあ、いいけどよ。アンタがそれでいいならさ」
フン、とおもしろくもなさそうに嘆息すると加納後輩、学校への歩みを止めて向き直る。
「じゃあ、今からいいか?」
「いやダメでしょう。君、ガッコあるでしょ?」
「いいよ別に」「よかぁないでしょう」

「いいよ」「いやいやダメだって」「いいったら!」「まあまあ」「いいっつってんだろ!」「どうどう」

「誰かさんの想像通り、折り合い悪ぃよ、つまンねぇよガッコ! これで満足かよ死ね!」

あ。
ああ、なんだ。そうだったんだ。それは、悪いことをした、のかな? わかんねぇわ。
分らないことは思い悩んだって仕方がない。分るまで待つか、理解するために苦しむか。何も考えずに捨てるか、だ。いつだってこの世はミステリーで済ましてきて省みることをしなかった俺的にはまあ、この世はミステリィ(キリッ)。

「あー、あー、まあ、まあ、うん、ええ。それじゃあ、ええっと、行きますか?」
「来いよっ!」

唯々諾々と従うのであった。











__________CAT___________________









「猫の悪霊、だぁ?」
ずんずん歩く彼女につき従う道すがら、掃いて捨てるような感じで説明された加納夕子後輩の話はなんというか、死霊となった我が身にもなんかこう、オカルティックに過ぎた内容であった。
「そう、猫。毎日毎日うろちょろうろちょろ、うざいことこの上ない。塩振りかけたってどこ吹く風でもう最悪。このまえ拝み屋に除霊頼みにいったら見積もりが打ち首獄門確定な値段でさ。さあどうしたものかと悩んでいたところに、アンタ登場ってとこ。おんなじ幽霊なんだから、猫くれぇ退治できるっしょ?」
「いやそりゃあ、できないとはいいませんが・・・・できるともいえませんよ? だってそんな、生きていた頃も死んだ今も動物虐待には否定的立場ですし・・・・それにいいじゃないですか、猫、可愛いじゃないですか」
「あー、あんな、たぶんセンパイの想像している猫と違うから」
察しの悪い駄目男だ、という蔑視の目線を隠そうともせずに、呆れ気味に、まるで聞き分けの悪い知恵遅れを相手にしているかのような、なんかもういちいち仕草も態度も腹立つなこいつ。お前一生結婚できねータイプだかんなプチ畜生。
「あ? なに不満そうな面ァしてやがンだ? ただでさえ見栄えの悪い顔がもっとひどいことになってんぜ?」
「ちょ! 人の容姿を悪し様に罵るなんて最低ですよっ! いったいどんな教育を受けたんですかねまったく、親の顔が見たいってものですわ」
腹立ちまぎれに軽く言い返してやる。俺的にはジョブにも満たないシッペ程度の悪態だった。
「人の親ぁ馬鹿にすンのも大概だろうか、殺すぞ」
「・・・・・む・・・・ぐ、すみません、口が過ぎました」
意外な正論にたじたじになる。そういえばたじたじってなんだ? どんな状態なんだ? ググりてぇけんどググれない。インターネッツに身が届かぬ不自由なこの身が呪わしいっ!
「ふん。口の利き方に気ぃつけろやこのドベ。確かに交換条件を交わしはしたが、だからって対等って訳じゃねぇんだ。私は必ずしも貴様を頼りとしちゃあいないのであって、今からでも契約の撤回はこっちの胸先三寸なんだよ、わかったか」
「・・・・・・・・・・」
「わかったかって聞いてるんすけど? 返事もできない馬鹿なのか?」
「チッ・・・・・・はーいわかりましたぁ、反省してまーす」
「お前今舌打ちしたか? しただろ?」
「いやーしてないっすねぇ。咳か欠伸を聞き間違えたんじゃないっすかぁ? ああ、啖が絡んだのかも」
「ケッ。幼稚な誤魔化しばっかしやがって。まあいい、お前如きに本気になるのもそれはそれで、馬鹿らしいしな。それでだ、猫だ。猫の悪霊。ある一定の範囲に私が入り込むと、突如周囲に現れる。その範囲ってのがまた測ってんのかって程に正確で、一ミリでも入りこめばあらわれて、一ミリでも出ればそこで消える」
「へぇ、じゃあきっと几帳面なんだ」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・あの、なにか僕、不愉快なこといいましたか?」
「別に。例によって見当違いなことしか言ってねぇから安心して死ね」
「はあ。あ、あんま人に死ね死ねいうのは良くないと思いますよ?」
「あーはいはい、そうっすね死ね。でさ、その範囲ってのが」

たぶん僕の言葉が彼女に届く日はこないんだろうなー、とか軽く感傷に浸っていると、加納後輩、その細っこい足を止めて。

「ここ」

なんの変哲もない、アスファルトで舗装された中央線のない住宅街を突っ切る狭い道。そこはもう純然たるアスファルト一色で、境界という言葉から連想されるラインとか壁とか、そういったものは存在しない。
「へぇ、意外だなあ。なんかこう、線とかそういうのはないんですか?」
「まあな、私もそこはちょっと戸惑った。なんでこんな何もないとこが境界線になるんだろうって。でも考えてみたら当り前で、相手は猫だ。私たちの考える表層的な境界ってやつは必ず目に見える形で示されていないといけないわけだが、猫相手にそんな人間様の理論は通用しないだろう。たぶんここは、人の境界じゃなくて、猫の境界なんだ」
「猫の境界、ですか。ああ、マーキング的なアレっすねきっと!」
「うん、そう。こっから先が、ヤツの縄張りなんよ。入るぞ?」

一歩、加納後輩は踏み込んだ。




体感温度なんていう、亡くして久しい感覚が久方ぶりに戻る。

グルルルル、という、なにやら背筋を落ち着かせなくさせる呻き声。先ず以て防衛本能を掻き立たせる、それは警戒から一足飛んだ威嚇行為だった。
そいつの眼球は、加納後輩を睨み据えて動かない。
「ば・・・・・・・」
恐怖もあったが、なんというか目の前の現実に現実味がなさすぎて、呆れが先だった。
「ばけものじゃんか・・・・・」
泣きたくなった。加納後輩からほんの3メートル。そこに鎮座し強暴なる筋組織を今にも爆発させんと撓めている異形の悪霊。
そいつは猫は猫だが、化け猫だった。まずでかい。とんでもなくでかい。座り込んで俺と同等の目線、しからば全高は如何程のものか。
真正面から見据える瞳は肉食眼、その凶相はお伽話の悪鬼羅刹を連想させる。前肢のひと振りでこの身は消滅へと追いやられよう。爪も牙も規格外で、どう考えても勝てっこない。存在的に負けている。負け切っている。なのに。









「アレが最近私にまとわりついてる猫の幽霊な。じゃあ、あと頼むな」





シャーペン貸して、くらいの気軽さで頼まれた。え、マジでかよ?
絶対、無理。


















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