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透明、を踏みしめて

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この期に及んでぐちゃぐちゃな気分に襲われる、胃の弱い自分に辟易しつつその場を退散(胃なんてないけどナ)。
溜息をつきながら、暮れなずむ空を散策する。
目前には薄茜色に染まる雲と空。生きていた頃見上げていたものに比して格段に距離の縮んだ景色はしかし、相も変わらず遠く向こう。
戯れに手など伸ばしてみれば厳然と、痛感するこの距離感。
お前の手は誰にも届かない、と。きっと神様が言っている。そんな被害妄想。


佐屋嬢を脅しつけてこちらの要求をのませる腹積もりだった。しかしそんな彼女に俺はフォーリンラヴ。

で?

「・・・・・・・・で?」

片目を細めて眉を顰め唇を皮肉気に釣り上げつつ、やぶ睨みをくれてやる。だあれもいないどこかに向かって。
孤独過ぎんだろ馬鹿。
好きな女に、脅迫なんざできるかよ死ね。ああ、もう死んでますね。
ああ、もう死んでますよ。だから家族に別れを言う時間も、ほんの寸時だって構わないのに、許されない。なんとか方法を模索して、もしかしたらとか細い光を見たと思ったら、とんだトラップだ。上等過ぎて腹が立つ。

なんつーか、ペラい。自分じゃちょっぱやに物事進めている気になってたのに実際は足元目暗でさ。穴におっこちてにっちもさっちもいかなくなったらどうすりゃいいの神様って? なんつー薄さだよ自分。なんつー浅さだよ自分。今この足元を見下ろせば、あら不思議で眼下には息づく街並みが奇麗にハッキリ。
これが俺の足場だ。崩れやすいとか脆いとかって次元じゃなくて、足場がない。身の置き所がない。屹立すべき立脚点がない。
足場がなければ立ってなんていられない自明に今気づくなんて、もういっそ愉快な曲芸じみて笑えてくる。
笑っとく? 自分で自分をさ。そういうのを、自虐というんだなあ、と今更役に立ちようもない人生の勉強。
生きていないから今後に生かせません。
あひゃひゃひゃひゃ。



「笑えねぇ」



全然。ぜんっぜん、笑えない。深刻なんです切実なんです。そんな顔をしてみても同情誘う相手も訴えるべき相手も見いだせず。孤独で孤立。なのに孤高ではない。
格好悪い。ほとほと自分にあきれる。あきれ果てる。見下げる。見下げ果てる。
これ以上落ちようがないなって思って、なのに架空のこの身は空にあり。頑固で、頑迷で、碌々物事を知らず、分別を弁ようにも未熟に過ぎ、ガキで、一人で、ならもう泣くしかないなって。そう思ったらなんか我慢できなくなって、泣こうと口を開いたら。
涙も流せない。死にたくないもんだ、ああ、もう、しにたくないもんだ。

「うん」

一つ頷き拍子に、零れて落ちた。素直で無防備で着飾ることをしない、直接内臓を晒すかのような偽りなき本心の吐露。

「生きて、いたかった」

痛切な、所感をここに抱くへ至った。





____________start over again________________







「最近見ないから、てっきり成仏したものだと思っていたけれど。なに? また塩撒かれたいのかな?」
笑顔も見せずに三白眼で、恫喝そのものの言葉を吐く佐屋嬢を前に決死の死亡済み。
所は佐屋邸、彼女の自室。驚異の悪食を目撃してから実に三時間ののち、俺は舞い戻った。
胸には決意の炎がごうごうと燃え盛っている。
「いえいえ、当方は目的を達するまでは成仏など断固拒否しますのでそこはご了承しておいてくださいね、あと塩だったんですかあの粉末」
「まあ、常備してるから」
と、手もとの容器に手を伸ばす佐屋嬢。背筋に嫌な悪寒。
「あー、いえいえ! 危害とか加えるつもりは全然ないんで当方。悪霊は卒業しました、今はもう人畜無害のフレッシュゴーストです、はい」
というかなんで塩なんて部屋に常備してるんだ?
ばか、塩って調味料だろ? ならもうわかるよな?
「なめくじがしおしおぉぉぉぉ!!!!」
ゾゾゾ、と別な意味で変な悪寒が背筋を這いまわって耐えきれず叫んじゃった。
「アァ?」
やくざな睨みかたでイラつきを遺憾なく主張してくる佐屋嬢に、突然の醜態を咳払いでごまかしつつ。
「お、オホン。失礼しまして。ええとですね、その、当方がこうして恥も外聞もなく再度佐屋さんの前に姿を現した理由はですネ」
「私は、オメーの家族にゃ何もしねぇぞ」
機先を制して一言。しかし既に、俺の中ではその目的に対する一つの妥協が生まれていた。
それは、後でも良い。
俺は死んで、だからいつまで現世に留まっていられるのかとか、そういう計算はまったく立たなくて。それであせって、不安で、だから直ぐにでもって、思うけれども。どうしようもなく思うけれども。
まあ、俺には彼女を傷つけられない理由があるから、なら、順序を踏むしかないじゃない?
なので僕は順序を踏みます。それがいかに迂遠で間抜けで遠回りで先行き真っ暗でも、踏みます。この、透明な地面を踏みしめます。例い直下に何もなくたって、踏みます。この足で、この足がなくとも、きっと踏む。必ず踏む。おれは、踏む。


「あのデスね、これは佐屋さんにもそれなりにこう、利益のある話かもしれないんですけれどもね」
「っだらねぇ前口上はいらないから、とっとと来意だけまとめてくれない一行で」

一行と来ましたか、わかりました。最高にキャッチーで魅力的な言葉の魔術で酔わせて差し上げましょう。
そうして俺は、踏んだのだ。一歩を、ね。


「元同級生の幽霊と友達に、なりませんか?」


最高の笑顔で、踏んだのだ。













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