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決闘という名の児戯

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 目的の町に着いた二人は、早速手分けをして情報収集を始めた。ミハエルは商人のつてを使った方法で、ラドルフは酒場など噂が集まりそうな場所をしらみつぶしにまわることになった。
 半日かけて集めた情報は、思いのほか信憑性が足りないものが多かった。しかしその中でも、聞き捨てならないものがいくつかあった。被害はクレスト国内のみではなく、キサラギでも襲撃事件が起こっているという話だ。時期はクレストで起きた襲撃事件の後なので、クレスト側の報復とも考えられないこともない。まあどちらにせよこれが本当のことなら、まず間違いなく国家間で大きな問題となるだろう。このままではこの国から出ることができなくなってしまう。最悪の場合、もう国境は封鎖されているかもしれない。
 このままいけば、ミハエルの依頼はもうすぐ済むだろう。目的地までの距離は大したことはない。だがここ最近の騒動での、治安の悪化は無視できない。所属不明のコトダマ使いに襲撃された村で、どさくさにまぎれて生き残った連中を奴隷商人に売りつけるようなやつらまで出てきているようだ。山賊まがいの奴らも随分増えているようだし、当分仕事に困ることはないだろう。労働とは尊いものだ。まあ新しく何かしら依頼を受けるにしても、下調べをしっかり行わなくては死ぬ確率が高いだろうが…。
 とりあえず、国境が封鎖されていなければ、このままの方針でいけるだろう。むしろ戦時になれば禍紅石の価値は跳ね上がる。当初の予定より、多めの金が手に入るだろう。
 国境が封鎖されている場合、禍紅石を持っていては危険だろう。エネの例もある。誰かに取られたり、奪われたりするのは避けたい。どこか安全なところに隠して、国外に行くことのできるメドが立つまでは傭兵業で食っていくしかないだろう。
 そうときまればさっさとミハエルの依頼を終わらせたいのだが、そうは問屋が下ろさなかった。
 待ち合わせの時間になっても、ミハエルは戻ってこなかった。約束の時間から1時間、流石に嫌な予感のしたラドルフはミハエルの向かった商人ギルドへと行くことにした。その道中、ホームレスらしき子供がよってきた。よく見ると何か紙を持っている。
「あ…あの」
「お前にやる金も食い物も無い、さっさと失せろ」
「これ…でっかい剣を持ったラドルフって人に…渡せって言われて…」
 ラドルフは紙を手にとって書いてある文字を見る。
――お前の依頼主は預かった。一人でこの町のはずれにある小川に来い――
 紙を握りつぶすと子供に訪ねた。
「どんな奴に頼まれた?」
「騎士の人…でした。凛々しい感じの…」
 おそらくは関所で会ったあいつだろう。目的も理由もいまいちはっきりしないが、よくない状況であることに変わりはない。ラドルフは手持ちの装備の確認を済ませると、紙に指定された場所へと向かった。
 小川に着くとミハエルと騎士が4人、その中の一人に例の奴がいた。
「わざわざ来てもらって悪いな」
「人質を取っておいて言うセリフじゃねえな。それがあんたの言ってた誇りかい?随分と大層なもんだな」
 例の騎士は少しカチンときたのかやや眉を吊り上げるも、再び笑顔を作って話しかけてきた。
「彼に危害を加えるつもりはないよ、ただ少しつきあってくれればいい」
 芝居がかった話し方がいちいちむかつく奴だ。
「俺みたいな薄汚い傭兵風情に何をしろと?」
 騎士は口元をいびつに歪ませて笑みを作った。
「私の剣の相手になってもらう」
「…は?」
 あまりに意外な答えにラドルフは間抜けな顔で聞き返した。
「だから決闘だよ。ここに居る彼らも私と同じ貴族出身の騎士なのだが、まだ経験が足りないせいかどうも気が弱くてね。私が実戦の見本を見せ手上げようと思ったわけだよ」

――これがこいつの誇り?
――ただの自己顕示欲が強いだけのボンボンじゃないか
――くっだらねぇ
――本当に
――反吐が出る

 ラドルフは背のバスタードソードブレイカ―を地面に突き刺すと、柄を左手で握った。
「なら、ミハエルは解放しろ。そのひよっこ騎士どもに退路を断たせれば俺は逃げられんしな」
「いいでしょう。人質がいたままではあなたも気が散ってしまうかもしれませんしね」
 ミハエルが解放される。何度もこっちを振り返るミハエルに早く行くように促すと、ミハエルは町の方へ全力で走って行った。
「さて、さっさと始めましょうか。あの商人が人を呼んでくるまでに終わらせましょう」
 得意げな顔をする騎士。剣を抜き構える騎士に対して、ラドルフは自分の体と相手の間にバスタードソードブレイカ―を挟むような位置取りを取った。ラドルフの右手にはダガーが握られている。
 真っ向から突っ込んで切りかかってくる騎士に、ラドルフは左手で握っているバスタードソードブレイカ―の柄を斜めに倒して、騎士の剣撃を防いだ。
「その大剣は盾のつもりですか?ならば、回り込むだけです!」
 その言葉道理に回り込む騎士だが、ラドルフもバスタードソードブレイカ―を軸に体を入れ替える。その動きにいらついた騎士は、上段から剣をラドルフに向かって切り下ろす。その動きに待っていましたと言わんばかりに、体勢を低くしたラドルフが騎士の脇腹を切り裂いた。ように見えたが、鎖帷子を着こんでいたのか刃がはじかれる形となった。
「残念…でしたねぇ」
 騎士は剣を構え直し渾身の突きを繰り出す。とっさにラドルフは、バスタードソードブレイカ―を騎士に向かって倒した。ただ倒れてくるだけの剣は脅威ではないと判断したのか、突きを放っていた騎士は剣の鍔で受けた。
「――!!」
 受け止めた瞬間、その予想以上の重量に騎士は大きく体勢を崩した。その瞬間を見逃さなかったラドルフは、バスタードソードブレイカ―の切れ目に騎士の剣を挟み込ませると剣をそのまま地面に叩きつけた。剣を握ったまま倒れた騎士の手にダガーが深々と突き刺さる。
「ぎゃああああ」
 騎士の傍らにしゃがみ込むと、ラドルフは刺さったダガーをぐりぐりしながら話しかけた。
「この決闘、俺の勝ちだな」
 周りに居る新人騎士たちは青ざめた顔でラドルフ達を見ている。
「ちょ…やめろ!おまえらなにしてる!さっさとこの薄汚い傭兵を切れ!!」
 新人騎士たちはビクッと体を震わせ、互いの顔を見ている。
「切りたきゃ切ってみろ。最低でも2人は道づれにさせてもらうがな」
 そう言いながら、ラドルフは騎士のもう片方の手を刺した。
「があああああ!きっさまあ!絶対に許さんぞ!!」
 いらついたラドルフはさらに騎士の太ももをえぐるように刺した。周りの新人騎士達から悲鳴のようなものが聞こえたが、ラドルフはそっちの方を一瞥して地面に唾を吐いた。立ち上がって騎士の鳩尾を蹴り飛ばすと、おびえている新人騎士たちに向き直った。
「ほれ、お前らの先輩を手当てしてやるんだな」
 そう言ってダガーとバスタードソードブレイカ―をしまうと、町の方に歩きだした。新人騎士たちは手負いの騎士に駆け寄った。痛みにうめき声を上げる騎士だったが、ラドルフの背中を睨みつけて叫んだ。
「我が名はホーク・ザルトランドだ!貴様の顔覚えたからな!覚悟しておけ!!」
 振り返ることなくラドルフは歩き続ける。彼の心には怒りも悲しみもなかったが、ただあの醜い誇りには、ほのかな懐かしさを感じていた。
 ラドルフは町へ向かってとぼとぼ歩いていた。気分は最悪。人を殺してもいないのに、ここまで気が滅入るのも珍しいことだ。そんな風に考えていたところに、町の自警団らしき集団が見えた。まだこっちに気付いていないようだったので、ラドルフは茂みに隠れて様子を見た。その集団の一番後ろに、ミハエルの姿があったので、静かにしろというジェスチャーをしながら小声で話しかけた。
「おーい、ミハエル」
「―!無事だったんですね」
「いいからとっととずらかるぞ。殺しちゃいないが貴族に重傷を負わせたんだ、面倒なことになる前にこの街を出るぞ」
「わかりました」
 コソコソと自警団らしき集団から離れラドルフと合流したミハエルは、状況を説明しながら荷馬車へと向かった。
「やはり今回の件はあの騎士の独断のようです」
「まあ…そうだろうな」
「町の住民からの評判もひどいもんです。自警団の方々も、ようやく奴に引導を渡せる!って張り切ってましたからね」
「連中の気持ちもわからんでもないがな。まあ引導はともかく、今回の騒動は奴にとって恥でしかないからな。直接俺らに文句言ってくることはないだろうが…」
「わからないように嫌がらせや、最悪闇討ちくらいはしてくるかもしれませんね」
「できるだけ、あのボンボンに行き先が知られないようにしたほうがいいな」
 そんな会話をしていたら、ラドルフ達はいつの間にか荷馬車までたどり着いていた。
「ええ、ちょうど目的地が変更になったばかりでしたから、ラッキーでしたね」
 ラドルフはフンッと鼻を鳴らして荷馬車に乗り込んだ。
「ラッキーなら、そもそもこんな騒動に巻き込まれてねぇよ」
「そ、それもそうですねぇ」
 ミハエルは苦笑いするしかなかった。そして二人が微妙な表情のまま馬車は動き出す。
「で、なんで目的地が変わったんだ?」
「本来の目的地は…もう無いんですよ」
「まさか…!」
 目を見開いて驚くラドルフに、ただ黙って頷くミハエル。当然商品を売りに行くことが目的だったのだから、目的地の街はこのアイザック地方の中でも2番目か3番目に大きい街だった。それが壊滅するなど、戦時ならともかく平時ではありえない。
「被害の範囲が広すぎるな。例の…所属不明のコトダマ使い、少数かと思っていたが結構な数なんじゃないか?」
「情報規制が厳しくてはっきりとはわからないですけど、私見ですが最低でも5人は動員されていると思います」
 コトダマ使いが5人。それはひとつの国家が使役する戦闘特化のコトダマ使いと同じくらいの数だ。ハッキリ言って尋常ではないだろう。
「その数は両国の被害を踏まえての数…だよな?」
「そうですが、どうかしたんですか?」
 その数なら両国が2,3人ずつ派遣したと考えれば数は合うのだが、ラドルフは妙な違和感を覚えた。しかし、今考えるべきは、両国の情勢ではなく危険への対処法だ。ラドルフは考えを切り替えることにした。
「とりあえず、依頼人はおまえだから判断は任せるが、引き際を間違えるなよ?俺は儲けと一緒に墓石に入る気はないからな」
「わかってますよ。だから目的地を比較的安全なところに変更したんですから。買い手も決まりましたし、この旅ももうすぐ終わりですよ」
 その言葉を聞いてラドルフはふと思った。よくよく考えると、ラドルフにとってこの旅の目的は禍紅石を国外で売りさばくことなので、まだ半分すら終わっていないことに気付く。自分の状況を正確に把握したラドルフには、ただガックリとうなだれるしかできなかった。その様子を見ていたミハエルはただ首をかしげていたが…。
14, 13

  

 町を出発するまでは散々な目にあったラドルフ達だったが、出発してからはほのぼのとした旅路を満喫していた。
「そういえばホームレスや孤児たちを、奴隷商人に売りさばいている人たちが増えてきているらしいですね」
「らしいな。まあ戦争してた時はたいして珍しくもなかった気がするがな」
 ややだらけた姿勢で、ラドルフはミハエルの話に相槌を打つ。
「まあそのせいで治安が悪くなるのを防ぐために、新しい法律ができたみたいですよ」
「新しい法律?奴隷制度をなくすのか?」
「それができればいいんでしょうけど、急にそれをやってもいろんなものが成り立たなくなっちゃいますからねぇ」
「じゃあどういう法律なんだよ?」
 ラドルフは体を起こして訊ねた。そこそこ興味のある話題のようだ。
「一人の奴隷商人が商える奴隷の数を制限するみたいですよ」
「年に上限に設定された人数までしか売れない、ってことか」
「ええ、そうすることでやたら人間狩りが行われることを抑制する狙いがあるみたいなんですが…」
 なんとなく煮え切らない態度のミハエルにラドルフは首をかしげた。
「なんか問題があるのか?」
「そうなると売る側としては多く利益を上げるために、奴隷一人ひとりの値段を高くする必要がありますよね」
「まあ、そうなるわなぁ」
「そうなると、その…女性や子供の方が労働用の男性奴隷よりも高いですから。」
 ラドルフは妙に納得してしまった。つまり一般向けの奴隷を扱うよりも、金をたんまり持っている変態貴族向けの奴隷の方が儲けられるということだ。理由は理解できるが、何とも胸糞の悪い話だ。結局のところ人間狩りもターゲットが女子供に絞られるだけで何ら解決になってはいない。
「ミハエルは奴隷を商ったりしないのか?」
「僕は無理ですよ。元手がたくさんないと奴隷商にはなれませんし。国の許可証を手に入れるためのコネもないですから」
 まあ、それ以前に性格的な問題で無理な気もするが。
「ラドルフさんは奴隷商に人を売り渡したことがあるんですか?」
「俺はしたことはないな。昔共同で受けた依頼があったが、その時の相方が生き残りを売り払ってたのを見たことがあるくらいだな」
「生き残り?」
「ああ、盗賊の討伐依頼だったんだよ。連中が下っ端として使ってたガキが生きててな。ほっといても餓死するか、保安騎士に見つかったら盗賊の残党として処理されそうだったからな」
「それなら教会に預けるって手もあったんじゃないですか?」
 ミハエルがそう言ったとき、ラドルフの表情がやや暗いものに変わったように見えた。山の影に入ってよく見えなかったが。
「教会に預けるくらいなら、その場で殺してやった方が幸せだろうよ」
「どういうことです?」
「連中は忠実な駒を作るために洗脳に近い教育を施すって話だからな」
「まあ、確かに教会出身の騎士や文官は、優秀な人間が多いとは聞きますが」
「無能な貴族の隊長をカバーするために、補佐官として教会出身者をつけるのは定石だしな。国に対する忠誠心も人一倍強く、部隊の効率も上げ、貴族のメンツも守る。まさに至れり尽くせりの完璧な国の犬って奴だ」
 やるせない気持ちで俯いたミハエルの肩を軽く叩いてラドルフは言った。
「洗脳を受けるくらいなら、奴隷としてどっかの下働きにでもなった方が、暮らしはきつくても心は自分のままでいられるからな」
 そう話したラドルフの顔には、さっきのような暗い表情はなかった。
 そんな話をしながら旅は続いた。ミハエルが利益を減らしてまで、安全なルートを選択しただけのことはある。この間までのゴタゴタがウソのような平和な旅路だった。目的の町について宿をとると、久しぶりのベットのおかけでラドルフは夜まで爆睡していた。
 コンコン。部屋のドアが叩かれる。ラドルフは暗くなった外の景色を見ると、頭をかきながらドアを開けた。
「よう、ミハエル。取引はもう終わったのか?」
「ええ、当初の予定より少々少ない儲けでしたが、まあ許容範囲内ですよ。」
「なら、俺で依頼は達成ってとこか?」
「はい、これが報酬になります」
 皮の袋に包まれた貨幣を、ラドルフは受け取って中身を確認した。
「ん?随分多くないか?」
「今回は随分ラドルフさんに助けられましたから、追加報酬ってとこです。まあ、関所で払うはずだった通行料がそのまま残ったってのもありますが」
「そういえば関所が壊滅してたから通行料どころじゃなかったな」
「まあ、仕事の話はその位にして、せっかく一仕事終えたんですから今から一杯やりませんか?」
 そういってミハエルは酒瓶を取り出した。エネの一件から酒を断っていたラドルフに、この誘惑から逃れる術はなかった。互いに杯を合わせて乾杯し、今までの旅の苦労を肴に酒をどんどん消費していった。
「で、ミハエルはこれからどうするんだ?」
「とりあえずは、今回のもうけを元手にして新しく商品と情報を仕入れるために、首都に行こうと思ってますよ。ラドルフさんは…そう言えば訳ありでしたね」
「ああ、あんまり詮索しないでくれると助かる」
「でもここまで来たってことは国境を超えるんですよね?」
「それも今の情勢じゃ難しいかも知れんがな。もう少し様子を見てから決めるさ」
 ラドルフは杯の中の酒を一気に飲みほした。目の焦点がそろそろ合わなくなっているようだ。ミハエルは席を立つと、ウトウトしだしているラドルフに毛布をかけた。
「お疲れ様でした」
 そう言うとミハエルはラドルフの部屋を後にした。

 太陽が最も高くなるころ、ラドルフとミハエルは町の出口で顔を合わせた。二人とも旅支度は万全だった。
「また機会があればよろしくお願いします」
「ああ、そんときは今回よりも面倒事がない時にしてくれよ?」
 二人は顔を合わせて笑うと、振り返って互いの行くべき方へと進んでいった。 
「じゃあ、またな」
「ええ、また今度」
 そう言って二人は別れた。ミハエルは一度振り返ったが、ラドルフの堂々とした背中を見て、自分の進む道をしっかり見つめ直した。
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