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それぞれの理由

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 ラドルフ達がこの仕事を始めてて5日が過ぎた。結局のところ彼らの仕事は有事の際の防衛戦力だ。何かがあるまでは基本やることはない。あえて言うなら、常に戦うことのできる状態を保っておくことが彼らの仕事である。まあそれも、よっぽどグータラ生活したりしなければ問題はない。ぶっちゃけ暇である。ジーノは暇があれば何かと自警団の雑用仕事を引き受けている。昨日部屋に帰ったら、そのご褒美とやらが山のように積まれていたのにはさすがにラドルフも驚いた。案外ジーノは年上にモテるタイプなのかもしれない。まあそれはさておき、一番ラドルフ達にとってありがたかったのは、そのご褒美の山の中に白墨が混じっていたことである。誰かが話すことのできないジーノのために気を使ってくれたのだろうが、このおかげで二人のコミュニケーション効率が格段にアップした。これでもう少し字がきれいに書けるようになれば、言うことはないだろう。
 そんなこんなで日々を過ごしていた二人だったが、ラドルフはせっかくなのでジーノに戦闘技術を仕込むことにした。もともとサバイバル能力ではラドルフを上回っているジーノだが、こと人間との戦闘に関してはラドルフに一日の長がある。ラドルフの持っていた予備の短剣はジーノに渡してはいたのだが、もっぱら狩りの道具としてしか使用していない。森や障害物の多い所で戦うならいざ知らず、なにも隠れるものが無い場所で正面から敵と向き合って戦う練習もしておくべきだろう。人間が敵である時の対処法もできるだけ経験しておくべきだろう。
 そんな風に考えて、ラドルフは木製の短剣と訓練場を借りてジーノの特訓を始めた。このときのジーノの気迫は凄まじいものがあった。いつもは無表情で感情を表に出さない奴なのだが、特訓の時の必死さは尋常ではない。実際飲み込みもよく、センスもかなりいいので生徒としてはかなり優秀なのだが、その必死さの理由が気になってラドルフは休憩中に聞いてみることにした。
「ジーノ、お前なんでそんなに訓練の時は必死なんだ?」
 ジーノはラドルフの質問を聞いて首をかしげた。
「ああ、別に必死になるのが悪いってわけじゃない。ただなんでそんなに強くなりたがっているのかと思ってな」
 ジーノは白墨とA4くらいの大きさの板を取り出すと、文字を書き始めた。
 かぞく かたき
 ジーノは文字を書いて物事を伝えるときは、基本単語のみを書く。
「復讐か…。家族、ねぇ」
 その言葉を聞いてジーノは再び文字を書きだした。
 かぞく やま くらす ちち はは いもうと
 そこで文字を書くスペースが無くなったので、ジーノは一度消してまた書き始めた。
 ちち はは うごく ない いもうと くび き…
「もういい!!」
 ラドルフはジーノの手を押さえつけた。よく見るとジーノの手は震え、ひどく汗をかいていた。そんな状態でも顔が無表情のままであることがが、ラドルフにはひどく歪に見えた。
「思い出さなくてもいい。だが…」
 ラドルフは立ち上がってジーノの頭に手を乗せた。
「これからその問題をどうするかは自分で決めろ。時間をかけてもいい、決断を他人に任せたところでいいことなんてないからな。その結果自分がどうなろうと最後に笑いながら死ねたら上出来だ」
 その時ラドルフが見せた笑顔をみて、ジーノの手の震えは止まっていた。
「いいか?最後まで自分で選択し続けろ。そうすれば案外、お前の声が戻る日もくるかもしれんしな」
 ラドルフはジーノの頭をポンポンと叩くと、手拭いを渡して訓練場から出ていった。

 ジーノとの訓練の後一通り汗を拭いてさっぱりしたラドルフは、着替えてベットに仰向けに横たわっていた。ラドルフはジーノの声を出せない状態は、もしかしたら心因性のものかもしれないと考えていた。まだ12歳の子供が眼の前で家族を殺されるような光景を見れば、どこかおかしくなっても何ら不思議ではない。そんなことを考えながらゴロゴロしていると、ドアをノックする音が聞こえた。
「あいてるよー」
 気の抜けた声で返すラドルフ。入ってきたのは予想外の人物、野獣使いことムーヌだった。
「ちょっと時間いいかしら?」
 ラドルフはムーヌの姿を見るやいなやビシッと姿勢を正してベットに座った。
「ああ、大丈夫だ」
 キラリとたいして白くもない歯を見せると、下心丸出しの笑みで迎え入れた。辺りを確認する。どうやらガルはいないようである。
「で、どういったご用件で?」
 もはや息まで荒くなり始めているラドルフを全く意に介さずに、真剣な表情でムーヌは話し始めた。
「あなたに訪ねたいことがあってね」
「訊ねたいこと?」
 ようやく仕事時の雰囲気になったラドルフは訊ね返した。
「ええ、闘神の弟子として数多くの戦場を渡り歩いたあなたなら知っているかと思ってね」
「ご期待に答えられるほど俺が博識かどうかはともかく、訊ねられる内容を話してもらわんと答えようがないな」
 ラドルフのからかうような話し方にムーヌは微笑で返して本題に入った。
「コトダマ使いがコトダマを使うには、ただ声を出すだけではだめだってことを知ってる?」
 ラドルフの顔色が一気に変わった。ラドルフは目を細め唇をかみしめている。十秒くらいたってようやく口を開いたラドルフは、何とか動く口と舌でかろうじて言葉を吐きだした。
「コスト…か?」
「ええ、禍紅石によってコトダマ使いの能力特性は決まる。そして同様に禍紅石によってコトダマを使う時に消費されるコストも決まる」
「そしてコストはコトダマ使いがコトダマを使用する度に、自身の持ちうる”何か”を奪われることであり、その”何か”は必ず形があるものとは限らないってか?」
「さすが、といったところかしら」
 フンッと鼻を鳴らして不機嫌そうにするラドルフに構わずムーヌは続けた。
「私が探しているのはそのコストで失われたものを取り返す方法よ」
 ラドルフは目を見開いて驚く。やはり野獣使いがコトダマ使いって噂は本当らしい。大方あの野獣を操ることのできる特性を持ったコトダマなのだろう。
「すまないが聞いたこともないな。どういったものをコストとして奪われたのかは知らないが、随分と望み薄な気がするけどね」
「それはわかっているけどね。でも、もうこうして探すしかもう方法が無いの。これでもガルと一緒に3年も探し続けてるのよ。期待に裏切られることにも慣れたわ」
「3年!?そりゃ大変だな。あの獣のような男と3年か、目的のためとはいえきつそうだな」
 ラドルフとしては軽く言った言葉だったのだが、彼女はお気に召さなかった様子だ。
「この間驚かせてしまったのは悪かったけど…。あんまりうちの旦那を悪く言うのはやめてくれない?」
 このセリフがラドルフの耳に届いた時、彼の体感時間は間違いなく止まった。ラドルフは思考を回復させるのに10秒、そこから言葉を発するまでに5秒かかった。
「ダ…ダンナ?」
「あれ?言ってなかったかしら。私たちは夫婦よ。彼はね、あれでも結構いいとこあるのよ」
 ムーヌがちょっと顔を赤らめて体をくねらせて照れている姿に、ラドルフは若干トキメキつつ”それ、なんてプレイ?”という喉まで出かかっている言葉を飲み込んだ。これでもラドルフは空気の読める男である。たとえ”いいところ?獣なみの腰使いで夜はハッスルできるとこか?”と質問したい欲求に駆られても、彼は決して言わないのである。
 まあこの後はムーヌののろけ話を30分ほど聞かされて、ラドルフはベッドに仰向けで寝そべった。精神的にクタクタではあったが、ジーノやムーヌの事情を聴いてラドルフにも思うところがあった。自分が傭兵として生きている理由、普段は意識していないことだが今日の二人を思い出すとそうもいかない。ラドルフにも理由はある。だが、今彼の頭の中に思い浮かぶのはかつて闘神と言われた男の背中だけだった。少しばかり考えることが億劫になったラドルフは、眠りへと落ちてゆく。
 せめて今夜彼の見る夢が、悪夢ではないことを祈ろう。
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