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再会と迫りくる暗雲

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 報酬がもらえるまで少しばかり時間のできたラドルフ達は、例のコトダマ使いが使っていたガントレットについての情報を集めることにした。この国で最も金属加工技術が優れているこの街の連中のなかにはこれが何であるか、どこで製造されたものか知る人間もいるはずである。そう考えてひたすら鍛冶屋や防具屋などを巡ってみたもののめぼしい情報は手に入らなかった。ここの防具屋で情報が無かったら諦めようと考えて店に入って見ると、ラドルフは意外な顔を見つけた。
「お前ミハエルか?なんでこんなとこに居るんだ?」
 ミハエルは驚きよりも、再会できたことに対する喜びの方が大きい様で笑顔で返してきた。
「ラドルフさんこそ、てっきりキサラギに居るものとばかり思ってましたが…」
「とっくに国境は封鎖されてたよ。今は逆に国境から離れるための旅路の途中だ。まったく、面倒なことだ」
 軽口を叩くラドルフを見てミハエルは相変わらずですねぇ、と呟くとラドルフの後ろに居るジーノの姿に気付いた。
「ラドルフさん、その子は?」
「こいつか?こいつはジーノって名前でな、お前と別れた後に川辺で行き倒れてるのを拾ったんだが、思いのほか使える奴だったんで仕事の手伝いをしてもらってるんだ」
 ミハエルは眼を見開いて驚いた。
「こんな子供に傭兵業の手伝いをさせてるんですか!?」
 ラドルフも相変わらずだな、と呟いてから返した。
「俺が師匠の手伝いを始めたのもこのぐらいの年だったし、まあ大丈夫だろ。それにこいつのサバイバル能力は俺より高いかもしれんし…」
「そ、それはまたすごい少年ですねえ」
 ミハエルがジーノを見る目つきがかわいそうから末恐ろしいに変わっていたが、ジーノは相変わらずの無表情でミハエルを見ていた。
「で、お前こそこんなとこで何やってんだ?とっくに首都で商売してるもんだと思ってたんだが…」
ミハエルは明らかに気落ちしたような様子で答えた。
「ええ、今この国の首都は基本的に人の出入りを禁じているらしいんですよ」
 ラドルフは眼を見開いて驚いた。
「は?なんでまたそんなことを?」
「今まで国境付近の村や街を襲っていたコトダマ使い達は、この国が全く把握していないコトダマ使いです。今のところ一般人とコトダマ使いを見分ける方法はありませんから…」
「首都が直接コトダマ使いに奇襲されるのを警戒してるってのか?」
「そのようですね」
 ラドルフは頭を抱えて大きなため息を吐いた。
「でもそんなことしたら物流も止まってしまうんじゃないのか?」
「ごく少数ですが、王侯貴族に認められ信用のある商人のみが首都の出入りを認められているようなので、そこは問題ないのでしょう」
「問題無いのは王侯貴族の連中だけだろ。そんな商人が商ってる品を一般人が普通に買えるとは思えん」
 ミハエルは苦笑しながら答えた。
「まあ、そうでしょうねぇ。首都に居る一般市民の皆様には同情しますよ」
「でもなんでお前はこのルグレンに居るんだ?」
「もちろんここで仕入れをするためですよ。戦争の気運が高まっている今なら武器はどこの自警団も欲しがっているでしょうから」
 ラドルフはその話を聞いて首をかしげた。
「ん?なんで商売相手が保安騎士や傭兵じゃなく自警団なんだ?」
 ミハエルは声を小さくして、ラドルフの耳に囁くようにして話した。
「あまり大きい声では言えないんですが、つい最近街がコトダマ使いに襲われた際に街を守るべき領主たちが逃げ出した事件がありまして…。その噂がどこからともなく広まっていて、街を守るのは騎士に任せておけない、みたいなかんじになってるんですよ」
 ラドルフは凄まじく心当たりがあったので、苦笑いするしかなかった。
「なるほどな。だからどこの街の自警団も今のうちに、武器や人を集めてるってわけだ」
「それにこのルグレンで作られた武器なら信用もありますから、間違いなく売れると思いまして」
 ラドルフは少し考えるとミハエルに訊ねた。
「仕入れが終わったらどこに売りに行くんだ?」
「国境付近だともう武器商人たちが殺到してそうなので、あえてここはラドルフさんと出会ったあの街を経由して、首都近辺の街に武器を売りに行こうかと思ってます」
「なんならその武器を売りに行く道中、あの街までなら俺らが護衛しようか?」
「いいんですか?」
「ああ、途中までだから報酬はそんなに高くなくてもいい。とりあえずあの街に戻れれば俺らとしてはひと段落だからな」
 ミハエルはラドルフの手を掴むとぶんぶん振って喜んだ。
「ぜひお願いしますよ!今傭兵たちは大仕事にありつくために国境付近に向かうひとの方が多いですから、国境とは逆方向に行くために護衛を頼むと料金が通常より高くてうんざりしてたんですよ」
「なら、交渉成立だな」
 ラドルフはミハエルの手を握り返すと笑顔で返した。
 ラドルフとミハエルが再会してから4日ほど後、3人の若手の騎士は部隊を率いてルグレンに向かっていた。彼らの顔は皆揃って暗い表情をしている。そのうちの一人が愚痴をこぼした。
「全く、やってられないな。いつまでこんなめんどくさい状況が続くんだろーな」
 それを聞いた眼鏡をかけた騎士が、愚痴をこぼした騎士を諌めた。
「声が大きいよ、ゲイル。部下たちもいるんだ、愚痴をこぼしたくなる気持ちはわかるけど、もっと小さい声で言ってよ」
「ヘイヘイ、キースは真面目だねえ」
 投げやりな相槌をうつゲイルにあきれたような表情をするキース。それを見ているやや大柄な騎士は、黙ったまま暗い表情をしている。
「ほんと副隊長があの傭兵に負けてから散々だな」
 内容が内容だけにさっきよりも声を小さくして話すゲイル。
「だな」
 ボソッと大柄な騎士もそれに同意した。
「まあ仕方ないよ。あのおかげで副隊長は入院しちゃったし、あの怪我をごまかすのに随分苦労したって話だしねぇ」
「そのしわ寄せに俺らの負担が増えてるのが問題なんだろうが!」
「だな」
 3人は同時にため息をついた。ここ2ヶ月間彼らの副隊長であるホーク・ザルトランド殿の穴を埋めるべく、新人士官騎士としてはやや荷の思い任務をやらされ続けてきた挙句、帰還すれば副隊長殿のご機嫌取りをしなくてはならない3人のストレスは限界に達しつつあった。
「家を出て親父殿のご機嫌取りから解放されたと思ったら、今度は上司のご機嫌取りかよ。やってらんねーや」
「まあ仕方ないさ、貴族といっても僕らは所詮次男、三男。何か公務に着くことが、独立するには一番手っ取り早かったんだから」
「だな」
 やや大柄な騎士の同じ言葉ばかりを繰り返す話し方に、ゲイルはいらついた。
「だー!トマス!お前はそれしか言えねぇのかよ!」
 怒られてトマスはショボンとしてしまった。
「…すまん」
 そこにキースが割って入った。3人のいつもの流れである。
「まあまあ、ゲイルだってトマスが口下手なの知ってるじゃないか。トマスもせめてもうちょっと頑張ろうな」
 後ろから見ている彼らの部下達にとっては、割といつも見ている光景である。ひそかに彼らはゲイルが駄々っ子、トマスがいじめられっ子、キースがお母さん役と認識していたりする。故に指示を仰ぐべき相手は基本的にキースに絞られるわけである。
 まあそんな感じでやや不遇な3人は愚痴をこぼしながらルグレンに到着した。今回の3人の任務は武器、防具の受領である。商人のヴェルンという男が国のために寄付してくれるらしい。まあゴマすり目的なのが見え見えなのだが、わざわざくれるというものを断る理由もない。さっさと受け取って帰る、今回はそれだけの単純な任務である。
 実際その寄付される武器や防具を見てみると、驚くほど軽い。それでいて強度も申し分ない。いかにこの国で最も武器防具の開発がすすんでいる街とはいえ、ここまでのものはそうお目にかかれない。キースはヴェルンにこれらの武具について訊ねることにした。
「よろしいのですか?これほどの武具をこれだけの数を寄付するなど…。随分な額になるのではないですか?」
 ヴェルンはいやらしい笑みを浮かべると、手もみしながら説明を始めた。
「ええ、これらはもともとある名匠が作ったものだったのですが、その方が先日亡くなられまして…。そのお弟子さんができるならば国のため役立ててほしいと私に頼んできたのですよ」
 その説明にいささか疑問を持ったキースはヴェルンに訊ねた。
「ですがなぜそのお弟子さんは直接国ではなく、あなたを経由して寄付したのですか?」
「ええ、そのお弟子さんはここにある武具だけでなく、これから作ったものも含めて国の役に立ちたいと申されましてねぇ。あくまでこれはお試し品です。これ以降はお代をいただくことになりますが、それら以上のものを提供することをお約束いたしますよ」
 まあ要するに売り込みたいのだろう。何が寄付なものか。これからこの武具の代金以上の利益を上げるための、ただの先行投資ではないか。そう思ったところにさらなる疑問が浮かんだ。これらの武具がその名匠によって作られたのならば、なぜ今まで世に出なかったのか。そのことについてキースはヴェルンに聞いてみると、どうやらその名匠とやらは自分の気に入った相手にしか武具を売らない偏屈爺さんだったそうだ。しかもその名匠の技術を弟子の一人が独占しようと逃げたらしい。
「まあそっちの件はもう解決したから問題ありませんよ。大きな剣を背負った傭兵に片付けてもらいましたから」
 その話を聞いてキースは眼を見開いて驚いた。そして今にもヴェルンに掴みかからんばかりに問いただした。
「そ、その傭兵のことを詳しく聞かせてください!」
29, 28

  

 キースは二人にヴェルンからさっき聞いた話をかいつまんで話した。副隊長に大けがをさせた傭兵の名はラドルフ。かつて闘神と言われた傭兵の弟子。今まで名前さえ知らなかった彼らにとっては大きな収穫だった。
「キースでかした!これで副隊長のご機嫌取りも楽になるなぁ」
 あからさまに喜ぶゲイルに少しあきれるキース。
「今武具を積み込んでいるところですから、その間にできる限りラドルフの情報を集めましょう。彼が仕事をこなした日数から考えてもそんなに遠くに入っていないでしょうし、もしかしたらまだこの街に居るかもしれません」
 さっきまで喜んでいたゲイルがうってかわって静かになった。
「居たらまずいだろ。俺らだけじゃどうしようもないぞ」
 トマスはその言葉に、首を激しく縦に振っている。
「とりあえず、まだ彼に接触する必要はないでしょう。ラドルフの行き先だけでも分かれば十分ですよ」
「よし、なら手分けして探すか。俺とトマスは西側、キースは東側な」
「ええ、では日が沈んだ頃に合流しましょう」
 そして3人は聞き込みに入った。
 東地区は鍛冶屋、防具屋が多い。ラドルフ達は例のガントレットを調べるために歩きまわっていたため、情報はすぐ集まった。しかもあんな大きな剣を背負っている男だ。皆印象に残っているため調べやすかった。キースがとある鍛冶屋で聞き込みをすると、そこでラドルフは短剣の手入れを頼んだらしい。そこの職人の話を聞いているとキースは妙な話を聞いた。なんでもラドルフが手入れを頼んだ短剣の一本に、使用した跡こそなかったが随分高価で年季の入ってそうなものがあったそうだ。しかもその短剣の柄を取り外したところに、何かの紋章のようなものが刻まれていたらしい。その紋章は太陽をかたどったものであったそうだ。キースは不思議に思った。柄の下に紋の入った短剣は貴族の党首とその跡取りが持つものだ。覚えている限りでその紋を職人に書いてもらうと、時間だったので集合場所に戻ることにした。
 ゲイルとトマスはラドルフが泊った宿を見つけたらしく、その店主がラドルフの行き先を聞いていたので目的地も判明したようだ。
「この情報で少しは副隊長の機嫌がとれるといいんだがなぁ」
「そう、ですね…」
 気のない返事を返すキース。さっきの短剣に刻まれた紋が気になって頭から離れなかった。そんなキースの様子を見たトマスが、笑顔でキースの肩を叩いた。それで少し安心したのかキースはいつもの調子に戻って隊を指揮し始めた。
 彼らもラドルフも、この情報がこの先何をもたらすかを知る術は無い…。
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