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逃げる算段

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 なんのかんので街はずれの湖で水浴びをした後、ラドルフは例の箱の中身を確かめておくことにした。もともと鍵の付いた小箱だったが、すでに前の所持者だった強盗どもがカギをぶっ壊してあったので難なく開けることができた。その中には血のような赤い石が入っていた。所々赤黒い線の入ったそれは禍々しさを感じさせる。
「――ッ」
 ラドルフは絶句する。さっきまでの浮ついた気持ちが吹き飛んでしまった。よりによって禍紅石(かこうせき)だったとは…。おそらくこの小箱に入りうる大きさのアイテムの中でも最も厄介なものだろう。コトダマ使いがあんなショボイ強盗のためにわざわざ出てきた理由がわかってしまった。できればそんなもんは知りたくもなかったが…。
もはやため息すらでなかったが、早々に行動を起こさないと儲けるどころか殺される可能性すら出てきてしまった。ラドルフは今の装備と所持金の確認をしながら、この国を出る算段を始めた。

 禍紅石、その名の通り禍をもたらす紅い石である。この石のせいでいくつもの村が滅んだ、悪魔の宿る石、天災を招く石、など不幸を呼び込む石として一般的には知られている。故に国は禍紅石を見つけたら速やかに報告、または提出することを義務づけている。まあ、見つかることなどほとんどないのだが…。
 実際はただ所持しているだけで、この石にそんな効果は無い。この石は長年秘匿されてきたコトダマ使い達の力の根源である。この石は、幼い子供の声帯に秘術を用いて融合させることによってその力の使用を可能とする。一般人にはコトダマは何でもできる万能の力と思われがちだが、実際その力は限定的なものである。例えば強盗たちを店の外へ誘導したコトダマ使い、あれは相手の動きを操作、あるいは誘導する類の力だが、それ以外は全くできないのである。一つの石に一つの性質。力の性質に関しては、禍紅石によって決まるので強い特性を持つ禍紅石は常に奪われる危険があるものである。そうでなくとも禍紅石はただでさえ数の少ない石であり、コトダマ使いは国の重要な戦力となるため、常に禍紅石は最重要アイテムとして国が捜索している。

 そして、この禍紅石は保安騎士とコトダマ使いが追いかけている。本来この国のものであるのならば、この国で売ることは不可能だろう。他国へ行きコトダマ使いか、国そのものに売りつけることができれば、この石だけで土地付の家を買ってもまだ残るくらいの金が手に入る。そう考えてラドルフはできるだけ不自然にならないように街を出ることにする。幸い今いるこの街は街道がいくつも交差している中心地にあるため、物流が激しく、護衛を必要とする商人が多い。そういった仕事を受けて街を出れば不自然ではないだろう。そう考え、ラドルフは商人のよく集まる酒場へと向かった。
 時間帯もあって結構な人数が酒を飲んでいる。話している内容は物価や為替、今日の儲けについて、などばかりである。カウンターに座りながら店主に訪ねてみることにした。
「なあ、国境近くヘ行く商人で護衛が必要ってやつを知らないか?」
 店主は怪訝そうな顔で答える。
「ここは酒場だぞ。そんなん商人ギルドに聞けば一発だろーが」
「まあそうなんだけどな。でも直接契約すりゃあギルドに仲介料取られなくて済むじゃねーか」
 まあ今回の場合ギルドに仲介を頼むと記録が残るので、そっちの方が厄介なのだが。店主は軽く呆れた顔をして答える。
「ここに来る傭兵どもはそんな要件ばっかで来やがるな。で、国境近くってどっちだ?」
 ラドルフが今いる国クレスト皇国は2つの国に隣接している。1つはキサラギ共和国、もうひとつは宗教国家ミラージュだ。つい3年前まではクレスト皇国とキサラギ共和国は戦争していたのだが、今は休戦協定を結び積極的に貿易を行っている。
「できれば共和国の方がいい」
 店主は店の中を見渡すと大きな声で呼んだ。
「おーい、ミハエル坊や、ちょっとこっち来いや」
 若い男がカウンターにやってくる。金髪の優男だ。
「なんですか?とゆーかそろそろ坊やは勘弁してくださいよ」
「坊やは坊やさ。ところでお前さんはアイザック地方の村に行くんだろ?」
 ミハエルと呼ばれる男は困ったような表情をした。
「そのつもり…ではあったんですが、護衛を雇うだけの資金がないんですよ。今からではレジーナ教の祝日に間に合わせるには、どうしても治安のよくない所も通らないといけないんですが…」
 店主はにやりと笑うとラドルフの方に向き直った。
「こちらの方が格安で護衛してくださるそうだ」
「は?」
 ラドルフは目を見開いて固まってしまった。
「本当ですか!?よかった。今回の仕入れをさばけないと大損害になるところだったんです。本当にありがとうございます」
 思考が動き出したラドルフがストップをかけた。
「ちょっと待て、格安でやるなんて誰が言った!」
 洗い物をしながら店主が答える。
「どーせ金よりも国境近くへ行くことの方が重要なんだろう?」
 見透かされてしまいラドルフはぐうの音も出なかった。せめてもの抵抗に睨んでおいた。全く意味はなかったが。
「何年ここで店やってると思ってんだ。お前のようなやつは雰囲気でわかるんだよ。まあ、たとえ訳ありでも護衛には違いないからな。坊やもそんくらいは飲み込めるだろ?」
 ミハエルはそんなこと気にも留めないような笑顔を作って手を差し出した。
「むしろこっちが無理を言っているのですから気にはしませんよ。これからよろしくお願いします」
 ラドルフはミハエルの顔をしっかり見据えると、あきらめを含んだ笑顔を作り手を出した。
「ああ、こっちこそよろしく頼む」
 ラドルフの胸には不安が渦巻いていた。懐に入れてある禍紅石がやけに重く感じられた。



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