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笑顔?

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 あの農民たちの襲撃から半日、一切休まずに街道をラドルフ達は進んでいた。なんとなくラドルフが人の命を奪った後に見せたあの表情は、見てはならなかった気がしてミハエルは彼に話しかけられずにいた。しかし完全な沈黙にミハエルは耐えきれなくなり、さっきから少し気になっていたことを聞いてみることにした。
「そういえば、なんで嘘ついたんですか?」
 何のことかわからない風な表情のラドルフに、ミハエルは続けた。
「その剣ですよ、扱えないみたいなことを言っていたじゃないですか。」
 納得がいった風に相槌を打ったラドルフは話し始めた。
「あー、あれな。この剣でできる技ってのがあれくらいなんだよ。しかも奇襲限定の技だ」
 大きく息を吐いたラドルフは、やや自嘲めいた笑みを浮かべるとしんどそうに左肩を押さえた。
「おまけに使用後は、半日以上左肩が動かなくなるからな。威力は折紙つきだがやっぱリスクがでかすぎるわな」
 ここで彼は決して言わないが、ラドルフの師匠はこの剣を片手で振り回していた。どうせ信じてもらえるはずがないのはわかってはいたし、かつて闘神とまで言われた師の凄まじさは見た者にしか分からない。まあ、もう闘神の姿を拝むことはできないのだが。
 少し思いつめたような表情をするラドルフが心配になったのか、ミハエルは心配そうな顔をして答えた。
「この先の町で3日ほど滞在しますのでその間はゆっくり休んで下さい」
 ラドルフは訝しげな表情をすると、少し声を荒げて答えた。
「俺のことはいい!ただでさえ時間がないんなら急ぐべきだろう!!」
 その答えに微笑み返すミハエルに毒気を抜かれてラドルフは黙った。
「この先の町で、積荷の中身を保護するために酒樽を防虫加工しなければならないんですよ。ですからお気になさらずに休んでください」
 抵当に相槌を打ったラドルフは、しかめっ面をしたまま町に到着するまで口を開かなかった。

 そして町に着いた二人は、宿をとった後は別々に行動することになった。ミハエルは酒樽の防虫加工を行いに、ラドルフは迷わずに酒場に直行した。いまだに手に残る人を切った感触にうんざりしながら、酒場のカウンターに座り、安くて強い酒を頼むとひたすらそれをのどに流し込んでいった。
「なんか随分と荒れてるわねぇ」
 女が話しかけてきた。ラドルフと同じか少し年上くらいの女だ。アルコールで鈍った思考でも、自分の好みではないとラドルフは一瞬で判断した。
 少なくとも今は、好みでもない女の相手をしてやるほど心に余裕はない。そんな風に考えてラドルフは女を無視して酒を飲み続けた。
「あら、つれないわね。愚痴の一つも聞いてやろうと思ったのに」
 余計な御世話だ、という思いを込めてラドルフは女を睨む。香水の匂いが鼻について益々ラドルフを不機嫌にさせた。
「そんな怖い顔しないでよ。見た感じ随分まいってるみたいだけど、なんかあったんじゃないの?」
「あんたにゃ関係ないだろ」
「まあそうなんだけど、そんな暗い顔で飲まれてちゃあ、こっちの酒もまずくなるのよ」
 それに、と付け加えて女は嫌味っぽい笑顔を浮かべて言った。
「まあどんな悩みでも聞けば少しは、酒のつまみくらいにはなるでしょ?」
 ラドルフはこの女を完全に無視することにした。気を晴らすために呑んでいるのに、うざったい女のせいで余計に気分が重くなった。女は隣で何か話し続けていたが、ラドルフは聞こうとせずに酒を飲むペースを上げていった。テーブルで飲んでいた客が、グラスを割って店員に謝っている声が聞こえたところで、ラドルフの意識は途切れた。

 朝日の光がラドルフの瞼にあたって、彼の意識は目覚めた。飲み過ぎたせいか記憶がなくなり、今現在も意識がハッキリしないラドルフはとりあえず自分がどこにいるかを確認した。どうやら、自力で宿に戻ったらしい。大きく息を吐くと嘔吐感がこみ上げてきて下を向いた。
「――え?」
 嘔吐感が吹っ飛んだ。隣に昨日のうざったい女が寝ている。しかも裸で。ラドルフは自分を見る。裸だった。
「これはあれだ、昨日暑かったんだろ、うん」
 などと誰に言っているのかわからない言い訳を言っていると、シーツの濡れたような跡が目に入った。二日酔いとは別の意味で頭の痛くなったラドルフは、頭を抱えた。そんなタイミングで女が欠伸をしながら目を覚ました。
 それにびっくりしたラドルフは、半ば混乱状態でベットから飛びのいた。
「いや、ちがう、酒が入った状態だったんだ!俺は覚えてない!ノーカウントだ!ノーカウント!」
 訳のわからないことを口にするラドルフに女は首をかしげる。
「なにいってんのか知らないけど感謝してよ。酔いつぶれたあんたをここまで運んだのはあたしなんだから」
「へ?ちょっと待て、ここに来る前に酔いつぶれてたんだったら、俺はなんで裸であんたと寝てたんだ?」
「あー、あたし寝るとき裸になる癖があるからねぇ。あんたが裸なのは服がゲロまみれで臭かったから、あたしが脱がしたんだよ」
 なにを今さらと、ため息をつきながら女は言った。
「じゃ…じゃあ、俺の貞操は奪われてないのか…」
 ボソッと女に聞こえない程度で行ったラドルフだったが、女の耳に届いていた。
「ハッ。こっちにも選ぶ権利ってもんがあるっての!」
 この女にだけは言われたくなかったが、昨日迷惑をかけた手前、言い返すことはためらわれた。女はその様子が悔しがっているように見えたのか、満足そうな顔をして服を着始めた。服を着終えると女はラドルフに向き直った。
「なにがあったのかは知んないけど、ほどほどにね」
 昨日の酒のことだろう。余計な御世話だと思ったが、ここは素直に頷いておくことにした。
 その様子に満足した女は、思っていたよりきれいな笑顔をして、部屋を出ていった。
 とりあえずラドルフは予備の服に着替えると、ゲロまみれの服を選択することにした。水洗いをしている途中で、ふと上着の内側に縫い付けておいた禍紅石のことを思い出し、取っておくことにした。
「――ッ!」
 無い。布が破れている。ラドルフは即座にいろいろな可能性を考えた。あの農民たちの襲撃のとき?しかし、あの後懐には確かな感触があった。そもそも、随分念入りに布と糸で縫い付けてあった禍紅石がそう簡単に落ちるとは思えない。なら可能性は一つだろう。
「あのアマァ!!」
 忌々しげに洗濯物を震えるこぶしで握りしめると、ラドルフはあの女の名前すら知らないことに気付いた。
 まずはあの女の狙いを考えてみることにしたラドルフは、いくつか可能性を挙げた。まず、あの女がコトダマ使い関係でラドルフを追ってきている場合。ただ単に偶然懐のふくらみに気付き、禍紅石を法に従って国に提出する場合。後はラドルフと同じで禍紅石の使用法を知っている人間で外国へ売り飛ばそうとしている場合。
 1つ目はもしそうなら、禍紅石を回収した時点でラドルフは始末されているだろうから、除外。3つ目も可能性としては十分だが、今のまま姿をくらませられたら対処しようがない。とりあえず2つ目、3つ目を想定して行動する。情報収集しながらそれっぽい女が訪ねてきたかを、詰所に居る騎士に聞いて確認を取ることにした。
 結局酒場はまだ開いてないわ、詰所ではそんな女来ていないと言われ両方空振りに終わってしまった。
 仕方なく市場で朝飯を買うことにしたラドルフは、偶然仕入れに来ていた昨日の酒場の店主を見つけた。聞いたところによると、あの女の名前はエネ・ウィッシュ。宝石を専門としたトレジャーハンターのようだ。珍しい石を手に入れてはコレクションをしているらしい。ここらへんではかなり有名な女のようだ。
 ラドルフはエネの家を訪れる為に、最悪の状況を想定してフル装備で向かうことにした。部屋に戻ったラドルフは絶句した。今から訊ねようとしていたエネ本人が、自分の部屋のベットでくつろいでいたのだから。
 ラドルフはすぐさま距離おおいて戦闘態勢をとる。腰の短剣をいつでも抜ける状態でエネを睨みつける。
「…なぜ、ここにいる?」
「こっわい顔ねぇ、なんもしやしないわよ。取引しに来ただけなんだから。」
 ラドルフはエネの意図がわからず戦闘態勢のまま話を続けた。
「禍紅石をどうした?」
「隠したわ。あたしのことはだいたい調べたんでしょ?」
「宝石フェチのトレジャーハンターだろ?」
「ええ、そうよ。だから禍紅石も前々から欲しかったのだけれど、国が徹底して管理してるから手に入らなかったのよ」
「ならなぜここに居る?禍紅石が欲しいだけなら、姿をくらましてしまえばよかったんじゃないのか?」
 エネはニヤリと笑って体を起こした。
「まあ禍紅石はもちろん欲しかったのだけどね。それよりも優先順位の高い石をある商人に横取りされてしまってね」
「取りかえすのを手伝えってか?」
「ええ、報酬はあなたの持っていた禍紅石の返還。悪くない話だと思うけど」
 ようやく戦闘態勢を解いたラドルフは、頭をかきながら大きく息を吐いた。
「あなたに昨日会ったのは全くの偶然だったけどね。まさかあの闘神の弟子に会えるとは思わなかったもの」
「俺のこと知ってたのか…」
「ええ、あなたは隠密行動、陽動作戦に関してはかなり腕が立つって有名だしね」
 エネはまあ、と付け加えていった。
「戦力としては闘神と比べられないくらい弱いって聞いてるけど」
「あの人と比べるなよ。あんな化け物クラスの傭兵がそうホイホイいてたまるか!」
「まあそうね。あたしも一回遠目で見たことあるけど、あれは人間かどうかも怪しい強さだったものね」
 ラドルフは怪訝そうな顔でエネを見た。ラドルフの師は20年前には死んでいる。つまりそれ以前の闘神の戦いを見たことになるわけだ。
「…あんた何歳?」
 エネはおもいっきりラドルフの足を踏みつけた。やたら整った笑顔で…。無論目は笑っていなかったが。
7, 6

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