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レイン

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あの依頼はなんとか撤退に成功し、依頼失敗の旨を伝えた。
けれどあれから仕事は無い。
やっぱり一番最初の仕事をしくじったのはまずかったな。
どうしたものか。
眠い目をこすって階段を下りる。もしも仕事があるなら朝早くから受けておきたい。
「おはようさん。今日も相変わらず早いんだな」
「ああマスターおはよう。仕事のほうは……」
「うん……まぁ、頑張っちゃいるんだがな……」
「そうか……」
溜息が零れる。
今日も仕事は無い。マスターも悪いと思ってか宿賃や食事代は要求してこない。
そんなの悪いと辞退しようと思ったが折角の好意なので受け取っておいた。
ただまあツケなのでいつか払わないといけないところがちゃっかりしているというかなんというか。
「だが、一つだけ仕事があるんだ。……ここにはないが」
「本当か!? いやあー助かるよマスター!」
俺の嬉しそうな表情を見てマスターも明るくなる。
本当に嬉しい。仕事をこなせばきっと兄貴と出会えるかもしれないから。
「うん。まぁ古い友人のところなんだが、紹介状を書いてやる……ほい」
「ありがとうマスター! それじゃあ行ってくるよ!」
今日も鈴の音が鳴り響く。
マスターの、気をつけろよという言葉に片手を挙げて返事した。


ここか。地図を見てやっとのことで見つける。
どうにも地図は苦手だ。自分で見て頭に叩き込めば平気だけれど、地図はなんだかわからん。
「あの……これ」
グラスをえんえんと磨きつづけている酒場の主人に紹介状を渡す。
まだ朝だというのに思ったより客が多い。仲には俺と同じで冒険者もいるだろう。
依頼の張り紙も沢山ある。ここに乗り換えてみようかと一瞬だけ思ってしまったのは秘密だ。
「……横切る黒猫亭……ああ、あいつのところか。ほら、こいつだ」
一枚の紙を渡される。依頼の張り紙だ。
マスターが俺の為に頼んで残しといてくれたらしい。店の為とは言え少し目頭が熱くなる。
「ありがとう」
依頼内容は魔物の討伐……。
前回の依頼の記憶が蘇る。
もうあんな痛い思いをするのは嫌だ。でもやっていかなきゃしょうがない。
でも、怖い。手が無意識に震える。
「……?」
酒場の主人が不思議そうに俺を見ているのに気が付く。
俺は苦笑がまじった愛想笑いを浮かべてもう一度紙を見た。
依頼内容は人型の怪物の依頼。狼男だとしたら……いや、そんな事を考えるな。俺は一匹倒したじゃないか。どんな形であれ。きっとなんとかなるさ。
場所は村から少し西にいったところにある森の洞窟。
依頼人は村長。
報酬は1000G……うん。高額と言う訳でもないな。
けれど前回みたいに恐ろしい化物なんて出ないだろう。
「まぁ、良くある話だ……近隣に魔物が住み着いて住民が怯えている。そいつを退治してくれってな」
じっと見つめている俺に酒場の主人が説明する。
「大した奴なんか現れんさ。せいぜいコボルトらへんだろう。信用していい。情報は沢山あるからな」
コボルト……それなら何とかなるかもしれない。
狼男と間違えて腰が抜けるかもしれないけれど。
まぁどっちにしろ受けると言う選択肢しかないんだ。
「ありがとう。それじゃあ行ってくるよ」
「おいおい……待ちな。ここをどこだと思っている?」
意味がわからず首をかしげる俺に酒場の主人は持っていたグラスでなにかを飲むような仕草を見せる。
それでやっと理解する。
「ああ、それじゃあ一番安い酒を頼む」
「まいど」
とりあえず景気付けに一杯というのも悪くは無いだろう。


今回の依頼では見知った顔はいなかった。
まぁそんなもんだろうな。冒険者なんてとても広い世界だ。何千人何万人といるんだろうし。
其の中で生き残り英雄と称えられ富を得られるものなんて一握りにも満たないだろう。
村長の話はほぼ酒場の主人が言っていたものと同じだった。
狼男のような凶悪なモンスターはいないらしく、目撃者によるとコボルトだったらしい。
コボルトと狼男……遠目からでは判別しにくいだろうが、あの禍々しい殺意はきっとコボルトなんて低級な魔物では発する事は出来ないだろう。
前回の依頼を思い出して身震いしていると18くらいの青年が近づいてきた。
「やぁ、ロラン君……だよね? 僕の名前はレイン」
ちょっとデジャヴ。自分のことを僕といって俺に話し掛ける青年。
もしかしたら彼も死んでしまうんじゃないんだろうかという思いが強くなる。
「ああ、そうだけど……なんで俺の名前を?」
「うん? あー知らぬは当人ばかりだっけ? まぁそれかあー。ロラン君有名人だよ?」
俺が有名人? なんで?
あっ、もしかして借金が1億Gもあるからか? なんでばれてるんだ。
「いや、アレは兄貴が作ったもので……いや、でも兄貴は本当に凄いいい人なんだだからというか」
「……? なんのことかわかんないけど、ロラン君勘違いしてるんじゃないのかな」
勘違い?
ということはばれてないのか。よかったぁ……。
「ロラン君が有名な理由はね、初仕事で狼男と出会ったのに一体切り殺して、なおかつ戦意喪失した仲間を奮い立たせて戦ったルーキーとして有名なんだよ」
……あの仕事で評価されたってことなのか。
でも、そんなものは大した事でもない。俺は人間を一人、少し親しくなっていた人を殺しているんだ。
自ら手を下した訳じゃない。けれども、あれは俺が殺したも同然だった。いや、殺したんだ。
「そんなもの大した事じゃない……俺は生き残る為に仲間を見捨てたんだ」
「うん。知ってる。そっちでも有名だもん。ルーキーにしちゃ勇敢だし冷酷だって。でも熟練者の人は英断だって誉めてたよ。中々出来ないって」
そりゃあできないだろう。
仲間を助けようともしないで逃げ帰るなんてことは。
「……俺と仲良く話していた奴だったんだそいつは。親しくなった奴だったんだ。だから、俺と話してるとお前もそいつみたいに死ぬかもしれないぞ」
自分への自虐を含めて言い放つ。
けれど当のレインはきょとんとした顔になった後、すぐ笑い出した。
「あははは! 面白い事言うねロラン君はっ」
何が可笑しいのか笑い涙まで流しながら言う。
腹を抱えるほど今のは面白かったのか。俺は大真面目で言ったので恥ずかしいと言うよりはむっとする。
「なんだよ」
「くくくっ。ごめんごめん。面白いこというからついね」
目尻に残った涙を指で拭き取っている。
面白い……意味がわからない。一体何が面白いのだろう。
「だってさ、ロラン君そんなの当たり前だよ。僕達冒険者は常に死と隣り合わせなんだ。死ぬ覚悟なんていつだって出来てる。だからこそいつ死んでもいいように悔いなんか残したくないんだよ」
自分より3つも若い子がそんな事を言うのは驚いた。
死ぬ覚悟が出来ている……そんなもの俺には到底無理だ。
「怖く……ないのか? 死ぬのが?」
「ふふっ。ロラン君、死ぬのは怖いに決まってるじゃないか。僕だって人間だよ。でもねロラン君」
レインは俺の頬にそっと手を回す。
何故だかそれを振り払おうとは思わなかった。
「いつかは死ぬんだ。でも僕は少しでも長く生き残りたい。だから僕は生き残る確率が高い人間に付き従うよ」
そう言ってレインは俺に口付けした。
自分で顔が真っ赤になっているのがわかる。耳まで熱い。
「僕は君みたいに冷静に判断して、例えそれが非道だとしても生き残る為に最適な最善の手段を使う人間と共にいたい。駄目かな?」
「だ、だだだ、駄目じゃないけど……」
「僕が足手纏いになったら捨ててもいいよ。僕もつかえないと思ったらロラン君から離れるし」
そう言ってレインは他の人間に話し掛けていってしまった。
なんで俺は最近同性から好かれるんだ……そういう世界なのか冒険者ってのは?
でも、それにしてもなんで俺はあの時あいつを突き飛ばさなかったんだろう。
レイン……か。まぁいい。俺だって死にたくないんだ。余計な事を考えている暇なんか無い。
従うって言うのなら生き残る為、兄貴とまた一緒に笑い合える日の為に使ってやるさ。


いつのまにか俺がリーダーに決まっていたらしく先頭を歩いていく羽目になった。
副リーダーはレインだそうだ。恐ろしい奴。
洞窟の中は無気味な静けさをもっていた。俺たちの足音以外は何一つ聞こえない。
だと言うのに前回ほどの静けさはない。何故かそう思う。
「ロラン君、あそこで少し休もうよ」
しばらく歩いていると息のあがったレインが少し開けた空間を指差して提案してきた。
何を馬鹿な、まだ全然歩いていないと言おうと振り返ると全員ばてている様子がありありと分かる。
「ね? ロラン君が昔なにやってたかわからないけど、皆ロラン君と同じ体力じゃないんだよ」
しまった。これじゃあ何か敵に襲われたときに致命的だ。
それにしても兵士をやっていると体力だけはつくからな。ちょっと予想外だった。
「……わかった。皆、ここで休憩する」
皆腰をおろして水を飲んで仲良く談笑を始めた。
仲には食事をとり始めるものまででてきている始末だった。
一体依頼をなんだとおもっているんだろうか。
それとも俺よりずっと経験を積んだものばかりで手馴れているのか。
「まったく……これじゃあ依頼失敗するかもね。あっ、でもロラン君がいるなら平気か」
レインはどうやら俺と同意見らしかった。
やっぱりこいつらは冒険者をなめているんだろう。きっと今まで大した脅威に出会わなかったに違いない。
俺はたった一度しか冒険をしていないけど、死の恐怖を知っている。あの痛みを覚えている。
「全くだ。休憩といっても少し休む程度にしようと思っていたんだが……」
視界の隅で何かが動いた気がする。
あの冒険以来五感が鋭くなったらしい。
「おいっ! 何かいるぞ、気をつけろ!」
剣を抜いて周囲に目を配る。
今は何も見えない。ただ気配はしている。
カンテラの灯りは消した方が良かったか。目が暗闇に馴れていない所為でうまく把握できない。
いや、この暗闇では慣れても大した効果は得られないか。
「……うわぁ!」
後ろで叫び声があがる。
敵の襲撃か。いよいよ出てきたな。
「大丈夫か!?」
「あ、あそこに……変なゼリーみたいなのがっ」
「……」
目を凝らしてよく見る。確かにゼリー状の変な物体がそこにはいた。
移動スピードは大して早くないと思う。
「なんだあれは……」
「あれはオーガゼリーだね」
レインが素早く説明する。
「ゼリー状の透明な体をもつ魔物だよ。森や洞窟など色々生息地域は広い。でかいからオーガなんて呼ばれてるけどあまり強いほうではないね……でもああいったスライムタイプは打撃が通用しにくい」
なるほど。つまりあまり剣じゃダメージは与えられないってことか。
持久戦になりそうだな。
「まぁそんな時の為の僕さ。見ててよ」
レインは詠唱を始める。こいつは魔術師だったのか。
だとすれば詠唱中は無防備になるんじゃなかろうか。足止めが必要だ。
「よしお前らっ! ついてこいっ!」
叩きつけるように剣を振り下ろす。
ぶよんとした感触で予想していた以上に斬れなかった。
「ぐぅっ!」
そのままオーガゼリーは真直ぐこちらに体当たりしてくる。
その衝撃を殺しきれずに吹っ飛び壁にたたきつけられる。
やはり皆大したダメージを与えられずにいるようだが、手応えは感じる。
こいつは狼男なんかよりずっと弱い。
いける。勝てる。
「うっらぁあああ!!!」
横一文字思いっきり力の限り振るう。
ゴムのような感触に遮られるがいけるっ。斬れる!
ぱぁんっという弾けるような音と共に切り裂いた。中からどろりとした液状のものが大量に零れ落ちる。
オーガゼリーは苦しいのかその液を撒き散らしながら左右に大きく揺れる。
怒らせてしまったようだ。中々近づけず、これ以上のダメージは与えられそうに無かった。
狼男よりはずっと弱いが、全く違う戦い方を強いられる。難しいな、冒険ってのは。
「はぁ!」
いつのまにかレインの詠唱が終わったらしく気合と共に指先から放たれた一筋の光がオーガゼリーを貫いた。
今の一撃でかなり動きが弱まる。
チャンスは今しかない! 助走をつけて懐に飛び込み、剣をさっき切り払った傷口に突き刺す。
ぬるっとした嫌な感触と共に中の少し硬いなにかを貫いた。
どうやらそれが核のようだったらしくオーがゼリーはそれっきり動かなくなった。
少しの休憩をはさみそのまま先に進むと宝箱が見つかった。鍵を無事に開けると中には外套が入っていたので喜んでレインが取り出そうとしたとき何かがきらりと光る。
「危ないっ!」
咄嗟にレインの服を掴んで引き剥がす。
「ど、どうしたのロラン君?」
「……見ろ、毒針だ」
「えっ!?」
宝箱の中には外套があったが、それを取り出そうとするときに刺さるように仕組まれていたものだった。
取り出そうとするものの死角にあり誰か他の人間と一緒でいなければ絶対に気が付かなかっただろう。
「……ありがとうロラン君。僕の見込みは間違いなかったみたいだね」
刺さらないようにそっと外套を取り出し、奥へと進んだ。


悪臭のする肉片や果物が詰め込まれた部屋を抜けると討伐対象の魔物がいた。
酒場の主人の予想通りコボルトだったが大して強くもなくさしたる被害をうけずに依頼は達成した。
村長の感謝の言葉と報酬の1000Gを受け取り意気揚揚と街へと俺達は帰った。
そしていつものように酒場の前まで帰ってきたわけだが……。
「どうしたのロラン君。早く中に入ろうよ」
「なんでお前ついて来るんだ?」
そう、何故かレインがアレからずっと俺に付きまとってくるのだ。
別に嫌と言う訳ではないのだけれど、なんだかむずむずする。
「やだなあ、言ったじゃないか。僕は君に付き従うって。それにロラン君が自分でそうしてもいいって言ったんじゃないか」
「……俺は駄目じゃないといっただけだ」
「それはいいってことでしょ。変な屁理屈こねないでよ。僕離れる気は今のところ無いんだからね」
……困ったな。1億Gも借金があるのはあんまり知られたくない。
まぁでもいいか。別に。レインもなにかあって冒険者になったわけだし。
「はぁ……仕方ないな。邪魔になるようなことはするなよ」
「もちろん」
これからの長い冒険者生活を兄貴より先にこいつと過ごさないといけなくなるらしい。
レインとキスをしてしまった事を思い出して顔が赤くなる。問い詰めてくるレインとマスターを適当にあしらって部屋に逃げ込んだ。
はぁぁー。おっかしいな俺。兄貴といいレインといい……なんでこんな気分になるんだろ。もしかしてそっちの気があるのかなぁ……。
でも無事に成功できて良かった。この様子なら兄貴と出会うのもすぐかもしれないな。
兄貴と出会う日を楽しみにして、その日は泥のように眠った。
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