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掌編/夏休みの自由研究/ロリ童貞

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「おまえら宿題忘れんなよー。『やったんだけどノート忘れました!』とかいうのナシだかんなー」
 四年のときにそうやって誤魔化そうとしたゆうすけが周囲にからかわれてふくれている。同じ言い訳はできないと腹をくくって、今年こそちゃんと宿題やってきてくれればいいんだがなあ。
「それから、水の事故にはくれぐれも気をつけるんだぞー。家族で海とか行くやつも多いだろうから。二学期は全員そろって元気に登校してくるように! よし、じゃあおわりにするか」
 日直のれいじが起立し、残りの児童も一斉に立ち上がる。
「先生さようなら。みなさんさようなら」
 れいじのハキハキとした挨拶。
「先生さようなら! みなさんさようなら!」
 残りのクラス全員の声が後に続く。元気な怒鳴り声だ。
「はいさようなら」
 と、俺。
 帰りの会が終わるやいなや、教室内は蜂の巣をつついたような大騒ぎ。終業式の日くらい大目に見てやるか。こどもらにとっては待ちに待った夏休みだ。俺の有難い話など一切聞こえなかったかのように無我夢中で遊びの相談をするやつらもいれば、あとで思う存分遊ぶためにこそさっさと宿題を片付ける算段をしているやつらもいる。
「ドリルは楽勝だけど読書感想文がなー」
「ポスターも絵の具とか用意すんのめんどいし」
「貯金箱作りは意外と好きなんだけど」
「なるべく七月中には全部終わらせたいよね」
「だよねー。あ、そうだ。先生、自由研究ってなにすればいいんですかー?」
 教室に残っているグループの中の一人が、振り返って俺に質問する。
「おっ、さかこは自由研究やるのか」
 さかこは成績は良いが、できる子にありがちな手抜き癖がついている。だから、必須の宿題というわけではない自由研究をやりたがるなんて、正直言うと意外だった。でも、俺も前々からさかこには全力を出してがんばる経験をしてほしいと思っていたから、ちょうどいい機会だ。なんとか自由研究をやり遂げられるように手助けしてやろう。
「まずだな、テーマを見つけるところから始めるんだ」
「テーマ?」
「そう、研究テーマ。調べたいものとか、知りたいものとか、興味があるものとか、好きなものとか、なんかあるだろ、そういうやつ」
「ジャニーズジュニア!」
「そんなのだめ! 理科と関係ない」
「えー」
「ほかにないかなあ一つくらい。星について調べたいとか、虫について調べたいとかさ」
「虫とか気持ち悪ぅ!」
「別に虫じゃなくてもいいんだけど。そうだ、植物は? 女子は花とか好きだろう」
「えーめんどい」
 はぁ。めんどいって言われるのが一番萎える。しかもこれ、今時の小学生の口癖。いつからこどもはこんなに無気力になってしまったのだろうか。
「おいさかこ、そんな面倒臭がってるなら、なんで自由研究なんかやろうと思ったんだ?」
「ママがね、自由研究やったら新しい服買ってくれるっていうから」
 やっぱり。モノに釣られてのことだった。いくらさかこが賢いといってもこどもだし、しょうがないか。俺も人のこと言えた義理じゃない。とにかく、やる気になったってのはいいことなんだから、少しでも理科の楽しさを知ってくれたら儲けものってことで手を打とう。
「じゃあさ、いままでどんな自由研究があったか見てみたらどうだ?」
「見れるの?」
「ああ。いまから理科室の壁に貼り出そうと思ってるんだが、見にくるか?」
「いくいく!」
 いやに乗り気だな。
「言っとくけど丸写しはダメだぞ。参考にするだけで、あとは自分で考えるんだ」
「……そんなのわかってる」
 さかこのテンションが明らかに下がった。こどもってやつはわかりやすい生き物だ。



 グループの他のメンバーを残して、さかこが理科室にやってきた。俺は部屋の奥の引き出しから、過去の生徒が作った自由研究の発表用資料を取りだした。大判のラシャ紙を一人につき一枚使って、文章やら絵やらで研究成果がまとめてある。これらを壁新聞のように理科室の壁に貼って、秋ぐらいまでみんなが見られるようにするのが、今からの俺の仕事。
「これは去年の六年生の研究で、ひまわりの生長について記録をとってる。丈の長さとか葉の枚数とかが、表やグラフを使ってわかりやすくまとめてあるだろう」
「へー」
「こっちは夏休み期間の天気を調べた研究。ただ晴れとかくもりとかっていうだけじゃなく、雲の形までよく観察して分類してる。去年の五年生のだな、さかこと同じ」
「ふーん」
 俺は貼り出し作業を続けながら、さかこの興味をひこうとしてちょっとした説明をしてやっているのだが、やっこさんなかなか関心を示さない。俺も途中からさじを投げてしまい、黙々と作業を続けていた。ニンジンを目の前にぶらさげられた馬ごときに、自発性を要する自由研究をやらせるっていうのがそもそも無理だったのだろうか。ため息をつきながら俺は最後の一枚を貼り終える。
「あ、こういうのいいかも!」
 と、さかこがおもむろにはしゃいだ声を上げた。ついに興味を持てる対象を見つけたか、しめしめ。いったん興味を持ちさえすれば、さかこは頭の回転は早いし行動力もあるから、きっとうまくやれるだろう。俺が最後に貼り出した発表資料をまじまじと見つめているさかこ。
「さかこはこういうのが好きなのか」
「うん、すぐできそうだし。先生、これに使う道具っていまある?」
「あー、ずっと前に使った残りがまだあったと思うが。一応探してみるか」
 理科室の隅のほうにある棚を開けて調べてみると、やはりあった。それを手に取り、俺はさかこのいるところへ戻った。
「ほら、これだろ」
「ありがと! あとね、こっちの引き出しに入ってたんだけど、このビニール袋ちょうだい!」
「ああ」
 さかこの目が生き生きとしている。そう、こんなふうに目まぐるしく気分や表情が変わるっていうのもまた、こどもの特徴だ。さっきまでつまらなそうにしていたかと思えば、いきなり積極的になったりする。教師としては、こんな好機にこそ最大限の助力をして、こどもの能力を伸ばしてやりたい。この自由研究を通して、さかこはどれだけ成長してくれるだろうか。そんなことを考えながら、壁に貼られた発表資料を眺めていた。これは最近は授業ではやらなくなっている実験だから、自由研究で体験するのはいい勉強になるだろう。この発表もうまくまとまっていて去年の優秀賞をもらったほど立派な自由研究だったけれども、もしもさかこが真面目に取り組んでくれたらこれ以上の研究をすることができるかもしれな――
「っ……!」



   *



「……うん?」
 あれ、俺どうしてたんだ。頭がぼんやりしているし、体もしびれているようだ。
「あ、起きた」
 左手に持って広げたノート越しに顔を半分のぞかせ、こちらを見下ろしているのは、さかこだ。右手には鉛筆を持っている。そうだ、俺はさかこと理科室に来ていたんだった。
 ……で、なんで俺は意識が飛んでいるんだ?
「さかこ、俺、寝てたのか?」
 口の中に溜まっていた唾液を飲み込んでから、立っているさかこに聞いた。
「そうだよー」
 と、ノートの向こうから返事。やっぱりそうだよな、俺の体が床の上に仰向けになっているという状況からしても。でもなんで突然寝てしまったんだろう。最近徹夜続きだったのが響いたんだろうか。まだまだ若いつもりだから、もしそのせいだったら結構ショックだ。
「ごっ、ごほっ!」
「あー! 先生動かないで!」
 なんだか急に咳き込んだ。咳が出る度に、胴体が慣性をつけて揺れ動く。それはそうと、動くなってのは何なんだ。
「さかこ、動かないでっていうのは……」
「いまスケッチしてるの。もうすぐ終わるからじっとしてて!」
 ああ、そういうことか。寝ているうちに俺が絵のモデルになっていたらしい。勝手に描くのは別に構わないが、少し動いたくらいでそんなに怒らなくてもいいだろう。なんだ、図工の宿題でもしているのか。でも、どうして理科室なんかで。あ、俺が理科室に用事があったんだっけ。
 いてて。体が、痛い。
 固い床の上で寝ていたからだろうか。そういえば俺はどれくらいの間寝ていたんだろう。
「ごっ……」
 おっと危ない、また咳が出そうになった。すんでのところで俺は、口を手で押さえた。手足のしびれはだいぶ取れていた。さかこは俺とノートとをせわしなく見比べてスケッチに集中している。どうやら今度は怒られないで済んだようだ。我を忘れて熱中している状態のこどもは、なるべくじゃましないほうがいい。しばらくじっとしていてやろう。
 じっとしていて気づいたんだが、俺はどうやらかなり寝汗をかいていたらしい。背中なんかはびしょ濡れで、まるで生ぬるい水たまりの上に寝ているようだ。まあ、真夏だからな。もしや暑過ぎて、俺は熱中症でぶっ倒れてしまったのだろうか。
 ああ、それにしても体が痛い。眠ってしまったあたりの記憶が無いのは気持ち悪いが、それよりもいまは、体の痛みが段々ひどくなってきたことのほうが切実だ。なんだか腰のあたりが特に痛い。いや、痛いのは腰というか腹だ。腹が痛い。ものすごく腹が痛いぞ! なんか悪いもんでも食ったっけ!?
「ちょっと! じゃま! 手どけて!」
 俺は思わず手で腹を押さえていた。
「ぐがぁ!」
 激痛!!
 なんだこれは!?
「うるさいなー。じゃましないでよ。今日中に終わらせるんだから、自由研究」
 スケッチをしているさかこの、少々ご立腹気味の声。
 自由研究……そうだ、思い出した!
 俺は睡眠不足で寝込んだんじゃないし、熱中症で倒れたんでもない。
 俺はあの時、頭にビニール袋をかぶせられたんだ。
 ぴっちりはまって、外そうとしてもがけばもがくほど、取れなくなった。
 袋の中でした刺激臭は、俺が貸してやったエーテル。
 さかこが興味を持った研究テーマとは……

 ……

 血の気が、引いてゆく。

 痛みが、消えてゆく。

 意識が、薄れてゆく。

 ああ……丸写しさせておけば……よかった…………ウシガエルの…………解ぼう…………
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