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1話「野球やめろよ上本くん」

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 ああ、また中学生が自殺した。
 朝のニュースでやっていた。詳しいところは見逃したけど、たぶん、イジメ紛いのゴタゴタで。まったくもって、凡人にこの世界は住みづらい。同じ中学生の立場からモノを言わせていただくと、もしその子がスポーツ万能だったり勉強が出来たりしていたら、おおよそイジメなんかとは無縁に生きることができていた。悪くとも、加害者側。そりゃ例外はあるだろうけども、大抵の場合はそうなっている。かくいう私も、人より優れているものといえばこのカワイサぐらい。なんちゃって。
 ――初春の昼下がり。膝の上のスコアブックをシャープペンシルで叩きながら、頭の中ではそんな事を考えていた。あれれ、今ストライク何個だっけ? ワンストライク? ツーストライク?
 マネージャーの業務に支障が出ているのは私のせいではなく、見ているだけでは退屈なこのクソ試合が悪い。突き詰めれば、つまりはウチの野球部の連中が悪い。
 あれよあれよと、あっという間にスコアは9-2。こちらのピッチャーはどいつもこいつも火ダルマで、打撃もイマイチ湿っぽい。いっそのこと、20-0なんてメチャクチャにしてくれたなら私も見ていて面白い。9-2なんて、大差で負けているチームもまあ何だかんだでちょっとは点を取っちゃうみたいな、典型的なイモ試合。
 まあ、中学野球――それも北海道の片田舎。どうにも気の抜けたものである感は否めない。お遊びみたいな練習、環境。部員の意識レベルからして本州の連中とはまるで違う。
「はあ」
 私は、わざと周りの部員達にも聞こえるぐらいに溜息をついた。
 試合は四回の裏。ツーアウト満塁で二番打者が打席に立つ。私が特に不満に思っているのが、こいつの存在。三年生でキャプテン、ショートで二番。こう言うとなんだか立派な肩書きに聞こえるが、その実態は酷いものだ。リトルリーグから野球をやっているというだけで中学では優遇され、練習には人一倍真面目なこともあり当たり前のようにキャプテンに。小柄な体格からくるイメージなのか、いつからともなく二番打者に固定されていた。しかし、中学では未だにヒット0本。守備も上手いと言えば上手いが、肩が弱くショートに飛んだ打球はほとんど内野安打になってしまう。ギャグのような話だが、彼は至って真剣だ。
 だが、そんな選手が当然のようにスタメンで、「キャプテンを下位打線に置くのはカッコ悪いよな」なんて風潮からか(実際はどうか知らないが)、何があろうと打順は二番。こんなものだ、北海道の中学野球。まあ、それでも選手達にとってすれば真剣にやっているつもりらしく、全国制覇を目標に掲げちゃっているあたりが、一歩引いて見ている私にはとても滑稽な姿に映る。
 ズバン!
 乾いた空気の中にミットの音が心地よく響き、やはりバッターは三振に倒れた。ベンチの連中は嘆いているが、私には想定内すぎて何の驚きもない。少し荒々しく、私はスコアブックに「K」の文字を記した。野球で三振を表す記号であるが、ウチの試合では最も使う記号なのではないか? まったく、バカバカしくて笑えてくる。
 北海道立札幌清陽中学校野球部、キャプテン上本貫己。コイツもまた、典型的な凡人だ。

 ○

「よぉーっしゃ!!」
 七回の表、ツーアウト三塁のピンチを抑え、エースはマウンド上で拳を振り上げた。まあ、9点取られといて威張られても困るんだけどね。
 さあ最終回、最後の攻撃。7点を追って――なんて、言うだけ空しくなってくる。……が、相手チームも北海道のイモ中学。ヒットにエラー、次々にランナーがダイヤモンドを駆け回る。3点を返し、更にツーアウト満塁。一番バッター田上。どいつもこいつも大興奮のどんちゃん騒ぎ。
 その騒ぎの中から抜け出して、貫己がネクストバッターズサークルに向かう。
 ちょっと、意地悪な気分になってきた。
「おい」
 貫己がこちらを振り返る。
「あんたさ、なんで辞めないの」
 私は長く伸びた黒髪をいじりながら、ハッキリとそう言った。貫己とは物心ついた頃からの付き合いで、お互いに遠慮というものを知らなかった。
「別に、プロになんてなれないよ」
 後に続ける。
「全国制覇だってできないし、高校じゃレギュラーにもなれないでしょ。中体連じゃ一勝できるかも分からないし、一生ヒットも打てないかもよ」
 淡々と、でも残酷な言葉を私は連ねる。
 田上が大きなファールを放ち、ベンチが大きく湧いた。
「野球、つまらないでしょ」
 言いたいことを言い終えて、ファールの記号をスコアに書いた。
 貫己は何も言わず、相手ピッチャーを見ながら二、三度バットを振った。
「分かってないよ」
 貫己は向こうを向いたまま、バットの先を肩に乗せる。
「頑張ってたら、もしかしたら全国制覇できるかもしれない。高校じゃ一年生からレギュラー、プロにだってなれるかもしれない。ヒットなんて当たり前で、ホームランだって打てるかもしれない」
 …………。現実見ろよ。
「そんなことじゃないんだよ」
 貫己はこちらを向いて、ニコリと笑った。
 太陽を背負うその笑顔はとても印象的で、私はなんだか呆気にとられた。
「別に、そんなことじゃなくてさ。ただ俺が野球が好きで、みんなで全国制覇を目指してる。その目標に向かって努力するのは楽しいし、打てなくても試合は面白いよ」
 田上の打球が右中間を鋭く抜けて、ベンチが一斉に湧き上がった。三塁ランナーが帰ってくる。二塁ランナーが帰ってくる。更に二点を返して攻撃が続く――。
「だから、やらないって選択肢が無いんだよ」
2, 1

  

 両手でギュッとバットを絞り、気合いを叫ぶ。ゆっくりと打席に入り、マウンド上のピッチャーにバットを向けた。
 丸い顔の坊主のクセに、なんだか少しカッコいい。ますます湧く歓声の中で、18.44メートルを白球が駆けた。
「ストライークバッターアウト! ゲームセット」
 あれっ。
 マウンド上で相手ピッチャーが喜んでいる。内野陣が駆け寄って、笑顔で整列に向かう。湧き上がったボルテージは一気に冷めて、ウチの選手達はダラダラとベンチを出ていく。
 ぷっ。
 あまりにシュールな幕引きに、私は思わず噴き出した。何やってんだこいつ、バカじゃないの。
 整列を終えた貫己が、バツの悪そうな顔で私の横を過ぎてった。
「頑張んなさいよ、せいぜい」
「……。もちろん」
 北海道は札幌、シーズン初めの練習試合。清陽中学野球部はまた負けて、選手達はいっちょまえに落ち込んでやがる。
 呆れるを通り越して笑うしかない弱さだけれど、こいつらがどんな結末を迎えるのか、見ていて退屈はしなさそうである。
3

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