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4話「非凡」

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 ある日の放課後。職員会議がある日はそれが終わるまでグラウンドや体育館での部活動ができない為、私達は三年二組の教室でミーティングを行っていた。ミーティングとは名ばかりで単に部活動までの暇潰しなのだが、まあもっぱら話題は六にまで伸びた連敗のことについてであろう。
「やっぱ、守備がなー。エラーが多すぎるよ」
 そう誰かが口を開くと、いやいや、勝てない原因は打撃力だろうと。
「いや、大事なのは守備だって。こんなにエラーしまくってんのにバッティングのことばっか気にしてもしょうがないべや」
「どんなに守ったって絶対失点はするんだからさあ。打って取り返せないとしょうがないよ。バッティング練習増やすべき」
 私に言わせれば打撃も守備も、死ぬ一歩手前まで練習時間を増やすべきなのは間違いない。
 わいのわいのと騒がしいやり取りの中で、白仁田がふと、口を開いた。
「そういえば。能見が戻ってくるらしいけど」
 その瞬間、三年生を中心に教室がワッと盛り上がる。明るい雰囲気が充満し、何か能見の名前を聞いただけで笑い出すような者もいる。
「まじで? あいつ戻ってくんの?」
「うわー、それは嬉しいかも。助かるなあ」
 連敗中であることなどどこかへ吹き飛んでしまったかのような。そんな弛緩した空気が三年生達の間に流れてゆく。
「あの、千夏さん。能見って誰なんですか?」
 その名前に聞き覚えのない二年生が不思議そうな顔をして聞いてくる。そういえば、能見が野球部にいたのはそんな昔のことになるのかと私は懐かしく思った。
「昔野球部にいた人でね。ピッチャーやってたりしたんだけど、野球部の練習がキツいからってバスケ部に逃げだしちゃったの。バスケ部でもレギュラー獲ったって聞いてたけど、まさかこんな時期に戻ってくるなんてねえ……」
 急な話で、私も素直に驚いている。真冬の体育館練習の日、トレーニング中に突然「休みがねえんだよ!」と監督にキレて出て行った時のことが鮮明に思い出される。きっと他の三年生達も同様だろう。たしかに、ウチの野球部は仮にも全国制覇を目指している以上、ロクな練習設備も無いのに休養日の少なさだけは一人前なのである。それに対する能見の不満は普段から募っていたようだったが、とある冬の日にとうとう爆発してしまったのだった。この出来事は三年生の間では伝説化していて、その能見が戻ってくるというのは、そりゃ私も胸は躍る。
「でもまあ、野球なんてもう随分やってないだろうし……。みんなは喜んでるけど、正直あまり戦力にはならないと思うけどなあ。私は」
 ブランクのある奴に期待しすぎてもしょうがない。まるで自分を制するように、にっこり笑ってそう答えた。
「で? あいつはいつ戻ってくんの??」
「もう今日から練習出るみたいなことは言ってたけど。今日職員会議あるから部活できる時間までミーティングって伝えるのは忘れてたわ」
「じゃあもしかして、もうグラウンドにいたりするかな?」
 高浜がそう言うと、また教室中が盛り上がる。
「よっしゃ、下行こうぜー!」
 まだ職員会議が行われている時間なのであくまで静かにソロソロと、三年生達がグラウンドに向かってく。もちろん私もついていく。
 ――そして私はこの時になって、ようやく岩田がやけに黙り込んでいたことに気がつくのだから、自分で自分が嫌になる。歩くように私の後をついてくる岩田を視界の端に見ながら、なんだか少し、嫌な予感も湧いてきた。

「よう」
 やはり能見はグラウンドにいた。練習着に身を包んだ姿がとても懐かしい。
「能見!!」
 すぐに周りを皆が囲う。岩田もその輪の中には入っている。
「なんだよ、今日練習無いと思ったぜ。オラ、練習あるならさっさとやろうぜ~」
 左手にはめたグローブで、貫己の胸をポンと叩いた。
「この俺が野球部に戻るってんだからよー、職員会議とか言ってる場合じゃないべや」
 このビックマウスも懐かしい。そう言えば能見はこういう奴だった。
 結局この言葉に感化されたのか、貫己達もスパイクを履いてグラウンドへ出てゆく。
「ちょい、久しぶりに投げてみたいからさあ。原口、座ってよ」
 能見は当たり前のようにマウンドに上がると、原口をホームベースの後ろで構えさせた。
「ブランクは大変だと思うけど、頑張れよ能見!」
 貫己が審判みたいに原口の後ろに立ち、笑顔で能見に声を掛ける。それは何でもない励ましの言葉であったはずだが、明らかにその時能見の目つきが変わったのも私は見ていた。
「あー、ブランクねえ……。そいじゃー、ちょっとお前打席立ってみてよ」
 グローブをクイクイと動かし、貫己に打席に立つよう促す能見。
「ちょ、そんないきなり……。最初はキャッチャー相手に何球か投げてみろって」
「いいから。じゃねーと投げないから」
 グローブを左の腰に当て、右手でポンポンとボールを弾く。
「まあ……別に、良いけどさあ」
 渋々と打席に入る貫己。バットの先でベースを二度叩いてから、今度はマウンド上のピッチャーへと向ける。
「本気ね」
 一度、頭の上で腕をピンと伸ばす豪快なワインドアップから。
 まるでトルネード投法のように左腕で体を巻き込んでから、高く上げた左足を振り下ろすと同時に、その右腕は目にも止まらないような速さで唸りを上げた。
 ドオン!!
 瞬間、グラウンドにいた者は皆興奮に盛り上がるより先に、一度静寂に包まれた。そして一泊置いてから、大歓声が湧き上がる。
 グラウントは興奮のるつぼと化し、マウンド上の右腕を讃えあげる。
 二球目も全くかすらない。そもそも球威に気押され、まともなスイングが出来てない。ストレートの球速だけなら、能見は美香保中の雛形くんにも負けていないかもしれない。
 そして三球目。記録に残すなら、上本貫己は三球三振。三球続いた能見のストレートにかすることすらなく、本当に無様な三振に倒れてみせた。
11, 10

  

「はあ~。おめえはサッカー部にでもいたのかあ?」
 右手の指を貫己に向けて、能見はからかうようにそう言った。どうやら、ブランクを心配されたのが能見の中の何かに引っかかったようだ。物凄く好意的に解釈すれば、プライドか。だがそんな能見の言葉を非難する者などおらず、グラウンド上のナインはただ能見のピッチングに賛辞を送るだけ。と同時に、このピッチャーがいれば今年は良いところまでいけるぞという安堵感のようなものまで漂っているように見える。
「もうすぐ春の大会なんでしょ? 俺ピッチャーできるよねえ」
「いや、それはどうだろう、もう登録とか済んでるし、大会今週だし……。さすがにいきなりは無理じゃないかな」
 能見は大袈裟にリアクションしてみせる。『シンジラレナーイ!』は流石に古い。
「じゃあ戻ってきた意味ねーじゃんよー! せっかく春大会のタイミングに合わせたのにさあ」
 ゲシゲシと、スパイクでマウンドの土を蹴り上げる。
「ちぇー、つまんねえの。今のエースって岩田だっけ?」
 私は黙って頷いた。
「ふーん。じゃあ、岩田がノックアウトされたら俺が代わりに投げてやろうか」
 その言葉にグラウンドの全員が笑ったが、ぎこちない岩田の愛想笑いが私の目には毒だった。
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