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5話「良いピッチャーは誰だ」

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 通称“春の大会”。毎年新年度の初めに行われる大会だが、当然選手達の最終目標は中体連である為、あまり重要視はされていない。なんだかよく分からぬままに出場し、一回戦で負けて帰ってくるというのが清陽中の恒例だ。ほとんど一つの練習試合と同価値に考えている連中もいるぐらいだから、大会運営者は本当に報われない。
 だが今年に限っては、この大会に懸けている者が約一名。言わずもがな、現エース岩田である。選手登録の関係で能見が今大会は出場できない為、この大会を岩田の力で勝ち進むことができればかなり監督の信頼を勝ち取ることができる。そうしてこの大会以降もエースとして……なんて。試合前、いつも以上に気合が入って見える岩田の姿を眺めながら、私はそんな風に彼の思考を想像していた。
「オッケーナイスボール!」
 よく、左投手はそれだけで有利だと言われる。特にアマではプロに比べて優秀な左投手が少ない為か、左投手の需要は非常に高い。“左投げ”というだけで嫌でも投手経験を強いられる程、左投手は重宝されているのである。
「頑張れよ~岩田ぁ」
 今日出番のない能見は試合前のアップにも参加せず、原口の後ろで岩田のピッチングを眺めていた。それは岩田にとってはかなりのプレッシャーだろう。時折ニヤニヤと笑みを浮かべたりしながら、岩田のボールを見定めている。
 別に……能見がエースになって困る訳ではないけど、岩田には今日の試合で結果を残して欲しい。チームの勝利云々とは無関係に、私はそう願った。
「オッケー。あがろう」
 岩田が投球練習を切り上げる。監督のもとに選手が集まり、いよいよ試合が始まる。

 一番・右 田上
 二番・遊 上本
 三番・投 岩田
 四番・捕 原口
 五番・中 白仁田
 六番・三 高浜
 七番・左 柴田
 八番・右 大城
 九番・二 岡崎

 三年生は能見が戻ってくるまで九人ちょうどしかいなかったため、新チーム以降ほとんどこのオーダーで固定されてきた。いつもと変わり映えのない、機械的な作業と化しているスタメン発表。が、明日からもこのスタメンで続けられるかどうかは、今日の岩田のピッチングに懸かってる。
「プレイボール!」
 ランナーの有無に関わらず、岩田は常にセットポジション。左足をプレートに添え、息を吐く……。左手を覆ったグローブを胸元まで上げ、第一球――。
「がんばれ!!」
 ベンチの下級生達と一緒に、私は声を張り上げた。
 初球、岩田の放ったボールは心地よく原口のミットを貫いた。外角のストレートに対し打者は見逃し、判定はストライク。
「おお」
 思わず声が出る。
 次もストレート。あっさりと打者を追い込むと、ストライクゾーンの外に逃げるスライダーで三球三振……。
 おおお。
「……今日の岩田、良いかも」
「おお! マジすか!?」
 プレイボール直後の三球三振に、ベンチの下級生までボルテージが上がってくる。
「うん。まだ始まったばかりだから分からないけど、ストレートは走ってる!」
 岩田本人の成長か、それとも彼が本番に強い性質なのか。今まで不安定だったスライダーが面白いように急所に決まり、打者の空振りを奪ってゆく。そしてあっという間に……、審判の手が高く上がる。
「しゃああっ!」
 三振二つの三者凡退。こんなにあっさりと片付いた守備イニングは久し振りだ。
「へ~え」
 私の隣で、能見がつまらなそうに眺めてる。
「オッケー今日はいけるぞ!! 絶対勝とうぜ!」
 ベンチに戻ってきた選手達もさすがにテンションが高い。良い感じの昂揚感。一回表、三人で終わった相手のスコアが、見ているだけで気分良い。クルクル右手でペン回しなんてしちゃったりして。
「えっ」
 うっかりスコアブックに目を落としていると、いきなり快音が飛び出した。今はウチの攻撃なのに?
 外野に設置された簡易フェンスを、山なりに打球が越えてゆく。一番バッター田上の先頭打者ホームランで1-0!
「これ、ほんとに勝てるかも!」
 ベンチはもう大騒ぎ。田上自身もびっくりしながら、照れ臭そうにダイヤモンドをゆっくり回る。
 明らかに清陽の選手達を見下していた能見を尻目に、さすがに私も鼻が高い。
「結構やるもんでしょ、ウチも」
「別に。まだ試合始ったばっかだろ」
 能見は不満そうに呟いた。

 ○

 自分たちの代がチームの主軸となってから、多分今が一番気分良い。
 試合は四回まで終わって3-0。原口、白仁田の連続タイムリーで追加点を上げ、ここまで無失点の岩田を更に盛りたてる。五回の表、もちろんマウンドには岩田が上がる。
「どう? 岩田! まあ今日はさすがに調子良すぎだけどさ」
 パンと能見の背中を叩く。能見は相変わらず退屈そうだったが、とりあえず真面目に試合は見ている。
「いや~……、ダメでしょー、このピッチャーじゃ」
 能見は気だるそうに、帽子を深く被り直した。
「なんで? 今日の試合内容見てるでしょ?」
「運が良いのか、相手がカスなだけなのか……」
 ……まあたしかに、強い中学が相手だったらこうはならなかったかもしれないけど。
 そんな事を言ってると、この回の先頭バッターがヒットで出る。この試合初めてのノーアウトのランナーだ。ギクリと不安が頭をよぎる。
「あいつ、ランナー置いてのピッチングが苦手なんだろ? そんなピッチャー使えるわけねーだろ普通」
「もう! でも今日は良いピッチングしてるでしょ! 素直に褒めてくれても良いじゃん」
 閉じたスコアブックで能見の頭をポコンと叩く。
「いやー、分かるよ~。ボール見りゃ分かるって。ただのカスピッチャーだって」
 続くバッターもヒットで続く。この試合初めての連打を浴びる。ノーアウト一三塁、三点差。
「あー、ここまでだねえ」
 今度は帽子で完璧に顔を覆ってしまい、くっくと笑った。
「大丈夫! 抑えるってば! ほら」
 すぐにその帽子を取り上げる。
「いや無理だってホントに。こんなんボール見りゃ分かるんだからさあ」
 能見は、岩田が打たれることを確信し切っている。そりゃあ私だって、このピンチを岩田が抑えるなんて自信満々には言えないけれど……。

「“ただ左の腕で投げてます”って奴にピッチャーできたら、誰も苦労はしねえべや」
14, 13

  

 思い切り振り抜かれた打球が、春の青空にグングン伸びる。
 誰も追わなくなった打球が、フェンスの向こうで静かに跳ねた。
 それまでの展開が嘘であるかのように、そこから試合は大きく崩れた。岩田が連打を浴びるとバックのエラーも絡み、あっという間に計七失点。
 その猛攻の中、能見がニヤニヤと私の顔を見ながら言った「俺が出てやろうか?」が頭の中に強く響いた。最後は岩田に代わって白仁田がマウンドに上がり、試合は終わる。
 不思議と、チームの雰囲気に失望感は無かった。逆転不能の大差がついても、どこか安穏とした空気が流れている。その安心感が、「大丈夫。“本番”は能見がいるし」という考えから来ているんだったら、……なんか嫌だな。
 ――次の日能見がノーヒットノーランを達成し、今シーズンの連敗は七で止まった。
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