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3話「ポジティブでよろしく」

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 貫己の大雨自主練習に感化でもされたのか、単純バカ共はやっぱり皆で大盛り上がり。今では毎日の練習後、三年生全員で居残り練習に精を出している。大抵が、自己満足で訳の分からん練習になりがちだとしても、春の大会を前にちょっとはチームも上向きだ。
「オッケー! よーし次来い次!」
 打席には三番ショート鳥谷千夏、なんちゃって。エースの岩田がキャッチャーを座らせて投げ込む際、少しでも実戦に近い感覚をとのことで私が打席に立っている。もちろんバットを振ったりなんてしないで、本当にただ打席に立ってるだけ。ただのピッチング練習でも、こうして打席に人が立っているのといないのとでは全く違うものらしい。私にはその感覚は分からないけどね。
 岩田は左のオーバースローで、多分ストレートが110キロちょい。清陽では四球の少ないピッチャーってだけでも神様のような存在で、最近投げ始めたスライダーが良い感じ。見よう見まね、下手糞なクイックを使うもんだから打たれ出すと止まらない炎上型のピッチャーだけど、ちゃんとスライダーを使いこなせるようになればかなりの好投手にもなる予感。
「げっ!」
 私の鈍い悲鳴がグラウンドに響いてく。岩田の渾身のストレートがお尻……臀部に直撃した。下半身にビリビリと電流が走り、膝をついたまま動けない。
 キャッチャーの原口が心配するより先に笑いだすもんだから、岩田もヘラヘラ笑ってる。
「ごめんごめん」
 土に膝をついたまま、上半身だけでボールを投げ返した。
「危険球退場だよ。こんな痛い思いまでしたんだから春大会は絶対勝ってよねー」
 やっぱり野球は投手次第。貫己が死ぬまでノーヒットでも、もしピッチャーが雛形くんなら勝ち上がることもできるはず。それは極端な例だけど、せめて本番までにスライダーを磨けたら、清陽にも必ずチャンスはあると思う。まだまだ痺れてるお尻をさすりながら、私はそんな風に考えていた。

 ○

 カキーン。
 憎たらしいくらいに気持ち良い打球音がグラウンドに響いて、ボールがレフトを越えてゆく。三塁ランナーが悠々とホームに帰ってきて5-2。岩田はこの回だけで四失点。やはりランナーを置くと上手くクイックで投げられない悪循環から炎上し、尚もランナー二、三塁。
 今シーズン三試合目の練習試合。嘘でも全国制覇を目指すなら、さすがにそろそろ勝って欲しいけど……。
「うわー、これは」
 続くバッターに投じた二球目。思い切り振り抜かれた打球は高々と上がって、今度はレフトフェンスも飛び越えた。スリーランホームランで更に三点追加。
 これで岩田は八失点だけど、他の中学生ピッチャーにありがちな四球から自滅というパターンではないだけ余計に性質が悪い。普通に打たれて失点しているあたり、明らかに岩田のボール自体が通用していなかった。
 こうなると、後はもう打って取り返すしか無いけれど。
「ストラーイクバッターアウト!」
 二死満塁のチャンスから、やっぱり貫己は三振に倒れた。ベンチからは非難のため息も洩れてくる。
 ……ちょっとしたきっかけで士気が盛り上がったと思ったら、試合でズタボロにされてへこんで帰る。この繰り返しで、夏には一体どんな中体連になるんだろう。
 明日はたぶん、自主練習も無さそうだ。

 ところが、バカは本当にバカだった。
 この世の終わりのような顔で帰路についた翌日には、全員揃って自主練習に励んでる。一度へこんだらそのままじゃなく、一晩寝たら忘れるらしい。バカだから。
「よーっしゃ! 全国制覇!!」
 オオッ! とグラウンドが湧き上がる。
 私も急いでジャージに着替え、運動靴で飛び出した。
「よっしゃー岩田投げろ! 私が打席入ってやるよー!」
「おー来い来い鳥谷! ただ見てるだけじゃなくて、打てるなら打っていいぜー」
「ほんと!? よっし、打たれそうになったからってデッドボールはやめろよなー!」
 ――今日はたまたま打たれちゃったけど、きっと岩田は大丈夫。この私が打てなかったんだから間違いない。
9, 8

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