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九話

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 誰もこない。それから一時間、俺とリョーコは二人でひたすら待っていた。リョーコは大きなリュックを背負っていた。みごとに大げさな荷物背負ってきた。そういえば、彼女はすぐにあれこれ心配して余計な荷物を持ち込んでくるタイプの奴だった。
 さて、待っている間、俺達を支配したのは不幸のように横たわった沈黙だった。こっちから時々話しかけても、彼女はそっけなく一言二言返すだけだった。
「こないな」
「うん」
「その荷物、何?」
「お弁当」
 みたいな感じ。
 もしもリョーコが俺のことが好きで好きでたまらなくて、とてもじゃないけど二人っきりでなんていられなくて、話しかけられるとテンパっちゃって、ってんでなければ、やはり俺と彼女の間には埋めがたい溝があるのだろう。たぶん。
 夜、メイドの格好をしているときは平気でしゃべれるのに、と俺は少しだけ悲しく思った。
 待てど暮らせど姿を見せぬ野郎二人と美少女一人にしびれを切らして、
「どうする?」
 と俺がたずねると、リョーコは、
「……」
 不安気に戸惑っている。こんな彼女の表情を見るなんて、久しぶりのことだった。小学生の頃、二人で下校しているときにどこかに大切なしろくまのキーホルダーを落としたことに気づいた時以来だった。
 そうだ、いつもは強がっているけど、こいつは本当は気弱な奴なんだ。小さい頃からそうだった。たぶん。キリッ。しかし、本当にそうなのかは知らない。俺は彼女のことを何も知らない。
 それはともかく、だ。
 怒りがふつふつ沸いてくる。見ろ、この少女の顔を、まるで森の中に放り出された小鳥みたいじゃないか。森の中に放り出された小鳥なんて見たことないけど。たぶんこんな感じ。不安げに足取りは落ち着きなく、視線はきょろきょろ、何かを探しているようでその実何も見ていなくて、ときどきちぃいちぃ鳴くんだ。いや、リョーコはちぃちぃなんて鳴いてないけど。じゃあ別に小鳥は関係ないな。どうやら俺も動転しているようだった。
 俺はこんなリョーコの表情なんてみたくなかった。自分一人でどこまでも生きていけるワ、なんてそう言い出しかねないくらいのすまし顔、それが彼女のあるべき姿なんだ。なにより、何もできない自分自身が馬鹿げて見えた。
 ちくしょう。
「行こう」
 俺は彼女の手をとって歩き出した。
「えっ、ちょっと」
「あんな奴ら、ほっとけばいい」
「でも、お弁当、五人前もあるし……」
 わけのわからないことを心配している。それがどうしたっていうんだ。俺はこんなとんちんかんな心配をする彼女にも腹が立ってきた。
 世界の全てに腹が立ってきた。
 何もかもこのままでいてもらいたいと思っても、常に変わっていくばかりだし、今度は変わったなら変わったままでいて欲しいと思ったらまたもとに戻ったりもする。
 何の話かって? 俺にもわからないよ!
 リョーコは静かに、柄にもなく静かに俺の後をついて歩きながら、またぽつりと、
「お弁当……」
 何で二回言うんだ?
「それくらい、俺が食う!」
 五人前くらい食ってやるよ。それでお前の気がすむなら。までは言わなかったけど、そんな気分だった。
 リョーコは驚いたように目をぱちくりさせて、それからまたちょっと目を伏せて、何か、言いたそうにうつむいてる。
「どうかしたか?」
「……なんでもない」
 俺達は白昼堂々のお化け病院の中へ。
 一体何をしているんだろうか。
10

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