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参、隣人インヴェイション

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 翌朝。
 自室の布団の中で目を覚ますと凪はいなかった。
 いや、正確には凪はいるのだが、仔猫であって少女ではなかったのである。
「夢にしてはリアルすぎるよなぁ……凪?」 
 布団をまくり上げるとそこに凪はいた。宵乃は自分の腹の上ですやすやと眠っている黒猫から目を離し、ベッドから落ちている、ファンシーなアルパカが大きく書かれたシャツを発見する。間違いない。昨日凪に着せた物だ。おそらく猫に戻ったことで脱げてしまったのだろう。
「……夢かどうかの前に」
 宵乃の着ているシャツがなぜかじっとりと湿っていた。しかもなんか臭い。
「……凪ーッ!!」

 で、朝からシャワー。
「つめたいですゆーり」
「お前がお漏らしするからだろ……?」
「う、うるさいです! ならゆーりは一度もお漏らししたことないとでも言うんですかっ!」
「少なくとも小学校に上がってからはねぇよ」
「人間じゃないっ!」
「お前に言われたくないっ!」
 結局夢オチなんて都合のいい事はなく、2人で風呂場でシャワーを浴びている宵乃と凪。ちなみに凪の体を洗ってやっているのはやっぱり宵乃。
「こうなったら毎晩お漏らししてやる!」
「なんで!? てかお前何歳だよ!?」
「一週間に一度うんこもしてやる! 大サービス!」
「そんな趣味はねぇよ!」
 ため息をつきつつ宵乃はタオルを凪に渡す。前ぐらいは自分で洗わせる。
「ちゃんと洗えよ、かゆくなるからな」
「もうかゆい。ゆーりのせいです」
「自業自得だよ」
 適当に受け答えしつつ宵乃は頭からシャワーを浴び、シャンプーで頭及び体も洗う。シャンプーで体を洗うのはエコだけどどうかと思う。
「……おなかへった」
「はいはいそーですか待ってろ」
 一日経って敬語が減ったな、と宵乃は思う。慣れたからだろうか。環境適応能力の高い子だ。
「うー」
 宵乃の素っ気ない態度が不満なのかこちらを不服そうに見る少女はしっぽをゆらりゆらりと左右に揺らした。
「あ、なんか眠い……催眠術か!」

「おぉ……」
 箸をなぜか両手で持ちつつ、凪は宵乃が速攻で作り上げた卵かけご飯とみそ汁に飛びかかろうとする。その様子は猫そのものだ。
「まて! いただきますは?」
「後回しです! 食べたあとに言います!」
 どうやら常識的な教育を施す必要があるようだ。
「ご飯食う前にはいただきますっていうのが常識なんだよ」
「いただきまむぐむぐ」
「早ぇよ! あと一文字!」
「うっ!」
 凪が口を開けてハフハフと息をする。
「……ッッッ!!」
「ほらみろ……」
(そういえば猫って熱いもの苦手なんだっけ? 猫舌っていうしなぁ)
「罰! 食べさせてくださいっ!」
 凪が涙目で叫ぶ。
「却下」
 そもそもその理論はおかしい。自業自得だ。
「ひどい……泣きますよ?」
「ごめんなさい」
 宵乃の負け。彼は席を移動し、凪の隣りに座る。そしてご飯をスプーンですくい、冷ましてから凪の口へと運ぶ。箸で顔に運ぶと突っついてしまいそうで危ないという考慮からだったが、俺はいつから保護者になったのだろう? と宵乃は首を傾げる。
「はい口開けて……」
「あーん」
 むぐむぐと口を動かす凪。
「む、おいしい」
「ただ生卵をかけただけなんだけどな」
「おいしいものはおいしい」
「そーですか。はいあーん」
「あーん」
「ってかおまえ甘えたいだけだろ?」
「む? ……べ、別にそんなことは……」
「態度でモロバレだ! 図星だった!」
「猫は寂しいと死んじゃうんだよ?」
「ヘェ……要らぬ雑学をありがとう……いや、それうさぎじゃね?」
 まぁいいか、と宵乃は思う。別に悪い気はしない。
「今日は土曜だし俺は暇だからなーまぁいいけど!」
「けど?」
「今日はお前に常識というものを叩き込ませてもらう! 覚えられなかったら尻にネギ突っ込むかんな!」
「しりにねぎ!? だめです! 猫にそれは!」
「今は人だろ!」
 尻にネギは冗談のはずだったが、お尻ペンペンで勘弁してやると宵乃。紳士はどうした。
「やだー!」
「変える気はない」
 凪はほおを膨らませると、宵乃をぽかぽかと殴り始めた。
「イタッ! 何これ一発一発が超イタイ! ごめんなさい凪お嬢様!」
 凪は宵乃の悲鳴を完全に無視した。
 ちなみに凪はやはり兵器であるため素手で鉄柱をねじ曲げるということを宵乃が知るのはそう遠くではなかった。

「はぁ……」
 宵乃は新たな問題に直面していた。いや、直面し続けつつも目を背けていた問題をいい加減考える必要があった。
「こいつの服どうしよう……」
 そう。凪はノーブラは胸が無いからいいとしてもノーパン。歩くとぶかぶかのワイシャツからまぶしいほどの太ももやらなにやらが見えるわけである。まあそれはヲトコとしては大歓迎な訳だがさすがに大問題だろう。だから紳士はどうした。
「買ってくるとなってもなぁ……」
 こんなロリっ子の服なんて男一人で買いにいったら変態である。下着売り場に行った時点でそれは確定事項になるだろう。下手したら通報されるかも。かといって凪を連れて行ったらもう警察でお説教なんて騒ぎでは比べ物にならない。多分少年院に送致である。幼女を半裸で連れ回した高校生なんてレッテルは貼られたくない。
「あぁあああああー……どうするかなぁ…………」
 頭を抱えたとき、玄関でノックの音が聞こえた。
「ユウちゃーんいるかぁい?」
 鷲原冬至。隣に住む友人が押し掛けてきたようだ。ちなみに彼はなぜかチャイムを押さず毎回ノックする。
「凪、くんなよ」
 一言断ってから玄関に向かう。
「どうしたトウジ」
「キョンと呼んでくれといつも言ってんだろぉ?」
「言ってねぇよ!」
 その後数分のボケとツッコミの応酬が繰り返されたあと、彼らは本題に入った。
「でどうしたトウジ」
「いやな、この興奮を人に表したくてねぇ!」
「何があったんだよ?」
 次の瞬間宵乃は衝撃の台詞を聞くことになる。

「激萌え戦隊プリアの激レアエロフィギュアが発売決定ぶほぉっ!?」 
 宵乃は思い切りドアを閉めて、
「帰れ!」
と怒鳴った。

「ごめん……」
 結局部屋に上がり込んできた鷲原。ちなみに凪は奥の部屋でまたベッドに潜り込んでいる。
「で、話ってのはなんだよ」
「実はな」
「あぁ」
 2人の顔が緊張した面持ちになる。
「またプリアとか言ったら今度は窓から放り投げるからな」
 ちなみにここは7階だ。
「分かってるって。ま、一昨日あったことで言おうか迷ってたんだけどねぇ」
 次の瞬間、今度こそ宵乃は驚愕した。

「俺のシャナ……猫が人間になったんだが」

 現実を認識するのにさほど時間はいらなかった。

「は?」
 それと同じ事例を知っているだけに頭ごなしに否定もできない。宵乃はそんな複雑な状況に陥っていた。
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