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これがわたしのいきたいばらのみち

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確かにあの時は頭の中が完全に白濁色だった故に言動全てに関して後悔などしていなかったが、世期末テストも終焉を迎え、短縮授業に入った今、冷静に考えるとあれはどう考えてもキモカス過ぎただろ、孫の代まで語り継がれるレベルの黒歴史だよ。
それなのに、何故あいつはすんなり了承したんだ?大体某物語シリーズの主人公が言っていたような台詞を恥ずかしげもなく当然であるかのように言ってた癖に――、そりゃ確かに関係上はバラモンとシュードラ並の隔たりがあるとはいえ、仲介役がいる訳じゃないんだからどう考えても直接的な関係だと思うんだけどな……。
ていうかあいつ確かに約束通り欠点を取らないようヤマは教えてくれたはいいが、何で見事に全教科欠点ギリギリセーフの点数しか取れてないんだよ、しかも唯一高得点を取れる得意科目世界史が欠点ギリギリってなんでやねん。
まさに文字が書けないのを良い事に地主が奴隷を騙してる例の典型でございませんか、などと、もはや自虐的になりながら失楽園に辿り着き、恒例のピッキングをしようと鍵穴に針金を差し込もうとした時、ふと教室の中から乾いた音が不規則に鳴り響いている事に気づく。
それによくよく見てみると何故か鍵は解錠され、引き戸も少し開いたままであった。一瞬は薬師丸が先に来ているかとも思ったがあいつは何があろうと必ず施錠するし、実は薬師丸って気のコントロールが出来るんじゃね?ていうぐらい存在感も皆無に近いので、扉越しでありながらここまで人の気配がしている時点であいつがいる可能性はまず無いのだ。
そうなるとここで一般peopleは教師が何か用事でこの教室に入ったのだろう、と考えるだろう。全く持ってぬるい……その程度の思考力では社会に出てから苦労するぞ、小僧共。
私の考えが正しければこの謎の音の正体はただ1つ……。
そう……それはつまり♂と♀が念心合体している時の音しかないのだよ!
全く許せん不届き者だな……、どうせ『俺のアクエリオンを見てくれ、こいつをどう思う?』とかほざいてポークビッツみたいなJr.を見せびらかしているに違いない、全く持って卑猥。
いくら失楽園とはいえ白昼堂々とプレイしてたら流石のヤ○ウェもおっきするわ。
こうなっては神に代わって俺が鉄槌を下すしかないようだな……、まずはズボンを下して――。
「何をやっているの……」
「……ちょっと便意の方が限界に来ておりまして……」
って誰が好き好んで隣に便所あんのにわざわざ空き教室でウ○コするんだよ、露出狂でも流石にそこら辺はPTOわきまえてると思うわ。
チクショウ……まさか半裸の時に気づかれるとは……こっ、このままでは間違いなく普段は優等生のフリをしてるけど実は影でクラスを牛耳っているリア充とDQNを兼ね備えたハイブリッドイケメソ彼氏にフルボッコにされた揚句、全裸で校庭に晒し物にされ、PTA会議と職員会議と家族会議の三連コンボは免れない……、我らぼっちはいじりの対象にされるのは大丈夫だ、問題ないが、いじめの対象は大丈夫じゃない、問題だ――ってあれ?
「奥田……瑠kあべしっ!」

奥田瑠香は簡潔に言うと女子のプロボクサーである。
しかしながら彼女はその一言で終わらすにはあまりに勿体無いであろう。
その為には少し彼女の経歴をかじる必要があるので、少し話させて貰う事にする。
奥田瑠香はアマチュア時代から実力こそそれなりにあったものの、知名度でいえば無名には近いもので、当然彼女が新都高校に推薦入学した時も誰も彼女の名を口にした事など無かった。
しかし、その年に行われたプロデビュー戦で奥田瑠香は対戦相手を開始20秒でマットに沈めた事が全てを変えるスイッチだったのであろう、その日以降エサを見つけた金魚のように彼女にたかりだしたメディアによって、彼女をテレビで見ない日は無くなった。
だが鮮やかなKO勝利が彼女を有名にした、といえば嘘になろう、恐らく彼女をここまで人気させたのは信者が崇拝するに足る外見と内面を持ち合わせていた、というのが本当の所だろう。
男からすればカッコ美しく、百合からすれば卒倒するレベルのカッコよさに見える、ボクサーとは到底思えない程の綺麗な顔立ちに組み合わされたポニーテール、クールキャラにも関わらず非常に丁寧な受け答え、ボクシングに対する謙虚でありながらも直向きな姿勢は変態と百合が失神するのは言うまでもなく、一般人からも受けが良いのは至極当然であろう。

そしてその絶大な人気の中でも淡々と連戦連勝を重ね続けた彼女は来週には初のタイトル戦を控えているのだ。きっと今頃最終調整や減量等でかなりピリピリしている頃であろう……。
――と思うじゃない?もしかしたら若干余裕とかあったりして、信者に対してサービスを行っちゃったりしちゃってる可能性もあるんじゃね?とか思うじゃない?
「いやぁ、一瞬また露出狂に遭ったかと思ったが、これはナルちゃんでございましたか、間髪いれず、いきなり右ストレートなんてキメてしまってすまなかったな」
なんでこんな所にいらっしゃるんですか、もしかして今から四角いリングならぬ四角い小教室で無差別無制限異種格闘サンドンデスマッチでも始まるんですか?ブサヒョロメンキモオタVS容姿端麗最強プロボクサーなの?つぎはおれ、しんじゃうよ。
しかも何かキャラの崩壊具合が半端ねぇし、『また露出狂』って、どう考えても過去に俺属性の露出狂に数回単位でお会いになっちゃってますよね?
「朱ちゃんがビュー●ィーコ●シアムでもお引き取り願うレベルの顔面を持った、産業廃棄物の中に間違って捨てられてぐちゃぐちゃになったエロ本みたいな奴って言うから結構期待してたけど、これは全然グロメンじゃないな、朱ちゃんは全く持ってハードル高過ぎだ。イシンバエワでも多分飛び越えられないんじゃないかな?ふつーにエロゲーにありがちな主人公をちょっと劣化させた程度のそこそこな顔してるじゃない」
ん?あれ?そこはイケているお顔と言う所ではございませんのね。
何で初対面なのに俺の名前を知ってるのかと思ったら薬師丸と面識があったのか、それにしてもあいつ俺の事を完全に歩く産業猥褻物と思ってるだろ……、まぁそうなんだけど。
「あの、俺の顔はともかくどうして奥田先輩がこんな所にいるんですか?薬師丸とも知り合いみたいですし、それ以前にもうタイトルマッチも近い筈なのにこんな所にいる場合じゃ――」
「奥田なんて肩苦しいから止めてくれよ、あと先輩っていうのも何か気持ち悪いからナシの方向で、普通に瑠香って呼んでくれれば――いや……待てよ、ここはあえて巡音ルカって呼んでくれるのもアリか……?でもそれじゃ一々長いし、私別に髪の毛ピンクじゃないしなー、イルカ……いや、最近はイカ娘ブームだからここはあやかってイカちゃんと呼んでくれてもかまないぞ!」
「触手にもグローブ付けたらチャンピオンを1RKOも夢じゃないですね」
もはや名前も見た目も一致しなくなっちゃいましたけどね。
「ふむ、確かにそうだな……、ルール的に怪しい気もするが『触手を使ってはいけない』なんて書いてあった記憶は無いしな、つまりこのままいくといずれボクシング界は私の支配下に置く事が出来るのではなイカ?……って私哺乳類やないないかーい!」
えぇ……、まじかよ……そこで一昔前のギャグを突っ込んできますか。
それにしても瑠香さんってこんなお喋りなキャラな上アニオタ気質も持ち合わせている人だったのか……、てっきり薬師丸から毒を抜いたような性格だと思ってたんだけどな。
まぁ確かに、テレビとプライベートのキャラが違うなんてよくある話だからそこまで動揺しないが、それにしたって違い過ぎだろ……ギャップ萌えってレベルじゃねーぞ。
「あれ?急に黙っちゃってどうした?もしかして普段の私との性能差がストフリとボールぐらいあって引いちゃったのか……?ナルちゃんは色んな意味で私と似てるって朱ちゃんが言うから色々と話せると思って楽しみにしてたんだけどな……何か失望させちゃって……ゴメン」
「いやいやいや!そんな事思ってないですよ!第一俺はファンじゃないですから失望なんてする訳ないですし、瑠香さんとヨスガやパンスト談義なんて出来たらヘブン状態になりますよ!ただ流石に急展開過ぎて若干整理に時間がかかっているといいますか……」
「ほう……つまりお前はストッキングちゃんが処女と思いきや実は非処女だった設定が逆に興奮するタイプという訳なのだな……かくいう私もその設定に興奮してしまったクチでな……今年の冬コミが楽しみでしょがないのだよ……」
「っ!?……おぬし……分かっているではないか……」
因みにヨスガの方も誠氏ね√の方がアリじゃね?とか思ってるクチです。
「まー、やたらと脱線しちゃったけど、そりゃナルちゃんも混乱するよな、私は腐ってもプロボクサーであり、有名人な訳なんだし、今頃ジムに缶詰になってると思うのが自然だし。うーん、どこから説明すればいいかな……私がこの教室を使うようになったのは今年の4月の――丁度三年生になった頃からかな、もう分かってると思うけど、私は普段キャラを作ってるからさ、本当の自分を偽ったままで過ごすっていうのも結構しんどいんだ。今まではそれでもやってこれたんだけど、いざタイトル戦が間近になってくると常に色んな人に囲まれた中で、演技したままの状態で過ごすっていうのに限界がきちゃってさ……だから、一度練習を逃げ出した事があったんだけど、その時に偶然ここを見つけてね、それ以来練習に行く前にはここに寄って準備運動とか集中力を高めたりしに来てたって訳なんだよ」
成程、つまりこのサンドバックは彼女が登場する為の伏線だったって訳ですか、それにしてはスーパー玉●並の露骨な安っぽい伏線だな、作者さんよォ。
しかし、世間に対して非の打ちどころのない完璧超人ボクサーを披露する事はそりゃ色んな部分で多大なプラス要素になるんだけど、当の本人が練習に障害が出るほど苦労してしまっていては本末転倒じゃないのか?誰か頼れる人とかいなかったんだろうか……。
「――それなら、それなら俺が瑠香さんのストレス解消の相手になりますよ。いや、人間サンドバックという意味じゃないですよ?やっぱり共通する趣味があるんですし、そういう事で盛り上がれれば少しは気が楽になるかなって思って……、勿論、瑠香さんに差し支えが無ければの話ですけど……」
ん?あれ?何を言っているんだ俺は?どう考えても語尾に(キリッって文字が付いてんじゃね?って思うぐらいキモい事言ってるだろ、こんなの薬師丸だったら言い終わる直前で『弾けて失せろ』って言っていてもおかしくないぞ……。ホラ、見る見る内に瑠香さんの顔がうんたらかんたらは小学生までだよ(ryの奴の顔みたいに――。
「ははっ、それは嬉しい事言ってくれるじゃん、ならお言葉に甘えてそうさせて貰おうとしようかな、親父の為にも、肉体的共々精神的にも本番までしっかりさせておきたいからな……っと、いつの間にかもう練習に戻らないといけない時間だったか、是非ともナルちゃんとはM同士、背徳露出プレイの限界について語りたかったのだがな……、致し方ない」
確かに俺はMではあるが、露出で興奮するタイプの奴じゃないんですけど、って言おうとしたら、彼女はそれじゃあまた、と言うとさっさと窓から帰って行ってしまった。
うん、突っ込みたい事は都市の排水溝の中に隠れているGの数程あるんだが、とありあえず窓から降りた方がジムには最短距離で行けるもんねっていう事にしておこう、うんそうしよう。

今日も酷く疲れた日だった。
けれど、それは去年と違う意味での疲れた日。
全ての人間がその意味での『疲れた』であればこれほど幸せな事はないだろう。
しかし、現実は逆である人間が殆どあると言えよう。
それは奥田瑠香も然り――だ。
もし俺の初期値が水嶋●ロ並の完璧超人で、厨二的な能力者であったとすれば、恐らくこの瑠香ルートはめでたくトゥルーエンドを迎えていたかもしれないだろう。
しかし現実は水嶋●ロにも●島ヒロにも遠く及ばない、全てが平均以下の蚤の心臓を持ったクラスに1人か2人はいる空気にもなれないしがない高校生なのだ。
つまり何が言いたいのかと言うと、このルートはトゥルーエンドでは無い。



あと21時間26分と32秒我慢すれば過労死レベルに俺を追い込むブラック学校から解放されるのだと思うと、去年の俺であればきっと天にも昇る思いで天使ちゃんマジ天使状態にあっただろう、いや奏に誓って間違いなくそうであったと言いたい。
しかしながら失楽園へ入り、そこで出会った住人である大天使ルカエルと、堕天使(いや、悪魔)アカネバブとの毒舌の五月雨(時々雷)を浴びせられたり、アニバナに花を咲かせたりと、若干中学時代の時よりもリア充な日々に、どうも今年の俺は学校が長期の休みに入る事に若干の惜しみを感じているようであった。何という神のパワー。

そんな物思いに耽る7月20日の昼下がり、旧生徒会室にて。
「ん?まだ誰も来てないのか」
最早習慣の一部とみて問題無いピッキング行為で入室すると、いつもなら薬師丸か瑠香さんが先にいる筈が、どうやら珍しく俺が一番乗りで到着したようであった。
――ってそういえば瑠香さんは今日がタイトルマッチだったんじゃなかったけか、瑠香さんって普段は自分のボクシングの話とか一切しないからすっかり忘れてたな、多分生放送やる筈だろうし、帰ったら見とかないとな……、という事は当然瑠香さんは来ないとして――。
そういえば大体薬師丸も意外と不定期だったりするよな……、ということは、今日は俺だけなのか?いや、思えばあのメンバーで今まで俺が一人の時が無かった事の方がおかしいといえばおかしいのか。
…………ということは待てよ……?まさか……これは……いや待て待て、焦るんじゃない、おおおお落ち着け俺、もしこれが罠だったらどうするんだ!薬師丸にディッシャーで目をエグられても文句は言えないんだぞ!いや、しかし……これはやはりそうなんじゃないのか……?
この俺に背徳変態椅子オナプレイをしろと神が言ってるんじゃないのか……?
だって考えてもみろよ!座席の位置は皆常に同じ……、誰もその席から移動した事など一度もない……、どう考えたってこれは神が俺に褒美を与えているとしか思えないだろ!そうだ!そうに違いない!出来る……出来るぞ!ククク……この時の為にオナ禁生活を一ヵ月続けた甲斐があったってもんだ……!おや?しかもよくよく見たら机の上に何やら雑誌が置いてあるではないか!全く……、神は相当この私の事を気に入られているようだな……。
さぁ雑誌よ!この私に顔を見せ給え!そなたはプレイボーイか?ホイップか?LOなのか!?さぁ!早くこっちを向き給へ!
「週刊……新都?」
え……ただの週刊誌て、肩すかしにも限界あるわ……、しかも週刊新都って他の週刊誌にありがちなヌードコーナーが皆無だった気がするんですけど、もうこんな所に雑誌を置き忘れた奴にウザさすら感じてきたんですけど、せめてSQジャンプ置き忘れろよって感じなんですけど。
しかもこういう新聞社系の週刊誌って殆どが売り上げの為に平気で嘘ばっかり書いてあるんだよな、ましてや週刊誌唯一の価値とも言えるヌードコーナーも無しにヘボゴシップを乗せちゃう週刊新都はもはや存在価値が無いと言っても過言じゃないだろ――。
「でも、気になるアイドルのスクープだけは否応無しに気になっちゃうのよね……」
悲しい男の性でござるよ。
「まあ、このまま帰るのもなんだし、軽く読んでから帰ろうかな」
特にやり残してたエロゲーもないし、もしかしたら薬師丸が来るかもしれないし――。
♪~。
何だ?電話?瑠香さんか薬師丸が忘れて帰った携帯でも何処かにあるのか?
……いや、まさかとは思うが……、これは俺のポケットから鳴っているというのか?
この高校入学時まで買って貰えなかった結果、アドレス帳に両親のアドレスしか載っていないという奇蹟のアドレス帳を持つマイ携帯から鳴っているというのか……!
いや、それはつまり、親から電話が来てるって事だろ……、アホなのか俺は。
「はい、もしもし……」
「おわっ、まさか本当に繋がるとは……、360℃何処から見ても死角無く変態だったから全く信じてなかったのに……じゃなくて!もしもし?私、瑠香だけど……ナルちゃん?」
「へ?えっ、ちょっ、どういう事……?どうして瑠香さんが俺の電話番号を……?え?なにこれ、もしかして新手の素人を嵌めるドッキリなの?それとも純粋に詐欺?」
「成程、それで私が高額のエロゲーを売りつけるって訳だな……、あれ?この詐欺以外と上手くいきそうじゃね?エロエロ詐欺と名付けるのはどうかな」
一瞬でも同意しそうになってしまった自分が悔しい。
「えっと、いやさ、実は私自信もよく分からないんだけどさ、さっき休憩してたら突然、『ナルちゃんの人生のレールを作ってやった』とか言う変な人から電話番号だけ手渡されてさ……、正直全信全疑だったんだけど、いざ電話してみたらまあ、なんということでしょう」
「何で瑠香さんのギャグチョイスはいつも若干古めなんすか」
いや、それはいいとして俺の人生を作った奴から電話番号を貰っただって?なんだよそのいかにも後々黒幕で出て来ますよオーラ丸出しの奴は……、何?実はこの小説打ち切り寸前だからジャンプみたいに急激にバトル路線にして挽回しようとしてるの?
「まあ、俺に謎の災厄が降り掛かろうとしている事については追々考えるとして……、今はその謎の変人の好意を汲んで、折角ですから何か話しますか、……と言っても試合の直前にいつものオタ話っていうは何か違う気がしますね……」
「確かにね、それに休憩時間ももうあまり長くないし、だからさ……というのも何か変な感じがするけど、1つだけ私の質問に答えてくれないかな?」
「質問……ですか?」
「そう、別に深く考える必要はないよ、思った事を率直に答えてくれればいいから」
「え、わ、分かりました……」
何か雰囲気が……まるでテレビの――演技をしている瑠香さんと喋っているような……。
「鳴海が垓下の戦いにおける項羽の立場だったら……何をしていた?」
……は?
突然何を言い出すかと思えば何という回りくどい言い方をするんだ瑠香さんは、その質問の意味なんて中国人か、三国志マニアか世界史を勉強してる奴か三国無双やってる奴しか分からな……って、あれ、意外と多いな。
しかし何でまたこんな時にこんな事を聞いてくるんだ?何というか……むしろ今は逆の状況である事の方が好ましい気がするんだけどな……まあ、ここは素直に答えておくか。
「土下座して許しを請いますね」
「は?」
「ですから、土の上に両足を跪けて前傾姿勢になり、掌と額を地面に押しつけて謝罪を申し上げるんですよ、そしてあわよくば漢軍の傘下に入れて貰い、打ち首を免れるという訳です」
カッコつければつらつらと心にも無い厨二台詞をゴキブリの総数ぐらい吐く事は出来たが、瑠香さんが真面目に聞いているのにそういう事は出来ない、だから自分の半生を入念に振り返った上で素直に答えさせて頂いたのであります。
え?何どや顔で三下でも言わないような(笑)発言してんの、だと?
うるせー!俺は腐っても主人公だと言うのに未だに鳴海△ってなるような名シーンと呼べるような名シーンが無いんだぞ!(笑)発言でも装飾して、名シーンにしたくもなるわ!
「……」
……うん、でもこういう反応になるのは当然ですよね……、第一、どう考えたって土下座如きで許して貰える訳ないし。
「ぷっ」
「あははははははっ!」
「えっ?あの瑠香さん……?」
「い、いやさ、くふふふっ、まさかそんな返答が来るとは思わなくてさ……、くふっ、でもよく考えれば実にナルちゃんらしいよ……、ぷっ、あはははははははははははははっ!」
と、受話器越しにバカ笑いを続ける瑠香さん。
死 に た い
「こんな事なら、もっと早くからナルちゃんと出会いたかったとつくづく思うよ、きっと最高の人生を送れたと言っても言い過ぎではない……ぷっ」
「これで瑠香さんが少しでも楽になれたならこれ以上の幸せはないですよ……」
「いや全くだよ、ナルちゃんと話せて本当によかった、それじゃ――」
そう瑠香さんが言おうとした
その時――
こういうのは普通ラブコメの出会いの+フラグとしてありがちな出来事というか、王道というべき出来事というか、そういう時に使われるべき言葉なのかもしれない。
けれど俺はここでその言葉を-フラグな出来事の為に――邪道的に使った。
いや、使ってしまった、というべきか。
その時――
一陣の強い風が教室の中で吹き荒れ、ヒラリと捲れたのであった。
スカート――ではなく週刊誌がヒラリと、ペラペラと捲れいき――。
次の瞬間、俺の頭の中から血が引いていく音がした。
「賭博……八百長……?」
そのページには俺には一生縁が無いであろう単語の羅列と、そして中央には大きく、見覚えのある中年男性の写真が貼ってあり――。
右下には小さくはあるが確かに――瑠香さんの写真が貼ってあった。

何か言おうとしたけれど全く声が出なかった。
しかし幸いな事に、既に電話は切れた後だった。
7, 6

  

「茨」
そう言葉を放つと、薬師丸は続けた。
「同情なんてする気は更々ないけれど、あんな人生並大抵の精神じゃ送れるものじゃないわ。
当に、正に茨の道――いいえ、針山の登山道と言った方がより的確なのかもしれない。それ程の事よ、恐らく私だったら途中で精神が歪む所じゃない、イカれているでしょうね――当然、奥田瑠香の精神もイカれていたのよ、でも彼女場合、歪んではいなかったの、それはもうしっかり伸びていた、歪んでも、折れても、横にのびている訳でもなかった――異常なまでにそり立っていたのよ。それは最早、イカれていると考えてもいいと思わない?」
そう
そう彼女は淡々と、いつもの調子で、抑揚なく述べた。
正直な所、分かっていない訳では無かった。
何故なら、彼女はどんなに楽しそうに笑っていても、どんなに俺と昨今のアニメについて熱く議論を交わしていても、教室の隅にあるサンドバックで練習をしている時でさえも、殆ど、焦点が合っていない、まさに心ここに有らずと言った――いや、違う、心はそこにあるのだ、話しかければ返事はするのだ――、なのに、明らかに目はこっちを見ていないのだ。
薬師丸は初めて会った時から気付いていたらしいが、基本的にコミュ障、ましてや女と書いてバルバトスと読んでしまう俺には、女と目を見て会話など、グロ注意と警告してある画像のリンクをクリックする並の勇気が必要なので、気づくのにかなりの時間を要してしまった。
だから、それに初めて気づいた時は理解出来なかった。
それはあまりに異様で、奇怪で、理解より先に戦慄してしまったから。
素直に思ってしまった『気持ち悪い』と。
本当にイカれてるんじゃないかと、思ってしまった。
――それが昨日の話。けど、何も言えなかった、訊ける訳が無かった。
大体女の子と話すだけでも精一杯の俺が突然そんな踏み込んだ話出来る筈ないだろ。
なのに、辛い事、嫌な事から全て目を背け、逃げ、耳を塞ぎ、自己の責任から逃れようとする癖に、都合の良い時だけは何かに必死に縋ろうとする、屑という言葉だけでは言い表せない根性をしている俺が、この時だけは昨日の自分を抹殺したいと思っていた。
そう思った事を撤回し、何もしなかった事を後悔したがっていた。
それは、瑠香さんの全てを聞いた時、俺が自分の半生をeasyモードどころか自動シーケンサーモードな筈なのに、hardモードと思い、過ごして来た事に忸怩たる思いがあったから。



「この週刊誌を見つけたのは図書室、あなたも流石に御存知でしょうけど新都高校の蔵書率は県内でもトップな上、新聞は勿論の事、若者向けのファッション雑誌から週刊誌、果ては漫画やライトノベルまで置いてある、外部からも人が来る程の種類に富んだ物になっているの」
電話が切れ、ただ表紙の一点に見つめ続けていた時、いつもの調子で気配なく現れた薬師丸は開口一番そう言った。
それは俺も知っている、大体少し前までは昼飯食った後は図書室行くのが常だったし。
「私は種類に限らず図書室にあるものは何でも読むタチだから、週刊新都も惰性とはいえ、実は毎週欠かさず読んでいたのだけれど、正直、全体の9割はでっち上げ、又はある事実を拡大解釈して捻じ曲げたような記事ばかりよ、はっきり言って酷い以外の何物でもないわ、その上、ヌードコーナーも無いし」
待て、思わずハイタッチしたくなっただろうが。
「……じゃあ、お前は前から瑠香さんが八百長に関わっていた事は知っていたのか?」
「いいえ、その週刊新都は今週号なのよ、それも発売するのは毎週火曜日、つまり、私がその情報を知ったのは今日という以外あり得ないの、雑誌関係者でもない限りね――それにあなたは1つ勘違いをしているわ、ついさっき言ったでしょう?週刊新都は事実を拡大解釈する傾向があるって、奥田瑠香は決してこの悲劇に自ら狂った様に踊っていた訳じゃないのよ、ただ、傀儡として狂ったように踊らされていてしまっていただけなの」
そう前置きをすると、薬師丸は変わらぬ調子で、だけど静かに
「今から言う事は全く持って推測の域を出ていないわ、所詮は雑誌やインターネットで得た情報を纏めた物に過ぎないから、けれど、それでも、何も知らない、真性のアホ奴隷に伝わる唯一の手段『言葉』を使ってあなたに伝えるわ、奥田瑠香という人間と彼女が歩んだ道について」

奥田瑠香はこの世に生れて落ちてから8年の間に5回救急搬送された。
理由は簡単だ、育児という幸せに満ちながらも、それ以上に途方もなく過酷な未知の道を、『できちゃった』などという反吐が出るような言葉の羅列の下で覚悟も無く歩んだから。
どうしてこんなにまでなっていたにも関わらず、民事介入していないのかだって?
知らないのか?親が拒否し、子供が否定すれば民事介入するのはかなり難しくなるらしいぜ。
え?なんで子供が虐待されている事を否定するのかだって?
どうも子供は親がいなければ自分は何も出来ない、生きていく事が出来ない、という事を本能的に分かっているらしい、だからどんなに鬼畜な親でもあっても庇うのだそうだ。
結局、虐待が発覚したきっかけは虐待の疑いで強制的に民事介入したからではなく、両親の覚醒剤所持による逮捕という、どうしようもなく哀れで、悲惨な、惨澹たるものであった。
しかし、これは奥田瑠香にとっての序章に過ぎない、そうだ。
児童養護施設に預けられた彼女はその後、反動なのか、何かの糸が切れたかのように、女であろうと男であろうと、下級生であろうが上級生であろうが、とにかく気に食わなければ喧嘩を吹っ掛ける、所謂癇癪のような物を持った子供として育ったそうだ。
誰かを虐めの対象にする事こそなかったものの、喧嘩という事だけに関しては異常なまでに勝つ事に拘り、というよりは執念を持っており、負けるような事があれば台所から包丁を持ち出す事も多々あった為、いつしか、いや当然、彼女の周りには人が寄り付かなくなり、中学1年生まで、よく言えば孤高に、普通に言えば孤独に過ごしてきたのだそうだ。
そんな彼女の転機となったのがその年の夏の出来事。
突如、男が養護施設を訪れ、「奥田瑠香を養子として引き取りたい」と申し入れてきたのだ。
男の名前は奥田輝明、新都高校ボクシング部監督兼、奥田ボクシングジム経営者である。
当然、奥田瑠香は拒否という明確な意思を示さないのは勿論、完全に無視を決め込んでいた。
しかし、それでも奥田輝明はその日から一日たりとも休む事なく通い続け、彼女に会い続けたのであった。まるで彼の日課であるかのように、半年もの間ずっと。
その間に彼女の心中でどのような心境の変化があったかは分からない、けれどその後、彼女が奥田輝明の養子縁組になった事は事実で、そして今プロボクサーとして、奥田瑠香という一人の人間として、人生の岐路である大舞台に立っているのは間違いないのだ。

「そうしてタイトルマッチを制した奥田瑠香は長きに渡る苦汁を舐め続けた人生が報われ、義父と抱き合い、様々な思いが一気に溢れだし思わず感涙、そして高々とチャンピオンベルトを掲げる。その姿は連日連夜ニュースや新聞で取り上げられ、果てには『素敵やん』精神で彼女の王道的な不遇人生から這い上がるストーリーのドキュメンタリー番組まで放送され、そして『私達の挑戦はまだ始まったばかりだ!』という煽り文句と共にめでたし、めでたしハッピーエンド――、となればどれ程後味の良い最高の喜劇だったでしょうね」
「だったって……」
「言ったでしょう、針山の登山道だって、これが本当に彼女の人生だったなら極めて失礼だけど、別に足つぼの道でもよかったと思わない?それならわざわざあなたに話してなんかいない」
「じゃあ……、じゃあ何だって言うんだよ!現にさっきから言っているのはお前の言うように足つぼの道じゃないか!だからと言って、週刊新都に書いてある事は真実じゃない!さっきから回り道ばかりで話が全然進んでないじゃないか!もったいぶらずに早く言えよ!」
だからと言ってこんなに焦って、感情的になって、じゃあこの先の話を聞けば俺にその瞬間何か出来るのかと言えば、率直に言って何も出来ないのは、冷静にならずとも分かっている。
だけど、何故だか知らないけれど、彼女を、瑠香さんをこのまま独りにしてはいけないような気がしてならなかった、独り――ではない筈なのに。
「あなたが勝手に作った私とあなたの秩序をまさか自分で野放図にするなんて、どういう神経をしているのか理解に苦しみ過ぎてストレス性胃腸炎になりそうなのだけど……、まあ、今はどうでもいいわ、そんなくだらない問答をしている場合ではないのだし……、あのね、私は正直こんな事どうだっていいの、自分にとっては全く関係のない事だから、こんな事に時間を割く暇があるならMHP3を買いに行きたいぐらいよ、けれど恐らくこのまま事が進めば確実にあなたが私に迷惑をかける事は目に見えているのよ、ただでさえロクでもない奴隷の癖に、反乱なんて起こしたらたまったものじゃないわ。それに、直接的にしろそうでないにしろ、彼女があなたに助けを求めようとしていたのも事実なの、だから、私の意向と彼女の意向を含めて、全てを話す前に主人として、あなたに命令する事にするわ」
そう言うと薬師丸は軽く息を吸って
「奥田瑠香を楽園(エデン)に連れ戻しなさい」
何故か指じゃなくて金槌で俺を指してそう言った。
ああ、なるほど……、つまりお前は馬鹿で、ヘタレで、非リア充な上にキョロ充の俺にストーリーの大役を任せたい、と言いたい訳だな、全く……、無茶苦茶過ぎて失禁するぜ。
「神の仰せのままに」
……けど、自分でも驚くぐらい素直に、二つ返事をしていた。
多分、直観でも思ったからだ、瑠香さんの事を知って、ベクトルはお互い全くの逆方向を爆走している筈なのに……、でも根っこの部分は多分一緒なんだと、俺と何も変わらないのだと。
……まさか薬師丸はこうさせる為にわざと煽って誘導したのか?
すると薬師丸は笑ったような、驚いたような喜怒哀楽では表現出来ないような、よく分からない、けれど初めて感情のある顔をして、
「あら、あなたの事だからきっと玩具を買ってもらえない子供張りに駄々をこねるだろうと思っていたから、意識を飛ばす為に槌を持ってきていたのだけど――」
そう言って釘抜き用の方を頭部にして構える薬師丸。
あぁ~……、そっち向きだと確実に死んじゃいますね~。
「でも、その必要はないようね、まあ、あなたは自身に関してはとことん屑を極めた、NHKのプロフェッショナルに出演出来る勢いで屑のプロフェッショナルみたいな人だけれど………………、何故か他者には優しいというか……、いつも妙に気を使ってくれるからきっと、断らないと思っていたけれど…………」
ん?最後の方が何を言っているのかよく聞こえない。
ていうか俺のキメ顔でキメ台詞(ポーズ付き)は華麗にスルーですか、そうですか。
……えっ?ちょっ、バッ、ちげーよ!キモ顔でキモ台詞じゃねーよ!
「とっ、とにかく、いずれにしてもあなたが中途半端だと、彼女のストーリーのバグを修正する事は出来ないの、だから、本題に入る前にしっかり奥田瑠香を知った上で、あなたの素直な気持を聞きたかった。バグを治す為の修正パッチがバグっていては発狂物でしょ」
わざと誘導した、というよりは試されていたのか……。
つまり瑠香さんを助ける為には彼女の状態を揺るがす程の強い意志が必要……、それは同時に彼女が極限の精神状態にある事も意味する……。
確かに瑠香さんの事は心配だし、何か力になりたいという気持ちは嘘じゃない、けど、俺は彼女の異変に全くと言っていい程気付けなかったんだぞ?鈍感である事は致命的じゃないのか……?
「薬師丸の言いたい事は分かった。でも、本題を聞いた後はどうすればいいんだ?ただ単に瑠香さんの元へ行って、連れ戻すという訳じゃないのは流石に分かるけど」
「それについては本題を聞けば結局全て分かる事なのだけれど、勿論その為の舞台は用意してあるわ、その為のシナリオも大体、はね、でも最後の最後はあなたが終わらすのよ、あなたにしか出来ない、最重要任務よ、それが完了すれば、少なくとも物語は修正されるはず」
「…………分かった。でも、時間は大丈夫なんだろうな?もう5時だぞ?確か試合は確か7時に開始な筈だし、会場はここから電車で30分はかかる場所に――」
「ああ、時間なんて気にする必要は全くないわ、どの道ある地点まで私達は彼女のストーリーを止める事は出来ないのだから。あと、少なくとも4時間以上はかかるでしょうね」
「4時間って……もう決着がついているじゃないか、会うのは試合前じゃないのか……?」
「試合前でいいのはあなたが一歩通行ならの話でしょ?仮定の話をしている場合じゃないのよ」
「別に俺は仮定の話をしている訳じゃ――」
「仕方ないじゃない、現実は私達のような凡人じゃ、強大な力には決して抗えないもの」
「さっきからお前何言って――」
「さあ、彼女のタイトルマッチを肴に話の続きをしましょう、彼女の初敗戦を肴に――ね」
「…………………………………………え?」
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山田真也 先生に励ましのお便りを送ろう!!

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