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3つの質問

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 ドラゴン養殖場警護の契約期間も終了し、俺達は少しばかり途方に暮れていた。
 元々このルグレンに来たのは、ドラゴンと禍紅石の関連性を調べるためだったわけだが、結局何の成果もないままだ。しかも、この前のドラゴン暴走事件の時に養殖場の中に入り、あまつさえ研究員から情報を引き出したとして、俺達は軟禁状態にされ、3日ほど経っている。
 おまけにファントムの奴と相部屋という、むさ苦しいことこの上ない空間で当分過ごさねばならない。しかも俺は口がきけず、ファントムは手話がわからないため会話すらままならない。まあ口がきけたとしても、俺にそんなコミュニケーション能力があるかは微妙なところではあるが…。
 ファントムの鎧の中身はある意味予想通りのゴツイおっさんだったが、初めて中身を見た時は、体中の傷よりも鎧の下にオムツをしていたという事実に驚かされた。なんでも一度着ると脱ぐのに時間がかかり過ぎるため、仕方なくつけているらしい。
 こいつに今まで殺されてきた連中は、まさか自分達がオムツをはいている男に殺されたとは夢にも思わなかっただろう。
 まあそんなびっくりも最初だけで、あとは暇な時間が流れるばかりだった。
 そんな空気に耐えられなかったのか、ファントムは一方的に話を始めた。まあ俺が話せないのだから語り手に徹する以外選択肢はなかっただろう。
 話の内容は、今までファントムが受けてきた依頼の話や、友人とのバカ話、噂話と多岐にわたった。俺はその話を聞きながら、合図地として頷いたりしながらいろいろな話に耳を傾けていた。
 その話の中で最も興味深かったのはドラゴンについての話だった。
 歴史上では、人間が総力を挙げてドラゴンを駆逐したのは400年前だと言われている。しかし、それを調べるとある疑問が浮かび上がってくる。”どうやってドラゴンを絶滅一歩手前まで追い込むことができたのか?”という疑問である。
 今の時代より武器も貧弱で、戦術も拙く、数も少なかった人間達がどうやってドラゴンを倒すことができたのか。コトダマ使いが存在しなかったこの時代にどうやって…。
 俺達はドラゴンと直接戦ってその強さを実感した。あれがもし尻尾も翼も完全なドラゴンが相手なら、俺達は今頃奴の糞になっていただろう。空中からドラゴンブレスで遠巻きに攻撃されたらどうしようもない。あれをただ単に”大勢で倒した”なんて答えで納得しろと言うのが無理な話だ。
 絵本なんかでは英雄が聖剣なるものでドラゴンを倒したりしているが、現実はそんなに甘くない。
 今のところ学者の中で一番有力だと言われているのは、ドラゴンにとって最もいい餌だった大型草食動物ヌウの数を減らし、標的を雌に絞って駆除したのではないかという説だそうだ。ただ、これだけではドラゴンを短期間で絶滅にまで追い込めるかと言えば、難しいらしい。
 故に今でも学者達の間で様々な仮説は立てられているものの、ドラゴンを絶滅に追いやった”何か”は定かではない。

 そんな話を聞きながら約1週間経った頃に、俺達は自由の身となった。どうやらあの隊長と情報をくれた研究者が口添えをしてくれたらしい。
 俺は久しぶりの外の空気を大きく吸い込み、体を伸ばしていた。そんな時、後ろから誰かが抱きつくような感じで伸しかかってきた。こんなことをするのはフィーくらいしか心当たりが無いのだが、その割にはやけに重く感じる。軟禁生活のせいで太ったのだろうか?
 そんな風に考えながら振り向いてみると、驚くことに俺の背中にしがみついているのはリンだった。
「久しぶりね、ジーノ。あんたも元気そうじゃない」
 俺の背中に伸しかかったまま、至近距離であいさつをにこやかにしてくるリンに面食らってしまった。1週間も会っていなかったので忘れていたが、リンはドラゴン養殖場襲撃の一件以来、良く言えばフレンドリーに、悪く言えば馴れ馴れしくなっていた。
 正直なところフィーの奴が二人に増えたみたいで気が重い。
 まあ、リンが浮かれる気持ちも分からなくはない。ドラゴン殺しを成し遂げたコトダマ使いとなり、おまけに国の重要施設であるドラゴン養殖場に恩を売ったのだ。こいつが貴族になれる日も案外遠くはないかもしれない。
「リンさん!くっ付きすぎですよぅ!!」
 そんなリンの腰に手をまわして、俺から引き離そうとするフィー。
 これからどうするかの目星も付いていないことに、こいつらは気が付いていないのではないかと本気で思ってしまう。
 俺が大きなため息をついてあきれていると、養殖場入り口付近でエネが手を振っていることに気付いた。未だに騒ぐ二人の頭を軽く小突いて黙らせると、俺はエネの方へ向かった。
 エネに連れられルグレンにある安宿の部屋に入ると、前置きもなしにエネは早速話を始めた。
「まあ、何となく気付いてると思うけど、今回私はドラゴン養殖場で何らかの事件があると見越してあんた達を雇ったの。で、まだあんた達の手を借りたいんだけど、このままじゃあ信用してくれそうもないから一人一つずつ私になんでも質問していいわよ。それにあたしが応えられるモノは正直に答えてあげるわ」
 正直胡散臭いことこの上ない。”正直に話す”と言っているが、こちらにそれを判断することはできない。
 しかし、新しい依頼を受ける如何に関わらず質問を受けるというのであれば、質問しない理由もない。
 そんな風に俺が考えていたところで、リンが真っ先に質問した。
「なんであのドラゴンは前足に大怪我をしただけで死んだの?」
 その質問に俺とフィーはキョトンとした。依頼のことについて質問するのがここは普通だと思うが、リンはやはり変わった女だ。
 そんなリンの質問にもエネは平然と答えた。
「あれはドラゴンのファーストハートに大量の血が流れ込んだからよ」
「ファーストハート?」
「ドラゴンには心臓が二つあるのよ。普段使う心臓が成長過程で幼体時に使っていた心臓”ファーストハート”から、成体時に使う専用の心臓”セカンドハート”に移行するの」
 スラスラとエネは話しているが、ドラゴン生体情報は国家機密クラスのものだ。もしこれが本当ならこの女は一体…。
「そして命の危険を感じた成体のドラゴンは、普段使っていない”ファーストハート”を使って身体能力を一時的に向上させることができる。養殖場ではドラゴンが暴れた時のために保険として、ファーストハートを切除してあるのよ。」
「じゃあ、あのドラゴンは…」
「本来あるはずの心臓に無理矢理血液を送ろうとして、中では大出血。ショック死でしょうね」
 今作った話にしては出来過ぎている。こんな質問がされることを、予測していたとも思えない。だとするとこの女の言ってことは真実なのか?
 俺は未だにエネを信じきれずに迷っていたが、リンのような質問をスラスラ答えているエネを見て、フィーが思いついた質問は俺たちにとって重要なものだった。
「ではドラゴンと禍紅石の関係はなんですか?」
 そう、これこそ俺達がルグレンに来た理由だ。今からエネの話すことが真実かどうかは分からないが、何かとっかかりでも見つかれば儲けものである。
 エネは小さくため息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。
「禍紅石はドラゴンから採取されるもの、正確にはドラゴンの声帯器官の一部だそうよ」
 その言葉に俺達は唖然とする。
 よく思い出してみれば、ドラゴンブレスとコトダマは似通っている。禍紅石によって性質が変わるコトダマ、個体によって違うドラゴンブレス。
 ドラゴンを駆逐するまで存在しなかったコトダマ使い。それはドラゴン退治をして禍紅石が大量に手に入ったからコトダマ使いが生まれたのではないか?そう考えると辻褄は合う。
 いろいろと考えなければならないことが増えてきてはいるが、意を決して俺はエネに質問をぶつける。
(お前の目的はなんだ?)
 国家機密クラスの情報を俺たちに教えてまで、俺たちにさせようとしていることとは何なんだ?
 そしてエネは薄笑いを浮かべながら、ゆっくりと口を開いた…。
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